怪獣たちの女王

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結局のところ、墓から浚い出され現世に放り出されたとき、貴女の肚の中には何もなかったのだ。最後に軽い食事を摂りに出たのがまさに貴女の最期の時となり、食物になんとかありつけるよりも前に捕らえられてしまったのは本当に救いのないことだ。貴女の肚は完全に空っぽだ。

貴女に必要なのはただ一つの、美味で、固形の食事だ。

貴女はいくつもの選択肢の匂いを嗅ぐことができる。だがそれはいずれも遠く離れた場所にある。さらにそのうちいくつかは貴女が最後に試みて、(いくぶん明らかと言っていいくらいには)あまりうまくいかなかった食事の際に嗅覚で拾い上げた、妙な香りを発している。貴女が当時姿を見せた際は、食べるものを何一つとして見つけられなかった。そして、誰もが貴女を攻撃し始めたのだった。

貴女はすっかり飢えていたので、選り好みはしたくない。だがこの食事を台無しなものにするわけにもいかない。素直に認めるとno bones about it、貴女は確実に美味しい食事を手に入れなければならない。ああ、もし機会があればbonesだって食べるだろう。結局のところ、貴女はそれが食事の中でも最も満足できる部位の一つだと気付く。

貴女の近くに格好の標的がいる。しばらくの間餌とするのに十分な大きさではあるが、厳しい戦いになるのではないかと心配するほど大きくはない。貴女はそう簡単には斃れない(今は、貴女は女王なのだ)が、このように弱った状態では、そうなりかねないかもしれない。貴女が目を付けた獲物はここから少々離れたところ — ほぼ3日ほどかかる — にいるが、問題なくたどり着くことはできる。

貴女は地面から体を起こし、首を海に向ける。目覚めてから時間が経つにつれ、眼に変化が訪れる。その眼で新たにものを見る方法を手に入れていた。それがどういう原理なのかははっきりしない。あるいは、それが貴女にしたことがどういうことなのかは。貴女の頭、貴女の身体の中にはあらゆる種類の金属がある。貴女を威圧しようとするかのようにブーンと音を立てる。貴女はわずかに、真剣に考えた挙句、耳に入れないことにした。直後、音は止んだ。おそらく集中すれば、貴女は無理やり金属をすべて拒絶し傷を癒すことはできただろうが、それだけのエネルギーが残っているか確信がなかった。その間、貴女は金属があるために立ち上がることができると考え、ゆえにそのままにしておいたほうが良いということに落ち着いた。

貴女は1つの手を伸ばし、爪が折れて床に食い込む。貴女は一続きの建物の中心にいる。目を覚まして最初にしたことは天井を溶かすことであったが、それでも周囲にはまだ瓦礫があった。瓦礫と炎。それほど長くは経っていない。別の手を伸ばし同じことをする。また別の手、また別の手、さらに別の手。全ての手で繰り返す。

貴女は自分の身体を海に引き入れる。かつては、貴女は後部の自分の触手の上に立ち、そうして自らを引っ張ることができるだけの力があったが、今はこれまでの生涯で最悪の気分だった。貴女は地獄だって越えられるだろう。*死んでいる*方がこれよりもマシだったのだ。水中に身体を入れるのにも苦戦する。虫たちは貴女の動きに驚くが、貴女はそれを意にも介さない。これまで通り決して。

だが水に浸かると、すぐに気分が改善する。ここが貴女の故郷であり、貴女の居場所なのだ。滑るように入り、泳ぎ始める。再び触手を動かし、冷たい激流をその鱗に感じる。心が洗われるようで、以前の貴女に戻ったように感じる。ほとんど、だが。あとは食事があれば、貴女が失った残り80%を補えるだろう。

貴女は半ば引きずるようにして、2日間泳いでいた。貴女と獲物の距離は遠いが、それを差し引いても、貴女は到底以前ほど早く動けるような状態ではなかった。身体の中に埋め込まれた金属や異質な魔法はやはりどれも困惑せざるを得ないが、それでもそのほとんどには慣れてきた。最初は貴女に抵抗していたが、貴女は自分の意志を超えてそれを折り曲げ、真っ二つにした。

だが、貴女はここにいる。獲物を見つけた。

貴女の真下だ。

100リーグ下だ。

貴女がいることには気付いていない。

まっすぐに急降下する。

貴女が食事に選んだ生物は、固い甲羅を持った大型の獣だ。その背にはある種の島が育ち、獣が海に沈むたびに島は溺れ、生き返る。失われし魂を騙して島だと思い込ませ、その後に溺れさせることで何千年もの時を生き永らえてきた獣の一種。このすべての事実が貴女の心中の五つの眼で顕になる。それは貴女の王国の臣民であり、その存在全てが貴女の手の内にある。時は来た。

貴女は甲羅の後ろに激突し、その端を掴む。それは貴女の下でのたうち回る。貴女はただ前方に這い、獣の首に嚙みつく。周囲の冷たい海水は赤い血の熱で温かさを得る。獣は離れようとのたうち回りもがくが、貴女の顎はしっかりと固定されそれを離さない。

その生物は強いが、貴女の方が強い。それは素早いが、貴女の方が素早い。それは巨大だが、貴女の方が巨大だ。その鱗は硬いが、貴女の歯の方が硬い。その生物は永い時を生きてきたが、貴女は今まさにより生き永らえている。

食事は大量なので、全て食べ切るには何時間もかかる。(そして貴女はそれを全て食べようと考えている — 何も残さない、骨の一かけらさえも。)食事は胃の中で燃焼して姿を変え、食道内でありのままのを触媒する。エネルギーが全身を駆け巡り、今までより一層気分が良くなる。単に貴女が10年もの間死んでいたという事実、あるいは貴女が死を迎えるその前の時点で飢えていたという事実に過ぎないのかもしれないが、これは貴女が今までに食べた食事の中で最高のものであったかもしれない。

貴女は水面に向かい急上昇する。それ程苦労はかからない。貴女は先程までよりも遥かに強い。今や何もかもがずっと容易くなった。何もかもがずっと明白にもなった。力が流入し、強制的に身体に押し込められた金属を歪ませ、ねじり、精神に並置させた。それは今や、肉と変わらないほどに貴女の一部であり、最早異物と感じることはない。

貴女は別の感覚、上に向かう感覚と共に振り返る。前は獲物を見つけるために同じことをしたが、その時は食事以上のものは探しておらず、見つけられていたかもしれないものから気をそらすこととなっていた。(だが誰が貴女を責められよう?貴女は許容しがたいほどに飢えていたのだ。)だが今見ると、ずっと多くのものが目に映る。

王国。群れを成す獣たち。そのうち数十体は、みな強力で、たくましく、全世界中に存在する。貴女は神の権利により与えられた自らの地位を知っていたが、それを主張するに足る程の臣民がいたことはなかった。だが今は…世界がある。怪獣たちの世界が。機は熟した。全ては貴女のために。

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