シン・スシブレード劇場版:天聞伝
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     国連下部組織・『大  回  転  連  合』General Organization of Circulationは揺れていた。

    「駄目です! 占拠された『アース・ワン』は依然として応答していません!」
    闇寿司……五年前に壊滅したかと思えば、今度は軌道エレベーターを占拠だと? 何を考えている……?」

     2064年の第三次世界大戦終結に伴う激動の中で息絶えたはずの無所属テロ組織、『闇寿司』  数年間に渡った沈黙を破って突如現れた彼らにより、国際軌道エレベーター『アース・ワン』が占拠されたのだ。
     闇寿司はスシブレードを兵器運用する  そのため、スシブレードにまつわる問題を一手に請け負う『大回転連合』G・O・Cに、急遽対応が任された。
     敵組織である闇寿司の目的もわからない中、電撃戦による武力制圧を受けたらしい現地の状況把握と緊急対応に追われ、連合は非常時体制だ。職員らがあちこち奔走する足音、コンピューターによるアナウンスや報告・指示の怒号が入り乱れ、オフィスはさながら混沌の様相を呈している。

    「現場から報告。『かけはしリチ』、『ミカイル・ローリング』の両エージェント現場入りしました」

     その最中、一つの報告が確かに響き渡る。
     少数精鋭の連合本部が擁する、選りすぐりのエージェントが動いた。

    「あの二人か……もっとマシなのはいなかったのか?」
    「まぁまぁ。奴らなら何とかしてくれるでしょう」

     しかし、こと彼らに関しては上層部の評価は芳しくない。
     采配に不満げな声を漏らす声が上がった。が、それを止める声もまた、上がった。

    「次長。しかし……
    「不安なのもわかりますよ、勿論。しかしあの二人が連合に見合った活躍をしてきたのも確かなわけで。特に今回のような混乱状態において彼らは無類の強さを発揮する。ちゃんと協力できれば、ですが……


    ■ ■ ■


     視点は変わって。
     響くのは波の音だけ  洋上、軌道エレベーター『アース・ワン』周辺を取り囲む海上施設に、人影が二つ。日の沈んだ海が吹かす冷たい潮風を受けながら、二人のエージェントが立っていた。

    「おし、ちゃっちゃと片して天体観測でもしてこうぜ」

     余裕げに笑いながら、掌に拳を打ちつけてかけはしリチはそう言った。黒い髪と赤い上着が、かすかに風に揺れる。
     今日は雲も出てないしな  と得意げに続けながら、リチは相方であるもう一人に視線を向けた。

    「ちゃっちゃと片付くかはお前次第だな  足引っ張るんじゃないぞ」

     ミカイル・ローリングは視線を軽くリチへ向けて言い返した。そして一瞬交差した視線を涼しく躱すかのように、前を見て歩き出す。青い上着を翻した彼が碧眼で見据えるのは  作戦目標、国際軌道エレベーター『アース・ワン』。
     一歩遅れたリチも、追いついて並び歩く。戦いは、静かに始まった。

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      「へいらっしゃい!」
        へいらっしゃい」

       二人の手から、寿司ネタが射出された。
         スシブレード。2071年の現代において代表的な超常決闘術式の一つであり、回転する生鮮食品をぶつけ合って戦う極東生まれのバトル・スポーツである。
       ミカイル・ローリングと桟リチ、彼らが対峙しているのは、『アース・ワン』中央部へ続く道を塞ぐように立っている寿司使いスシブレーダー達。
       『アース・ワン』外周部に点在する発   電   塔ディエティル・リアクター  そこから伸びるメンテナンス用通路を使おうとした彼らを寿司を使って阻んだということは、このブレーダー集団こそ、今回の排除対象である闇寿司。

      「行け、『ホオジロ・ザ・メイオー』!」

       敵に向かっていち早く突っ込んでいったのはリチの方だった。
       リチのネタはホオジロザメ  フカヒレ肉をシャリと一緒に握った肉寿司、彼の衣服と同じ赤いネタが、戦場を荒々しくも機敏に駆けていく。

