蛇と焚書のカルテット: 第二頁 - 双刀と白服
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優れた手足とは頭が潰えても変わらず動くものである。世界オカルト連合の手足の一つである6311排撃班(“ヤシオリ”)は、そういう意味では優れた機構であった。頭を失おうとも、彼らは変わらず怪異を撃ち抜く腕であり、踏み躙る足であり続けた。

ヤシオリがその班長あたまを潰されたのは深夜のことであった。決して多いとは言えない休暇を取り、自宅で一人娘とのひと時を過ごしていた所を狙われたのだ。戦場ではなく守られていたはずの日常の中での、誰も想定していなかった殺害。引継ぎに少々の混乱があったのも無理はない。

警察への通報を傍受した世界オカルト連合の諜報部から隊員たちが連絡を受けとったのは凶行から数時間経った早朝の事だった。彼らが現場へと駆けつけた時には既に全てが終わっていて、現場からは消しきれなかった血錆の匂いだけ仄かに漂っていた。殺された班長の右腕を務めていた男、ナギの副班長としての最後の任務は、警察には到底見つけられないであろう箇所に隠されている機密書類を回収して上に提出することだった。当然その中には遺書も含まれているのだろうな、と班員らに支持を飛ばしながらナギはぼんやりと思った。

犯行現場から引き揚げたナギは即座に命令を受け、呼ばれた場所へと一人で向かった。排撃班が頭なしでいられる時間はそう長くない。

着慣れないスーツ、足元に敷かれた柔らかな毛足の長い絨毯、おそらくは最高級なのであろうさりげない調度品。ナギは身を縮めるようにして座りながら凪いだ海を眺めていた。高そうなソファから尻に伝わってくる船揺れの中では、船窓越しの水平線と遥か遠くの雲だけが揺るぎないものであるように見えていた。確かなもの、揺るがず変わりもしないものなどどこにもありはしないと今朝思い出したばかりだというのに、まだ意識の方は現実に追いついていないらしい。

世界オカルト連合、極東部門臨時司令部。

横浜港には多くの船が停泊している。特に違和感があるわけでもない、市民にとっては日常的な風景。その内の一つに過ぎない巡視船にわざわざ特別な注意を向ける者は滅多にいないだろう。だがその内側、その船舶の中心に据えつけられた決して大きくもない部屋に、司令部と同等の権威が与えられている。緊急時にのみ動かされる、中枢の出張所。その目の前でナギは待機していた。ヤシオリの班長としての役を拝命し、引き継ぎを済ませるためである。

本来ならこのような場所に一人が呼び出されることはないのだが、いくつかの異常事態が重なっていたのだ。戦場ではない場所の闇討ちによる班長の死去。そして彼が担っていたもの。通常の引継ぎ業務で扱うには少々荷が重い。

凪いだ海を見つめていると、ふと背後に気配を感じた。見れば、翼を広げた鷹のエンブレムと、懐かしい親しげな笑みが目に飛び込んできた。久々に対等な立場となった、6331排撃班”オオタカ”の班長である。

「どうしてここに」
「お前がヤシオリの班長になったって言うんで様子を見に来た。経緯はともかく、これでリーダー同士になるわけだし」
「……ああ、そうだな。オオタカの奴らは元気か」
「ああ、うるさいほどにな」

漂うぎこちなさに目を背けながら他愛もない話を続ける。互いにライバルとして認め合い、競い合うようにして腕を磨いていた日々のことは何故だかうまく思い出せなかった。だが確かに気はまぎれていたらしい。準備の完了を告げる重い鐘の音が鳴り響くまで、ナギは確かに余計なことを考えずにいられたのだから。

「じゃ、行ってくる」「おう、頑張れ。また会おう」

ナギが腰を上げると、かつてのライバルは片手を挙げて笑った。そうして立ち去る背中から臨時指令室へ延びる暗い廊下に視線を据え、歩き出してゆく。

司令部に入り、最初に目に飛び込んできたのは世界オカルト連合の旗と108評議会の紋章であった。慌てて敬礼しながらそっと部屋に視線を巡らせる。想像していたよりはシンプルな部屋だ。

