企画案1994-103: “希望と故郷の歌”
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名前: アデボワレ

タイトル: A Song of Hope and Home / 希望と故郷の歌

必要素材:
作品制作のために:

  • エレクトリックギター 1点
  • ドラムセット 1点
  • フルート 3点 - この世界のアフリカン・ブラックウッドで1点、世界X-519の竹で1点、世界X-162のエルダーウッドで1点
  • トライアングル 2点 - 鋼鉄で1点、ベリリウム銅でもう1点
  • パイプオルガン 1点
  • テルミン 1点
  • レインスティック 1点 - 世界X-736のサボテンで作成し、サボテンの周囲から集めた砂を詰めたもの
  • 恐竜、またはその他のこの世界で既に絶滅した動物の咆哮の録音
  • 世界J-057に生息するティリカナ鳥の歌声
  • ウォーターフォン 1点 - 世界X-218の水を満たしたもの
  • 次の歌を歌唱する全声聖歌隊: シューベルト作 “アヴェ・マリア”、レナード・コーヘン作 “ハレルヤ”、Toto作 “アフリカ
  • 大砲 1点
  • 楽曲の録音・編集用機器

作品演奏のために:

  • 椅子 20点 - 腕/脚のストラップを設けた改造品
  • スピーカー 1点
  • 毛布 20点
  • ホットチョコレート、コーヒー、お茶

これは本当はライブパフォーマンスにしたかったが、どれだけ試みても演者たちに同じ幻覚が吹き込まれてしまう。なので、曲の様々な部分を個別に収録し、正しい幻影を投影する録音に繋ぎ合わせなければいけなかった。

椅子は聴衆を保護するために改造してストラップを組み込んである。私がこの曲を演奏すると、大抵の聴き手は幻覚がそこに実在するかのように反応する傾向があり、しばしば予期しない怪我や動きを引き起こした。

要旨:
希望と故郷の歌は全5楽章から成る30分間の歌である。歌の全体を聴取する者は、私が今までに見た中で最も美しいものへ至る旅の光景を経験する。これは純粋に視覚、聴覚、触覚に影響する幻覚だ - 聴衆は実際には何処にも転送されない。作品の演奏中、聴衆は外部の出来事を全く感知できない。5つの楽章は以下の通り。

  1. これ以降の楽章に含まれるミーム要素の効果を最大限に引き出すための短い導入ミーム (1分)
  2. 私が旅を始める前の人生の幻視 - この時点から幻覚が誘発され始める (3分)
  3. 旅そのもの (22分)
  4. 最も美しい光景とその後の私の人生 (3分)
  5. 導入ミームを除去し、幻覚を終わらせるためのミームクリーナー (1分)

意図:
20年前、私は今まで見た中で、そして今後見るであろう光景と比べても最も美しいものを見た。次元を渡り歩き、新たに住む世界を捜していた時期の話だ。私の故郷は滅びた。何が起きたかを話すつもりはない。20年が経っても、その痛みはまだ余りに生々しい。

重要なのは、私が3年間新しい世界を捜し歩いていたことだ。死にゆく世界から慌ただしく逃げ出した時、私は雑な世界渡りの手段を取った。それは世界を通過するにあたって、目標を絞るのではなく総当たり方式に依存していたから、私は無作為に選ばれた世界の一時滞在者という呪いを受けた。私は旅路の中で数千の世界を横断した。

3592の世界。

故郷と似ている世界は1つもなかった。これらの世界の大部分は生命を支えることさえ不可能で、そういう場所を通過するたびに、私は錆び付いた生命維持装置を酷使し、空気と水と食料と希望をすり減らしていった。

時折、生命を維持できる環境の地球に辿り着き、ヘルメットをむしり取る機会もあった。しかし勘違いしないでほしい、そういう世界は文明の揺り籠ではなかった。それらは往々にして先史時代から進歩できず、巨大な恐竜や夜闇の子供たちに支配されていた。相応しい世界ではなかった — 私は生き延びるのではなく、生きることを求めていた。

最悪なのは既に終末を迎えた世界だった。それらのうち、ほんの一握りの悲惨の中にまだ生命が残されていて、人類の残滓が死んだ世界に辛うじて立脚地を得ていた。しかしやはり、彼らは生き延びてはいても生きてはいなかった。きっと私もかつての故郷では、生き残りとしての悍ましく厳しい暮らしを送ることになったろう。

それ以外の死んだ世界は完全に終わっていて、様々な形に均されていた。全ての人間が死に絶えた世界、ケーキに覆い尽くされた世界、抱きしめる死体すら見つからない世界。

旅を始めて間もなく、人生から希望は消え去った — などと言えば、自己憐憫が過ぎるだろう。希望はまだパンドラのアンフォラに閉じ込められていた。明白な事だ。既にあなたたちにも分かっているように。

そして、1274日後、私はニューヨーク湾の波止場に足を踏み出し、光と雑踏の中に呑み込まれた。その後どうなったかはよく覚えていない。私の次の一貫した思い出は、病院で治療を受けながら涙を流していたことだ。それは私の人生から余りにも長い間失われていた、根本的な優しさだった。

この世界は私の故郷と同じではないが、十分に受容できるほど近い。ある意味では、同一でない方が良いのだろう。もし同じなら私は一度も故郷を離れていないと自分に嘘を吐くだろうから。私の古き故郷はかけがえのない世界だったが、この世界もまた私の家だ。

今でもあの日感じたものを完全には捉えきれていない。ニューヨーク・シティは昔居た世界でも美しかったが、あの鋼の如き壮大さは、新しくより良い世界を発見した喜びと相まって、私を打ちのめした。通り過ぎた数千もの世界ではなく、あの光景こそが私にとどめを刺したのだ。

ありふれた手段では、私があの日感じたものを、他の人々に感じさせることは全く不可能だ。私にとって美しかったのはスカイラインそのものだけではない、それに先立つ年月で私の身に起きたあらゆる出来事がそこに重みを加えていた。普通の方法でも常にその一部は捉えられたが、決して全体像は、決して完全には捉えられない。

だから私は歌に目を向けた。1934年、フレデリック・フォン・ハイエクは、自分たちが崖の上から滝を見下ろしていると聴衆に思い込ませる交響曲を展示会に提出した。その当時は標準が低かったからまぁまぁ成功を収めたが、結局のところ、それは概念実証より若干マシという程度でしかなかった。

しかし、その原石の中にはダイヤモンドがあり、私は聴衆に私の立場で感じさせるバラードを作曲できた。曲は迅速に進むが、他人の頭に発想をねじ込んでしまえるあたりに魔法の美しさがある。私の歌の音符1つだけでも、数時間分の光景、音、推論、学習を含んでいる。

きっとこれで、人々は私の体験を、その全体を実際に理解する。これでも足りないかもしれないが、私はただ希望を抱くばかりだ。

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