もう一つの計画
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 「筐体計画」発令から、2日。1人の男がある財団拠点施設を訪れた。
 突如発せられた一大ミッションは早くも現場レベルにまで浸透しているのか、拠点は尋常でない雰囲気に包まれている。
 が、男は我関せずとでもいった風体で通路を行き──何でもないような顔をしながらセキュリティロックを通過しつつ──監理官室のドアを叩いた。
「どうぞ」
 書類から目を離さず発された監理官の合図で、ドアが開く。
「どうも、久しいね」
「……あんたは」
 入室者に目を遣って男の姿を認めた監理官が意外さと驚きの混じった声を出した。
「引継ぎ以来だっけ? 随分忙しそうだね」
「お久しゅう、前監理官どの……まぁ、あんな指令がでりゃあね……」
 勝手知ったると言わんばかりにソファに腰掛けた男の挨拶に、書類の束を机に置き捨てながら監理官が応える。
「いまさら古巣に何の用です? あんたにだってやることがあるでしょうに……まぁ赴任先でのポストがどうなってんのかは知りませんが」
「あー、そのことなんだが」
「はい」
 男が懐から紙の束を取り出し、対面する椅子に腰掛けた監理官に投げて寄こした。それを見ろ、とジェスチャーで示す。
発令・O5-9権限による計画PROJECT/ORDERED BY O5-9? ……O5だと?」
「それ、俺」
「はぁ?」
 手に取った表紙の印字と提示された情報に、つい声が漏れる。
 O5評議会──一般に財団の最大権限者と言われる13人のうちの9番目からの指令と、それを持ってきた元上司。
 受け入れがたいと、監理官はかぶりを振った。
「大規模とは言えいち拠点管理者からの昇進だから異例っちゃ異例なんだが、まぁ、俺の赴任先はそこだって話。セキュリティカード見る?」
「いいですよ……随分偉くなったものですね」
「だろ?」
 ひとまず投げ渡された書類に目を通して、内容を咀嚼しているのか、あるいは事態を呑み込もうとしてか、少し考えて、口を開く。
「聞きたいことは山ほどありますが……まずO5サマは現場に出てこないんじゃ?」
「ああ。やめてきたからね、O5」
「…………この計画といい、あんた何考えてるんだ?」
「いやいや、全部その計画と、それから今お前が取り掛かってる案件に集約する話だよ」
「わからん、つまり?」
「降りてきたんだよ、筐体計画」
「は?」
 『何言ってんだあんた』と言いたげなのを呑み込むべく一瞬の間を置いて、監理官は問う。
「これは私の頭がおかしいかが書類にミスをしたかでなければの話になりますが……O5-9は賛成票を入れていた気がするんですけど」
「入れたよ? 賛成票。確かに期待票でもあるけど、それ以上に政治票として」
「政治票?」
「詳しい議事録までは流石に降りてきてないだろうけど、もともと議論は拮抗してたからね。『1票くれてやる代わりにこちらの都合も汲んでもらおう』ってやつをやらせてもらった」
「それにしたって、なんでそんなややっこいことを」
 うーん、という相槌で間を取って、一息吐いてから
「いやだってさぁ、普通に考えて無理だろ、筐体あの計画。そんなもんに乗れないって」
 O5-9だった男はあっけらかんとそう言った。
「身も蓋もないことを……」
「反対派の、例えば11番イレブンだって真面目な奴だからいざやるとなればちゃんとやるだろうけど、俺は駄目だ。工学者上がりだからか知らないけど、あの計画には勝ち筋が見えない。勝算の出せない賭けには乗れないし、そもそもひねくれてるしな。
 ……だからまぁ、その身も蓋もないエゴを通させてもらうためにそうしたわけだ」
 本当に身も蓋もないと思う。少なくとも、拠点1つを預かる管理職として見れば面倒な物言いでしかないとも。だから辟易としたように、問いかけた。
「それで通したのが、この計画だと」
「そ。こういう一致団結って時に余計なことしだす奴は邪魔だってのは管理職としてよく知ってるから9番ナインの席は降りさせてもらって、代わりに主導メンバーに譲ったりもした。権限はあった方が便利だしね。そこまでやって、その計画を通した」
「そこまでしてやりたいことですか? これが」
 渡された書類を手の甲で叩いて聞いてみせる。何がこの男の意味の分からない挙動の裏に横たわっているのか、それが知りたかった。
「はは。目をつけてたのは確かだけど、俺はひねくれてるからな。周りがやる気出すと逆のことしたくなるんだよ。まぁそうやって抜け駆けし続けて出世したわけだが」
「クソだなあんた……」
 笑いながら放たれた答えに眩暈がするというように、監理官はこめかみに手を当てた。元上司は──元々そういうところはあると思っていたが──思っていたより性格が駄目らしい。
 監理官がため息を吐いて、昨日までO5-9だった男はからかうようにそれを見る。
「おいおい、これでもあいつらに期待してるのは本当なんだぜ。全力オールインで行くと決まった以上賭けがどう転ぶかは気になるし、同胞たちがどこまでやれるかは純粋に見てみたいとも思ってる。仲間の情くらいはあるよ、流石に」
「……わかりましたよ。うちから提供するものについては承認しときます。どうぞ持ってってください」
「助かるよ。それじゃあ、健闘を祈るぜ」
「はいはい……お互い忙しくなりますね」
 男が立ち上がって、扉まで足を運び──
「ああそうだ」
 そして振り返って、言った。
「まだ何かあるんですか?」
「研究職用の白衣って余ってない?」