とはいえ、もちろん日頃生活している排撃班員の拠点に比べればはるかに立派な造りだ。仰々しいものを想像しすぎただけかもしれない。部屋の四隅に立っている黒服の立会人たちと目を合わせないようにしながら、ナギはそんな事を考えていた。

「期待外れだったかな。まあ臨時の司令部だからね、どうしても簡素にはなる。だが権威の上では同等であるとあの旗たちが保証しているし、権限の上でも君を6311排撃班のリーダーに任命するにあたっては何ら不足していないのでね、どうか安心してほしい」

二つの旗を背負うようにして、白いデスクに鎮座した臨時の司令官がそんなことを言った。畏まった制服の胸にいくつもの勲章をぶらさげた、中肉中背の初老の男だ。決して無表情というわけではない、むしろ気さくな表情と口調だったが、そこから何かを読み取ることはナギには出来なかった。あまり前線では見かけないタイプだ。

「いえ、とんでもない。期待外れなど」
「そうか、結構。緊急事態だから手短に行こう。まず、これが君への指令と新しいネームカードだ。副班長時代のものは後日誰かに取りに行かせるから、それまでは持っておくように」
「了解いたしました」

薄いファイルを受け取って一瞥すれば、ネームカードに載った自分の顔写真が緊張した面持ちでこちらを見つめていた。写真を更新する暇はなかったから、ヤシオリのサブリーダーに抜擢されたときに撮ったもののままである。期待と自負の滲む、進路が決まった少年みたいな顔だった。おそらく今の自分とは似ても似つかない。

ネームカードから目を逸らして前を見れば、司令官は短く頷いて「さて、本題だ」とデスクの上に置かれていた包みに手を伸ばした。大仰な包みが開かれる前から、その下に何があるのかナギはよく知っていた。

冷え冷えと黒く光る、双つの湾曲した刃。ホワイトスーツに装着する個人兵装、ヤシオリ班長の愛用していた両腕部大型ブレードだ。ひとたび戦場で展開された際にこの刃がどんな輝きを放つのか、峰の部分に薄く施された目立たない透かし彫りが敵の血を浴びた時にどんな風に浮かび上がるのか、ナギはよく知っている。切り込み隊長であった班長がその輝く刃を振り抜いて異常存在の首を斬り飛ばす様を、ナギたち班員は何度となくその背後から見てきたのだ。この双刀こそが、天地部門の技術と精神部門の奔走の結晶。蛇の手専門の殺し屋たる"ヤシオリ"班長の在り方を規定する証である。

この刃の担い手が暗殺され、保有者を緊急で書き換える必要が生じたからこそ、このような場が設けられたのだ。

「手を」

司令官は無骨な銀の短刀を取り出して言った。一歩前へと進み出て左手を差し出し、短刀の切っ先に掌を滑らせる。鋭い痛みが走り、遅れて一条の血が刃の上を伝って流れ落ちた。控えていた立会人の一人が歩み寄り、捧げ持った器にその血を受け止める。既に器に入っていた御神酒とおぼしき液体を、零れた赤が揺らめきながら濁していく。アルコールと血の匂いが混じって立ち込める中で、四隅から祝詞の声が響いていた。ナギを置き去りにして儀式は進み、血液交じりの神酒が刃に薄く振りかけられて儀式は終わった。ナギは鈍く痛む左手を抑えながら、血を受けた刃が一瞬赤く煌めくのをぼんやりと見つめていた。

「儀は為された。これで君は名実ともに6311排撃班リーダーだ。今後も励むように、"ナギ班長"」
「謹んで拝命致します」

両手で受け取ったブレードは冷たく、そして何より重たかった。こんなに重いものを班長は振るっていたのかと、今更ながらに思う。意味のない事だと知りながらも、ナギは両腕の中から立ち昇る血錆の匂いを吸い込まないように努めていた。この刃が浴びてきた幾人もの血が自分の血の下で蠢いているような感覚から逃れたかったのかもしれない。

「そして、最初のコマンドだが。もう想像はついているな?」

ナギは重々しく頷いた。頭を潰されたのだから、敵を討たねばならない。右腕を務めたものとして、当然の責務だ。

「……敵討ち、ですね。犯人はわかったのですか?」
「ああ。”百歩蛇の手”の男女一組だ。聞いたことはあるだろう? そこに攻め込むんだ」
「……拠点まで判明しているのですか」

