異常性職員によるオリエンテーション CASE:さえばハル
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「皆様、お忙しいところお集まり頂きありがとうございます。
本日は、冴場春樹博士のお子さんである冴場ハル博士による講演を行わせていただきます」

「上級職員試験を終えられた皆様にとって、本講演が実りあるものになることを祈っております」

「なお本講演は冴場ハル博士の希望により、退席自由となっております。
ご自身にとって優先度の低いものであると考えられた場合には、自由に退席していただいて結構です」

「司会は私、雨森が担当いたします。なお予定時間は60分となっております。
それでは冴場博士、よろしくお願いいたします」


……よいしょ。
みなさん、こんにちは!

…………あれ、あんまりお返事がないのです。
もういっかい、みなさん、こんにちはー!

はい、よくできました。
あいさつは大事なのです、みなさんお元気なようでなによりです。

私はさえばハル、といいます。レベル1の職員なのです。よろしくおねがいします。
今日は『主観によって左右される物事の見え方』というテーマについて、お話できればと思っているのです。

みなさんはみかんは知っていますか?
詳しくはこの図にある通りなのですが、あの黄色くて、甘くて、酸っぱい果物です。
ほっとくとすぐカビちゃう奴なのです。
前にみかんがとてもたくさん届いてしまったことがあって、どうやったら使い切れるかなー、
って考えたことがあるのですよ。

たとえば、そのままおやつにする、っていうことも出来ます。
でも、それだと飽きちゃうのです。1日に6つも7つも食べていたらご飯が食べられなくなるのですよ。

じゃあどうしよう、って私は考えたのです。
その結果、ジュースにしようと思いました。

食堂においてあるジューサーは使ったことがありますか?
あれは余計なカスをとりのぞいてくれる良いジューサーなのです。
おかげで、1日にみかんを使う量が大幅に増えたのです。

一度ジュースにしてしまえば、あとはある程度応用というものが出来るのですよ。
ゼリーを作ってもらったり、アイスバーを作ってもらったり。
瓶詰めしてしまえば、人におすそ分けも出来るのです。

しかし、おすそ分けするにもただ瓶詰めしただけでは受け取ってもらえない場合がありました。
さっき出てきたカスをちょっと混ぜると更に良い感じのおすそ分けジュースにもなったのでしばらくはそれでなんとかなります。
でもですよ。だいたい3回もおすそ分けすると、もういらないと言われてしまうのです。
そこで私は考えたのです。それっぽく高級に見えるラベルを貼ってみようと。

私はさまざまな材料のラベルを試してみました。プラスチック、布、紙、木のタグなどです。
結果からいうと、一番『ウケ』が良かったのは、この通りくしゃくしゃの和紙のものでした。
木のタグや、布は高級に見えますが高級に見えすぎました。
一般的な紙やプラスチックでは、あまり高級そうには見えず、
普段食堂などで出てくる濃縮還元ジュースと変わらないような反応でした。

たいへん嘆かわしいことなのです。
中身は同じなのに、外見だけでこうも騙されてしまうのですから。


……さて、ええと、雨森。今、何分経ったのですか?

「はい、およそ……15分ですね」

……うーん、15分でもうがらがらですねー。
でも、3人ものこってますから、よく持った方かもしれないです。

……では、雨森。この部屋の施錠をお願いします。
皆さんは、これ以降は私の許可があるまで退出は禁じます。

「かしこまりました。それでは皆様、お席を立たないようお願いいたします」

……そう慌てないでください。何も取って喰おうというわけではありません。

さて、改めまして。ようこそ、異常性職員によるオリエンテーションへ。
そしておめでとう。あなた達はこれよりBクラス職員として認定されます。
正確には、今後一ヶ月の研修を経た上で、ですが。

そう驚かないでください。
あなた方は、このある意味では異常な環境で、なお上級職員として必要な素質を示しました。

どのような素質を示したのか、気づいていない方もいるようですね。
確かに非常に些細なことですが、とても重要なことでした。

それは『偏見を持たない』ということです。
あなた達も、財団という高度な科学的研究の行われる環境において、
外見が幼い職員が、内容も、重要性も不明な講義を行っている、という状況に疑問を持ったことでしょう。
聞く価値がない、と判断し席を立つ職員も多いなか、あなた達はこの環境下の異常性を認めつつも『席を立たなかった』。
これが重要なのですよ。

我々が取り扱う無数のオブジェクトに、我々のこれまでの理屈や法則、常識が通用しないのは常です。
だからこそ我々は常に我々が立っている位置を確認する必要があるのです。
基準がないものを目の前にした時、一番最初に、そして一番最後にたったひとつ最後に残る指標が『自分自身』なのです。

我々は、常に己の立ち位置を見極めなければならない。
我々が確保し、保護し、収容すべきものが一体何なのか。
財団という組織が、暗闇の側から押し留めようとしているものたちは一体何なのか。

これを知る為には、偏見を持たないことが重要です。
偏見という眼鏡をもって物事を捉えたならば、それはあなた達にとっての『価値観』を押し付けるだけなのですよ。
たとえ相手がどのような『存在』であってもね。

これが、上級職員として学ぶべきことの第一歩です。

さて、それでは本日のオリエンテーションを始めましょう。
これより、上級職員として必要な倫理とは何かを、あなた達が学んでくれることを期待しています。
担当は私『冴場春樹』が担当します。あなた達には参照権限を付与していますので、
詳しくは後ほど、職員ファイルを参照するように。

そして、このオリエンテーション中にたびたび繰り返しますが、どうか忘れないでください。
倫理とは、自らの価値観を押し付け、その枠からはみ出たものを狂人として排除するための便利な言葉ではないのだということを。

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