「本物の時間停止モノAVを撮りたいと思っている。」
ガヤガヤと騒がしい居酒屋チェーン店の半個室内には俺とコイツの2人きり。気の許した親しい男だけのサシ飲みだからこそ許される下卑た冗談に聞こえるだろうが、冗談で言っている……とは俺には思えなかった。
映像系の専門学校からの付き合いはなんだかんだで20年。この堅物が酒の席でも冗談を言うような男ではないことは嫌と言うほど知っている。
「……現実見えてんのか?」
しかし、仕事上のパートナーとして、腐れ縁の友人として、それでも苦言を呈さなければならない。
「時間停止モノとかニッチ過ぎんだろ。ニーズを考えろって。」
手元のパネルを操作して生ビールと枝豆とコイツの好きな薩摩揚げの追加注文を行う。日本酒は……まだ早い。素面の内に説教が必要だ。
「ニーズ……確かにオレが撮りたいってのが一番にあるけどさ。」
「それがダメなんだって言ってんだろいつも!」
声を荒げてしまってから口元を押さえる。しかし、俺の声は居酒屋特有のざわつきに掻き消されていて、半個室に通されたことに心の底から安堵する。
「この前だって演出過剰だってレビュー散々だったろ?」
「いや、あれは少しずつすれ違っていく男女の想いと空模様をシンクロさせてたんであってな。」
「だからそれが過剰な演出なんだよ!」
「観客には過剰なぐらいの演出じゃないと伝わらないだろ!」
「AVにそんなもん求めるか!」
あ、と気付いた時にはもう遅く、大声でなんてことを口走ってしまったのかと後悔をする。ちらと個室の外に目をやるが喧騒は続いており、店員も注意をしに来る様子もない。……これぐらいならもう少し口論がヒートアップしても問題は無さそうだ。
「そもそも、アダルトビデオなんて抜けるか抜けないかだ。前戯の前段階なんざスキップされるだけなんだよ。」
「女優のインタビューシーンを飛ばす人が一定数いるのは理解してるよ。でも、オレはその女優がどんな子なのか想像しやすくなるから絶対に必要だと思ってるし、ストーリー演出があるからこそおっ起つ関係性ってのもあるだろ?」
本当に、コイツは昔からこうだ。自分が撮りたいシーンしか撮らない映画監督なんてスポンサーからしてみれば操作のできない機関車と変わりない。そのせいで映画業界から干されて自主制作映画しか撮らせてもらえず、その資金調達のために手っ取り早く稼げるAV製作会社を起ち上げたってのに、結局は顧客のニーズを無視してるから金は稼げず自転車操業。いや、燃料をバカスカ食らい尽くしても本数は出し続けられるぐらいには回収できているから機関車操業か? 俺がいなきゃDLサイトとの契約もとれなかったってのに、うちの会社唯一の看板監督はいい気なもんだぜ。
「逆に萎えるだろ。それこそ、お前が撮りたいって言ってる時間停止モノなんて過剰演出の塊じゃねぇか。」
そもそも、時間停止などという魔法や超能力は現実ではあり得ない。巷に溢れる時間を止めて道行く女の子にイタズラを……なんてものは9割が偽物だ。……いや、十割十分十厘が偽物だ。ネットで言われる残り1割は本物なんてあるわけがない。本当にごく僅かなニッチなニーズのためにプルプル震えながら時間停止を表現する女優と、それをさも当然かの如く受け入れて行為を致す男優、そして時間停止空間を演出するため動くものを徹底的に排除しようと奔走するスタッフ各位には尊敬の念しかない。犬が一匹遠くで走っていただけでネットの笑い者になることが目に見えているのに、それのせいでメガホンを置いた監督が何人いると思っているんだ? 犬に食われたとか言われたりするんだぞ? そんなのに手を出そうなど正気とは思えなかった。
「つーか、本物の……ってなんだよ。本物の時間停止モノ? どれだけ演者が苦労したって取り繕った演技になって本番シーンで白けちまうよ。」
