プロジェクトナンバー:0681 "[N/A]KQJ10"



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段々と考えることに疲れてきた。頭の中で響いてる質問に結論を出せない。惰性で生きていることも、半分どうでもよかった。ただ、心の奥底に残ってた最後の気力で、一つの会社にたどり着いた。ここなら、きっと抱え続けたものに結論を出せる。なんとなく、そんな気がした。

頭の中で響き続ける罵倒を抑え込んで、扉を開く。



プロジェクトナンバー:0681 "[N/A]KQJ10"

プロジェクトナンバー: 0681

開発者: 関東第一研究所 稲葉 路

依頼者: 高橋 香里

依頼日 2012/05/15

納品日: [データを入力してください]

依頼内容: 私じゃない私になりたい1

開発品説明: 摂取後、その人物に関する認識、記憶が不可能となるカプセル錠剤。認識阻害は写真、動画、音声、筆跡など殆どの痕跡に対応している。効果発揮まで10分~15分を要するため、誤飲などの緊急の際は関東第一研究所 稲葉に連絡、その後重度認識異常対応マニュアル、劇物接種対応マニュアルに沿った措置を行うこと。

カプセルには後述する薬品と局所的現実書換装置が内蔵されている。小型化に成功してはいるものの、それでもカプセルは000号サイズより若干大きいため、依頼者が接種する際は飲み込めないなどの事態に気を付けること。局所的現実書換装置は体内到達後、摂取した人物が元から重度の認識阻害体質であったと書き換える。この方式は従来の外部から書き換えるタイプと比べその効果が速く出る、というものが挙げられる。しかし小型化した関係上、複数の現実書換を同時に実行することができない。

コメント: 本プロジェクトは古い文献にて確認された忍の話に着想を得ている。完全な諜報任務を成し遂げるため、数名の忍はその後の人生と引き換えに見事情報を盗み出すことに成功したらしい。勿論悪用は厳禁である。 - 稲葉 路

本プロジェクトにおいては依頼者からの注文、また万が一の悪用に備え、致死量の記憶消去剤を混入した状態となっている。仮に前述した機器が作動せず単に死亡した場合は、プロジェクト008にて作成した外部型の局所的現実書換装置(現在東北第一研究所にて保管)を使用し、依頼内容を遂行すること。

取引内容: 依頼者の人生全て。



初回使用状況報告

日付: [データを入力してください]

記録者: [データを入力してください]

責任者: [データを入力してください]


失敗。依頼者の死亡には至らなかった。依頼者が現実書換に対して強い耐性を持っていたこと、また事前検査を行わずに製品を開発したためである。担当者は厳重注意とし、プロジェクトナンバーは引き継ぐ形で続けて製品の開発を行う。


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ごくん、と飲み込んだ。

当たり前な、当たり前って言われてる生活、一回で良いからしてみたかった。多分私の考え方はずっと変えられないし、ずっと付きまとってくる。だから、だから全部リセットしたかった。私じゃない私になりたかった。

結局あの会社も、私を救ってくれなかった。やっぱりこの世界には、夢も奇跡も存在しない。甘い言葉に乗った自分がバカだった。「皆が私のことを忘れてくれる」なんて都合の良い話はなかった。「もう少し時間をください」なんて言われたけど、私なんかのためにこれだけ時間を割いてもらうのがだんだん申し訳なくなってきて、もう大丈夫です、とだけ返した。担当者は申し訳なさそうにしてたけど、腹の中では何を考えているかわからない。どうせまためんどくさい客だったとか思われてるんだろうな。

誰かの意見に流され続けてた。私が疲れたって言ったら、あの人は「私の方が疲れてる」って言った。それからもう、口に出すことができなくなった。写真を撮ったら、誰かから「笑顔が気持ち悪い」って言われた。それから、写真に写ることを避けるようになった。死にたいって簡単に言うけど、世の中には私以上に苦しんでるし、私以上に苦労してる人がいっぱいいる。それなのにこの程度で泣いて、馬鹿みたいだ。ああ、「大丈夫だよ」って、根拠のない一言で良くて、誰かに私を見てほしかった。私を心配してほしかった。

こうやって一人で考えている間も、誰かが私のことを嫌ってるんじゃないか、鬱陶しいって思ってるんじゃないかってずっと不安になる。誰かに相談したいけど、こんな思いを口に出すと気を遣わせてしまう。ずっとこんなことをぐるぐる考えてる。全部私が悪いのはわかってる。わかってるけど、でもどこかで「悪いのは貴方じゃないよ」って言ってもらえることを期待している私がいる。自分の意見を肯定してもらいたかった自分がいる。

あと少し、あと少しで薬が効いてくる。もう泣いて泣いて朝になる日は来ないんだ。自分を責めて頭を打ち付けて記憶を飛ばすことも無いんだ。もうこの手首に線を増やすこともしなくていいんだ。頭の片隅で、常に首を吊ってる自分はもう居ないんだ。外を歩いて誰かの視線に怯えることも無いんだ。大好きな友達に別れを告げなくてもいいんだ。ずっと頭の中で響いているこの質問に、答えを出さなくてもいいんだ。

結局のところ、私を最後に救ってくれたのは1本の薬瓶だった。

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