体に回れば百歩以内に絶命するほど強い毒を持つ蛇に由来した名を持つ一隊のことは、当然ナギも知っている。”百歩蛇の手”あるいは通称”ヅェネラル隊”。リーダーであるヅェネラルとかいう呪術師は特に世界オカルト連合に激しい敵愾心を抱き、ほぼ私兵化しているらしい。蛇の手と世界オカルト連合は元々掲げる理念の相容れなさから敵対的だが、その中でも百歩蛇の手は図抜けている。武闘派にして過激派の集団で、蛇の手の中でも異端中の異端。屈指の戦闘能力を誇る、問題児の吹き溜まり。既に何人か排撃班のメンバーも殺されていた筈だ。確かに非戦闘地域での闇討ちくらいはしてもおかしくない印象だが、それが簡単に特定されている事には少しばかりの違和感があった。

「ああ。退却時に急いでいたのだろう、逃走した下手人が護符を落としていった。現在解析中だが、あと二時間もすれば作成者の所在地は誤差2 m以下の精度で特定できるだろうという事だ。見逃された娘さんの証言情報もあるのが大きかったな。そういう訳で、まずはそちらに備えておいてくれ。いずれコマンドが出る」
「……承知いたしました」

いくつかの疑念を飲み込んで、ナギは深々と頭を下げる。いつの間にか見届人たちは部屋から姿を消していた。部屋から出ようとしたところで低めた声に呼び止められた。

「ああ、ナギ」
「何でしょう」
「ひょっとすると既に気づいていたかもしれないが、ヤシオリの班長は秘密裏に上層部からの指令を請けて動いていた。まだ秘匿レベルの申請が終わっていないためここで全貌を明らかにすることは出来ないが、近日中には正式に君に引き継がれることだろう。それだけ覚えておいてくれ」
「拝命致します」

ナギは深々と頭を下げた。実を言えば、ヤシオリ班長が何らかの任を負って動いている事には薄々気づいていた。おそらくは排撃班の同期であるキョウも気づいていた事だろう。この密命は彼にも隠さないといけないのだろうな、と思案するナギに上司は続けた。

「まあ、今から気負う事はない。リーダーとしての最初の出撃が終わってからで充分だ」

司令官は底の見えない微笑みを浮かべてそう言った。ナギはそれ以上何も言わず、静かに部屋を出た。今はただ、この権威と格式以外に何もない空間を出て排撃班の仲間たちのところに戻りたかった。

煩雑な手続きと数回の情報伝達を済ませて、馴染んだ“ヤシオリ”の待機場所へと戻ってくる。扉を開ければ、リーダーの煙草の匂いが染み付いた、いつもの空気が自分を出迎える。この空気だけは昨日と何も変わっていない。

「戻った」

入りながら声をかければ、3人の班員がそれぞれにこちらを見ておかえりと応えた。キョウ、マガタ、そして初めて見る顔。剃りあげた頭についた火傷跡が目についた。たしか、コードネームはルルと言ったか。欠員を埋めるために派遣されてきた人員だ。

「はじめまして、ルルといいます。一応爆破系の術式が得意です。よろしくお願いしますわ」

男は関西弁でそう言うと立ち上がって片手を差し出してきた。よろしく、と返して握手に応える。うっすらとした白檀の匂いが立ち昇っている。新メンバーは五行系列と関わりがある、という記載をちらりと思い出した。

「”ヤシオリ”へようこそ。もう事情は説明されているか?」
「はい、大体は。この度は大変なことで」

後ろでキョウとマガタが頷いたのを確認する。二人が揃って説明したのならまず問題はない。マガタだけならもう一度説明しなければいけないところだった。まっすぐでひたむきなのはいい事だが、突っ走りすぎて大事なことを時々忘れるのだ。

「それはよかった。来ていただいて早々ですまないな。半ば私怨の戦いに付き合ってもらう羽目になりそうだ」
「いえいえ。ボクとてあの人らには少々因縁がありますので」

目の前の男は即頭部を蛇行する火傷跡をそっと指先でなぞりながら小さく笑った。今朝の司令官とは全く別の方向に底が見えない、重く仄暗い笑みだった。ナギは「そうか」とだけ答える。こんな所で怯むわけにもいかない。