「オマエさ、前に見せたふたなりモノのAV覚えてる?」
「あ?」
ふたなり。女性の股間に男性特有の陰茎が付いている両性具有の通称。これまたニッチなニーズのジャンルだが、まあ作り物の陰茎を女優が装着しているのが丸わかりのモノばかり。本番はカメラの角度で誤魔化したり行為中は男優に入れ替えたりの事前準備が大変らしいが、最近見せられたと言われると……。
「あの妙にリアルなやつだろ? 男優が挿入していたから双頭ディルドでもないし、特殊メイクならモザイク越しでもあれだけ接写してたらメイクと地肌の境界がわかるはずなのにって話してたやつ。」
「あれ撮影した監督と話をする機会があってさ、聞いたんだよ。」
「まさか、本物を用意したってのか? あれに出てた女優、他の作品にも出演してたけど普通のAVだったぜ?」
「……手術したんだって言ってた。」
「手術?」
「女優に金を払って手術して、本物の陰茎を付けて撮影したんだって言ってた。」
「いや、そんなわけないだろ。どんな技術だよ?」
「モザイク処理前の映像も見せてもらったし、オフショットで他の出演者達が興味深そうにソレをいじり回す映像も見せてもらった。それらにCGやメイクを施した様子は無かった。そこまでする意味は無いだろ?」
確かに、それだけ手間と費用のかかることをする意味がわからない。オフショットまで撮影してるというのは、まるで偽物だと疑われた時のために証拠を残しているようにも思えた。
「それなら手術させたのはどうなんだ? そっちの方が金も手間もかかりそうじゃないか?」
「スポンサー……というか、協力してくれる会社があるらしい。」
特殊性癖を満たすために協力してくれる会社とは……。なんとも殊勝な社会貢献なことだ。
おかわりが来る前に残ったビールを飲み干そうとジョッキを傾けた。
「日本生類創研って聞いたこと無いか?」
今、喉を鳴らしたのは呑み込んだビールか、それとも事態の大きさか。間違いなくその言葉には聞き覚えがあった。
「それって、あの噂の?」
AVに限らず、映像業界でまことしやかに噂になっている会社……いや、組織と言うべきか。格安でハリウッド顔負けの精巧な特殊メイクや着ぐるみ製作の技術提供をしてくれるんだとか。
「実在するのか? じゃあ、女優に付けたのは特殊メイク?」
「いや、実際に手術をしたんだそうだ。そうしないとリアリティが出ないからって。手術費用どころか金まで貰えたそうだ。」
「……まるで人体実験みたいだな。」
「多分、そうなんだと思う。」
「ん?」
「撮影後から女優は行方不明になってるらしい。」
ひたり、と背筋に冷たいものが触れた感覚がした。
「そんなん、よくある話だろ?」
実際、映像業界は行方不明になる者が多い。だからと言ってそれは事件性があるわけではなく、ただ夢破れて誰にも何も言わず業界からバックレただけの話だ。さっきの犬のせいでメガホンを置いた監督もそうだが、パッとしなかったアイドルが実家に帰った。華の無い役者が食い繋ぐために一般企業に就職をした。売れない芸人がギャンブルにハマって借金苦に自ら命を絶った。芸能界は誰もが一度は憧れる夢のような世界だ。だが、夢の世界の住人にとってそこは現実世界。夢の部分にだけしか見なかった若者がそのギャップに耐えられず、高いだけのプライドから経緯の説明もできずに黙って逃げる。ただそれだけの話。よくある話だ。そういう意味で言えば、俺やコイツは夢の世界で何とか暮らしていけているんだ。恵まれている方なのだろう。
「風俗嬢に転身したか……借金。全額返したか、首が回らなくなったかはわからんが、そんなとこだろ?」
「……付き合ってたんだよ、監督とその女優。借金を返し終わったら結婚する予定だったそうだ。」
「マジかよ……。」
