企画案「テレビアニメ 爆天ニギリ スシブレード:異聞伝」
≪背景≫
本企画は「スシブレード」という語が一般社会に与える印象を操作するべく制作されるアニメーション作品、および同作品を起点とする商業プロジェクトです。ここでは特に前者の企画意図とストーリー展開を提示します。後者の詳細はカバーストーリー「ホビーアニメと玩具販売」に沿うものとします。
≪目的≫
SCP-1134-JP及び同種の異常存在と目される「闇親方」が率いる要注意団体「闇寿司」に対処する上で、寿司が回転するという事象の虚構性を高めることを主目的とします。それに伴い、「闇寿司」の影響力を効果的に制限する為に以下が留意されます。
1. 闇寿司の行動において、暴力や食への冒涜を肯定すると受け取られる演出は行わないこと
2. 寿司や人の心の繋がりを重要視するストーリーを通じ、人と寿司の尊厳を踏みにじる存在に対抗しうる心を育むこと
また、本作のターゲット層が一般の少年少女であることを考慮し、以下の点にも注意が必要です。
1. 刺激的な描写については直接的な表現を避け、抽象化して行うこと
2. 財団職員を元にしたキャラクターの描写は、モデルからは完全に乖離した形で行うこと
3. 伝統を受け継ぎ、更新し続けてきた、寿司という食文化への敬意を持つこと
以上を大まかな企画の指針とし、制作に取り組みます。
≪テーマ≫
「闇寿司」と出会ってしまった時に備え、それに抗う強さを持たねばならない。回るもの、回らないもの、全ての寿司に対する敬意を忘れないことがその第一歩たると信じる。
The SillyCat Pictures アニメーション新規事業担当 Dr.Kudo
第壱話「サルモン誕生!爆天ニギリ、へいらっしゃい!」
タカオと親友のカイは不思議な寿司屋で不思議な寿司と出会う。その名もスシブレード!今、寿司と運命が回り始める!
【寿司の約定】
汝、スシブレーダーなれば、五つの約定破るべからず
一つ、寿司は土俵にて回すべし
一つ、勝負はただ寿司二貫によって争うべし
一つ、寿司を回す刹那に万物を歓待する祝詞唱えるべし
一つ、寿司を放ちし後は両の腕大きく広げるべし
一つ、敗北と共に己の寿司を食い尽くすべし
寿司を回す者、寿司に回される者、寿司と共にあれかし
【A&B part】
時は平成、宮城県某所にその店は存在した。看板には「回転寿司 勝」とあり、中には五十がらみで板前法被に身を包んだ職人が一人、包丁を握っている。カウンターと小さな座敷。
神棚の札と並んで古いテレビが野球の中継を映している。何の変哲もない寿司屋の一軒。
そこへ、引き戸を開けて入店する者達がある。少年が二人。共にあどけない顔立ちに、何やら不安げな表情を浮かべている。店に入ってみたものの、自分たちがここにいていいものか分からないといったような。入り口付近の高所、店内を隅々まで画角に収める監視カメラが、彼らをじっと見降ろしている。と、赤いランプが点灯し、何かの機能が始動したようである。
「へいらっしゃい。……おっと。」
主人は笑みを浮かべた。
「何ですか?」
「へっ。寿司、回しに来たんだろ?」
少年の内、つばを後ろに回した帽子の少年がぱっと目を輝かせる。
「そうです」
遅れて、もう一方の赤毛の少年も声を上げる。
「俺たちに寿司の回し方を教えてください!お願いします!」
主人は割箸と湯呑を二つ用意し、動じることなく答える。
「ちょっと待ってな。今から回すための寿司を握るからよ」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
桶を取り出しつつ、主人は二人に着席を促した。
「その間に、箸ィ割っといてくれや。おっと慎重にな、綺麗に割ればその分、寿司の回転にキレが出るってもんよ。スシブレードやるにはよ、約定っつうのがあってな……」
簡単なルール説明の後、主人はふと口を噤んだ。ネタにサビを載せ、流れるような手捌きで寿司を握る。一手、二手、三手、四手、五手。見事な本手返しだ。ゲタに並んだのは、橙の美しいサーモンと、紅白鮮やかなカンパチ。
「こいつを箸で掴んで、箸の頭を思いっきり湯呑で叩きゃ、やることは終えだ。後は寿司が全てを決めるって寸法さ。と、まあこんな感じかね」
「なるほど……」
「俺にもできるかな……」
帽子の少年はどこかウズウズと、赤毛の少年はどこか恐々と、その手の中の寿司を見つめる。その様子に、主人はどこか懐かし気に目を細めたのち、励ますように声を掛けた。
「大丈夫だよ、きっとできるさ。よし、じゃあ早速勝負してもらうかな」
「もうですか?」
「すごく不安です……。」
「心配ねぇって!んじゃ、今から土俵の準備をするからちょっと待ってな」
主人は店の奥から、中心の窪んだ、材質不明の円柱を運び出した。
「これでよし、と。あとはそっちの好きなタイミングで始めて貰って構わないぜ」
少年たちは各々、自分の寿司の名を呼ぶ。
「頼むぞ、サルモン」
「頑張ろうぜ、カンパッチェ!もう大丈夫です」
「それじゃあ、構え!」
主人は土俵の横で腰を落とし、腹から声を出した。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
接地と同時に、二貫の寿司は激しく回転を開始。激しくぶつかり合う。
「ほう、二人ともなかなかいい腕じゃねえか……」
「いけ!サルモン!そこだ!」
「負けるなカンパッチェ!」
見る目の無いものが見れば、それはただ寿司が回り、衝突しているようにしか見えまい。しかし、主人の目には、拙くも機を見極めんとする橙の寿司と、見かけによらず攻め気にあふれた紅白の寿司の攻防がはっきりと捉えられている。なんということか、それは十分にスシブレードの試合として成り立っていた。だが。
「潮時か」
カンパッチェは序盤の攻めがたたり、その回転数を少しずつ落としていく。決め時を何度か逃しながら、サルモンがついに、決定打を放った。
「よし!」
「そんな、俺のカンパッチェが……」
宙を舞ったカンパッチェは、最期の回転を使って赤毛の少年の手に落ち、一度震えると、そのまま動かなくなった。
「勝負あり!勝者、タカオ、サルモン!」
「やった、俺たちやったんだなサルモン!」
タカオは天井目掛けてこぶしを突き上げた。
「クソ、畜生!」
「あ、おい!カイ!」
赤毛の少年、カイはカンパッチェを頬張り、タカオを押しのけ、店外へ駆け出していく。
咄嗟に追おうとしたタカオの肩に、主人が手を置く。
「今は一人にしてやんな」
「そうですね、わかりました」
「さて、勝者には褒美をやらねえとな」
「褒美?一体何ですか?」
「お前ぇさんには特別に、好きな寿司をあげようじゃねえか。大切な相棒になるんだ、慎重に決めんだぞ」
タカオは望外の事態に驚く。しかし一呼吸おいて、答える。
「ありがとうございます!……でも、ご遠慮させてもらいます。すいません」
「そりゃどうして」
タカオは、再びその手に握った寿司を見る。
「こいつが、サルモンが言うんです。お前と一緒に回りたいって」
今度は店主が驚く番だった。そして小さく呟く。
「そうか、お前ぇさんは寿司の声が……。しかも、サーモンとは。いや、これも寿司の導きってもんか」
「え?」
「いや、なんでもねえ。お前ぇのようなスシブレーダーは初めてだ。ここにはいつでも好きな時に来てくんな。それと、是非弟子になってくれないか」
回転寿司勝の店主の弟子になるという事。その意味も解らぬままタカオは嬉しそうに申し出を受け入れる。
「はい!ありがとうございます。よし、行くぞサルモン!」
こうして、一人のスシブレーダーが、相棒と共に道を歩み始めた。この出会いが、スシブレード界に大きな変革をもたらすことを、今はまだ誰も知らない……。
そして全てを見届けた監視カメラが静かに、機能を休止した。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【C part】
夜の闇の中を、カイは走っていた。目からあふれる涙を拭おうともせずに。負けたのだ。初めてのスシブレード勝負に。しかし、約定の元戦い抜いた彼とその相棒を、一体誰が笑おうか。誰が蔑もうか。敗者を癒すのは時の流れである。カイもやがてこの戦いを忘れ、日常と友情を取り戻していくだろう。
いや、しかし、寿司は時に気まぐれで、残酷だ。やがて走り疲れ、屈みこんでしまったカイに、闇の中から影が歩み寄った。
「弱い寿司に何の意味がある」
「だ、誰だ!」
「勝てない寿司に何の意味があるかと言ってるんだ。答えてみろ」
「俺は、俺は」
歯ぎしりするカイ。弱い寿司、勝てない寿司。カンパッチェは、それでもいい寿司だった。
「力が、欲しいか」
だが、その言葉が、少年の心をさらりと染めた。水に垂らした一滴の醤油のように、黒い誘惑が広がる。いつしか降り出した雨。闇の中、男が嗤った。
「俺の名は、闇。闇寿司の親方だ。勝つために全てを捧げるか、このまま忘却に身を委ねるか、選べ」
カイの目に、暗い炎が宿る。
「いい目だ。そんなお前には、この寿司をやろう」
タカオとサルモンの旅立ちと、時を同じくして、もう一つの出会いの瞬間が訪れた。
第弐話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
初めてのスシブレード、すっげぇ楽しかったな~。カイの奴はちょっと心配だけど、師匠は大丈夫って言ってたし。俺はこれからこいつと旅に出て、鍛えた技で勝ちまくり……っておいあんた誰だよ。財団?収容?ってサルモンを放しやがれ!
ええい、こうなったらスシブレードで勝負だ!!
次回、爆天ニギリ スシブレード:異聞伝 第弐話「サルモン収容?謎のエージェント浜倉登場!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第弐話「サルモン収容?謎のエージェント浜倉登場!」
晴れて勝寿司に弟子入りしたタカオは修行に明け暮れる!そんな彼を狙う謎の組織が……?
【アバンタイトル】
To: 浜倉 喝破 <██████@scp.fo>, 河原 大貴 <██████@scp.fo>
From: 折川 叡六 <██████@scp.fo>
Subject: 監視対象"K"について
浜倉君、河原君
お疲れ様です、折川です。
エリア022で監視中の対象"K"に変化がありました。
出入りする一般人の一人が"弟子入り"したとの情報です。
当該人物は”タカオ”と呼称され、”SB”を所持したまま店外で活動している模様。
これは”SB”回収の良い機会ではないでしょうか。
よって、ここに”SB”の回収作戦を発令します。
クラスB装備に加え、市販の保冷バッグを支給。
詳細は関連ファイルを確認してください。
追記: 仮発番が承認されました。今回の報告書から使用可能です。
折川
黒スーツを着込んだ怪しげな男が、二人並んで歩いていた。日本某所のとある秘密組織の研究施設内。指令書を受け取ったところである。
「おや、オルセン博士からですね。何々……」
「先輩もそのあだ名で呼ぶんすね……ああ、例の寿司を回す寿司屋っすか」
「というと、ベルトコンベアに寿司を載せるあれですか?」
「違うっすよ。あれ、浜倉先輩知らないんすか。まあいいや、資料を読みましょう」
空いていた作戦会議室で資料を広げ、浜倉と河原は任務内容を確認する。
「寿司を……回す?割りばし?湯呑?」
「強力な認識改変を伴うそうっす。でも店に近付かなければ収容可能って感じすね」
「いや、寿司が回るんですか?え?なぜ?」
「回るもんは回るんすよ。仕組みとかの難しい話は、我々が上手くやれば博士が解明してくれる筈っす」
河原は白黒の画像を並べる。それは寿司を回すタカオを捉えた画像だった。店の一角から撮ったものらしい。
「他にも不穏な人影があるそうで、上は異常性の解明を急ぐみたいっす。俺らエージェントとしては腕の見せ所っすね!」
浜倉は資料の内容を瞬間的に記憶した。河原も同様にしている。用済みとなった書類を焼却し、二人はゲートへ向かった。回収用ワゴンが用意され、後部座席には既に装備も整えられている。確認作業を済ませ、乗車。胸ポケットから取り出したサングラスを装着し、浜倉はハンドルを握る。
「興味深い、是非手に取ってみたいものですね。回収役は私がやりましょう」
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
タカオは今日も回転寿司勝にいる。そして、師匠の勝に向けて己の相棒、サルモンを掲げて見せた。寿司も人も戦意充溢、今にもスシブレードを始めんという気概に満ち満ちている。
「師匠!今日こそ俺と戦ってくれよ!」
「バカ言ってんじゃねえよ、まずは箸ィキッチリ割れるようになってから言えってんだ。おら、割り箸500本追加!」
しかし勝は弟子を叱り飛ばし、業務用スーパーで買ってきた割りばしの袋を五つ積み上げた。タカオはそれをみて途端に意気消沈する。
「師匠、俺、毎日毎日箸割るばっかりで疲れたよ。手も痛いし……。こう、燃え上がれ、みたいな技教えてくれよぉ」
「んなもんハナっからやっても出来る訳ねぇだろが。スシブレードっていうのはな、まずは回転力、次に回転力、更に回転力なんでィ。箸を満足に割り、湯呑をきっちり振り下ろして始めて勝負ってもんはよ」
始まってしまった勝の長広舌を聞き流し、タカオは締め損ねた魚のような目をして新しい箸を手に取った。あの日から回転寿司勝に弟子入りしたタカオだが、客としてきた時と違って、勝は厳しかった。タカオにまずはスシブレードの基礎を叩きこむと宣言したのだ。その日から地獄が始まった。箸割り、湯呑の素振り。
「お前ぇの場合、寿司との連携には心配ねえ、体力と形作っちまえばこっちのもんって寸法よ。まあ見とけって」
そう言われてしまえば従う他なかったが、いい加減限度というものがある。今日は日曜日、しかも折角のいい天気だというのに、店内にいるのも辛気臭い。タカオは一計を案じた。
「師匠!スシブレードには足腰も大事なんじゃねのか?俺、ちょっと走り込みしてくるぜ!行くぞサルモン、町内ひとっ走りだ!」
言うが早いが、タカオは箸を放り出して店の外へと走る。腕組みして寿司の声を聞く重要性について語っていた勝は、説教中の逃亡という予想外の状況に反応が遅れ阻止できない。
「あ、タカオ、待ちやがれ!なんて奴だ、説教の最中に逃げ出す弟子なんざ、俺ぁこれまで……うん?」
勝はタカオの残した箸の山を見やり、思わずにやりと笑った。その全てが、ささくれ一つない完璧な断面を晒していた。
「ほう、口先だけじゃねえってかい。しかもこんな安物で」
見込み違いではないようだ。主人は弟子の息抜きを認めてやることにした。
タカオは帽子の後ろで手を組み、ぶらぶらと路地裏を歩いていた。一応10分ほど走ってみたものの、それにも飽きてしまった。とにかく寿司を回したくて仕方が無かった。サルモンを取り出し、語り掛ける。
「なあサルモン、お前だって回りたいよな。あんな熱い戦いを、またしたいよな!」
あの日の戦いの興奮を、タカオは忘れてはいなかった。カンパッチェとの対戦。一歩間違えれば、負けていたかもしれなかった。もう一度戦えばどうなるか分からない、だからこそもう一度カイと戦ってみたい。それだけでなく、あの日からちっとも姿を見せない友人のことも気がかりだった。
「師匠はそっとしとけって言うけどよ、心配だぜ。サルモン、お前だったらこういう時どうするんだ?」
と、路地の曲がり角で、タカオは人とぶつかってしまった。
「あっと、ごめんなさい」
「ああいえ、こちらこそ」
背の高い男だった。いい天気だというのに、きっちり黒スーツにネクタイ、そしてサングラス。そして何故か、肩からは小型の保冷バッグを提げている。タカオは身構える。
「な、なんだ、お前は!」
「ああいえ、怪しい者じゃないんですよ。ちょっと、君のお寿司に用がありまして、ね!」
言葉と同時に、潜んでいたもう一人がタカオを背後から羽交い絞めにした。
「ふふふ、丁度良く抜け出してくれましたね。ここまで離れていれば影響を受けることもないでしょう」
「テンション上げてる場合っすか、さあ、早く済ますっす」
「言われなくても任務は果たしますよ」
黒服は素早くタカオからサルモンをもぎ取りに掛かった。
「くそ、放せ!やめろ!」
タカオは抵抗するが、小学生と大人二人、その力の差は歴然としている。腕を振り回そうとしても、背後の男は手慣れた様子で拘束を強める。
「見た目は普通のサーモン握りですね。調べるのは帰ってから、ということで」
男はサルモンを保冷バッグに入れて蓋をしてしまった。取られた。奪われた。タカオの目から涙が溢れる。自分はこんなにも無力だったのだ、相棒の危機に何一つできない。男は胸元から、細長いペンのような機器を取り出した。組織御用達、記憶処理ペンライトだ。
「では少年、このペンの先をよく見てください。大丈夫、今日のことは悪い夢と思って……」
男が手順通り事を運ぼうとした時、タカオは叫んだ。
「お前もスシブレーダーなら、正々堂々スシブレードで勝負しろ!」
「え、なんですって?」
回収が無事に終わりそうという安心感からか、浜倉はつい聞き返してしまった。それこそが命取りとは気付かずに。
「浜倉さん、いけないっす、早く離れ 」
「お前は今サルモンを持ってんだろ!じゃあ、お前だってスシブレーダーだ!スシブレーダーの癖に、挑まれた勝負から逃げるのか!?」
タカオの声に、浜倉は雷に打たれたかのように硬直し、ペンライトを取り落とす。
「少年、今なんといいましたか?私が、スシブレーダー?私が、私が。ふふふ、ふふふふふふふ」
慌てて河原はタカオから離れた。
「この距離でも取り込まれたか!本部、応答してくださいっす、緊急事態コード4Aが発生、至急折川博士に……」
取り残された二人の間に、一陣の風が吹いた。
「いいでしょう、私とてスシブレーダーの端くれ。その勝負、受けましょう!」
今ここに、また一人のスシブレーダーが爆誕した!
【アイキャッチ】
タカオ&サルモン
【B part】
戻ってきたタカオが黒スーツの男を連れて来たこと、何故かその男がサルモンを手にしていることに勝は怪訝な顔をしたが、事情を聞いてため息を吐いた。
「何が何だかよく分かんねぇけどよ、サルモンを賭けて勝負ってわけだな。それでそっちの兄ぃちゃんが勝ったらどうする気なんでぃ?」
「ご主人、私はこちらの寿司に興味があります!勝利の暁には特上握りを持ち帰りで一つ、お願いできませんか?」
「やれやれ、弟子の不始末の責任って訳だ。その代わりと言っちゃなんだが、ちょっといいかい兄ぃちゃん」
勝が浜倉に何やら耳打ちをしている間に、タカオはサルモンの声を聞こうとする。だが、今のタカオでは手に取らないとサルモンとの意思疎通は難しいようだった。
「待ってろよ、すぐ取り返してやるからな」
話が付いたのか、勝がタカオの方に向き直った。
「タカオ、よく聞け。今回の戦いはサーモンタイプのスシブレードの特性を掴むのに打って付けの機会だ。スシブレーダーってのは自分の相棒の強味も弱味も知り尽くしておかなきゃなんねぇ。だから、お前の今日の相方はこいつだ」
勝が握ったのは、マグロ。今や江戸前寿司を代表する大ネタだ。
「アルティメットマグロ。安定した回転でどんな戦いにも対応できる。防御に強いサルモンとは反対のバランス型だ、色々試してみるこったな」
「分かったぜ!アルティメット、短い間だけど、力を貸してくれ!」
果たして、サルモンを賭けた戦いの準備は整った。
「そうか、寿司には名前をつけないといけませんね。私の相棒、トラウト・レインボー!行きますよ!」
「くっ、今に見てろよ!」
「うーむ、レインボー。中々いい名前つけやがるじゃねぇか……」
土俵を挟んで向かい合う二人。もはや言葉はいらない。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
サーモンとマグロが回転する。回し口の軽さにタカオは驚く。スッキリした旨味と酸味。
「これが赤身の力か!確かに、これなら先攻が狙えるぞ」
浜倉は初めてなこともあって、サーモンの重さをやや持て余し気味だ。攻めかかろうとしたアルティメットだが、タカオは少し抑える。そう、序盤で勝負を決めようと動いても受け止められてしまう。
「来ないなら、こちらから行きますよ!」
チャンスと見てレインボーが動くが、どうしても俊敏さには欠ける。軽く応対しながら、タカオはサーモンの攻略の糸口を探した。生半可な攻撃では、あの身を鎧通すことができない。かといってマグロの威力では必殺の一撃は望むべくもない。ならば、走らせるのみ。余計な消耗を強いるのだ。
「タカオのやつ、もう気付いたようだな。サーモンに限らず、防御型の寿司の弱点はスタミナ管理のシビアさだ。攻撃力が低い代わりに実は足回りも悪かぁねえ。ただ重い。同じように回っているだけで消費する回転力が多い」
マグロが爽やかに駆け抜けるのをサーモンが追う。猛獣の狩りのように見えて、主導権はマグロにある。さながら闘牛のように、重量に勝る相手の鼻面を抑えて引き摺り回していく。
「よし、このまま……はっ!」
終始優勢に戦いを進めていくタカオだったが、一つ大事なことを忘れていることに気付いた。
「お、俺がこのまま勝ったら浜倉さんは寿司を食う。でも俺が負けたらサルモンは帰ってこない。ど、どうしたらいいんだ!」
だが時既に遅し。サーモンの回転力はもう残っていない。ふらつき、軸がぶれ始める。程なく、サーモンはゆっくりと停止してしまった。
「そんな、嫌だ……」
「私の完敗ですね。悔しい、結局にわか仕込みでしたか。では約定に従って、失礼します」
浜倉はレインボーを摘まむと、ひょいと口に入れる。素早い動きに止める暇もなかった。
「うまい!これがスシブレード。回して楽しい食べて美味しい、なんと素晴らしい!」
ガックリと膝をつくタカオだったが、そんな彼に勝は一貫のスシを渡してやった。
「どうせそんなこったろうと思ったよ。安心しな、今戦ってたのは俺が握った別のサーモンだ。お前のサルモンはほら、ここにちゃんとあるぞ」
「ほ、ホントだ!サルモン、ごめん、俺はもっと強くなる。もう絶対誰かにお前を渡したりなんかしないよ!」
再会を喜ぶタカオの背中を叩いてやってから、勝は改めて浜倉と向かい合った。
「さて、勝負も済んだことだし、約束通り、明日から色々手伝ってもらうかんな」
「仕方ありませんね」
「え、浜倉さんも弟子になるの?」
タカオは驚いた。いったいいつの間にそんな話になっていたのだろう。
「まあ弟子って程でもねえけどよ、タカオのサポート係だ。あんた色々物覚えがよさそうだからよ」
「ありがとうございます。ただ職場に話を付けないといけませんので、手土産に寿司を持っていきたいな、なんて」
「抜け目のない野郎だぜ、分かった握ってやらぁ。その代わり、並みだ。こっちも商売なんでぃ」
マグロに別れを告げたタカオは、ふと気になることができた。
「なあ師匠、初めて店に来た時、どうしてサーモンを握ってくれたんだ?」
何故か、勝は微笑を浮かべるだけで答えようとはしなかった。
こうして、浜倉が仲間になった。だが、彼らはまだ知らない。勝寿司に新たな脅威が迫っていることを!
