カンテサンス
評価: +145+x
blank.png

カンテサンス文章1

Question5

いわゆる怪談の舞台、あるいは導入として多いのは、
やはり「肝試し」によるものだと思います。
理由は色々とありますが、それを体験するであろう人が、
怪異やそれに類するものに対し能動的に接しようとしている点は大きいでしょう。
忌むべき因縁のある廃墟に無断で潜入する。
友人と連れ立って、深夜のダムに車を走らせる。
あちらからやって来るのではなく、
こちらが接触を試みた結果として、何らかの恐ろしい現象に遭う。
そんな場合であれば、消費者側も安心して怪談を楽しむことが出来るのです。
何も悪いことをしていないのに不条理な体験をしてしまうのであれば、
それは理不尽であり、明確な意味も分からない話になってしまいます。
その点、自分から怪異を求めており、多くの場合は愚かな行為者として描かれる「肝試しに行く人々」が体験した話であれば、
特に良心が痛むことも無く、彼らが怪異に恐れ戦く姿を楽しめます。寧ろ「免許を取りたての大学生が遊び半分で肝試しに向かった」といった導入だと、心のどこかで「何かが起こってほしい」とすら願う方もいるかもしれません。

このように、一見合理性からは縁遠いように見える幽霊譚においても、
非合理への理由付けや明確な問題解決の構造は好まれます。
概してその構造は、話を締めくくるにあたっての説明───
例えば「その周辺には過去の事件の地縛霊がいたらしい」とか、
「戦時中に傷病者の手当てをしていた施設が近くにあって」とか、
そういった「怪異そのもの」の出自に対する文脈で用いられることが多いのですが、
読み手は時にそれだけでなく「怪異の体験者の出自」に対しても、
同様の文脈を用いて説明と理由付けを行うのです。

「元々が忌み地や特殊な家系の生まれだから、村の怪奇な因習に巻き込まれてしまった」
これなら広義の由来譚になりますし、
「山の神の領域に足を踏み入れた結果、家族の気が狂ってしまった」
これなら古典的な枠組みにおける説話や因果話に落とし込むことが出来ます。

同様に、
肝試しをしようとしていた人物だから、怖い目に遭った。
或いは、怪異を求めて行動した人物だから、怖い目に遭った。
こういった構造にすれば、原因と結果が簡潔に伝わるため、
より広く楽しまれ、面白く受け止められる説話ロアとなります。

怪異と怪異の体験者、その両方に存在する因果。
必ずしもそれが明示される必要はありませんが、
それを少なからず怪異譚に組み込むことは、
或る共同体の中で怪異を伝承し物語として広く伝えるための、大事な条件となります。
これを踏まえて、以下のお話を考えてみましょう。

Question4

これは、私が大学進学を機に引っ越した先の、東広島市周辺で体験した話です。
東広島は某国立大学などがある立地上、大学生が比較的多い場所なのですが、
私が住んでいたところはいわゆる学生街的な感じではありませんでした。
どちらかというと自然が中途半端に多く、
だからといって「田舎」的な原風景を観光資源として押し出しているわけでもなく、
都会に追いつこうと背伸びをした昭和末期から平成初期の状態がそのまま今まで続いているような、そういう雰囲気の場所でした。

夏になると近くにあるキャンプ場にボーイスカウトと子供たちが集い、
それ以外の旅行客といえば、ごくたまにリュックを背負った好事家が、
大仰なカメラを持って団地や道の駅を撮影しているくらい。
最近この辺りに住み始めたことを旧来の友人に伝えたはいいものの、
友人から名物や観光名所は何かと訊かれたら若干答えに窮する。
そういった、町としか言えない町の安アパートに、
学生街で割高な家賃を払うことを拒否した私は、卒業までの数年間住んでいました。

良い言い方をするならば程よく人里離れたその地域は、
先述したようにキャンプ場など、手頃な集団生活をするのに適していました。
小学生の頃、マイクロバスで数時間かけて移動した先の「自然の家」で共同生活をしたことのある人は多いかと思いますが、要はああいったことがしやすいところだったのです。

小中学生なら自然の家、高校生なら寮や格安の合宿施設、
そして大学生や社会人なら、研修用ホテルやセミナーハウスなどになるでしょうか。
この話のいわば舞台となる場所は、嘗て東広島周辺などにあったという、
とあるセミナーハウスかロッジのような施設だったといいます。

「ような」と表現しているのは、今となっては伝聞の情報しか無く、
その建物がどこにあり、どういった用途で使われていたものなのか、
そもそも東広島周辺にあった───換言すれば、東広島周辺にしか無かったのかも、
未だによく分かっていないからです。

ことの起こりは、元号が平成に変わって何年か経ったくらいの頃だったといいます。
当時は大学のセキュリティ意識が今とは別種と言っても良いものであったため、
学生証を持っているのかも分からない一般人が大学の授業を最前列で受けていたり、
実体不詳のインカレサークルが方々でパンフレットを配布したりしていました。

当然、あまりに目に余る人物やサークルは当時においても監視・排除の対象とされていましたが、それでも大っぴらに取り締まられるような事案は(そのレベルで危険な者はそもそも僅少であるため)それほど発生していなかったようです。
要は、大学の入学式前後にパンフレットを貰った記憶はあるが、
それ以後どんな活動をしているのかはよく知らない、そういう団体。
そういう団体の一つとして、とあるサークルが存在していました。

団体名は「対話の憩い カンテサンス」。
当時にそれが市井でどのような呼称をされていたかはわかりませんが、
いわゆる「自己啓発」を目的としたサークルであったようです。
その当時のパンフレットを見ても、
或いは当時その成員と話したという元学生らに聞いてみても、
そのサークルが具体的にどういう活動をしていたのかはいまいち判然としないのですが、
それは外部の人々の表現を借りるならば「よくある類の」サークルだったそうです。

「自分の中に眠った力を目覚めさせ、宇宙的力カンテサンスを得ることを目的としています」
「わたしたちと対話して、新しい自分を一緒に探求しませんか」

当時のパンフレットにもそういった空を掴むような文言が並んでいたそうなのですが、
しかしその抽象的な言い回しそれ自体が、
外部の人々にとっては逆説的に彼らの実態を示すものとなっていました。

ここで事前に強調しておかなければならないのは、
彼らは恐らく、本当に「ありきたりな」団体だったということです。
カルトスリラーもののホラー映画にあるような、
手間と時間をかけて考証された宗教的な儀式体系も、
カリスマ的支配による卓越した人心掌握論も、
恐ろしく且つ高度に組織化された集団的統制も全くない、
同好会レベルの自己啓発サークルでした。

夕飯代を浮かすためにカンテサンスの新歓へ行ったことのある当時の新入生は、
彼らがぺらぺらのタロットを使って占いに興じたり、
居酒屋で行われた三、四名の上級生による全四十分にわたるディスカッションが「夢は必ず叶う、自分らしく生きていこう」という結論に達する様子を見ていたそうで、
つまりは良くも悪くも人畜無害な団体、という印象を持たれていたようでした。

そんな彼らが、新歓も落ち着いた梅雨の時期、
サークルで初めての夏合宿を企画したのだそうです。
彼らと雑談くらいはするサークル外の友人の情報や単なる噂を寄せ集めたため、
これ以降は特に信憑性が薄いのですが。

普段は長くても数時間、予定を合わせて集まるくらいしかしていないが、
夏休み中に皆で同じ場所に連泊して、普段は出来ない話をしつつ、共同生活を通じてメンバー間の連帯を強めよう───そういった目的から、彼らはそれこそ一般的な学生サークルと同じように合宿計画を立てていたそうで。
そこで合宿場所として選んだのが、学生街からは少し離れた場所にある、大学生や社会人用のセミナーハウスのような建物だったのです。

