サグラダファミリアの収穫は、野菜と違ってあまり丁寧にやらなくていい。食べようとしなければ、よっぽどじゃないと傷つくことが無いからだ。
むしろ大切なのは、収穫した後の収納方法だ。なんせ、サグラダファミリアだ。キャベツのように丸くなければ、トマトのように小さくもなく、ほうれん草のように柔らかくもない。
とにかくごつごつしている。アーティーチョークが一番近いだろうか。いや、あれもサグラダファミリアと比べれば丸い。
まあ、とはいえ、何度も収穫していれば、その辺も慣れてくる。塔の隙間、本来「イエスの塔」が建つ予定のところを重ね合わせると、思いのほかぴったりと重なり合って、隙間なくかごにしまえることが分かったのだ。
これが、SCP-2026-JPの収穫の担当職員に告げられる唯一の人伝のプロトコルだった。
今日までは。
「うわあ……マジか、これ……」
尾瀬和は、サグラダファミリアの畑の入り口にしゃがみ込んで、頭を抱えていた。
「どうしたんですか、尾瀬さん……えっ、これ」
遅れて近づいてきた御厨杏が、同じように畑を見ると、尾瀬と同じ反応をして、あんぐりと口を開く。
一面に広がるサグラダファミリア。その異様さには二人にとってはすっかり慣れてしまった日常風景だ。
問題なのは、その生えているサグラダファミリアのディティールだった。
「い、イエスの塔、が、建ってる?」
「建っちゃてるんです……」
そう、いくつかのサグラダファミリアの、収納に効果的なあの隙間に、堂々としたイエスの塔が建っていた。他の塔より頭一つ抜けて大きいその塔のてっぺんには、二つ腕を追加したような十字架が堂々と建っている。
「……これ、収納どうするんですか」
「御厨さん……そこじゃないでしょう、問題は」
的外れな懸念を口にする御厨を睨みながら、尾瀬は立ち上がる。
「今このオブジェクトの喫緊の問題くらいは、分かってますよね?」
「もちろん……それこそ、リアルのイエスの塔が完成間近だってことですよね」
そう、現実のサグラダファミリアの、イエスの塔は、もうそろそろ完成してしまう。これまで、どうにか完成を引き伸ばしてきた。とはいえ、もし建設を止めてしまえば、SCP-2026-JP-2……ミリアが何を言ってくるか分からないため、たとえ小さな歩幅でも、建設は進めるしかなかったのだ。
ただ、どれだけ小さく足を踏み出していても、前に進んでいることに変わりはない。残念なことに、建設はきちんと行われて、イエスの塔完成まで、残り数か月というとこまでやってきていた。
「でも、あれはまだ、完成までは至らないんでしょう? 確か、正面玄関がまだ完成してないから……」
「そう、私たち基準で言うなら、ですけど。だけど、よく考えてみてください。私たちの完成のイメージと、ミリアさんの完成イメージが一致してる根拠なんて、どこにもないんですよ」
そもそも、地球の人間でさえ今回のサグラダファミリアの完成のニュースを見て、全部工事が終わったんだ、と勘違いしているものがいくらか居る。そのくらい「完成」というイメージにはブレが生まれるものだ。
「でも、設計図はガウディが残したものに準拠してるって」
「設計図は、ガウディが亡くなったのちに一度壊されてるんです。復元はされたものの……それが100パーセント正しいとは言い切れません」
「つまり……イエスの塔が完成したら、そのまま収穫される可能性もあるってこと、ですか?」
流石に状況を理解したのか、真剣な顔で御厨は尾瀬に聞く。
「まあ、最悪のケースではありますが、とはいえ、捨ててはいけない可能性です」
「……じゃあ、このサグラダファミリアに、イエスの塔が生えたのは、結局、どういう意味なんでしょう」
二人で一番近くのサグラダファミリアのイエスの塔に触れてみる。
「……正直、それは分かりません。こんなケース、初めてのことですから……分かるのは、急いでこの部分の調査をして、報告書に追記すべきだ、ということだけです」
「そう、ですか」
「収穫しましょう。初めての変化です。ひょっとしたら、すぐにでもミリアさんが来るかもしれません」
「わっ、かりました!」
そう言って、御厨はスコップを握りなおして、早速サグラダファミリアを掘り始める。
***
「こんにちは、お二人とも!」
半分ほど収穫をし終えたころ、その明るい声は聞こえてきた。
