やあ、皆さん、ようこそおいでくださいました。私の名前はクロード・ルジャンドル、修理部門の副主任を務めています。今後皆さんの上司となります。以後、お見知りおきを。
では、これからこの修理部門とはどのような職務を行う部門なのかというオリエンテーションを行わせていただくわけですが、皆さんはもしかすると不思議に思っているのではないでしょうか。なぜ、自分がこの修理部門に配属されたのかと。
いま、ここにテックですとかエンジニアだとかいった方々は一人もおりません。建物とかパソコンなんかを修理する作業は我が部門の職務ではないのです。スパナやドリルなんて持ったこともない!と思った方がいたらご安心ください。……いや、ドリルは使うときもあるかな。
少し、伺います。一番前の赤い眼鏡の方、貴女の前職は。外科医。隣の方は。カウンセラー。整形外科、レントゲン科、外科。ありがとうございます。ここに集まった方は皆さん医療方面に精通された方です。今まで怪我した方や心身の病を抱えた方を多く治してきた救いの神のような方と存じます。ですが、修理部門では別のものを修理していただくこととなります。
私たちが修理を行うのはDクラス職員です。
Dクラスの職務に危険が伴うことは言うまでもありません。Dクラスは特別職務において、たいてい壊れてしまいます。完全に壊れてるならそれは焼却部門に送ればいいのですが、壊れかけのものだときちんと"修理"して使えるようにしなきゃいけません。Dクラスは大事な資源ですからね。修理部門にはそういった壊れかけが毎日わんさか担ぎ込まれてきます。腕がぐちゃぐちゃになってたり、心理的外傷で暗闇を怖がってたり、内臓だけ抜き取られてたり、壊れ方は様々です。そんな一刻も早く処置をしないといけないDクラスが日に数十は来るわけですね。毎日、馬車馬のように修理をしています。一般的な怪我でしたらまだやりやすいのですが、オブジェクトの影響により財団外では見かけないような壊れ方をしてる場合もあります。とはいえ超常疾病とかミーム災害とかそういったような異常な病理や汚染を受けてる場合は、疫学部門やミーム部門などそういう専門家が対応するので修理部門には回ってきません。
さて、ここで大事なのが私たちが行う修理は時には完全に元通りに戻すものではないということです。実験に使うモルモットとして適切に機能するのであれば問題ないのです。
例、そう先日あった実例を説明しましょう。とあるDクラスがあるエリアの探査で頭部を負傷しました。帰還に成功し一命は取り留めたものの、視覚に重篤な障害を残しました。右目は完全に失明し、左目も大きく視力を落として介助なしでは一人で歩けない有様でした。ではこのDクラスに対して修理部門はどのような処置をとったか。答えは左目を潰し全盲にする、でした。当時、視覚により影響を及ぼすオブジェクトの調査のため盲目のDクラスを要請されていました。半盲という壊れかけですと使い道はほぼありませんが、私たちの修理によって使えるものとなりました。需要、全盲のDクラスはけっこうあるんですよ。
実際、そこまでする必要があるのかとお思いかもしれません。ですがそこは私たちが判断する必要はありません。他の各種研究部門なり形式部門なりが必要としているので、私たちはそのオファーに従って修理を行うだけです。問題があるなら倫理委員会が止めることでしょう。
うん、ざっとこんなところでしょうか。では、質問時間に移りましょう。おっと、言い忘れてましたが、後ろにあるコーヒーは取りましたかね?自由に飲んで大丈夫ですよ。ああ、ベーグルは最近小麦が高いからって軽食部門が置いてくれないんです。すみません。
えと、「人を治すなら医療部門とは違うのか」って。「トラウマなら対話部門とかいうのもあると聞いた」。いい、質問ですね。的を射るような質問です。ですがそれらは人間を対象にした部門です。私たちが相手にするのはDクラス職員です。人間の形をした別物です。
財団の仕事は、一つのミスが命取りになります。Dクラスに情が湧いて、適切な判断ができなくなってしまっては大変に問題です。Dクラスはモノとして扱わなければなりません。モルモットとして扱わなければなりません。イケニエとして扱わなければなりません。考えてみてください。もし医療部門と修理部門の業務を同一人物が行う場合、たとえ同じような怪我であっても片方には人道的な処置を、もう片方には非人道的な処理を施さなければなりません。同じような人間は適切な治療を与えられているのに、Dクラスは実験用として腕を切り落とされる。痴呆同然にされる。異常な装置を埋め込まれる。皆さまは単純に割り切ることができるでしょうか。
だから財団はDクラス専門の処置部門として、この修理部門を作りました。治すのではなく直すのです。壊れかけのDクラスが嵐のようにやって来るこの職場で、精神を守り最善の仕事を行うためにはDクラスを人間と疑う余地が生まれてしまうのは避けなければいけません。修理部門と医療部門の違い、分かりましたでしょうか。一見細かすぎる部門分けに思われるかもしれませんが、そこにはちゃんと理由があります。各部門のエキスパートがエキスパートとして働けるよう財団の仕組みが出来ているのです。
まだ少し時間がありますね。他、修理部門について何か質問はありませんか?なんでもいいですよ。「じゃあ、建物とかパソコンなんかを修理するのはどの部門に聞けばいいか」って?うーんパソコンは確か技術サポート部門があったはずですが、建物は……すみません、私も全ての部門を把握しているわけではありませんから。もし知りたいのでしたら、財団内部部門部門の方に問い合わせるといいと思いますよ。