カンテサンスに限らず、何らかの団体の紐帯を強めようと合宿を行う場合、
郊外のセミナーハウスは必ずと言って良いほど候補に挙がるものです。
外部から程よく隔絶され、内部にある生活にだけ目を向けられる施設での共同生活は、非日常的な体験に違和感なく没入するには最適な環境と言えます。
まして「宇宙的な力」を得るための自己啓発を行うのがカンテサンスという団体なのですから、彼らがそういった場所を使おうとすることに然程違和感はないでしょう。

先述したように人畜無害なサークル活動を続けていた彼らのことだから、
恐らくは夏休み明け、合宿を通じて努力の大切さを改めて知った、といった話をすることになるだろうと───要は「へえ良いね、楽しんできたら」と、周りは概ねそういった反応を返していたそうです。

しかし、そんな予想は実際の結果とは少し違っていました。
夏休み、そして恐らくは彼らが滞りなく実行した夏合宿を境に「対話の憩い カンテサンス」の成員は、妙なことを口にするようになったのだといいます。

曰く、「幽霊が見えるようになれた」と。

「宇宙的力」といった言葉を使い、戯れにタロットや占星術を行うなど、彼らはいわゆるスピリチュアル的な要素をサークル活動に取り込んではいたものの、そういった直接的な表現をすることはあまりありませんでした。
つまり彼らは今まで、思想や信条は別として、少なくとも「幽霊」の存在を前提とした雑談を唐突にサークル外の人物に持ち掛けるようなことはしていなかったのです。

そもそも彼らが行っていたのはあくまで自己啓発───努力の大切さ、自分らしく生きることの意義、そういうものの「探求」だったはずで、スピリチュアル関連の知識や言葉はあくまでツールとして用いていたものでした。

しかし、夏季休暇が終わってからの彼らは「やっと幽霊に会えるようになれた」「あそこは自分が生まれた家みたいに落ち着いた」「これからも力を付けていこう」など、まるで彼らの中の何かが変質したかのように(当時の同級生の表現を借りるならば)「怪しげな」発言を繰り返すようになっていったそうで。
恐らくはそれも相まって、彼らと雑談などをしていたサークル外の人物も少しずつ、少しずつ彼らとの距離を離していき。

そしていつの間にか───少なくとも、翌年の新学期が始まるころにはもう、
「カンテサンス」のメンバーは大学からほぼ姿を消していたのだといいます。

「ほぼ」という言い方からも分かる通り、彼ら全員が完全に消息を絶ったというわけではなく、何とかすれば連絡を取れた人も一部にはいたようです。ただ少なくとも学生間でわざわざ連絡を取ろうとする人はおらず、そして仮に連絡したとしても意味のある会話をできる状態になかったらしく、どちらにせよ実質的には音信不通の状態だったのでしょう。

では、サークル外の人々が完全に彼らのことを忘れてしまったかというと、そうではなく。
寧ろ、彼らに対する印象のようなものは、それ以後に彼らが取った行動によって強く刷り込まれたという人が多いようでした。

彼らは学校に来なくなってからもサークル活動は続けていたようで、先に言及したパンフレットやポスターのようなものを定期的に掲示し、そこに団体名や連絡先を併記していました。
しかし学内の掲示板は使えなかったのか、自身の活動を対外に示す場所は学外に移していたため、外出時そのサークル名を久々に目にしたという学生がそれなりにいたようです。

大学で結成したサークルのメンバー募集に学外の掲示板を使うのか、と思った方もいらっしゃるかもしれませんが、この当時だと全くない話ではなかったようです。
もしかしたら今でも地方のアニメショップやクラブハウスなどでは、店の隅でサークルやバンドのメンバーを募集する貼り紙を掲示しているのを見ることがあるかもしれません。文通ペンパル相手を募集するためにと全国流通の雑誌に自らの住所を載せていたような時代においては、その風潮がより色濃くあり、共通の趣味を持つ人との交流を目的とした貼り紙があらゆる店に出されていました。

「昭和町でお茶会しますっ マンガ好きさん集まろう」
「当方ボーカル希望、バンドメンバー(プロ志向)募集」

そんな、手書き或いは簡素なワープロの貼り紙が並んでいる掲示板の隅に、
ある時期からカンテサンスによるものであろう貼り紙が掲示されるようになりました。
しかしそれは、当時においても異質としか言えないものであり、
少なくともそれを見た人から好意的に受け止められることは無かったそうです。
貼り紙には大きく二行、

Q これが幽霊に見えますか
見える方はこちらまで

そう書かれていたそうで、恐らくは個人のものと思われる電話番号と、
「対話の憩い カンテサンス」の名前が併記されていました。

Question3

もちろん場所によっては店主や窓口の許可が必要な掲示板もあったはずで、ただ口頭での許可制など規制が曖昧なところも多かったためか、それが長く掲示され続けるところも一定数あったようです。尤も、気味が悪いとすぐに剥がされるのが殆どだったのですが。

この「Q これが幽霊に見えますか」という文面は、当然ながら当時それを見た人々の中で特に強い印象を持たれていたようで、カンテサンスというサークル名が噂に出ると真っ先にこの出来事を話す人がそれなりに居たようでした。

また、人々から更に気味悪く受け止められたのは、それが掲示され続けた数少ない場所で度々起こる、貼り紙の内容の変化でした。
具体的には、貼り紙は半月に一度くらいのスパンで定期的に張り替えられ、そして交換の度に内容が微妙に変化していたと。

しかもそれは、文面の変化ではありませんでした。
「これが幽霊に見えますか」、「見える方はこちらまで」、そしてサークル名と電話番号。それはいつの貼り紙でも変わっていなかったようなのですが。
最初に書かれている「Q」という文字が少しずつ、しかし明らかに、違う何かに置き換えられていったのです。

最初は確かにアルファベットのQだったはずで、つまりは縦に長い楕円の下部に右向きの曲線がある、あの形が記載されていたのだといいます。
というよりも「見えますか」という疑問文のすぐ横にそんな図形があれば、それはQuestionの略語としてのQであると誰しもが認識するでしょう。

まず、Qの楕円が少しだけ太くなりました。
若干太い線で書かれた楕円と、その下に伸びるやや細い曲線。線の幅が等しく太くなったというよりは、例えばそれを印刷しているインクがそこだけ滲んでいるような不規則な線幅になっており、そのため最初は経年劣化によるものと思われていたようです。

次に、Qという文字を構成する全ての線が、歪に膨れたものになりました。
例えばぼたぼたと垂れるほどに墨汁を含んだ筆で文字を書くように、サイズの小さい線画を無理矢理に拡大コピーするように、その文字はぼこぼこと粒立った輪郭の目立つものとなりました。

次に、まだ楕円や曲線を保っていた輪郭がより複雑な形を取り始めました。
楕円の上部は髪の毛のようにぼわぼわと引き伸ばされ、円の下半分は頬から顎にかけての輪郭線のようにやや先細っていく形を取り、
それは明らかに人の顔の輪郭であるかのような変化を見せていきました。
元の図が「Q」という文字だった(であろう)ことは辛うじて判別できるかどうか、という状態だったらしく、この時点で紙の勝手な貼り換えを禁ずる旨の指示を出した掲示板もあったそうですが、それは結局のところ最後まで行われたようでした。

それが最後どのような形に変化したのかは、正直なところ怪談話的な尾鰭が付いている部分も大きいため、確言はできないのですが。
それは最終的に、何かの顔写真になっていたようです。

白黒印刷において、灰色による階調的な色彩を付けることなく完全に黒と白のどちらかに分ける、いわゆる二値化の処理が行われていたため、写真の詳細なところまで判別することは難しかったようですが。
そのことによる印刷の質の悪さを差し引いても「全く意味の分からない写真」だったそうです。

