保管物品:映像資料-1990/██/██
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[22秒間のノイズ]

壁、天井共にコンクリートで舗装された部屋が映し出される。部屋の中には8名程の黒い無地のローブを着用した集団が背を向けて座り込んでおり、部屋の大きさはおよそ12m四方であると推測される。機器は時折左右に揺れながら部屋の様子を撮影しており、集団は一言も話さずに正面の壁を凝視している。

42秒後、機器の背後から回り込むようにしてローブを着た3人が現れる。現れた人物は茶と白で縞模様のペイントを施した仮面を装着しており、仮面の意匠はヒト、あるいは大型の霊長類の頭蓋骨を模している。3人は黒い木で出来た高さ1.3m程の机を運んでおり、机の全面には複雑な風車の様な模様が彫刻されている。向かいの壁の前に机が置かれ、3人が脇に移動すると再び撮影機器を回り込むようにして暗赤色のローブを身に着けた人物が現れる。この人物は乱雑に棘が生えた角を持つ髑髏の仮面を装着しており、手には黄ばんだ包帯が巻かれた瓶を持っている。暗赤色のローブの人物[以降、便宜上"司祭"と表現]は机を挟んで集団に向き直り、芝居がかった動作で両手を掲げる。

「我等が同胞、血と肉と骨で繋がれた信徒達よ、先月に我等"血肉の鎖"の教会を異端共が襲撃した事は既に耳に入れたと思う。無知蒙昧な異端共は天上の神意も知らず、愚かにも我々を『カルトに被れたテロリスト』『退廃的思想に溺れた狂人』であると断じた。真の世の理も知らずして」

"司祭"は両手を机に叩きつけ、集団は何かを呟きだす。再び"司祭"が両手を掲げると集団は言葉を止め、"司祭"は右手を胸に当て左手を水平に掲げる。

「しかし、彼等は救われる運命にある。天上の神は世の全てを等しく平らげ、消化して全ての命を巡らせる。無論、異端とて例外では無く。事実、先月の襲撃に置いても大いなる加護を受けし同胞達が異端共の一部を咀嚼したのだ。我等が異端を咀嚼し、彼の御方は我等を咀嚼する。これぞ世の理である」

"司祭"の言葉が途切れると共に集団が拍手を行う。拍手は2分間行われ、"司祭"が瓶を掲げると同時に鳴り止む。

「信徒達よ、これは憤怒である。彼の御方に付き従いし戦士の誇り高き怒り。異国より来たりし同胞、我等が新たなる鎖が助力を約束してくれたのだ」

機器は微かに揺れながら左方向に旋回する。部屋の左隅では黒い傘を差した人物が壁にもたれ掛かっているが、傘を前に傾けている為に顔は確認できない。"司祭"が瓶を机に置いた音が響き、同時に機器は再び"司祭"を映す。

「この戦いはオジルモークが御使いより与えられた試練と同等の物であると私は考える。異端共は神から零れ落ちたる神秘を解剖し、硝子に閉じ込め悦に浸る嘲笑者。ならば我等はその嘲りに怒りを持って応えねばならない。見よ、これが我が怒り」

"司祭"が黒革の手袋を外し袖を捲ると、5cm程の多孔性の瘤に覆われた浅黒い腕が露出する。指先まで瘤に覆われた腕は微かに脈動しており、"司祭"が腕を曲げるといくつかの瘤が膨れ上がる。やがて、徐々に腕全体が赤褐色に変化する。

「新たなる鎖によって開墾され、我が黒き血は目覚めた。この私、カルキスト・████は異端共の肉を天上の神へと捧げる。そして我等はアディトゥムへの轍を進む。さぁ、血と肉と骨で繋がれた信徒達よ、命を貪り力を蓄え怒りによって勝利を為すのだ」

拍手を続ける集団を手で制した後、"司祭"が機器を指差す。機器が持ち上がり、先程まで映されなかった背後に振り向く。後方は2m先で壁となっており、壁際に全裸の少年と少女が縛られて並んでいる。少年の背後には鉄製の扉があり、表面には鎖と蛇が絡み合うレリーフが嵌め込まれている。機器が旋回し部屋の左隅を映すが、傘を差していた人物は姿を消している。集団が少年と少女に歩み寄る。