 呼び出しを受けて、1人の博士が拠点内のある研究室のドアを開いた。
「お久しぶりですね。今になって用とは何ですか、前所長。というか、どうして貴方がここに……」
 カードキーを仕舞いつつ、かつて何度かまみえたときとは違って、白衣を着ている元上司の顔を怪訝そうに見やり──
 その視界で、コードで計器やコンピューターに繋がれた涙滴状のマシンを見た。
「どうも、ブルーム博士。懲戒通告のとき以来かな?」
「……どうも」
「指令にはもう目を通してくれたかな?」
「まぁ、ざっとは。現実味は湧きませんが……」
「『もう一つの計画プロジェクト・アナザーワン』。ミッションはSCP-1281の再現、ないし代替機……できれば改良モデルの作成と、それの射出。チーフを俺として、O5-9の権限で発令する──全部現実だぜ」
「……」
 黙りこくる博士に申し訳なさそうな顔をして、続ける。
「君のキャリアに傷つけちゃって悪いとは思ってるんだよ、これでも、俺。でもどうせ今回も干されて暇なんだろ? 付き合ってくれないか」
「いえ……ハービンジャーの件は私も納得の上ですので。でもやっぱり、貴方みたいなひねくれ者がこうやって熱意的に物事を動かそうとするのは、初めてなので。貴方、こういう時は基本傍観決め込むか別件こなして手柄立てようとするでしょう。こんな、何の役にも立たないことをしようとするのは……」
「ああ……」
 それか……と、意外だと言いたげな博士のセリフにかぶせるように、頭を掻いてから、口を開いた。
「世界は終わると思うけどさ。あいつらが全力で戦おうってのに、それが全部無駄になるのは、寂しいじゃん。せめて終わるにしろ、何か1つくらい残るものがあってもいいかなって」
 頬を掻きながら、ひねくれ者はそう言った。
「これが最後の仕事になる。きっと、あらゆる意味で。俺が発令する仕事としても、工学者として物を造るのも、財団職員としてアノマリーに触れるのも、そして、生きる人間として何かを為すのも。多分、これが最後だ。だったらこういうことしてもいいかなとは、思うんだよ。……君だって、こいつを無駄死にさせたくはないだろ?」
 涙滴状の青い機体を手のひらで撫でながら、問いかける。
「ええ、まあ……ですが、間に合うでしょうか?」
「なに、あいつらは作り始めゼロからだけど、こっちは引き継ぎリバースエンジニアリングの案件だ。滅んで元々なんだ、世界を救うよりはずっと易い仕事だぜ。俺はできない仕事はしない主義だからね、そこは保証する」
 不敵な笑みでそう説いて
「とはいえ既に前職の引き継ぎで1日無駄にしちまってるから、気持ちとしてはちょっと急ぎたい。そうでなくても残り日数はギリギリだ……マンパワーもできるだけほしい。だから、元担当者の君の力を貸してくれ」
 続くセリフと共に、手を差し伸べた。
「そういうことなら……手伝いますよ、もちろん。むしろこちらからお願いしたいくらいです──今度は我々がうまくやる番だ」
 手が結ばれて、もう一つの計画が始動する。

 ──ゲームオーバーまで、あと62日。

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