クレジット
タイトル: 企画案2022-387: "ただ貴方の為に咲く"
著者: Transcend_man
作成年: 2022
http://scp-jp-sandbox3.wikidot.com/draft:7270672-28-2f9f
名前: リンネィ・ゼンセ
タイトル: ただ貴方の為に咲く
必要素材:
- テラコッタの植木鉢 1つ
- 銅製のジョウロ 1つ
- 携帯型のエヴァーハート共鳴器 1つ
- 拙作 "まだ見ぬ開花 " (あの初々しい白百合の蕾つぼみは、今も貴方の手元にあるのでしょうか? )
- 粉末状に加工した私の遺灰 (心配せずとも、手配はこちらで済ませましょう )
要旨: "ただ貴方の為に咲く"は私自身の遺灰を培養土の代わりに敷き詰めた植木鉢と、溶媒置換の奇跡論を施したジョウロからなる一対の作品です。植木鉢には私の処女作である"まだ見ぬ開花 " が植え替えられます。
エヴァーハート共鳴器を内部に組み込んだジョウロは、それを把持した人間の保有するEVEエネルギー色相に感応し、様々な液体を内部に生じさせます。具体的な例を挙げれば、悲嘆に暮れる人間からは涙液が、(あまり考えたくはないですが ) 性的抑圧を抱える人間からは精液等の発生が考えられます。そして、観覧者が生成された液体を植木鉢に注ぐことで、"まだ見ぬ開花 " は上記の色相に基づいた奇跡論的変容を見せます。この変容はジョウロで液体を注ぐ限り何度でも発生し、また同じ作品に変化することはありません。
私の遺灰には特殊なミーム処理が施されており、本作品が如何に姿を変えようとも"ただ貴方の為に咲く"として、ひいては私の残す最後の作品として尚も変わらず認識される為に、観覧者の認知的不協和を抑制する楔のような役割を果たします。
意図: 私が初めて異常芸術家アナーティストを名乗り臨んだ展覧会は、それはもう散々な結果に終わりました。私のブースに足を運んだ批評家は皆、口を揃えて"まだ見ぬ開花 "が如何に小手先だけの中身が無い作品なのかをつらつらと物語っていきました。きっと誰もが、哀れな女と思われたでしょう。これまで自分の生まれ持った才能を疑うことすらしなかったゆえ、あまりに無情な現実を前にして、私はただ放心するしか無かったのです。
そんな折に、貴方が現れました。
剥き出しの嘲笑と無関心の渦中にあって、それでも"まだ見ぬ開花 " を手放しで誉めてくださった、たった1人の観覧者でした。あの時、私がどんなに大きな想いを抱えて、貴方の目をじつと見据えていたのか想像も付かないでしょうね。
その後も、私は自信を込めて完成させた作品を幾度も展覧会に持ち込みました。その度に貴方と、貴方が引き連れた何人かの美術商だけが私の作品にポジティブな評価を与え、分相応の値段を付けては買い占めていく日々の繰り返しです。隣のブースの同業者が批評家達から惜しみ無い称賛を浴びる中、それを尻目に私の心は何故か満たされていきました。
ええ、私はとても満たされてしまった。このままでも悪くはないと、そう思ってしまった。
世に名の知れたアナーティストが前に立ち、こちらを嗤う世界に向かって“Are We Cool Yet? 俺たちはクールだったろ?”と問い掛ける。そんな“We我ら”の輪の中にあって、ただリンネィの名を残せれば、それで私は幸せなのだろうと。
けれど最近、ふとした瞬間に後ろを振り返ってみると、がらんとしたアトリエの陰に沿って並ぶ、売り切れた筈の彼らの姿がそこに見えるのです。他所の子達に比べたら、ひどく貧相な発想をした我が子の影法師が。その眼差しがどうにも痛々しくて耐えられず、惨めな私は床に額を擦り付けます。ごめんなさい、ごめんなさいと、何度も独り呟きながら。
そうして夢から醒めた後、私は "ただ貴方の為に咲く" の製作を始めようと決めました。否が応にも私の芯から産み落とされる、この忌むべき褪せたアイディアが2度と形を成せないように。
きっと貴方は気に入るでしょう。何故なら貴方はことごとく、私と彼等の 父親パパなのですから。それにほら、彼等のような出来の悪い作品を引き取って「分かる人には分かるんだ」、なんて1人で憂いて愛でるのが、貴方の密かな楽しみなのでしょう?