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
河原は通信機越しに誰かと話をしている。
「そんな、増援は無しっすか?浜倉先輩の身に危機が迫っているんすよ?」
「いえ、観測によると、彼は内部潜入に成功したものと思われます。先ほど彼の名前で"SB"のサンプルが本部へ到着しました。早く帰ってこないとあなたの分がなくなってしまう、と博士からのメモが回ってきています」
「何をやってるんすか、あの人は……」
「それよりも、またあの団体の活動が観測されました。まだ目立った危険性はありませんが、痕跡は北へと向かっています。一度方針を立て直しましょう。お早い帰投を」
通信が切れる。河原は一度店を振り返ると、しぶしぶ回収車に乗り込んだ。
「無事でいてくださいよ、先輩。それにしても闇寿司とは、いったい何者なんすか……」
第参話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
いやあ、今回は危なかったぜ。サルモンを失ったら、もう俺やっていけねえよ。
でも浜倉さんも悪い人じゃなかったみたいだ。良く分かんない人だけど、根性があるって師匠は言ってたしな。しょうがねえから先輩としてびしばし鍛えて……って浜倉さん!?冗談だよ、そんなに怒るなって!え、師匠が?怪我?なんだよそれ!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第参話「急襲!闇のスシブレード!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第参話「急襲!闇のスシブレード!」
サルモンと心を通わせるタカオ。仲間も増えて楽しいスシブレード生活が続くも、その日々は永遠には続かない。
【アバンタイトル】
「よし、朝の修行はここまでだな!」
タカオはサルモンをキャッチして伸びをした。
「サルモンと戦ってみて、もっともっとサルモンの事を知りたくなったぜ」
「ははは、まるで恋ですね。私もいろんなスシブレードのことを勉強してサポートしますよ」
浜倉が仲間になって数か月が経過していた。その間タカオはスシブレーダーとしての、浜倉はスシブレードの分析係としての腕をそれぞれ磨いていた。片付けと掃除を済ませ、二人は勝に挨拶をして店を後にする。残された勝は開店前の仕込みをしつつ、じっと考えを巡らせていた。
「サルモン、か。そろそろサーモン握りの真実を、あいつに語るべきか」
浜倉との勝負を終えたタカオに問い掛けられた言葉。おそらくあの少年はそれ程深い意味を込めて問うたのではあるまい。
「師匠、どうして俺にサルモンを握ってくれたんだ?」
初心者にも回しやすく食べやすい寿司のラインナップの一つ。あの日の勝はサルモンを、心を込めて握った。それは間違いない。だが協会内部では、絶対に店では出さないと言って憚らない守旧派の勢力も根強い。忌まわしい過去、粛清の悪夢。いつの日か、スシブレードの大会でタカオが心無い言葉をぶつけられるのではないか。その結果、タカオが闇の道を歩むことにでもなったら。
「へっ、俺もヤキが回っちまった」
勝は、サルモンと共にあるタカオの笑顔を思った。サルモンと初めてのスシブレを戦い勝利したタカオ。身の危険を顧みずサルモンを取り返そうとしたタカオ。迷うかもしれない、苦しむかもしれない、だがタカオにはサルモンが居る。スシブレードを想い共にあろうとする限り、スシブレーダーが道を外すことは断じてない。
その時、戸が鋭い勢いで開かれた。
「お客さん、すみませんがまだ仕込み中でね」
入ってきたのは、小柄な、黒いフードを目深に被った人物だった。勝の言葉を意にも介さず、真っすぐ店の奥に向かっていく。
「ちょっと困りますよ」
勝は慌てて包丁を置き、手を洗う。が、その人物は意外にもすぐに戻ってきた。その手には、土俵。勝は目を細める。
「……そういうことか、構えな。」
いつの日か来るものがようやく来たのだ。勝はそう思った。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
懐から、スシブレードとシューターを取り出す両者。フードの人物は、竹割りばしとプラスチックの湯呑を持っている。前者は割れやすく、後者は割れにくい。便利なのだが、一般スシブレーダーの間では何となく避けられている超実戦指向の組み合わせだ。おまけに携帯性もいい。相手のネタは湯呑に巧妙に隠されている。だが、直ぐにわかる事だ。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
フードの人物のスシブレードは、接地と同時に猛烈な勢いで回転を開始する。だが、何かがおかしい。勝は違和感の原因に気が付き、思わず息をのんだ。
「黒いスシブレード!?手前ぇ!これは!」
「そうだよ、ハンバーグだよ」
「禁忌とされているネタに手を出すだけでなく、相棒である寿司に名前すら付けてやらねえとは!手前ぇ!スシブレーダーとしての誇りはねえのか!」
店主の気炎に、フードの人物も声量を上げる。フードの奥の闇の中、その眼には暗い炎が燃えている。
「道具に名前なんているかよ!勝てればいいんだよ!勝たなきゃ意味がないんだ!」
「ちぃぃ、邪道寿司が!!行くぞコハダイン!!」
死闘だった。邪道スシブレードと侮る気持ちは最初の一合で完全に消し飛ぶ。ハンバーグは重く詰まっていて、それを支えるシャリも硬い。相当腕の立つ者によるニギリだろう。だが、こちらのスシブレードも負けてはいない。酢で〆たコハダは滑らかで、利かせた塩味が素材のポテンシャルを完全に引き出している。江戸前寿司の代名詞と呼ばれるのは伊達ではない。小型軽量ながら、重量級のハンバーグと正面からぶつかり合う。勝の額に一筋の汗が伝い、鉢巻きで止まる。だが、この激しい攻めを主体とした立ち回りは、どこかで見たことがあった。危うさと積極性を併せ持つこの寿司捌きをどこかで、それも最近、間近に見たことがあった。
「お前ぇ、まさか。カイか?」
フードの人物は黙して語らない。だが、その肌のすぐ下に、激情が渦巻いている。
「答えやがれ!カイ!何故だ!」
つかの間沈黙してからカイは、いやカイだった者は叫ぶ。
「そんな奴知らないね!」
そしてフードを脱いだその下から現れるのは、真っ黒の、豚のような頭部。それは闇のスシブレーダーの証だ。かつて勝が何度も見た、寿司を取り込み己の道具とした者の姿だ。
「カイ、そんな……」
湯呑が勝の手から滑り落ち、粉々に砕け散る。
「ハッ!油断したな!」
「しまった!」
ハンバーグの攻撃をもろにその身に受け、輝ける力とも呼ばれたコハダインが土俵から叩き落とされる。豚は再びシューターを構えた。その箸の切っ先は勝に向いている。
「まだまだこんなもんじゃねえぞ!」
尻もちをついた勝に向けて、豚はハンバーグを打ち放った。何度も。何度も。
「やめろ、カイ……このままでは……戻れなくなるぞ……」
「俺にはもう戻る場所などない。ただ勝って。勝って」
言葉を区切りつつ、その度に男は湯呑を振りかぶる。
「あいつを!叩きのめし!こうして!こうして!めちゃめちゃに!してやるんだよ!」
勝は悟った。あの日の敗北がこの少年をここまで狂わしたのだ。その身に寿司を受けるたびに、カイとハンバーグの慟哭が聞こえる気がした。いや、違う。苦痛の中、勝の研ぎ澄まされた直観が何かを感じ取る。このハンバーグは。
寿司の声は聞こえない勝だが、今まさに道具として使い潰されている筈の寿司から、怨嗟の想いを少しも感じないのだ。
「けっ、寿司の気まぐれってのは、どうしようもねえなぁ……」
ここを切り抜けるために寿司が必要だった。この少年にスシブレードを渡した責任がある。コハダインはまだ戦える。勝はゆっくりと床を這って手を伸ばす。その背にハンバーグが突き刺さる。それでもと手を伸ばした先で、いつの間にか立っていたもう一人の刺客が、無慈悲にもコハダインを踏みつぶした。二度、三度と、執拗に踏みにじる。
「ひでえザマだな、勝の兄貴」
忘れられない声だった。何十年たっても、悪夢で聞き続ける声だった。
「お前……栄か……?」
「その名は捨てたよ。今は闇寿司の親方、闇って名乗ってんだ」
「師匠、こいつは俺が」
闇は笑って弟子を手で制した。
「落ち着け。こいつは俺がやる。血の繋がった弟に始末されんならこいつも本望だろうさ」
「やめてくれ……」
「昔はよく兄貴がスシの稽古をつけてくれたよな。頼んでもないのによ。俺が止めてくれって言って、止めてくれたことがあったか?」
そう言って、闇は懐から何かを取り出す。勝は霞む目を眇めて、よくそれを見ようとした。自身で見たものが信じられなかったから。だが何度見ても、闇が取り出した物は、湯気を立てる丼と、二本の蓮華に相違なかった。
「嘘だ、そんな、まさか」
「嘘じゃねえよ。弱い寿司なんかにこだわり続けることに何の意味がある?時代遅れはもういらねえんだよ。これが俺の……ラーメンだ」
打ち放たれた丼は、勝の頭部を地面に打ち付ける。薄れゆく意識の中で、勝は思う。タカオ、逃げろ。お前ではこいつに勝てない。そしてコハダイン、最後にお前を食ってやりたかった。
「邪道と呼んだ寿司に敗れ、寿司でもないラーメンに敗れ。今のお前にはそれがお似合いだ。だが安心しろ、もうすぐ俺が全てを変えてやるよ。寿司も寿司でない物も、全て」
闇は豚に指示を与える。店を徹底的に破壊すると。ふと思いついたかのように、闇親方は弟子に名を授けることにした。
「よくやってくれたな。お前は今日からハンバーグを極めし者、シュヴァルツ・シュヴァインと名乗るといい」
「は、ありがたき幸せ」
そして嵐が吹き荒れる。
【アイキャッチ】
勝&コハダイン
【B part】
緊急対応が行われてなお間に合わなかった、というのが関係者の正直な感想だった。いち早く駆け付けた浜倉でさえ、ゴリラか何かでも暴れたのではないかという光景の中から勝を見付けだし、搬送の手配をするしかできなかった。だが、それは結局彼の身を助けたのかも知れない。鳴り響くサイレン。救急車に偽装した車両が勝を組織の医療施設へ連れ去っていく。回転寿司勝の周辺は封鎖されようとしている。
現場検証の直前、浜倉はふとバラバラになった業務用冷蔵庫の陰で光るものを見た気がした。近寄ると、コハダインの残骸がそこにあった。
「そうか、でも私では君を食べてあげられません。どうか安らかに」
手を合わせる浜倉の頭に、ひらひらと舞い落ちる伝票。寿司の注文に使われるものだ。そこには、勝の字でこうあった。
『緊急時 寿司吉常 仙台』
本来ならば浜倉が組織に提出するべき品だったが、彼は伝票を懐にしまった。確信があった。これは寿司の導きだ。浜倉のスシブレーダーとしての側面がそう告げていた。ならばタカオを探さねばならない。
その頃のタカオは、ちょうど午前の授業を終えて学校を出るところだった。授業そっちのけで手入れしたサルモンの艶と張りは、我ながら満足のいく出来栄えだ。適度な水分と脂のバランスこそがサルモンの強さだと、浜倉との一戦が教えてくれた。
「浜倉さんもひどいよな。なんであんなにサルモンが欲しかったんだ?」
サルモンに語り掛ける。タカオは結局、浜倉の背後関係を知らなかった。
「お前にも分からないか。欲しけりゃ師匠に握ってもらえればよかったのに。でも折角仲間になったんだ!これから師匠と三人で、頑張っていこうな、サルモン!」
寿司は時として残酷である。彼の思い描いた日常は、もう二度と戻ってはこないのだ。曲がり角でまたしても誰かにぶつかりかける。今度はしっかりサルモンを抱え込んで、タカオは相手を睨め付けた。
「タカオ君!よかった、無事ですか!」
「なんだ浜倉さんか。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「落ち着いて聞いてください、勝寿司が……」
そんな、一体だれがそんなことを。師匠は無事なのか。早く店に行かなければ。そう言って暴れるタカオを、浜倉は辛抱強く引き留めた。
「勝さんは信頼できる病院に任せました。だけど、ちょっと会いに行くのは難しいんです」
そう、こうなってはタカオもまた優先度の高い監視対象となっている可能性が極めて高い。一度管理下に置かれてしまえば、タカオが日の光を見ることは二度とないかもしれない。組織が時として強硬策に出ることを、その際の容赦のなさを、浜倉自身よく分かっていた。
「一つだけ間違いないことがあります。現場には土俵が展開されていた。つまり」
「やったのはスシブレーダー、ってことか」
タカオは冷静さを取り戻している。
「手掛かりを探さなくちゃ」
「それなんですが、こんなものが。勝さんの書いた物と思われます」
浜倉は伝票を取り出す。
「寿司、吉常……?なんて読むんだろう」
「キツネ、と読むようです。しかし電話帳で探したら大阪にある寿司屋のようで。仙台にはそんな名前のお店はない」
タカオの決断は早い。
「浜倉さん、仙台に行こう。きっと、そこで会えるんだ」
「と言って来たものの、仙台のどこに行けばいいんですか!」
浜倉は情けない調子で叫んだ。組織の動きを探りつつ行動の速度を優先したはいいものの、手掛かりはただ伝票に記された寿司屋と仙台だけだ。
「大丈夫だよ。サルモンが行先を知っているみたいだ。駅を出よう」
タカオは真っすぐに歩いていく。見えてくるのは有名な待ち合わせ場所、伊達政宗の騎馬像だ。
「ここだってサルモンは言ってる」
「伊達政宗の像?どうしてでしょうね」
と、二人の背後から騒々しく声が掛けられる。
「なんやなんや、勝の兄さんがやられたって遠いところわざわざ来てみたら、とんだ素人さんやないか」
「だ、誰だ!?」
そこに居たのは、アロハシャツにサングラスという奇抜な格好の男だった。
「え、ほんまに?伊達政宗公の鮒寿司も知らんとスシブレーダーやっとんのかいな。ひっくりかえってまうわ!そんなんやから闇寿司にええようにされるんやで」
タカオが前に出る。
「俺の名前はタカオ!こいつはサルモン!あんた、師匠の仇のこと、知ってるんだな!」
「おっと、名乗られてもうたらしゃあないな。ボクは人呼んで浪速の韋駄天、キツネや。んでこっちはバッテライトニング」
懐から取り出したのは見事に角が立った四角い寿司だった。
「せやけど、まあ立ち話もなんやね」
そういうと、キツネは騎馬像の台座に歩み寄る。何やら操作すると地下へと続く階段の入り口が姿を現す。隠し扉だ。
「あんましゆっくりもしてられへんやろ。さあ、お先にどうぞ」
キツネと名乗った男の目が糸のように細められた。
第肆話へ続く!
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
師匠が襲われた!やったのは闇寿司のやつらで、使うのは邪道スシブレードだって?許せねえ、そんな連中に俺たちは負けねえ!そうだよな、サルモン!
でも、どうすればいい、手掛かりがあまりにも少なすぎるぜ。そこに現われたのは西のスシブレーダー、キツネ。相棒はバッテライトニング。こいつは何者なんだ?ええい勝負すりゃ分かる!絶対勝って師匠の仇の情報ゲットだぜ!
次回、爆天ニギリ スシブレード:異聞伝 第肆話「西から来た男、敵か味方か?その名はライトニング!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第肆話「西から来た男、敵か味方か?その名はライトニング!」
師匠の残したメモを頼りに仙台へ向かったタカオと浜倉。そこで出会ったのは関西弁の怪しい男で……?
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
先頭に浜倉、最後尾にキツネ、という順で三人は地下深く降りていく。
「地下は気温の変化が少ないさかい、熟れ寿司作るにはええんよ」
「そ、それにしても深いですね」
階段を進むたびに、少し先に明かりが点いていく。五分ほど降りると階段は終わり、そこから横道が続く。
「もうちょっとや」
言葉通り、更に十数メートルも進むと、どうやら目的地に着いたようだった。そこには土俵がある。スシブレーダーに関連のある場所のようだ。
「で、君が勝兄さんの弟子なんやったっけ?」
「そうだ!キツネさん、教えてくれないか。闇寿司って、一体何なんだ?」
勢い込んで尋ねるタカオを尻目に、キツネは懐から出した扇子を弄ぶ。パシッ、と開けばそこには闇のエンブレムがあった。
「し、しまった!」
走り出そうとする浜倉だが、次の瞬間には座っていた。混乱して足をばたつかせ、自分で態勢を崩して這いつくばる。
「ムダやで、大人しくしとき。ほんでそっちの坊はえらい落ち着いてるやん」
「あんたが、師匠をやったのか?」
「もしせやったら、どないすんの?」
タカオは箸と湯呑を構えている。それを見て、キツネは腹を抱えて笑い出した。
「いやいやいや、ゴメンゴメン、そんな怖い顔せんといて!いややわー、怒った時の勝兄さんそっくりや!知ってる?あの人、寿司のことになるとすぐ怒るわ、スシブレぶつけてくるわで、若いころめっちゃ怖かったんやで!ボクはうまいこと逃げとったけど、闇の兄さんはいっつもボコボコにされとって可哀想やったわぁ!毎晩毎晩、腫れたとこに生魚貼っつけてなぁ、熱冷ましてたんやで!」
「違う!師匠はそんな人じゃない!」
不気味に反響する笑い声の中、タカオは叫んだ。キツネはぴたりと笑うのを止めると、カクン、と首を傾けた。
「あっれれー、おかしいなぁ。君、漬け場に立ってどんくらい?」
「そ、それは……」
「あ、ごめん、これはイジワル言うただけ。言い直そか。君、自分でスシブレは握れるの?ちゃんとした修行付けてもろた事、ある?」
いつの間にか、キツネの顔からは表情の一切が抜け落ちている。
「まだ寿司を回して日が浅いのは知っとる。けど、あっちの坊はええスシブレ握りよるよ。焼きたてのハンバーグを鍋からつかみ出して、手の皮ズル剝けにしながら、小手返し三手や。ミスったら闇の兄さんにドツかれてるんはおもろいけどな。結局自分もそうやって育てるしかないんやねぇ」
「だ、誰のことだ!」
「ふうん。ま、ええわ。誤解のないよう言っとくけど、ボクは正直、君の味方しに来た訳やない。勝兄さんに思うところも仰山あるし?」
いつの間にか、キツネはタカオのすぐ横に移動している。
「悪いことは言わへん、君はスシブレ辞めた方がええ。勝寿司が襲われたってことは、もうあの人ら止まる気あらへんもの。こっから先は戦争やで」
「戦争?一体何の?」
「寿司協会と闇寿司の。正道スシブレーダーと、邪道スシブレーダーの戦いや」
ボクはこの言い方、あんま好きやないけどな。キツネは、そうつぶやいた。
【アイキャッチ】
キツネ&バッテライトニング
【B part】
「寿司協会は戦後の混乱期に寿司とスシブレードを守るために作られた団体や。闇寿司はそれと敵対してきたんやけど、今は詳しい話はせんとこか。要するに、スシブレの世界は今色々ややこしい。寿司回すのが楽しいだけなんやったら、こっから先は行かん方がいい」
タカオは、サルモンに語り掛ける。師匠の過去を、自分は確かによくは知らない。でも、自分を弟子にして手ほどきをしてくれた師匠をやられて、このままでいたくはない。加えて、さっきから嫌な予感がしているのだ。ハンバーグを握っている少年。それは一体誰だというのか。どうしてタカオはそれが誰か、分かったような気がしているのか。確かめなければならなかった。寿司を交えなければならなかった。
「キツネさん、ありがとう。でも俺はスシブレードをやめない。師匠をやったのが誰か、なんとなくわかった気がする。俺は確かめないといけないんだ。例え闇寿司と戦うことになっても!」
サルモンが少し温かい。その温もりを、今は信じよう。
「あーあ、そうなってまうか。で、ボクが君らを黙って帰すと思う?」
「分かってる、分かってるよキツネさん。やろう、スシブレードを!」
スシブレーダーが出会う時、それは当然の帰結だ。遅かれ、早かれ。
二人は土俵を挟んで向かい合う。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
サルモンが土俵を駆ける。同じ向きに、バッテライトニングが土俵際を回る。キツネはにっこりとする。
「相噛むウツボの型とは、古式でええやないの。相手の得意形は避けへんスタイルやね」
キツネは考える。思ったより型がしっかりしている。少なくともスシブレードの初歩としては余程丁寧に教わったのだろう。あの勝が丸くなったものだ。
「年取るって嫌やねえ。ほんじゃあ小手調べといきまひょか」
バッテライトニングは、サバの押し寿司のスシブレードだ。平たく整形された上面は空気抵抗が無く、尖った角は攻撃力も抜群。運用についても長い年月にわたり洗練されている。代表的な決まり手は、速さを生かし相手の後ろに回り込んで放つ「突き出し」だ。
スシブレの速度が上がる。数秒の後に、サルモンに追いつき、接触。
「サルモン!いなせ!」
サルモンの強みは脂と弾力。重たく立ち回りながら反撃を狙う、攻めさせて戦うスシブレードだ。バッテライトニングの一撃を受け流し、押し返す。基本を押さえた寿司捌き。タカオは自らに言い聞かせる。大丈夫、通用する。このまま丁寧に攻撃を受け流せば……。
「勝てる、とでも思ってるん?」
次の瞬間、サルモンは大きく弾き飛ばされていた。
「み、見えない?」
「ギア一個上げただけやけど、もうあかんか?」
「ク、クソ!」
受け流そうにも、攻撃が見えない。バッテライトニングが、ゆらりと揺れたかと思うと、次の瞬間に予想もできない方向から攻撃してくる。
サルモンは徐々に土俵際へ追い立てられていく。
「タカオ君!もうやめるんです、このままじゃ!」
「勝負の外から口を出すなダアホ!これで終いや、さあ、どないするんや、坊!」
タカオはサルモンに、土俵の壁を背に位置させた。ここなら正面から来ても受け止められる。右か、左か。
そして、タカオとサルモンは感じていた。これまでの攻撃から読み取れる、バッテライトニングの予備動作。姿が消える一瞬。僅かに重心が、攻撃方向に偏るのだ。悟らせてはいけない。
「イチかバチかっちゅう訳か。ええやろ、乗ったるで!」
バッテライトニングが揺れ、蜃気楼のように掻き消える。予備動作の重心は……。
「右だ!!」
「残念、下や」
右でも左でもなく、サルモンは真下からの攻撃で空中高く舞い上がっていた。
「そんな……いや、まだだ!」
負ける。師匠がいない今、サルモンを食してしまえばタカオはやがて全てを忘れてしまう。もうスシブレードを続ける道はない。恐怖が首筋を這いずり回る。だが攻撃のベクトルは限りなく真上だった。まだ土俵内に戻れる。最後の最後まで諦めない。タカオは湯呑を強く握り、サルモンに思いを伝える。少しずつ軌道が変わる。だが加速度は上向き正から負へと移っていった。それに比べ、軌道の変化はあまりにも遅い。このままでは土俵の外に落下してしまう。
「頑張れ、頑張れ、サルモン!」
5cm、4cm、3cm。
あと2cm。
復帰へ。
だが現実は非情である。
土俵の際に1cmを残し、サルモンのシャリは土俵を捉えそこなった。
「終わった……」
膝をついた浜倉だったが、タカオが声を上げる。
「違う、浜倉さん、土俵を見て!」
そこには、確かに場外に出たはずのサルモンが回っていた。
「ええよ、ここまでにしよ」
「そんな!スシブレードで引き分けなんて!」
「約定よう確かめてみ。途中で引き分けにすんなって書いてあらへんで。まあ、まっとうなスシブレーダーがやったらえらいことやけどな」
笑ってキツネはバッテライトニングを回収する。続いてタカオも。
「いや、中々どうして、スシブレーダーとしてはええもんもっとるやないの!見直したわ」
「俺たちを見逃すっていうんですか?」
「いや、そうしたら浜倉ちゃんの身内にすぐ捕まってまうやろ。うちにおいで。あ、でもいい感じに報告とかはしとくんよ?うちらかて探られるとお腹痛いさかい、後で相談しましょ」
キツネは、浜倉の正体に気付いていたようだった。
「そ、そんな!俺たちは闇寿司の世話になんかならないぞ」
「あ、これ嘘。ごめんね」
言うが早いが、キツネは扇子を真っ二つにへし折り、放り捨てた。
「大阪では捨てる事、ほるって言うんやで。ちゃんと覚えといてや」
あっけにとられる二人にキツネは言う。
「ボクらは寿司協会から良う思われてへんから、闇寿司と近い関係にある。それは事実や。かといって、ボク自身は闇寿司として行動してるわけでもない。色々訳があって籍置いてるだけ。これも単に身内の証みたいなもん。やから義理とかはない。その上でどうや、うちで修行してみいひん?あ、ボクはどついたりせんから安心してええよ。やさしーく教えたる」
タカオはもうそれを聞いていなかった。疲れからか、ぐったりと倒れ込んでいる。
「おっと。まあええわ、浜倉ちゃん。運ぶの手伝って」
「は、話が早すぎます。結局なんで助けてくれるんですか」
キツネはちっとも信用できない笑みを浮かべて言った。
「この子が相棒と一緒に、勝兄さんの弟子として戦うんが、めっちゃおもろいもん」
こうして、タカオたちは、大阪は浪速の寿司吉常にかくまわれることになった。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
東京駅。眠っているタカオを浜倉に任せてキツネは大阪行きの切符を買い求める。列に並んでいる彼に、柱の陰から声が掛けられた。
「どうだった、例の弟子は?」
暗がりから現れたのは、仮面を被った男だ。薄い緑の竜を模っている。だが、それは肌に癒着しているようだった。
「勝兄さんの弟子とは思えんほどええ子やね」
素気ない言葉に仮面の奥から笑いがこぼれる。
「例の襲撃から無理やり抜けておいてよく言うよ。恩義でも感じたかい」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますわ、ドラゴン仮面。そっちはどないでしたん?」
「マダム・スシ。噂にたがわぬ女狐だったよ。交渉次第では、精神酢飯漬けもやむなしと言ったところさ」
何やら嬉しげな様子で、仮面の男はまた暗がりへと消えていく。
「ま、お節介は程々にしておくことだ。道具をあまり可愛がると、後が不便だからね」
「それはあんたの実体験からですか?いまだに寿司に名前付けとる、あんたの」
もう返事はない。残された空間に漂う饐えた匂いが唯一の痕跡だ。キツネはため息をついて、券売窓口へ進んだ。
第伍話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
激闘の末、キツネ兄さんに連れられて俺たちは大阪で修行することになった!住み込みの弟子なんて初めてだぜ。おっと、それでも俺の師匠は師匠だけどな!
あれ、先輩がいる?しかも女の子?やったぜ!……ってサルモン?浮気するのかって!?しないしないしない、俺はサルモン一筋だ、だから返事をしてくれ!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第伍話「新たな仲間、女性スシブレーダーヒロミ!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第伍話「新たな仲間、女性スシブレーダー・ヒロミ!」
やって来たのは大阪の街、匿われるタカオと浜倉。新たな地には新たな出会い!