「それなら、よかったのかな。そういう訳で出撃が近い。そのつもりで準備してくれると助かる」

その一言で、こちらの様子を後ろで見ていた二人の雰囲気が一変した。決してこちらには矛先の向かない殺気が、肌に刺さるほどに張りつめている。新リーダーがその情報を持ってくるのをずっと待ち侘びていたのだろう。

「わかったんだな、誰がやったのか」

マガタは掴みかからんばかりに詰め寄ってくる。安い整髪料の匂いに顔をしかめながらナギは彼を片手で制し、司令部から聞いてきた話をそのままに伝えた。下手人と遺留品。百歩蛇の手という過激派。見逃されたというリーダーの娘の証言。

「罠かもしれないな」

説明が終わったのち、最初に口を開いたのは副班長となったキョウだった。ナギは自分の右腕となってしまった戦友を見上げる。寡黙な男だと思っていたからこういう時に最初に口を開くのは少しばかり意外だったのだ。これまでは、班長が説明を終えた後に最初にそういう指摘をするのはナギの役割であった。

見上げれば、深い森のような目がじっと眼鏡のレンズ越しにこちらを見ていた。作戦への心配というよりは自分のことを心配しているような目のように思えた。少しばかり居心地が悪くなり、そこから目を逸らす。罠かもしれない、という懸念はナギも既に持っていた。その事を見越した上での発言であったのかもしれない。立案者が述べると怖気づいているように見えるからだ。ナギは事前に用意していた答えを告げる。

「罠の可能性は大いにあるから心に留めておいてほしい。手練れの連中がみすみす目撃者を逃した挙句手がかりまで置いていくのは不自然だ。だが、そうであっても罠ならそれ以上の火力をもって蹴散らすだけのことだ。そこに俺たちの敵がいる以上、討たないという手はない。違うか?」

「見逃してやる気なんかハナからねぇよ。オレたちのリーダーを殺しやがったんだぞ。地の果てまでも追っかけて根絶やしにしなきゃ気が済まねえ。違うか?」

即座に吐き捨てられたマガタの言葉に、ナギとキョウは同時に頷く。仇を討ちたいのは三人とも一緒だ。何が待ち構えているにしても、全てを薙ぎ払って先へ進む。いつだって、そうして作られた道を走ってきたのだ。罠が張り巡らされた蛇の巣であったとしても。その連帯からははみ出したルルが、おずおずと手を挙げていた。

「どうした」
「それで、いつどこへ打って出るかはわかってるんです?」
「評価班からの連絡が来たらすぐ。それほどはかからないだろうから準備しておいてくれ。俺はホワイトスーツに兵装をつけてくる」
「了解」

充電状態だったホワイトスーツを降ろし、どこにも不備がない事を一つ一つ確かめてゆく。リリーフチューブ、水冷システム、問題なし。人工筋駆動、問題なし。汎危険環境保護機能、問題なし。不可視の外套ジェネレータ、問題なし。ここまではいつもの確認と何も変わらない。そこまでやって、ナギは撃ち慣れた機関砲を右腕から取り外す。長年の相棒は軽い音をたて、あまりにも呆気なくホワイトスーツから外れた。それを床に置いて、故班長の使っていたブレードを両腕に取り付ける。一通りの武装の扱いは訓練時代に叩き込まれていたから、手間取る事はなかった。

ホワイトスーツを装備して、試運転に向かって歩みだす。その途中で、ふと置いてあった鏡に目が留まった。鎌のようなブレードを腕に取り付けた姿は、あまりにも故・ヤシオリ班長に似ていた。バイザーを降ろせば、リーダーが鏡の中から自分を見ていると思った事だろう。お前は消耗品だ、しかし使い捨てではない、という標語を思い出さずにはいられなかった。自分達は替えが効く部品なのだ。

死者の幻影と見つめあってもしょうがないので、ナギは重い腕を抱えて再び歩く。到着した広い場所でブレードを展開しての動作確認を行う。内側の人間も含めてオールグリーン。問題ない、不足なく自分は戦える。それでもやはり、両腕は重く感じたままであった。重く感じられるのは両腕の刃だけではない。自分だけが受け継がなければならないものがもう一つ、彼の背には重くのしかかっている。ヤシオリ班長が負っていた、秘密の任務。この精算を終えれば、ナギはかつての副班長としての面影を完全に失う。

