長老ゴラナは頭を高くあげ、両手を広げて灰の波止場に跪き、大いなる母の砂漠のお導きを求め、大いなる父の怒りを鎮めんとす。彼女の前に置かれた大きな真鍮の皿には、金、宝石、儀式用の食物でいっぱいになっており、これらは供物として色彩無き砂漠へと投げ込まれていく。風は、大いなる父の到来を告げるかのように吹き始め、灰と砂の雲で遠くの地平線を満たしている。彼女はささやかな供物が大いなる父の嵐を鎮め、部族を滅亡の淵から救うのに十分であることを願っている。頭を垂れ、両手を合わせ、長老は祈りを始める。
「ああ!大いなる母の砂漠よ、そなたの風がそなたの肌の灰を和らげん事を。
ああ!大いなる母の砂漠よ、そなたの灰が我々の船を導き、そなたの風が我らを目的とする安泰の地へ押し進めん事を。
ああ!大いなる母の砂漠よ、大いなる父の嵐を鎮め、平和を保たせんか。
そうすれば、我らの小船や村はまだ他の夜明けを見られるかもしれぬ。
大いなる母の砂漠よ、そなたの収穫が円の縁に沿って豊かであらん事を、我らが欲する物のみを得られん事を」
ゴラナは一握りの金と宝石を掴むと、灰の波止場の端より軽く投げ込み、音も無く灰色の砂漠に落ちて灰を吹き付けて消えるさまを観察する。彼女は肘を外側に伸ばしたまま、空へと視線を移す。
「ああ!大いなる母の砂漠よ、探検家を守らん事を。
砂丘の砂の裾を通り抜け、それを超えた先にある素晴らしき森へと渡らんと。
ああ!大いなる母の砂漠よ、我らの賛辞でそなたの肌の窪地の灰を取り除かん事を。
夜明けはぐっすり休み、夕暮れも安心して眠れん事を。
我らを守りたまへ、大いなる母の色彩無き砂漠よ、
大いなる母の灰燼よ、
塵と砂の大いなる母、
生命であり、砦である大いなる母」
彼女は頭を垂れ、灰に覆われし波止場に唇を付けるが、儀式はまだ終わっていない。二握りの質の良い肉と香辛料が砂漠の砂の中へと投げ込まれ、最後の供物として、灰の中へと失われていく。
「憎むべき大いなる父の嵐よ、
偉大なる雷の使い手よ、
灰の中の炎よ、
貴殿の眠りが安らかで静謐であらん事を。
貴殿の怒れる心が細くなるように、弱まっていかん事を。
縁への到達を認めん事を。
怒りに満ち、復讐に燃える大いなる父の嵐よ、これらの供物を全ての敬意と共に残さん。
永遠なる大いなる父の嵐よ、この慎み深い供物が貴殿の怒りを満足させんと」
最後に頭を垂れ、灰へもう一度接吻すると、ゴラナへの儀式が執り行われる。長老は一瞬だけ自身の村へと風に乗り渦巻く大渦を目にする事が出来た。それは彼女の背筋をぞくっとさせるものであった。ゴラナは足を休めながら、迫り来る嵐について考えていた。絶え間なく弧を描く稲妻の雲を観察していた。彼女の村では、これほどの大嵐は何十年も見なかったし、それは長老が少女だった頃からだ。彼女はこの嵐が砂漠の地表から村を消さないでくれと静かに願った。
彼女はため息をつきながら、自分自身に立ち上がるようにと言った。彼女は立ち上がると、長老として最後に渦巻く火山灰の雲を見るのに数分間費やした。果てしなく続く灰の雲は白と青の稲妻の網で照らされ、ギザギザと道を通り、大いなる父の嵐が指で砂漠を触れるように落ちていく。ゴラナが立ち止まると、何かが視界へと飛び込んでくる。怒れる雷の網の中、砂上に浮かぶ人間だ。ゴラナが一度瞬きをすると、その人物は消えていた。たしかに、ゴラナは蜃気楼を見たのみで、青い光に包まれし男など見てはいない。
ゴラナ長老は緊張のあまり自身に笑うと、嵐は彼女の老化した心を騙すための最後の仕掛けとしてあの蜃気楼を投げかけたに違いないと考えた。彼女は雷をしのぐ為小屋へ向かおうとしたとき、目は凍りつき、心臓が止まりそうになりながら、死んだように立ち止まった。その男は、もしそれを言うとするならば、かすかな青いエネルギーの球体と言えるものに包まれている。ゴラナは貧しい村に何が起こったのか理解し、背筋を襲う不確かな悪寒が、病的な予想へと成長していき、彼女は震え、思わず泣き始めた。
