奇跡の起こし方
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私ね、結婚するなら絶対に普通の人が良いって、ずっとそう思ってたの。

お祖父様よ。
うちのお祖父様。

気味の悪いコレクション…、骨董品だか何だか沢山集めちゃって。
小さい頃、不気味な本の挿絵でいたずらに脅かされた事もあったのよ。
遺品整理だって大変だったんだから、価値なんて分からないし下手に処分したら祟られるんじゃないかって父も母も怯えちゃって………。

――――話が逸れちゃった。

それで…、そう。
結婚するなら絶対に普通の人が良いって、思ってたの。
 
 
あの人と出会ったのは大学生の頃。
母性本能をくすぐるっていうのは、ああいう人の事を言うんでしょうね。
この人、私がついてなきゃって思っちゃったのよ。
どこか抜けてて忘れっぽくて、デートの約束をすっぽかして友達と遊んでた時だってあった。
その時は流石に怒ったけど、でも。

それでも、私達は概ね順調だった。

桜の名所へ出かけて、浜辺で具の無い焼きそばを食べて。
紅葉狩りにも行った、雪道で慌ててタイヤにチェーンを巻いた事もあった。
一緒に笑って、一緒に泣いて。
たくさん、一緒に過ごして。

そうして私達、結ばれたの。
入籍は済ませてたんだけど、式はまだ挙げてなかった。
片っ端から式場のパンフレットを取り寄せて、うんうん唸ってる背中はちょっと面白かった。
 
 
 
だから、ね。
思わないじゃない。
まさか、あの人が私の前から、居なく、なるかもしれない、なんて。
思わない、じゃない。
 
  
病院から連絡が来て血の気が引いた。

交通事故でトラックに突っ込まれて、意識不明の重体だって。
すぐにタクシーを呼んで向かった先で、あの人が待っていた。
赤色が沢山見えた。
見えちゃいけない筈のものも、沢山見えてた。
包帯やガーゼに塗れて、沢山の管を付けられて、看護師さんもお医者さんもずっとバタバタしてて、真っ白で真っ赤で、それで、私、わたし、それで。
 
 
気が付いたら、道路を走ってた。

タクシーで来たのに、馬鹿よね。
履いてたパンプスの片方はどこかに行ってた。お気に入りだったのに。足首のストラップは外れちゃったみたい。
どこで引っ掛けたのか、ストッキングだってあちこち破れて、擦り傷だらけだった。
全力で走ったのなんて子どもの時以来で、息があがって、胸も痛くて、喉の奥からは空気が漏れる音が聞こえて。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、半狂乱で走った。
 
 
玄関の扉を開けて自室へ転がり込んだ。
クローゼットを開けて中身を引っ繰り返して。

お祖父様の遺品。
幼い私を脅かした不気味な挿絵。
捨てるに捨てられず、仕方なく引き取った古い本。
 
 
興味本位で、詳しい友人に読ませた事があったの。
あの人に出会う前、大学生の頃。

だから、何が書いてあるかは知っていた。
知ってたの。
 
 
 
 
 
私はどうなったって良かった。
あなたって、どこか抜けてたから。
私が何とかしなきゃって、思っちゃったのよ。

だから、ね。
あなたが私を忘れたって。
どんな姿になったって。
 
 
 
炎に巻かれたって、耐えられるわ。
 
 
 

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