だが、それを今気にしてはならない。次の戦いに集中せねばならないのだ。迷いを斬り払うように腕の刃を振るう。スーツに内蔵された人工強化筋は思った通り、寸分の狂いもなく刃を動かし、ぴたりと静止させていた。この分なら実戦でも困ることはないだろう。

「凄ぇな、リーダーそっくり」

待機場所に戻れば、そういってマガタがげらげらと笑った。そうだろうと答えて装備を外す。抜け殻のようになったホワイトスーツを見ていると、ふと背後に気配を感じた。振り返ればキョウが巨木のように突っ立って、何も言わずにこちらを見下ろしていた。

「何だ、どうかしたか」
「大丈夫だったか」

低い声がそれだけを尋ねた。視線はホワイトスーツのブレードに向けられていたが、問われているのは装備ではなく持ち主のことだと直感する。その上で、ナギは「何でも斬れそうだよ」とだけ答えた。重い沈黙が訪れる。やがてキョウは「そうか」とだけ答え、いた場所へと戻っていった。前からこんなに心配性な男だっただろうか、と少しばかり不思議に思ったが、他に考えるべきことが山積みだったのでナギはすぐにその疑問を忘れてしまった。

評価班から目標の座標が送られてきたのは午後三時、ホワイトスーツを外してルルを含めた新しいフォーメーションの最終確認をしていた時だった。東京都、足立区。送られてきた座標は何の変哲もない廃ビルの一区画を指し示していた。ここに彼らの拠点であるポケットディメンジョンの入り口が口を開いているのだという。雑談交じりに装備の話をしていた場は一瞬で静まり返る。「行くぞ」「ああ」という短いやりとりだけを残し、彼らは戦場へと向かった。

戦場へ向かう最中、ナギの脳裏にちらりと生き残ったリーダーの一人娘の事がよぎった。奇妙な夢を見たとかでたまたま目を覚ましていて、惨劇を目にして、そして見逃されたという少女。もしも罠でなかったとしたら、彼女はどうして見逃されたのだろう。そんな低い可能性を検討して何になるのだと自分でも思ったが、その疑問は完全には拭いきれなかった。

「死ね、化け物ども!」

先の見えない暗闇の中に、機関銃を構えて最初に突っ込んでいったのはマガタだ。見張り2名を瞬く間に仕留め、元気に吠える。その背を守るようにキョウが続くのを、ナギは息を殺して見守っていた。彼らは自ら志願した陽動である。罠を踏み抜くことになっても自分が先陣を切る、とマガタが主張したのだ。ナギはそれを信じて身構える。彼らなら罠など打ち砕けると、そして後詰めに自分たちがいるならばどのような事態でも切り抜けられる、と。リーダーだって同じ決断をしたはずだ、どんな罠でも切り開いたはずだ、とナギは自分に言い聞かせていた。

さて、結論から言うと、どうやら罠ではなかったらしい。

マガタは元気に暴れ続けていて、有効打や奥の手だと蛇の手が思っていそうな攻撃は何も飛んでこない。拠点とやらは外から見るよりは広く入り組んでいたが、所詮それだけだ。自分たちを待ち構えているものだと思っていた敵は、拍子抜けするほど狼狽えていた。少しだけ様子を見て、演技ではなさそうだと確認してからナギとルルも続いて拠点に踏み入る。

阿鼻叫喚のなかで着実に異常存在たちを始末していく。有象無象の中には無抵抗の者、あるいは無抵抗と称しても問題ない者も少なくはなかった。異常存在を選り分ける趣味はないのでまとめて仕留めていく。戦闘というよりは清掃に近い作業だった。

目についた敵を一掃したのと、『こちらマガタ、そっちに強そうなのが向かったのが見えた』という通信が入ったのは同時だった。向こうも混乱から脱してきたということか。

『わかった。お前らは大丈夫か?』
『手応えもなく終わった。ただ、そっちの迎撃に間に合うかどうか。地理が難しすぎる』
『じゃあボクが行きますかね』
『頼む。オレたちもすぐ合流する』

