サイゼリヤ█店には天使がいる!
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‪「おい。ヴェネチア人とクレタ貴族を近くの席に座らせるなって言っただろうが。」‬

‪サイゼリヤ██店の店長である高島は言った。‬

‪「そうは言っても区別がつかないですよ。」‬

‪先月入ったバイトはそうやって愚痴をこぼした。彼は見分けのつかないものはつかない、という一貫した態度を有していた。例えばこの店によくやってくる天使たちの違いである。天使たちは個性的ではあるが、たまに外見的には完全に同じ集団が現れるのだ。また別のバイトである山崎は「天使が神の物であるという都合上、階級が上になるほどそういう奴らが多いのかもな。」と説明したが、彼自身はそれにうまく納得をすることはなかった。‬

‪ここサイゼリヤ██店は──特別な位置の関係上時空間の歪みが生じている。時空間の歪みはあちこちにそのトビラをつなげることにより、さまざまな時代のイタリアから顧客を召喚することに成功していた。これは本部に知られていないことであるが、別に15世紀ごろの人間であろうが、天使たちであろうが、キリスト教の聖人であろうが、なんだってサイゼリアに来ればあの間違い探しをやって飯を食うというのは変わらない。つまりは店長にとってここの店にワームホールができたのは幸運なことだったのだ。‬

‪しかし顧客層が広がったことによりいろいろな問題が噴出したのは間違い無いだろう。彼は奥の6人の席に目をやった。先のヴェネチア人とクレタ人だ。この2つの人間の枠組みどうしは非常に仲が悪かった。これまた山崎は「クレタ人は元々東ローマ帝国の住民でヴェネチア人はそれを侵略した形になる」と言っていたから、これまたそういう事情があるのだろう。この2つはケンカをしていたが、さらに新しくやってきたジェノヴァの住民がクレタの側につき、モンテネグロの山賊がヴェネチアの側についたので争いの規模は論争を超え、わずかな暴力と怒号が加えられた。中世の人間がここまで持ったのはいいほうだろう。こないだはサイゼリヤの壁にこれでもかと飾られている絵画が人質に取られ、結果的にサイゼリヤ██店は2つの絵画を失った。‬

‪「おいどうする。あのままじゃしまいにゃ店が壊れるぞ。さっさっとやってこい。」‬

‪「わかりましたよ。店長。しっかりとお役目果たしてきますって。」‬

‪というと彼はテーブルのところまで赴いてそう言った。客が暴れている時というのは、一般的なバイトにはあまりないシチュエーションかもしれない。暴力にまでそのケンカが及んだならば、警察を呼べばいいだけだ。しかしそういうわけにもいかない。そしたら、部外者にはあまり言えないあんなことやこんなことが明らかになってしまう。‬

‪「お客様。他のお客様の迷惑となる行為はお控えください。」‬

‪しかしこちらとて無力なわけではないのだ。それは「神のお墨付き」があるからだ。そもそもこれはポータルの発生経緯にも関わってくることだが、彼が働いて1週間も経たないうちに2柱の神がこの店にやってきたのだった。‬


‪それは鳥頭と爽やかなギリシャ風好青年の組み合わせだ。彼らは他の客がそうするように正面入り口から入り、エスカルゴのオーブン焼きとアラビアータを注文した。‬

‪「トート。これの再現度は中々じゃないのかい?」‬

‪比較的人間と似た外見を持つ方がそう言った。すると鳥頭の明らかに人間ならざる頭部を持つ方がそう返す。‬

‪「及第点といったところでしょうか。現在のイタリアと比べれば同一性は高いですが、かつてのイタリアの住民がこれで満ち足りるかというと微妙なところになります。」‬

‪「なんだいトート。そこがいいんじゃないか。僕たちの前回のアイデアは同一性重視だったけれど、今回は現代ならではの個性を採用していこうじゃないか。だからこの場所はぴったりだ。」‬

‪スーツ姿の鳥人はしばしば考えるような身振りをしてこう述べた。‬

‪「それもそうですね。現代風のアレンジが加えられていていいかと思います。」‬

‪彼はそう答えを出すのに真面目に思考していたようだったが、当の話し相手は間違い探しに夢中になっていた。‬

‪「最後の間違いが見つからない。」‬

‪これは賢いトートの出番だった。トートはその鳥頭をテーブルの向こう側に伸ばして間違い探しを覗き込んだ。カボチャを手にした子供たち、華やかな祭りの風景であろうか、こういう風景はヨーロッパの神々の郷愁を誘うに違いない。‬