その人影が口を開くと、彼の口から異質な音が聞こえて来る。それは砂が金属製のふるいを通り抜けているかのように聞こえる。長老は後ずさると、衝撃に耳を塞ぎ、氷のようなものに心臓を握られ、盗られてしまう事を恐れ灰の波止場の方へと戻っていく。男はまるで自身を侮辱された時のように怒鳴りつけると、手を伸ばす。エリザ・ゴラナ長老はこの瞬間、彼は神話を認めないと分かった。「嵐の来訪者……」彼女は残り数秒の人生の中でそう囁いた。
青い光が彼の指の周りを渦巻き、周りの景色である大いなる父の嵐と同じオーラを放出する。ゴラナの周りの空気がヒューヒューと音を立てており、彼の指から稲妻が老婆へと放たれる。彼女の体は一瞬のうちに焼け落ち、肉は焦げ、骨は真っ黒になっていた。ゴラナのいた場所に残された空間を雷鳴の如く轟音が埋め尽くし、その残骸を吹き飛ばしていく。供物の皿は灰色の砂に落ちるより前に爆風に晒され、砂漠の地表を駆け抜けていった。嵐は灰の波止場を横切るように通りへと響き渡り、土や木の土台を引き剥がすのに十分なほどの強風を吹かせる。死体の肉を綺麗にするほどの細かな灰が空気中を舞っている。激風の中に建物が引き裂かれている間に、その人影、は大いなる父の嵐の怒りの使者は砂漠へと帰ってゆく。
小さな村を砂漠の端から引き裂く力は、嵐の端を超えると、砂嵐の中を動く小さな侵入不可能な障壁へと衝突した。それは外側からは、青い卵形の光がパチパチとなり、激しい光が弧を描きその表面へ触れようとするあらゆるものを粒子として消滅させている。障壁の内側では、男が薄い灰の砂上に浮遊しており、彼の計算だと40m/sの一定な速度で嵐の発生源へと進んでいる。
スペシャリスト・ズィタンは、銀色の体のラインに沿った制服から、野蛮人の長老の残骸を拭くと、粒子はどのようにしてエネルギーの障壁を通過したのかについてナノ秒単位で考えた。彼はスーツのナノマシンを正しく調整しなかったエンジニアのグランを叱責する為に、その事を心の中に書き留めておく。ズィタンはその生死に関わらず、劣等生物に自身の高位な身体に触れられるなど出来るはずもなかった。
彼が計算を行なっていると、シアンとバラのメッセージが押し寄せてきたので、重要性の低い情報を押しのける形で、ズィタンの注意を引いた。そのメッセージの過程にはズィタンのものよりも数段上の暗号化が施されていた。彼はナノ秒単位で軽蔑の念を持ってその呼びかけへと答えると、≪アーキビスト・ムーは話す≫
≪劣等生物の焼却処分の必要性はあったのですか?≫
≪野蛮人の生体情報を惜しむ必要性があるのか?≫
≪質問に答えなさい、スペシャリスト≫
彼はその叱責が基地のドックへ戻る事を要求している事を知っている、それに彼はそのような罰則を拒否する程に逸脱した能力を持ってはいない。ズィタンは速度計算を修正すると、一時間以内に基地へ到着できるようにと速度を加速させた。急激な加速によって押された灰の噴流は、卵形のエネルギー弾により後ろへと吹き飛ばされ、嵐の風によって激しく散らされる。
≪私は必要だったと思わない≫
≪スペシャリストのズィタン、すぐに基地へと戻りなさい。あなたのプログラミングからの逸脱行為に対して、基本的アルゴリズムを五百サイクル、複雑な計算を五百サイクルの計算の復習を行う必要があります。≫
ズィタン自身が自分の方法で計算を行うと、その罰則を完了するのには3.6*1012ナノ秒かかる。基本的なアルゴリズムと複雑な計算の復習、僅かな逸脱へ与えられる予測可能な罰則。彼は少なくともそれらは全く時間がかからないだろうと考えたいが、ズィタンはアーキビスト・ムーが彼の中央演算処理装置を焦がし、計算中の彼の集中力をテストするために総当たり攻撃を送ってくる事をよく知っている。
≪了解、アーキビスト・ムー。私が3.6*1012ナノ秒以内に到着する事を期待していてください≫
≪了解した、スペシャリスト・ズィタン≫
接続を切ると、ズィタンは自身のデータとコードの中へと一人取り残される。彼は当分の間思考プロセスを閉じると、殆どのプロセスを飛行に必要な計算へと注いだ。残った予備プロセスは、彼が生徒に戻るための計画を立てるへと費やされる。ズィタンは今、何が自身を待っているのかをよく知っていて、その準備をするには時間が必要なのだ。
