クレジット
タイトル: 來者日以疎 去者日以親
著者: CAT EYES
作成年: 2023
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「お久しぶりです、蠣灰谷さん。」
午後2時を少し過ぎた頃、少し遅めの昼食を取るために食堂を訪れたサイト-8191の納棺師、蠣灰谷 直胤かきばや なおつぐ は背後から声をかけられた。その声にはどこか聞き覚えがあった。
「貴女は確か、土屋さんでしたね。昨年お会いして以来ですか。お元気そうでなによりです。」
「はい、蠣灰谷さんもお変わりないようで。しかし、わたしのこと覚えてくださったんですね。蠣灰谷さんお忙しいですから、流石に忘れているかと思いました。」
「人の名前と顔を覚えるのが数少ない取り柄ですから。もちろんお兄様のことも覚えていますよ。」
「そうですか、ありがとうございます。昨年は、兄が本当にお世話になりました。」
話しかけてきた女性、土屋 有栖つちや ありすは蠣灰谷に対して深々と頭を下げた。人もまばらになった食堂で、線香の匂いをまとった中年男性と20歳になったばかりの若者という構図は財団においては決して珍しいものではないが、蠣灰谷にとっては少し気恥ずかしく思うところがあった。
蠣灰谷に促され、有栖はようやく顔を上げる。そこで蠣灰谷は、エージェントであることを示す職員証が有栖の首にかかっていることに気が付いた。
「そういえば、今日は新人エージェントに向けたオリエンテーションが行われる日でしたね。採用おめでとうございます。」
「え、ああ、この職員証……はい、ありがとうございます。憧れだったのでとても嬉しいです。とは言っても、普段は潜入調査がメインですから、ほとんど着けることはないんですけど。」
「確かに。でも、部屋に飾っておけばいつでも見れますから。」
「あはは、それもそうですね。」
有栖の採用を祝いながら、2人は食堂のカウンターに並べられたおかずをトレイの上に乗せていく。有栖は揚げ物やローストビーフ、コッペパンを乗せていくのに対し、蠣灰谷のトレイは漬物や焼き魚がメインの和食である。そうしてあらかたトレイの上を埋めた2人は、すぐ近くの空いてるテーブル席に並んで座った。それとほぼ時を同じくして、他に新人エージェントのオリエンテーションを受けたであろう若者が続々と食堂に流れ込み、あっという間に満席になった。
「土屋さん、プリチャード学院のお友達は元気にしてますか。」
「ええ、私と同年代の友だちは皆採用が決まったんですよ。中には研究職に進んだ人もいます。」
「それは凄いですね。よっぽど熱心に勉強なさったんでしょうね。」
「異常性に曝露した彼を助けてくれた博士に憧れて頑張ったそうです。病気を治してくれたお医者さんになる、みたなものですね。」
プリチャード学院には、アノマリーによって両親を亡くした孤児や、異常性に曝露した後に無力化した子どもが多く在籍している。ほとんどはそこで教育を受け、そして財団のエージェントや研究職、フロント企業に就職していく。有栖もその一人だった。そして、彼女の兄も。
「とても微笑ましいことですね。葬祭部門に憧れる人はあまりいませんから羨ましくもあります。」
「蠣灰谷さんのお仕事も立派だと思いますよ。」
「それはどうも、ありがとうございます。でも、私たちのお世話にはできるだけならないほうが平和ですから、敬遠されることも少なくありません。悲しいことですが。」
「それはひどいですね。蠣灰谷さんは今日もお仕事ですか。」
「ええ、残念ながら。昨日軽微な収容違反がありまして、3人が犠牲に。」
「そうですか……確か、このサイトには共同慰霊碑がありましたよね。今日の講義が全部終わったら手を合わせに行ってきます。」
「ありがとうございます、きっと彼らも喜んでくれることでしょう。」