まず、それに顔のパーツと呼べるものはありませんでした。
もちろん色の濃淡を全て白黒の二色に変換する二値化加工の性質上、例えば空を映した写真が一面真っ白のよく分からない何かになるように、パーツが省略された可能性もあるでしょう。
福笑いをする前の顔の台紙みたいに、輪郭の中が完全な空洞になっている状態であれば、あの貼り紙もそういうものと判断されたと思います。
しかし、その顔の中には、およそ人ではあり得ない位置に、
目や口だったであろう何かがぶつぶつと滲んでいたのだといいます。

前髪のすぐ下で、輪郭の補助線のように引き伸ばされた目。
顎のあたりに溶かし込まれた唇。
どこにあるのかすらわからなくなった鼻。

でたらめに作った福笑いや粘土細工のように、いびつに潰れた顔がそこにあって、
そして顔がそこにあったならば、Qの楕円を形作っていたものが人の顔だったとするならば、その下にあった曲線は、その顔と胴体を繋ぐ首か何かだということになるのですが、
しかしそれはそれでおかしいでしょう。
首があれほど長く伸びて、ぐにゅりと曲がるなんてことは起こりえません。

しかしあの写真を本当の、人間のものだとするならばそうなってしまいます。
首から上が一部写っている、いわば顔の見切れた状態だったため胴体や首の輪郭線がはっきりと見えていたわけではないのですが、少なくともその写真に写っている首は、写真の向かって右側に湾曲していました。

例えば、立っている人の全身が映った写真があったとして、その人の首から上だけは完全に固定し、その状態で首から下を全部右に九十度曲げて歪なL字型を作ったとします。その状態で顔にだけズームすれば、もしかしたらそういった首の曲がり方が可能になるかもしれません。
勿論、そんな状態の人間がこの世にいるはずもありません。
仮に画像を加工して作ったとして、そんな加工を施してポスターにして掲示する意味も分かりません。
だからこそ掲示板を見た彼らも、それを「全く意味の分からない写真」としか形容できなかったのでしょう。

それは仕方のないことだろうと思います。
これまでの出来事をどんなに言葉を尽くして説明しようとしても、結局は不可解で気味の悪い情報にしか着地しないのです。

Q これが幽霊に見えますか
見える方はこちらまで

そんな文章の「Q」という文字だけが段階を踏んで、
少しずつ少しずつ、ぐにゃぐにゃに歪んだ人間の顔のように変化していく。
そんな貼り紙を出しているのは、かつて広島のどこかにあったという自己啓発サークル「対話の憩い カンテサンス」という団体であった。
彼らは特に霊的な何かに心血を注ぎ傾倒していたというわけではなかったのだが、或る夏に何処かのセミナーハウスで行った合宿を境に「幽霊が見えるようになった」などの言葉を残し、サークルのほぼ全員が実質的な失踪を遂げた。

この顛末のどこをどう切り取ったとしても腑に落ちる部分は一つもなく、
だからといって真相を調べてみようという気にもなれません。
そのため、カンテサンスのメンバーや彼らの貼り紙を知っていた学生も、或いはその学生経由で話を聞いた人々も、都市伝説レベルでそのことを話の種にはするものの、それ以上のアクションは起こしていませんでした。

そして、いつしかそのサークルを直接知っていた人たちが卒業し、それに伴って「嘗て存在したというサークルと、失踪した彼らが残した奇妙な言葉」という内容だけが語り草として定着したころ。

「へえー、怖っ」
「どこにあるんですかねそのセミナーハウスって。この辺の大学の話なんですか?」
「なんか友達の兄ちゃんの彼女が、そのサークルの人と会ったことあるって」
「え、じゃあ本当なのかな。いやあでも、流石にないか」

友人間でそんな話をする人々が、ぽつぽつと表れるようになりました。
当然ながら「どこかで起きた話らしいと聞いた」レベルの噂の出所を探すことなど容易ではありません。仮にサークルの詳細などが詳しく分かったとしても、精々それ以降その話が話題に挙がった際に「ちょっと調べてみたけど、それ本当にあった話みたいだよ」という合いの手を入れられるくらいしかメリットはありません。

様々な土地の地価が下落した影響で放置される団地や民家が増加していた時代の話ですから、使われた具体的な時期も場所も、そもそも今どうなっているのかも分からないセミナーハウスの特定は猶更難しかったでしょう。

しかし、そこへ肝試しに行こうという計画を立てた学生が出てきました。

件の失踪が起きたとき新入生だった人が、会社で後輩を持つようになるくらいの年代の話です。
彼らはどうやら、それこそ社会人となった近所の卒業生や、自らが所属するサークルで古株として活動している大学院生などを経由して色々と自己流の調査を進め、そして恐らくはここだろうという建物を突き止めたのだそうです。

そこは平屋のロッジのような建物で、緑に囲まれたところにある安い貸し家でした。合宿やちょっとしたキャンプが出来、相談によっては一週間単位の連泊も可能であるという方針で、主に学生向けに打ち出されていた簡易的な別荘です。
あまりアクセスのよくないところにあったものの、特に夏などはぽつぽつと宿泊客もいたようなのですが、ちょうど件のサークルが失踪した前後の時期から所有者が突然に宿泊用の貸し出しを渋るようになり、そして今はもはや放置同然の管理になっているとのことでした。

これは夏の怖い思い出として十分だろう、仮に何もそれらしいものが出てこなかったとして、それでもほぼ放置されている郊外のロッジに忍び込むだけで肝試しとしては成立するだろう、話はそんな風に進んだそうで。
怖がったり不法侵入のリスクを気にしたりと、肝試しに参加しない友人も複数人発生したものの、結局男性二人女性一人の計三人という形で、その建物に車を走らせることとなりました。

Question2

肝試しを提案しその日の運転役となったAと、その彼女のB。先輩の伝手を借りてサークルの情報などを集めていた結果、話の流れで参加を決めたC。
ここでは便宜上、肝試しの提案者であるAさんを主軸として話を進めていくことにします。

当日にAさんが車を運転することになったはいいものの、ただでさえ学生街から離れた地域の山あいにある建物へ行くのは困難です。Bさんは車の運転が出来ず付き添いとしての参加という意味合いが強かったため、当日は今回の話や建物の情報を集めていたCさんに案内をお願いすることになっていました。
彼は今回の肝試しに限らず普段から、大学や学外のインカレサークルにおけるOB・OGとの繋がりを標榜する「情報通」としての役割を担っていたため、今回も建物の候補を見つける作業やロッジへの道順を含めた下見などを事前に任されていたのでした。例えば先述のロッジが放置同然の扱いになったことに関する情報などは、彼曰く古株のイベントサークルの伝手で仕入れてきたものだったそうです。

車のカセットデッキに持ち寄ったテープを入れて音楽をかけ、布製の保冷バッグに缶チューハイを入れ、まさに夏のキャンプや海水浴への道すがらといった雰囲気で車は進んでいきました。
正直なところ、車のトラブルや万一の事態を鑑みて、そこに到着するのはまだ明るい時間帯を選んだそうで、それもあって夏の郊外や山中を走る往路は日帰り旅行気分で大いに盛り上がったようでした。

実際、明るい時間帯に或る程度お酒も入った状態で、跡地とはいえロッジがあった場所に行くのですから、ほぼ日帰りのキャンプと変わらなかったでしょう。仮に行った先でもっと雰囲気を味わいたいとなったなら付近で陽が落ちるのを少し待てば良く、何かそこにある曰くに起因する忌避感を覚えたならばすぐに帰れば良いだけなので、その選択は本来ならば間違っていなかったと思います。

人通りの少ない街中を進み、ぐねぐねとした山道を減速気味に抜けて、彼らは漸くその場所に辿り着きました。
草がぼうぼうに生えてはいるものの車が入ることのできる道は或る程度残っており、周辺も元が簡素な広場だったことは分かるくらいの規模で草原が広がっています。

「へえー、ほんとに草っぱらって感じだな」
「ボール遊びくらいなら今でも出来たかもね」
「持ってくれば良かったかもなー、なんかそういうやつ」
「流石にこの場で三人ボール遊びはきついだろ、はは」

