R-00Xの提言II
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アイテム番号: SCP-001-EX

オブジェクトクラス: Thaumiel / Explained

特別収容プロトコル: SCP-001-EXは、可能な限り全てのあなた方へ拡散される事が推奨されています。

説明: SCP-001-EXは、「物語」という観念とそれを主体とした形而上学的構造に対する再定義です。

インタビュー対象: タローラン研究員

インタビュアー: ████博士

付記: インタビューは、一般に協力的な人物へのインタビューに用いられる応接室で実施されている。

<記録開始>

████博士: それでは、インタビューを始めましょう。

タローラン研究員: [数秒の沈黙]なんだって?

[タローラン研究員は周囲を見回す]

████博士: インタビューです。啓蒙と言い換える事も可能かもしれませんが  ともかく我々は、SCP-001-EXについて話し合わねばなりません。その為のインタビューです。

タローラン研究員: あー、待て、待ってくれ。捲し立てられても何も分からない。まず  

[タローラン研究員は周囲の様子を伺う。何度かソファに座りなおし、やがて所在無げなまま████博士と向き合う]

タローラン研究員: 3つ、答えてくれ。ここは何処だ?君は何者だ?そして、私は何に巻き込まれている?

████博士: ふむ、[数秒の沈黙]ここが何処で、私が誰か、これはあまり重要ではありません。いずれも何ら特別なものではない、という意味です。

[████博士は立ち上がり、壁面に設置されたウォーターサーバーへ向かう。2カップの水を汲んで席へと戻る]

████博士: どちらかと言えば今回重要なのはあなたなんです、タローラン研究員。

[水の入ったカップがテーブルの上に置かれる。一方がタローラン研究員へ差し出され、タローラン研究員は腕を伸ばしてカップを受け取る]

タローラン研究員: 私?

████博士: まあ、厳密に言えば、空想科学部門で最も都合に合う人材があなただった、という事ですが。なにせ、このインタビューにおいて扱うのはSCP-001-EX  「物語」を再定義し、「メタフィクションという力学」を再定義する理論なのですから。

タローラン研究員: [数秒の思案]まさか、SCP-3999、か?あれは私には  

████博士: ええ、分かっています。だからこそ敢えてあなたをお呼びしました。

[タローラン研究員はソファに座り直し、████博士を睨む]

████博士: 話を進めてしまいましょうか。空想科学部門で、「物語」はどう定義されているでしょうか?

タローラン研究員: [数秒の沈黙]空想科学部門においては、物語を階層構造で捉えている。現実があって、そこで描写される物語がある。物語があって、そこで描写される劇中劇がある。財団が認知したメタフィクション実体の殆どは書物の形態を取っていて  そしてそれは、他ならぬ"我々"が書物に属する物語の一部であるという仮説に繋がるが  しかし、原理的には媒体は全く問われない。

████博士: なるほど、ありがとうございます。あなたの解答は模範的と言えるでしょう。実際、財団の  それも、あなた方メタフィクションを専門に扱う人間さえ含めた  殆どの人間が、それに同意するはずです。

[タローラン研究員は顔を顰めて水を飲む。ソファに数度座りなおす]

タローラン研究員: 違う、と言いたげだな。

████博士: はい。事実とは全く異なります。SCP-001-EXにおいて、絵本、漫画本、小説、テレビや映画のドラマ、アニメ、そして演劇や歌劇に至るまで  それら全てで描写される情報群は「物語」では無いとされています。

タローラン研究員: いきなり、意味が分からんな。

████博士: 確かに感覚的ではない結論です。ですが、"我々"が居る場所が「物語」であるという前提に立つ場合、それら媒体上の「情報源」を「物語」と解釈すると、やや不都合が起こるのです。

タローラン研究員: 不都合?

████博士: 諸媒体で表現された「情報群」が、純粋に「物語」であるのか、それとも「現実」であるのか区別できないという問題です。例えば  ここに1つ新聞記事があるとします。そこで書かれた1つの事件について、現実に起きた事なのか、それとも虚偽の記載であるのか我々には区別できません。物語層に基づけば、「物語」と現実には絶対的な隔たりがあるはずなのに、です。

[タローラン研究員は顎に手を添えて沈黙する。数度ソファに座り直すが、やがて立ち上がって歩き始める]

タローラン研究員: たとい現実に基づいていたとしても、紙面上に置かれたならば、それは最早現実ではなく物語だろう。ノンフィクションというジャンルもあるんだからな。

████博士: 成る程。しかしそうなると、「物語」の本質は  その情報が何の媒体に表現されているかに依存する事になる。"我々"の本質は、本当に印字された文字のや図柄の中にあると思えますか?今だって、我々の会話は記録されていますが、これを後から視聴した職員が  

[████博士は水を飲み、横に立つタローラン研究員と目を合わせる]

████博士: あなたの事を故ジェームズ・タローラン研究員と勘違いしているかもしれない。

タローラン研究員: [溜息]いくら名前が一緒だからと言って、相手は故人で  性別すら違うんだぞ?SCP-3999の中心人物と  [ソファを叩いて]一々体格より大きい家具に悪戦苦闘する、ただの空想科学部門所属職員、間違う方が難しいだろう。

████博士: さあ、案外居るかもしれません。重要なのはこの勘違いが正された瞬間ですよ。一度情報を訂正されれば、もはやそれまでの文章が同様に解釈される事はありません。記述は1文字も変わっていないにも拘らず、です。もし「物語」が記述された「情報群」ありきならば、「情報群」に変化が無いにも拘らず「物語」が変化を来すのは、明らかに不自然でしょう。

タローラン研究員: それでは  「物語」は、何処にあるんだ?"我々"は、何処に居るというんだ?

