企画案2004-567: “無名の墓碑”
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名前: オオオカ・タウロ

タイトル: 無名の墓碑

必要素材:

  • 墓石(大理石製、1m×0.3m×2m)1個
  • 棺(木製、0.5m×2m×0.5m)1個
  • アクリル板(2.5m×2.5m)1枚
  • 全身骨格(用意が難しそうならレプリカでも可)1体
  • ボウシツワスレナグサ(Myosotis Amnestica)250本程度
  • 認識災害制御ファクター

要旨: "無名の墓碑"は棺が見えるようにアクリル板を使用していること以外は一般的なキリスト教式の墳墓の外見をしている。墓石には今回のSommes-Nous Devenus Magnifiques?に参加しているアナーティストの名前が彫られる。鑑賞者は作品に対し展墓することが推奨される。また作品には2時間毎に事前に準備しておいた勿忘草の花が供えられる。

メインの認識影響効果のトリガーには、効率的な効果の流布の為に匂いを用いる。影響を受けた人物は芸術作品を鑑賞する上で不要な背景知識(作者の実績、人柄だとか、人間関係)を一時的に喪失し、違和感を感じることもない。また作品に対する周囲の評価によって当人の評価が影響を受けることもない。この効果は少なくとも展覧会の開催期間中は継続しなければならない。

意図: 芸術家が真に求めるものは何だろうか?各々意見があるだろうが、僕は自身の作品が評価されること、それも適正な評価が下されることだと考えている。今日、聖域たる画壇は新入者に踏み荒らされ、アナートは資本家のマネーゲームの道具になり下がり、評価の軸は作品の外に置かれるようになってしまった。こうした現状に僕は激しい憤りを覚えている。誰のサインが入っているかで値段が決まるオークションに一体どんな意味があろうか?僕の"昨日の黙示録"は確かに成功した作品だったが、そのことを他の作品の評価に持ち出すべきではないはずだ。

さて、この作品がもたらすものは擬似的な芸術家の"死"である。死とは芸術家の評価のターニングポイントであり、忘却のシノニムだ。死した芸術家からは人間関係や経済的課題、その他世俗的なしがらみは一切取り除かれ、我々が評価すべきもの、即ち作品だけが残る。当然そういったノイズを排除しても見えるものは元の作品以上のものでも以下のものでもないだろうが、まっとうな評価というものが今や非常に貴重であることは先述した通りだ。

この作品で僕が問いかけたいことはただ一つ、"我々はクールか?Are we cool yet?"というお決まりの文句だ。この言葉が示すように、芸術家というものは常に誰かの評価を求めずにはいられない存在だ。これからも遠慮と胸算用の伴った戯言しか得られないならば、僕は自殺じさちゅさえ考えるだろう。理想を言えばこの作品で異常芸術業界を震撼させ、健全で適正な評価が可能な状態を取り戻したいところだが、はっきり言ってその公算は低い。それでも、上記の問いにはYesだろうがNoだろうが、適切な答えが返ってくることは確かなはずだ。それが得られるならば、悔いることは何もない。


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