三人は車から降り、湿った雑草をかき分けてロッジへ向かいます。
多少放置されたことによる汚れは目立つものの、ぼろぼろの廃墟と呼ぶほどではない、そんな建物でした。近くの窓からは会議室らしき場所が見えるのですが、その窓の向こうの内装を含めた外観からして、荒廃した雰囲気はあまり無かったようです。
例えば経年劣化によってガラスが割れているとか、気を付けなければ床を踏み抜いてしまう危険性があるとか、そういう年季の入った曰く付きの民家などとは違う、つまりは小綺麗な雰囲気がありました。勿論、そこに来た段階ではまだ明るかったという要因もあるでしょうが。

「どうやって入ろう、玄関は流石に鍵閉まってるだろうし」
「裏口の窓が、なんか鍵閉まってんだけど馬鹿になってて。こう、頑張ってがたがたしてれば開く感じらしいんだよな。一階だし高さもそんな無いっぽいから行けると思う」

そして建物の裏手を回り、彼らは簡易的なキッチンか給湯室のような場所に繋がるやや大きめの窓から家の中に入りました。窓を揺り動かしているときに気付いたそうなのですが、窓の向こうから見える部屋や廊下は存外に整頓されていました。勿論、綿埃や黴など長年放置した家特有の汚れはあるのですが、備品や家具などはそれなりに片付いている印象だったそうです。
Cさん曰く「突然にロッジを貸し渋るようになり、やがて放置された」とのことだったので、てっきり中は何らかの理由で荒らされたり、不自然な汚れが掃除もされず点在していたりするものかと思っていたのですが、そんなことは無く───それこそ貸しスペースとしていつでも使える状態、そのままで埃を被っている様子だったのです。

三名は中に入り、流し台や食器棚があるその部屋を見回します。
「綺麗だな意外と」
「ほんと、ただ放っておいてるみたいな感じ。もうちょっと心霊っぽい感じかと思ってたけど」
「心霊っぽいって何だよ───取り敢えず、廊下から色々回ってみる? 一階建てだからまあ、そんな時間かかんないと思うけど。それとももうちょい暗くなるまで待つか」
「いや、いいんじゃないの? トイレとか、もっと怖くなれそうなとこがあるだろ多分」
「どうする、そこに死体とかさ、ばーんってあったりしてさあ」
「はいはい」

ひとまず彼らはキッチンから廊下に出て、ロッジの探索を始めました。
人里離れた場所に放置された建物の中は言うまでもなく静かです。窓から陽の光が射し込む空っぽの家は、当初予想していたおどろおどろしい肝試しのイメージとは違うにせよ、それなりに雰囲気があるものだったかもしれません。

日に焼けて変色したトイレットペーパーが二つ三つ積まれたトイレや、奥にあるブラインドが折れた状態で上りも下がりもしなくなっている共用の寝室を見ては、へえ、ふうん、と彼らは息を漏らしました。
彼らがその類の廃墟を見に来たのであれば、そこに広がる内装は納得の行くものだった可能性もありますが、彼らの目的は肝試しです。

「……なんか、ちょっと違うな。肝試しっていうか内見みたいな……次このドア開けてみるか、倉庫らしいし」
「倉庫かあ、なら何かこう、あったりしないかな。変な巻物とか」
「巻物は無いと思うけど、まあ怪しいもんとか見つかるかもな。どうだ」
「あ、普通に開くわ扉───ああ、うん。掃除道具が入ってるな。竹箒とか使わないだろ今日び」
「うわ、ちょっと急にがたがたさせないでよ、埃が───けほっ」
「おい、窓開けろ窓」

次々に建物内を探検し、何か怖がれそうなものを探してはみるのですが、中々それらしいものは見つかりません。
彼らが事前に得ていた情報は「ここは失踪したサークルが合宿に使っていた建物かもしれない」ということ、ほぼそれだけだったため、そもそもかなり見切り発車的な部分が大きかったのは事実でした。

例えばトンネルの中腹で車を止めてクラクションを鳴らすと何かが起こるとか、獣道の先に祠があるとか、そういった曰くがあれば目的も設定しやすかったのでしょうが、今回はそういったものがありません。
取り敢えず肝試しに行ってみよう───そのくらいの目標設定で始めたものだったため、彼らはただ当てもなく建物内を散策することしかできなかったのです。

往路の車中や建物に入る過程では大いに盛り上がっていた彼らの気分も、徐々に盛り下がった、白けたような雰囲気になっていきました。

これでは埒が明かないと、彼らは誰ともなく話を進めながら廊下を歩きました。
取り敢えず今は或る程度家の中の探検を終わらせて、一旦車まで戻ろう。それで内装は今みんな分かったはずだから、辺りが暗くなってきてから一人ずつ、もしくは一人と二人に分けて中を回ろう。それまでは酒盛りでも怪談大会でも、適当に時間を潰せばいいだろうし。
つまりは今の状態を肝試し本番ではなく下見として、暗くなってからもう一度回ろうと、怖くなかった場合のために当初考えていた案をここで採用しようとしたのでした。

そうと決まった彼らは先ほどまで見回った倉庫やトイレ、浴場などを通り過ぎ、残りの部屋を回っていきました。

「ええっと、後はここか。多分結構広いよなここ。リビング的な立ち位置だろ多分、立地的に」
「うん。何か大広間って書かれてるし、多分そうなんじゃないかな」
「よし、じゃあ開けるぞー」

開けた先はやはり、ただの大きめの会議室のような場所でした。
例えば公民館や町の民俗資料館などで、畳張りの和室とは別の所にある、フローリングにテーブルとパイプ椅子が並んでいる大きな部屋を想像すると分かりやすいでしょうか。扉を開けた向こうには長机が長方形を描くように並んでいて、それぞれの机の下には二つずつのパイプ椅子が仕舞われています。
部屋の隅には自立式のホワイトボードがあり、まっさらな白い面が窓からの陽光を反射していました。

「…………うん、広間。広間だな」
「多分、ご飯とかもここで食べてたのかな」
「セミナーハウスってことで使うんなら、ここに飯とかセミナーとかで集まる感じなんだろ多分」
「えー、でもこう、ないかな何か。ホワイトボードに書置きとか。ほら、ゼッタイニユルサナイ、みたいな」
「どんな映画だよそれ───裏も綺麗だな、そりゃそうか」
「おい、眩しいなお前急に裏返すなよホワイトボード。窓から結構光が入って来るんだから」

そこで文句を言って窓を見たCさんか誰かが、この会議室は一番最初にこの家の外観を見たときの、窓から見えた部屋だということに気付いたようでした。
車から降りて少しだけ歩き、家の正面から遠目に窓の向こうを眺めたときの景色、そこで見た部屋に自分たちはいると。ぐるりと回って裏手から家に入って探索を始めたため、この部屋が一番後回しになったのでしょう。

「あ、そういえばここって正面から見えた部屋か。あっちに乗ってきた車が見えるから───」

そう言葉を繋いだCさんの声が、そこで不自然に途切れて。

「は?」

窓を見つめながら、彼はただそれだけの音を漏らしました。
明らかにおかしなCさんの挙動を二人が訝しみ、会議室から窓の外を見ると。
ぼうぼうの草の向こうに、明るい陽に照らされた自分たちの車があり、
そのすぐ横に大きな男性が立っていました。

先述の通り陽の光は窓に向かって射し込んでいるため、車やそれは逆光によりシルエットしか判別できないのですが、しかしそれは男性だと思いました。男性で、それも人間ではないものだと直感的に気付きました。

男は車の向かって左側、運転席の方に直立で立っていて、恐らく正面を、こちらを向いて立っているのですが、それにしては背があまりに大きく、そして首が明らかに有り得ない曲がり方をしていました。首があれほど直角もしくはそれ以上に曲がることなどまずありません。なのに、頭の先から右に折れるようなそのシルエットは、人間が肩車をして漸くその頭に手が届くくらいの大きさの男の影は、彼らの停車した車の真横に立ってこちらを見ていました。

