拒否されたプレゼント
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スーツを着た男が席につく。

「よし、それじゃあ話してくれるかな」

自白剤を投入された青年が、ゆっくりと語り始める。

「6年前の夏、自転車でちょっと遠出していたときのことでした。何かの、巨大な施設の廃墟を見つけたんです。当時の私はそのどことなく漂うかっこよさに興奮して、何も考えずに入口らしきところから中に入りました。今思えばかなり危ない行為でしたね。
中は外観からは想像できないくらい狭く、あるものと言えば学習部屋のようなものが1つだけ、ポツンと。ドアが3つありましたが、どれもまったく開かないので諦めて部屋を調べることにしました。
棚には小学生用の教科書と思わしき書籍がみっちりと並んでいました。不思議と1つも棚から動かせなかったです。床には組みかけのブロックが散乱していました。そして机に、このノートが置いてあったんです。」
「で、君はそれを持って帰ったと。」
「はい、なんとなくかっこよかったので。」
「なるほど。こいつの異常性に気づいたのはいつ頃だ?どのように知った?何をした?」
「あの後自分の日記帳を無くしたので、あれを代用していたんです。それで、運動会の前日になって翌日の天気が雷雨になるというのを偶然知ったんです。何となく『晴れて欲しいな』という思いをその日の夜に書きました。」
「そしたら見事に晴れた、と」
「びっくりしました。何でいきなり晴れたのかとテレビで散々議論されていたのを憶えています。」
「確認を」

男に指示された助手は、持っていたファイルの一説に目を通した。

「はい、同日付に彼の家付近を中心として放射状に高ヒューム値の伝播が発生していました。記録には調査を行ったとあります」
「解った。続きを話してくれ」

促された青年は再び話し始める。

「あの日以降よく解らない人に時々見られてたんですけど、あなた方だったのか。何となくいやな予感がしたので、ノートは誰にも見つからないよう隠しました。ほとぼりが冷めた頃に、旅行先でこのノートを何度か試しました。あれは人生最高の日だったと思います。自分が魔法使いになったような、そんな気分でした」
「しかしながら、君によるノートへの書き込みがほとんど見受けられない。何回も使ったんじゃないのか?」

男は懐から何枚かの写真を出し、青年に見せる。いずれも白紙のノートのページだった。

「それっきり何も書き込まなかったんです。仮に再利用できないものだったときのことを考えて。余程のことがない限り使わないように、もっと大切な何かのために使えるように。」
「ふうん、例えば?」
「地球温暖化、戦争、ゴミ問題、他にもたくさんあります。地球上に蔓延る沢山の問題を全部解決したかったんです。」
「ふむ、立派なものだ。その考えに関してはまぁ賞賛するよ。ただ、君一人でそんなことをやれると本気で信じていたのか?」
「仮にこの使命を誰かに託すとして、いったい誰に託せるのか、考えてみたんです。友人、親、学校、国、国連……誰にもできない。誰も信じない。信じたところで化け物扱いされるのは僕だし、大げさかもしれないけど……多分このノートをめぐって大きな戦争とかも起きるはずです。今まさにあなた方に狙われてるんですけどね。」

青年は深いため息をつき、麦茶の水面が微かに揺れた。

「君に危害を加えないということは全面的に保証しよう。ただ話を聞きたいだけだ。」
「結局自分一人でこの世界を変えることにしました。」
「若気の至りにしてはやりすぎだな。」
「もちろん、ガキ一人の判断で平和な世界が作れるとは思いませんでしたよ。知識も経験も、何もかもが足りない。だから学びました。哲学、宗教、経済、化学、生物、あらゆる分野を学び続け、何を変えるべきなのか、何を消すべきなのか、必死に考えました。何時の日か、必ず世界を救うと信じて──」
「……随分と頑張ったんだな。凄いじゃないか。」

男は青年を見つめ直し、青年も男を見つめ返した。

「……そして昨日」
「はい。やりました。」
「何を書いた?それで決めよう」
「太陽の寿命を無くして、ずっと輝き続けるようにしました」
燃える目で男を見つめながら、青年は答えた。


「……とまあ、だいたいこんな感じだ」

かつて青年だった、白衣を着た男が話し終えた。

「それが先輩の入団のきっかけなんですか。結局、ノートはその後どうなったんですか?」
「Anomalous送りさ。最大で半径20000km内の範囲に1.3Hmを押し付けるというものだったらしい。まあ、太陽なんかに届くわけがないわな。一時期Thaumielオブジェクトとして登録されそうだったんだが、結局出力不足で何の役にも立たないらしい。っと、お前はThaumielクラスのこと知ってるはずだよな?」
「はい、ついこの前セキュリティクリアランス4をいただきました。」
「そうだったな。」
「……でも、そのノートを、普通に世のため人のために使うのはだめなんですかね。」
「解りきったことを聞くな。それはあまりにも財団の方針から外れすぎている。まぁなんだ。世界を守るために戦い続けた幼き頃の俺の努力も、結局は無駄だったということだ。

そろそろ休憩時間が終わるな。」

二人は歩き出し、オフィスに戻った。
ここは財団。彼が望んだ、世界を守る場所。

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