手復人躯
評価: +19+x

決議

設計と利用

「ただの怪我人を、神の計画に参画させるというのか?」

壁面の緻密な歯車が、轟々と駆動音を鳴らす。右目を義眼に取り替えた男の表情は重く、窓外の血塗れの子どもを眺めている。

「日本軍の妖怪大隊がすぐそばに迫っているのだ。我々の版図を広げなければ、聖具は早かれ遅かれ、日本人に奪われてしまうだろう。」

白いローブをまとった老人が答える。老人の半身は機械に改造されていた。

「ならば、投票で決めようではないか。」

あいにく、賛成票と反対票はちょうど同数となった。さながら機械のように、正確無比に。

ノックが慌ただしく響き渡り、東洋系の顔つきをした男が入ってくる。男の身に、全員の視線が集中する。

「神の設計に依りて鋳造され、民の要求に依りて用いられん。」


実行

手復人躯

「陳先生、この子をどうかよろしくお願いします!息子はまだ小さく、何も分かっていません。まさか洋人太君1に耳を切られ、眼を抉り出されるなんて!もう太君を信じることなんてできませんよ。どうか助けてくださいな、同じ中国人のよしみでしょう!」

「奥様。あなたのお気持ちはよく分かりますが、ひとまず落ち着いてください。あなたのお子様は、私がきっとお治しします。ですが、その前にお伝えしなければならないことがございます。」

「陳先生、私を信用してくださいな!先生の言うことには、何でも従います。私を弾除けにしても構いません。だから、この子を助けてやって!」

「冷静になってください、奥さん!率直に言いますが、あなたのお子様はたいへん酷い怪我をされています。普通の治療法では、回復は見込めないでしょう。治癒できたとしても、不具者になることは確実です。ただ……もし奥様が、お子様を神の青写真に加える人体改造することに同意されるのならば、すぐに手術を執り行うことができます。」

「同意、同意しますとも!元気なあの子に戻せるのなら、何だって言いますよ。」

「では、手術を始めます。奥様はどうか、ご退席くださいませ。」

危篤の男児を抱えながら、医師は手術室に入った。

冷却用機器に刺激されたのか、子どもは瞼を開き、目を覚ました。

「先生、ぼくを助けに来たの?」

「そうだよ。良い子だから、目を閉じててね。すぐに良くなるから。」

カチッ、カチッ。歯車が回転を始め、男児の耳管に進入する。子は新たな耳を手に入れた。

カチャ、カチャ。ガラス玉が金属のパイプに取り付けられ、眼底に嵌まる。子は新たな眼球を手に入れた。

ジーッ、ジーッ。金属片が1枚に溶接され、身体を覆っていく。子は新たな皮膚を手に入れた。

ポタッ、ポタッ。涙腺から涙が溢れ、冷たい金属の上に落ちる。子は苦痛から、涙を流した。

息子が姿を現した途端、母親はぎょっとした。

「あんたらは何をしたんだい?あんたらはこの子に、一体何をしたんだい!」


分岐

一諾千金

「とうの昔に言っただろう!常人なぞに、神の恩賜を理解できるわけがないと!これは神への冒涜であるぞ!」

男がヒステリックに叫びながら、右目の義眼を赤く、刺々しく光らせる。

「ひょっとすると、一時的に現実を飲み込めていないだけかもしれんぞ?我々が息子を救ったという事実を、彼女が認識しないわけがなかろう。」

「お前という奴は、いつまで経ってもこうだ。無知な凡人を信用して……彼らの犯した罪がどんなに深刻なものか、分かっているのか?」

「もう十分だろう!」はっきりとした力強い叫びが、ドクター・陳の口より飛び出る。「私が手術を行った以上、この件に関する全ての責任は、私が引き受ける。」

「もし、彼女が日本人に密告したら、我々はどうすれば良いのだ?」

「私を戦闘兵器に作り変えれば良いさ。敵が来るならば、私が相手してやろう。」


受難

百鬼夜行

奴らはやってきた。

無数の妖魔が、神聖な医院に踏み込んできた。彼らは神を蔑み、医院を蹂躙した。

巨大な機械のかいなに収められた聖具は、”それ”が頑強に守っていた。”それ”は少しも怯む様子を見せなかった。

伝道師たちはずっと前に、医院から立ち去っていた。聖具さえ持ち去らずに、全ては突然の事だった。

聖具を守り抜く。これこそが”それ”に課された任務であった。

どうして聖具を守る必要があるのか、そもそも聖具とは何なのか、”それ”は一切知り得ていない。

なぜなら、”それ”は単なる機械なのだから。

そして、どんなに巧みな技術で作られた機械でも、やがては摩耗していくものである。妖魔と呪術師による、果てしない爆撃の末、”それ”は遂に崩れ落ちた。

「警告、警告: 任務失敗、休眠状態に入ります」


終幕

神虽破碎、神必完整

”それ”の任務は失敗に終わった。妖魔は気の向くままに、その地を踏みにじっていった。聖具も何処かへと消えてしまった。

”それ”にはもう、存在意義が無くなってしまった。

「ガチャン。」金属のかち合う音が、朗然と響き渡る。

「先生、ずいぶんと様変わりされましたね……でも、一目であなたと分かりましたよ!救ってくださり、ありがとうございました。……ですが、申し訳ありません。母さんは、先生たちを受け入れることが出来ませんでした。でも、僕は心からあなた方を尊敬しています!本当に、本当にありがとうございました!」

男児の義眼が回転し、機械の身体に視線を落とす。

その瞬間、冷え切った歯車が、再び律動を開始した。

彼の目は、ひとつの未来を見出していた:

神虽破碎、神必完整。
神は壊れてしまわれたが、必ずや御身体を取り戻すだろう。

特に指定がない限り、このサイトのすべてのコンテンツはクリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス の元で利用可能です。