「早く金を返させたかったから監督は自分の作品でよく起用してたし、金が出るならと実験にも協力した。でも、その後の陰茎除去手術から女優は帰ってこない。」
いつの間にやらコイツの話を聞き入ってしまっていた。静寂の中、自分の速まった動悸が耳に痛いぐらいだ。酔っぱらいが居酒屋で陰謀論や都市伝説を語っているに過ぎない。だが、この男の力強い瞳はそれを嘘だと笑い飛ばすことをさせなかった。
「それで、監督の方には次の企画書がいくつか送られて来た。その中には時間停止とか、犬との獣姦とか色々あったんだけど、監督が気になったのは……触手だった。」
触手。ファンタジーを舞台にした作品によく出てくる竿役だが、それはもうエロアニメやエロマンガの話だ。実写もあるにはある。だが、それはリアリティなんて話じゃない。現代社会では異物の存在をあたかも当然の存在として撮影するのは不可能だ。膨大な予算と時間があってこそ、違和感を極限まで減らしてようやく観れるものになる。それをAVで撮るのは労力に見合わない。
「サンプル写真には先端に男根の生えた無数の触手で覆われたタコみたいな生物が写っていた。本当に生きているようにしか見えないその生物の一際太い触手に……監督が女優にプレゼントしたブレスレットがはまっていたらしい。」
それは……。
「それは……その帰ってこない女優が触手まみれのタコにされたってことか?」
「監督はそう言っていた。」
「……もし……もし本当にそうだったとしよう。なんでお前がそこまで詳しいんだよ。とう考えてもヤバイ話なのに、さっきの言い方じゃ初対面だったんだろ? まずは警察とか、知り合いに相談するだろ普通。」
「絶対にヤバイ組織だから警察とかに根回しされてるかもしれないけど……オレなら信じられるって。」
「……なんで?」
「AVだけど、真っ直ぐな作品を撮る人だから。作品に真面目さが滲み出てるからって……監督は言ってくれたよ。」
ああ、そうか。その監督さんも俺と同じか。こいつの作品に惚れ込んで、ここまでついてきた俺と同じなんだ。夢を諦めず、AVでも人を感動させるような作品を作ろうと踠き続けるこの映画馬鹿を……。
「その……監督さんは?」
映画馬鹿は首を横に振る。
「行方不明。」
「そうかい……。」
「自分や彼女がなぜいなくなったのか、誰も信じてくれなくても、誰かに知っていて欲しかったんだって。それで、行方不明になる前に監督は一矢報いたいって言っていたんだ。」
「……復讐か? 日本生類創研に?」
「監督と連絡がとれなくなって一週間。オレは監督のマンションに向かったけど、そこはもうもぬけの殻だった。家具どころか人が住んでた形跡すら無かったよ。」
「夜逃げ……じゃないんだよな。」
「結構いいマンションだったよ。金回りはよかったみたい。多分、彼女さんとの結婚も視野に入れてたんじゃないかな。」
だとすれば夜逃げではない。夜逃げなら最低限の荷物だけ持ち出すから家具は置いていく。ならば……。
「日本生類創研の証拠隠滅か。」
「だろうね。仕事道具とか、写真サンプルとかの企画書を回収したかったんだと思う。でも、回収しきれなかったものもあったみたいでさ、部屋の角にこれが落ちてたんだ。」
そう言って映画馬鹿はポケットから金色の懐中時計を取り出す。
「これは?」
「監督は言っていた。まずは証拠を集めたい。だから、企画のサンプルの中にあったこれを撮影に使うと嘘を言って日本生類創研から取り寄せた。これが本物なら最大の武器になるって。」
「企画……まさか!」
「これが時を止める装置だよ。」
なんて……なんてベタなデザイン! 時を止めるから懐中時計! いや、それぐらいの方がわかりやすいのか? ヘタに凝ったデザインにするとコストが……いや、何を言っているんだ。俺まで映画馬鹿を出さなくていいんだ。
「それで、話が戻るんだけど、これで本物の時間停止モノAVを撮ろう!」
……?
