かくり民泊

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Don-Eeene 2023/08/11 (日) 22:45:36 #72211992


自分は昔、いわゆる「自分探しの旅」をしていた。特に目的地を定めずフラフラして、金が無くなれば現地でバイトなんかを見つけてその日暮らし。なるべく住み込みで雇ってくれる仕事を探したり、公民館みたいな所に泊まったり。楽じゃなかったけど、その苦労を自分からしている、頑張って生き抜いている自分スゲーって自分に酔うのが面白かった。無駄な経験では無かったと思う。

その中で宿代を浮かすための裏ワザの一つとして、『民泊』という選択肢があった。たまに異常に値段が安い所があるんだよな。タダ同然と言うか。そういう所は正直、勝手にやってる違法民泊だったり、実は民泊では無い別の「何か」だったりするのかもしれないけど、まぁ自分はそんな事知る由も無いからさ。

それで数年前の今頃お盆時期、青森の田舎だったな。自分は異常に宿代が安い民泊を見つけた。高齢のお母さんが一人でやっている所。素泊まり、ちょっとした家事を手伝ったり、身の回りの世話をしてくれるならという条件付きだったが、こっちは大した事は無い。

ただもう一つの条件が問題だった。


『暗い部屋』から気配がしたら、『明るい部屋』に逃げ込んで、すぐに扉を閉めること。


Don-Eeene 2023/08/11 (日) 22:45:36 #72211992


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家中が暗い感じだった

一番最初に聞いた時は、「こういうのマジであるんだ」って思った。パラウォッチを見てる位には、オカルトが好きだったからさ。どこかで見た事があるような、あまりにもド定番の文句に少し興奮している自分が居た。

でも情けない話だが、そういう話を読んだり聞いたりするのと、実際に自分が当事者になるっていうのは違った。日が暮れてくるにつれ、やっぱり相当に薄気味悪いと思った。ビビりながらも動画を回したが、結局その気配を感じてしまうのが怖くて、30秒も経たずに退散した。

結局、自分は暗い部屋に居る事自体を無くした。良く考えなくても対処は簡単だからな。部屋の電気を付けて、そこに入ればいい。自分で安全圏を作る事が出来る。ただ、若干いつも通りでは居られない。『暗い部屋』と『明るい部屋』が接続されているのが怖く感じて、襖や扉は閉め切っていた。

寝る時もいつもの癖で部屋の電気を消した瞬間、あっ!と思って電気を付けた。いくらでも湧いてくる恐ろしい想像、どうしても生まれる扉のわずかな隙間が主張する闇を頭に浮かべながらも、どこかまだ余裕がある自分も居た。部屋の電気を付けっぱなしにして、YouTubeを見ていたらいつの間にか寝オチ。

そんな初日だった。

Don-Eeene 2023/08/11 (日) 22:51:08 #72211992


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2階への階段

2日目。宿の主であるお母さんは玄関横の居間から動かずに1日中ずっと窓の外を見ていた。お盆だというのに誰も訪ねてこない。自分がボーっと部屋で過ごしていると、2階の掃除を頼まれた。高齢なのもあるし、そりゃぁ2階には行けないだろうなと言うのが分かっていたので、快諾して2階に向かった。

だが予想と反し、とても片付いていた。埃一つ無く掃除したばかりのような……。その報告ついでに、自分は暗い部屋に現れるらしい『何か』について聞く事にしたんだ。

それを聞くと、お母さんは穏やかにこう話し始めた。


「この家には昔、キチガイのかたわが居てね」


分かると思うんだけど、今のご時世的には一瞬うぉ……って怯むよな。最初のは言わずもがな、かたわもメディアで放送禁止用語に指定されている位には忌避されている言葉だ。でも、それも自然なのかなって思ったんだよ。差別や偏見の意図なく、昔からの言葉だから変わらず使っている人も居るだろうと。

違った。

「めくらでさ、足も上手く動かないのよ。それがさ、帰ってくるのよ、お盆だからって。帰ってこなくていいのにねぇ。何にもできないくせにねぇ……。」

お母さんは穏やかに、要はこんな事を言っていたと思う。詳細までは覚えてない。何というか心が冷えたというか、気分が悪くなってきてしまったんだ。ネットとかでよく見る、差別規制という概念に対する逆張りで、何も考えずに差別用語を使う奴とかとは明らかに違う。

根深い。本気の憐れみと馬鹿にした感じ、関心の無さとそれが身近にいるという事を不快に感じているというのが滲み出ていた。月並みになるが、自分は「ホンモノ」だとおもった。何かさっきも言ったが、本当にこういう人いるんだって思ったよ。自分の周りには幸せな事に、こんな人居なかったからさ。

微妙に脱線したが、つまりはこうだ。

「昔、この家に住んでいた目の見えない人がお盆だから、あの世から帰ってくる」
「帰って来たその人は暗い部屋に居る。目が見えないから。そこがお似合いだから」
「何をされるか分からないから出会わないようにする。どうせ、何もできやしないだろうけど」


「障害者……あぁ、あの家ね、住んでるね。」
「親戚が来ないでしょう。数年前、旦那さんが病気になって、しばらくして亡くなったのよね。しかも、奥さんも当たっちゃったでしょ。……何というか、ずっと一生懸命つきっきりで世話してたのに、可哀そうだったねぇ。ほんとに。それで、息子からも厄介者扱いされちゃってるみたいでねぇ……。」