【アバンタイトル】
「坊、坊!着いたで!」
次にタカオが目を覚ますと、辺りはもう薄暗くなっていた。駅名の表示を探すと、新大阪駅だった。
「やっぱヒカリは早くてええなあ!まあ、ボクとライトニングの方が早いけどな」
「本当ですか、それ」
浜倉が妙に疲れた様子をしている。それもその筈、ずっとこの調子で喋り続けるキツネに律義に付き合い続けてきたのである。
「エージェントっちゅうのもご苦労さんやね」
「何か言いましたか?」
「いやいや、なーんも」
浪速の韋駄天と自称するだけあって、キツネの行動は早い。本当に着の身着のままでここまでやってきた。しかしキツネはどこ吹く風で、住み込みの弟子は他にもいるから心配はない、連絡を入れてくるから待っているように、と言ってさっさと行ってしまう。仕方なく浜倉は人ごみを掻き分けて落ち着ける場所を探した。
「タカオ君、体はどうですか?」
「大丈夫。俺、寝ちゃってたのか」
「そりゃもうぐっすり。東京の乗り換えでもびくともしませんでした。おかけで担いで歩いてたら誘拐と間違われて……」
一方のキツネは、寿司吉常に電話を掛けていた。
「え?もう帰って来たのかって?そんな冷たいこと言わんといて、予定変わったんよ。ほんでな、今日から住み込みの子が二人増えるさかい、布団と飯の用意頼むわ。あと小一時間もすれば着くよって、それまでにな。あー、聞こえなーい、聞こえなーい、ほんじゃよろしくたのんます」
器用に受話器を手で覆いながら言いたいことを言い終えると、キツネはため息をついた。
「折角の別嬪さんがいつまで経っても刺々しさが取れへんなぁ。なんでやろなぁ」
もう夜も遅い。キツネは車を拾うため、駅の出口を目指した。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
「で、なんやろなぁ、これは」
車から降り立った一行が目にしたのは、古い家に特有である、構えの大きな寿司屋だった。一階部分が店舗、二階部分は住居になっているらしい。ただ、その入り口には所狭しと箒が立てかけられている。それも全部逆さに。
「あんのガキャ……」
キツネの目元が引きつるのを、浜倉は物珍し気に見ている。箒を撤去して裏に積み上げると、キツネは引き戸を開けた。
「ヒロミ、ちょっと降りといで!怒ってへんから!」
後に続くように手招きし、店に入っていく。そこには木箱が人数分、ちょこんと並んでいた。それを見て、弟子を呼び続けていたキツネの表情が緩む。
「まあええわ。みんなお腹空いたやろ。先に頂きましょ」
定位置なのだろう。さっさと座って、木箱を開けるキツネ。だが、タカオと浜倉が席に着くよりも早く、キツネの姿が掻き消える。残された木箱を見ると、生の椎茸が入っていた。
「ヒロミ!今日という今日は許さへん、どこや!どこにいるんや!」
二階でドタドタと走る音が聞こたかと思うと、何かを踏み抜く音、そして何か大きな仕掛けの動く音が続き、やがて静かになった。中腰のままタカオと浜倉が固まっていると、着物姿の少女が姿を見せる。実は最初から厨房に潜んでいたらしいが、気が付かなかった。
「ようこそ、おいでやす」
まるで何事もなかったかのように言いながら、漆塗のお重を二つ、しずしずと運んで来る。蓋を開けるよう促され、おっかなびっくり従った二人だったが、中身を見てぱっと表情を輝かせた。そこには色取り取りの押し寿司が、市松模様を描いて隙間なく十二個並んでいた。
「え、これ、寿司なのか?」
「そうです、箱寿司といいます。どうぞおあがりやす」
「すげえ!頂きます!」
タカオは早速箸を取る。小鯛にあなご、卵、海老。丁寧な仕事が尽くされた箱寿司はまるで宝石箱のように美しく、また美味だった。全ての具材に煮たり酢で締めたりと一手間が掛けられている。アクセントの木の芽が楽しい。何やらしきりに二階を気にしていた浜倉も、やがて箸を取ると驚いた表情を浮かべる。
「とても美味しいです!これはあなたが作ったのですか?」
しかし、それには答えず、ヒロミは微笑んでいる。
「二階にお布団の用意をしてあります。食べ終わりはったら、今日はもうお休みください。キツネ兄さんが無理言って遠くからお連れしたお客さんと聞きました。さぞお疲れでしょう」
ようやく人心地ついたタカオは、そう言えば挨拶もしていなかったことに思い至った。
「旨い寿司をありがとう!あの、俺はタカオ。こいつはサルモン。君はヒロミっていうんだな!君のスシブレードも見せてくれよ」
その時のヒロミの変化は生涯忘れられるものでないだろう。後に浜倉は報告書にそう記述している。さっきまで生きていた人間が急に木彫りの人形か何かに化けたかのような。いや、それは正確な表現ではない。最初から彼女の表情は警戒心と威嚇の意による物だった。温度も意思も抜け落ちた表情。
「お客扱いの前言は撤回です」
「へ?」
タカオは事態の変化にまだ気付いていない。
「あんたのことはキツネ兄さんから聞きました。酢飯も用意出来ひん素人さんを二人置いとける程、この店に余裕はありません。スシブレーダー?なんやのそれ。寿司が回る?アホラシ」
底冷えのするような声に、今更タカオは震えあがる。
「誤解のないように言うておきます。うちはスシブレードもスシブレーダーも大っ嫌いです。あんたらには、まずは寿司に対する覚悟を見せてもらわなあきません。明日からお日さんより早く起きて、店の掃除、洗濯、買い出し。満足のいく仕事も出来ひんようなら、叩き出します。覚悟はよろしいですか?」
浜倉は悟った。思っていたよりも自分たちは招かれざる客であったのだと。
【アイキャッチ】
ヒロミ&???
【B part】
日の出の時間をご存じだろうか。勿論地域や時期にもよるが、夏至は五時前、冬至は七時前と考えればおおよそ間違いはない。そして寿司屋の朝は早い。
「どう考えてもキツネ兄さんが悪い」
「何を今更」
朝起きたらまずは掃除だ。店の前から厨房までを隅から隅まで。床に洗剤を混ぜた水をまき、ブラシでこすり、流してはまたこすり。並行して汚れ物をまとめて洗濯機を回す。効率を重視してか、ご丁寧に二槽式だ。普段自分で掃除も洗濯もしていなかった二人だが、住み込みから一週間程が経過し、なんとか一通りの事はこなせるようになっていた。
「急ぐ必要があったのは、俺たちのせいだけどさあ」
「あの様子からすると、多分日頃からの恨みつらみが溜まっているのでしょうね……」
「でもヒロミ姉さんもちゃっかりやり返してるのがすげえよな!」
「新幹線より早く動ける人間を罠に掛ける。京都は魔境ですか?」
「よう動く口やなあ」
机の下から、ヒロミがぬるりと現れた。タカオも浜倉もようやくヒロミのこの出現方法に慣れつつあった。
「あ、姉さん、おはようございます!掃除と洗濯終わったぜ」
「ふーん。じゃあ次、浜倉さんはお買い物お願いします。メモとお金はいつものとこに」
「了解しました!こうした任務はなんだか性に合いますね」
妙に張り切って浜倉が退室する。
「タカオはこっちで包丁の練習してもらいます」
「え、姉さん、いいのか?」
「勘違いしたらあかんよ。まだまだ寿司には触らせへんからね」
腰に手を当ててヒロミはため息をつく。その様子は、不思議とキツネによく似ていた。
「最初も言ったけど、このお店は人手が全然足りてへんの。肝心の店主が全然居らへん。まあ居てへん方がマシやけど」
辛辣な物言いだが、表情は柔らかい気がする。ヒロミは殆ど表情も感情も見せない。
「お店、大事なんだな」
「そうよ。うちはお寿司が好き。うちの子たちを美味しく食べてもらうのも好き」
ふと、タカオは今なら聞けるのではないかと思った。
「姉さん、なんでスシブレード嫌いなんだ?」
襷を掛ける手が、ぴたりと止まった。だが、その停止さえ、由緒正しい結び方の一手順であったかのように、ヒロミの手は直ぐにまた動き始める。
「京都の実家は、押し寿司の老舗やった」
ヒロミは念のため、浜倉が居なくなったのを確認してから話を続ける。
「由緒正しいお店。ご飯はおくどさんで炊くし、作り方もずうっと受け継いできた。でも寿司を回すことはせんかったの。それで京都進出を狙うてた寿司協会に睨まれた。取り込もうとしてきた闇寿司も追い返した。お父さんは孤独の道を進むことになった」
野菜のかごを下ろし、冷水に晒す。一つ一つ丁寧に土を除き、包丁を入れていく。
「その内、色んな事がちょっとずつおかしなっていったんやって。仕入れが難しくなったり、お得意さんが遠のいたり、妙な噂が立ったり。闇寿司の仕業とされてるけど実際どうやろな。ええとこ半々ちゃう?それでも無理して無理して頑張って、お父さんは倒れた。お店はよう続かんようになった」
調理の仕草が、その表情が、語る言葉と合っていない。タカオは思った。この人は今自身が口にしている事を、どう捉えているんだろう。
「お父さんは、うちを大阪に出すことにした。これからは寿司が回る時代や、勉強してきなはれ、って。確かにそうしたら、協会も認めてくれるかもしれへん。そうせな、やってけへん時代なんかもしれへん。せやけど、押し寿司は回すんに向かへんの。兄さんみたいに切って回されへんこともないけど、それはうちのお寿司やない。うちのは、箱に詰めた可愛らしい子たち。全部揃って一つのお寿司なんやから」
「姉さんの寿司、俺も可愛くて好きだ。あれ、また食べたいなぁ。作ってくれよ」
「あほ、あれはお客さん用や。真面目に聞いてたんかいな」
タカオが見様見真似で包丁を動かすのをテキパキ矯正しながら、ヒロミは言った。
「寿司を回すのは怖い。寿司を回す人たちは怖い。兄さんも怖い。あの人はしたたかやけど、こうしてお店やっていくのに色々悪いこともしてるんやろう。いつか京都に戻ってお父さんを手伝いたいけど、うちは、もう無関係ではおられへん」
タカオはそっとヒロミの顔を見た。
「なんで、寿司はおいしく食べて喜んでもらうだけやあかんのやろ。なんでお寿司は回らなあかんのやろ」
仕草や声を変えないまま、その頬を涙が一筋伝った。タカオが初めて見る、ヒロミの想いだった。
キツネは時々店に顔を出し、タカオの様子を確認してはまたどこかへ出掛けて行った。ヒロミとは特段何か話すわけではないが、店のこと、他愛ないこと、タカオのことをテキパキと情報交換する様子が小気味良い。もう長く共にいるのだろうか。タカオへの指導は稀だったが、ある日おからとこんにゃくを持って帰ってきた。
「坊はまずは数握ってみることや。酢飯の量や形は寿司の回転に大きく影響する。それを体得するんや」
「うへえ、結局繰り返し練習か……」
「当然や。ま、その内相手したるさかい、よう練習しいや」
キツネは普段どこで何をしているのだろうか。ヒロミのいう悪いことをしているのだろうか。だが、表情から何かを読み取ることは出来なかった。
「タカオ、次上がってるよ!はよ運んで!」
「はい!お待ちどうさん、ランチのセットだぜ」
「敬語!」
昼と夜の営業中はヒロミの手伝い、時間の合間を見つけてスシブレードの訓練の日々が続く。手になじむサイズと重量。タカオが練習で握る。取ったデータを浜倉が分析する。休みの時間も取らずに寿司を回しに行く二人を眺めるうちに、ヒロミは自分の変化に戸惑っていた。自分はスシブレードが嫌いなはずだったのに。スシブレーダー達に家業を、父を奪われたのに、今自分はどうしてこの子を応援したい気持ちになっているのだろう。タカオは師匠を闇寿司にやられた事、友人を闇寿司に取り込まれたことはキツネから聞いていた。それでも、こんなに明るく前向きに回ることができるのはどうしてだろう。
「変な子達。スシブレーダーも、スシブレードも」
ヒロミは自分の頬が少し緩んでいることに気付かなかった。そんな弟子の変化を知ってか知らずか、その夜帰ってきたキツネはタカオに告げた。
「よし、そろそろ稽古つけたろ。こっから先に進むつもりやったら知っとかなあかん」
「やったぜ、ありがとうございます!」
キツネのサングラスが光る。
「誤解のないよう言っとくけど、ここが最後のチャンスやで。全部忘れて元の生活に帰るか、スシブレーダーとして生きていくか」
タカオに、今選択肢が突きつけられる。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
「誤解のないよう言っとくけど、ここが最後のチャンスやで。全部忘れて元の生活に帰るか、スシブレーダーとして生きていくか」
タカオは一度身を震わせ、それから落ち付いた声で答える。
「俺は、知りたいよ。知って、サルモンと一緒に戦いたい」
キツネはその答えを予期していたようだった。
「分かった。さて、じゃあどこから話したもんか……。うん、まずは闇寿司と寿司協会の話からやな。元々寿司協会は寿司を守るために生まれた組織や。戦後すぐのこと、GHQが寿司屋の営業を禁止したことがあった。このままでは寿司の伝統を引き継ぐことができひん。そこで江戸を中心に古くから楽しまれとった鮨相撲のルールを整備し、スシブレードとして競技化。娯楽の提供と言い張って規制を掻い潜ろうとしたんや」
浜倉は合点がいったといった様子で呟く。
「成程、だから名前が英語だったんだ。鮨相撲として、スシブレードはもっと以前から存在していたんですね」
「そうや。努力の甲斐あり、寿司屋は何とか生き残った。それから無事に規制も解かれて、寿司協会はやがてスシブレードの団体として存続していくことになる。ただ、ここで問題があった」
珍しく、キツネの声が沈んでいる。
「寿司協会は寿司と伝統を守るためと言ってどんどん先鋭化したんや。自分たちだけが正しいと思い込んで、守られるべき正しい寿司の形を定め、それ以外の寿司を邪道と呼んで弾圧した」
これが、悲劇の始まりだった。
「闇寿司は、力を求めて邪道寿司を積極的に使って戦う集団や。その目的は、復讐。人を人と思わず、寿司を道具として扱う。寿司協会の定めた寿司の形を破壊する為に、あいつらは活動してる。闇の目的は寿司の概念の改変や」
「そんなところになんでカイが。やっぱり、俺は行かなきゃなんねえ!」
タカオは改めて決意を深める。理由を確かめなければならなかった。
「そうや。でも、その為にはまだ力が足りてへん。そこで、特訓や!」
「はい!やるぞサルモン!」
タカオの行く手に待ち受けるもの。闇寿司との戦いの幕開けが近付いていた。
第陸話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
いよいよ明かされる闇寿司の野望。燃えてきた、そんな悪い奴ら俺たちでぶっ潰してやろうぜ、サルモン。
でも、キツネ兄さんはどうしてこんなに俺たちに良くしてくれるんだろうなあ。すっげえいい人なんだろうなぁ。
あれ、ヒロミ姉さん、どうしてそんな悲しい顔をしてるんだ?キツネ兄さんに気を付けろって、どういうことなんです?
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第陸話「寿司の心、想いの形」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第陸話「寿司の心、想いの形」
キツネの心は揺れ動く。ヒロミとの生活を守る為に何ができるのか。その俊足も過去から逃れるには遅すぎた。
【アバンタイトル】
キツネは夢を見る。
もう十年以上前のことだ。竜の仮面を付けた男に手を引かれて、その少女は吉常にやってきた。暖かい大阪には珍しくよく雪の降った年で、その日もキツネは積もった雪の処理に早くから駆り出されていた。
「親父。竜さんと、なんやえらいちびっ子が歩いて来てんで」
「おお、来よったか」
当時まだ健在だった両親。仮面の男と父が話し込む横で鼻を赤くしていた少女に、キツネは目線の高さを揃えて話し掛けたのだった。
「お嬢ちゃん、中入ろか。お寿司食べへん?」
頷いた少女を厨房に招き入れ、キツネはアナゴとえびの押し寿司を振る舞った。お腹を空かせていたようで、次々と食べる様子が可愛らしい。ふと思い付いてバッテラも出してみる。
「サバのお寿司なんやけど、食べてみるか?」
「サバやったら、うっとこでも出してる!」
「お、ほなどうぞ」
すっすっと切り分けた四角い寿司を珍し気に見つめ、一口かじった途端、少女は花が咲いたように笑った。
「美味しい!うっとこのは丸いけど、四角いんね。これも悪うないわ」
「そらおおきに。よう噛んで食べや」
出された寿司を一人前ぺろりと平らげ、少女はお茶を飲み干した。
「そや、名前きいとこか。ボクの名前は――――です。お嬢ちゃんは?」
「ヒロミっていいます」
「ふーん。どんな字書くの?」
「えっと、木へんに……」
その少女が代々続く寿司屋の一人娘であること、実家の都合で預かる運びになったことはその後すぐに知った。孫ほどの年齢の少女が家族になったことをキツネの母は喜んだ。ヒロミの実家の協力で客に出すようになった箱寿司。キツネが受け継いできた押し寿司。そして戯れに回す寿司。楽しい日々だった。
しかし、ヒロミがごく薄くではあるが特殊な一族の血を引いていること、その力を目に付けてドラゴン仮面と父が、何も知らない少女を犠牲にする計画を進めていたことを、彼は知らなかった。両親が相次いで亡くなり、店と闇寿司の協力者の立場を継承した日、ドラゴン仮面はキツネを呼びそれを告げるのだ。
嫌だ、見たくない。幸福な日々が終わる、その決定的な瞬間。二人きりの夜。泣いているヒロミの手を握って寝かしつけた、その後に、襖が開き……。
「あー、最悪や」
キツネは天井を睨みつける。あの夜から、キツネは何かから逃げ続けている。俊足を誇る彼ではあったが、いつまでも逃げていられる訳はない。それでも、必死に。決定的な破綻を少しでも先送りにする為に。キツネは一人、相棒に語り掛ける。
「ほんま、寿司の意思はあばずれや。なんでタカオはこんな時に寿司を回し始めたんやろうな。運が悪かったと思って堪忍してくれな」
タカオなら、タカオを使えば、ヒロミを救えるかもしれない。勿論今のままでは足りないが、鍛えれば或いは届くかもしれない。
「大丈夫、お友達と戦う暇くらいはある。師匠の仇を討つチャンスくらいもある。それでええやろ」
そしてキツネは笑う。それが彼のトレードマークであり、被ると決めた仮面なのだから。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
「その為にはまだ力が足りてへん。そこで、特訓や!」
土俵の横でキツネが寿司を構える。バッテライトニング。そういえば、その声を聞いたことがないな、とタカオはふと思った。
「ボクが教えられるのは高速機動や。速度の上限はおおよそネタによって決まる。サーモンなら、まあまあええとこまで行けるやろ。ほら回してみ」
「よし、行くぞサルモン!」
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
バッテライトニングはやはり速い。そして瞬間移動としか思えない動きをする。
「スシブレに強く念じるんや、もっと寿司と心を一つにせんとあかん!ほらほらほら、もっと速く動ける筈やで!」
バッテライトニングが鋭い軌跡を描いて迫る。
「やっぱ速え!サルモン、負けるな!」
サルモンも加速する。だが、どうしても頭打ちになってしまう。キツネはそれを見て少し考えて言った。
「ライトニングの全速に比べたら、その半分くらいか。じゃあ鬼ごっこしよか、五分触られずに逃げられたら合格や。それが出来るまで終わらへんで!」
タカオは最初キツネのいうことがよく分からなかった。サルモンの声を聞くことは出来ても、心を一つにするとか、更に言えば、そうすればサルモンが速くなるとか。しかし何度も捕まって、またサルモンを回し直すにつれて、タカオはサルモンの速度が上がる瞬間を感じた。サルモンに避けろと念じるにも、寿司の行きたい方向や動きやすい方法がある。それを読み取って指示を出せば、タカオとサルモン二人分の意思が動きに反映されるのだ。取り敢えず避けろ、というのと具体的に指示を出すのでは雲泥の差がある。
「そうや、スシブレは心で回すもんや。スシブレにおいて一足す一は二やない。二百や!二人分で十倍に十倍なんや。どうやタカオ、サルモン、まだいけるやろ!」
「は、はい!サルモン、調子上げて行くぞ!」
より速くより長く。サルモンの声を感じて心を合わせれば、まだまだ上に行けるとタカオは確信する。
「すごい、回転力が上がっています!速度も回転力もこれまでの比じゃない。これが、スシブレードとスシブレーダーの絆なんですか!?」
サルモンとタカオは元より意思疎通には不自由していない組み合わせだ。コツさえ掴めば上達が早い。アツアツの白米が酢を吸い込むようにして新しい技術を習得していく。それを見てキツネは内心で舌を巻いた。もしかすると、タカオの素質は本当にヒロミ以上なのかもしれない。
いつの間にかキツネもまた夢中になってライトニングと共にサルモンを追いかけていた。もちろん速度は手加減しているが、それ以外にも追い込む工夫は色々とあるものだ。するとタカオも不利を察して逃げ方を工夫する。小技の応酬が続く。回してから捕まるまでの時間が明らかに長くなっていく。
ふと気が付くと、二時間が経過していた。寿司を回して時を忘れるなどいつ以来だろうか。ヒロミが店に来たばかりの頃、いや、もっと前。勝や栄と共に過ごした幼い日の修業時代。何か胸の奥からこみ上げるものを自覚し、それに蓋をするようにして、キツネは稽古を打ち切る。
「よっしゃ、ここまでコツを掴めば後は一人で鍛錬できるやろ。ひとまず例の坊には十分対抗できるんとちゃうか」
「ありがとうございます!ところで、闇寿司と戦うにはどうすればいいんですか?道場破りみたいなことするんですか……?」
勝寿司の襲撃を思うと、営業している寿司屋を襲うのにタカオは少し躊躇いを覚える。ご丁寧に闇の暖簾をサルモンで吹き飛ばすポンチ絵を想像するタカオだった。しかし、キツネの答えは妙に歯切れの悪いものだった。浜倉の目がすっと細められる。
「え、あー、そやな。大丈夫、あんじょう考えとくさかい、キミらは練習に励んどき。まだまだ油断したらあかんよ」
「分かりました。頑張るぞサルモン……ってこんな時間か!ヒロミ姉さんの手伝いしないと怒られちまうぜ。キツネさん、ありがとうございました!」
何の疑問も抱かず厨房に駆け込むタカオの背を、キツネは見送った。空虚な笑みが顔面に張り付いている。
タカオは改めて回転力の重要性を知った。攻めるにも守るにも、必要なリソースは回転力だ。サルモンの重さを考えると幾らあっても足りない。訓練終わりに浜倉と一緒に作戦を練る。
「湯呑を変えてみるのはどうだろう」
タカオは言ってみる。箸も試してみたかった。
「いいかもしれません。何種類か用意しましょう」
サルモンの意見も聞きながら、タカオは戦いの準備を進めていく。浜倉もスシブレード全般の知識と戦術を研究している。その様子をヒロミは遠巻きにではあるが、じっと見守るようになっていた。
「タカオのサルモンは、面白いお寿司やね」
ある日の仕込み中に、ヒロミがポツリと呟く。
「そうなのか?普通の寿司だと思うけど」
「ううん、変わってる。タカオと一緒に回れるのが嬉しいって、いつも言っとる。二人ともスシブレードが好きなんやね。うちが知ってる人は皆、寿司のことを道具か何かやと思ってた」
「そりゃそうさ、寿司は友達なんだ。なあ、姉さんもやってみようぜ!試合じゃなければ十二個一緒に回したっていいじゃんか」
ふざけて言ってみたつもりだったのだが、ヒロミは意外にも頷いた。
「そうやね、考えてみたら、お寿司に回りたいかを聞いてみたことなかったかもしれへん。なんか色々気付かされる感じやわ、タカオが来てから」
「うーん、褒められてる、のかな?」
ヒロミは思った。スシブレードは寿司や人を傷付けるばかりの存在ではないのだ。こんな風に人と寿司が同じ方向を向いていけるなら、それは素晴らしい事なのだろう。戦う事だけがスシブレードではないのだ。ずっとスシブレードが嫌いだと思っていた。でも昔はそうではなかった。幼少の頃の記憶が蘇る。キツネがまだよく笑っていた時代。今のように嘘の笑いではなく。
「いつから、うちはスシブレードのこと嫌いになってたんやろ。へんやの、なんか、兄さんと話がしたい」
物心ついてからスシブレードを遠ざけていたけれど、今ならば。自分でも何かキツネの助けになれるかも知れない。戦いは嫌だけれど、寿司と自分の気持ちに嘘さえつかなければ、何か変わるのかもしれない。そう思った。
「早く、兄さん帰ってこおへんかな」
ぎこちないながら、笑みを浮かべる少女を見て、タカオはなんだか嬉しくなってしまった。
「大丈夫だよ、またすぐ帰ってくるって!」
【アイキャッチ】
シュヴァルツ・シュヴァイン&ハンバーグ
【B part】
「いやはや、大変なことだよ。スシブレードの大会の運営とはね。会場の確保に根回し、最近監視の煩い妙な組織の対策。ああ忙しい忙しい」
「ほんで、寿司協会との交渉はどうなったんです?」
地方の某所、キツネはドラゴン仮面と向かい合っていた。闇寿司幹部との不定期な会合は以前から持たれている。だが、その活動が本格化した今、その内容はいよいよキナ臭いものへと変わっていた。だというのに、今日のドラゴン仮面は妙に鷹揚で、迂遠な話ばかりしていた。
「まあまあ、そう焦らなくてもいいじゃないか。いや、そういう人か君は。いつも急ぐばかりで落ち着きがない」
「話すことないんやったら帰らしてもらいますよ。仰る通り、ボクは気が早いんで」
「それは困るね。ならそちらの流儀に合わせよう。交渉は決裂さ。大したタマだよ。マドンナリリーは我々の要求を拒否した。正攻法ではもはや我らの大願は成しえない」
ドラゴン仮面が顔を寄せてくる。どこか饐えたような香り。酢飯の匂いの成れの果て。
「遂にあの子を使う日が来たんだよ、キツネ君。寿司の巫女を依り代とした大儀式。寿司の悪魔の召還だ。遂にあのお方が寿司の歴史を変える日が来たのさ」
囁きから零れ落ちた昂る感情。それが嫌に聞きなれて思えるのをキツネは他人事のように分析する。まるで何度も聞いたような台詞と声。そうだ、キツネはこの日をずっと以前から思い描いてきた。だから、ここからだ。ここでヒロミの代わりとしてタカオに注意を向けることが出来れば……。
「それなんですけど、儀式の詳細はもう失われてるんちゃいます?精神酢飯漬けからして未知の危険の塊や。限られた文献から再現しようにも、無理がある。貴重な巫女を危険に晒すだけやと思いますね」
「ほほう。それで?」
「もっと確実な手段があります。例の弟子。あいつのスシブレ、気付いてるんでしょう。あれは可能性の寿司や。あいつとあいつの寿司を使えば、寿司の巫女の代わりくらい幾らでも務まる。闇の力に触れさして、寿司を媒介にして寿司の意思に干渉する手法もある。ずっと安全やし、例の血族という不確定要素も……」
用意していた言葉を連ね、核心に迫ろうとしたその時、彼の胸を鋭い痛みが貫いた。気付かない振りをしていたものだった。胸の痛みも、彼の寿司の嘆きも。ライトニングが、彼に強く呼びかけている。誇り高い彼はこれまでじっと力を貸してくれていた。けれど、ここに越えてはならない線があるのだと告げている。黙り込んだキツネに向けて、ドラゴン仮面は声を掛ける。
「ここのところ色々嗅ぎまわっていたかと思えば、そういうことか。まったく、忠告はしたはずなんだよ。タカオ君の利用については、まあ個人的に気が引ける事情もあるのだけれど、魅力的な提案でもある。早速ご裁可を仰いで見たらどうかな」
芝居がかった挙動で、ドラゴン仮面は部屋の一角を示す。闇親方がそこに居る。ドラゴン仮面はいつの間に席から離れ、片膝を地に付けて頭を垂れている。
「キツネよ、先代が見たら泣いているだろうぜ。折角手筈を整えて息子に継がせた計画なのによ、当の本人が情に流され反故にしようとは。だが、言いたいことがあるのなら聞いてやってもいい」
相変わらずぶっきら棒な語り口。だが、その裏にあるのは怒りだ。抑えきれない怒りを、この怪人はずっと燃やし続けている。最早何に対しての怒りなのかも分からないだろうに、その解消の為に、この世の寿司概念の改変を目論んでいる。その怒りにキツネの先代は惹かれた。その怒りをキツネは恐れた。しかし、今のキツネには最早そんなことは問題ではない。
「あー、やっぱいいですわ。そもそもボクは強硬策の儀式とやらには乗り気じゃなかったし、それが無くなった今、ここにいる意味全部なくなったんやな。バイトでもないし、わざわざ代案とか考えるのもあほらしい。ちゅーわけで、今までクッソお世話になりました。今日を境に縁切らしてもらいます」
「やはり所詮その程度か。何事にも向き合わず、その恵まれた才を逃避にのみつぎ込んだ結果がその様だ、キツネ。闇には落ちきれず、かといって光の中を歩むことも叶わず。お前のスシブレードには誇りがない。正道が求める美しさも邪道が求める強さもない。かといってこのまま見逃すわけにもいかねえが」
闇の背後から突如としてハンバーグが飛来するのをキツネは躱した。
「お前があの娘を、あのガキを庇い立てするのは分かった。ならばこちらも手を打とう。シュヴァイン、来い!」
かつてカイだった少年が姿を見せる。だがその頭部はますます黒く、豚そのものと化している。目を見開き牙を剝いてシューターを構えている。
「散々貶してくれはった割に三対一とは、えろう高う買うてもろておおきに。坊、元気か?また一段と豚らしくなってまあ。タカオがびっくりしてまうで」
タカオの名に豚が唸り声を上げる。戻ってきたハンバーグを受け止め、構え直した。ドラゴン仮面も懐からスシブレードとシューターを取り出している。
「キツネ君、率直に言って君と戦いたくはなかった。すばしこいからね。だから、今日の会場にはちょっとした細工をさせてもらったよ」
キツネ自身も気付いていた。彼と寿司の能力である高速移動は封じられている。仮面の男が続ける。
「協会は結局、邪魔な寿司を邪道認定していじめることで既得権益を守ってきたんだ。変革の動きもあるようだけど、遅すぎる。だからこその我々の儀式。闇親方が寿司に正しい形を取り戻すんだ。それを分かってもらえず残念だよ」
キツネはタカオとサルモンの訓練を思い返す。彼らならば、闇の目的に対してどんな答えを出すだろうか。キツネには分からない。その答えを出す為の努力をしてこなかったから。ただキツネは、キツネ自身の想いを叫ぶしかできない。
「誤解のないよう言っとくけど、ボクはおのれらの正道邪道には何の興味もないんや。ボクらの押し寿司は、江戸前よりずぅぅっと昔に成立した歴史ある寿司。それから見たら協会も闇寿司も全部邪道じゃ!掛かって来んかい!」
闇寿司の主人は笑う。
「それでも、お前はスシブレーダーだ。スシブレーダーならば寿司を回し、寿司に回される運命からは逃れえないと、分かっているだろうによ」
キツネが、箸と湯呑を握る。バッテライトニングは完璧な状態でそこにある。
「闇兄さん。いや、栄兄さん。タカオとサルモンのスシブレ、めっちゃおもろいで。あれがいつかあんたらに届く。あいつらがキッチリあんたらの行いを否定する。悔しいことに、ボクみたいな半可にはそれは出来ひんけど、せめてあんたらのアホな野望だけはここできっちり潰したるわ」
「お前の減らず口、忌々しいとずっと思ってきたが、寂しいものだな。今日で聞けなくなると思うと。やれ」
「「「三、二、一、へいらっしゃい!」」」
部屋が閃光に包まれた。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
「きゃああああああああ!」
叫び声と共に、ヒロミが座り込む。
「どうしたんですか!」
浜倉が駆け寄ると、ヒロミは取り落とした封筒を指さして震える。
タカオは、その封筒を拾い上げる。それには、血に染まったキツネの姿を収めたポラロイドカメラによる写真と、真っ黒に変色した血で書かれた手紙が入っていた。
『スシブレード・トーナメントにて待つ』
第漆話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつの名前はサルモン!