「いえいえ。昔はそんなに信心深くはなかったんですけど、兄が亡くなってからそういうことを心がけるようになりました。」
「そう言えば、来月はお兄様の一周忌でしたね。」
「はい。でも遺族はもう私しかいませんし私も友だちも忙しくなりますから、法事は簡単に済ませようかなと。」
「ええ、それでも良いでしょう。悼む気持ちは充分お兄様に伝わると思いますよ。」
土屋兄妹は今から19件前、自宅にいたところを巨大な犬型のアノマリーに襲われ、彼らの両親は犠牲になってしまった。両親が必死に庇ったおかげか、兄妹は傷一つなく保護され、アノマリーは無事収容された。その後兄妹はプリチャード学院に入学し2人とも財団職員になるための教育を受けた。その後、有栖の兄である土屋 匡哲つちや まさあきは3年前、有栖と同じくエージェントとして採用された。彼はとても仕事熱心で、優秀なエージェントだったと聞いている。蠣灰谷は実際に生きた彼の顔を見たことはなかったが、写真でも彼が真面目な性格であるということはひしひしと伝わってきた。
そんな彼が亡くなったのは昨年の5月、あるアノマリーの確保作戦のときだった。その作戦にはすぐ近くのサイトに在駐していた機動部隊と応援部隊、そして彼を含むエージェント総勢43名が参加した。
簡単な確保作戦のはずだった。いや、決してアノマリーを軽んじていたわけではない。入念な調査、被害規模の想定、カバーストーリーの流布、全て抜かりなく行われた。
それでもあの惨事は引き起こされた。アノマリーが確認されていない異常性を発現し、その場にいた全員が犠牲になった。幸い、追加で投入された機動部隊によって確保、収容されこの作戦は幕を閉じた。
このような事態はこの財団では珍しいことではない。気を付けていても交通事故が起きるように、どれだけ準備してもアノマリーの気まぐれ1つで簡単に死人が出る。そんな環境なのだ。
そしてだからこそ、葬祭部門が暇になることはほとんどない。この財団では、毎日のように人が死ぬ。確保作戦だけではない。収容違反、実験時のインシデント、その他非異常の病気や自殺、過労死、エトセトラ。様々な死体が葬祭部門のもとへ運ばれてくる。
一日の平均死亡者は日本では3,000~4,000人、世界では150,000~160,000人と言われているが、それらは世界各地に分散しているため一箇所の斎場が業務過多になることはそうそうない。多くても一日に5人担当するかしないかだろう。
しかし、時に財団では一日に100人以上死亡し、その葬祭業務が近くのサイトの葬祭部門に一任されることがある。悲しいことだが、一年に一回はそのような事案が発生する。昨年は、岩手県と兵庫県の2箇所のサイトで収容違反が発生し、それぞれで100人と300人以上の職員が死亡した。兵庫県のサイトのほうは全員分の葬祭業務が終了するのに2週間以上かかったという話を聞いた。
その代わり、葬祭部門は異常性を持つ死体の葬祭はほとんど手がけることがない。そのような死体はほとんどは長期冷凍保管庫に収容されるか、焼却処分される。そのため葬祭部門職員が異常性によって死亡する事例は滅多に発生しない。死体が異常性を発現し死亡する事案ももちろんあるが、他の研究部門と比べたら九牛の一毛ほどしかない。葬祭部門が『最も平和で、最も忙しい部門』と呼ばれている所以である。
「しかし、お兄様は幸せ者ですね。こんなに家族思いの妹さんがいて。」
「褒めても何も出ませんよ蠣灰谷さん。でも、兄は本当に幸せ者ですよ。あの作戦でほとんど死体は残らなかったと聞いていたましたけど、兄は五体満足で帰ってきてくれたんですから。おかげで、兄の安らかな顔を見てあの世に送ることができました。それにこれも……」