少し気になって、短期バイト先の人に聞き込みモドキをしてみたりもした。そうすると、お母さんがボカして言っていた『何か』の正体が見えてきた気がした。

Don-Eeene 2023/08/11 (日) 23:04:55 #72211992


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トイレの入り口(初日に撮影)

最終日。事件は起きた。自分はトイレに起きたんだよ。この家は男子トイレと女子トイレが分かれていて、右側の男子トイレに入ろうと電気のスイッチに近寄った時だった。


バンッ バンッ


扉の向こう側、『暗い部屋』から物音がした。良く見えないが、摺りガラス越しに動きが分かる。今もずっと音がする。


ゴト ゴト ゴト ゴト


そのまま電気のスイッチを押して、男子トイレ内を『明るい部屋』にすればいいと思うだろ?でも、想像してみてくれ。これを押して男子トイレに居れなくなったそれは、どこに来る?そう考えてしまい、自分の手は止まった。尿意も引っ込み、自分は熊と遭遇した時みたいにその扉から目を離さないようにして、ゆっくり後ずさりした。

何かにぶつかった。

ビビり散らかしながら振り向くと、お母さんが居た。

「もう寝な」

そう言うと、前かがみの姿勢のまま、ゆっくりとトイレの扉の方に進んでいった。顔は見えなかったが、声には怒気が含まれているような、そんな感じがした。

ずっと情けないが、自分は素直にそこから逃げ出した。あぁ、でも安心したんだ。今夜さえ乗り切ればいい。もうここには来ない。逃げ出せた。何となく、そう思ってしまったんだ。


死ねよ!


Don-Eeene 2023/08/11 (日) 23:10:09 #72211992


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見えない

とんでもないドスの効いた叫び声が響いて、自分は立ち止まった。

お母さんの声だった。悲鳴に近い罵声と嘲笑。同時に自分以外には居ない筈の、男の声もする。こっちは何を言っているか分からない。う゛う゛う゛う゛と耳障りな腹に来る低音。

名前を呼ぶ声が聞こえる。"来て"いるのは、亡くなったという旦那さんだった。旦那さんの名前を叫びながら、ドタバタ叫んでいる。いや姿を見ていないし、それが本当に旦那さんなのかは分からないけれど。

自分は寝床近くの階段を上った。幽霊もだが、トイレから聞こえるお母さんの声も同じくらい恐ろしかったからだ。2階に行けば、お母さんは来れない。

お母さんは車いすに乗っているから。
生まれつき足が不自由だと聞いていたから。



無理だべな!どうせ動がせねぇべな!見えでねぇべ!痛ぇんだよ、てめぇの力弱ぇすさぁ!ずっぱどこごさ居るってしゃべっちゅう!置いでけ。あぁ?何モゴモゴしゃべってんだ、聞ごえねぇ!はっきりしゃべれ!こら!いんだよ、居るってしゃべっちゅうべな。だいだい、頭やらぃだぎぢがいのぐせに、どごさえぐってしゃべるんだい。

自分は聞こえてくる声に萎縮しきっていた。何時間も同じ声量で延々と叫び続けている。頭の中で何回も反響して、染みついた。


わっきゃおめだきゃ、昔がら大嫌いだったんだ、気持ぢわり顔すて、おもへ話ひとづすねぐせに、すごどの出来ねグズでよぉ、さ!ばって、おめがわばどごさでも好ぎな所さ連れでってけるってしゃべるはんでぁ一緒になったばってよぉ!わば動がせよぉ!ふざげんなよ!もうおめ、死ねよ!死ねよ!もおおおお!

死んだ相手に死ねよ、死ねよと憎悪をぶつける様が恐ろしかった。言っている内容に思う所が無いわけでも無かったが、そんな事どうでも良かった。


何で、何で死んだんだよぉ!



「それで、息子からも厄介者扱いされちゃってるみたいでねぇ……。」
「あの、ここだけの話なんだけど、旦那さん自殺したのよ。2階から飛び降りて。病気のせいで視力も足腰も弱くなっちゃって、その上奥さんも当たっちゃったでしょ。それで……。」


静かになった。様子を見ようとは思わなかった。ここで朝まで待つ。

キィー


車椅子の音。階段の下に居る。こっちを見ているのか。見えない。

可哀相だとも思った。同時に自分のした事を分かっていない様にムカつきもした。でも、そんな事自分には関係ない。いいから、早くどっか行ってくれよ!消えてくれ!って気持ちでいっぱいだった。もう、それだけだった。

Don-Eeene 2023/08/11 (日) 23:13:29 #72211992


朝、階段の下には誰も居なかった。1階に降りると、お母さんがいつもの場所に居た。窓の外を見て、背中を向けている。自分は金だけ置いて、荷物をまとめて挨拶もせずに一目散に逃げだす事にした。

靴を履き、玄関の戸を開ける。

真横で、急にドサッと何か落ちる音がした。ちょうど、お母さんが見ている辺りに落ちたっぽかった。自分はそれを見ないようにしてとにかく走った。見ようとは思えなかった。もし自分の想像が当たっていたら、嫌だったから。

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