今から再講習を行う。内容は"Dクラス職員の雇用と利用、管理の方法について"。
そんな暇は無いか、確かにな。まぁ短時間で終わるから安心しろ。メモを取る必要もない。あくまで形式的な儀式みたいなもの。だが大事な事だ。扉は塞いだな、じゃあ始めるぞ。
……我々は特殊清掃や遺品管理を担当するフロント企業に勤める会社員に過ぎないが、れっきとした財団職員だ。ならば、Dクラスと呼ばれる職員が居る事を忘れてはならない。
今更語る必要もないだろう。Dクラスが死にゆく事は財団にとって絶対に譲れない。倫理委員会なんてものがあるのに、Dクラスという制度は無くならない。財団の目的を達成するためには、絶対に犠牲が生まれるからだ。だったら、その犠牲者をなるべく人間社会にとってのクズや役立たずにして、優先的に消費しよう。
綺麗事を抜きにすれば当たり前の感覚だ。皆の輪を乱す者は消えてほしいし、足を引っ張る雑魚は嫌い。だが、何事にも『特例』というものがある。それが積み重なると、ルールは変わる。
例えば、今では当然だと思える「Dクラスに対する実験に必要最低限な技術指導の義務」、これも昔は『特例』の一つだった。Dクラスは清掃や人手のいる確認作業、急ピッチで収容施設を建設する際の作業員としてだったり、重要ではない仕事に従事させるのが基本で、危険な任務はあくまで特別な職務だった。だからこそ突然命じられ、死地に向かわされる。
だが十数年前から、発見される異常存在は増加し続け、その性質も複雑化し続けた。1時間毎に性質を変えてきたり、特定の手順を踏まないと先に進めなかったり、より気付かれないように精神を汚染してきたり。それに比例し、無駄死にするDクラスも増えた。セキュリティクリアランスの関係で詳しくは知らんが、人的資源の不足で危機的な状況に陥った事もあったらしい。
そんな中、ある職員がDクラスに対する長期の技術指導を申請し『特例』として認めさせた。
その前例が元になり、徐々に待機要員のDクラスにも訓練をさせるのがスタンダードになっていった。より効率的にDクラスを使い潰すために有用と認められた訳だ。……あのお人好しにそんな意図があったとは思えないがな。おい!まだ大丈夫そうか?よし。
……続き行くぞ。同時期に認められた『特例』としては、「Dクラス解雇の厳格化」というものがある。異常性の複雑化により、Dクラスの多様性も必要となった。女性や幼い子供、老人を消耗品という前提で特別収容プロトコルを組む必要があるものすら増えてきた。
その問題を解決するには、死刑囚なんかを雇用するだけでは絶対に足りない。財団はあの手この手でDクラスを確保した。犯罪等の来歴を持たない一般人を限定的に雇用する例も積み重なっていった。基準は引き下げられ反省の様子が見られる者や、比較的危険度の少ない職務に割り当てられるべき軽犯罪者もDクラスとして積極的に雇用された。
そうして増えていったDクラスを、定期的に記憶処理するという紋切型の制度で処理する事は難しくなり、いつの間にか簡単に解雇が出来なくなっていた。適切な記憶や身分を付与しての社会復帰。昔はそっちの方が『特例』だったのに、逆転してしまった時代もあった。悪く言えば実験動物用の人間牧場、良く言えば巨大な更生施設みたいな有様だったらしい。そこで……。ちっ、来やがったか?クソッタレ。
もう少し話したかったが限界だな。もう、堅苦しい言い回しも辞めだ。早いがまとめに入る。
色々と昔の事を喋ったが、結局今は元通りになりつつある。流石の財団サマは増え続ける異常物品のペースに追いつき始め、Dクラスを積極的に利用する事はリスクでしかないと、手のひらを返し始めた。今一度、確認しよう。
俺達は見捨てられた。全員が元Dクラスだからだ。
有事の際、俺達の救出義務はあらゆる特別収容プロトコルに含まれていない。どれが呪いのアイテムだったか知らないが、今このビルには貞子のパクリみたいな奴が我が物顔で徘徊し、そいつのせいで仲間の多くは陳腐なホラー映画みたいに狂いながらアクロバティックに自殺しやがった。俺達は閉じ込められ、無事に帰れる望みは薄いだろう。
安全な仕事だったはずだろ。今更死にたくない、怖い。
そういう気持ちも勿論ある。……結局財団も万能じゃない。今回みたいにトリガーが限定的で、事が起こってからでないと気付けない場合ってのもあるんだろう。だから俺たちが割を喰らったのは、むしろ良かったんじゃないかなって思ってる。もともと俺達は人間社会にとってのクズや役立たずのDクラス。死地に突入して情報を持ち帰る。それが仕事。