      「肉寿司なら俺様が相手だ! 防げ、『ラムダ・シープ』!」

       群がる闇寿司の中から一人のブレーダーがいきり出た。羊肉の中でも柔らかな肉質を特徴とするラム肉の寿司が、羊の毛を思わせる軟質性でメイオーの突撃をふわりと受け止めた。
         が。

      「いいチャーシューになりそうだな」
      「なにッ……!?」

       黄色い何かが視界に走った。かと思えば、次の瞬間  鞭のようにしなるがラムダ・シープを横から叩いた。
       不意を突かれ、ラムダ・シープは体勢を崩す。その隙を狙って影が走った。

      「もっとも、俺のラーメン  『ニンニクラーメン・チャーシュー抜き』にチャーシューは不必要だけどな。添え物にもならん、散れ」

       ラム肉が、そう一蹴したミカイルの白磁のような肌と同じ色の丼に撥ね飛ばされた。
       ミカイル・ローリング  彼の寿司ネタ、その正体は麺とスープ、プラス最小限の薬味・具だけの直 球 勝 負ストロング・スタイルでカロリー至上主義者どころか菜食主義者さえも唸らせる、こだわり抜かれた秘伝のラーメン! 

      「無駄に器用なことしやがって、あれはおれの獲物だったろうが」
      「どうでもいいだろそんなこと……
      「ぐわーッ!」

       スシブレードにおいて最強ネタと名高いラーメンを、さらに洗練させた先に辿り着いた掟破りのチャーシュー抜きカスタマイズ。ミカイルこだわりのラーメンにはトッピングがなく  つまりは麺を邪魔するものもない。故に、麺の一本一本に至るまでが全てミカイル・ローリング、彼の意のままに動作する。
       その証拠に、言い争いの最中にも襲い来る寿司が、その麺の束で薙ぎ払われ一蹴されていった。

      「へん、討ち漏らしはいただくぜ!」
      「『キンギョ・エイト』が……畜生!」

       その小柄さ故にラーメンの攻撃から逃れ、二人の元に飛び込んでくる寿司も存在した  が、無駄。リチのメイオーによって、一瞬にして刈り取られていく。そう、彼のホオジロ・ザ・メイオーは鮫の寿司。深海において最上位の捕食種を前に、速力で対抗できる寿司ネタは数限られる。

      「やれやれ  おい、ちょっちばかり死角が疎かなんじゃねえのか?」
      「奇遇だな。お前も後ろがガラ空きだぞ」
      「はあ?」

       いかに防御に秀でた寿司であっても、隙があってはその鉄壁もハリボテ同然。こういった何でもありの乱戦状態では死角からの一撃こそが最も  特にラーメンのような重量級にとっては— 警戒するべき落とし穴だ。

      「油断したなラーメン野郎! 食らえ『ラムチョップ・アタック』!」
      「チャンス! 半裂きにしてやれ!『サンショウ・ウォリアー』!」

       その定石をなぞるように、一番初めに自分の寿司と一緒に弾き飛ばされたはずのブレーダーが、彼らの背後から自らラムチョップを振るってミカイルへ殴りかかった。そう、正式な勝負でない以上、この戦場に場外を規定し乱入を禁止するようなルールは存在しない!
       同時に、リチの背後から影が伸びる。闇寿司の放った山椒魚の寿司だ  山椒魚は暗がりに潜む。そして今、固有能力によって潜伏し背後を取ったこの絶好のタイミングで、サンショウ・ウォリアーは浮上する!