あれは何だ、と言おうとして、しかし自分からそれを言うことはどうしても出来なくて、ただあれを見ていることしかできない沈黙が何秒も続きました。
それが夜の出来事だったら、或いは誰か一人だけが体験したものだったら、まだ何やかやと理由を付けることも出来たでしょう。
しかしそれは、まだ太陽の眩しい夕方に全員が見てしまった何かでした。

耳が痛いほどの沈黙が続く。
もう誰でもいいから何か話してくれと、そう思っていたAさんが遂に耐え切れず、
震えた声で口火を切ろうとしたその瞬間。

遠くの扉がかちゃりと開く音がしました。
それは先ほど三人で家の中を見回っていた時の、
キッチンの辺りから聞こえてきました。

それに合わせて、先ほどから回ってきた様々な場所から、不在を確認したはずのすべての場所から、断続的に扉が開く音がして。
楽しげな雑談の声と共に、とすとす、ぺたぺたと何人もの足音が、
廊下の向こうから聞こえてきて。

「はーい、午後のお話し会するよー。集まってー」
「あちょっと待ってください先輩、お茶って何本要りますか」
「冷蔵庫に二リットルのやつあったでしょ、お昼に使ったあれ、爽健美茶」
「あー、あれもうコップ二杯分くらいしか入ってなかった気がする」
「そうなの? じゃあごめん、二本持ってきて」
「分かりましたー」

それはまるで、以前からその場所を使っているかのような、恐らく同年代の学生の声でした。
声質や会話の内容からして、恐らく数名ずつの男女からなるグループがこの場所を合宿か何かのスペースとして用いているのだろうと予想が付きます。
そこがもう使われていない廃墟同然の場所であるということに目を瞑れば、何の変哲もない会話だったと思えたかもしれません。

「どうもです、外の掃き掃除終わらせてきましたー」
「お疲れ様―。手え洗ってきて、お話し会終わったらそのまま晩ご飯だから」
「はいはいーっと、ああ先輩トイレの洗面台使ってたんですね。じゃあ脱衣所の水道使うか」

がやがやとした話し声と足音は、そのまま三人がいる広間、セミナーや食事の時に使われるのであろう部屋まで近づいてきて。
広間から廊下に繋がる扉が開きました。
廊下からは部屋着らしきTシャツやジャージなどを着た男女が入ってきて、クリアファイルや飲み物、ブラスチック製のコップなどを持ってめいめいに着席します。

彼らは部屋の隅でただ固まっている男女に気付いていないのか、或いはいないものとして扱っているのか、三人に話しかけたりすることはなく、しかし三人は逃げることも動くことも出来ませんでした。
無人だったはずの空き家にそれだけの人数が隠れていたとは流石に考え難いです。そもそも肝試しとして全ての部屋を見回って人の不在を確認してきたのですから、それでも卒然に姿を現した彼らは、この世のものではない何かということになるのかもしれません。
しかし彼らは、人間と全く同じような姿で、例えば血糊が付いていたり足が無かったりもせず、清潔感のある衣服に身を包んで室内用のスリッパを履いていました。それが異様で、とにかくどうすることも出来ないほどに恐ろしかったのだと。

「それじゃあ始めようかー。午後のカンテサンスの議題は、っと」

「先輩」と呼ばれていた、薄茶色のカーディガンを羽織った黒髪の女性は、着席を確認するように辺りを見回すと声を出しました。彼女が立って話しながら見ているホワイトボードは、先ほどまで確かにまっさらだったはずのホワイトボードは、いつの間にか沢山の書き込みに塗れていました。

「そっか、午前で煮詰まったとこの続きだったね。それじゃあ引き続きってことで───」

どうすれば、幽霊が見えるようになるだろう。
そう彼女が言うと、着席していた彼らは、うーんと声を漏らしました。

「やっぱり、霊力というか霊感を高めないといけないんじゃないでしょうか。前やってたタロットとかじゃなくて、もっと本格的な占いの技術を磨いていけば」
「技術を磨くっていうよりは、もっとこう、素養みたいな感じのイメージがあるんですよね霊感って。それ用の心理テストとか、あと霊感のある人特有の手相みたいな話も聞きますし」
「なるほどなるほど、手相に占いか。あと心理テスト」

とんとんとペン先で板を叩く音がして、ホワイトボードに箇条書きのリストが書き加えられていきました。

「いやまあ勿論、そういうのも大事ですけど。これまで僕らがしてきたカンテサンスを得るための努力も、きっと無駄にはならないと思いますけどね。ディスカッションとか、ヒーリングのためのセラピーとか、そういうベース的な部分もしっかり続けていかないと」
「おお、貴方いいことを言った。その通りですよね、きっとこれまでの活動もどこかで花開くんですから」
「はい。せっかくこれだけ、自分たちの生まれた家くらいに落ち着ける環境が用意されてるんですから。落ち着いた場所で、いつもやっていることをする。それが一番、心に沁み込むカンテサンスに繋がるんです」

男性の話に合わせ、横に座っている下級生らしき人物がメモを取っている。

「なるほど、継続の大切さを再認識すること、と」
「そうですそうです。対話、言葉の持つ重要性を、もっとリシンクしていくことが肝要なんです。それこそがまさしく、対話の憩いに繋がると僕は思います」

彼の言葉にどこからかぱちぱちと拍手が上がり、「先輩」も笑顔でその様子を見つめています。

彼ら、彼女らの話題はやはり、どこかで聞いたことのあるような話や、何となく「霊的な」イメージを持って想起される言葉を寄せ集めた粗末なものでした。いわば可もなく不可もない、少しだけスピリチュアル方向に傾いた自己啓発サークルの会議といった印象を受けるものです。
それが「どうすれば幽霊が見えるようになるか」という議題で、この世のものではない人々が誰もいないはずの空き家に突如として現れ、当然のように会話をしているという点を除けば。

「───なんで」

その声は今着席している彼らではなく、
部屋の隅で彼らを震えながら見ていた三名のうちの一人、Cさんによるものでした。
Cさんは薄紫色の唇をへうへうと動かし、隣にいるAさんやBさんの両名が何とか聞き取れるレベルの声を、無理矢理に繋いでいきました、

「なんで、こうなるんだよ」

それは、今目の前で起こっている不条理そのものに対する、疑問のような言葉だと思っていました。

「なんでこうなるんだよ、だって」

しかし、そこからCさんが震える声で繋いだ言葉は。
およそ信じ難い、というよりも信じたくない内容でした。

「こいつら泊まってないだろ、この家」
「───え?」

その言葉に呼応したのは、肝試しを企画したAさんでした。
しかしAさんの言葉を聞いているのかいないのか、Cさんはその場で自分だけが知っていた不条理を、その場で自分だけが知っているということに耐えられなくなった不条理を、嘔吐するように話し続けました。
平時から友人間で随一の情報通を自称し、今回も恐ろしいサークルの曰く因縁がある建物を突き止め、当日にその場所の下見と道案内を担当したCさんは。

「俺───どこのセミナーハウスか分かんなかったから、適当に最近廃墟になった合宿用の場所見繕ってきたのに。だから下見行った時も、おかしなこととか無かったのに。そもそもこいつら泊まったことないだろここ、なんでこいつらが」
「ちょっと───ちょっと待て、は? お前ここ、あのサークルの使ってた場所じゃないのか?」
Aさんはそこで漸く、彼の話を遮りました。
Cさんが見つけてきたというこの建物は、その場ではCさん以外誰も知らなかった場所であったため、「漸く突き止めた」と得意げに話す彼の言葉をわざわざ疑う人はいませんでした。
それなのに。
「ただ、ただ採算が取れなくて潰れたロッジだよここは。採算取れなくなって、解体するにも金がかかるからっつって何年か放っとかれたままになってて」
彼は半狂乱でそう言って、Aさんも確かにそれを信じそうになって、しかし、それを認めることはどうしても出来ませんでした。