そう言って有栖は、職員証とともに首にかかっているハート型を模したネックレスを手に取った。そのネックレスは窓から差し込む昼下がりの光を浴びて淡く輝いていた。
「私が作ったソウルジュエリーですね。ちゃんと手入れされているようで嬉しいです。」
「当然です。蠣灰谷さんに頂いた大事なものですし、それにこの中には兄の遺灰が入っていますから。」
ソウルジュエリー。故人の遺骨や遺灰、毛髪などを収めアクセサリーとして身につける装飾品で、手元供養の一種である。本来遺骨は墓に納めるのが慣習となっているが、最近は身近に置いて管理する人も増えている。法律違反を心配する人もいるが、「認可された墓地以外に埋葬すること」は違反でも「自宅や仏壇で安置する」ことは違反ではない。そのため、墓が無かったり遠い人が特に手元供養を選ぶことが多い。
財団でも手元供養を望み、葬祭部門に相談してくる人はそれなりにいる。遠方に出張したり、異動が多く好きなタイミングで墓参りできないというのも一因だが、お守りのような安心感が得られることも大きい。有栖もそのうちの1人だった。
そして手元供養にもいくつか種類がある。装飾品の他にも、手の平サイズの骨壺や壁掛けタイプの仏壇、ぬいぐるみや花器に納めてインテリアとして飾る人もいれば、遺灰をダイヤモンドや真珠などに加工して装飾品にする方法もある。
その中でも蠣灰谷がソウルジュエリーを選んで遺族に渡すのは、任務中も気兼ねなく身につけられ、そして何より、蠣灰谷自身がアクセサリーを作るのが好きだからである。
「これを身につけてると、兄と一緒に財団の役に立ててるって気がして頑張れるんです。エージェントになることができたのもこれのおかげと言っても過言じゃありません。」
「そうですか、そう言ってもらえると作った甲斐があります。きっとお兄様も喜んでいることでしょう。」
「ええ、きっと。」
そんな話をしていると、食堂内に14時45分を告げる予鈴が鳴り響いた。それを聞いて新人エージェントたちは次々と席を立ちトレイを片付けに行く。
「この後もオリエンテーションですか?」
「ええ、次は道具一式の支給と使用方法の講義だそうです。ほんと、覚えることが多くて大変ですよ。」
「1年もしたら慣れますよ。頑張ってください。」
「ありがとうございます、頑張ります。じゃあ、私もそろそろ行かないと。」
「随分としんみりとした話ばかりしてしまいましたね。次また機会があれば、もっと楽しいお話をしましょう。貴女のエージェントとしての活躍とか。」
「ええ、いっぱい土産話を用意しておきますね。それでは、失礼します。」
そう言うと有栖は、いつの間にか空になったトレイを持って席を立ち、他の同期に混ざって食堂を出ていった。自分の倍以上もおかずをトレイに乗せていたのによく食べるもんだ、やっぱり若いというのは良いなと思いながら、蠣灰谷はきゅうりの浅漬けを口に運びゆっくり咀嚼した。
まだ、時間はある。
火葬が終わるまでの約1時間、数少ない休憩時間の合間に食事を終えた蠣灰谷は遺体安置室でお骨上げの準備に取り掛かり始めた。本来、ここは葬式や火葬が執り行われるまで遺体を安置しておくための部屋だが、葬祭部門では業務の効率化のために火葬の設備もセットになっている。
火葬設備の制御モニターを確認し、使用していた2つの火葬炉に「完了」の文字が表示されているのを確認すると、蠣灰谷はそのうちの1つの炉を開けた。中には、肉一つ残さず焼かれた白骨が横たわっている。昼時に有栖との話題に上がった、収容違反で亡くなった職員の遺体の1つである。