      「お前のほうだ  半裂きになるのはな」
      「ッ……うわぁー!」
      「バァカ  てめぇこそ油断したろ」
      「ぐぅ……!」

         しかしあえなく返り討ち。絶好の好機に浮かれ逸った闇寿司たちを、それぞれの寿司が弾き飛ばした。

      「いちいちうるせんだよこの野郎。言われなくてもわかってら。ディエティル・リアクターの解放もこれで五棟目なんだぜ。山椒魚使いに至っちゃ二人目だ。タネはとっくに割れてる  隙を作ったのはわざとに決まってんじゃねぇか」
      「獲物を譲ってやったのにその言い草は何だ。その程度を俺が了解でないとでも? 直 接 攻 撃ダイレクト・アタックだって俺は本来対処できたんだぞ」
      「あん?」
      「あ?」

       リチとミカイルは睨み合う。

      「重力を操る地属性最強の『ナマズシン』が弾き飛ばされただと……!?」
      「駄目だ、『グロッケン・フロッグ』の鳴響攻撃が通じない!」
      「馬鹿な……『キメラ・アントニオ』の漁師重ね合わせに対応しただと!?」
      「シロクマアイスがラーメンの熱で溶けて消えた!?」
      「猫の 仮  想  聖  霊 ホログラフ・スピリットが歯も立たない……!? これじゃ私の寿司はただの写真だ……!」

       とは言え二人は国連下部組織のエージェント。軌道エレベーター『アース・ワン』  発電施設『ディエティル・リアクター』を始めとするメガフロート群によって制御されるこのエレベーターを生鮮テロ組織・闇寿司から解放するための戦いは、なんだかんだ言って順調に事を運んでいた。
       雑魚を蹴散らしながら、二人は進んでいく。

      「しかし……ブレーダーへの直 接 攻 撃ダイレクト・アタック、あれは紛れもなく闇寿司の流儀。闇寿司は第三次世界大戦で壊滅したんじゃなかったのか?」
      「闇寿司は自分の寿司に名前を付けないはずだしな……あいつら普通に名前呼んでたぞ」

         だがどうにもきな臭い。
       闇寿司はとうの昔に指導者を失っているはずだし、跡目を継いだ元・闇寿司四包丁"出刃包丁"のウィークによる新体制だって第三次世界大戦の折に瓦解したはずだ。闇寿司残存勢力掃討戦に参加したことのあるリチや、自身の寿司の研究のために闇寿司の資料を漁っていたミカイルはそのことを知っている。
       事態は不可解なまま、だ。

      「ちっ……これを使うしかないか! 行くぞ『ワールドディアボロス.Ov.Dr 1S』!」
      「おいミカ、ヤバげだぞ。仕方ねぇ……こっちも奥の手だ!『メガ  

       進む二人の前に、闇寿司の群れ最後の一人が立ちふさがった。なにやら思い詰めたような表情で放たれたプラスチック製のコマ型のスシブレードをリチが迎え撃とうとする。

      「必要はない  合わせろ、同時攻撃だ」
      「あっ、てめ! 待てって……言ってんだろうが!」

       が、それを遮るようにミカイルのラーメンが一足早く動いた。遅れて、リチもメイオーをけしかける。

      「言ってないだろ  行くぞラーメン!」
      「てめぇこそ合わせろよ  おれたちの方が速いんだからな! メイオー!」
      「くっ……そぉ……!」

       最高速に達したメイオーが通路の壁を利用して背後に回り込むと同時、そちらに気を取られたワールドディアボロス.Ov.Dr 1Sをラーメンが轢き、最後にメイオーがとどめを刺した。

      ……なんとかなったな」
      「予想通りだ。愚にもつかん……これで五つ目。リアクターは全部で六つ、あと一つで終いだ。その次はアースワン・メガフロートの地下、 M  D メイン・ディープ層へ向かう」
      「電気系統と設備機能はディエティル・リアクターに集約されてる……MD層で施設全体の制御を取り戻すんだよな?」
      「ああ。それで今回のミッションは終了だ」
      「そうかそうか。やっぱり楽勝そうだな。まったく上も大げさだぜ」

       敵が一掃されたのを確認して、それぞれの寿司を回収する。
       任務は終盤に差し掛かっている。最終目標である中枢施設解放の前段階、周囲の敵の掃討及び設備機能回復の任も次で最後。ここまでそう時間はかかっていない。リチの認識としても、心身ともにまだ余裕はあった。夜半には離脱できるだろうと算段をつける。