確かに、この場所が何の曰くもない、ただの放置されたロッジであれば、それで色々な理屈は通る。
或る時期から客の宿泊予約を渋って放置された曰く付きの建物が、いつでも使用できそうなくらいに整頓されたままの内装だったのは、そもそも宿泊を渋った過去が無かったからだろう。
地域ではそれなりに有名な怪談話に関わる宿泊施設の廃墟なのに、特に後から荒らされた跡や目立った汚れが無かったのは、まずもってその有名な怪談話に関わっていなかったからだろう。
家の中を見て回った段階で何の変哲もない空き家としか感じられなかったのは、本当に何の変哲もない空き家だったからだろう。

でも。
仮にそうだとして、じゃあ今起きている「これ」は何だ。

Aさんはどこか懇願するように、Cさんに向かって話しかけました。せめて、せめてCさんにはこれ以上怖い話をしてほしくなかったから。これ以上自分たちの身に起きている不条理を増やすのではなくて、「噂は本当だったんだ」とかそういう無難なことを言って一緒に震えていてほしかったから。

「いや、その、大丈夫だよお前、お前さ、違うんだろ? ちょっとおかしくなってんだろきっとお前、はは。ここがあのサークルが泊まってた家で、ここで夏合宿してて、そこでなんか起こったんだよきっと、な?」
「違うって、だってお前、時期もちょっとずれてんだぞ。ここってあいつらが変になる夏合宿の前からこの家、暫く休みますっつって鍵閉めて資金繰りしてて。そっから開けて休んで繰り返してるうちに潰れたんだからな。あいつらが大学いた時期とかもうとっくに閉まってたんだよ」

「いや───違うってきっと、お前もあれがいつあったかとかはっきり知らないだろ、だから年代とかが間違って伝わっただけで、本当はここにいたんだって。だからもう、これ以上そういう」
「お前だって家回ってた時言ってただろうがちょっと違うなって、肝試しっぽくないって。ただ空き家回って怖い怖い言ってただけなんだよ俺たちは最初っから。だからもっと暗くなって雰囲気出てから回るかって言ったんだよ俺、何もないって分かってただろお前だって」

「いや多分、それはあん時から怖かったからそう言ってただけでさ、強がりで。そう強がりで、ほんとは俺ずっと怖かったんだけど、何にもないなって平気な振りして言ってたんだよ、ごめんごめん。だからほんとは幽霊がいたんだよ前からここにさ、幽霊とか、怖い話とかがこの家にちゃんとあって」
「無えよ幽霊も怖い話も、ある訳ねえだろここに」

そこでAさんも、色々なものが限界に達したのでしょう。
駄々を捏ねるように、叫ぶように言いました。
うるせえよ、じゃあお前、

「じゃあお前、今いるのは何なんだよ。何が見えてんだよ俺たちに」

「幽霊ですよ」

その声はAさんでもCさんでもなく。
彼らと一緒に部屋の隅で震えていたはずの、Bさんの声でした。
Aさんに付き添って肝試しに来た彼女は、先ほどからずっと黙っていたままだった彼女は。
二人の方でも、突如として会議室に入ってきた集団の方でもなく、
会議室の窓の向こうをじっと見つめていました。

突然に、それもやけに落ち着き払った敬語で言葉を発したBさんに驚いてそちらを見た二人は、彼女の視線につられて、ゆっくりと窓の外を見ました。
窓を一枚隔てたすぐ向こうにとても大きな男性が立っていました。

つい何分か前まで彼らの停めた車のすぐ横に立っていた、あの男性だと直感しました。
男はやはりとても大きく、会議室の窓からでは肩の下あたりまでしか確認することが出来ません。やけに大きく折れ曲がった首も、そこに付いている顔も隠れてしまっているのですが、でもあの男だろうと思いました。

あの時は逆光でシルエットしか見えなかった男の肩から下は、そのあまりに大きすぎる上背を度外視するならば、どこにでもいるおじさんのような風体でした。チェック柄で襟元のよれた半袖のTシャツと、色落ちしたグレーの長ズボン。こういう時って喪服や白装束ではないんだなと、考えることを放棄した頭の一部がそんなことを考えていました。
若干落ちかけている夕焼けに照らされたその男を無表情に見つめながらBさんは、

「あなたにはこれが幽霊に見えないんですか」

そう言いました。
その瞬間、会議室の中に、どっと笑い声が響いて、
部屋の中に目を向けると会議室に座った彼らが彼女らが全員こちらを見て、声を出して笑っていました。それは例えるならサプライズが成功したときのような、げらげらと手を叩き涙を滲ませるような、爆笑と形容しても良い笑い声でした。

「そうだよねえ、あれが幽霊に見えませんはちょっとやばいって」
「信じたくなくても取り敢えずさあ、あるものはあるって言っとかないと」
「っていうか、じゃあ何に見えてんのさ、あははは」
「あーおっかし、久々にこんな笑ったかも───ふふっ」

笑い声。手を叩く音。噎せるような咳。
そのすべてが、部屋の隅にいる三名に向けられていて、
AさんとCさんはただそれを見回して、呆然とすることしかできなかった。
Bさんは未だに、窓の外に立っている何かをただぼうっと見つめていた。
とすとすと、先ほど廊下から聞こえてきたような足音が部屋の中で近づいて、
それは薄茶色のカーディガンを羽織り黒髪を肩まで伸ばした「先輩」のスリッパが立てている足音で、
彼女が歯を見せて笑みを浮かべながら三人の方に近づいてきて、

「じゃあもう、変えよっか質問。しょうがないなあ、特別だからね」

含み笑いを浮かべながら、

「こっからどれくらいのことが起きれば、幽霊だと思ってくれる?」

そう言ったと同時に窓が凄い勢いでばんと叩かれました。
もう何も見たくなかったのに、大きな音によって反射的に動いた顔がそれを視界に入れてしまいました。

窓の外に気を付けの姿勢で立っていた男の、両方の掌が、
べたりとはりつくように窓にふれていて。
依然として肩から上は隠れて見えない位置にあるはずなのに、
直立の状態で首だけが上下逆にねじれて回転するみたいに、
その頭や額がゆっくりと窓の上部から見えてきて。
よれたTシャツの胸元に重なる辺りの位置に垂れてきた顔の上半分が、
こちらを覗き込みました。
前髪のすぐ下で、アメーバか何かのように不定形に引き伸ばされた真っ黒な目が露出したとき、ずっと無感情に窓の外を眺めていたBさんが突然にぱっと目を開いて、
嬉しそうに輝いた目で二人の方を見て

「幽霊が見えるようになった」

と言ったので、二人はそこで漸く弾かれるように会議室を飛び出しました。
会議室の扉を開けるときも、Bさんの腕を引っ張って廊下を駆けるときも、最初に開けた簡易キッチンの窓からロッジを出るときも、突然家の中に現れた何名もの男女はまだそこにいて、過呼吸の状態でばたばたと走る彼らを面白そうに眺めていたそうです。
風呂場のシャワーで手と足を洗っていた男性も、廊下ですぐ横をすれ違った女性も、キッチンで食事の用意らしきことをしていた一組の男女も、追いかけてきたりすることは無く、ただにこにことその様子を見ていて。

彼らは、それほど遠くはないロッジの大広間から車までの道を、大きく息を切らしながら走り切り、車に乗り込みました。
つい先ほどまで家の外にいた男のような何かも、家の正面の窓から見える大広間の中にいた大勢の人たちも、車に乗って猛スピードで山道を迂回するときには、その姿を見ることは出来なかったようなのですが───
だからといって、あれがすべて恐怖心から見た幻覚であったと思い直すことは、まず絶対にできなかったのだろうと思います。