「監督の意思を継いで、その時計で復讐するんじゃないのか?」
「いや、そんな組織を敵に回せるわけないじゃん。それに監督は知っていてほしいって言ってたわけだし、オレもオマエも覚えてる。それでよし。これがあれば今まで出来なかった撮影方法を生み出せるかもしれない! 変な組織に関わらず、すごい作品が、リアリティに溢れた今までに無い映画が撮れるんだ!」
……なんて展開だ。こんなの予想できん。だが……こいつは映画馬鹿なんだ。これぐらい馬鹿だからこそ、情熱だけで今までAV監督として活動してこれたんだ。監督さんには悪いが、正直なところ安心している。人体実験をするような組織に関わらないってだけで胸を撫で下ろす。こいつが喜んでいるならそれでいい。気がかりなのは組織にバレた時だが……。
「……まあ、今はいいか。その時計が使えるのか色々試してみてから俺たちの企画を練っていこうか。そんじゃ、まずは新作の成功祈願を祝して呑もうぜ今日は。注文は……。」
はた、と気付く。さっきの注文はまだ来てないのか? コイツの話で忘れていたが、いくら店内が満席で賑わっているからといって、生ビールすら来ていないのは流石におかしい。それに……賑わっている? いや、先程まで騒がしかった店内の音が一つも聞こえない。何か……何かがおかしい?
「気付いたみたいだね。」
ニタリと、映画馬鹿の口角が上がる。
「……何がだ?」
「呼んだはずの店員も来ないし、静かだろ、外。声も、物音も、人の気配すら無い。」
「お前……何を?」
映画馬鹿は立ち上がり、半個室の襖に手をかけて………それを勢いよく開け放ち、入り口方面に駆け出した。
「成功だ……!」
それを追いかけ、追い付いた俺もその光景を目の当たりにする。
テーブル席で焼き鳥を片手に談笑するサラリーマン達、カウンターでお猪口を傾ける初老の男性、調理を続ける店員達、ビールジョッキを2つ持って今まさに歩き出さんとしているアルバイト。その全てが一時停止ボタンを押された映像の1コマの様に動きを止めている。
「マジかよ……本当に止まってる……。」
「スゴい……これはスゴいぞ!」
「お前! 変な空気出すなよ! 何かお前が裏切る展開かと思って身構えちまったわ!」
俺はスマホを取り出して撮影を開始した。
「つーか、実験するなら最初から言えよ! もっとちゃんとした機材を持ち込んだりできたのにな!」
「今止めたらどうなるか気になったんだから仕方ないだろ! それに、本格的な実験はまた今度! 今は止まってるものに触れた時の変化の様子と、効果の持続時間を……時間止まってるのに時間を気にするのか! これはセリフに落とし込もう!」
ああ、本当に馬鹿だ。コイツは本物の映画馬鹿だ。こんな時間を止める装置があれば、金も女も好きにしほうだいなのに……AV監督のくせにコイツはそんな発想をしない。したとしても映画の登場人物だったら、と監督として、脚本家としての発想しかしない。そんなやつだから、そんなやつの映画を撮りたいって思わせてくれるから、俺はカメラマンとして撮りたくもない男女の絡みを撮り続けてきたんだ。今度こそ、コイツと一緒に映画を撮ることができる。こんなにも……こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。もう一度、夢を見ることができるなんて……。
「おい、火と水の様子も撮っておいてくれ! 色んな角度から見れる……精巧なメタバース……上手い表現が見付からねぇ!」
「これなら、お前が前から撮りたがってたSF青春モノが……」
「…………ン…………」
一瞬、俺たちの時間も止まったかと思った。実際、心臓は本当に止まったかと錯覚するほど驚いた。
この時間の止まった世界で、動いて喋っているのは俺たち2人だけ。なのに、第3者の声がした。
しかも、俺たちが出てきた半個室の方から。
「今のって……。」
「まさか……気のせいか?」
「…………ワン…………」
……犬? 犬の鳴き声?