二人して、急いで立ち上がって声の方へ向く。そこにはミリアが立っていた。夕焼けの逆光を浴びているようなシルエットだけで、表情はじっと見なければ良く分からない。
しかし、声を聞く限り、今日のミリアはいつもより元気がいい気がした。
「……ご苦労さまです、ミリアさん。えっと、まだ収穫が途中なんで、少し待っていただけますか?」
尾瀬がそう言うと、ミリアは腰に手を当てて「もちろん」と声を上げた。地球出身ではないのに、ジェスチャーや声色はずいぶん人間らしい。
「あっ、すごい、品種改良成功してるじゃないですかっ!」
すでにかごに積んでいたサグラダファミリアを見ると、ミリアは声をもっと明るくして、一番てっぺんにあったサグラダファミリアを手に持った。
品種改良。その言葉を聞いて、尾瀬は手を止める。
「……ですよね、私もびっくりして」
今すぐ話を聞きたいと逸る気持ちを押さえて、愛想笑いを浮かべながら話を合わせる。
「いやあ、綺麗に育ちましたね、本当に!」
「ええ、ですから、少し出来栄えについて話を聞きたくって……ちょっとお時間よろしいですか?」
「良いですよ、私も話したいことがあったので」
話したいこと。途端に尾瀬の頭にあらゆる可能性が浮かんできて、背中に汗が一筋垂れる。
御厨に収穫を任せて、尾瀬とミリアは畑のそばの民家の軒先に、かごをひっくり返して即席の椅子を作って座る。この会話で、何かが大きく変わってしまうかもしれない。それなのに、軒の外に見える青空は、腹が立つほど綺麗だった。
尾瀬は胸ポケットに入れて置いたペン型音声記録装置を起動させて、軽く咳ばらいをする。
「それで……その、品種改良というのは、真ん中の塔のことで、間違いないです、よね?」
「ええ、そうですよ」
「初めて会ってから、結構色々なサグラダファミリアを渡しましたよね。大きいものや、色の変わったもの……でも、ミリアさんは、今までで一番うれしそうです。それは、どうしてですか?」
ミリアはそれを聞くと、膝の上に置いていたサグラダファミリアを撫でて、見つめながら声を漏らした。
「……ここだけ、だったんです」
「ここだけ、とは」
「オゼさんは、サグラダファミリアの原種を見たことが無いですよね?」
「ええ、そうですね」
どころか、原種があったこと自体も初めて知った。まあ、品種改良という言葉があるのだから、原種もあって当然なのだが、すでに完成形に近づいたサグラダファミリアを見て、その劣化版を想像しろ、と言われても、うまくできない。
「このサグラダファミリアで例えるなら……この、真ん中の大きなところだけあって、逆に周りの尖ったところは、生えてない。それが、サグラダファミリアの原種です」
ほぼ円錐に近い形なのだろうか。タケノコのような。
「それは、ずいぶんシンプルなんですね」
「そうなんです。食べ方も基本的には、真ん中だけ食べる、というシンプルなものでした。ただ……」
そう言って、ミリアは周りの塔を口元に持っていく。そして、小さくかじった。
「……あんまり美味しくなかったんです……味が薄いというか、なんというか」
地球でも、バナナやトウモロコシの原種は、とてもじゃないが食べられるものじゃなかったらしい。サグラダファミリアも、その例にもれずそうだったのだろう。
「それで、お爺さんは品種改良を始めたんですか……しかし、なぜわざわざ、そんな大変なことを?」
「さあ? お爺さんは、気まぐれなとこがありましたから。モルルニェの研究も独自でやって、しばらくして飽きてましたし」
モルルニェ、というのは何だったか。少し考えて、思い出して、すぐに頭から消した。
「とにかく、サグラダファミリアは時間をかけてゆっくりと改良されていきました。多分、お爺さんの人生で一番凝っていたんじゃないかな」
「それで、今の形に至ったと?」
「はい。中心の部分を、複数に枝分かれさせることにより、うま味を凝縮させることに成功し、それから別の品種の要素を掛け合わせて、調理法によって複雑な味を再現できるようにして……お爺さんは、天才でした」
そう言いながら、ミリアは塔の一部をぽきっと折ると、尾瀬にかけらを差し出した。尾瀬はそれを受け取って、口に入れる。生のサグラダファミリアは、少し青臭くて、きゅうりのような風味がする。
