帰るべき場所
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最近、いつ頃からだったか。俺はデジャブというものを見るようになった。
何か、見たことも、聞いたこともないものが俺の頭に入ってくるというか、突然思い出されてしまうというか、そういう感じのやつが。
まぁ、こんなもんに構ってるヒマも価値もない。
俺には世界一の家族がいるんだから。
守ってやらなきゃいけないものがあるんだから。

「いってきます」

「いってらっしゃい」

「ただいま」

「おかえり」

「明日遊園地いこうよー!」

「よし!じゃあいこうか!」

「おやすみ」

こんな、当たり前の生活が、あまりにも満ち足りている。
ただ、愛おしい。


妙にリアルな夢だ。書面はぼやぼやしていて内容はよく分からなかったが俺は事務作業をしているようだった。

サイト-アレフのDクラス職員輸入計画書です。ご確認を。」

聞きなれない単語が並ぶ。SF映画の見すぎだろうか。

「ああ。分かった。確認しとく。」

何やら俺のようなものが相槌を打っている。今の俺より少し若いのが。


目が覚めた。本当に妙な夢だった。
よく分からないが、変な懐かしさみたいなのを覚えていた。
だがこれも顔を洗う頃にはスッキリ忘れている。
さあ、出かけよう。家族と。今日は休みだ。


まただ。また俺の記憶とは違う、何かしらの記憶が思い出されてくる。
まるで蘇ってくるかのような。
この遊園地、前にも来たような……。
なんでだったか……?
いつ来たのだろうか……?
何のためだったか……?
何か……仕事で重要なものを追っかけてたような……?
ボーッとしてる頭に家族の声が響く。
なんでもない。
気のせいだ。
そうに違いない。

「どうしたの?さっきからボーッとしちゃって。らしくないわよ」

「ないわよー!」

「疲れちゃってるのかな。悪い悪い。こういう時こそ疲れを吹き飛ばさないとな。何から乗る?」

「えーっとね……全部!」

「気合い入ってんなぁ。よし!その意気だ」


ここ1週間ぐらいからだろうか。
やけにデジャブを見る頻度が高くなってるように感じる。
前は週に1回か2回ぐらいだったのが、毎日1回は見るようになっている。
初めて通る道なのに、どうしてか、初めてじゃないような……。
初めて見るような建物なのに、どこか他の場所でも見たことがあるような……。
そういうのが毎日続いている。
本当に、どういうことなんだろうか。


ますます頻度が上がっている。
だんだん、他の誰かの記憶で生きているような、そんな感覚を抱くようになっていった。
自分は本当に自分なのだろうか?


一旦、自分の記憶を整理してみることにする。
俺の名前はトルポス・クローブ。32歳。ずっとサラリーマンやってて、家族構成は妻と娘一人。
いや、そんなはずは無い。
俺の名前はヴィーラ・リーサー。サイト-アレフでSCP-████-FR、SCP-███-FRの研究をしてて……。SCP-███-FRのプロトコルも確立して……。クリアランスレベルは3で……。実地に行ってSCiPを追ったこともあった……。
資金面の問題からサイト-アレフから退職金貰って解雇されて今は……?
今俺はどうして所帯を持っているんだ?
俺に家族はいなかったはずなのに?
俺の家族は偽物だったってのか?
俺の……。愛する家族は財団によって造られたものだったってのか?
俺が愛したものって一体何だったんだ?
分からない。
どんどん記憶が混ざっていく。
グルグルとかき混ぜられるような感覚。
正しい記憶がどこにあるのかすら、分からなくなっていった。
俺は一体誰なんだ?
何をして俺は人生を過ごしてきたんだ?
なにも分からない。分かろうとしてももうだめだ。
休ませてくれ。


俺の意識は消えていった。


いつの夢だったか。
俺はその続きを見ているようだった。それも、鮮明なのを。

「えっと……。このDクラスはSCP-███-FRの収容の維持に使うってことでいいんだな?」

「はい。まあ終了はしちゃいますけど致し方ないことです。いつもの事ですしね。」

Dクラス、SCP、終了……。
今はその言葉の意味全てが理解できた。
というよりできてしまった。
俺は間接的に人を殺していた。
それも、毎日のように。
ただ事務的に死が処理されていく。
俺の手で。


シーンが変わった。

「もう、闇の中で生きる必要はありません。さあ、ここでひとまずお別れです。退職金は次の、記憶処理によって生まれ変わったあなた達の口座に振り込んでおきました。光の中を生きるのです。」

これも財団の記憶。
これ以降は……。見つからない。


目が覚めた。
俺は病院とも家とも区別つかない天井を見ている。

「お目覚めですか?」

中年のオッサンが声をかけてきた。
心做しか見覚えがある。

「あんたは……?」

「それはひとまず後で。ずっと寝てて喉乾いてるでしょう。はい、お水。開けたてだから毒とか入ってないですよ。」

オッサンは俺によく見るメーカーのペットボトルの水を渡してきた。

「どうも。」

俺は夢中で飲んだ。
頭が少しづつ冴えてきた。

「さてと……。あなたの頭が冴えてきたところで、少し質問をしたいのですが、よろしいですか?」

俺はああ、はいと適当な相槌を打った。

「単刀直入に聞きます。あなた、財団のサイト-アレフで働いていた記憶があるでしょう?」

ゾクりとした。核心を突かれたような感じがした。

「……はい。あります。前はデジャブかと思っていたのですが……。いつの間にかどんどん鮮明になっていって……。俺はDクラスとかいうのを間接的にではありますが殺しまくってて……。こんなやつが……造られていたとはいえ幸せを……手にしてしまっている。俺にはそれが……耐えられない。でも守るべきものは守らなきゃいけない……。」

若干取り乱しそうになった。
だがオッサンは話を続けている。

「やはりですか。ああ。私たちのことを話すのを忘れていました。私たちはカオス・インサージェンシー。財団から見れば……反逆者と言ったとこでしょうか。さて、早い話が私たちはあなたに協力を申し出たいのです。」

提案。
迫られた決断の大きさはあまりにも大きい。
早々腹は決められるはずもない。
聞き返す。

「もし、断ったらどうなるんです?」

「いえ、特に何も言いません。私たちにあなたの今の家族、幸せを奪う権利はありません。かく言う私も元々サイト-アレフで働いていたものでして。あなたのような人はいっぱい見てきました。」


俺はただ、なにも答えることなく、どこでもない場所を見つめるばかりだった。
ただ、無音が過ぎ去るのみ。

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