短い通信を終えると、ルルはスピーカーをオンにして「おもろい身体持っとるガタイのええ兄ちゃんが来とるっぽいですけど、ボクが足止めときます?」と問いかけた。周囲に見えるように頷けば、彼は即座にそちらへと向かった。わざわざ「死なんといてくださいよ、班長殿」という念押し付きである。これで、襲撃者の首領はここで一人になると連中にもわかる事だろう。仕掛けてくるなら今だ。

そして、“それ”は来るべくして来た。眼前の壁が崩れ、ライオンのような髪型をした初老の男が姿を現した。目にはどこまでも鋭い殺意、胸にはこれ見よがしにぶら下げられたGOCの勲章が光を放っている。戦利品だとでも思っているのだろう。なるほど、獲った首を持ち歩くよりははるかに手軽で衛生的だ。その男に向かって、陰にいた女が「ヅェネラル」と呼びかけた。それを後ろに退けて、男は一歩前に出てこちらを睨む。考えるよりも先に、手が動き、ライフルを撃っていた。標的はそれを片手でいなしてこちらへと進んでくる。その様を見て、わずかに唇が歪んだのを自覚する。こいつが”ヅェネラル”。百歩蛇の手の首魁。リーダーを殺した黒幕だ。

「アタリだ」と仲間に伝え、ナギはライフルを投げ捨てた。ライフルが床にぶつかるよりも先に、引き継いだブレードを展開する。こいつはこれで殺さなければならない。ナギの意志に応えるかのように輝く刃を前に、男が目を見開き、呟いた。

「何故生きている、2004号」
「2004号?」

思わずスピーカー付きで問い返してから、自らの姿を思い出して納得する。この姿なら、殺したはずの男が目の前にいると思っても無理はない。とっさにナギは「ああ、俺のコードネームか」と付け加えた。付け加えてから、リーダーの一人称は「俺」じゃなかったなと気づく。

『凄ぇな、全然似てねぇ』マガタの野次が飛んでくる。
『うるさい。そっちはいつ来るんだ』
『俺たちからは見えてるよ。誰にも手出しはさせねえ、安心してブチかましてくれ。奴らには似てなくても充分だ』

言いたいことだけを言ってマガタは通信を切ってしまった。だが、充分だ。目の前の仇を見据え、言葉を続ける。勘違いしているのなら利用するまでだ。それに聞くべきこともある。

「痛かったよ。何せフルスイングで振りかざされる鈍器にこめかみをブチ抜かれたんだからな。脳味噌も、致死量を遥かに越える量の血も垂らしながら死んだよ。……お前がヅェネラル・プレシオル・リノプタルだな。俺を殺した男は──」

言い終えるよりも前に、首魁は刀を構えて突っ込んできた。飛び退いて避け、迎え撃つ。はじめて実戦で振るうブレードは嫌になるほど体に馴染んだ。思うがままに動く刃が、着実に相手を追い詰めてゆく。その合間にナギは「俺」を殺した男の所在を尋ね、首魁はそれに攻撃で応える。その繰り返しだ。

結局のところ、首魁が実行犯の名を零したのは刀を握る右腕を切り飛ばされてからのことだった。そして、それはこちらの気を引くための作戦の一環であったらしい。

「一応聞いとくが、名前は“レンジ”と“ラムダ”で間違いな──」

とっさに上体を退いた直後、バイザーに衝撃を感じる。目の前の男は新しい刀を握り、「90秒でケリを付ける」と宣言した。見れば周囲には無数の刀が浮かび上がり、自分を取り囲んでいる。

「破砕光砲出力最大! バッテリー強度は無視しろ!」

咄嗟に、叫ぶ。こいつには判らないだろうが、この場には少なくとも三機の白服が在る。

「 ──VERITASヴェリタス! 指定したアーティファクトのエーテル値を登録、すべて追え!」

通信機の向こうで仲間が応えた気配がした。浮かぶ刃が射出され、ホワイトスーツの防衛機構がそれを撃ち落とす。肩からのスモークが自分たちを包み、世界から隔離する。ここから先は誰の助力もお互い望めない。本当の一騎討ちだ。