「でも……原種から離れすぎて、おいしく食べられる形になってからは、中心の部分はすっかり無くなってしまいました」
「……しかし、別に良いのではないですか? 美味しくなったのですから、それで」
「ですよね、私もそう言ったんです。そしたら、お爺さんは寂しそうに笑ってました」
まるで、そこにお爺さんが居るように、ミリアは空を見上げる。
「それで、こういったんです。『私は、改変したいんじゃない、改良したいんだ』って」
改変と改良。ほとんど同じで、でも少し違う。
「最初は、良く分かりませんでした。でも、ある時原種のサグラダファミリアを見て、今のサグラダファミリアと比べてみて、思ったんです。これはサグラダファミリア、なんだろうか、と」
「……なるほど」
テセウスの船に近いだろう。
船の床板が腐ったから新しくして、帆の劣化を直して……そうして船を形成するすべてを新しい材料にしてしまったら、その船を前の船と同じと言えるか、という問題だ。
「ただ、そんなことを気にするのは、お爺さんくらいで。私はもちろん、サグラダファミリアを食べるみんなにとっては、原種があることさえ、ただのトリビアでしかなかったんです」
そう言って、ミリアは笑う。まるでお爺さんが憑りついたかのような、寂しい笑顔だった。
「そして、お爺さんは中心部分を取り戻すために、改良を続けました。しかし、運が悪いことに、道の途中で死んでしまって……」
「では、ミリアさんがこのサグラダファミリアを育てているのは」
「ええ、お爺さんの意思を引き継ぎたい……そんな気持ちからでした」
ミリアは膝に置いていたサグラダファミリアをぎゅうっと抱え込む。まるで、赤子のように、いや、ミリアにとってはこれは、赤子と同等の価値があるのだろう。
「つまり、このサグラダファミリアは……」
「そう、お爺さんがたどり着けなかった、原種の部分。それが、ようやく実ったんです」
「それは、めでたい事、ですね」
口でお祝いしながら、尾瀬は頭で別のことを考えていた。ミリアにとって、不足していた要素が、イエスの塔の部分を指すのならば。現実のあのサグラダファミリアも同じように完成してしまって、収穫されてしまう可能性が高い。
「ちなみに……ミリアさんは、どうやって品種改良を行っているんです?」
「ええっと……詳しいことは秘密、ですが……お手伝いしてくれているお礼として、大雑把に少し教えますと……方法として、手を触れてやる方法と、手を触れずにやる方法がありまして、私は後者を使っています。前者は、あなた方がやってくれているやり方ですね」
「それは、すごいですね」
「お爺さんの受け売りですから、大したことはしてません」
今度は照れくさそうに、ミリアは口角を上げた。それからしばらく、御厨が収穫している姿を、二人で見つめていた。
ミリアにとっての、到達点にたどり着いたサグラダファミリアが、かごの中にうずたかく積まれていく。
尾瀬は、想像をしていた。サグラダファミリアが完成した瞬間、サグラダファミリアと同じくらいの大きさの手が、ぬうっと現れて、サグラダファミリアを取ってしまう場面を。
いくらカバーストーリーを重ねても、どうにもならなさそうな規模感に、くらりと眩暈がする。
「あの、オゼさん」
急に名前を呼ばれて、尾瀬は小さく息を吸って「はい」とかすれた返事をする。
「あの、実は話したいことって、このことじゃないんです」
「ああ、そうなんですか……では、一体?」
「あの、お爺さんの作った、サグラダファミリアですけど」
どきり、と心臓が跳ねる。
ほどまで考えていたことが、ついに現実になってしまうのか。背骨を這うように、不安が脳へ届いた。
「もし……よろしければ……皆さんに差し上げたいのです」
声が出なかった。青い空を横切る鳥の、かすかな鳴き声がすぐに遠ざかっていく。
「……はい?」
ようやく出てきた声は、弱い息で吹いたホイッスルのように情けない声色だった。
「……人間さんは、本当にすごいですよね。私のところでは、人間さんの改良法は、時代遅れと言われるやり方でした」
ミリアの言う「手を加えない改良法」がどういったものか分からないから、何とも言えないが、もし電話とテレパシー、二つの通信方法があったとしたら、きっと電話を使う人間は時代遅れと言われるだろう。
「でも、人間さんは休まなかった。少しずつでも、中心を構築するアプローチで、着々と、中心を形成していって」
