男はため息をついた。
人通りの多い場所に置かれた自販機の下に、4、5人程の大の大人が体をねじ込んでいた。下から突き出す足に、道を行く人々も怪訝な視線を向けるか、見て見ぬ振りをして通り過ぎていく。
くだらない。独り言ちた彼は職場への道を急いだ。
彼自身、幼い頃同じような事をした経験はあった。だが殆どの場合小銭は見つからず、それどころか煙草の吸殻を触って火傷したり、犬猫の糞を手に付けてしまうことが多々あった。
それ故に、小銭を見つけた時の喜びはひとしおだったのを覚えている。得をしたのと同時に、自分だけが知っている宝物を見つけたような気がするからだ。
仕事が終わり、家に帰る途中で、件の自販機が目に止まる。
7本の足が、自販機の下から突き出している。
7本。彼は目を疑った。
3人ならば1本多く、4人ならば1本少ない。
どういうことなのか。
あまりにも異常な光景だった。彼らに声をかける気も起きず、足早に立ち去った。
そんな異常な状況がしばらく続いた。
ついに、自販機の近くには警備員らしき人が立つようになった。自販機に近づく人を押し返し、遠ざけている。
自販機ごときに大袈裟ではないか。
半ば呆れながら、自販機の前を往復する日々が過ぎた。
ある日の帰り。
何故か警備員はいなかった。
ふと気になって、自販機の正面まで来る。
その時、自販機の下で何かがキラリと光った。
小銭だ。直感的に感じた。
彼は周囲を確認する。
人通りはない。
彼は自販機の下に手を入れるが、小銭の感覚はない。
彼は体を屈め、自販機の下を覗き込む。奥の方でキラリと光っている。しかし、手を伸ばしても微妙に届かない距離にあった。
幼少の頃を思い出す。
こういう状況は何度も経験していた。あと少しが届かなくて、体を半分ほど入れ、小銭を取ったまでは良かったものの、自分で抜け出すことができないこともあった。
幸いにも近くにいた友人が助けてくれたが、しばらく後にその事故は起きた。
小銭を漁っていた友人の一人が、自販機の隙間に挟まって動けなくなってしまった。さらに運の悪いことに、近くに止まっていたトラックがバックしてきたところで足を轢かれ、命を落としてしまったのである。
この事故がきっかけで、彼は小銭漁りをやめた。もっとも、年頃故に世間体を気にするようになったというのもあるかもしれない。
しかし、今は深夜。人どころか車も通らない。
久しぶりの感覚だ。
彼は、自販機の下に潜り込んでいた。体を伸ばしても、ほんの少しだけ届かない。さらに体をねじ込む。
届きそうで届かない距離を縮めようと夢中になっていたところで、不意に気づく。
これではあいつらと同類じゃないか。
一気に冷静さを取り戻した彼は、体を外に出そうとする。
その時、気がついた。
体が動かない。
冷や汗が一気に噴き出す。入った時よりも、自販機の底が下がっている。まるで…
自分を押し潰してくるように。
状況を理解した途端、息が荒くなる。
この場から逃げようとすればするほど、彼の体は苦痛を訴える。
助けを求めるも、何のいらえも返ってこない。
体の骨が徐々に砕けていくのを、ただ感じるしかできなかった。
激痛と失血で、彼はついに意識を手放した。
最後に見たものは、迫る黒い天井と自らの血の赤色だった。