[以降、ノイズのみ]

添付メモ

この映像は財団によって1990/██/██にサーキック・カルトのネオ・サーカイトに分類されるコミュニティである「血の鎖」の主要施設を捜査した際に発見されたVHSテープに保存されていました。「血の鎖」は比較的小規模なコミュニティですが複数の非異常性の薬物とマインドコントロールによって攻撃性を増した構成員による被害が相次いでおり、主に██県、███県での活動が確認されていました。当捜査の時点で既に「血の鎖」の所有する2棟の施設と14名の構成員が確保され、以降主要施設を本拠地としていた構成員による誘拐、暴行等の被害が隠蔽困難である程激化した為に警察組織と財団の連携の基で調査が行われていました。

構成員の証言と警察組織の調査によって主要施設を突き止めた機動部隊が施設内に突入した際に信者達の姿は無く、礼拝堂を埋め尽くす巨大な肉塊のみが存在していました。解剖調査でこの肉塊はヒトの異常増殖した有機組織である事が判明1し、遺伝子解析の結果は12人分のDNAを示しています。肉塊の収容後、「血の鎖」の指導者であった███ ██(自称、カルキスト・████)の捜索を行った隊員は地下通路で海洋生物に類似した特徴と多孔性の瘤を持つ未特定の生物2の死骸を回収しました。回収された死骸は半ば腐敗が進んでおり、組織からはヒトと複数の未特定の種がDNAが混在して発見されています。解剖調査の結果では体内で異常発達した骨格が、脳を含む多数の臓器を貫通した事が死亡の直接的な原因であると特定されました。なお、███ ██3の家系は曾祖父の代でネオ・サーカイトとしての活動を開始した事が判明していますが活動内容は異常性を含まない儀式的殺人やカニバリズムに留まっており、当案件で確認された解剖学的変形の要因は特定されていません。

施設は2棟の建物が渡り廊下で繋がれた構造となっており、地上は礼拝堂と生活区域、地下は独房と作業室4に別れていました。独房内からは多数の血痕や人体の断片、作業室では解体途中の物を含め、██人の遺体が発見されています。
施設内の生活区域では以下の物品が発見されています。

  • 殺人や強姦を要素として含む儀式的行為、███ ██の説法等の内容が保存されたVHSテープ
  • 多数の動物の頭蓋骨を象った縞瑪瑙製の彫像
  • 各種魔術に関する書物
  • 犠牲者の皮膚や骨格を加工して作成された目的不明の器具
  • 使用済み、未使用の物を含めた多数の注射器
  • 不明な成分の液体が僅かに残された瓶(映像にて███ ██が所持していた物)

礼拝堂の上部には███ ██の書斎が存在しますが、隊員が発見した際には内部は書類や書物が散乱していました。書類は概ね███ ██が蒐集した、サーキック・カルトに関する資料5でしたが、文章の繋がりや地域・派閥毎のカテゴリに応じて並べた所広範囲に渡り抜け落ちた箇所が存在しました。また、幾つかの書類には財団の活動に関する情報が記述されており、他のサーカイトあるいは要注意団体と関連する協力者の存在が示唆されています。

書斎の奥に位置する小部屋には、何かが載せられていた痕跡を示す縞瑪瑙の台座のみが確認されています。台座の上部には真新しいインクで独特の筆跡を用いた文章が記されており、財団の解析班は古風なウラル語の要素を含む言語で記されていた事を特定、概ねの解読に成功しました。以下がその内容です。

矮小なる者の杯では[威力/権威?]は溢るるばかり。
重みに砕け、地に落ちるのみ。

「血の鎖」には活動資金源も含めて不可解な点が多く、全容解明を目的とした調査が現在も継続されています。詳細な情報は事件資料-90-665を参照して下さい。


ドラゴン3.jpg

回収された書類の一部に添付されていた写真

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