「それは、どうも」
尾瀬は何もサグラダファミリアの建設に携わっていないが、一応お礼は言っておく。
「しかも、休むことなく、勤勉に。私、感動してしまって……あんな小さな体で、お爺さんの遺したものを、丁寧に改良してくれるなんて」
だから、と言って、ミリアは立ち上がって、サグラダファミリアを天に掲げる。
「ぜひ、あのサグラダファミリアは人間さんに食べてほしい。そう思ったんです」
「……ええと、良いんですか、そんな」
と言ってから、すぐに、心の中で「馬鹿か」と自分を罵る。ミリアの言っていることはつまり、所有権の譲渡。それは、先ほどまで考えていた収穫インシデントの発生が無くなるということだ。願ってもないことだ。これで、イエスの塔が完成しても、中央入り口が完成して、サグラダファミリアが完全に完成しても、ミリアを説得する必要が無くなる、絶好の提案なのだ。
しかし、なぜだろう。ミリアの話を聞いていた尾瀬は、自然と確認の問いかけをしていた。
「いいんですよ」
そう言って、ミリアは少し申し訳なさそうに笑う。
「というのも、ですね。もっと現実的な話をすると……あなた方の育ててくれたサグラダファミリアがすっかり流通に乗ったせいで、その……あのサイズのサグラダファミリアを求める人が、まったくいないんですよ……ほら、そもそもあれを収穫するのすら、一苦労ですから」
言われてみれば、ミリアもお爺さんも、体の大きさは尾瀬たちと同じだ。尾瀬の想像していたような、サグラダファミリアの大きさと同じくらいの手が収穫する、なんて、そんなことができるわけない。
「ふふ、つまり……厄介払いと言うわけ、です。ごめんなさい。それでも良ければ、どうぞもらってください」
そう言って、ミリアは手をすっと差し出す。初めて尾瀬と出会った時に、尾瀬がついしてしまった握手の動作は、すっかりミリアの体に染みついていて、時間の経過を感じさせられる。
「そう、おっしゃるのでしたら……ええ、ぜひ」
そう言って、尾瀬はミリアの手を握る。冷たい。
「おお~い、尾瀬さん、ミリアさ~ん、全部取れましたけど、どうします~? 中心のとこが生えてるのと、生えてないのと分けときました~」
御厨がスコップを振りながら、こちらに大きな声で問いかけてくる。
「ありがとう、ミクリ、ヤ、さん! どっちも半分ほど、頂きますね!」
そう言って、ミリアは尾瀬の手を離して、サグラダファミリアの積もったかごへと走っていった。
その後、ミリアはかごの中のサグラダファミリアをいくつかチェックして、二つのかごに積み上げた。
「じゃあ、今回はこれくらい頂きます。中心部分が生えたサグラダファミリアを、いつか100パーセント作れるように、お互い頑張りましょうね!」
そう言って、ミリアは二人に手を振ると、すう、と陽炎のように風景に溶けて、消えていった。
尾瀬は、震える指で胸ポケットの記録装置を停止させると、がくん、と膝をついた。
「うわっ、ど、どうしました、尾瀬さん! ま、まさか、サグラダファミリア、もう、収穫されちゃうんですかっ?!」
御厨はおろおろと尾瀬の周りを歩いて、尾瀬を見る。が、心配をよそに、尾瀬は勝手に持ち上がった頬が作った笑顔で、御厨を見て、呟く。
「いやあ……人間、こつこつやってくもの、だよなあ……」
***
「こんにちは、オゼさん! また今日も受け取りに来ましたよ!」
「ああ、ミリアさん。どうも」
「そういえば、昨日のあれ、見ましたよ! すっごい人間の数でしたね!」
「ああ、そうですね……そりゃあ、記念となる日ですから」
「中から光らせて、すごいおいしそうに見えましたよ」
「……そう思ってくれたなら、何よりです」
「あ、でも……あの火は、なんです? 新しい調理法、ですか? すっごい煙が出てましたけど」
「えっと、はい、まあ、そんなもんですよ」
「研究熱心ですね……あ、あと、あの……光を浮かばせてた、あれ……あれって、ひょっとして……」
「ああ、気づきましたか、あれは……」
「新しい、肥料の与え方ですか? でも、あまり効果はなさそうでしたが……」
「……まあ、積もる話は、後でしましょう。もうすぐ終わりますから、あの軒下で、待っていてください」
「ふふ、今日のサグラダファミリアの出来が、とても楽しみです」