でも死ぬつもりは無い。
俺達が有用性を示せれば、何か『特例』をまた一つ積み重ねる事が出来るかもしれない。
俺達はそうして繋いできた。
『特例』は前例となって残り続ける。元Dクラスの俺達が首輪を付けられながらもフロント企業の職員として、何事も無ければ平穏に何十年も生きられたはずだったってのが良い証拠だ。財団には感謝しか感じない。ここまで生き延びさせてくれて。死ぬことでしか償えない筈の罪を、生きて償うチャンスをくれて。
……皆の言いたい事は分かる。散々見せられた、あの教育ビデオ。あれを使って俺達は洗脳されてんじゃないかって思う時もある。でも、植え付けられた忠誠心なのかもしれないが、今心にあるこの想いに素直に従っても良いんじゃないかと思ってる。どうせ死ぬのなら、かっこつけて死にたいじゃないか。
俺達も財団職員だ。暗闇の中に立ち、それと戦い、封じ込め、人々の目から遠ざけなければならない。
行くぜお前ら、思い出せ、生き延びたあの日の事を、生まれ変わったあの日の事を。
また生き残って、お人好しのあいつに文句言いに行ってやろうじゃないか、なぁ!
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収容違反記録NO.█████8 - 2023/12/12
状況: SCP-████-JPによって死亡した被害者遺族の遺品を処分する際、SCP-████-JPと同様の性質を持つ実体が再出現した。
対応: 特別収容プロトコルに基づき、処分作業を担当したフロント施設を直ちに封鎖。専門装置を装備した機動部隊が投入され、SCP-████-JPの鎮圧に成功。
付記: フロント施設の職員32名中、29名が死亡。生還した3名も深刻な精神汚染が確認されため後日終了されました。なお当フロント施設は「匡済部門」によるプログラムによって、大半が社会復帰した元Dクラス職員によって構成されていました。
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「以上が報告になります。我々の部門としては、やはり例の教育プログラムに一定の成果がある事が確認できたのが大きいのでは無いでしょうか。あの状況下で彼らは元Dクラスでありながらも、自発的にSCP-████-JPの性質把握のために動いた事が分かっています。あれは倫理委員会の正式な認可を受けたもので、洗脳や人格矯正の効果は殆どありません。あくまで本人の意思を……」
「あーあー今更俺に建前を使う必要は無いから辞めろ。お前はこの事例を使って、”Dクラスは定期的に記憶処理する方がリスクは少ない”って主張している奴らを、最後のセーフティーとして彼らは期待できるみたいな方便で一時的にでも黙らせたいんだろ。俺達の部門も、まだまだ一枚岩じゃないからなぁ。Dクラスは信用できないって声は根深い。」
「……いえ、そんな事は。私はあくまでDクラスの効率的な運用を考えているだけで。」
「ほぉ?少しは腹芸を覚えたか。まぁ分かった。今回はお前の報告書で上にあげる。ただし、倫理委員会と衝突してる過激派連中の後押しになっちまう可能性もある。そこは上手くやれよ。」
「ありがとうございます!では、失礼します。」
「ったく、朝から目を腫らした状態で来やがって。昨日泣いてたのがバレバレだ。……まぁ仕方ないか、アイツらの立場や生活のフォローアップを相当頑張ってたし。そうか、とうとう逝っちまったんだな。」
目を閉じると文句を言いながらも、こちらを信頼して笑う顔が浮かんだ。
「……なぁ、俺はお前らが死んでも泣いてやらないぞ。俺はもうただのお人好しじゃないんだ。でも、昔の俺みたいなお人好しは少しずつ増えてきたかもな。」
『匡済』とは悪を正し乱れを救うという意味である。
ただ、全てのDクラスが悪というわけではない。そして財団も善ではない。人間を実験動物のように扱っている酷い組織と言うのは、どれだけ妥当性があったとしても事実なのだ。
けれど、財団にも冷たい決断を下す際の呵責が無いわけではない。
Dクラスの社会復帰や解雇後の支援を行う部門がある。
こんな犯罪者を本当に信用するのか?
社会復帰後に問題を起こしたら、どう責任を取るつもりだ?
こんなことをしているせいで、異常存在を取り逃したら?
立場や環境で物事の視点は変わる、反発は大きいだろう。それでも、
匡済部門はDクラスと向き合い、逃げずに考え続ける。