名前: オーヴァル・シャルム
タイトル: クールの灯明
必要素材:
- iPhone14
- 今までにサロンの連中が提出した企画案のデータ
- プレハブ小屋を元に装飾した、簡易的な会堂
- メノーラー、端的に言えば純金製の燭台
- 光学的オーグメント・ミーム因子
要旨: こいつはシンプルな仕掛けになる。まずは会堂内のメノーラーに設置されたiPhone14の画面上に、提供された企画案のスクリーンショットをスライド形式で表示させる。入場した鑑賞者にはその内容が見えずとも、液晶から放たれるオーグメント・ミームによって直接対象の脳内に文章が刻み込まれる。
“クールの灯明”を身体に浴びた人間は、2つの異なる反応を見せるだろう。つまり、光源となった企画案に連なる作品を実際に観賞した経験があるパターンと、そうではないパターンだ。前者であれば、鑑賞者はそれらの作品に込められた芸術家の意図を完璧に理解する。そして以前の解釈に何かしらの“見当違い”があったのならば、彼らの望む望まないに関わらず、その過ちは不可逆的に修正される。
ある意味では悲劇だが、気の置けないギャラリーの手前、余計な恥を掻く心配はしないで済む。
後者の方に関して言えば、鑑賞者は企画案の内容から各々が思い描いた形での“作品の姿”を、自ずと瞼の内側で作り出すことになるだろう。こうなってしまえば、彼らは仮に"本物"を目の当たりにしたとしても、それらの作品を“クールの灯明”で知り得た企画案と結び付けることはできなくなる。だが、この独りよがりな妄想の産物は彼らにとって魅力的な、生涯の心象に残り続ける名作の1つになる筈だ。
まさしく、御大層な聖典の記述によってのみ彼の素晴らしき神々の存在を盲信する愚かに近い。
意図: 芸術それ自体の持つメッセージ性は、往々にして理解されづらいものだ。いや、そうではないと言うのなら、そもそもの話、企画案に“意図”のセクションなど必要ないとは思わないか? ふんぞり返った“批評家”や“後援者”ですら、その作品の概要だけでアナーティストの思惑を読み取ることは難しい。
“クールの灯明”は、そんな迷える子羊たちを正しき道に導くための光となる。アイディアという名の昏き根源に根差し、あなた方が我々の飽くなき創作を望む限りに於いて、それは永遠に輝き続けるだろう。
風の穏やかな夜、ふかふかのベッドで仰向けになり、 矢庭に次なる企画案を思い付いた時、俺たちは起き上がって楽しげに口笛を吹きながら “批評家”へのラブレターを書き上げる。
そいつを読むのは、きっと楽しい。フラれたものなら、尚更だ。
宛先: "N/A"
差出人: "オーヴァル・シャルム"
件名: ペンは彫刻刀よりも強いのか?
時に、困った奴らが居る。
高名な芸術家の最新作と言うだけで、その良し悪しも分からないで買い占めようと躍起になるギャラリーどもが良い例だ。界隈にあっては珍しくもない存在だが、その中でも最悪なのは支払うべき対価すら用意せずに作品の強奪を企てる輩だろう。
こういった手合いは独創的な芸術性が表の社会に及ぼすであろうインパクトを恐れるあまり、この見掛けだけなら平穏な世界が遂に終わりを迎えるその時まで、あらゆる絵画や彫刻品を掠めては奴らの秘密の宝物庫に投げ入れるのだ。せめて、俺たちの掲げる信念やら美学やらに共感できるだけのセンスを奴らが持ち合わせていたのなら、多少なりとも救いはあったのかもしれないが。
さて。そんな“収容家”という名の厄介者は、得てして作品解説ステートメントに目がないらしい。奴らは覗き窓の向こう側に置き去られたイーゼルなど気にも留めず、どうやってか手に入れた企画案のコピーを眺めては、成る程それらの成り立ち全てを理解したつもりでいるようだ。
とは言え、それなりに賢いやり方ではある。例えば、悪戯に人間を殺しまくるだけの彫像が現れたとして、そこには作者の如何なる想いが込められていたのか? わざわざ自前の足りない頭を捻らずとも、企画案さえ手元にあれば大方の疑問は解決するだろうしな。
それで、そいつはYouTubeで映画やTVゲームのレビュー動画を視聴してから作品の評価を決めちまうガキと何が違うんだ? 俺たちはクソ郊外にある映画館に足を運んで初めて、或いは気取り屋だらけの不敵な展覧会に赴いて初めて、そこで待ってる作品たちの“等身大な価値”って奴に向き合えるというのに。
しかし、本当に腹が立つものだな。
もし許されるなら、今すぐにでも奴らの首根っこを引っ掴んで、あの象牙の塔から無理やりにでも引き摺り下ろしてやりたい気分だよ。
おい、ここまでちゃんと読み進めたか?
俺はハナからアンタらに話しかけてるんだぞ、財団のマヌケども。まあ、今更そんなに慌てる必要もないだろうよ。そこのデスクで居眠りしてる上司に向かって大声を出す前に、折角だから最後までこいつを読んでいけ。
要はな、いいか? せせこましいクラッキングでかき集めた企画案の上辺だけをなぞって、俺たちが心血を注いで作り上げた芸術を値踏みするなって伝えたかったんだ。たったそれだけのことだよ。初めに言った通り、シンプルな仕掛けだろ?
ああ、よく考えたらこいつはかなり都合の良いタイミングなのかもな。そこらに散らしたエージェントでも誰でも良いから、来月のウィーンで開かれる展覧会にアンタらの使いを忍び込ませてみろ。飽々した収容任務を放り出して、その手に収めてみたいと思えるような、とびきりイカしたアナートのフルコースを喰らわせてやる。
そして呆気に取られる奴らの背中に、俺はお決まりの問いを投げ掛けようか。
"Are We Cool Yet?俺たちはクールだったろ?"
言っとくが、常套句クリシェがどうとか知ったこっちゃないぜ。
俺たちは“物書き”だった事なんて1度も無いし、これからも1人の“芸術家”でしかないんだからな。
ページリビジョン: 19, 最終更新: 30 Oct 2023 08:34