もう、沢山です。
生暖かい泥濘ぬかるみに自ら進んで根を張った、救いようのない私から。
蕾のままで、とうとう何者にも成れなかった私から。
決別の証として、この作品を遺します。
宛先: "リンネィ・ゼンセ"
差出人: " 後援者パトロン"
件名: あまり良い選択だとは思えない。
リンネィ。断っておくが、恐らくは君の生涯での最高傑作になるであろう "ただ貴方の為に咲く"も、再来月に行われる展覧会で批評家連中から幅広い評価を得ることは叶わないだろう。
正直なところ、創作に行き詰まった芸術家が苦慮の末に自身の死を題材とする流れには、僕としてもウンザリするほどの既視感を覚えざるを得ない。だからといって、この作品が必ずしも駄作になると決め付けることはできないが。
それともう1つ。君は企画案の中で 「何者にもなれなかった」と書いているが、そんなことを言われたら長く支援を続けてきた僕の立つ瀬が無くなってしまうじゃないか。少しずつでも、君の作品に価値を見出す人間が増えてきているのは確かな筈なのに、こんなにも中途半端な幕引きで本当に満足なのか?
例えどんなに君が蔑まれ、その才能を否定されようとも、僕は君の生み出す作品が好きなんだと胸を張って言える。だから余程の事が無い限り、僕自らがスポンサーの座を降りることはないだろう。何故なら君が創り出した作品は間違いなく、世界中どこを探しても代わりの無い、君にしか成し得ない代物なのだから。
最後に。数え切れないほどの悩みや苦しみを経た先で、更なる磨きがかかるであろう君の“次”なる作品を、これからも首を長くして待っているよ。
その必要があるのなら、何時でも僕に相談してくれ。
宛先: 後援者パトロン"
差出人: "リンネィ・ゼンセ"
件名: Re:あまり良い選択だとは思えない。
いつもながらのお心遣い、ありがとうございます。
"その必要があるのなら、何時でも僕に相談してくれ"
貴方がささやく、その言葉だけがずっと。私にとって唯一の救いであり、終わりのない呪いでした。
I Wanted To Be Cool.
続く我らが、きっと望んだ芽吹きを迎えることができますように。
宛先: "リンネィ・ゼンセ"
差出人: " 後援者パトロン"
件名: どうなっている?
3日前に、君の作品が届いた。
ああ、文句も出ない素晴らしい出来だったよ。すぐに自分の仲間内にも披露したが、まあ何も知らない奴等の野次をいちいち気にする必要もないしな。
知り合いの伝手で少し調べてもらったが、植木鉢に詰められた遺灰は間違いなく君のものだった。だから君は本当に死んでしまったんだろう。今さら疑う余地もない。残念だが、甘んじてこの現実を受け入れよう。
そうすると、昨日の展覧会で拍手喝采を浴びていた若い女の姿に見覚えがあったのは、やはり僕の勘違いだったろうか? そう言えば、彼女の名前は今まで聞いたことが無いものだった。確か、“ライゼ”とかいう名前だったか。僕も流石に気になって、後からこっそり彼女の作品を拝見したが天辺から爪先までナンセンスの塊で、あまりの出来に暫く唖然としてしまったよ。アレが一体どうやって批評家連中から評価を得たのか、甚だ理解に苦しむね。
僕は今でも、あんなモノより"ただ貴方の為に咲く"の方が遥かに優れた作品だと確信している。すべからく万人の評価に値するリンネィの作品は、これ以外にあり得ないし、僕は認めない。あんなモノは決してリンネィの作品などではない。絶対に。絶対に。絶対に。そして、それは何故なんだ? 僕の心はどうしてこんなにも彼女の作品に固執している?
分からない。が、恐らくは当てつけだ。君の本心、暗い想いが込められた、遺灰の放つミーマチックエフェクトの所為か何かだ。もしかして君は最初から、僕に対する仕返しの為だけに、"ただ貴方の為に咲く"を作り上げたのか? 頼む、どうか教えてくれ。
お前は誰で、いったい僕に何をした?
宛先: 後援者パトロン"
差出人: "リンネィ・ゼンセ"
件名: Re:どうなっている?
えーと、うん。流石にスルーは性格悪いし、面倒だけど答えてあげる。
知っての通り、"リンネィ・ゼンセ"は死んでるよ。彼女はもはや存在しないし、彼女の残した作品も、物好き野郎のアンタ以外に覚えているのは居ないかも。そいつを知ってるアタシ自身はノーカン、例外としてもね。ちなみにアタシが“ライゼ”だからね、どうも。
にしてもさ、どうして彼女はわざわざ死んじゃう道を選んだんだろうね。結局のところ、自分にはアナートの才能が無いんだって悟ったから? それとも、気持ちの悪い後援者の偏愛から逃れるためかな? 何にせよ、彼女にとって正しい選択だったと思うけど。
本気で明日の生まれ変わりを望むなら、人間全てを捨てる必要があるものね。捨て切れなければ、欲しがるアホに押し付ければいい。それこそアンタとリンネィで築き上げてきた、見るに堪えないWin-Winの関係性と何も変わりはしない。
Am I Reincarnated?私は見違えたでしょ?
実はこれから、新しい後援者との大事な打ち合わせが控えてるんだよね。おっと、そうだ。
その必要があるのなら、医者か誰かに相談しては?
じゃ、そういうことで。