届いたのは血塗られた招待状!今度はキツネ兄さんがやられた、もう我慢できねえ……。行くぞサルモン、今こそ修行の成果を見せる時だ!え?結局野菜切れるようになっただけだろって?バッカヤロー!掃除もできるようになったぜ!
ところで、浜倉さん、ヒロミ姉さんはどこに?え、居ない?一人でトーナメントに向かった?無茶だ!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第漆話「激闘!スシブレード・トーナメント開幕!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第漆話「激闘!スシブレード・トーナメント開幕!」
囚われた大切な人を想って少女は立つ。忌々しき力に頼るしかない自分を恨むのは、しかし今ではない。
【アバンタイトル】
ヒロミは寿司が好きだ。美味しい寿司は人を笑顔にするから。一方で折角作った自分の寿司を戦いの道具にすることが嫌だった。
「ヒロミ姉さん、しっかりしろ!大丈夫、キツネさんは無事だよ。助けに行こう」
ヒロミはキツネが嫌いだ。ヒロミと店を守るために寿司を道具にするから。一方で、臆病なくせに何もかもを背負う彼のことを案じていた。
「私は反対です。あからさまに罠ですよ。状況がはっきりするまでは堪えたほうがいいと思います」
「なんだよ浜倉さん、俺たちこのままじゃどうにもならないよ。何か助けのあてでもあるってのか!」
「そ、それは……」
スシブレード。今の彼女にどれほどの力があるかは分からない。ただ、このままではいられなかった。一つの気掛かりがあったから。キツネの様子が、明らかにおかしかった。タカオに闇寿司との仲介を約束した時は特にそうで、まるでタカオを闇寿司の元に誘導しようというようだった。
「お店、開けなあかん。ほら、掃除始めよ」
ヒロミは二人に営業の準備を頼む。こういう時こそ何か手を動かしておいた方がいいから、と言うと二人ともが従ってくれた。彼女自身も寿司を作り始める。
「どうしたらいいんやろうな。助けに行きたいって言ったら、怒る?」
箱寿司の市松模様は、四種類のネタを一度に押した寿司を切り分け、組み替えて作られる。一つ一つは小さい寿司だ。サルモンやバッテライトニングに比べて。よくて七割程度の回転力しか生まないだろう。けれど、彼ら十二勇士はヒロミの背中を押してくれた。
「そうやね、勝つためやない。助けにいくのが目的。みんなありがとう」
ヒロミは少し大きめのお重を用意する。真心を込めて作り上げたその寿司の名前を呼ぶ。
「力を貸して、私のスシブレード。可愛い宝箱、ジュエリー・ボックス」
本当は知っていた。キツネが背負ったもの、先代から受け継いだもの。あの日から、キツネとヒロミの関係は変わってしまっている。それでも、今なら何かを変えられる気がした。
「ヒロミ姉さん、補充終わったぜ」
タカオが目にしたのは二通の手紙と二箱の寿司。ヒロミの姿は店中探しても、どこにも見えなかった。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
スシブレード・トーナメントの会場は某県山奥に設けられている。深山幽谷、それに合わせた訳でもあるまいが、濃緑のサマードレスを身に纏った人物がヘリから降りる。
「マドンナ、お早いお着きで」
黒装束の部下が控えている。スーツケースを任せ、颯爽と歩く姿はまるで百合の花だ。マドンナ・リリーと呼ばれる彼女は、寿司協会初の女性スシブレーダーであり幹部だった。
「闇との交渉に当たった身としては、老人たちには危機感が足りないとしか思えないな。時代の流れは速く、我々の変化は遅い」
「共催を中断する選択肢もあったでしょうに。闇戦力の確認と減殺、でしたか。その割にお粗末な戦力です」
「ふん、少しは痛い目にあっておく方が今後の寿司協会の為になろうというものさ。いざとなれば私が動く。"華散らし"はもう揃っているな?」
「はっ、総員、監視態勢に入っております」
「闇の動向を縛る必要はない。だが準備は怠るなよ」
「御意」
マドンナは中央制御室へ向かった。
「状況は良くない。こちらは守旧派も改革派も浮足立っている。我ら中庸勢力もとやかく言えたものではない。これが狙いだとすれば闇親方、侮れん男だ。まったく、現場に立たなくていい程度には偉くなっておくんだったな」
マドンナは闇が本大会で何か企んでいることを知っている。そしてそれへの対抗が後手に回ることも予感している。情報が断片的過ぎるのだ。それでも大きな流れの中に自らの信念をねじ込むのがリリーの政治的信条でもある。
「寿司概念の改変。余りに危ういが、面白くもある。精々寿司の普及に役立てるとしよう」
様々な思惑の中で、トーナメントの予選が始まろうとしていた。
「予選はバトルロワイヤル形式です。通過人数は八名。その際手段は問いませんし、フィールド内での行動は自由ですが、ブレーダーへの直接攻撃は即座に失格となります。また只今から一時間、予選参加を締め切るまでは一切の戦闘行為を禁じます」
およそ20人程いようか。参加者の集団の中にヒロミは居た。周囲の殆どは協会の選手だ。闇の一味と思われているのか、剥き出しの敵意を前に、ヒロミはむしろ冷静になっている自分を感じる。彼らの内でタカオ程に寿司を想う者がどれ程いるというのか。本戦に残りさえすればいい。生き残る事だけを考えればいいなら、自分の非力なスシブレードでもやりようがある。
「それでは各自フィールド内で所定の位置についてください。幸運を」
散らばっていくスシブレーダー達。フィールドは一辺が数kmに及ぼうかという広大なものだった。着物で来たのは失敗だったかもしれない。だがブレーダーへの攻撃が禁じられているのなら大丈夫だ。一時間ほどで割り当てられた地点に到着すると、そこには地図と食料が設置されている。
「ご丁寧なことやわ。暑いけど大丈夫やろか」
念のため確認すると、固形食と純水だった。準備の良いことだ。
「時間使ってもうたな。早めに移動しとこ」
荷物をまとめ直し歩き出そうとするも、近くの草むらから誰かが飛び出してきた。
「ヒヒッ!もう遅いぜ!」
「我ら三兄弟の正義の鉄槌を食らえ!」
「闇寿司許さん!」
スシブレードを構える三人。ヒロミは呆れて思わず聞いてしまった。
「いやいやいや、三対一ってそんなんありなん?あんまり知らんけど約定とか守らんくて良いのん?」
「いいんだよ!多人数戦で土俵でもないのなら、約定の縛りは受けないぜ!」
「あ、スシブレードは回してる間は絶対汚れないから土の上で回しても大丈夫だ」
「うっひょー!すげえ、これで安心だぜ。あ、でもスシブレーダーじゃない皆は真似しちゃだめだぞ!」
何やら騒ぐ三人を前にして、ヒロミは懐から箱を取り出す。
「そっか、ええ案配に運ぶもんやね。いくよ、みんな」
掛け声だけはいつもの通りに。今こそ箱寿司の力を発揮する時だ。
「「「「三、二、一、へいらっしゃい!」」」」
【アイキャッチ】
ヒロミ&ジュエリー・ボックス
【B part】
「「「「三、二、一、へいらっしゃい!」」」」
打ち放たれる三つのスシブレード。江戸前らしく、白身魚を中心とした正統派だ。それに対してヒロミ側からは十二個の寿司が展開する。
「十二個も!?さすが闇寿司、卑怯すぎる」
「邪道だ!」
「くっ、負けるわけには」
「あーもー、うるさいな。仕掛けてきたんはあんたらやろうに。みんな、お願い!」
完璧な連携を保ち、ジュエリー・ボックスは躍動する。陽動と分断から包囲殲滅へ。たちまち協会側のスシブレード達はひっくり返り、哀れにも一敗地に塗れた。
「そんな、俺たちの寿司が、邪道寿司なんかに……」
「いや、しかしなんだあの寿司の美しさは……」
「これが、闇の力だというのか……」
口々に文句を言いながら寿司を頬張る彼らにヒロミは眩暈を覚える。彼らは正道邪道を語りながら、箱寿司のことも知らないのか。いや、意外とマイナーなのだろうか、自分が打ち込んできた寿司は。
「誤解のないよう言っとくけど、うちの寿司は京都に代々伝わる歴とした押し寿司です。それにうちは闇とは関係あらへん。闇に囚われた人を助けに来たんや」
そう言うと、彼らは急に明るくなった。
「なんだ、ちゃんとした寿司なら最初から言ってくださいよ」
「姐さんって呼ばせてください!」
「折角だから闇と戦いたかったけど、俺たちは俺たちで立派にやったよな」
「なんかちょっと引っかかるけど……。あんたら、闇寿司のことどんくらい知ってんの?」
訝しんで聞くヒロミに、彼らはあっけらかんと答えた。
「全然知りません。なんか邪道寿司で悪いことやってるから成敗するとか」
「なんか昔の偉い人がやられたらしいっすね」
「でも大丈夫ですよ、選び抜かれた協会屈指のスシブレーダーが本戦に進むはずだから」
どうやら完全に物見遊山で来ていたらしい。去り際に、ヒロミはふと思い出して言った。
「あんたたち、あんま知らん寿司やからって何でもかんでも邪道って言ってたらあかんよ!」
「はーい!」
「これからは気を付けるぜ」
「姐さんも頑張って本戦に進んで下さい!」
協会側も色々あるという事だろうか。それにしても、酷い。何の為に戦うのか、彼ら自身何も意識さえしていないとは。とは言え、本戦に残ってキツネを救出しなくてはならないのだから、初戦が軽く済んだのは喜ぶべきだろう。
ヒロミは慎重に歩を進める。戦闘は自衛に留め、なるべくなら避けたい。だが、戦闘の余韻はスシブレーダーを引き付けてしまうらしい。少し進んだところで、ヒロミは何者かに捕捉されたのに気が付く。何度か撒こうと試みるも、誤魔化せている気がしない。手練れなのだろう。
「ああ、こういう時兄さんやったらぱっと逃げよるのになぁ」
仕方なくシューターを構える。数で有利が取れるならば恐れすぎるのも良くないだろう。姿を見せたのは、異形のスシブレーダー、シュヴァルツ・シュヴァインだ。鼻を引くつかせて匂いを辿ってきた様子である。
「妙な匂いがすると思えば、お前がそうか」
くぐもった発音。口の構造も変化しているというのか。ヒロミは目の前のスシブレーダーが闇のスシブレーダーである事、寿司の力を取り込み肉体の一部が変化しているのを直感する。幼い日に見た竜の仮面が目にちらついた気がした。
「できることなら戦いとうないんやけど?」
言いながらヒロミは何とか逃げ出す方策を考え直す。怖気がするのだ。このスシブレーダーは何かがおかしい。戦ってはならない。
「お前とは戦わない。闇はお前を襲わない」
「どういうこと……?」
向かい合っているところに、もう一人の予選参加者が割り込む。
「そこまでだ!カイ、カイなんだろ?」
タカオとサルモンだ。ヒロミをかばうように、闇のスシブレーダーの前に立つ。豚は牙を露わにして唸った。
「お前の友は死んだ。もう居ない。俺の名はシュヴァルツ・シュヴァイン!闇のスシブレーダーだ」
「じゃあシュヴァイン。師匠をやったのは、キツネさんをやったのはどうだ?お前がやったのか?」
「そうだ」
シュヴァインの瞳に燃える復讐の炎をタカオは見た気がした。
「なら、もう語るべきことは何もない。戦うぞ、構えろよ」
「望むところ。だが、今はその時ではない」
遠く空砲の音とアナウンスが響く。
『只今を持って予選を終了します。本戦通過者は運営本部までお集まりください』
豚は踵を返す。
「俺も、お前と戦う為にここにいる。本戦で会おう」
一陣の風と共に、シュヴァインは走り去った。決勝へ駒を進めるのは八名。協会のスシブレーダーとして、梅木、竹浦、松山、美木。闇の勢力としてはシュヴァインとドラゴン仮面。そしてタカオとヒロミだ。彼らを待ち受ける運命やいかに。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
『本戦は四日後です。組み合わせは当日の第一試合前に決定されます。各員はスシブレードの調整や準備に当たってください』
アナウンスは短く素っ気なかった。割り当てられた部屋は連番になっている。思いのほか立派なホテルにタカオは喜んだ。
「こんなとこに泊まれるなんて、トーナメントに参加してよかったぜ!」
「なんで着いて来たんや。折角手紙書いたのに読まへんかったん?」
「読んだぜ。姉さん字がキレイなんだな」
「タカオ、あんたは闇寿司に狙われてるんかもしれへんのよ!危ないから来たらあかんって」
「そりゃないぜ。じゃあ姉さんも危ないってことじゃねえか。キツネさんだって助けないといけない。手伝わせてくれよ」
ひょっこりと浜倉も顔を出す。
「いやはや、そう言って聞かなくて困りました。僕としても苦渋の決断だったんですが、個人的な情報網を駆使して……」
ヒロミはため息を吐いた。ここまで来たら同じことだ。
「しゃあない、本戦までに兄さん見付けてとっとと撤退しよ」
「俺はあいつとの決着も付けなくちゃいけないけど。まあ、まずは飯だな!」
歩き出す一団の後ろで、カメラが回っていた。離れた拠点でドラゴン仮面はほくそ笑む。
「何事にも保険は必要だからね。それにしても随分慕われてるものじゃないか、キツネ君は」
目線の先には拘束され、白濁液に漬けこまれたキツネがいる。
「ふむ。もう少し酢の配合を考えなくては。本番までに試せる組み合わせは全部試したいからね。いやはや、サンプルが少なくて困っていたのだけれど、何度漬け込んでも壊れない検体は経済的でいいねえ」
邪悪な高笑いが、薄暗い実験場に響き渡っていた。
第捌話に続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
トーナメントの予選を突破出来てよかったぜ、ヒロミ姉さん!って怒らないでくれよ、美人が台無しだぜ?
でもこのままじゃ、俺たちはカイに、いや、シュバインには勝てねえ。特訓だ!俺は姉さんにスシブレードを教えるから、姉さんは俺にスシブレのメンテナンスを教えてくれ!
え、なんだよサルモン、シュヴァインのスシブレードが妙だった?
