by stormbreath
wasteland-baby 08/04/12 (土) 13:03:12 #18239491
プルーダー・レコードは90年代後半に最も広く流通したVHSテープの1つだ。正式な発売こそされなかったが、テープに込められた謎ゆえに、大量に複製されて出回った。勿論 — これはあくまで、死にかけの映像媒体を巡る無名のサブカルチャーの中では人気だった、という話であって、結局のところ、そこまで知名度のあるテープではなかった。しかし、もし見つけられたなら、間違いなく君を魅惑するだろう。
映画は、身なりの良い男が画面左手から入って来るところから始まる。男は窓の正面に置かれた椅子に座る。映っているのは彼の胸と頭だけ — 部屋の他の部分は見えず、背後の窓からは焦点の外れた緑の野原が見える。彼は溜め息を吐き、ジョージー・プルーダーと名乗る。
彼は28歳で、撮影時点では太平洋岸北西部のインディーゲーム開発企業に勤めている。余暇には映画を撮るのが好きらしい — 視聴者が今から観るような映画を。彼は時間を割いて視聴してくれることに感謝しつつ、その前に幾つかはっきりさせておきたいと語る。
第一に、このVHSテープは芸術作品で、主に彼自身のために制作されたということ。制作過程こそが全てだった。けれども、完成品を見て面白いと感じる人がいるかもしれないから、一般にも公開する。もし観てもよく分からなければ… まぁ、元々はジョージーだけの映画になるはずだったのを思い出してくれ。
第二に、ジョージーはプルーダー・レコードの制作に関して2つの点を明言したいと語る。彼一人で — つまり誰の助けも借りずに — 特殊効果を一切使わず撮ったというのだ。彼はこの2点にこだわっている。これはジョージーの身に起きた事件を映し撮っただけのものだ — 映画よりも日記に近い。記録。
これはテープの中で最も論争の的になっている要素だ — 完成品は一個人が制作できるような映画ではない… その上、全く以て制作不可能にも思える。映画に含まれる幻想的な要素は、現実には存在しないにも拘らず、完璧なまでにリアルに見える。あれほど真に迫る映像を撮るには、何百万ドルもの資金と、当時どころか今日ですら存在しない特殊効果が必要になるだろう。そして更に — この映画に関わった他の人物は、これまで見つかったことも名乗り出たこともない。
最後に、ジョージーはテープについて連絡をよこさないでほしいと視聴者に頼む。彼はあくまでも私人であり、境界線をしっかり引いておきたいそうだ。筆者もまたこの点を尊重し、ジョージーに連絡を取ろうとしないようにお願いしたい。
こうして、ようやく映画が始まり、黒背景にシンプルな白文字のタイトルカードが画面に映し出される。
This is not for anyone but myself.
Thank you for watching this movie.
Presenting: The Pruder Record.
突然の場面転換。
そこは何処までも続く樹海の上だ。カメラはゆっくりと360度回転し、撮影者が座っている木の幹が一瞬だけ映り込む。カメラが捉える限り、果てしなく広がる森林。視点は樹上に1分ほど留まった後、上方を向き、木の幹が上へ上へと伸びて雲の中に消えているのを明らかにする。視点はその後、雲に隠れた木の頂点に固定されたまま、地面に向かって降り始める。
木を降りるのには10分かかり、ここが人類の知るどんな森よりも遥かに高く育っているのがすぐ明白になる。ここでもそうだが、プルーダー・レコードには最初と最後を除いて場面転換が無い。テープ全体が一続きの物語として提示される。
長い降下の後、カメラアングルが水平に戻る。まだ地面には降りておらず、地上50フィートほどの位置に生えている屈強な枝の上に設置されたベースキャンプの中心にいる。床は金網で、横木にある種の防水シートがきつく張られ、撮影者の体重を不安定に支えている。
カメラがキャンプ全体を見渡せる場所に配置されると、主人公がようやく姿を見せる。彼は各種のキャンプ用装備に身を包んでおり、よろめくように画面に入る。大半の装備は風雨に晒されて痛んでおり、錆びている物さえある。髪と髭の状態も考え合わせると — どちらも長く伸び、ぼさぼさで梳かした様子が無い — この男は長らく文明社会から遠ざかっていることが伺える。容姿はプロローグに登場したジョージー・プルーダーに似ているが、態度は全くの別物だ。大抵の視聴者は、初めのうち、両者が同一人物とは思わない。
ベースキャンプに入ると、明かりはほぼ全く無い。我らが謎のキャンパーが投光照明を消すと、キャンプを照らすのはガスストーブだけで、何が起きているのかほぼ全く掴めない。キャンパーは暗闇の中を動くが、視聴者は彼が夕食を作り、キャンプを歩き回る様子の輪郭をギリギリ判別できる程度である。
夕食を終えると、キャンパーはカメラを見晴らしの良い固定位置から動かし、自分の顔が映るようにする。照明がまた点ると、“ブレア・ウィッチ・プロジェクト”の有名なシーンのように、画面にはキャンパーの顔しか映らない。彼は話し始める — テープ内で唯一の台詞だ。
視聴者は、この男が確かにジョージー・プルーダーであり、彼が“ここ”と称する曖昧な場所にもう数ヶ月も滞在していることを知る。彼は現在地が何なのか、何処にあるかを説明せず、ただ“森”としか呼ばない。彼の目的は不明確で、存在しない可能性すらある。彼は森を去りたがっている一方で、去ろうと試みている証拠はない。ジョージーは話し終えると、食事を再開する。
森に響き渡る低いゴロゴロという音が上空から聞こえてくるまで、食事は中断なく続く。ジョージーはカメラを掴んで上に向ける — 鮮やかな緑色の光が、木々の間から差し込んでいる。それは森中を照らし出し、聳え立つモノリスめいた木々が強い存在感を放っている。ジョージーは支離滅裂に叫び、再び木を登ろうとする。
この間、カメラの角度は調整されておらず、代わりにジョージーのベルトに固定され、吊り下げられている。ぶら下がったカメラは無秩序に跳ね回る。少々驚くべきことに、ベースキャンプは常にカメラの視界に収まっている。木登りの途中で幾度か、ジョージーが光に向かって訳の分からない — 恐らくは“止まれ”、“置いていくな”という趣旨の — 叫び声を上げるのが聞こえる。
光はそう長続きせず、ジョージーは光が去ると枝に腰掛けて息を切らす。彼は最終的には木を降下してベースキャンプに戻り、カメラを見晴らしの良い場所に置いて、投光照明を点ける。彼は長時間、張り詰めた空気の中、無言で座っている。森は不自然なほどに静かだ。
何かが上から勢いよくベースキャンプに落ちてくる。キャンプを照らす明かりにも拘らず、そいつの姿は真っ黒で、巨大な猫の形をしている — ヒョウかもしれない。先程のジョージーの独白が、パチパチという背景音になって聞こえ始める。獣に向かって叫ぶジョージーの声が、背景の独白をかき消す。彼の叫びはどもっていて、干渉音のせいでよく聞き取れないが、謝罪しているようだ。ヒョウはジョージーの周囲をぐるりと回ってから、仕留めに飛び掛かる。ジョージーは両手を挙げるが、それでは不十分だ。獣が爪を一閃すると、彼は倒れ込む。死んでいる。ヒョウは走り去る。
カメラがひとりでにジョージーの血塗れの顔にズームインし、丸1分 (正確に) そこに留まってから暗転する。
エンドクレジットは無い。2分後に映画が終わるまで、無音の暗闇が続く。