「…………ワンワン…………」
いや、違う……これは……。
「…………ワンワンワン…………」
人の声だ。
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ 角から出てきて こんにちわ
幾重にも折り重なったような人の声。
ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン
僕らは イヌだぞ 元気だぞ 寒さになんか 負けないぞ
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
何かが部屋から這いずり出てこようとしている。それを俺たちは固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ 時間を止めたら いけないぞ
ずるりと、出てきたのは犬……いや、犬じゃない! あんなものは犬なはずがない!
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ どこまでだって 追いかける
逃げる? いや、今から逃げてもすぐに追い付かれるだろう。犬ではないはずなのに、アレから犬のような印象を受けるのは、どこまでだって追いかける猟犬のような冷たい瞳のせいだろうか。
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ みんなでいれば こわくない
一時停止したこの空間はアレの縄張りだったんだ。コマとコマ、フレームとフレーム、時と時の間に巣食うアイツの前では俺たちはただのエサでしか……。
エサ……?
ふたなり、獣姦、触手。みんな生物なのに、なんで懐中時計なんだ? そもそも、あの懐中時計はなぜ部屋に残っていた? アレこそ残してはいけない証拠なんじゃないのか? 日本生類創研は回収しなかったことに気付かなかったのか? もし、あの懐中時計が犬みたいなアレのエサを誘き寄せるためのエサなのだとしたら……?
"映像業界は行方不明になる者が多い"
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ 叶わぬ夢から 覚めるんだ
犬らしきモノに向けているスマホの画面には何故か手を振る犬のアニメーションが映し出されている。このまま撮り続けても無駄かもしれない。だが、監督からカットの言葉は出ていない。今も監督は俺の横で懐中時計をいじくり回して事態を収拾させようと、現場の総責任者としての責務を果たそうとしている。
「ワンワンワン ワンワンワン ワンワンワワワン ワンワンワン」
僕らは イヌだぞ 元気だぞ 僕らは時間の プロなんだ
それが映画馬鹿の矜持なんだ。お前にも何か矜持があるのだろう。だから、無駄かもしれないが、最期までカメラを回し続けることが俺の……俺の最後の……
ギシ……とカウンター席を軋ませて初老の男が立ち上がる。時の止まった居酒屋の中、2人の男を取り込んでいる犬のような何かを横目に落ちている懐中時計とスマホを拾い上げ、自分の携帯端末で通信をはじめる。
「……お疲れ様。こっちは装置の回収終わったよ。しかし、行方不明になっても探されない実験に使えそうな人間……ホームレスより若くて健康なんだけど、好奇心が強すぎるのが難点なんだよなぁ……。」
スマホに録画された映像を確認し、ポケットにしまい込む。
「それにこの犬、財団の報告書を盗み読んで面白そうだから再現したけど、扱いづらすぎて僕達に近付きすぎる奴の処理ぐらいにしか使えないからなぁ。それとも、なんとなくで混ぜた他の犬の要素が強く出すぎたのかな? 」
懐中時計の鎖を振り回し、男は居酒屋の出口へ向かっていく。
「……はいはい、僕が悪ぅござんした。ま、これから少しずつ改良していくよ。それまではこの時計を映像関係の奴の近くでまた独り歩きさせとくだけで勝手にエサはやってくるんだから。その内もっともっと面白く改造してやるさ。僕だって日本生類創研の研究者の端くれだ。」
男はククと笑う。それは獲物を目の前にした猟犬のような……。
「プロの矜持ってやつを見せてやるよ。」