      「おい、まだ気は抜くなよ。何が起きるか  ッ!?」

       ミカイルが忠告しようとしたその時  突如、轟音が響いた。

      「爆発音!?」
      「第六棟の方だ。なにが起きてる……?」
      「わかんねぇ……けど、急ぐぞ!」
      「おい待て、迂闊なことをするな  クソ、脚が速いんだよ!」

       爆発音の発生源は次の目標、アース・ワン外周施設ディエティル・リアクター第六棟No.6
       リチは一足先に、ミカイルはそれを追いかけて  二人は走り出す。

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        『アース・ワン』外周部、ディエティル・リアクターの六棟目には先刻から銃声と爆発音が絶えず響いている。

        「誰かが戦ってるのか……?」

         音の発生源、中央へと続く連絡橋の方へと二人は走る。
         自分たち以外の誰かがこの状況に対して介入しているのか? 国連関係者ではないだろう。SCPの方の財団か? ならまだいい  少なくとも同じ正常性維持機関だ。最悪なのは第三勢力乱入の可能性があること。その場合はどうすればいい?

        「増援はまだ来れないはずだろ? じゃあ、ここの職員の誰か  待て」
        「音が止んだ?」
        「ッ  ! 誰だ!」

         ちょうど角を抜けた瞬間、ずっと続いていた火薬の炸裂する音が止んだ。
         そして通路の先には  人影。

        「増援か……少し遅かったかな。こいつはもう倒したよ」

         硝煙と酢飯の匂いが混じり合った通路には、焦げ付いた痕や弾痕が散見される。
         その情景の真ん中で、ところどころ傷を負っている女  外見年齢にして成人前後、リチたちと概ね同世代といったところか  が、親指でその横に倒れている男を指しながらそう言った。

        「こいつ……?」
        「ルベトゥス睦美!?」

         倒れている男  スキンヘッドにサングラス、額に刻まれた皺がさながら洋画のベテラン傭兵キャラを思わせる老齢の黒人を認識して、二人は戦慄する。
         彼はルベトゥス睦美。かつて闇寿司においてスシの暗黒卿に叙されたうちの一人、『大  回  転  連  合』General Organization of Circulationはじめ各体制側組織の特記捜索対象である、武装系闇スシブレーダーだ。

          仕方ない、連戦か。『MI-ghty-THOR』エムアイ・ソー!」
        「ちっ……ラーメン!」
        「待てって! ホオジロ・ザ・メイオー!」

         ルベトゥスを見て動揺した二人の警戒の色を戦闘の合図と取った女が、自らの寿司を射出した。
         応じて、ミカイルとリチもそれぞれの寿司を撃ち出す。

        「MI-ghty-THOR! 電撃戦だ、速攻で片付ける!」
        「味噌汁か  邪道とも王道とも言い難いな。お前何者だ?」

         味噌汁  当然狭義の寿司ではないが江戸前寿司でもサイドメニューとして提供されることが多く、闇寿司のスシブレードとしての強さだけを追求した結果正当な寿司の形から離れがちなそれと比すれば、彼女のスシはもはや十分に寿司と言ってしまっていいだろう。その程度には彼女のスタイルは王道  正常性維持機関側に近い。一見しただけでは、その所属までは割り出せない。

        「時間稼ぎには乗らない! THORソー『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
        「速いっ  メイオー!」

         会話は不成立。問答無用とばかりに、味噌汁の椀が前に出ていたメイオーを狙って加速した。一撃で決めるつもりか  すんでのところで、掠める。

        「躱した? 速いな……
        「そうか、味噌汁の椀には円筒状の足がある。そしてあの椀はプラスチック製……熱が伝わりやすい。エアホッケーの要領で機動力を増しているのか!」
          だけど知らない? 落雷ソーは連鎖する。連続電流チェーンだ! もう一度『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
        「捨て身の突進じゃねえのかよ……! くっ……!」

         当たり前だが、味噌汁は液体だ。だから、椀を回しても中の味噌汁は回らない  その場に留まる。それを動き回るスシブレードに組み込めば、椀の受ける負荷を逆位相の運動によって緩和するマスダンパーとして機能する! その特性を活かし、突撃したあとに体勢を立て直す隙ク ー ル タ イ ムが生じるというデメリットを打ち消し常時捨て身の突撃を可能とするこのスタイルこそ彼女の戦い方。
         メイオーならば一撃一撃を躱すことはできるだろうが、この法外な戦法に初見で対応するのは如何に歴戦のエージェントと言えど困難。むしろ経験が裏目に出た  不意を突かれてメイオーは隙だらけだ!