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第捌話「正道と邪道、交わらぬ二つの道!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第捌話「正道と邪道、交わらぬ二つの道!」
大会の裏で蠢く闇寿司。だがその対極を占める筈の協会は果たして光たりえるのか?情勢は複雑怪奇。
【アバンタイトル】
「マドンナ、速報ですが彼らの身元が判明しました」
「分かった。三番モニターに出してくれ」
マドンナ・リリーは仮眠から覚めて報告を聞く態勢に入る。
「まずタカオですが、つい先日勝寿司に弟子入りした人物のようです。襲撃の以降は行方知れずでしたが、吉常寿司に保護されていた模様。次にヒロミは京都寿司名店の一人娘です。同様に吉常寿司に保護されていたものです。浜倉については素性がはっきりしません。しかし、その際のダミーデータが特徴的です。例の組織のエージェントである可能性が高いと。現段階での情報はファイルとしてまとめてありますのでご覧ください」
マドンナ・リリーは眉間を揉むようにする。
「キツネか。食えない男だが、先日粛清されていた筈だな?」
「はっ。消息を絶っております」
「奪還か復讐か。いずれにせよ頭の痛いところだ。今はまだ例の組織とも事を構えたくはないぞ」
マドンナはファイルをめくっていたが、ヒロミの調査結果を読んではたと手を止めた。
「当然狙うは寿司の意思、その為の彼女か。よし、彼らを闇寿司と接触させないようにそれとなく妨害に当れ。ただし、ヒロミが動くときは絶対に近付くな。これは飛び切りの厄種だぞ」
溜息を吐く。まだ何かが起こると決まったものではない。どの道、今のマドンナ・リリーにできることは少ない。
「万一の時の為だ。土俵建設に関しては警戒レベルを引き上げるぞ。例の機構を強化しておけ」
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
タカオと浜倉の部屋で、タカオ達はスシブレードの整備に励んでいた。流石は寿司協会の用意した宿泊施設、食材の処理に必要な水場や道具、温度指定が可能な冷蔵庫、果てはスシブレードを回す為の土俵まで準備されている。浜倉を巻き込むのは心苦しかった。この大会が協会と闇寿司の共催になっている時点で危険性は否定できないのだ。せめて本番としての夜間行動はスシブレーダーである二人で行う事として、浜倉には施設全体の偵察を任せていた。その上で、ヒロミとタカオはスシブレードの調整に励みつつキツネを捜索する方針を考えているのだが……。
「予選のルールはたまたまうちに有利やったけど本戦ではどうなるか。もし本戦までに兄さん見付けられへんかったら」
後ろ盾のない状態で敗者が会場に残ることができるのか、何かしらのペナルティを課されるのではないか。ヒロミと浜倉はこの点を怪しいと睨んでいた。
「俺はシュヴァインと戦いたい。それにヒロミ姉さんだって結構な腕じゃないか」
練習試合を経てタカオとヒロミは何度か手合わせをしたが、実力は伯仲している。
「戦いを見世物にするのは好かんわ。タカオもそう都合よくあの豚さんと当れるかも分かれへんのよ?」
「それはそうだけどさぁ」
「当たったとしても、あの時の豚さんのお寿司、なんかおかしかった。あれとは戦ったらあかんような気がする」
もしキツネ奪還がうまくいかない時にどうするか、結論は出ないままだった。
「二人とも、一息入れましょう。食事と構内の地図を入手してきました」
浜倉が戻ってくる。相変わらずの手際の良さである。
「予選のフィールドの跡地にスタジアムが建設されていますね。すごい速度ですよ」
浜倉は興奮気味に語る。元来、こういった現場での情報収集は得意なのだ。
「闇寿司の為の建物がある筈なんやけど、そんな情報は載ってへんか」
「しかし概念改変ともなると大掛かりな装置が必要です。電力消費量の調査までやれば分かりそうですよ」
「今の段階では、怪しまれへんように地道にゆっくり探そ。まあどれだけ意味があるか知らんけど」
食事を終え、ヒロミはジュエリーを改造している。
「姉さん、それどうするんだ?」
「シマの量をちょっと増やしてみたの。それと味付けの種類を増やして、それぞれの得意型を分ける。相手との相性によって十二種類使い分けられるように。付け焼刃でも、闇との戦闘にできるだけ備えはしときたい」
タカオは感心した。寿司の調整や戦い方も色々あるのだ。
「サルモンも味付け変えてみるかなぁ。ポン酢とか美味いかも」
「せやねぇ。サルモンは色んなアレンジがきくと思うわ。ちょっと試してみよか」
「そう言えば、運営の方でネタや調味料を提供していました。貰ってきましょう」
「あ、ちょっと待って」
飛び出していこうとする浜倉をヒロミは呼び止める。何言か耳打ちすると、浜倉はにやりと笑って了承した。疑問符を浮かべるタカオだったが、さておきと言った感じでサルモンに語り掛ける。
「楽しみだなサルモン。もっと美味しく強くなるんだ」
返事はなかった。サルモン自身も何かを案じているようで、タカオは気を引き締める。カイの、シュヴァインの寿司には、やはり何かがあるのだ。それでも、まずはキツネの所在と状態の確認が出来ないことには先の見通しも立たない。根本的な問題も残っている。キツネの奪還と本戦出場は恐らく両立し得まい。タカオは、今はそれを気にしないことに決めた。
夜になった。浜倉を残し、タカオとヒロミはそっと宿舎を後にする。敷地が広いこともあり、手分けしてキツネの手掛かりを探す手筈だ。それを聞いてタカオはヒロミを心配した。
「ちぇっ、大丈夫かなぁ」
「それはこっちのセリフや。約定のない範囲ならうちのジュエリーの方が戦力になる」
「それはそうだけどよ。無茶は禁物だぜ。ヒロミ姉さん、思ったより突っ込んでくタイプなんだから」
「生意気言うようになったね。でも今日はまずは様子見や。なんかあっても夜の特訓で道に迷った、とか言うんよ」
「分かった。じゃあ二時間後にここで」
月が昇ろうとしている。タカオは懐のサルモンを確かめてから、建設中のスタジアムへと潜り込む。
「なんか地下施設とか好きそうなんだよな、悪い奴らって」
勿論これは難癖の一種である。それでも、何か妙な仕掛けがないかの確認も兼ねて下見をしたかったという事情もあるので気は抜かない。警備はなかった。客席と土俵に可動式の屋根という簡素な造りで、支度は各自の部屋でしてくるということだろう。もう八割以上完成している無人の客席を見渡してから、タカオは慎重に土俵際へと歩み寄った。
超合金製の土俵が月光に淡く輝く。触ってみたい衝動を堪えて観察する。仙台で見たような地下への隠し扉もない。土台には何やら複雑な装置が備えられているが、ここまで大っぴらに付いているのなら怪しいものではないだろうと見当がついた。帰ろうとしたタカオはいつの間にか、最前列の客席に一人の中年女性が座っていることに気が付く。
「悪い子だ、こんな時間に出歩いているとは。タカオ、でいいんだろう?」
「だ、誰だお前は!?」
「おっと。そうだね、呼ばれている名は幾つかあるが、マダム・スシとでも呼んでもらおうかな」
自分で言っておいて、女性は突如笑い出した。タカオが警戒心を強める。
「やっぱりやめよう。私はマドンナ・リリー。マドンナと呼んでくれ」
それも大概だ、とは思ったが口に出さない分別はあった。
【アイキャッチ】
マドンナ・リリー&???(調理された甘エビの寿司)
【B part】
「マドンナ・リリー」
「やれやれ、知らないようだ。もう少し偉くならないと顔も名前も広がらないものだな」
「な、なんかすみません」
「いやいい、私はあれだ、寿司協会の雇われ理事の一人さ。けれども、闇寿司との交渉役と言えば君の印象にも残るだろうか」
マドンナの発言にタカオは驚く。ではこの大会における運営サイド、それもかなり上位の人間ではないか。マドンナは手を振って補足する。運営主体として協会と闇の合同で委員会が立ち上がっており、業務はそちらに一任されていると。
「今夜は君に用があって、ここで待っていたんだよ。君は何の為にここにきて、どんな想いで闇と向き合うのか、一つ聞かせて欲しくてね」
マドンナの問い掛けはシンプルだった。タカオは迷う。会ったばかりの知らない人間に話すべきことなのか。だが、目の前の女性もまたスシブレーダーだと感じられる。状況をおかしがっているマドンナの寿司の押し殺した笑いも聞こえてくる。それを信じて、タカオは口を開いた。
「師匠が闇寿司のやつらにやられたんだ。だから最初は、なにかしなくちゃって、それだけだった。でも今はちょっと変わった。俺の友達が闇の仲間になってたんだ。その理由を知るために、俺はあいつともう一度スシブレードで戦わなくちゃならない。それと、お世話になった人が闇に囚われてしまった。それを助けたい人がいて、俺はその人の手伝いがしたい」
正直に言ったタカオだったが、マドンナは短く鼻を鳴らした。
「闇寿司に酷いことをされたから、その分を取り戻したい、と。まあ結構じゃないか、受動的で。頑張るといい」
「マドンナ?」
「見込み違いだったかね。まあ折角だから言っておこう。今、寿司協会も何かとややこしい。闇寿司に協力するべきだという者から、断固排除しようという者。適度に利用しようという者。だが誰も闇の存在の本質に気付いていない。あれらが我々に突きつけている挑戦を理解しようとしていない。タカオ、今のままでは君はきっと後悔するだろう。それでも、私は君とサルモンを買っているんだ。もし闇に立ち向かう助力が欲しければ、いつでも言ってくるがいい」
席を立って、マドンナは小袋をタカオに投げてよこす。
「本わさびだ。あの娘は箱寿司が専門だから、その辺りには疎いだろうと思ってね。ただし、十分気を付けることだ。力は時として闇を呼ぶものだから」
「あの、俺は」
「悪かった、外野からとやかく言って。行動しているだけ立派なものだ。叶うといいな、キツネ奪還も、カイとの勝負も」
それだけ言って、マドンナはドレスの裾を翻した。ヒールの音が遠ざかっていく。見上げると、天を狙う弓のように、月が輝いていた。
その夜、結局タカオもヒロミも収穫は無かった。初日だからこんなものだ、と翌日に備えて眠ることにはしたが、ヒロミの表情はやはり暗かった。遅めに起きてまたスシブレードの改良を続ける。味付けを変えつつ、実際に回し試していく。タカオは運営に依頼してワサビを何種類か用意してもらう。マドンナに言われたことが気になり、貰ったワサビがあることは誤魔化してしまった。
「ヒロミ姉さん、ワサビの擦り方教えてくれよ」
「ええよ、でもうちはあんまり使わへんからなぁ」
すると浜倉が生き生きと語りだす。
「説明しましょう!サビは生ネタを用いるスシブレードの重要な構成要素です!主に速力に強く作用し、集中して使えば速度を五割増しにもするとか!歴史上は魚の生臭さを消す他、殺菌効果などもあり、寿司とは切っても切れない関係にありますね。ところでお二人はイカやタコの寿司を食べるときワサビが効きすぎていると感じた事がありませんか?わさびの鋭い風味は脂によってある程度緩和されると言われており、サルモンの場合には味を損なわないまま多量のワサビを強化に使うことができるのですね!この点もまたサルモンのスシブレードとしての拡張性の高さが表れる例で……」
「は、浜倉さん、よう知ってはるんやね」
「そりゃもう、頭脳担当として私にできることはなんでもやりますとも!」
「でもサルモンに合うのはいい知らせだ!早速擦ってみようぜ」
まずはわさびの茎をむしって皮を削ってみる。デコボコしているので慣れが必要だが、ヒロミのサポートで何とか一本剥いた。
「これどっちから卸すんだ?」
「うーん、ちょっと勿体ないけど、上の方だけ使うと見た目がええね」
卸し金ですって味見をするとやや辛みが足りない。
「力入れすぎとちゃうかな。ゆっくり優しくやらなあかんで」
「よし、今日はサビの練習だ!」
サルモンとジュエリー・ボックスの改良が順調な一方で、キツネの捜索は遅々として進まなかった。正確に言えば、怪しい施設は洗い出されているのだが、警戒レベルも高く、身動きが取りづらい時間が続いている。ヒロミの焦燥は見ていて辛さを覚えるほどだった。
それでも根気強い情報収集と分析を経て、遂に迎えた本戦前日、キツネの収容所と思しき建物が特定された。中の様子は分からない。しびれを切らした浜倉が予備偵察に出向く。日はすっかり暮れていた。救出を決行するとしたら今夜しかない、その思いで準備するタカオの背にヒロミが語り掛ける。
「あんたは残っとき。今日まで手伝うてくれて、おおきにな」
タカオは何かを言いかけて飲み込む。心のどこかで彼自身も考えていたことだった。見透かしたようにヒロミは微笑む。
「元々、あんたはあの豚さんと戦わなあかんのやもの。今のサルモンとタカオやったら、きっと戦える」
「それでも俺は姉さんを手伝いたいよ!キツネさんだって酷い怪我だ。良くしてくれた人をあんなにされて、見過ごせるもんか!」
「ううん、もう十分お返しは貰てる。あんたらがここまで来てくれへんかったら、うちと兄さんはずっとすれ違うたままやった」
ヒロミはタカオを抱きしめた。
「こっからは、うちと兄さんの問題。タカオ、堪忍な」
部屋を出ると、浜倉が壁を背に立っていた。
「趣味悪いんと違う?」
「職業柄です。明日に向けて会合があるらしく、裏手が手薄でした。でも、どうかお気をつけて」
浜倉は脱出経路を記した紙を寄越す。キツネの容体に応じて川を利用したプランまで描かれている。手際の良さは相変わらずだった。受け取って、ヒロミは外へ出る。新月の夜で夜陰に紛れて進めるだろう。だがその闇は敵の棲み処でもある。足取りは軽い。手鞠歌を小さく口ずさみつつヒロミは進む。
「まる たけ えびす に おし おいけ
あね さん ろっかく たこ にしき」
待ち受けていたのはドラゴン仮面だ。まあそうやろうな、とヒロミは呟いた。
「久しぶりだね。大きくなった」
「うちはもう会いとうなかったけど。キツネ兄さん返してもらいに来ました」
ドラゴン仮面は心待ちにしていた、という風に言う。
「私が今日この日をどれだけ楽しみにしていたか!ヒロミ、君の人生について教えてあげよう。君は最初から……」
だが、ヒロミは告げる。聞くべきことなど何もない、と。
「今更あんたに教わることなんか一個もあらへんのよ。全部分かってた。キツネ兄さんがそれを何とかしようとして、結局全部ババ引いたのも。中途半端な人。自分一人やったら幾らでも逃げられたやろうにな」
「それはまた、詰まらないことだ。それで、どうしようというんだい?」
「取引きしましょ。キツネ兄さんを解放してくれるなら、うちはあんたと勝負したる。うち自身を賭けて」
「えらく勝手な言い分じゃないか」
「誤解のないよう言うとくけど、知ってたからと言って納得してたわけやない。大事な人を傷付けられて、うち自身の人生も虚仮にされて、うちは怒ってる。だから今ここで全部終わりにしたるわ」
ドラゴン仮面は肩をすくめてから手を振る。用意のいいことに、担架に載せられたキツネが運ばれてくる。
「私としては彼を手放すのは惜しいけど、他でもない君自身を賭けて、というなら仕方あるまい」
「白々しい。端っからこうするつもりやったくせに!」
ドラゴン仮面はキツネをヒロミと自身の中間に置かせた。
「さて、確認するといいよ。再会の機会くらいあっていいだろう」
ヒロミはドラゴン仮面から目を離さないようにしてキツネに近付く。どうやら息をしている。怪我はひどいが、最低限の手当てはされているようだ。どこか気が緩んだのか、ドラゴン仮面の挙動に注意を配り過ぎたのか、ヒロミは足元の異変に気付かなかった。担架の一歩手前、少しだけ色の違う芝生。一歩足を掛けた瞬間、地が崩れ、穴が口を開いた。
「しまった!」
落下の衝撃は少ない。だが、仕掛けてある酢飯に腰まで沈んでしまう。質の悪いことに、底に足が付かない。
「悪いが、勝負などする気はないんだ。君さえいればいいのだからね。さようならヒロミ、いい夢を」
穴の上から更に落ちてくる酢飯に、ヒロミは完全に埋もれた。しかもそれは只の酢飯ではない。急速に遠のく意識にそれを感じながら、ヒロミには最早なす術がなかった。
「さて、一晩しかないからね。手早くやろう。大丈夫、キツネ君でデータはたっぷり取れたからね」
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
夜遅く、タカオの部屋を尋ねる者達があった。
「マドンナ・リリーの使いの者です」
礼儀正しく頭を下げた黒尽くめの男は、"華散らし"の頭領と名乗った。
「ここじゃまずい、隣の部屋が空いています」
浜倉が応対する。何かを運び込む音。
「では、やはり、ヒロミさんは」
「我々からお伝えできることは少ない。キツネ氏を発見したのはこの建物のすぐ外でしたが、いつどう運んだのか」
「分かりました、酷い怪我だ」
「消耗している。マドンナは支援を惜しまないと」
「感謝しているとお伝えください。けれど、今夜はこれで」
立ち去っていく音。タカオはゆっくりと起き上がる。隠しておいたワサビ。教わった通りにすっていく。ゆっくりとキメが細かくなるように。脳裏を過るのはマドンナの声。
『力は時として闇を呼ぶものだから』
やがて空が白み始める頃、タカオは練り上げたワサビをサルモンに装備した。確かな力を感じた。だが同時に悟る。この力は、サルモン自身にも牙をむく力だ。乗用車に無理やり高出力のエンジンを積むような、そんな危うさを感じる。使うとしても切り札だろう。タカオはもう一度ベッドに戻る。彼の寿司は、いつものように彼自身と共にあった。
その日の未明、トーナメント運営委員は本戦の組み合わせを発表した。一回戦第一戦。タカオとサルモンに対するのは、ヒロミとジュレ・ジュエリー・ボックス。寿司の常道を外れたスシブレ―ドの姿がそこに示されている。
第玖話に続く!
【次回予告】
ヒロミ姉さんは自分がどうしようもなく、スシブレードを、協会を、闇寿司を。この世のすべてを憎んでいることに気付いていたんだな。だからスシブレを恐れたのかな。寿司は力で、力は時として闇を呼ぶものだから。
俺は戦う。あんたの憎しみをここで止める。いくぞサルモン、修行の成果を見せる時だ。ジュエリーが進化したジュレ・ジュエリー・ボックスが相手だけど、俺たちは絶対に負けない!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第玖話「恐怖の精神酢飯漬け!死闘、奪われた仲間!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第玖話「恐怖の精神酢飯漬け!死闘、奪われた仲間!」
精神酢飯漬け。思えばこの単語、この概念こそが全ての元凶。闇寿司の孕む邪悪、その象徴が明らかになる。
【アバンタイトル】
本戦の朝が来た。目を覚ましていたタカオの元に浜倉がやって来る。流石の彼といえども顔色が悪い。
「タカオ君、実は昨日のことなんですが」
「ああ、分かってるよ、浜倉さん。任せちまって悪かったな」
「いえ。朝食の準備もしてあります。それと対戦相手の通知も来ていますよ」
「ありがとう。でも、ちょっとキツネさんの様子を見ておきたい」
キツネはヒロミが使っていた部屋に寝かされていた。落ち着いた様子だ。
「幸い傷は急所を外れていますが、とにかく消耗が激しい。何か妙な実験でもされたような」
タカオはキツネの手を握る。
「キツネさん、俺は戦いたい。ヒロミ姉さんを取り戻すために、シュヴァインと話すために、スシブレーダーとして闇と向き合いたい。マドンナに聞かれた事にはまだうまく答えられないけど、サルモンは一緒にいてくれるって、一緒に回ってくれるって、そう言ってるんだ。だから俺は行くよ」
タカオはそれだけ言って部屋に駆け戻り、用意されていたパンを頬張った。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
寝癖を整え、トレードマークの帽子をかぶり、タカオは戦いに臨む。サルモンのチェックも怠らない。ワサビもよく馴染んでいるようだった。浜倉を残し、会場へ向かうタカオに、同じく試合に向かうスシブレーダーが声を掛けた。
「おはよう、君も今から試合?同門対決とはついてないね」
協会のスシブレーダー、美木だ。青い髪にヘ音記号を象った髪飾りを着けた少女である。
「私の寿司、助六っていうの。おいなりさんだよ」
「ああ、俺の寿司はサルモンだ」
「ふーん、でも闇の寿司じゃないんだね。なんでトーナメントに参加したの?」
「戦わなきゃいけないやつが居るんだ。そっちはどうなんだ」
「闇をぶっ潰すため!この美木ちゃんにお任せってね」
タカオは思い出した。一回戦のシュヴァインの相手だ。
「気を付けろ、お前の相手、妙な気配を感じた」
「知ってる、ハンバーグでしょ。対策はしてきたから大丈夫よ。それに、邪道に負けるわけにはいかないっしょ!」
確かに、いなりから感じられる寿司の力は中々の物だ。
「じゃ、観客席で観てるからね!がんばれ」
美木はさっさと客席に繋がる通路を行ってしまう。タカオは気息を整え、係員の指示に従い入場口をくぐった。スシブレードには司会や審判は必要ない。そこにあるのはただ土俵と二人のスシブレーダーのみ。反対側の通路に人影が見える。幽鬼のような、しかし目だけが異様に光を放っている女性。生気に欠けるようで、着物に黒い革ジャンを纏ったその姿は激しく何かを主張しているようだった。
「ヒロミ姉さん」
「昨日ぶりやね、タカオ。いきなりやけど、もう姉さんとは呼ばんといて」
「闇寿司に、何かされたのか」
「別に、ちょっと酢飯に漬けられて精神操作されただけ」
タカオは息をのむ。人を捕らえ酢飯に漬ける、そんな恐ろしい所業がこの世にあるのか。
「でも誤解せんようにな。これが本来のうち。余計な義理とか全部取っ払った、本当の自分。うちは寿司が嫌いやった。スシブレードも、スシブレーダーも、協会も闇も、全部無くなってまえばいいと思うてた。だから今はスッキリしてるんよ。全部うちが壊してしまえばええって、そう思えるようになったから。嫌いなもんに力を向けるのが、こんなに楽しいなんてなぁ」
ヒロミが自らのスシブレードを取り出す。箱に詰まった押し寿司。しかし一貫だけしかない。
「手始めはあんたや、タカオ。闇の力の前に屈してまえ!」
「姉さん、気持ちは分かるなんて言えないけど、俺は姉さんが何かを壊す所なんて見たくない。だから、俺は負けない。行くぞサルモン!」
タカオは黒い割りばしと湯呑を、ヒロミは若狭塗りの朱箸と有田焼の湯呑を取り出す。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
両者のスシブレードが土俵へと向かう。着地の瞬間、目を疑うような事が起きた。一貫だった寿司が十二貫に分裂したのだ。
「そんな、スシブレーダーが土俵で寿司を回すとき、約定に縛られるはずだ!」
「もちろん、そうや。このうち本物の寿司は一つ。残りは虚像や、あんたに見破れるか?」
タカオは目を凝らすが、どれも美しい寿司だ。しかし、ジュレが薄く施してあり、これまでの伝統を受け継ぐ箱寿司とは一線を画したものになっている。
「仕掛けて来おへんなら、こっちからいくで」
予選で見せた有機的な連携を見せて寿司が迫る。フェイントを見分け、本命となる一撃を探すタカオだったが、タイミングが計れず、結局まともに食らってしまった。かといって攻撃してきた寿司を識別して追いかけ、一撃しようとすると、今度はすり抜けてしまう。驚愕するタカオとサルモンの背後から別のジュエリーが攻撃を仕掛ける。二度三度と入れ替わり立ち代わり、異なる寿司が攻撃してくる。
「そんな、回したのは一貫だけだった筈なのに!」
「うちの体には寿司職人の血が流れとる。精神を酢飯に漬けられたことで、うちは今寿司時空に通じてるんや!この力、この戦法、ホンマに寿司の心なんてものがあるなら、打ち破って見せ!」
寿司時空を介したスシブレードの実像と虚像の高速入れ替え、これこそが闇に染まったヒロミが約定の範囲でジュエリーを最大限生かす恐るべき戦法だった。土俵上に存在するのは常に一貫分。性質の異なる十二の寿司を複雑に組み合わせ、常に最適なスシブレードを攻撃に充てる。付加されたジュレが陽炎のように漂い、動きの入りと抜きを不確かなものにする。実像を特定しても直ぐに虚像と入れ替えられてしまう。対応を間違えれば即座に敗北してしまうだろう。
「キツネさんなら、バッテライトニングならどうする」
タカオの脳裏に浮かぶ稽古の日々。彼が知る限り最速で最強のペア、その思考をトレースする。答えは決っている。
「速さだ。超高速のサルモンで、十二個のジュエリーを同時に攻撃するんだ!」
【アイキャッチ】
ヒロミ&キツネ(背中合わせ)
【B part】
「速さだ。超高速のサルモンで、十二個のジュエリーを同時に攻撃するんだ!」
タカオはすぐさまアイディアを実行に移す。かつてキツネが付けてくれた稽古を思い出す。
『スシブレは心で回すもんや。スシブレにおいて一足す一は二やない。二百や!二人分で十倍に十倍や。どうやタカオ、サルモン、まだいけるやろ!』
そうだ、あの日教えてくれた言葉を胸に、サルモンが加速していく。だが、どうしてもバッテライトニングの速度には及ばない。同時に八貫の寿司を攻撃するので精一杯だ。
「そんな猿真似でうちのジュレ・ジュエリーに通用すると思うたか!」
嘲笑うように攻撃を虚像で受け流して反撃してくるヒロミのジュエリー。サルモンの回転力が猛烈な勢いで消費されていく。だが、その時だった。ヒロミの体に異変が生じる。突如咳込んだかと思うと、握りこぶし大の酢飯の塊が口から飛び出た。長時間寿司時空と精神が接続されたことによる拒絶反応だった。
余波で会場中に寿司実像と虚像の中間のような寿司の影が飛び交い始める。一部は憎しみに染まったヒロミの意思を反映してか、無差別に観客たちを襲い始めた。パニックになりかける人々だったが、彼らの頭上を一筋の光が走り、まだ形を持たない寿司の影を消し飛ばしていく。世界でもその速度域に至れるスシブレードは一握りだ。光速の寿司、その名はバッテライトニング!
「タカオ君、今こそ強化パーツを使う時です!サルモンに念じてください!」
キツネに肩を貸して、浜倉が観客席に姿を見せた。
「このままでは埒があきません!ワサビで、速度を上乗せするんです!」
タカオは一瞬逡巡する。両膝をついたヒロミを見やる。寿司時空との繋がりが薄れていればこのまま無力化できるのではないか。
「なめとったら、張っ倒すよ!」
口元を荒々しくぬぐったヒロミが叫ぶと、ジュエリーが四方からまた攻撃を仕掛けてくる。捌きながらライトニングの軌跡を目で追う。作られて間もない鮮度だった。きっとヒロミがキツネの為に仕込んでいたのだろう。想いを込めて、丁寧に酢飯に昆布とサバを合わせて押したに違いない。あの速さ、あの動きをしなければならないのだ。決意を固める。
「サルモン、ごめん、堪えてくれ!」
タカオとサルモンの心が一つになって生まれた最高速度、それをサビの力が塗り替えていく。純正の本ワサビが持つ圧倒的な辛みをサーモンの脂が包み込み、押し上げ、そして生まれる回転力は五割増しだ!
「ヒロミ姉さん、これが俺たちのスシブレードだ!キツネさんから貰った想いと力だ!」
一息で十一の虚像と一つの実像目掛けオレンジの輝線が走った。ジュエリーが咄嗟に空間転移しようとするが、時既に遅し。瞬間、サルモンは全ての的に同時に当たっている。虚実を問わず、ジュエリーがはじけ飛んだ。全てが土俵の外へ落ちる。
「そんな、アホな、うちが負ける訳あらへん!全部、全部のうなってしまえ!」
遂に両目から米粒を溢しながらヒロミが絶叫する。会場を飛び回っていた寿司の影が、一斉に客席を目指す。バッテライトニングが片端から影を打ち散らしていく。だが、どうしても間に合わない。浜倉はふと傍らにいた筈のキツネが居ない事に気が付く。キツネは計算していた。影の数、距離、そして最短で全てを落とす為のライトニングの軌道。間に合わないことは承知だった。だから彼は飛んだ。その身を盾にして、カバーが及ばない最後の一人を守って、両腕を広げる。
「堪忍な、ヒロミ。せめてボクの命で満足してくれや」
届かない筈の声を、影が拾い、ヒロミに届ける。ヒロミの双眸から魔の光が消え失せ、本来の彼女が持つ瞳の輝きが戻る。
「あかん、兄さん!あかん」
凄まじい異音と共に、ヒロミの体が後方に弾け飛んだ。土俵から地面へと叩きつけられ激しく転がる。先に同じ運命をたどった彼女の寿司のように。同時に、場内の全ての影が揺らめき虚空へと帰っていく。
「な、何が起きたと言うんですか」
呆然と呟かれる浜倉の言葉に答えるように、土俵際、ヒロミのすぐ隣の空間が裂ける。
「おやおやおや、自分の意思で寿司時空との接続を強制解除するなんて、随分無茶をしてくれる。壊れていないといいんだけどなぁ」
何やらヒロミの体を検める。
「ふむ、むしろ次の段階へ到達したか。実戦で更によく漬かるとは、本当に戦いが好きなんだねぇ、ヒロミは」
タカオが走る。手に持つサルモンをドラゴン仮面に向けながら。
「姉さんに触れるな!」
「おっと、私たちはまだ対戦してはいけないよ。折角決勝で当たるように組ませたんだから」
ドラゴン仮面は言外に運営委員さえ手中であると告げる。そう、委員たちは全て予め酢飯に漬けられていたのだ。
「それに、サビの反動は後が怖い。まだサルモンを失いたくないだろう?」
目を落とすと、サルモンの鮮やかなオレンジに緑が急速に広がっていく。
「侵食が起こっています!一刻も早く除去しないと」
「さて、ではこの子は預かっておく。タカオ、決勝まで来るんだよ。是非そこで戦おうじゃないか」
ドラゴン仮面は言い残すと、気を失ったヒロミを抱えて寿司時空へのゲートへと消えていった。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
キツネと合流し、タカオは急ぎ宿舎に戻った。サルモンからサビを取り除き適量に戻す。息も切れ切れだったくせに、キツネが呆れた調子で言った。
「キミ、いくら何でもそれは付け過ぎやで、ワサビ漬けやないんやから」
「でも、だからこそ勝てた」
「ふーん、ほんならこれから毎試合サビ付ける?」
「絶対にやらねえ。もうコリゴリだ」
サルモンは何やら抗議の声を上げるが、タカオはピシャリと言った。
「使わないったら使わない!強いだけじゃダメなんだ、お前にもしものことがあったらどうするんだ」
「よくぞ言った!」
次の瞬間、宿舎の扉が爆発するように開いた。
「タカオ、それだ。その心こそが闇に対抗する唯一の道標だ」
濃緑のサマードレス。マドンナ・リリーだった。
「先程、稲荷寿司の使い手がハンバーグに瞬殺され、力に溺れようとしていた。嘆かわしい」
マドンナはタカオを見据える。タカオも睨み返す。
「ワサビ、ありがとう。もう二度と使わねえけど」
「おっと、警告しなかったのはこちらの落ち度だが物には程度というものがある。まあいいじゃないか、勝って人も寿司も無事だったのだ。そして君は寿司の力とその恐ろしさを学んだ。もう一度あの夜の問いを繰り返す必要もあるまい」
タカオは頷く。
「大切なのは、スシブレードとの絆なんだ。力だけ求めて寿司に酷いことをしてちゃダメだ。寿司と人が揃って強くならなきゃ意味がないんだ」
マドンナは満足げにドレスの裾を翻した。
「頼りにしているぞ、勝さんの弟子。君ならば道を誤るまい。最後に一つアドバイスだ。次の戦い、相手のスシブレードと直接的な接触を避けて戦う工夫をしたまえ」
タカオはサルモンと疑問符を飛ばしあった。だが貴重なアドバイスだ。次に向けて、もう戦いは始まっている。
第拾話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
ヒロミ姉さんは本当に強かったな!何とか強化パーツを使って拾った勝利。けれども姉さんは取り戻せなかった。こうなったら決勝までいくしかない。
寿司も人もゆるがせにする闇寿司を俺達は絶対に許さない。行くぞサルモン、シュヴァインとの戦いだ!俺たちの絆を見せつけてやろうぜ!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第拾話「決戦の豚、ハンバーグレクイエム」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第拾話「決戦の豚、ハンバーグレクイエム」
トーナメント準決勝で両雄は相見える。その黒い顔の下で燃える怒りは全てを焼き焦がすか。決戦の時、迫る。
【アバンタイトル】
協会と闇寿司の対決という面で見れば、今大会では闇寿司の圧倒的な勝利が目立った。稲荷寿司の美木マキと助六もシュヴァインとハンバーグの前に為す術なく敗れ、どこか異常をきたしたようだった。敗者としてスシブレードを食した後、自室で寿司にカスタードクリームを注入しようとしているところを取り押さえられている。もう一人、ドラゴン仮面に敗れたスシブレーダーの状態はより酷いものだ。一回戦で敗退した梅木は試合後から意識が戻らず、ただうわ言で、脂に溺れる、と呟くのみ。準決勝で敗れた竹浦も同様だった。
「試合の内容が分からないのが問題です。シュヴァインはハンバーグを回すところまでは確認できましたが、次の瞬間には戦闘が終了しています。ドラゴン仮面戦はなお悪く、梅木氏はスシブレードを回した直後に何らかの手段で精神を侵食されているものと思われます」
浜倉は悔やむ。せめて現場に観測機器を持ち込んでいられたら。
「仕方ないよ、すぐ終わっちゃったんだから」
タカオはサルモンの準備を終える。マドンナ・リリーの助言に従って寿司を改良していたのだ。
「後は戦うだけだ。俺とサルモンの絆を、シュヴァインに見せつけてやるぜ!」
「ボクらも観戦させてもらうで」
出陣だ。タカオはスタジアムへと向かう。親友ともう一度話をするために。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
土俵を挟んで向かい合うタカオとシュヴァルツ・シュヴァイン。タカオはカイと向き合ったことを思い出す。すべての始まりの日。数か月と経っていない筈なのに、まるで遠い過去のようだ。タカオもシュヴァインも、以前とは比べ物にならない実力を付けている。そのことをシュヴァインもまた意識しているようだった。一回戦ではきちんと見せなかった寿司を、フードの懐から取り出し、掲げる。途端、会場中に臭気が立ち込めた。観客は騒めき、キツネさえも驚きを隠せなかった。
「なんや、この香り。炭火焼ハンバーグ……にしては強すぎるぞ!これは肉が焼け焦げる匂いや!」
「そんな、まさか……そこまで堕ちたか!」
彼が取り出したのはハンバーグ寿司。だが、その表面は完全に硬化していた。
「あれは、炭だ!ひどい、もはや邪道寿司ですらない、それは外道だ……」
そう、炭だった。それは表面を完全に炭化させたハンバーグだったのだ!シュヴァインは己の最高傑作をタカオに向けた。
「俺が作り上げた闇のスシブレード、ダーク・ハンバーグ・カーボナイトだ!お前を倒すためだけに、焼き入れに工夫を重ねた。このダーク・ハンバーグは、この世で最硬のスシブレードだ!」
浜倉が息をのむ。
「そうか、あれはVH装甲板と同じ原理なんです!」
「知ってるんか、浜倉!?」
「ええ。あの戦艦大和にも搭載されていた装甲です。表面を超硬化する一方、内部は敢えて軟化することによって、防御力を飛躍的に高めています。しかし、それをスシブレに応用するということは!あの内部は!」
シュヴァインは答えて言い放つ。
「そうだ、中は生焼けだ」
「うっ」
浜倉はその闇の波動に耐え切れず崩れ落ちる。
「タカオ君、君のサルモンでは。いや、この世のどんなスシブレも、あれに触れたら……」
スシブレードの多くは生のネタ、炭素装甲の前では豆腐も同然である。マドンナ・リリーが言っていたのはこの事だったのだ。シュヴァインは牙を剥く。
「逃げるなら、今の内だぞ」
並みのスシブレーダーならば立ってもいられない重圧を受けて、タカオは笑っていた。
「逃げるなんて、そんな馬鹿な。俺たちはスシブレをやりに来たんだぜ。さあ、お前の寿司の声、聞かせてくれ!」
シュヴァインの皮膚の内側で、また炎が暴れた。あの日から絶えず燃やし続けてきた復讐の暗い情念。
「まだそんな戯言を。もういい。始めるぞ」
会場が静寂に包まれる。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
戦いの火蓋が、切って落とされた。黒煙を上げながら、ダーク・ハンバーグが左に回転する。黒炭の表面は、その処理の残虐性に比してあまりに滑らかであった。一片の不純物も僅かな歪みもない。細心の注意を払って加熱処理が為されたそれは、まさにこの世で最硬のスシブレードに違いなかった。しかし観客たちは口々に懸念を述べる。
「奴は、負けたときにあれを食うというのか?」
「もうやめて!そんなの、寿司じゃない!スシブレードじゃない!」
それらに対し、タカオの心は静かだった。ただ目の前のスシブレにだけ注意を向けた。サルモンと共に、彼はダーク・ハンバーグの声に耳を澄ます。その声なき声を拾おうとして静かに呼びかける。
『君は、それでいいのか?』
『是なり』
なんということだろう。ダーク・ハンバーグが返答した。そして、それは肯定だった。
『それは、なぜ?』
『彼は悲しき者。勝利の妄執に囚われ、最早邪道でも正道でもない道を歩みだした者。彼を焼き焦がす情念の苛烈に比すれば、我が身の一切が焼尽されようと、如何ほどの事か』
黒炭と化して、なお誇り高く、ハンバーグはタカオに告げる。
『元凶たる汝を打ち倒せば、彼に一片の安寧が訪れよう。ならば、良い』
道具としての己を受け入れ、ハンバーグはサルモンに告げる。
『邪道と正道の狭間を行く者よ。我ら邪道の極み、汝のごとき半端が敵うとはゆめ思うな』
それ以上の言葉は、紡がれなかった。
「サルモン、やれるか?一歩間違えれば、お前はバラバラになっちまう。米粒一つだって残らないかもしれない。でも俺は、あいつを、あいつらを止めたいんだ。力を貸してくれるか」
サルモンは答えた。タカオは決意する。自分の全てを掛けて、この戦いに勝つ。
【アイキャッチ】
シュヴァルツ・シュヴァイン(第三形態)&ダーク・ハンバーグ・カーボナイト
【B part】
迫りくるダーク・ハンバーグ。サルモンは高速機動を開始する。これはバッテライトニングから学んだ技術だ。だがダーク・ハンバーグも速かった。炭素装甲は硬くて軽い。土台のシャリも小さく最適化されている。シュヴァインは、このスシブレードの攻防走を完璧なレベルで調和させている。
「絶対に当てさせるな!サルモン!」
躱す。躱し続ける。粘り強く丁寧に。ヒロミとの稽古で身に着けた立ち回りだ。
「お前を倒す。お前さえ倒せば、あの日の俺から変われるはずだ。お前に勝ちさえすれば!俺の道にも意味が生まれるんだ!」
ダーク・ハンバーグは、まるでその声に応えるようにしてサルモンを土俵際に追い詰めていく。スシブレードが飛び出すのを防止する三つの壁、その一つへと寄せていく。少しずつ可動スペースが小さくなっていく。そしてサルモンの切り返しの瞬間を、ダーク・ハンバーグは遂に捉える!
