刑期は単なるスコアと化した
rating: +31+x
blank.png

「これで最後ですね。貴重なボディを寄付していただき感謝いたします、マダム」

プロメテウス研究所の社員証を首にかけた若い男が、にこやかに礼を言う。

「お礼は結構よ、こちらこそ協力してくれてありがとう。ああ、そこの方、ソレは私が引き取るわ。黒のビニール袋をいただける?」

彼女は、綺麗に並べられた4つのピンクの塊を、左から順番に指差した。それらは、呼応するかのように小さく脈打った。

「え? これらは私どもで廃棄いたしますので──」

「……ふむ。君はマダムに黒のビニール袋を用意してくれ」

指示を受けた職員は困惑しつつも、彼女に黒のビニール袋を渡す。彼女は再度礼を言い、ピンクの塊を次々と袋に放り込む。

「公平な取引が出来て光栄です、マダム」


はあ……



寒空の下、マハード・ツェヴェリンは気疲れを精算するように溜め息をつく。白い吐息はゆらゆらと揺れ、静かに霧散した。サイケデリックな歓楽街が彼を誘うが、出所したばかりの彼にとっては少々鬱陶しいように感じられた。


昔、ジャンキー集団に母子2人が惨殺されるというショッキングなニュースが話題となった。犯行に計画性が認められなかったことから幾度か減刑されたが、その度にアメリカ市民は裁判所に唾を吐きかけた。厳罰を求む署名運動は苛烈な勢いとなり、アメリカ中はその熱で燃え上がった。

しかし、マハードに課せられた112年の刑期は、ゆっくりと熱を奪うのに十分すぎた。無事に刑期満了で出所した彼に、石を投げる者は既にいなかった。


executionplace.jpg

マハードは気を紛らせるため、人混みに流されつつも歓楽街を抜ける。先ほどまでの喧騒さが嘘のような、どこかメランコリックな雰囲気漂う裏路地は、彼が散歩をするのに都合が良かった。

より一層静けさの増す午前1時、マハードはふと空を見上げる。視界には、絵の具をぶちまけたかのような夜空がいっぱいに拡がっていた。拾ったタバコを片手に、夜空に白煙を撒く。社会への疎外感、迎える友人のいない孤独、これらに付随した感情がどっと彼の胸に押し寄せるが、マハードはおかしさから笑みを浮かべる。彼にとってそれらは、あまりにも馴染みのないものだった。




「何がそんなにおかしいの?」

マハードは、声のした方向へ反射的に顔を向ける。赤いドレスに身を包んだ、妖しく笑う婦女がそこに佇んでいた。

ちくしょう

「あら、キレーなお姉さん。あそこのサカった野犬の隣でもよけりゃあ、ツケでよろしく頼んでもいいかい」

からかうようにマハードは応える。婦女の表情は変わらない。

「112年ぶりね、マハード」

「なーんだ、知り合いかよ。ジュリアナか? それともジェイシー? まさかジェイクじゃないだろうな……」

「私はエレイン・シュラード、覚えているかしら?」

マハードは、錆び付いた記憶を掘り返す。エレイン、エレイン……と、しばらく名前を反芻した後、かつて犯した大罪を想起する。

「あ。俺らがぶっ殺した家族のババアか! てっきり10代そこらの売女かと思ったが、若作りもこのレベルになるとさすがに分かんねぇなー

「最近手術したばかりなの。あなたは随分と落ち着いた容姿になったわね」

「ははっ、人権保護バンザイ! つってもよ、ヨボヨボな元の身体より幾分かマシだが、もう少し派手な身体が良かったぜ」

数分間、沈黙が流れる。エレインの表情は変わらない。揺るがぬその笑顔に、マハードは若干の苛立ちを覚えた。

しょうもねぇ

「で、きちんと罪を償った善良な俺様に何の用だ? まさかボケた訳じゃねぇよな」

「ええ。あなたと一緒で、頭だけは昔と変わらないわ」

「ふん。じゃあ何だ、報復か? 死んで償え、ってか」

我ながら傑作なジョークだと言わんばかりに、マハードは口を大きく開けて笑う。笑い声は、ほんの少し残響した後に冷たいコンクリートに吸い込まれた。エレインは何も答えない。

「俺に一体何を求めてんだよ。ガキでサッカーボールした感想か? それともアバズレの残した死際のセリフを教えて欲しいのか? 鼻水垂らしながら"子供は殺さないで"、だよ。無様で実に感動的だろ?」

彼女の態度ですっかり頭に血が昇ったマハードは、さらに続ける。

「運が悪いぜ、アバズレもガキも。お前がもう少しゴムで我慢してれば、死ななくて済んだのによ。全部お前のせいだ、クソババア!」

マハードは懸命に挑発するが、エレインはやはり無反応だった。マハードは露骨に苛立ちを見せ、舌打ちを交えながら毒づく。

「ナメやがって。あーあれか、ぶち殺したアバズレみたく、俺に抱いて欲しいんだろ。さすが穢れた母子だな!」

マハードは鼻息を荒げ、薄汚れたジャケットを乱暴に脱ぎ捨てる。そして、獣の如くエレインに向かって走り出す。

やめろ、やめてくれ

マハードは彼女に掴みかかり、押し倒す。彼は卑しく笑った。エレインは笑顔を歪ませた。

もう許してくれ



は、んなを視

落ちたタバコが、煌々と燃え、そして静かに燃え尽きる。それが、終了を告げる合図だった。何も変わらない、いつもどおりの。

ああ神様、どうか死なせてくれ


彼女のハイヒールの下で、今日も彼は悪夢を視る。冷たい床に転がる彼らは、終わらぬ生に捕らわれていた。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。