        「ここは俺の仕事だろ。すっ込んでろ」
        「てめ  こんにゃろ!」
        「! 硬い」

         ミカイルのラーメンが格好の的となったメイオーを押しのけて前へ出た。刹那、MI-ghty-THORがニンニクラーメン・チャーシュー抜きを直撃する。
         しかしラーメンは無傷  陶器がぶつかる時特有の硬い音を立てて、味噌汁は弾かれた。

        「俺の寿司はラーメンだ  同じ汁物でも重量が違う。お前の攻撃は封じた!」
        「ラーメン……やはり闇寿司か! 雑魚ばかりかと思ったけど、面倒なのが出てきた  !」
        「違ぇよ。おれたちは国連『大  回  転  連  合』General Organization of Circulationだ。闇寿司はおれたちの敵」

         ようやく、名乗れた。最強のスシブレードとして名高いだけある  ラーメンの鉄壁が、対話の余地を生んだ。

        『大回転連合』G・O・C?」

         味噌汁による猛攻が止む。攻撃が通じない以上泥仕合しかないと悟ったのか、味噌汁の使い手は矛を収めたようだ。  リチの発言を反芻して、寿司を己の手元に呼び戻す。

        「ああ  闇寿司がこの軌道エレベーターを占拠した。おれたちは国連の命でここを解放しに来たんだ」
        ……私の認識と相違ない」
        「もう一度聞くぞ……お前は何者だ?」
        「所属は無いよ。通りすがりのソロブレーダーだ」

         三人は各々寿司を収め、それぞれの立つ中間地点へ歩み寄りながら、問いを投げかけ、そして答える。

        ……何が目的だ?」
        「闇寿司の暴動、その目的はこの軌道エレベーターにいるある人物だと睨んでいる。そして私もそいつを追ってる。闇寿司に先を越されるわけにはいかない……そういう借りが、あるんだよ」

         ミカイルは目を厳しくして女を見据えている。しかし視線は返ってこない。答える味噌汁の使い手は、遠くを睨むような顔で、自らの動機を明かした。

        「ミカ、まぁそう睨むなよ。おれたちは共益の関係にあるらしいぞ」
        ……『組む』と?」
        「ああ。おれはかけはしリチ。国連下部組織『大回転連合』G・O・Cのブレーダーだ」

         ミカイルとアイコンタクトを手短に済ませ、そして両手を上げ敵対の意思がないことを示しながら、リチが名乗った。
         ここで泥仕合を展開して消耗するのは得策ではない。それは、ミカイルも了解のうちだ。

        ……ミカイル・ローリング」
        澪憑みおつきミオ。乗った」

         渋々と名乗ったミカイルに、味噌汁使い  澪憑みおつきミオが乗じた。
         共闘、ということになるのだろう。三人が形成していたサークルが、もう一歩分、直径を縮めた。

        「とりあえず、次はMD層へ向かう。他のリアクターを押さえていた奴らは鎮圧済みだ  これで中央に降りても闇寿司に包囲される心配はなくなった。後は中心部で中枢システムを正常化する。その標的を探すにしろ何にしろ、中枢システムは必要だ」
        「異論はないよ」
        「同じく」

         外に張っていた闇寿司は掃討した。澪憑の言う何者かがまだいるにしても、そいつを包囲することが目的だったのなら、おそらくここが最終ラインだったはずだ。ルベトゥスのような大物がここに配置されていた以上、そう見て良いだろう。MD層へ降りること自体は楽にできるはず  追手の心配はない。やることは単純だ。
         三者間で目標が共有され、一行は発電塔リアクターの屋内から、中心部・MD層の方へと続く連絡橋への出口へ歩いて行く。 