「これで、終わりだ!」
突貫するダーク・ハンバーグがサルモンをオレンジ色の飛沫へと変えた。だが手ごたえがおかしい。
「いや、違う。これは……」
タカオは静かに告げる。
「ジュレポン酢で出来た虚像だよ」
ジュレ・ジュエリー・ボックスから学んだジュレの使い方。バッテライトニング仕込みの瞬間的な高速移動と合わせれば変わり身の域に達する。そしてここは壁際だ。
「しまった!」
ダーク・ハンバーグは、轟音と共に土俵の壁に激突した。土煙が上がる。
「やったか!」
ハンバーグは、まだ回っていた。
「そんな、ガリハルコンの壁にぶつけても無傷なんですか」
しかし、タカオは見逃さなかった。ほんの僅かにダーク・ハンバーグの装甲に瑕疵が生じていることを。隙はあまりにも小さいが、先程までと比べれば十分な勝機だ。
「今だサルモン!畳みかけるぞ!」
「そうだ、来い!」
サルモンと一心同体になって、タカオはダーク・ハンバーグの回転を感じる。黒い表面から生焼けの肉が覗いている様子はまるで傷口のようだった。サルモンとハンバーグが遂に交差する。装甲の弱みを狙うことで、ハンバーグの攻撃を真っ向から捌き、押し返す。これは、師匠のコハダインから学んだ寿司捌きだ。二度、三度、激突の度に剥離した炭の欠片が舞う。
重心バランスを崩し、よろめくダーク・ハンバーグ。しかし一方でサルモンの回転も限界に近かった。距離を取った両者は、最後の一撃に残った全ての回転力を使う。ただただ、真っすぐに。初めてスシブレードを手にした、あの日のように。橙が黒を捉えた。
ダーク・ハンバーグは決して重いスシブレードではない。キラキラと炭の破片を散らしながら、ダーク・ハンバーグは宙を舞う。それは、どこか清々しい景色でもあった。シュヴァインの頭上を遥か越え、ハンバーグは床にたたきつけられる。カツン、と乾いた音を立てて跳ねる。ひび割れた装甲が今完全に剥がれ落ち、闇のスシは静かに回転を止めた。
「負け、か……」
同時にシュヴァインの頭部にも亀裂が入る。真っ二つになったその中から燃えるような赤毛が覗く。闇から帰還した少年にタカオは歩み寄った。彼のスシブレードを、無残にも生焼けの身を晒している、ハンバーグの成れの果てを持って。だがその手つきに嫌悪感などある筈もない。崩れないように、戦い抜いたその小さな戦士に敬意を表すように、タカオはハンバーグを扱っていた。
「よお、久しぶり」
カイは返事の代わりに、ずいと手を突き出す。その上にタカオはそっとハンバーグを載せた。一息に口にしようとするカイ。だが、どうしても、食べられない。
「なあカイ、お前はハンバーグの声を聞いたか?」
「俺にはもう何も聞こえねえよ。寿司の声も、お前の声も。さぞ恨んでただろうな。苦しかっただろうな。こんな風にしちまって」
透明なしずくが、ハンバーグの上にぽたり、ぽたりと落ちる。カイは叫ぶ。
「食えねえ。食えねえよ!どう償えばいいっていうんだ!ていうかなんだよお前!ジュレポン酢の変わり身とか、そんなのありかよ!」
タカオは答える。
「寿司の声を聞いたんだ。ハンバーグは、ただ、お前の勝利だけを祈っていたんだぜ」
「嘘だ!」
「嘘なもんか!お前たちは、相棒なんだ」
タカオは立ち上がった。行く先には、寿司時空へ通じる入り口がある。ドラゴン仮面が開いたのだろう。
「俺は今から、あそこに行かなきゃならない。決勝であいつが待ってる」
「バカ!行くんじゃない!全部罠なんだ、お前も取り込まれちまうぞ!」
だが、タカオは歩きだしている。ゲートをくぐる瞬間、タカオは振り向く。
「約定に敗者はスシを食わなきゃならないってあるけど、いつとは言ってないんだよな。俺は絶対帰ってくる。だからその時、お前とお前のハンバーグと話がしたい。じゃあ、またな」
タカオが踏み出すと、寿司時空への通路は閉じた。それは勝者だけがくぐる門だ。残されたカイはただ蹲る。ハンバーグの声は、聞こえない。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
タカオは、周囲を見渡す。地に足はついている。だが、視界には靄が掛かっているような感覚がして、足元をきちんと視認出来ない。だが、寿司覚が目の前に広がる土俵の存在を教えていた。そこへまっすぐに歩いていく。
「よく来たね、タカオ」
竜の仮面をつけた闇のスシブレーダーが待っていた。
「ドラゴン仮面!今こそお前と決着をつけ、闇寿司のボスを倒す!ヒロミ姉さんを返してもらうぞ!」
啖呵を切ったタカオは、相棒のサルモンを掲げて見せた。
「ふふ、しかし改めてみるとどっちつかずの中途半端なスシブレードだね、それは」
「なんだと?馬鹿にするな、サルモンは師匠が握ってくれた、歴としたスシブレードだ!」
タカオの言葉を聞いた仮面の男は、それを聞いて噴き出す。
「君のために、だって?笑えるじゃないか!そのスシブレードは、私が設計したものだ。君らの言葉で言うならば、サルモンは邪道スシブレードとして開発されたんだよ」
「そんな、師匠が邪道スシブレードを握るものか!」
「では、本格江戸前寿司がサーモンを出すと思うかい?」
仮面の男の言葉に、タカオは動揺する。そうだ、考え至らなかったわけではなかった。日本に流通する生食用サーモンは、その大半がノルウェーからの輸入品だ。なおかつ広まったのは平成に入ってからである。ならば、必然的に。サルモンは、邪道寿司と呼ばれるネタの一つだったのだ!
今明かされる衝撃の真実、スシブレードトーナメントの決勝戦、その行方やいかに!
第拾壱話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
シュヴァインとハンバーグを倒し、ついにやってきたぜ決勝の舞台!立ちはだかるのは闇の幹部、ドラゴン仮面だ!けれど俺はカイと約束したんだ。こいつを倒し、闇親方を倒し、ヒロミ姉さんと一緒に生きて帰るって!
なんだって、サーモンが本格江戸前寿司で提供されるかを考えろ、だって?そんな、サルモン、返事をしてくれ!声が、届かない!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 第拾壱話「思い出のスシブレード!覚醒のサルモン!」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第拾壱話「思い出のスシブレード!覚醒のサルモン!」
遂に迎えた決勝戦。ドラゴン仮面が明かす、サルモンの恐ろしい秘密とは。タカオよ、心を信じよ。
【アバンタイトル】
「出来たか」
「ええ、これで完成です。すごいものですね、ノルウェーのサーモンは」
二人の職人が寿司を握っている。脂の乗った見事な切り身。白身魚としての、一つの頂点。
「もっとくどいものかとも思っていたが、なんでぇ、食わせるじゃねえか」
「拡張性にも余裕を持たせています。伝統的な防御持久を基本として」
「もう我慢なんねぇ、早速回してみようぜ!」
「勝さん、あなたって人は。でも確かにいい寿司に仕上がりました」
サーモン寿司の意識が、最初に見た景色。彼の誕生は寿ぎと共にあった。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
「そのスシブレードは、私が設計したものだ。君らの言葉で言うならば、サルモンは邪道スシブレードとして開発されたんだよ」
「そんな、師匠が邪道スシブレードを握るものか!」
「では、本格江戸前寿司がサーモンを出すと思うかい?」
仮面の男の言葉に、タカオは動揺する。そうだ、考え至らなかったわけではなかった。日本に流通する生食用サーモンは、その大半がノルウェーからの輸入品だ。なおかつ広まったのは平成に入ってからである。ならば、必然的に。サルモンは、邪道寿司と呼ばれるネタの一つだったのだ!しかし、タカオはその瞬間、何かに気付いたようだった。
「そうか、だからサルモンは……」
サルモンは、これまでの戦いで様々なスシブレードと戦ってきた。その過程で相手の技術や調理法を身に着け、ここまで来たのだ。柔軟性と可能性がサルモンの強さだった。ワサビともジュレポン酢とも高い親和性を示したのは、サルモンがそのように作られたからだった。
「だけど、ドラゴン仮面!お前の言葉を信じるなら、お前はサルモンを師匠に残したことになる!本格江戸前寿司職人の師匠は、俺にサルモンを握ってくれた。何故だ?」
意外なことに、ドラゴン仮面は答える気になったようだった。
「簡単なことだよ。勝さんもまた、寿司の新たな可能性を信じたかったのさ。そもそも鮭という魚は生食には向かない。だから養殖の旨い鮭が入ってきたとき、本当はみんなそれを握りたかった。サーモンだけじゃない、それまでの常識を覆す寿司が次々と生まれようとしていた。新たな風が、強く吹いていた。その先陣を切ったのが、闇親方だった。賛同する若手の寿司職人も大勢いた」
ドラゴン仮面はため息を吐く。当時を思い出しているのか。
「だが、舶来の品を使う事に、伝統と格式に凝り固まった協会は強く反発した。寿司を愛する気持ちと共に生み出されたのは、江戸前寿司も、私たちの寿司も同じだったのに。協会は私たちの一派が握る新たな寿司を邪道と呼び、それを握る職人を追放した。勝さんは、その迫害の実行部隊のリーダーだった」
「そんな、嘘だ!師匠が寿司の可能性を否定するものか!」
「知らないのかい。あの人は怖い人だ。特に話が寿司になると、ね」
キツネの言葉が脳裏によみがえる。
『あの人、寿司になるとすぐ怒るわ、スシブレぶつけてくるわで、若いころめっちゃ怖かったんやで!』
黙り込んだタカオを見て、ドラゴン仮面は話を続ける。
「けれど、あの人は私を見逃したばかりか匿った。サーモンは俺の中で寿司だ、とかなんとか言っていたけれど、不器用な人だ。そこが彼なりの境界だったんだろう。我々は共に開発を進め、伝統的なスタイルでも、新しいスタイルでも実力を発揮できるサーモン寿司を生み出したが、共闘はそこまでだった。
結局私は彼のもとを去り、あの人も協会に疎まれ、東北の片田舎で一人寂しく寿司を回すようになった。正道のネタも、協会が邪道と断じたネタも、区別せずに、求める人々にスシブレードを広めようとした。それが償いになるとでも思っていたのなら、お笑い草だけど。私はそうはならなかった。そうはしなかった。闇親方と共に研鑽を積み、仲間を増やし、復讐の時を待った。闇寿司として計画を定め、大願は今叶おうとしている。僕らが、寿司の限界をもっともっと広げるんだ!」
タカオは今、改めて理解した。寿司には邪道も正道も存在しない。全ての寿司は、食べる人を喜ばせるためにある。それを自ら反故にした協会から闇が生まれ、そして誰もが寿司の声を聴くのをやめてしまった。正しい寿司の形を身勝手にも規定し、それから外れた寿司を邪道と呼び否定する。その行いこそが、闇への入り口なのだ。そうして生まれた闇が、巨大化し、今復讐のために寿司を使っている。寿司を使って、寿司の概念を捻じ曲げようとしている。
「少し話過ぎたようだね。タカオ、君はやはり理解が早い。どうだろう、私たちの仲間に、真の闇スシブレーダーにならないか?あの豚や協会の雑魚のように力に落ちただけの即席ではない、真に正しい寿司を求める変革者に!」
「いやだ!俺はそんなものを変革者だなんて呼ばない!お前が今切り捨てたカイも、きっと協会のスシブレーダー達も、寿司との絆を捨てきってはいなかった。寿司の心を無視して進む先に、何があると言うんだ!」
ついにタカオは寿司を構える。
「お前たちの野望は、寿司を無視したものだ。自分たちの都合で、人と寿司の有り様を否定するものだ!俺とサルモンは絶対にお前たちの仲間になったりはしない!」
「寿司と人の絆など、所詮は空しいものだ。その言葉、いつまでもつかな」
ドラゴン仮面が取り出したのは、エビアボカドのスシブレードだった。黄色と緑の果肉、ボイルしたエビ、そして大量のマヨネーズ。その姿を見て、サルモンが高速で震え、艶を増していく。
「サルモンが、共鳴している……!」
「このエビルアボガドロはサルモンと同時期に開発されたスシブレードだ」
「エビルアボガドロ?」
「そう、かつて最も寿司が自由だった時代の遺物だよ。その中でも最も栄養価の高いこのスシブレードで、君を闇に引きずり込む!」
戦いの準備は整った。
「「三、二、一、へいらっしゃい!!」」
タカオとドラゴン仮面は大きく腕を広げる。闇のスシブレーダーと言えど、必ずしも約定に反した行いをする訳ではないらしい。サルモンとエビルアボガドロが激突する。重たげな接触の後、中距離から仕掛けを窺う。両者はなるほど、どっしりした脂で腰の重い試合運びに持ち味を発揮するタイプである。長い戦いを予想したタカオに反して、先に攻撃に移ったのはドラゴン仮面の方だった。
「寿司随一の栄養価、舐めてもらっては困るな!」
余裕のある回転力を生かした速攻だ。受け止めるサルモン。一合、二合とぶつかり合う内に、タカオはサルモンの異変に気付いた。サルモンの動きが徐々に鈍っている!いつもならはっきり聞こえるサルモンの声が、どんどん弱まっていく。
「サルモンに何をした!」
「おや、もう気付いたか」
サルモンを加速させ、距離を離す。その身には、アボカド・ペーストが付着していた。何とか振り払おうとするが、流石の脂質でアボカドは離れようとしない。いや、それだけではない、サーモンとアボカドの相性がいいのだ。
「さあ進化しよう、タカオ。闇の力を教えてあげよう」
接近してくるアボガドロ。サルモンは逃げようとするが、ペーストの分だけ足が落ち、何度も接触されてしまう。それにしても、動きを読まれすぎではないか、戸惑うタカオを見てドラゴン仮面は口の端を吊り上げた。
「簡単なことだよ!誰がそのスシブレードを作ったと思っているんだい?さて、それでは仕上げだ!」
ひときわ大量のペーストを放出しながら、アボガドロがサルモンに襲い掛かった!まともに食らってしまったサルモンのネタの上で、アボカド・ペーストが不気味に蠢き、完全にネタを覆い尽くす。
「サルモン!返事をしてくれ!」
「アボカドとサーモンの相性は抜群。そして今、私のアボカド・ペーストはサルモンを完全に封じ込めた。いまやその寿司の力はすべて君のものだ!単に脂がトロけるだけの寿司を超え、脂と脂の相乗効果がコンビネーションを奏でる。これこそが、サルモンの本当の姿だ!」
【アイキャッチ】
ドラゴン仮面&エビルアボガドロ
【B part】
「アボカドとサーモンの相性は抜群。そして今、私のアボカド・ペーストはサルモンを完全に封じ込めた。いまやその寿司の力はすべて君のものだ!単に脂がトロけるだけの寿司を超え、脂と脂の相乗効果がコンビネーションを奏でる。これこそが、サルモンの本当の姿だ!」
「くそお!」
急に寿司の制御権を押し付けられたタカオは戸惑う。だが、負けるわけにはいかない。攻撃を避けるために寿司を動かしてみて、タカオはサルモンのレスポンスが大きく上がっていることに驚いた。
「これこそがスシブレードの奥義、回転中調理だ。そして、今君が振るっている力こそが、本当の闇の力、寿司を直接支配することで得られる力だ。さあ、闇寿司へ来るんだ、タカオ。君のサルモンは正道でも邪道でも力を発揮できる可能性の寿司だ!回転中調理も合わされば君は無敵のスシブレーダーになれる。だから、来い、タカオ!」
これが闇の誘惑だ。寿司を思い通りに動かすことができる。わざわざ寿司とコミュニケーションを取らずとも、スシブレードの感情を考慮しなくても、俯瞰視点から自由自在に動かせる。加えて完璧な回転中調理は寿司をここまで強くするのだ。
だが、タカオは寂しかった、悲しかった。言いようのない喪失感だけがあった。サルモンを意のままにすることに一片の高揚も覚えなかった。そして、タカオは恐ろしい仮説に思い至る。
「ドラゴン仮面、サルモンを侵食して俺と分断したのは、お前の仕業なんだよな。じゃあ、ヒロミ姉さんの精神を操ったのも、お前の能力か?ヒロミ姉さんとジュエリーボックスの絆を断ち切ったのも、お前の仕業か?」
この時点で、タカオはヒロミに起こったことを詳細に把握してはいない。だが、あの戦いで感じた違和感と、今のサルモンに感じる違和感はどこか似ているのだ。
「いいや、あれは私の能力ではないよ。あの娘の家系はとある一族の遠縁でね。なおかつ代々寿司職人でもあるから酢飯と相性がいいんだ。一晩特殊な酢飯に漬け込んでやると、いい具合に精神が侵食されて理性を喪失する。本性のまま戦うようになるのさ」
仮面の男は、そこでこらえきれないといった風に笑う。
「けれどそうだね、そういう意味では、私の仕業かもしれない。そうだ、私だよ。あの娘を酢飯に浸けたのは。ああ、いいバトルだったねえ。憎しみのままスシブレードも何もかも恨んで、寿司の心も無視して戦う様子は正に闇寿司の理想そのものだった!」
「そうか。元々お前らの仲間に成ろうなんて思ってなかったけど、それが、そんな非道がお前たちのやり方だっていうのなら、俺たちは闇寿司を絶対に許さない!サルモン!聞こえるか、サルモン!」
「無駄だよ、そのペーストを剥さない限り、もう君の声は絶対に届かない……なに?」
「サルモン、俺はここにいるぞ!正道も邪道も関係ない、アボカドとサーモンの寿司だってきっと美味しいんだろう。でも今は、それだけじゃ意味がないんだ、俺はお前と一緒に強くありたい!サルモン、今こそお前の心を、俺に見せてくれ!」
そうだ、アボカド・ペーストは確かに人と寿司の心の繋がりを遮ることはできるかもしれない。だが、タカオの声までを物理的に遮断するには厚さも質量も足りなかった。なりふり構わずタカオは叫び続ける。その声は空気を震わせ、サルモンの体と心を揺さぶる!
「サルモン!目を覚ませ!こんな、人も寿司も自由にしてしまおうとする邪悪と、俺は戦いたい!勝ちたい!俺はここにいるぞ、サルモン!」
「もういい、仲間にならないというのならここまでだ。散りなさい。そしてあの方の大願成就をここで見届けようじゃないか!」
エビルアボガドロが、止まってしまったサルモンを目指し走り出す。そしてその時、アボカドに包まれたサルモンが輝き、幾条もの光線がペーストを突き破って空間を切り裂いた。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ】
【C part】
声は振動だ。振動は熱になり、高熱は光を発する。
「俺はここにいるぞ、サルモン!」
タカオの声に、サルモンは震える。アボガドロとの共鳴よりも強く。設計者が同じ寿司との絆よりも、相棒との絆の方がはるかに強いと告げるように。震えて、光り輝く。表面を覆ったアボカド・ペーストが水分を失って、粉末となって散っていく。高熱がサーモンの脂を焦がし、炙っていく。
「回転中調理だと?そんな、どうやって伝えたんだ!?」
「サルモンと俺は、ずっと一緒に回ってきたんだ。お互いの声が聞こえなくたって、このくらい出来て当然だ!」
炎に包まれたサルモンが爆発的に加速する。尾を引く炎と共に、紅緋に輝く流星となる。避けようとするアボガドロに突き刺さる。
「俺たちの絆が燃えている!いくぞ、サルモン!ロースト・バニシング・フィレオ!」
「受け止める!ウージングアウト・アボガドロ!」
最後の衝突だ。二つの寿司の接点で、湧き出るアボカドの脂と炙りサーモンの高熱がぶつかり合う。水蒸気が立ち込め、一帯を包んでいく。
第拾弐話へ続く!
【次回予告】
俺の名はタカオ!こいつはサルモン!
