SCP-073記録より引用: (SCP-073は)映像記憶を公言しており、1分半めくるだけで800ページの辞書の一言一句まで覚えていました。
一万六百五十三年三週間七日四時間三分前、カインは弟を殺した。
カインにはなぜ自分がそうしたのか、どのようにアベルの血が石から彼の死体へ滑り落ち、どのように母の遠い悲嘆を聞き、アダム・エル・アセムが息子の死を悼んだときどのように山が崩れ空がひび割れたか、それらを忘れるような贅沢はできなかった──彼はその全てを見た。
記憶せよ
その時カインは既に去り、彼の呪いは周囲の土を殺し、彼の知る全てから彼を追いやった。弟と家とを失ったことを嘆くだけでは不十分だとでもいうかのように、それ は恐ろしい炎の栄光の中に現れた。しかしそれがあるべき所に消える前に話したのはたった一言だけだった。
ノドの地へ向かう途中で、彼は考えた。これは呪いなのだろうか? だとすれば、それは無意味だ。主がそれを終わらせるまで、彼は決してこれを忘れないだろう。
記憶せよ
彼は自分のしたことを覚えていた。弟殺しの記憶は決して消えなかった。永く、恐ろしい経験も素晴らしい経験も無限に積み上げられたが、何であれ石へ滴り落ちる血こそが常に彼の瞼の裏に最初に浮かぶものだった。
彼はそれを終わらせる方法を必死に探して、しばらくの間ノドの地を離れた。彼はダエーバイトの人々と対話し、エリケシュの神秘主義者たちに懇願し、さらにはアダムの息子を呪い唾を吐いたイェレンの残党を探し求めさえした。
かつて彼は遠く西へ、ダエーバイトの帝国を過ぎ、夜の子供達の森を越えて、最初の女性であるリリット・バット・アシェラを女神として崇拝する遥かな土地へと旅した。彼らは全能の神の加護を失ったという点で同類だった。あるいは、彼女は彼を助けられたのかもしれない。
彼女は彼を嘲った。彼を蔑んだ。彼らは二人とも主によって追放されたが、それによって永遠に苦しんだのは一人だけだった。
「なぜこうなったのか、お分かりかしら?」召使が信者からの供物を運ぶ間、彼女は絹の枕の真ん中に横たわって彼に尋ねた。「私はそれを、私自身のためではなく大義のためにやったの。自分で選んだルール以外のどんなルールであろうと、従って生きなければいけない道理なんて誰にもないわ。」
「それに引き換え、あなたは? あなたは嫉妬深い怒りから兄弟を殺した。そこに賭ける誇りなどなかった。あなたは生と死の問題において本気でそうしたわけじゃなく、ただ純粋にあなた自身の自己中心的な利益のためにしたのよ。あなたは呪われて、そのままであるべきだわ。」
カインは彼女を攻撃したかったし、殺したかった。呪いによる反射がある以上、彼女が身を守るために手を上げることはできないだろう。しかし彼は彼女がバラバラに引き裂かれながらただ座って笑い、彼女が正しいと知って墓に行くだろうとわかっていた。
記憶せよ
誰も彼を助けられなかった。どんな時も広がる血濡れの石の記憶から、彼を救えるものは誰一人いなかった。
記憶せよ
彼はさらに進んだ。軍隊を丸ごと消すのに十分なほどの忘れ薬を飲んだ。忘れられた槍を彼の頭蓋骨に叩き込もうとした。彼はまた蛇の暗黒の兄弟を見つけ、忘却の口の中へ喜んで跳び込もうとさえした。
それらのどれも、何の意味も為さなかった。忘れ薬は想像を絶する苦痛の末に何の喪失も起こさずに過ぎ去り、忘れられた槍は頭蓋骨に何の傷もつけられずに跳ね返り、蛇は七年七ヶ月七日後に何の成果も見せずに彼を吐き出した。
彼は闇の中で七年間を過ごし、百体の腐った死体に埋もれた。空気は無く、カインはずっと窒息させられた。彼はそのすべての瞬間、永遠に繰り返される目覚め、自分が自由になったのかもしれないという希望の一瞬、そしてまた喉が詰まるもはや馴染みとなった感触の直前の、圧倒的な絶望と認識を覚えていた。
呪いは彼に死を許しはしなかった──いや、それは殺人者には簡単過ぎたのだろう。
記憶せよ
その全ての中で最も残酷だったことは、常に息苦しさの中にあった七年間の中で、彼が弟の血でぬめる手の中の石の感触を忘れたことが一度もなかったということだった。
その時初めて彼はガーディアンの真に意味するものを悟った。
記憶せよ
それ以降、彼は試みをやめてしまった。むしろ、なぜわざわざそんなことをするだろうか? それは彼にもっと痛みをもたらすだけだろうに。
記憶せよ
彼は弟の記憶から逃れることができなかった。
記憶せよ
あの石が、血に濡れて─
記憶せよ
「カイン? どうしたの?」
レオラは、カインの意識が現実に戻り、クイーンを6マス進めて彼女のポーンを倒すのを見た。「チェック。」
レオラは捕まえていたピースを光に戻しながら、ふくれっ面のフリをした。このような形で彼女の能力の練習ができたのは、たぶん良いことだろう。確かに、何かあればすぐにでも彼女を捕らえられるようコーナーには無愛想な警備員が常に待機していたが、それでもカインと遊ぶのはいつも楽しいものだった。
たとえいつも彼が勝ったとしても。
「もうちょっとで出し抜けると思ったのに」彼女はキングを2マス戻しながら言った。
「これよりはうまくやらないといけないでしょうね、」とカインは言った。彼はルークを2マス進めて、再びキングを追い詰めた。「チェック。少し考え事をしていただけです。」
「あら、何について?」
ほんの一瞬、彼の顔からいつもの楽しげな笑顔が滑り落ち、別の何かに置き換わった。とても古く、疲れていて、多くの後悔を成した何か。
そしてまたすぐさま、それは消えてしまった。
「特には、何も。」
« REMEMBER | The Choices We Make »