立ち込める霧の中で、奔る白刃の煌めきだけが敵の殺意を教えていた。
暗いバイザーの裏で、灯るVERITASの光だけが敵の所在を示していた。

余計なものが見えないのは、いい。余計な事を考えなくて済むからだ。

打ち合い、切り結ぶ。刃が折れる小さな音が聞こえた。それが決着だった。

好機と踏み込み、一気に畳みかけて残った腕を斬り飛ばす。こちらを睨め上げるぎらぎらした紅い目が霧の中から現れる。ブレードを構えなおすまでの一瞬が奇妙に長く感じられた。引き延ばされた瞬間の静寂の中で、目の前の首魁のぜいぜいという荒い吐息と、遠くで誰かがやめろと叫ぶ悲鳴が奇妙に頭に響いていた。

それを振り払うように息を吸い、受け継いだ刃を振りかざす。そうして、迷いなくナギはそれを斜めに振りぬいた。

腕に伝わる鈍い感覚。
首が断ち切られた音。

咽ぶ程に色濃い血の匂い。
絶望と呪いの籠った悲鳴。

切り離された首が宙を舞う軌跡。
足元に降り注ぐ液体の生暖かさ。

 

かくして百歩蛇の手はその首魁を討ち取られた。

 

 

やがて霧が晴れ、静寂が訪れる。戦いの音も聞こえない。他のメンバーが終わらせたのだろう。あるいは、首魁が討ち取られて戦意を喪失したかだ。

直接人を斬った感覚は、想定していたほど重いものではなかった。

ナギは地面に転がった首を見下ろし、その先にある気配に気づいた。民族衣装の青年が一人、息を切らせながらこちらを見つめている。強い敵意は感じられない。撃つには困らない距離だが、斬るには少し遠い距離。そう思ったとき、青年が背中に庇っているものが目に入った。学生服の子供が、肩から血を流して蹲っている。

見逃された少女の事を思い出してしまった。戦略とは別の理由で殺されなかった子供の事を。

そして次の瞬間、閃光が奔り、彼らの姿は掻き消えていた。見回せば、死体ばかりがあとに遺されている。生きているのは排撃班の四人だけだ。ルルが穏やかな口調で「逃げられましたか」と言った。こちらへと戻ってくる姿が遠目に見える。溜息交じりにナギは答える。

「ああ。とはいえ周囲には”ハウンドドッグ”と”閃”、おまけに上空を”オオタカ”が抑えている。遠くまで逃げられはしないだろう」
「じゃあ追おう。VERITASでわかる距離だろ?」
「いや、ここで戦いは終わりだ。お前は人工筋システムに被弾してるだろう。その状態で次の一戦に出す訳にはいかない」

息巻くマガタを見据えてナギは答える。迷うこともわからないことも多いが一つだけははっきりしていた。リーダーとして、ここを通すわけにはいかない。どうにかかつての威厳ある姿を思い起こしながらそれを告げ、他のメンバーを順に見据えていく。リーダーはよくこうしていたな、と思い出しながら。

「キョウ、お前もだ。兵装が一部折れているし……ルル、それ、一体どうしたんだ。何でそうなった?」

ルルに視点を移したところで唖然とする。ホワイトスーツは部分的に破損し、何故かカラフルな万国旗が首に絡まってぶらさがっていた。ちょっと意味が分からない。

「おもろい身体の兄ちゃんがいるってボク言いませんでしたっけ?」
「そういう面白さは想定してなかったっていうか……」
「まあ何が起こったかは戻ってから説明します。撤退命令ってことでいいんでしょ?」
「あ、ああ」

勢いに押されるようにして頷く。リーダーとしての威厳なんてあったもんじゃない。しかし、それでも自分がやらねばならないのだ。改めて周囲を見回し、不服そうにしているマガタを見据えて告げる。

「"ヤシオリ”班長としての命令だ。いいな」

マガタは唇を引き結んで一歩下がった。その様を見てようやく、自分はリーダーとなってしまったのだ、自分がリーダーと仰いでいた人はもう居なくなってしまったのだ、という感覚が腹の底に落ちた気がした。縋る幻影と抱く迷いが同時に消えてゆくのを感じる。

もう自分が誰かの命令を仰げることはない。自分が”ヤシオリ”の頭となってしまったのだから。

引き継いだ刃を装填した両腕は、もうあまり重く感じられなかった。

これからもっと軽くなってしまうのだろう。

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