蠣灰谷はその骨を1つずつ、丁寧に骨壺へ収めていく。通常ならばお骨上げは遺族や親族で行うものだが、財団には独り身の職員が少なくない。これには、雇用される際に家族が全員アノマリーに殺されてしまったり、または記憶処理により既に故人扱いになっていたり、雇用された後もその仕事の特殊さゆえに伴侶を持つことを考えられなかったり様々な要因があり、そして遺族がいない場合は葬祭部門の職員が代わりにお骨上げをし納骨する決まりになっている。葬祭部門にとって「箸でご飯を口に運ぶ回数より、骨上げ箸で骨を壺に入れる回数のほうが多い」というのはもはや当たり前のことになっている。もっと厳密に言えば、お骨上げは二人一組で行分ければならないなど細かいルールはあるのだが、常に死体が舞い込んでくる葬祭部門にそこまで人員を割く余裕はないのが現状である。
1人のお骨上げが済み骨壺に蓋をすると、すぐにもう1人のお骨上げに取り掛かる。葬祭部門に所属してから20年以上経つ蠣灰谷にとってこの作業は手慣れたものであったが、それでも同じ姿勢で黙々と行うのは中々身体に堪えるものがある。箸を置き一旦腰を上げ軽く伸びをすると腰の骨がポキポキと悲鳴をあげた。
気付けば時間はもうすぐ16時になろうとしているところだった。一時間かけて2人目の残り3分の1ほどというのはかなり速いペースである。
モニターをふと見やると、3人目の被害者の欄には「残り31分」と表示されていた。
「ゆっくりやろう。」
誰に語り掛けるでもなく、溜息とともに蠣灰谷はそう呟き、再び箸を手に取った。
まだ、時間はある。
今日、蠣灰谷は横浜市内のある斎場にいた。ここは財団が管理してはいるものの、基本的には一般人も利用が可能な斎場である。立ち位置としてはフロント企業に近い。しかし、財団職員やアノマリーによって殺害された一般人の葬儀の際は貸切の状態で行われ、外部への情報漏洩を抑えるようになっている。
そして今も、一昨日亡くなった研究員の葬儀が執り行われていた。遺族の意向で、通夜を行わず告別式と火葬のみを行う一日葬である。
ざっと数えただけでも遺族に親類、そして知人である財団職員を含めて約30人がこの葬儀に参加していた。30人と言えば一般社会の葬儀とほぼ同規模である。財団職員の葬儀として見れば、5人も参加すれば良いほうだと蠣灰谷は考えているため、かなり多い方だと言える。
財団に務めているとはいえ、葬儀にも同僚や上司が参加するということは実はあまり多くない。「忙しいから」と参加しない人も多いが、なにより、「職員の葬儀にいちいち参加していたら毎日葬儀に参加することになりかねないから」と考えている人がそれなりにいるのである。薄情だと思うかもしれないが、この財団で"死"というのは日常茶飯事である。「化物に食い殺された」「異次元に飛ばされて帰ってこない」「人ならざるものに置換された」「持病が悪化した」「働きすぎて過労死した」など。数え始めたらきりがない。要は、"死"というものに慣れてしまっているのだ。そんな中で職員の訃報が届いても、よほど親しい仲でなければ参加しない。オブジェクトに関する重要書類の中に埋もれ年末の大掃除で捨てられてしまうのが常なのだ。
だからこそ、1人の研究員の葬儀に30人も参加するというのは滅多にない。きっと、よほど慕われていた職員であったろうことは想像に難くない。
遺族には「故人は一般企業に勤めていた」と伝えられていたため、参加している職員も「同じ職場の同僚」ということになっている。参加していた若い研究員はこういった場に慣れていないのか、財団のことを口外しまいと、遺族への挨拶も固いものになっている。本当はもっと故人への感謝などを伝えたいのであろうことが表情からも伝わってくる。年上の研究員はそれなりに慣れているのか、定型文で挨拶を済ませていた。
あらかた参加者が揃って約20分後、僧侶が入場し、故人の父親の司会のもと式が進行される。ここから火葬が終わるまでは一般的な葬儀とさほど変わらない。僧侶の読経を聴きながら、この後の流れを頭の中で反芻する。どれだけ葬儀に慣れても、この確認だけは怠ったことはない。蠣灰谷なりのルーティンのようなものだった。
