着帽
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「SCP-████-JP-1、いや、福路弐条さん。お知らせがあります。」

収容室のドアを開けて国都さんが現れる。あの日話した時からずっと暗い表情だったけど、今日はいつもより真剣な目で見つめてくる。なんだろう。収容室の移動かな?それとも、何かもっと危険な何かが私の中に……?無駄に勘ぐってしまう。覚悟を決めてはい、と返事をした。

「あなたの捜索能力について研究を重ねてきた結果、SCP-████-JPとの関連性が確認されず、危険性も確認されませんでした。それにより、あなたのその異常性を財団のため有用に扱うため、あなたを財団で雇用することが先日決定されました。」

暗い表情から出てきた言葉は、とても嬉しいものだった。私が、雇用される?

「先日行われた財団服従度調査テストにおいてもかなりの好成績を記録しましたし、非常に友好的な態度も鑑みられた結果です。さあ、いきましょう。」

そっと手が伸ばされる。静かに握り返す。久しぶりの手の感触を、肉球でしっかりと味わいながら、私は収容室の外へ出た。

出たからといってすぐに仕事が出来るわけではなかった。レクリエーションや身体調査、知能テストなどいろいろな過程を経て、ようやく職員として認められたのは、出てから1週間後のことだった。

「では、あなたは明日から捜索部隊ふ-96、コードネーム"Detection dogs"に隊員として配属されます。また、経過観察のため1ヶ月程度GPS付きの首輪が装着されますので、あしからず。」

廊下を二人で歩きながら国都さんがつらつらつらと説明してくれる。捜索部隊と聞いて私は成程な、と感じていた。まさに私の天職だ。仕事内容もすぐに理解できた。するりと頭の中に入ってきたからだ。まるで、そう、思い出したかのような……。

そこまで考えて、私はふと廊下の端に置かれている箱に目が行った。手作り感あふれる縦に長い直方体の箱だった。上部分には長細い穴が開いている。そして前面には「捜索願箱」マジックペンででかでかと書かれていた。これは、なんだろう。変なものが置かれているな。そう思いながら私は自然にその箱を持ち上げ、後ろのふたから中身を確認していた。

私は、今、何をしている?なんだか、とても自然に、当たり前のようにしたこの行動に頭が混乱する。なぜだ?なぜ、私はこの箱のふたの場所を知っている?頭がずくずくと痛み始める。

「福路さん!」

はっと我に返る。少し先に行っている国都さんが声をかけてきたようだった。

「ここが、今日からあなたの部屋ですよ。早く、来てください。」

慌てて箱を置きなおし、駆けて向かう。しかし、何故だろう。何故彼女は、あんなに悲しそうなのだろう。

自室は収容室に比べれば天国だった。いや、簡素であることは変わりない。でも、机があるし、クローゼットも、ベットもきちんとある。ちゃんとした部屋だった。

「では、私からは以上です。明日から仕事に励んでくださいね。」

廊下の向こうに向きなおし立ち去っていく。やはりその背中が、とても悲しそうで、そして、とても弱弱しく見えた。見えなくなるまで見送った後、自室に戻る。とりあえず、着替えようとクローゼットを開く。中にはビニールに包まれたコート、白いシャツ、それとブーツ、替えのモノクルがそろっていた。一つ一つ順番に着替えていく。そして、コートのビニールを引きはがし、バサッと羽織る。ぴったりだった。どれもきちんとぴったりと体にあった。……少し気持ち悪いほどに。姿見に自分の姿を映す。その姿を見て、思う。足りない。

……足りない?何がだ。用意されていたのはこれだけだ。何も足りないことはない。何も、ないはずなのに。この気持ちはなんだ。心に風が透き通るような感覚に陥る。また、頭痛がやってくる。これはなんだ。なんで、こんなに辛いんだ。華々しい門出の日だろう。なのになんでこんなに寂しいんだ。この気持ちは、この感情は、この感覚は、なんだ。

結局頭痛は病まず、環境変化による体調不良だと自分に言い聞かせてベッドに入った。寝れないかと思ったが、体は疲れていたのだろうか、気が付いたら眠っていた。翌朝起きたころにはもう頭痛は引いていた。やはり、体調不良だったのだろう。安心する。……治っていない心の隙間を無視して、私は笑った。