        「待テ、貴様ラ」
        「ッ!?」

           その彼らを、止める声が屋内から響いた。

        「ルベトゥス……!」
        「もう気がついた? はっ  防弾チョッキか!」

         声の主は、倒れていたルベトゥス睦美。ミオの味噌汁によって昏倒させられていたはずだが、着込んでいた防弾チョッキによりダメージを軽減していたらしい。

        「クソ! メイ  
        はやるな。無力化はしてある」
        「そっか……

         先程のバトルの折に、ミカイルは人知れず麺を伸ばし、転がっていたルベトゥスを捕縛している。
         メイオーを射出しようとしたリチを、そう説明して掣肘した。

        「違ウンダ。本当ニ危険ナノハISSSノ方デ……!」
        「ISSS……? インターナショナル・スペース・スシ・ステーションのことか? この軌道エレベーターの静止軌道基地になった……
        「ソウダ。本当ノ『闇』ハ上ニ……グウッ……!」
        「何を  

         インターナショナル・スペース・スシ・ステーション。宇宙空間への進出に伴い、スシブレードの宇宙での作用を調べるために設営された研究拠点であり、国連はじめ各国企業や各種組織の協力により成立した国際宇宙拠点でもある。さながら国境を超えて広がり異なる文化さえ一つに握るスシブレードにあやかって、その基地の名はそう呼ばれている。
         そこに何かがある。そう片言で言い残し、ルベトゥスは再び気絶した。

        「クソこいつ中途半端に喋りやがって  !」

         本当の闇? 闇寿司の目的はISSSだったのか? いや、そもそも闇寿司の言うことをどこまで信じる? 新たにもたらされた情報の処遇を決めあぐねているリチの耳に、ミオの声が届く。

          見ろ、軌道エレベーターを! 何かが上に登っていく!」
        ……は?」

         出口から覗く向こう側。軌道エレベーターの主柱・空へと続く『ヤコブズ・ケーブル』を伝って小さな影が凄まじい速さで上昇していったのが、確かに見えた  熟練のスシブレーダーは、平均して常人の一・三四倍の視力を引き出せる。

        「闇寿司か  !?」
        「上に何かあるってのはどうやら本当のようだね……狙いはそれだったか……!」
        「ちっ……しょうがない、MD層に急ぐぞ! どのみちエレベーターの発着ポイントもそこだ!」

          • _

           頭上で光る制御ユニットが、ヤコブズ・ケーブルを照らして黒光りさせる。
           MD層の上は吹き抜けになっている。見上げれば、遥かオゾン層の向こうまで伸びる極薄ライフライン・ケーブルがその吹き抜けの中心を貫いて空に消えていく。
           人類の打ち立てたバベルの塔の完成形、あらゆる分断を乗り越えて成し遂げた記念塔。その偉業は、天にも届く。

          「登っていったのか……早く追いかけないと……!」

           ミオがおもむろに口を開いた。

          「『登ってった』っつってもよ、システムを正常化したのはついさっきだぜ? エレベーターが使えないのにどうやったんだ。というか、追いかけるにしても電力はまだ  
          「いや、寿 心 眼スシンサイトで視ればわかる。ライフライン・ケーブルが微弱なスシオーラを帯びている。ガリハルコンか海藻繊維あたりをコーティングに使ったな? これをどうにかして利用したんだろう」

          『アース・ワン』の機能が全面的に回復したのは彼らがここに着いてからのことだ。エレベーターが動いていたはずがない。現に、昇降機は彼らの目前に残っている。
           そう疑問を呈したリチに、ミカイルが言い返した。ケーブルから滲む寿司の力の痕跡が、代替手段の可能性を知らせていた。
           ケーブルに求められる柔軟性と耐久性を両立させるには、寿司のモナドを基準とした酢飯恒常性ホメオスタシスメシを利用するのも有効な手か。ISSSが拠点に選ばれたのも、その辺りの事情込みだろうな  ミカイルがぶつぶつとそのようなことを呟く。