ドラゴン仮面と俺の必殺技が激突した。どうなってしまうんだ、この戦いは!でも、ドラゴン仮面にはまだ何か秘密があるって、そう思わないか?いつかどこかで見た気がするんだ。
ってサルモン、心配してくれるのか?大丈夫、俺は闇寿司と戦うよ。何があっても、寿司と進む先に未来があると信じてるから。
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 最終回直前スペシャル 第拾弐話「行く道は闇なれど、来た道を照らす者共は」
来週もみんなで、へいらっしゃい!
第拾弐話「行く道は闇なれど、来た道を照らす者共は」
タカオは寿司の意思と出会い、寿司の歴史を目撃する。託された希望を畏れるな。闇を照らす光となれ。
【アバンタイトル】
炎に包まれたサルモンが爆発的に加速する。尾を引く炎と共に、紅緋に輝く流星となる。避けようとするアボガドロに突き刺さる。
「俺たちの絆が燃えている!いくぞ、サルモン!ロースト・バニシング・フィレオ!」
「受け止める!ウージングアウト・アボガドロ!」
最後の衝突だ。二つの寿司の接点で、湧き出るアボカドの脂と炙りサーモンの高熱がぶつかり合う。水蒸気が立ち込め、一帯を包んでいく。物理的にはあり得ない現象だが、ここは寿司時空だ。思いの強さが、技として具象化されている。気化熱でエネルギーを使い果たすのが先か、ペーストを絞り切るのが先か。そしていつの間にか、タカオ達は更に深い寿司時空へと導かれていた。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
気が付くとタカオとドラゴン仮面は虚空に浮かんでいた。
「精神が、つながっているのか?」
「タカオ、あれをご覧よ」
白い水蒸気に、思い出の断片が次々と浮かんでは消えていった。勝がサーモンの試食をしている様子。我慢できずに回してみる様子。逃避行の日々。だがその直前にはハンバーグ寿司を握る闇親方と、止める職人を張り倒して飛び込んでくる勝の光景が見える。せめて身内の手で、とつぶやいた勝がコハダインを闇に向け、湯呑を振りかぶった。
「師匠、やめてくれ!」
タカオの声に勝の姿は揺らいで消える。また別の記憶が映し出される。協会から独立した後に、闇親方達に向けられた刺客。引き留めた勝を振り払い、勝寿司を去って援軍に向かうドラゴン仮面。いや、まだ仮面を着けてはいない。勝寿司の扉に映ったその素顔。その顔を見て、タカオはようやく気付いた。
「ドラゴン仮面、いや、父さん……!」
「タカオ、大きくなったね」
「そんな、どうして」
「協会に目をつけられたらと思うと、母さんとお前を残して去るしかなかったんだ。いや、これはあまりに都合がいい言い方だね。私は君たちより寿司を選んだんだ。でもよかった、君は立派なスシブレーダーになったんだね。これなら最初から私などいらなかったんじゃないかな」
自嘲するドラゴン仮面は、ふと苦笑した。
「なんでこんなことを喋ってるんだろう。墓場まで持っていくつもりだったのにね」
「父さん、俺は……」
現実世界の様子が二人の正面に映し出される。燃え盛るサーモンがアボガドの最後のペーストを焼き尽くすところだった。
「寿司の直接コントロールは、結局小手先のテクニックに過ぎなかった。寿司との絆が、寿司時空でこんなに力を持つとは。いいかい、よく聞きなさい、タカオ。もうすぐ私の体は寿司と一緒に燃え上がるだろう。寿司との概念的融合。それが闇の力の対価だから」
「そんな、俺はそこまでしたかったわけじゃない……!」
「もちろん。これは私の責任だ。だから気に病む必要はないよ。それよりも時間がない、闇親方の話だ。私たちはこのトーナメント中、ずっと儀式を続けてきた。あの娘の体を通じて寿司時空のより深層にいる寿司の悪魔を降ろす為に。過去から未来に向けて存在する寿司の可能性を一気に現在に集約して、この世の中に解き放つつもりなんだ」
「そんなことをしたら、寿司が寿司じゃなくなっちゃうよ」
「それが狙いだ。協会が拘った正しい寿司の在り方は根底から覆る。過去に寿司だったもの、未来に寿司となるもの、全てが寿司となる」
恐ろしい、だが確かに、協会に対する効果的な復讐だった。
「僕らが目指した理想の体現だ。でも、ようやく分かった。そこには寿司の気持ちが伴っていないんだ。ただ憎しみで寿司の概念を破壊するだけなんだ。タカオ、君にそれを止めて欲しい」
タカオには頷くことしか出来ない。ドラゴン仮面は、そっとタカオの頭に手を載せて言った。
「君の胸に光る温かいもの、それがサルモンの心なんだね。美しい。なんて美しい……」
自分の胸を見下ろしたタカオは、ふと表情を明るくする。
「大丈夫、大丈夫だよ。父さん。設計者のヨシミだって。帰ろう、決着だ」
ひと際大きくサルモンが炎を上げ、水蒸気が霧散すると、そこには回転を止めたエビルアボガドロとドラゴン仮面が並んで横たわっていた。ドラゴン仮面の体からは薄く煙が立ち上っている。
「サルモン、手加減するって言ったじゃないか!いや、勢い余ってって、そんな!」
サルモンを回収したタカオが慌てて駆け寄る。咳き込むドラゴン仮面。苦しそうに呼吸をするが、ひとまず生きてはいるようだ。
「タカオ、仮面を外してくれないか。この目でお前を見ておきたい」
タカオはそっと父を抱き起す。癒着していたはずの龍の面の縁が、少し浮いている。指をかけ、そっと外していくと、中からは長年寿司と一体化した者特有の、酸っぱい匂いが立ち上った。現れたのは、体毛の一本もない異形の風体だったが、その表情は穏やかだった。
「寿司を、取ってくれ。食べないと、いけない」
「そんな、その体で食べるには脂が多すぎるよ」
「なあに、さっき炙ってくれたじゃないか。それに栄養を取らないと、折角助けてもらったのが無駄になってしまうからね」
ゆっくりと寿司を頬張り、咀嚼する。その頬に涙が伝う。
「タカオ、もう行くんだ。もう儀式は終盤のはずだ」
「分かった。必ず戻ってくるから!」
寿司時空の断層がまた出現する。優勝者を闇の親方の元へと導く道だ。
「タカオ、寿司と共にあれよ……」
そう言い残し、ドラゴン仮面だった男はそっと眠りについた。
【アイキャッチ】
タカオ&サルモン(ロースト・バニシング・フィレオ)
【B part】
まるでこの世に500gしか存在しないネタを握る時のように丁寧に闇は儀式を進行していく。古の祝詞を唱え、自身の願いを”祭壇”に入力していく。より深い領域へ呼びかけ、反応を伺い、また呼びかけを繰り返す。ふと、何かを感じたように闇は顔を上げた。
「仮面の野郎がやられたか。だが、お陰でこっちも準備ができた……!」
儀式に必要なのは、まずは酢飯と巫女だ。酢飯は目の前の棺に満たされ、ヒロミはその中で眠りについている。次に必要なのは、改変する概念への疑いの気持ち。これも闇のスシブレーダー達が協会のスシブレーダーを圧倒することで得られた。タカオの存在は大いに邪魔だったが、彼の寿司もまた境界を歩む寿司だ。その躍進が少なからず協会の者達を動揺させたことに、あの少年は気付いていないだろう。最後に必要なのは、燃え上がるような強い想い。強い意志。寿司の現状を破壊し、新たな秩序を打ち立てるという。
「俺が変えて見せる。俺を否定した人も寿司も、俺が否定してやる」
闇は自らに問うた。自身の願いは、望みは、果たして斯くも大きな犠牲のもとに為されるべきものだったのか。答えは決っている。ラーメンを回したあの日から何も変わっていない。ラーメンを使って寿司の枠組みを広げる。それこそが、彼の使命だ。
「遅かったじゃねえか、勝の弟子」
「ヒロミ姉さんを返せ!」
闇は振り向かない。目を離せない。酢飯の胎動が始まっている。
「何か勘違いしてやがるな。この娘は、最早意識も持たない。精神を乗っ取られた依り代に過ぎんよ」
「嘘だ!姉さん、しっかりしてくれ!あの時みたいに、目を覚ますんだ!」
奇しくもその声に呼応するかのように、ヒロミが両の目をかっと見開く。酢飯を割り、その体が宙に浮かんでいく。体を包む米粒はいつの間にか発酵、液状化し、彼女の体からぼとり、ぼとりと滴り落ちていた。
「漬かったか。よう、折角来たんだから、特等席で見ていけよ」
そう言いながら、闇ははっと振り返った。タカオが、寿司を構えていた。ヒロミに向かって。
「おい、何しやがる!妙な真似を」
「サルモン、頼む!」
「ちいぃっ!!」
タカオがサルモンを打ち出すと共に、闇も懐から丼を抜き放つ。咄嗟のことで蓮華をうまく使えなかった。油断していた、まさか、寿司の悪魔に寿司を放つとは!空中で丼とサルモンが衝突し激しく火花を散らす!
「やめろ、儀式はもう中断できないところまで来ているんだ!」
「黙れ!絶対に止めてやる、姉さんをあんな姿にしたお前を、寿司の気持ちを踏みにじるお前を、絶対に許さない!」
サルモンが何度も、何度も、ヒロミめがけて飛び上がる。追いすがるようにそれを阻むラーメンだったが、如何せん回転数が足りない。自慢の質量も空中戦には不利だ!
「くそ、くそ、くそ!何だっていうんだ!」
闇は恐怖していた。久しく無かった感覚。彼にも、今儀式を中断したらどうなるか分からない。ましてや寿司を打ち込んでしまったらどうなるのか。ヒロミの体が痙攣しだす。どこか高くから差し込んだ光が、濃い影を作った。そこから黒い霧が湧きだす。ヒロミに纏わりつき、形を成していく。寿司時空に満ちている寿司の可能性が集約されていく。
「ヒロミ姉さん!」
だが、サルモンもタカオも諦めない。とにかく、完成されようとする異形、寿司の悪魔からヒロミを救い出さねばならない。その時、ラーメンの軌道が逸れた。闇の直接コントロールが乱れたのだ。長く精神を酷使した結果だった。
「し、しまっ……!」
「いけ、サルモン!そのまま……!」
ラーメンとサルモンが、もつれ合ったまま、黒霧の中心へと侵入する。次の瞬間、寿司の悪魔は四方に触腕を広げ、その場にあった何もかもを絡めとり、その内部へと引き込んだ。怪しげに蠢くその人型実体を中心に、黒紫のオーラをまとった領域がゆっくりと寿司時空の外へと広がっていく。その中で、タカオはもがく。
「くそ、ここは何だ」
地面のない空間に浮いている。精神世界か、寿司時空か、あるいはその両方だ。数m隔てて闇親方の姿もある。だが、先に来ている筈のサルモンとラーメンの姿が見えない。
「大丈夫、私が預かっているだけです」
声がした。ヒロミのように聞こえる。その考えを見透かしたように、正面に回り込んだそれは続けた。
「確かに、私はヒロミでもあります。でも、今は違うという事で」
そう言って唇に人差し指を当て、柔和に笑った表情がなんだか見慣れずに、タカオは面食らう。闇親方の言を信じるならば、目の前にいるのは。
「お前が寿司の悪魔か、そうなら俺の願いを叶えて見せろ!」
闇が詰め寄ろうとしてもがくが、無重力空間ではうまくいかない。その手を取ってやりながら、ヒロミの体に宿った何かは、闇をたしなめる。
「ええ、大丈夫ですよ。あなたの願いは聞きました。あそこを見てごらんなさい。ちゃんと寿司の歴史、寿司の可能性は集まっていますとも」
指し示されたのはタカオ達を取り込んだ黒い霧と同種のものだった。タカオはいつの日か図鑑で見た暗黒星雲のことを思い出す。寿司の可能性とは暗がりの中から生まれるのだろうか。
「早く、今すぐやってくれ」
「その前に、三人で少し見物をしましょう。このような機会は滅多にありませんよ。それに、依り代になってくれた彼女の希望でもあります。こんな酷いことをしたのだから、それくらいの義理はあるのではありませんか?」
そう一方的に告げると、寿司の悪魔、あるいは寿司の意思と呼ばれる存在はタカオの手も取って、黒い雲へと飛んだ。拒む間もなく近付いてくる雲を前に、タカオは強く目を瞑る。それを察してか、ヒロミが強張るタカオの手を柔らかく握ってやる。
「楽にして、二人とも。ほら、もう着きました」
可能性の雲の中は光さえ届かない、言葉通りの闇だった。そして酷く寒かった。いつの間にか、ヒロミの手が離れている。タカオも闇親方も体を丸める。
「おい、なんだここは。見物とは何のことだ」
歯の根が合わない闇親方を、ヒロミは笑った。
「あらあら、闇の名を冠する方が、可愛らしいものね。もう少しの辛抱です、ここには何もないけれど、全てが生まれる。ほら、ご覧になって」
濃密な闇の中、ヒロミが合わせた掌で大事に包んでいたものをそっと解き放った。一つ、二つと、光の粒が拡散する。その中から一際強い光を放つものを、ヒロミがそっと摘んだ。輝きが強まり、周囲を急速に満たしたかと思うと、暖かな田園地方の風景を形作った。思わず目を覆っていた二人の前で、吹き渡る風に稲穂が揺れる。風をその身全体で感じるように、ヒロミは伸びをして髪を掻き上げた。
「いい場所でしょう。でも、ここは海からは遠い。魚なんかを運んでくるのには工夫が必要だった。塩に浸けるのも一計だったけれど、塩自体が貴重品。だから、代わりに使ったものがある」
「米、か?」
「正解。ほら見て。あれがこの世界で最初に作られたスシ。乳酸発酵させた保存食として、彼が作った」
男が地面から何かを掘り出している。編んで作った籠のようなもの。中には液状化した米に漬けられた魚が入っていた。軽く布で拭ったそれを、何か鋭利なもので切り分けて口に入れ、満足げに頷く。アジア系の男だった。切っ掛けは偶然だったのだろう。輸送中だったのか、保存中だったのか。だが、それに目を付けた人間がいたのだ。試行錯誤の末に製法が確立され、保存性の良さと独特の味から周囲の集落へも瞬く間に広がっていく。その様子のイメージを、タカオと闇親方は見た気がした。
「そして海を渡る。お次は日本列島、奈良時代」
景色が切り替わると、賑やかな往来を行く旅の一行が現れる。食料や布、そういった様々な貴重品を地方から運んで行くのだ。
「地方の有力者が収める税として、スシは重宝されていた。租庸調でいうところの調ね」
タカオが疑問符を浮かべる。学校で習ったはずだとヒロミに言われ、頭を掻くのを闇親方が苛立たし気に見つめる。
「そう、当初スシは有力者の食べ物だった。でも平安時代を経て300年もすると、段々一般の人々の間でも食されるようになっていく。でも、気にならない?この頃の寿司は、発酵した魚だけを食べるものだった。お米の部分を食べるようになったのは何故か、って」
流れていた景色が途端に立ち消え、また暗闇の中に三人は浮いている。しかし、先ほどの記憶達が光の粒子となり、淡く瞬いている。もう寒くはなかった。また一つ、強い輝きを放つ粒をヒロミは手に取る。
「あわてんぼうさんがいたのね。発酵期間を待ちきれず、途中で食べた人。それが切っ掛けとなって、短期間の発酵でも旨味があること、本来なら形を失ってしまう米の部分も食べられることが広まった」
切っ掛けとなったのは幼い少女だった。彼女が五歳になった祝いの席でつまみ食いしたスシの味が忘れられず、両親の目を盗んでこっそり漬け桶を開け、作りかけのスシを食べてしまったのだ。こっぴどく怒られて気の毒だったが、彼女はスシの歴史を大きく変えた。完全に漬け切るのではなく、途中で食べる習慣が広まっていく。
「室町時代からは発酵期間を短くした分、試行錯誤のサイクルが縮まった。ここからスシの進化は加速する。押し寿司、箱寿司の原型が生まれたのもこの頃。そして遂には、発酵させる代わりに酢を使って、よりお手軽に楽しめる早寿司が生まれる」
三人の周囲で、人々の営みが洪水のように流れていく。新たな味、新たな形を求め、寿司は変わっていく。歴史の曲がり角に、寿司に巨大な変化をもたらす人が立っている。研鑽の果てに見事求める果実を手にした者、それとは知らずに大きな変革の引き金を引いた者。そんな人々と生み出される寿司とハイタッチを交わし、ヒロミは時の流れの中を自由に泳いでいく。
「そして、東で事件が起こる。まずは寿司が江戸に伝わっていくところから」
そういって、ヒロミは二人の手を取って青い空へ飛び立つ。盆地を抜け、山を越え、河を超え、丁度その頃成立した東海道と呼ばれる道をなぞる。
「酢を使った寿司は作るのが早いから江戸っ子の気風に合っていたわ。当初は箱に詰めた酢飯に、調理したネタを並べたものだった。高価な米酢を使っていたのを酒粕に置き換えた人がいて、それが大ヒット」
ちなみに、その人のお商売は某有名な会社として現代も存続している、とヒロミが言った。
「そして1830年頃、江戸末期!」
ヒロミは高空から江戸湾に向けて降下。風を切る感覚、高揚する感覚、何かを予感する感覚にタカオは震える。小さな広場に降り立つと、土俵を囲む人々が居て、中心からは妙に聞きなれた掛け声が聞こえる。
「江戸前寿司とスシブレード、当時の言葉で言うと鮨相撲が、ここで成立したの!」
屋台で握られた色取り取りの寿司を、大人も子供も楽しそうに口にしたり回したりしている。タカオは、ふとその寿司たちの上げる笑い声を聞いた。これまで見た寿司もそうだ。どれも食べられる事、生み出される事を、喜んでいた。
「そして江戸時代が終わり、文明開化。奉公の小僧さんが神様に寿司を奢られたりしたのもこの頃ね!他にも楽しいエピソードがいっぱい。でも、1923年、それは起こった」
立っていられないような揺れと倒壊する建物、火の手が上がるイメージに、闇親方とタカオは尻もちをついてしまう。ヒロミは数秒間その光景を見つめ、また景色を暗闇に戻した。
「職人たちも被災した。棲み処を失って、異郷へと移る人。廃業した人も居たけれどでも、中には寿司を握り続ける人たちがいた。江戸前寿司が、日本中に広がっていった」
小さな小さな光の粒たちが、弱々しくも神々しく、闇の中を進んでいく。あるものは消えるが、また同じ場所から別の光が志を継ぎ、新たに暗闇を照らしていく。
「冷蔵技術の発展、漁獲技術の発展、ご当地での魚食文化との融合。江戸前寿司の名の元、寿司の形は更に広がっていった!江戸では食べられなかった魚も、やがて寿司ネタとして一般化していった」
気が付けば、最初にヒロミが掌を開いた場所から、光の筋が数えきれないほど伸びている。時に停滞する事があっても、爆発的に輝く点が新たに生まれ、そこから再び盛んに道が広がっていく。
「戦後、寿司の伝統が途絶えかけた事があった。その反動で、寿司は変えてはならぬもの、正しくなければならぬもの、受け継がねばならぬものと規定された事があった。彼らも寿司を愛していたからこそ、その道を繋ごうとした」
寿司協会のことだ、タカオは直感した。それは正しかった。今、最も進んだ光の道の先端が、闇親方の胸元に辿り着き、まばゆい光を灯す。これまで見てきた、寿司の歴史で大きな役割を果たした人々と同じ、大きく明るい輝きだった。
「そして、その先にあなたが立っているの。狭まりかけた寿司の可能性をもう一度押し広げた人。最も深い闇を掻き分けて進んだ人。道の無いところを歩み、寿司を言祝いだ人。この場所に連なる寿司の変革者の一人。それがあなた」
タカオは見た。闇親方が、いや栄が最初に握った新しい寿司。高々百年程度の伝統に凝り固まろうとしていた寿司からの大胆にして鮮烈な脱却。その象徴こそがハンバーグ寿司だったのだ。
【アイキャッチ】
栄&ハンバーグ&カイ
【C part】
「私は寿司の意思。私たちはあなたを寿ぎます。その後あなたが落ちた陥穽は深く苦しいものだったけれど、あなたの功績も、想いも、この場所に深く刻まれている。それでも、あなたは寿司を変えることを望むの?」
闇親方は回想する。子供のお客さんにお出しできる新しい寿司を作ろう、若手の間でそうした動きがあった。勿論、もとより人気のメニューはあった。基本にして究極のマグロ、黄金の左と謳われる玉子。加えて、回転する寿司はいつだって子どもたちの憧れの対象だった。
それでもあの頃、寿司そのものへの親しみが薄れていっている雰囲気があった。悲惨な戦禍の果て、日本と流入する世界の文化が出会って花開き、日常的に食を楽しむことが可能となった素晴らしき時代の陰。昔の寿司と言えば、小銭を握りしめて屋台で食べたり回したりするものだったから、自然と子供達は寿司と出会った。
だがどうだ。お高くとまった寿司は店舗で食べることが基本となったし、何より伝統や格式に囚われて、気軽に口にできるものではなくなったではないか。次世代の客である子供たちにこそ、闇は寿司を食べて欲しかった。
「子供に人気な寿司か」
「やっぱ味が濃くて親しみのあるネタだといいんじゃねえか」
「しかし、厨房にあるのは、酢に生魚に納豆に」
「中には好きな子はいるだろうがなぁ」
そんな時だった。天啓が舞い降りたのは。
「ハンバーグだ。ハンバーグはどうだ!子供は好きなんじゃねえか?」
闇の一言に、場は沸いた。そうだ、これまでの寿司とは違う、新しい寿司を作ろう。皆うすうす感じていたことだった。もっと気軽に楽しめる寿司を求めていた。その日から、彼らの研鑽の日々は始まった。慣れない食材の扱いに失敗しつつも、反省点を洗い出し、磨きぬいた技術の応用で解決していった。仲間の顔は明るかった。旨くて強い寿司をその手で作ることが喜びだった。
「お前ら、何やってやがるんでぃ!!」
そして、夢のようだった日々は、いつしか覚めてしまった。兄は、寿司協会は、彼らの寿司を認めなかった。邪道と呼び、踏みにじった。その日から、闇は誓ったのだ。協会の掲げる正しい寿司という規範に立ち向かう事。ただ強さのみを求め、彼らが寿司ではないという寿司で、勝利する事。そこには最早、新しい寿司への興奮も喜びもない。だから、闇は静かに告げるのだ。
「俺が寿司の開拓者?寿いでやる?だから、もう十分だろうってか。寿司を変えたのだから、これ以上は何もいらないってか。へっ、温いこと言ってくれんじゃねえかよ。馬鹿にすんな、俺はあの日から寿司を否定する為に生きてきたんだ。今更、今更寿司に認められていたからって止まると思うか?俺が今日までぶちのめしてきた全てに掛けて、俺は今日寿司の概念をぶち壊す。だから寿司の悪魔、もういい、茶番は沢山だ。俺の願いを叶えろ!」
闇の慟哭が、そこに浮かぶ輝きを黒く塗りつぶしていった。
カイはタカオと闇が寿司の思念体へと取り込まれていく様子を見た。浜倉と名乗る男が持っていた時空観測用の機器を通して観測を行っているのだ。
「浜倉さん、なんとか出来ないのかよ!このままじゃ、タカオも、師匠も!」
「無理です、今の私たちではあれほど深い領域に影響を及ぼせない。それにもう装置も限界です!本来こんな使い方は……」
その言葉を聞いて安心したとでもいうように、高熱を発していた機材は小爆発を起こし、黒煙を上げた。
「ああ、もう!折角改造したのに!」
カイはガックリと土俵際に膝をついた。終わりか、終わりなのか。約束したのに。俺はまだハンバーグと話もできていないというのに。いや、そうだ。まだ、ハンバーグが残っている。ハンバーグの力を使えば。そう思って取り出したハンバーグは、生焼けの肉のかたまりで、今にも崩壊しそうな様子だった。自らの行いでこんな姿にしてしまった彼に、今更どんな顔で頼ろうというのか。それでも、カイは、静かにハンバーグに語り掛け始めた。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ(特殊エンディング:次回予告仕様)】
俺の名はカイ。こいつは、こいつの名は……。
頼む、俺に力を貸してくれ。これまで酷いことをしてきた。
ずっと、憎しみと共にお前を回してきた。こんな姿にした。
取り返しのつかないことをしてしまった。
けど、俺はもう一度あいつに会いたい。あいつが行ってしまう。
約束したのに、このままじゃ帰ってこられねえ。
あいつだけじゃない、俺は、沢山の人に償いをしないといけない。
その為にも、俺はここで立たなきゃいけないんだ!
だから、お前の声を聞かせてくれ。
ここからお前とやり直したい。俺と回ってくれないか?
知っていたよ、我が友よ。
ようやく我が声が届いた。
我も同じだ。我も同じだった。
ハンバーグとしても寿司としても成り立たず。
だが、お前とお前の師は我を握った。我を求めた。
それこそが、我の誉だった。
お前の有り様が我を救った。
勝利を求め、その身に炎を宿した鬼子よ。
お前の苦しみを、我は知っていたよ。
勝利の為になら、この身が如何様にされようがよかった。
お前の為になら、この身がどれほど焼け焦げようとよかった。
お前自身が癒されるなら、我の全てが炭の欠片と成り果てようが構わなかった。
だが
今お前の身に憎しみの炎はない、
皮膚の下、あれほどお前を炙り苦しめた激情はどこにもない。
熱い血潮の如き想いが、お前に宿っている。
そうだ、彼がそうしたのだ。だから、お前の問いかけへの答えは決まっている!
回せ回せや、我が友よ
回れ回れや、我が友よ
共に回ろう、我が友よ
我らがこれまでもそうしてきたように。
我らはこれからもそうしてゆこう。
いざ叫べ。我が名を。我が真なる名を。
もう、お前は知っている筈だから。
ありがとう。ありがとう!
行くぞ、ハンバーグ・グローリー!タカオの元へ!
次回、爆天ニギリ スシブレード 異聞伝 最終話「タカオ大勝利!希望のアガリへ、へいらっしゃい!」
来週も、みんなでへいらっしゃい!