仕事は大変だ。急にいろいろなところに行かなくちゃいけないし、緊張してうまく能力が使えないことも何度かあった。そのたびに、江切捜索部隊長に慰められるが、それも辛い。というより、捜索部隊の人たちの態度がよそよそしいのだ。私が話しかけると、対応はしてくれるのだが、どこか表情は暗く、寂しそうなのである。どうしてだろう、と考えたが、答えは結局一つに至った。やはり自分の見た目が恐ろしいのだろう。こんなオブジェクトまがいと一緒にいたくない。そう思っているのだろうと。そう考えると、とても悲しくなってきてしまう。仕事にもうまく手が付かないし、コミュニケーションは取れないしで私の心はどんどん暗くなってきてしまった。そうして1週間たつと、私は昼休みに階段の端っこで落ち込むのが日課となっていた。妙に落ち着くからだ。そうして今日も今日とて落ち込んでいたある日。

「福路さん。」

聞いたことのある声だった。声の方に向くと、一つくくりの女性、国都さんが立っていた。

「あなたはここが好きですねえ。」

微かに聞こえてきた声に疑問を感じる。私はここへ来始めてから一度も国都さんと会っていないのだが。そんな疑問を口に出す前に横に座ってくる。そして、頭をなでてきた。

「何か、悩みがあるのでしょう。私に、話してみませんか?」

その優しい声に思わず涙がぼろぼろとこぼれてしまう。激しくしゃくり上げながら、私は少しずつ少しずつ言葉を絞り出した。捜索部隊のみんながよそよそしいことについての不安や、自分が仕事についていいのかという自己嫌悪の疑問や、そんな負の感情をぼろぼろと涙と共にこぼしてしまう。全てを吐き出したあと、国都さんに言われたのは

「福路さんは、人ですよ。まぎれもない事実です。だから、大丈夫です。住めば都、でしょう?」

聞き覚えのある、あっけらかんとした声だった、とたん、走る、頭痛。思考が混線する。ぐちゃぐちゃぐちゃとかき乱される。私、私は、僕、いや、俺。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。息が乱れる。けだもののような、声をだしてしまう。誰か、誰か、この痛みを、苦しみを。

「誰か、私の、僕の、心を、埋めてください。さみしい、苦しい、冷たい、この心を、誰か、誰か。」

ぜはっ、と吐き出す息とともに感情があふれ出てくる。止まらない。国都さんが、何かを取り出す。そして、こちらに差し出してくる。

それは、くたびれた車掌帽だった。

「先日、渡し忘れていたのですよ。良かったら、もらってくれませんか。」

思わず受け取り見つめる。帽子のつばに涙が落ちる。この光景は、私は、知っている。被ってみる。ちょうどいい。心の隙間が埋められたようなちょうどよさで、そしてとても、懐かしかった。ああ、そうか。足りなかったのは、これか。

頭痛が突如消え去る。それは、まるでどこかへ飛び散っていったかのように、突然に、衝撃を残して、消えていった。よろり、と体制を崩し、片膝立ちになる。

「福路さん……。」

おずおずと国都さんが私に話しかけてくる。その声は、あの日と同じ、優しい声だった。

「懐かしいなあ。あの日、今日と同じように落ち込んでいたら、国都さん僕に収容違反って言ってきたのだ。覚えてるのだ?」

ぐっと力をいれ立ちなおす。体制が崩れた際に落ちた帽子をかぶり直し、国都さんの方へ向かう。国都さんは目をぱちくりさせて、こちらに向いていた。しかし、すぐに表情が柔らかくなる。

「……さあ、どう、でしたかね?」
「忘れたふりしても無駄なのだ。全部、全部思い出したのだ。」

その言葉を皮切りに、国都さんの表情がわずかに崩れ、涙がぽろ、と一粒こぼれ落ちた。ぐいっと服の袖で拭い、再び私の目を見つめる。

「……お帰りなさい。福路、捜索部隊長。」

そう答えた彼女の顔は、あの日と同じ、柔らかく暖かい笑顔だった。静かに、深く息を吸う。

「ただいま、なのだ。」

この一言を、しっかりと伝えるために。

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