火葬まで終わり、遺族が次々と研究員の骨を箸で壺に収めていく。2人で1つの骨を拾い上げるのはやはり難しいのかそれなりに時間がかかったものの、研究員の葬儀は無事閉式した。次は約1週間後の初七日法要だが、これには蠣灰谷は出席しないためこれで彼の葬祭業務は終了である。遺族への挨拶も済ませ、蠣灰谷はサイトへ戻ることにした。
「13時前、か……」
ふと昼食を食べていないことを思い出した蠣灰谷は、サイトに連絡し緊急の業務が無いことを確認すると、数か月前に後輩が美味しいと触れ回っていた喫茶店に車を走らせた。この3日間ほぼ働きづめだったのだ、今日の昼食は少し贅沢しても誰も文句は言わないだろう。それにこの仕事を長く続けていくためには、休めるときにしっかり休むのも大事なことだ。ゆっくり食べよう。
まだ、時間はある。
昼食を食べ終わりサイトに戻ってきた蠣灰谷を出迎えたのは、同じ葬祭部門の後輩だった。
「蠣灰谷さん、お疲れ様です。ちょうど良かった、今連絡しようかと──」
「お疲れ様です。どうしましたか、だいぶ焦っているように見えますが。」
「10分ほど前、ここから約4km離れた地点で行われたアノマリー確保作戦で犠牲者で14人が犠牲になりまして。」
「14人ですか。私を待っていたということは、今回も"作る"必要があるんですね?」
「はい。3人分お願いします。」
「分かりました。ではまず犠牲者の顔写真とカルテを──」
「既にこちらに。データも蠣灰谷さんのPCに送っておきました。」
「準備が良いですね、ありがとうございます。では早速取り掛かります。」
書類を受け取った蠣灰谷はその足ですぐ遺体安置室へと向かうと、机上のPCを起動し3人分のデータを専用のソフトに入力していく。入力が完了するとモニターの被害者たちの欄に新しく「残り6時間26分」と表示され、背後にある3台の空の機械が唸りを上げ始めた。
「はあ、今日も徹夜になりそうだな……」
嘆いていても仕方がない、今度は残りの11人分の遺体の受け入れ準備を始めなければならない。安置台の清掃やドライアイスを準備しつつ、遺体が運ばれてくるのを待つことにした。
11人の遺体の搬入、遺族への連絡、清拭、死亡診断書の作成を済ませた頃には、時刻は21時を回っていた。途中何人かの同僚に手伝ってはもらったものの、流石に疲労が溜まっている。
どさっと音を立てて椅子に座り、机の上に放置された冷えたコーヒーを一口啜る。夕食をとりに行きたいところだが、もうすぐサイト内の職員食堂は閉まる時間だ。それに、まだ仕事が残っている。仕方なく夕食を諦めて重い腰を上げると、数分前まで唸りを上げていた機械のうちの1つに歩み寄り、その蓋を開けた。
中には、遺体が入っていた。正確には「遺体の複製」が。
葬祭部門は、故人の生前の顔写真や身体的特徴を元に複製を作成する技術を有している。もちろん外見だけでなく、触感や骨まで再現できる。複製した後は死に化粧を施し死装束を着せ納棺する。また、火葬後は骨が残るためこれを納骨する。通常の葬祭となんら変わりない工程だ。
この技術のことを知った人──または新人の葬祭部門職員──の中には、倫理的に問題があるのではと問うてくる人もいる。そういうときは、倫理委員会の審査許認証を見せることで大抵理解してもらえる。
命のある複製、つまりクローン人間を作り出すのは確かに非倫理的だが、遺体を作成する分には問題ない。なぜなら故人そっくりの人形を作ってるのとほぼ同義だからだ。著名人の覆面マスクや人間そっくりのロボットと変わりない。意外に思われるが、手を握り、顔を優しく撫で、そして火葬する分には気付かれない程度の複製なら比較的低予算でまかなえる。時間が6時間以上かかるのが玉に瑕だが。