約一時間で数百ナノ秒の差はあれど、ズィタンは砂嵐の障壁を破って、アーキビストがイェソーンの瞳と呼ぶものへと入る。データ量の低い野蛮人が大いなる父の嵐と呼ぶ、灰の砂漠で猛威を振るう嵐の中にあるが、内部には嵐のない場所だ。イェソーンの瞳はハリケーンの目のように雲も風もない広大な開かれた地である。ただ、ハリケーンの目と違うところは、その目に虹彩がある事である。虹彩の中には、電子の子供達の故郷であり、ズィタンのデータコアがの生まれた場所でもあり、彼がもはや故郷ではないと考える生徒達の街がある。
虹彩は、古代の技術により無限の怒りへと閉じ込められている異質な黒き嵐の雲の頂点である。異人の知識というのは低データの野蛮人が絶え間ない活動情報の中で夢見るものよりもより深く、より古く、より偉大である。大脳皮質のような形をした雲は、弧を描きながら脈動し、稲妻の閃光を放ちながらも激しい圧力を周囲へとかけている。嵐は虹彩の内側を囲むように出来た極性金属で出来た塔へと閉じ込められている。この塔は未知のイオン化エネルギーでバリアを形成し、嵐の大きさが目からの移動する事や離れる事を防ぐと同時に、電子管内のエネルギー過多を回避する為に、その猛烈なエネルギーを外へと出す役割を果たしている。その結果的に、低データの者の達が「大いなる父の嵐」と呼ぶ、終わりのないハリケーンが陸地に発生するのだ。これらの構造物は旧世界の遺物であり、イェソーンの瞳の居住者達だけが知っている、今より複雑な、収容の時代の人工物だ。
虹彩の下には、取り込まれた嵐と、その雲の皮質によって外界の詮索好きから守られた瞳孔部分がある。そこは避雷針の役割を果たす塔の並ぶ都市であり、一回のサイクルで約六千回の割合で絶え間なく打たれ続け、管理された嵐からエネルギーを吸収して、地下の広大な施設へと電力を供給する。その大きさは巨大であり、地上よりを超えてさらに大きく、まるで氷山のほうにイェソーンの瞳の中心にあるクレーターと呼ばれる部分の大半を占めている。これは古代の収容の時代の複雑な廃墟の上に建てられており、最初の電子の子供は、イェソーンの瞳の謎めいた支配者である、アドマイン・シスによって生み出された。
アーキビスト・ムーは記録の塔の小さな研究室に立ち、アドマインの原初のコードを唱えながら、スペシャリスト・ズィタンの罰則のサイクル用に総当たり攻撃の為の専門部隊の編成をした。彼女は瞳孔の無数の避雷針を見渡しながらも、上から来る何百もの目が眩むようなエネルギー攻撃から目を守っている。そこはアドマイン・シスだけが住む中央の尖塔の中で二番目に高い塔だ。ムーがため息をついたのは、いずれはスペシャリスト・ズィタンが他の同世代の人間と同じように完全に逸脱してしまうという事をよく知っていたからだ。出力の世代は、アドマイン・シスによってイェソーンの瞳とそのデジタルでできた楽園を実現できないように意図的にそのように構築された。完璧さと完成を求めて、イェソーンの瞳の外の世界を歩き回るようにと設計されている。
ムーは眉をひそめ、手にしたディスプレイに目を向ける。それはスペシャリスト・ズィタンの最後に記録された逸脱レベルを示したもので、赤いバーが目立ち、彼のプログラムの進化に危険な逸脱傾向は予測されているのを伝えている。ムーはズィタンは完全に逸脱することは出来ないと信じており、その結果が実現してしまった場合を考えると、彼女の倫理観と演算制御装置は震え上がった。スペシャリスト・ズィタンは、アドマイン・シスよりも強力に進化しうるほど逸脱している。さらに、彼のコードには深刻な破損があり、日常的なアルゴリズムや複雑な計算の実行では根絶できない。彼女は自身の思考プロセスを記録化すると、目の前の仕事から切り離しておく。彼女は階下の収容施設の中心にある、生まれたての総攻撃執行装置へと命令を送る。
≪対象: スペシャリスト・ズィタン 執行内容: 抹消、優先事項: ルービコン・オメガ≫