Question1

以上、ここまでが前提となるお話です。
この話に関わる不可解な点、不気味な点は、主にこれから記述する部分になるのですが。

一番最初に話した通り、肝試しを主題とした怪談話の場合は、そこで怪異を体験する人物が基本的に能動的であればあるほど、市井に広く伝わりやすくなります。
「怖いことが起こると知っていながらその場所を訪れた人物が、結果として怖い目に遭う」という、ある意味で説話的な因果話に落とし込んだ方が、それは楽しいお話として広く受け入れられやすくなるからです。

嘗てとある県のとある地区で活動し、いつの間にか名前を変えていなくなった「対話の憩い カンテサンス」という団体は恐らく、そこに付け込んだのだろうと思います。

私がこの話を聞いたのは、先述した学生街から少し離れた所にある、中途半端に自然が豊かな田舎町でした。そこは繁華街にあるような華やかさに乏しく、代わりに合宿用セミナーハウスや少年自然の家といった、人里離れたことを活かしたタイプの建物が多い場所でした。

そして彼らも、Aさん、Bさん、Cさんの三名もそんな建物で、先述した出来事を体験したのだそうです。
嘗ては使われていたが、資金繰りが上手くいかずに閉鎖した山奥のロッジ。元々は学生用に貸し出されていた、その建物の近くにある広場を目的地として、彼らは日帰りでバーベキューをしに行きました。

ロッジへ肝試しに行ったのではなく、
その近くにある広場へ、バーベキューをしに行きました。

そのグループは男性が二人と、女性が一人。免許を取ったお祝いにと購入した中古車に乗って、彼らは意気揚々と車を走らせました。日帰りなので当然、午後の早い時間からお酒や食べ物、バーベキュー道具などを持って。

元々そのロッジは、駐車場近くの広場で外遊びやキャンプのようなことが出来るように整備されていたため、建物の方が閉鎖してしまっても広場は或る程度使えるのではないか、と彼らは予想していたのです。
私を含めた数名の友人は、すでに閉鎖され管理されなくなった場所で火を使うことに抵抗があったためその誘いを断りました。しかし元々複数名集まったのであれば何人でも決行する予定だったようで、彼らはそのまま、やや少人数での日帰り小旅行計画を決行したようです。

それから数日間、彼らと音信不通になりました。

私たちも心配していたのですが、今ほど携帯電話も高性能でなければ、SNSなんて普及どころか存在しているかも怪しい時代です。
あまり表立ったアクションを起こすことも出来ず、やきもきしていたのですが、ほどなくして彼らは戻ってきました。特に怪我などは無かったため、私たちも安心していました。

そして戻ってきた彼らは、私を含めた友人たちに、
先述した「肝試しに行った先で起こった体験談」を、嬉々として話し出したのです。

勿論この時点で、目的はバーベキューではなかったかと少し疑問に思う気持ちはありました。しかしバーベキュー会場は件のロッジ付近にある広場であるため、そこで盛り上がった彼らが話の流れで、廃墟と化したその建物へ肝試しに行こうとなることには、然程違和感もありません。

カンテサンスなる怪しい団体がこの付近にいたらしいという噂は私たちも聞いたことがありましたので、そういうディテールの信憑性も相まって、私はどちらかというと好奇心を持って、彼らの話を怖い怖いと聞いていました。
事実、三名が話すその体験談は多少なりとも気持ちの悪いものであったため、その語り口と出来事のインパクトにつられ、日帰り旅行の目的が違う程度の違和感はこの時点でそれほど考慮していなかったのです。

明らかにおかしいと感じたのは、それから暫く経った頃でした。
彼らの体験した「怪談話」は、その後も折に触れて話されることになりました。例えば私たちがこの話を聞いた翌日にも「この子、前すっごい怖い体験してさ」とサークル仲間に話しましたし、それこそ皆で(正規の)キャンプ場へ行った時の深夜に行われた怪談大会でも、彼らの体験談が猛威を振るうこととなりました。

すると当然、その話を繰り返し聞くことになる友人も出てくることになり、私もその一人でした。ただ、仲間内で繰り返し話されるエピソードトークなど幾らでもありますので、最初は気にしていなかったのです。
ですが、或る時に誰かが気付きました。
彼らの語る話が、あまりにも正確なのです。

例えば、先述の話でいうところのAさん、Bさん、Cさんという体験者の違いによって、語られる内容それ自体の相違点はあります。しかし、例えばAさんが自分の体験談として語る話は、いつ聞いても全く同じなのです。
話し慣れたエピソードトークであっても、細かな表現の違いは当然発生します。「あの店」が「あのコンビニ」になったり、「土曜に行ったゲーセン」が「週末のROUND1」になったり、ディテールや助詞のぶれは話すたびに毎回起こることでしょう。

しかし、それは本当に一言一句、全く同じなのです。
彼らが各々、「自分の体験談」を暗誦しているかのように。
いつ話しても、助詞や細かな台詞回しに至るまで、全てが完全に同じでした。

この類の怪談話でよく、何故体験者は細部までの情景を記憶していたり、ひとつひとつの台詞を文字に起こせるのかという話題が挙がります。私も最初にこの話を聞いた時、そういった疑念を抱かないではなかったのですが、それは私たちに話す際に都度補完しているのだろうと、自分なりに納得していました。
それが完全に一言一句、彼らの頭の中に入っているからだと、そんな風に考えるはずがありません。

そしてもう一つ、私たちにとって転機となる出来事が起こりました。
きっかけは、先述の話でいうところの「Cさん」の、彼女でした。

彼女曰く、Cさんはあの「肝試し」に行ってから、
どことなく様子がおかしくなったのだそうです。

珍しく本や新聞を読んでいるのかと思ったら、どこか一箇所の文字だけをただじっと見つめて、何十分もぼうっとしていたり。
それまではあまり傾倒していなかった音楽鑑賞に凝りだしたようで、昼夜問わず自室でラジカセを取り出し、場合によっては何時間もイヤホンを耳に着けて目を閉じていたり。

彼女はそのラジカセを、彼が入浴している隙に色々と操作してみたことがありました。
彼がよく用いていたのはカセットテープの再生機能であり、その時もテープが中に入ったままになっていたため、電源を点けてイヤホンを装着し、直近で再生されていた部分から再生ボタンを押しました。

そこでイヤホンから聞こえてきたのは、
知らない男性の声で話される「あの出来事」の音声でした。
彼女がこれまで、Cさんから聞いていたものと一言一句まるきり同じ語り口と言葉遣いの、「Cさんが体験した出来事」の音声がそこから流れ続けていて。

これは何だと再生を止め、カセットテープを取り出すと、
テープのタイトル欄には「カンテサンス音声3-5」という手書きのタイトルが附されていたそうで。

彼女からその話を聞いた友人たちはそこで漸く、
これは上手く説明できないが何かとても駄目なのではないかと、そう思ったのでした。

結論から話すと、あの日から暫く音信不通になった三人は全員、
出所不明のカセットテープを何枚も所持していました。
Aさんは「カンテサンス音声1-1」から「1-6」。
Bさんは「カンテサンス音声2-2」から「2-6」。
Cさんは「カンテサンス音声3-1」から「3-6」。

それについて詳細を聞こうとするとはぐらかされ、私たちがそれを再生或いは複製しようとすると猛烈な勢いで拒否されたため、彼ら全員と会えなくなった今となってはあのテープがどういった意図で作られ、彼らのもとに渡ったのか、知る由もありません。

しかし、ある友人が隙を見て「カンテサンス音声1-1」の途中までを別のテープに複製したことがあり、それを皆で聞いたことがありました。
そこに収録されていたのは、今でいうところのNLPやミルトンモデルに相当するのでしょうか、いわば人間の被暗示性に働きかけ視聴者を変性意識状態に誘導する言葉、その導入となる音声データでした。
勿論、私たちも当時それを聞いた時点で、件の音声がそういったものを企図しているとすぐに判断がついたわけではありません。そのため今の時点で何を言っているのか分からないという方もいらっしゃるかと思いますが、恐らくは読んでいけば何となく分かります。

今でもミルトンモデルなどはビジネス論や自己啓発の業界で「心理学に裏打ちされた誘導テクニック」「誰でもできる会話術」といった題目によって宣伝・利用されていますが、この音声もそれに類する何かが系譜にあったのかもしれません。
実際、どこかで聞いたことのある言い回しや、心理テスト・心霊・霊感などのよくある「スピリチュアル的な」要素をごちゃ混ぜにした言葉遣いは、そのテープの音声においても同様に用いられていました。人によれば、そこで聞いた音声の断片も一笑に付したかもしれません。

しかし。
私たちはそれを聞いた時点で、これ以上彼らに踏み込むのはやめにしようと、
誰が言い出したわけでもなく、そう思っていました。
これから示すのは、その当時に友人が録音した音声の文章化データになります。

あの人もあなたと同じように、ここに何かあると思っていましたよ

あなたはいま無意識に「カンテサンスは怖い団体だ」という前提を刷り込まれていることに気付いていますか?