もちろん葬祭業務のたびにこの機械を使うわけではない。「遺体の損傷が著しく激しい、もしくは残っていない」そして「遺族がいる」場合に限られるため、使われるのは月に1回あるかないか。今月に入ってまだ9日なのに2回も使用しているのはかなりのレアケースだ。
一昨日の収容違反では、人型オブジェクトの暴走が起因となった設備の爆発に研究員の1人が巻き込まれ、身体が粉微塵になった。オブジェクトもまたその爆発によって死亡し、長期的冷凍保管庫に収容されたと聞いている。
半年前には、海洋調査に赴いた探査チームが船とともに原因不明の失踪を遂げ、その1か月後に死亡認定された。原因については現在も調査中である。
そして一年前、Euclid級の牛型アノマリーの確保作戦で、作戦に参加した機動部隊やエージェントの合計113人全員が死亡した。予期していない異常性によってアノマリーの周囲半径50mが牛乳へと置換されオブジェクトに吸収された。その中には、有栖の兄である匡哲も含まれており、その時は20人以上の遺体を複製した。収容後の研究によって、アノマリーが特定の周波数の鳴き声を発した際に周囲が共振し、置換現象が起きることが判明した。
なぜ遺体の複製なんて面倒くさいことをするのか、と不思議に思う人も多い。
葬祭部門の任務は「亡くなった方を丁寧に弔う」ことだけでなく、もう一つ大事な仕事がある。それは「遺族との別れを後悔ないものにする」ことだ。例えば、大事な人がある日忽然と姿を消して、「あなたの大事な人は死亡したと断定されました、明日には葬祭します」と言われたら、どう思うだろうか。
財団職員の多くはそういった異常な"死"に慣れている。だから「ああ、そうですか」と受け入れられる。しかし、職員でない人はそんな簡単には割り切れない。その人が死んだ実感が湧かず、どうしても無意識に日々の端々に痕跡を探そうとしてしまう。生きている証拠も死んだ証拠も見つけられないまま何年も引きずってしまうというのはよく聞く話だ。
土屋兄妹の場合は特にそうなる可能性があった。兄の匡哲は髪一本遺さず姿を消し、そして妹の有栖は異常な死に慣れていない。プリチャード学院で育ったとはいえ、実際に経験するのとは天と地ほどの差がある。更に言えば、両親も数十年前に身体の全てが怪物の胃の中に収まっていて、有栖には兄以外の親族は他にいない。その中で有栖がエージェントとして雇用されたら?業務の中で、かすかな希望を持って匡哲さんの痕跡を探してしまうかもしれない。後悔と悲哀に満ちた人生を過ごしてしまうかもしれない。
では、記憶処理で匡哲さんの記憶を消すのか?それも確かに一つの手だったが、記憶処理は決して万能ではない。遺された記憶から些細な違和感が掘り起こされ、それが積もりに積もって消えたはずの記憶を形作ることは多々ある。その度に記憶処理していたらきりがない。また、度重なる記憶処理剤の服用は重度の記憶障害や人格変容などのリスクもあり推奨できない。そもそも、親族が亡くなった程度で記憶処理剤を処方するほど財団は優しくないのだが。
しかし、死んだ証拠があれば話は別だ。遺族は故人の死を受け入れ、そして一歩を踏み出すことができる。死んだ人間は二度と足跡を残すことはないが、遺された者は故人の遺志と共に新たな足跡を残すことができる。死者と生者を「訣別」させ、死者を「哀悼」し、生者の「前進」を手助けする、それが私たち葬祭部門の理念であり信念である。
だから葬祭部門は、戻ってこない遺体を複製する。それがどんなに大変で、非倫理的だと非難されても、遺族が故人に別れを告げられるように。蠣灰谷がソウルジュエリーを作って遺族に渡すのも、彼ができる最大の手助けだからだ。
彼らの遺志は今もなお財団と共にあることだけは忘れてはならない。それが、財団職員であった彼らに対する最大の弔意となる。
死者にはもう、時間は残されていないのだから。










