名前: シルヴェリオ・ザンケッタ
タイトル: 私という遺作
必要素材:
- 特殊加工された人革 1枚 (面積が必要なため背中の皮を利用)
- 下腿 2本 (脛骨と腓骨を取り出す)
- 毛髪 十分量
- 鋭利に切断した細い金属管 1本
- 抗血栓薬
- 私
要旨: 本企画はライブペインティングパフォーマンスショーである。事前準備としてキャンパスを組み立てておく。脛骨2本と腓骨2本を縦横に並べ四角形を作り、毛髪で固定する。そこへ人革を張りキャンバスとする。この人革に対して絵を描くことになるため、あらかじめ表面に特殊処理を施し"インク"が載りやすいように加工しておく。
ギャラリーのオープン時、私のブースにはキャンバスのみを置いておく。ある程度時間が経ち会場に十分人が入ったら、私は車イスで姿を現す。キャンバスの前に座ったら私は首の頸動脈に金属管を突き刺す。管からはとめどなく血が流れ続けるだろう。念のため血が固まらないように事前に抗血栓薬を飲んでおく。
あふれ出た血を手で受け止め、毛髪で作った筆に染みこませてキャンバスに絵を描く。何を描くのかは当日のお楽しみにさせてもらう。少なくとも私の人生を表すような絵にするつもりだ。むろん筆を動かしている間も血は出続ける。"終わり"が来るまで、私は筆を止めない。私の体重から計算するに、1リットルほど失えばショック状態になり1.5リットルほどで失血死するようだ。そこまでに私が想定している絵を描ききれるかどうかはわからないが、筆が止まったところまでがこの作品となる。
意図: この作品は私そのものになる。
私は17のころ初めて展覧会に出展した。盛況だったというわけではないが、何人かの方にお誉めの言葉を頂いたり目をかけて頂いたりした。駆け出しのペーペーにしては大成功といってよかった。その後いくつかのサロンに参加させて頂き、積極的に会合に出て作品を発表した。忘れもしない27歳の時、発表した『花咲く炎餓のキッチン』が大当たりした。何か受賞したというわけでなかったが、この作品でずいぶん私の名は広まったし、多くの重鎮からも称賛された。
だが思えばその頃が私の頂点であったかもしれない。それから40年間活動してきたが、未だにあの評価を超える作品は作れていない。私を慕う弟子のような3人はいるものの、いくつかの展覧会で佳作をとったきりで目立った功績などはないままズルズルとここまで続けてしまった。最近はもう私自身の作品は部屋の隅に置かれ、見向きもされなくなっている。だから、後進に道を譲りここらへんで私に終止符を打とうと考えた。
この作品は私の全てで、私そのものだ。私の血はインクで、私の手はパレットで、私の髪は筆で、私の骨と肌はキャンバスだ。そこに描かれるのはこれまでの私が歩んできた旅路。たとえ描き切れなかったとしてもそれはそれで私の人生なのだろう。私の死と引き換えにアナーティストとして最後にこの世界に遺す、文字通り遺作となるのだ。
最後に我が弟子のマカブル、サルコ、イシュタムに告げる。私は先にこの世から去ることになるだろう。事前に相談すれば君たちは私を止めるだろうから、この作品は私一人で計画を行った。大したものを残せなかった不肖の師であったが、この最後の作品がせめて今後の君たちの創作やあり方、ともかく何かに役立てば私は幸せだ。
宛先: シルヴェリオ・ザンケッタ
差出人: "批評家"クリティック
件名: 君という駄作
とんだ茶番だったな。
全く。
かつては『花咲く炎餓のキッチン』や『何故』シリーズで名を馳せたシルヴェリオがこんな庸劣な作品を出したことが残念でならない。確かに君の作品は最近落ち目なのは疑いようがない。弟子のイシュタムなんかが最近新星として飛ぶ鳥を落とす勢いであるのに比べてもね。けれど、そこいらの凡百レベルまで落ちぶれるとは思わなかった。
ここのところ死ねばアートになると思っている奴らが多すぎる。確かに人の死は感情を揺さぶることが多いが、生きていても感情を揺さぶることなんていくらでもある。別に死は何か崇高で特別なものなどではない。世界で1日に何万人も死んでるし、人の死が見たけりゃスラムの脇道にでも入ればいい。こちらとしては、知らない奴が満足気に死のうが知ったことではないのだ。オナニープレイもほどほどにしてくれ。今回の展覧会でも死体袋が2桁は必要になった。次回の展覧会では死体処理屋を事前に手配することを義務付けたいくらいだ。まぁ君の茶番では結果として必要にならなかったが。
あの日、会場に置かれた骨と皮のキャンバスには少し興味を惹かれていたのは事実だ。しかし、車いすに乗って出てきた包帯まみれでうす汚い老人はあまりに痛々しかった。そして首に金属管を突き立て大量の血を流し出した時はげんなりした。また自殺信者のクソが出たのかと。あまりに弱弱しい腕で震えながらキャンバスに筆を運ぶ君の姿は、滑稽の一言でしかなかった。おそらく他の観客もそう思っていただろう。
そしていよいよ君の意識が失われてかけてきた頃、君の弟子3人がいきなり会場に現れた。君を死なせまいと、大量の輸血パックを持って。君は驚いていたし一応は抵抗していたのは見えたから、弟子の行動が君の意に反していることは分かった。ただ傍から見ていれば見苦しく生きあがいているようにしか見えなかった。たぶん想定していた内容はとうに書き終わっても、血は流れ続けるから君は筆を動かし続けなくてはならなかった。”終わり”が来てないのに、ショーを止めるわけにはいかないものな。無理矢理輸血させられ死ぬことも許されず、思っていた作品を自らの手で塗り潰していく君は、青白い顔でどのようなことを考えていたんだい?そしてキャンバスの白い箇所が無くなりいよいよ真っ赤に染まり切ったところで展覧会の終了の鐘が鳴った。金属管を抜かれて応急手当をされ弟子に連れ添われて出ていく君の背に、拍手を送るものは一人もいなかった。
君は企画案で「この作品は私そのものになる」と書いていたな?出来上がり会場に残された作品が、あの一面真っ赤に塗りつぶされたゴミとは、なんとも哀れではないか。とうに追い抜かされた弟子に、死に場所すら奪われて生かされ、惨めだとは思わないかね?
そうだ、弟子が用意した病院でのうのうと生きている君は知らないだろうから、あの後のことを話そう。今回の作品を見て、君のパトロンたちは君への支援を取りやめることにした。長年支援してた分、手切れ金を渡すそうだから元気になったら取りに行くと良い。キャンバスは弟子が買い取りたいといって札束を積んできたようだが、あんなゴミに価値はないと無償で引き渡した。
かつてCoolな芸術家だった君はあのゴミになって死んだ。
師匠思いの弟子がいるだけの、ただのジジイにもう居場所はない。
せいぜいアートを辞め、弟子たちのために長生きするといい。