‪「社長。もしかして数え間違いではありませんか?」‬

‪「まさか。何回も数えたよ。この僕が数え間違いなんて…」‬

‪彼はいちいち大袈裟にリアクションをするタイプの神だった。‬

‪「なんてこった!袖の形が違うのを2回数えていたよ。困ったなあ。」‬

‪そうしている間にトートは店員呼び出しのボタンを押していた。店員が奥の方からやってくる。‬

‪「追加の注文をお伝えください…」‬

‪まだ注文をとるのに慣れていない様子の店員が来た。それに向かってヘルメスは言った。‬

‪「この店全部だ。契約をしよう!」


‪「つまりあなた方はギリシャ神話とエジプト神話の神格で企業を経営しており、サイゼリヤをサービスに使用するため契約をしにきたということでよろしいですか?」‬

‪この対応は一番神話に詳しかった山崎が行うこととなった。店長は考えることを既に放棄し、あまりにも人間離れした鳥頭を見なくて済むように店の外にタバコを吸いに行った。‬

‪彼らが渡した名刺には「トート」「ヘルメース」と書いてあった。その名前は山崎にとって知らない物ではなかったが、実際に会ってみるような対象ではなかった。いわばアイドルと実際に会った時のような感覚だろうか。山崎は大学時代、比較神話学の講義を取った事もあったので、目の前の存在がどのような神であるかよく知っていた。話し始めたのが鳥頭の方だったことに驚愕を覚えながら詳細を詰めていく。‬

‪「かいつまんで説明します。このサイゼリアの店舗は霊的なエネルギーの集中するレイラインの線上にあり、なおかつ局所的に生じた時空の歪みからイタリアの様々な時代と接触しています。この店舗のトビラを介して昔のイタリア半島からアクセスが可能です。」‬

‪「それであなた方のような方が顧客としてやってくる?」‬

‪「そうですね。問題にならない範囲でイタリアの住民とギリシャ/ローマの神々、あとはキリスト教の天使や悪魔などを想定しています。」‬

‪「それを受け入れたとしてどのようなメリットがこちらにあるでしょうか。」‬

‪「顧客の安定した提供が可能となります。時空アクセスポイントの都合上、任意の時点への出現が可能です。ですから、現実世界のお客様が少ない日には彼らを呼び込み、そうでない日は呼ばない、といったことができる訳ですね。」‬

「なるほど。しかし中世の人間を連れてくるというのは、ご都合主義では片付かない問題があるのでは?例えば言語面での問題とか。私は昔のイタリア半島でどのような言語が話されていたのか過分にして知りませんが。」

‪「その点についても問題もありません。イタリアの時代ごとに変遷する言語、そして地域の方言。それら全てに対応することをお約束いたしましょう!」‬

‪商談というべきなのかその話し合いは常にトートのペースだった。‬

‪「言語…?言語の翻訳システムがあるのですか?」‬

‪すると、鳥頭にも関わらず、その表情は明るく笑顔になった。これは随分と奇妙であった。‬

‪「ええ!トリスメギストス・トランスポーテション・トランステーションの翻訳はまさに神業ですから。今回の契約内容ですとイタリア語ヴェネト方言、ジェノヴァ方言、エミリア方言、に加えてギリシャ語、ラテン語、ロマンス語、あとはオスマン語とかもあるといいですね。この翻訳システムは口に出した瞬間から翻訳されていくので利用者様にその心構えはいりません。」‬

「中世の人間は思ったより暴力的な気もするのですが。」‬

‪「まあ確かに粗野な時代ではありましたが…それについてはお任せください。その時代の天使をこちらに配備しますので。」

‪山崎はそろそろこの話し合いを終わらせようとして最後に聞いた。‬

‪「わかりました。それではここに配備される天使についてお聞きしてもいいですか?」‬


‪「お客様。他のお客様の迷惑となる行為はお控えください。」‬

‪彼の後ろには羽が広がっていた。そのテーブルには座っていたイタリアの住民には、正教徒とローマカトリックという埋められない差があったが、やはり彼らは神の子でありその羽を見て一斉に神への想いを取り戻した。‬

‪彼は記憶の無い天使だった。トートとヘルメスが別の場所でスカウトしたのだが、それについてはまた今度お話しするとしよう…。‬

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