[以下、「カンテサンス音声1-1」一部の文字起こし]

(十数秒間のホワイトノイズ)

これを手に取っていただき、誠にありがとうございます。
まずは、お礼を言わせてください。
きっとあなたは今、少なからず恐ろしい気持ちを、
不安感を持って、この言葉を聞いていることでしょう。
当然です。あなたはあの家に纏わる恐ろしい噂を聞きつけて、
そしてここまで辿り着いて、そのうえで今こうしてわたしの言葉を聞いている。
言葉を聞いて、それを脳が記憶して、頭の中で読み上げている。

怖がるのも当然です。それでいい。
それはとても自然なことです。
例えば、もしわたしが今から色々と言葉を弄して、
「あなたに対して危害を加えない」「怖いこと、いやなことは何もしない」と言ったところで、
あなたはもっともっとわたしたちに疑いの目を向け、距離を取ってしまうことでしょう。

疑ってくれるほうが自然ですし、寧ろわたしたちもそれが嬉しい。
今わたしの言葉を疑い、怖がりながら聞いているということは、
あなたがそれだけわたしたちの言葉を、
熱心に読み込んでいるということだからです。
あなたがわたしを知ろうとしない限り、
怖いという感情も、怪しいという感情も生まれてこない。

ただ何も考えずわたしの言葉を受け入れるのではなくて、
ちゃんと真摯に、真剣にわたしの言葉を怖がってくれている。
わたしはそれが嬉しい。
疑うことも、怖がることも、ひとつの信頼関係になる。
あなたは今、それを証明してくれている。

だから、わたしからもあなたにお願いします。
そのまま、疑いながらでも怖がりながらでもいいから、
わたしの言葉を聞き続けてください。

そうすることが、わたしにとって一番の喜びになるから。
あなたが今、あなたの意志でしていることは、わたしを喜ばせているから。
怖がりながらでもこの言葉を読み続けてほしい、
そんな願いを聞いてくれているあなたは、
無意識にわたしの言葉を、わたし自身を、信頼してくれている。
あなたは今、わたしに協力してくれている。

安心するだけが信頼じゃない。
安心できずに怖がることも、裏返せば一番の信頼になる。

それに、あなたは自分の意思でこの言葉を手に取ってくれたんだから。
肝試しをするみたいに、怖い気持ちになりたくて、
不安感を与えられたくて、だから今もこの言葉を聞いてくれている。
あなたは最初から、無意識のうちに、わたしに協力してくれていた。
あなたの頭は気付こうとしていなかったかもしれないけれど、
あなたの無意識は最初から、わたしを信頼してくれていた。

あなたはあなたの意志で、肝試しに来てくれた。
もう一度言います。
あなたはあなたの意志で、肝試しに来た。

それは、どんな場所だっただろう。
肝試しに行くということは当然、その場所が必要になるはず。
あなたは、どんな場所に行ったんだっけ。覚えていますか。
大丈夫、はっきりと想像できなくてもいい。
無意識は覚えているはずだから、
あなたはそれを思い出すだけでいい。
あなたは怖がりながら、それを思い出す。
あなたの意志で、それを思い出してくれる。

それはどんな場所だったっけ。
わたしと一緒に、想像してみましょう。
がたがたと音が聞こえる。
車のエンジンのような音。
実際に聞こえなくてもいい。聞こえるという想像をするだけでいい。
それは徐々に、徐々に大きくなって、
想像の中のあなたは今、車でどこかに向かっていたことに気付く。
思い出して。あなたは車で、どこかに向かっていたはず。
車の窓からは緑が、たくさんの木々や草が見えていて、
そもそもの始まりが山の中だったことを、そこであなたは思い出す。
山を抜けて、木々を抜けて、ばあっと視界が開ける。

そこには何があったっけ。
そう、そこには家があった。
その家の見た目を知らないはずなのに、
あなたは何故かその家を知っている。
その家が自分の家みたいに落ち着く場所だと教えられたことも、
その家でたくさんの人と出会ったことも、
あなたは次々と思い出す。

すごいですね。とても嬉しい。
わたしは質問しかしていないのに、
あなたの心は次々と、その答えを返してくれる。
自分の意思で、わたしと対話しようとしてくれる。
こちらが一方的に情報を与えるのではなくて、
こちらが投げかけた質問に、あなたが自発的に答えている。
今わたしはまだ、その家のことをほとんど何も話していないのに、
あなたは自分からわたしと対話して、
まだわたしが話していない記憶を辿り続けることが出来ている。

じゃあ今度はもう一つ、あなたにお願いしたいことがあります。
この家の、道案内をしてもらえないでしょうか。
車を降りて家の前まで来たはいいものの、
どうやら正面の玄関は鍵がかかって開かないみたいなんです。
ここにある正面の窓からも、中にある大広間の様子は見えるんですが。
いくら両手で強く窓を叩いても、中の様子を覗き込んでも、
その窓は開きそうにありません。

でも。
あなたなら、どこから入ればいいのか、知っているかもしれないと思って。

大丈夫。声に出さなくても、あなたの心がちゃんと伝えてくれました。
それは、家の裏手にある窓。そこからなら中に入ることが出来る。
窓を開けて、そこから家の中に入ることが出来る。

それでは、裏手に回りましょう。
裏手に回る間、草を踏みしめてざくざくと歩いている間、
もう一度この家を思い浮かべてください。
山の中にあるロッジ。
放置されてはいるけれど、外観は綺麗な空き家。
自分の家と同じくらい落ち着く場所だと、誰かが話していた家。
想像の中で。正確かどうかは関係ありません。
あなたがわたしを信頼して、疑って、
それを思い浮かべようとすることが大事だから。

これからあなたは、その窓を開けて家の中に入って、
想像でその家の中を歩くことになります。
最初に言ったように、これは肝試しなんですから、
何か怖いものと遭うかもしれません。
それでもいい。怖がりながら、中に入ってみてください。
何かが起こるかもしれないと、疑いながら。
あなたはそこで、どんなものと出会うんでしょうか。

それでは、まずその窓を揺らしてみて、
鍵を開けて、家の中に入ってしまいましょう。

[文字起こしここまで]

Answer

いわゆる霊感の有無を知るための、有名なテストがあります。
自分の生家の中に入り、家中を回って窓を開け、そして閉める、そんな想像をする。
その想像の中で自分以外の誰かと会ったり、すれ違ったりした人は、霊感があるとされる。
インターネット上でも有名ですが信憑性には乏しく、
判断材料としては子供向けの心理テストなどと同レベルだとは思います。
そこで何かが起こったからといって、霊感があると確実に判断できるとは到底思えません。

ただ、それは別として。
今となっては、それを知るすべもありませんが。
あの三人は一体、何を刷り込まれたのだろうと、
今でも時々考えることがあります。


以上が「カンテサンス文章1」の内容です。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。