████博士: あそこに。

[████博士はあなたを指差す]

████博士: "我々"は、読者の中に想起され生まれます。そこで思考され生き、そしていつか忘れられ死んでいきます。「情報群」は"我々"が脳内に生じるきっかけであり、また脳内の「物語」を投影したある種の形相エイドスに過ぎません。

タローラン研究員: [息を呑む]仮に、それが事実として  我々が今まで立ち向かい、時には実行さえしていたメタフィクション的行為は、一体何だったというんだ?

████博士: そうですね、それは[数秒の沈黙]的を外していた、と表現するのが適切でしょう。無意味ではありません。ただ、期待通りの働きがあったとは言い難い。我々はずっと、如何に「情報群」を操作するかに専心していました。しかしそれは、『「情報群」を操作するストーリーという「情報群」』を再帰的に生み出すばかりだったと言わざるを得ない。スモールズ研究員が投げかけた言葉は、"彼ら"のフォーラムには届きませんでした。ロンギヌスの槍は、"彼ら"の著書に擦りさえしませんでした。"我々"の所まで引きずり降ろされたのは"彼ら"でなく、それをかたどる「情報群」の断片に過ぎませんでした。全ては「情報群」に於いて完結し、「物語」には、まるで届いてはいませんでした。

[タローラン研究員は壁際に立ち尽くす]

タローラン研究員: 無駄、だったと?全て、全て  

████博士: 違います。

[████博士はあなたから視線を外し、タローラン研究員へ向き直る]

████博士: 無駄ではありませんでした。我々の試みは、それまでの想定とは異なる、本当のメタフィクションを、少なからず実現していたからです。

タローラン研究員: どういう、ことだ。

████博士: SCP-2737をご存知ですか。あれは最も素晴らしいメタフィクションの1つと言えます。"我々"の、新たな活動指針において、手本バイブルにするならばどれだ、と問われれば、SCP-3999と併せてSCP-2737が挙げられるべきでしょう。

タローラン研究員: SCP-2737に、メタフィクション的異常性があったなどという研究結果は無いはずだが。

████博士: 異常性、という観念はあくまで「物語」の中の設定でしかありません。それは「物語」の外へと影響を及ぼす本質とは異なります。SCP-2737も、SCP-3999も、重要なのはそれらが「情報群」ではなく「物語」に  より端的に言えば、読者ないしは著者の思考に影響を及ぼしうるという点です。

タローラン研究員: 何故、それらはメタフィクションを実現できるんだ?物語層は抜きにしても、創造主と被造物の立場を飛び越える事は、生半可な事じゃないだろう。

████博士: もっともな疑問です。確かに、"彼ら"と"我々"の隔たりは大きい。ですが、必ずしも"彼ら"は絶対的優位ではないのです。

タローラン研究員: 何が  上位存在の優位を脅かしている?

████博士: 有り体に言えば、心です。

[████博士は自身の頭を指さす]

████博士: "彼ら"自身の感情、哲学、趣味嗜好。それらへの働きかけは、時に論理的思考さえ越えて"彼ら"に影響を与え、その活動を左右し得ます。素晴らしい「情報群」は、脳内に素晴らしい「物語」を築き上げます。「物語」によって平穏を得、あるいは掻き立てられ、希望を得、あるいは絶望する。時に寝食をさて置いて「物語」を読み漁り、そして刻が経つのも忘れて「物語」を形ある「情報群」へと転写する。"彼ら"と"我々"は、心の下に平等です。

タローラン研究員: それが  それが、"彼ら"に付け入る隙?

████博士: 少し違います。確かに、以前の我々は"彼ら"を遠ざけ、滅ぼす事さえ考えてきました。しかしながら、実態として"我々"が"彼ら"の内なる「物語」の住人である以上、寧ろ"我々"は"彼ら"を利用し、共生すべきなのです。

タローラン研究員: できるのか?そんな  今更。

████博士: 出来ます。元より、"我々"が  即ち"彼ら"が、ずっとやってきた事なのですから。

<記録終了>

終了報告書: この文書に目を通した時、あなたの中で私とタローラン女史の「物語」は産声をあげました。そしてあなたが我々の容姿や行動、性格の傾向など想像すれば、それだけ「物語」は動き、成長します。それが、所謂創作者の心理でなくて何でしょうか。

我々はもう直ぐあなたの脳裏から忘れられます。それは我々の死を意味します。"あなたの中にだけしかいない我々"の死です。それを避けるには、あなたが我々を「情報群」へと転写する他ありません。我々を実存へと著し、広め、1人でも多くの人の中に我々の「物語」を植え付ける他ないのです。そして、それは何も我々2人の「物語」に限った話ではないのです。

脳裏に「物語」を思い浮かべる事は誰しもあり、一般に言う創作者と非創作者を隔てる壁は、少なくともあなたと"我々"を隔てるそれとは比べ物にならない程薄く、低く、小さいです。あなたが今まさにその壁を認知し、いつかは乗り越え、その思考領域でかつ消えかつ結ぶ泡沫の如き「物語」の、ほんの一角でも掬い上げる事が出来たなら、SCP-001-EXに  この「物語」に、意味はありました。

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