最終話「タカオ大勝利!希望のアガリへ、へいらっしゃい!」
闇の野望が遂に明らかになった。改変される寿司概念。対抗するのは一人ではない。タカオ、寿司と共に回れ。
【アバンタイトル】
カイの手の中で、今ハンバーグがその姿を変えていく。生焼けだったネタは見る見るうちに厚みを増し、熱い火が表面を焼き固める。その後内部をじっくりと焼き上げることで肉汁を一滴も逃さない。シャリにはつやが戻り、ハンバーグの旨味を受け止めるための重厚な味付けに変わっていく。それこそが、このスシブレードの真の姿だった。闇を抜け出し、スシブレーダーと心を一つにしたことで生まれた、輝ける存在。破邪のスシブレード、栄光のハンバーグ。その名も、ハンバーグ・グローリーだ。
「だけどカイ君、一体どうする気なんだい?」
「グローリーが、自分を打てと言っている」
「しかし、君のシューターは……」
そこに、漆塗りの朱箸と湯呑が差し出された。
「遅れてすまんかったな、浜倉」
キツネだった。満身創痍ではあったが、なんとか一人で歩ける程度には回復したらしい。
「坊主、キミ、意外とイケメンやったんやな。豚の顔もよう似合うてたけど」
「この箸は、ヒロミのか」
「うん。キミに託すわ。ボクの大事な子らを、どうか助けてやって下さい。ボクのやらかしたことでもあるさかい、どの面下げてと思うかもしれんけど」
カイは箸と湯呑を受け取る。
「俺も同じだ。だから、ありがたく使わせて頂きます」
カイが構えを取った。狙うべき場所は体が自然と教えてくれる。タカオが消えた空間、ワームホールの開いていた場所だ。
「三、二、一、へいらっしゃい!」
打ち出されたハンバーグが虚空で火花を散らす。だが今のハンバーグを止めうるものは何もない。空間に切れ目を入れていく。
「よし、行こう、グローリー!」
カイとハンバーグが寿司時空へと身を躍らせた。
【OP主題歌:The Fried Aji】
【A part】
「俺が寿司の開拓者?寿いでやる?だから、もう十分だろうってか。寿司を変えたのだから、これ以上は何もいらないってか。へっ、温いこと言ってくれんじゃねえかよ。馬鹿にすんな、俺はあの日から寿司を否定する為に生きてきたんだ。今更、今更寿司に認められていたからって止まると思うか?俺が今日までぶちのめしてきた全てに掛けて、俺は今日寿司の概念をぶち壊す。だから寿司の悪魔、もういい、茶番は沢山だ。俺の願いを叶えろ!」
ヒロミの顔をした超常存在は、静かに頷く。
「そうですね、分かりました。では、少しお待ちを」
そして闇の姿が掻き消える。あれほど煌めいていた光はもはやどこにも見出せなかった。ただ一つ、タカオの胸に灯った光を除いて。その光が、タカオとヒロミの顔を照らしている。ヒロミがタカオと向かい合った。
「タカオ、今見た通りや。あの人は選択をした。うちには、寿司の意思には、それに従う義理がある。寿ぎを司る存在として」
ヒロミは優しい手つきでタカオの胸に触れ、そっとその形をなぞった。
「寿司の声を聞く者、サルモンに選ばれた者。あんたもまた寿司の歴史を動かす者の一人、うちらに寿がれる者の一人。さあ、タカオは世界をどう寿ぐの?」
タカオは、闇の記憶の中で、彼の寿司の声さえ聞いていた。新しい寿司の形。新しい想いの形。その寿司達は、もっと美味しく、楽しく、人と過ごすことを望んでいた。闇がそうしたいと願い、寿司もそれを喜んでいる、美しい時間だった。
「俺は選ばれたものなんかじゃないよ。ただ寿司と共にありたいだけだ。闇が寿司を変えたい気持ちはよく分かる。けど、寿司はどう思っているんだろう。ヒロミ姉さん、闇の願いを寿司は、あんたはどう思ってるんだ?」
「それを言うと、ちょっとルール違反かもしれんね。でも、うちが今ここでこうしてることが、その答え。あなたをここに導いたものこそが、寿司の意思」
きっと、ずっと前から決まっていたのだ。タカオの心が決まった時、胸の中から、光が飛び出してくる。ヒロミがそれを捕まえて、ゆったりと握る。美しい本手返し。拾い上げ、合わせ、包み、形を整える。輝きは寿司の形に変わり、サルモンとなる。それをそっとタカオに握らせ、ヒロミはその耳元で囁いた。
「うちはあの人の所に行く。行かなあかん。召喚された義理があるさかい、手助けはここまで」
「姉さん、姉さんはそれでいいのか?」
「うん。お寿司の歴史を旅して、よお分かった。うちは今のまま、寿司が進む先を見たい。あんたら二人なら。あんたら四人なら、きっと大丈夫や」
「やるよ、俺たち」
「寿司を信じるんよ」
言い残して、ヒロミの姿も消える。今度こそ一人きりだ。だが、タカオには聞こえている。さっきから小さく、遠くから、彼を呼ぶ友の声が聞こえている。
「カイ!俺はここにいるぞ!」
「待て、グローリー!今タカオの声が聞こえた、近くに居るんだ!」
カイは目を凝らす。寿司時空の一点が不安定化し、何かが外に出ようとしている。飛び出してくる!そう察知したカイは身を低くした。黒く重い泥のような思念が噴出し、カイ達が来た道を激流となって逆進する。円錐状に広がるその泥の縁、カイとハンバーグはタイミングを伺う。流れが途切れ、点が閉じようとするのに合わせてハンバーグが飛び込む。時空の裂け目に干渉し、押し留める。
「タカオ、そっちからも寿司を!ここを広げる、出てこい!」
声は届いている。
「分かった!サルモン、戦おう。闇親方は急ぎすぎているんだ。時の旅で分かった。寿司の変化は人と寿司の両方が作るものなんだ。それに、あんなに悲しい顔をした悪魔なんているものか。きっとあれが寿司の心なんだよ」
サルモンが同意する。タカオはシューターを構える。
「さあ、脱出だ!」
【B part】
黒い霧が来る。なんとか装置の修理を終えた浜倉は、その脅威度を概算して驚愕した。世界中の寿司概念を三度改変してなお余力のある値だ。周囲に警告しようとして怯む。それでどうなるのか。自分一人で何ができるというのか。スシブレーダーとしても未熟な自分。こんな時に折川博士が、相棒の河原が居てくれたら。そこに至って、浜倉は自身の中に眠る、彼を支える強い想いの根幹に再び認識が及ぶようになっているのを感じた。硬い殻に閉ざされていた、もう一つの使命が呼び覚まされる。
「そうだ、私はエージェントです。世界を守る義務、今こそ果たす時。キツネさん、頼みます。少しでも遠くへ、みんなを避難させて下さい」
「しゃあない、分かった。けどあんたはどないするんや?」
「ここで観測を続けます。データをもっと集めなければ。控室に行けば、他にも機器があります、避難が終わったら持ってきて下さい。それと、会場周辺にいるはずの、黒いスーツの人物を……」
「せやけど、寿司もない身で危険や」
キツネの気遣いを愉快に思いながら、浜倉は不敵に笑う。
「こういう事態に際して世界の危機に立ち向かう為に我々は居るのです。世界を守る為に、私はここへ導かれたんです。大丈夫、信じて下さい」
二人の背後から、靴音高く歩み寄る人物がいる。新緑のドレスをはためかせ、一喝。
「判断が遅い!部外者だけに任せてはおけん。浜倉、他に何か必要な処置、その他要請があればこの場で述べるがいい」
指を鳴らす。即座に黒装束のスシブレーダーがリリーを半円状に囲んでいる。まずは十人、内の一人が浜倉の脇へ、彼が必要とする機材類を置く。
「観測系を立ち上げます。その為の人手を二人。後はとにかく人命を優先してください」
マドンナが頷き承認すると、黒子たちは散っていった。
「けっ、ほんま食えへん女やわ」
「誉め言葉と受け取ろう。では諸君、やるべき時にやるべきことをやろう」
「じゃあ、ボクは浜倉チャンのご同僚の捜索に……」
キツネが立ち上がろうとするがよろめく。それを、二人の男が両脇から支えた。一人は黒いスーツに身を包んでいる。
「その必要はないっす。浜倉さん、一人で格好つけないでくださいよ。そんな柄じゃないでしょう?」
河原が、サングラス越しに恨めし気な目を向ける。
「とにかくデータを集めて折川博士に。事態封じ込めの為に即応部隊が出動態勢にあるっす。装備の最適化と対応の策定を急がないと」
もう一人は真っ白の寿司法被に、ねじり鉢巻き。その背に太陽と雲を従えるマグロのマークが描かれている。
「キツネ、すっかり遅くなっちまった。タカオとカイは、栄はどうなっていやがる」
「勝兄さん!カイとタカオは寿司時空です。闇兄さんは、寿司の悪魔に願いを、寿司の概念を無理やり書き換えると……」
「相変わらずぶっ飛んだことをやりやがる。あいつはいつもそうだ」
「ご無事で何より勝さん。悪いが、再会を喜んでいる暇はない!来るぞ!」
「全員、衝撃に備えてください!」
黒い霧が、遂に通常空間へと湧き出る。土俵の中で渦を巻き凝集、15m程度の人型実体へまとまっていく。スシブレーダー達は、その身が不定形な寿司の可能性から成っていること、その中に誰がいるかを悟った。恐ろしいプレッシャー。寿司たちも反応する。この化け物の前では、確かに邪道も正道も意味をなさないだろう。触れたものはただ寿司という概念に回収されてしまうに違いない。徐々に大きくなるそれが地球を包むとき、寿司の概念は闇親方の望む混沌へと書き換えられるのだ。だがそれをむざむざ受け入れる者達ではない。
「今だ!ガリハルコン最大励起、土俵にやつを縛り付けよ!」
マドンナ・リリーは臆さない。会場の土俵にエネルギーが満ちる。土俵上のスシブレードの暴走に備えた防衛機構だ。
「すごい、土俵にこんな機能が」
「しかしこれは時間稼ぎに過ぎません。河原君、データを送信しますよ!折川博士をコールして下さい」
エネルギーシールドが紫電を迸らせて、巨人を拘束する。だが巨人は徐々に体積を増し、シールドを押し返そうとする。干渉で生じる稲妻がリリーのすぐ横に落ちて床を抉ったが、リリーは腕を組み仁王立ちを続ける。
「出力を上げよ!人生を懸ける大一番に勝負に出ないというのでは、一体何のための人生か!」
「よし、データ送信完了!」
それと同時に、会場の上空をヘリが横切る。一斉に空中に飛び出す人員と各種コンテナ。制御された噴射で見事に着地していく。
「待たせたな、任務部隊Σ-4”封印のトンネルリーク”だ。まずは結界を張るぞ!」
展開する隊員達。しかし、それを察知したのか、巨人は土俵上に飛び散った瓦礫を握るような動作をすると、シールドの一つめがけて投げつけ始めた。その一つ一つが回転している。
「そんな、あれが全部スシブレードっちゅうんか!」
耐え切れず、土俵の基部から火と煙が上がる。消火装置が作動するが、エネルギー流もカットされてしまった。陽炎のように揺らぎ消える拘束。ようやく自由を得た巨人が暴れ出そうとして、ぴたりと止まった。じっと足元を見る。その目線の先には、キツネに抱えられて瞬時に移動した勝がいる。
「ゴキゲンな姿になったじゃねえか、栄よぅ」
巨人はまだ固まっている。
「急げ、伝送ケーブルを換装!」
「結界用意!あの職人の行動を無駄にするな」
勝はゆっくりと呼びかけを始める。
「俺が憎いか、栄。俺は怖かった。お前も、お前の握る寿司も。俺はお前を買ってたんだぜ。江戸前の修行をしてよう、俺もお前も、ちったぁお客に見てもらえる寿司を回せただろ。なのにお前はよく分からん寿司ばかり握ってよ、しかもそのどれもが美味くて強いと来た日にゃあ。いや、そうだ、本当は俺だって、そんな寿司を握りたかった。だってのに決まりのない世界で、寿司と向かい合うのが怖かった。俺には寿司の声が完全には聞こえねえから、寿司の思いと重なるって分かっている道だけを歩もうとした」
勝は、まるでスシブレード勝負に臨むかのように、両腕を広げて見せた。
「最近、思い出した。寿司を楽しむという気持ちを。栄、本当にすまなかった」
その言葉に、巨人の体色が変わっていく。黒く、黒く。寿司の可能性で構成された体の支配度が上がっていく。怒りだ。闇の想いは一つだった。ふざけるな。勝を始めとして、理解できない物に対する恐怖こそが、彼らに闇の道を選ばせた。だから闇は、その邪な道を断固として進み続けた。謝罪はその決意すらも踏みつけにする言葉だ。巨人が手を振り上げる。
「あかん、すんません勝兄さん、ボクもう跳ばれへんわ」
「いや、こちらこそ付き合わせて悪かったな」
ゆっくりと迫りくる腕を見上げる二人。そして声が届く。
「違うんだ、師匠。それじゃダメなんだ!」
半ばまで振り下ろされた腕を、橙と黒、二つの寿司が受け止め、拮抗する。タカオは叫ぶ。数多の戦いを経て、闇と戦う心を見付けた少年が。
「寿司を復讐の道具にさせちゃいけない。寿司が人を、人が寿司を傷付けるのを受け入れちゃいけないんだ!寿司にも心がある。それを邪道だと決めつけるから、闇が生まれる!」
カイが叫ぶ。己の罪を見つめ、闇に抗う術を得た少年が。
「闇に抗うのに必要なのは、ただ寿司を愛することだったんだ。一人でもその寿司が好きで、楽しんで食べ、回す人がいれば、その寿司は寿司でいられる。ハンバーグが俺に教えてくれた」
カイとタカオが立っていた。闇と向き合い、その野望を打ち砕くために。
「見よ、スシブレードならばあれに触れられる!スシブレードを持つものよ、今こそ立て!」
マドンナ・リリーは号令を発しつつ、自身の寿司を取り出す。アマエビのスシブレードだ。
「行け!アマビー・アラビアーナ!」
「マヨコ―ン!」
「頼む、イクラリオン」
「飛ぶぞ、コハデーモン!」
「俺たち三兄弟の力、今こそ見せるとき!」
「姐さんを助けるんだ」
「ゴメン助六、今度こそ!」
闇も協会もなく、そこにいるスシブレーダー達が相棒を放つ。苛立たし気に巨人が触手で迎え撃つが、スシブレーダーの攻撃の前に巨人は怯む。
「よし、引け!引け!」
マドンナの部下が手を貸してくれる。土俵から転び出ると同時に、任務部隊の用意した結界が起動した。対象のエネルギーを奪い取り、束縛の強化に用いる自己束縛型の禁術だ。本来ならそのまま収容状態にまで移行できる強力な術だが、巨人の寿司エネルギーの解析が不十分な為、激しく損耗していく。それでも、稼いだ時間は有用だった。ケーブルの換装はもうすぐ終わる。それを確認して、タカオはようやくまともに師の顔を見た。
「師匠、ご無事で」
「お前ぇこそ。そんで、どうする気でぃ、策はあるのか?」
「寿司を信じろって、寿司の意思に言われた。だから、俺たちはありったけの想いをぶつけるだけだ。四人分の想いを寿司に載せるしかない」
カイが勝の前に進み出る。
「でもこのままじゃ足りない、きっと届かない。だから頼みます、俺たちのスシブレードに、親父さんの想いも載せてください。グローリーが、そう望んでいます」
カイの言葉に勝は息をのんだ。
「寿司から名前を教わったんだな。グローリー。そうか、栄とお前のスシブレードなんだな、カイ。いい名だ、いいスシブレードだ」
勝の目に涙が浮かぶ。ハンバーグ・グローリー。その存在が勝に力を与える。
「ズルいぞカイ!師匠。俺とサルモンからもお願いします!もっと強くてうまい寿司を、闇親方に届けないといけないんだ」
その弟子は、寿司の意思とも交感したらしい。なんということだろう。
「合点でぃ。喜んでやらせてもらおうじゃねえか。実は、俺もずっと考えてたんだ。俺にできる新しい寿司の握り。サーモンとハンバーグ、試すにはぴったりだぜ」
勝は懐から笹の葉の包みを取り出す。中に入っているのは、様々なチーズだ。種類も風味も異なるそれらから、ネタに合わせて最良の選択をする。経験と勘を頼りに、最小限の手順で最大限の調和を生み出す技術。
「完成だ。そうか、新しい寿司をまずは握ること。俺は最初からこうすればよかったんだな……」
カイがタカオに耳打ちする。
「っていうかよ、チーズ載せただけじゃねえか」
「バカ、師匠みたいな頑固な人が、チーズを使う意味が分かんねえのかよ!」
そうとは知らず、勝は二人にそれぞれの寿司を返す。
「俺にとっての第一歩だ。受け取ってくれ。そして、弟を頼む」
カイは驚く。ハンバーグが熱い。つい先程までとは全く異なる回転力を感じる。これが職人の技だ。タカオも息をのむ。サルモンが燃えている。二つの寿司の放つ熱がチーズを溶かし、最上の姿へと変わっていく。
「折川博士から通信だ!弱点の解析が終わった!頭部と胴のつなぎ目、首を狙うんだ!」
浜倉が叫ぶ。カイとタカオは再び土俵へと走り出す。
「あの子たちに合わせろ!シールドを解き、もう一度総攻撃をかける!」
シューターを構える二人。援護するように、再び数十ものスシブレードが飛んだ。しかし、巨人は大きく口を開いてのけぞる。計測に当たっている河原が警告する。
「目標内部に高エネルギー反応!攻撃が来ます!」
巨人の口から火の粉が零れ出る。赤い輝きは収束し、青く変わっていく。そしてバーナーのように噴出された炎が、寿司に襲い掛かろうとした。
「ここは任せてもらおうか」
タカオとカイが灼熱に炙られる寸前、空中に撒き散らされたアボカドペーストが炎を受け止める。エビルアボガドロの必殺技だ。その陰から次々に寿司が巨人に着弾する。捕縛術式が巨体を捉え直し固定する。
「決めるぞ、タカオ!」
「行こう、カイ、サルモン、グローリー!」
「4つの魂が、邪悪の野望を打ち砕く!師匠、受け取ってください!」
「寿司と共にあるがままに移ろいゆくこと、それが俺たちの答えだ。俺たちが目指す未来だ!」
声が重なるのを、タカオとカイは聞いている。その技は寿司の行く道を示すもの。寿司と共に歩んでいく先に道が開けると信じる。それが、彼らの世界に対する言祝ぎだ。
「「「「クアトロチーズ・ファイナルデスシネーション!!!!」」」」
螺旋を描いて、音よりも速く、炙りチーズサルモンとチーズハンバーグ・グローリーは巨人の頸部を消し飛ばした。残った体には亀裂が入り、ゆっくりと空へと散っていく。
「まずい、止めないとやばいっす!」
慌てる河原を浜倉がそっと押し留めた。
「大丈夫です、あれは過去と未来の寿司の可能性の集合体。時空を超えて集められたものが、あるべき時と場所に帰っていくんですよ」
その言葉通り、広がっていった亀裂からその身は細かな破片となって崩壊する。多くは元の時代へと戻るが、幾ばくかは気まぐれを起こし、現代の世界中へと散っていった。あるものはアメリカへ、あるものはエジプトへ、またあるものは中東へ。神々しい光景を会場の全員が見守った。
「あの種からまた新しいスシブレードが生まれるんだ。迷い苦しむ職人の背を押してくれるんだ」
タカオは、虚空で見た歴史の分岐を思い起こす。
「さて、そろそろか」
カイは呟き、ハンバーグを手に取った。最後の役目を果した彼の相棒はもう殆ど原型を留めていない。
「タカオ、サルモン、ハンバーグ。みんなありがとう。俺は今ここに戻って来られて嬉しい」
ハンバーグが別れの言葉を紡ぐ。今の自分は消えてなくなるが、彼らが回った日々はハンバーグ寿司の記憶に強く焼き付けられたと。そうだ、同じスシブレードではなくても、次に会うハンバーグ寿司もまた、きっと彼の良き友人になるに違いない。カイは微笑み、そしてハンバーグを口にした。
「さよなら、ハンバーグ。また会おう」
カイとタカオを見守っていた勝にマドンナ・リリーが声を掛ける。
「感じておられるか、勝さん。闇の気配が消えた」
「ああ。やるだけやってどこに行きやがったのかねぇ」
カイがハンバーグを食べ終わり、タカオと話す様子を見ながら、勝は苦し気に呟く。
「結局てめえらのツケを子どもたちに全部押し付けちまった訳だ。この先どうすればいいんだ」
「ふん、いっそ協会に戻ってはいかがかな。意識の改革が必要だ。多様性を尊重し、邪道寿司という分類の寿司など存在しないのだと、皆に示さねばならないのだから」
「ちぇっ。店で研究会でも開くかねぇ」
「人と寿司の絆。この目で見た我らには責任がある。あの種が芽吹いたとき、それを寿がねばならんのだから」
協力して巨人の痕跡を探索していた"華散らし"と"トンネルリーク"がヒロミを発見したと報告してくる。キツネがよろよろと進み出て、崩れ落ちるようにヒロミの体に縋りつく。
「もう、重たいわ」
掠れた声はいつになく柔らかで、やっとのことで持ち上げた腕がいつの間にか歪んでしまっていたサングラスを外してやった。
「兄さん、今まで堪忍な。ありがとう、大好き」
「ボクもや。こっから、やり直そ。二人で最初っから」
そして時が流れた。
【ED主題歌:回れ回れや我が友よ(フルサイズ)】
【C part:EDと共に】
あの戦いから数年。日本を舞台に、初めての世界スシブレードトーナメントが開催された。会場に入場してくる各国の戦士たち。その中に一際楽しそうな様子のスシブレーダーを見付け、迎えたタカオは彼に話しかけた。
「ようこそ日本へ、俺はタカオ!こいつはサルモン!それがお前の寿司か」
「いっえーーーーす!僕はマックス。そしてこれが僕のスシブレード、カリフォルニア・タイフーンでぇす!」
少年がかざしたスシブレードは一見すると巻物だが、なんと米と海苔の順序が入れ替わっている。また入手しにくいマグロの代わりにアボカドで脂の感じを出している。アメリカで誕生した寿司、カリフォルニア・ロールだ。海苔に馴染みのないアメリカ人が食べやすいようにと工夫されたのが最初だが、今では飯による高い防御力、内部の海苔による強度、そしてアボカドを使用したことによる高い持久力が注目を集めている。
「すっげぇ強そうなスシブレードだな!なあ、マックス、寿司は好きか?」
「オフコース!!僕はこいつが大好きでぇす!強いし、それに旨い!」
タカオはにやりと笑った。
「そりゃよかった。そんなに好きなら、今ここで味わってもらうとすっか!」
「ファニーなジョークでぇす!本物を越えた本物のパゥアー、見せつけてやりますよ!」
わっと周囲が沸き立つ。誰かが土俵を持ってくる。タカオは周囲を見渡した。そこには世界中の寿司とスシブレーダーが居た。
中国から来た選手と天津餡かけ寿司、エジプトの選手と唐辛子漬けサーモン寿司、チリの選手とアンチョビ軍艦。彼ら全員が寿司を愛していた。彼ら全員がスシブレを愛していた。タカオはふと闇を思う。彼の計画は恐ろしいものだったが、彼が目指した景色は結局今ここに実現しているのではないか。
それにラーメンだって。闇の影響か定かではないが、大阪ではとある回転寿司チェーンでラーメンを提供するようになったという。ならば、いつかの未来では。もしかすると。そうだ、元々寿司は発酵させた魚の切り身だ。その変化の先に、ラーメンも、もっと違う食ベ物も、あったのではないだろうか。
「俺たちのやったことは、本当に正しかったのか?」
サルモンが心配げに思考に割り込んでくる。そうだとしても彼は急ぎ過ぎたのだ。その性急さこそが、闇を生み出した。ならば自分たちは寿司と共に自由に行くだけだ。いつの日か、再び闇は姿を見せるだろう。形を変えて。だが恐れるものは何もない。
あれから、仲間たちは思い思いに寿司と歩んでいた。
救出されたヒロミの傷は癒え、キツネと二人、今は京都で寿司を回している。
浜倉は組織に戻り、主に寿司協会との調整の専従となった。段々と露出を増やしていく寿司協会に胃を痛めているとかなんとか。
マドンナ・リリーは政界入りを目指して活躍している。トレードカラーとなった鮮やかな緑を目にすることも多い。
カイとハンバーグは旅に出た。世界で寿司がまだ普及していない地域に赴き、現地の名産を中心として新たな寿司を生み出す旅に。終わりなき贖罪の旅は沢山のスシブレードと共に続く。
協会のスシブレーダー達も、寿司との絆をそれぞれのやり方で深めている。
あの日を境に世界中で寿司と人が出会った。寿司を愛する者たち、人を愛する寿司たちが生まれた。時として不幸な過ちがあるかもしれない。すれ違いや、悲しみからまた闇のスシブレーダーが現れるかもしれない。それでも、きっと大丈夫だとタカオは思う。
「ヘイヘイ、ぼーっとしてんじゃないでーす!」
「おっと、わりい、始めっか!」
二人は箸を構える。マックスは、慣れない人でも箸を手に固定出来るシューター強化パーツ着用だ。これで条件は五分、純粋なスシブレ勝負。サルモンが未知の寿司との戦いに震える。早く解き放てと言ってくる。
「「三、二、一、へいらっしゃい!」」
今日も寿司が回る。
【寿司の約定】
汝、スシブレーダーなれば、六つの約定破るべからず
一つ、寿司は土俵にて回すべし
一つ、勝負はただ寿司二貫によって争うべし
一つ、寿司を回す刹那に万物を歓待する祝詞唱えるべし
一つ、寿司を放ちし後は両の腕大きく広げるべし
一つ、敗北と共に己の寿司を食い尽くすべし
一つ、寿司を尊び、信じ、共に歩むべし
寿司を回す者、寿司に回される者、寿司と共にあれかし
爆天ニギリ!スシブレード:異聞伝 完
この物語が、闇に立ち向かう全ての人と寿司の助けとなることを祈って