          「ん? いやこりゃどっちかっつうとブレーダーが放出する力場に近くねぇか?」
          「このオーラ……そうか、自分自身が寿司になったんだ」

           軌道エレベーターはケーブルを回転する車輪で挟み込み、自身を巻き上げることで昇降する設計になっている。が、ケーブルへの負荷分散、昇降機の大型化のために、ケーブルは二本ある

            二本のケーブルを割り箸に見立てたのか!」
          「はぁ? 自分自身をスシブレードみてぇに打ち出した……ってことか? いやいや、無茶を言えよ。できんのかそんなこと」
          「第三次大戦終盤のシャークネード戦線で巨大飛行鮫を撃ち落とした『  空  落  軍  』スカイラーク・アーミーの秘密兵器、お前なら知ってるだろ」
          レールガンか! そっか、発想元はあったわけだ」

           スシブレードはカスタマイズ性が肝となる術式だ。各人がそれぞれに最もよく馴染む『スシブレード』を探究していくことで生まれる多様性こそ寿司の華。そのカスタマイズ対象は、寿司を撃ち出す割り箸ランチャーにも及ぶ  歴史的にも、レールガンを割り箸に見立てて寿司を射出する兵器が実際運用されていたし、それで成層圏を突破した事例も複数ある。

          「ということで、私は上に向かうけど、どうする? ……宇宙は流石に危険だ。ここで別れるのも一つの手だと思うけど」
          「勿論、おれは行くぜ」

           ケーブルの根本でミオが立ち止まって、そう問いかけた。
           間を置かずリチがそれに答えて、続く。

          「いや待て……いや、そうだな。MD層の解放は闇寿司の妨害も一切ないまま済んだ。闇寿司の目標は『アース・ワン』自体ではなく、ISSSの方だったんじゃないか? 闇寿司のターゲットは『上』にいるのかもしれない。あるいは澪憑の推測は外れていて、奴らはISSSを落とすつもりなのかもしれない。なんにせよ  上には行くべきだ」

           リチを制止しかけて、思い直す。
           闇寿司による軌道エレベーターの占拠、その本懐は施設そのものではなくISSSへの接続という機能にあったのではないか。状況証拠はそう判断するに十分足る。ならば任務の目標もそれに準じて変更しなければ  判断は下された。
           ミカイルも、歩き出す。

          「オーケー。じゃあさっさと行くか! よっと」
          「待てって」
          ……ありがとう」

           一番にそう宣言して、リチは昇降機の上に飛び乗った。ミカイルはミオを補助しながら、ラーメンの麺を使い、それに続く。

          「用意はいい?」
          「ああ。射手は誰が  
          「私がやる  私が一番強くこの割り箸を保てる」
          「オッケー。任せた、ミオ」
          ……大丈夫か?」
          「キミの精密操作には舌を巻いたけど、これに関しては譲るつもりはない。  大丈夫、任せて」

           上に向かいたい気持ちは、ミオが最も強い。故に発射担当は彼女が適任だ  照準を正しく維持するのには根気がいる。特に大気圏を突破するほど長大なケーブルとなればなおのこと。
           三人で、昇降機の上に立つ。射出用意体制は整った。

          「スシ・フィールドを展開しろ。スシ・フィールドは寿司以外による干渉を拒絶するからな……防護服の代わりになるはずだ」
          「スシブレードとして射出されることで付与されるフィールドと、ブレーダー自身が有するフィールドの重ねがけか。賢いなお前」
          「了解した……フィールド展開! さぁ、行くよ」

           スシブレードはスシブレードとぶつかり合うか、その寿司自身を定義する『寿司のモナド』を無効化することでしか崩壊し得ない  し、決闘術式・スシブレードには寿司以外の手段によるブレーダーへの干渉を禁止する効果がある。Gの負荷や宇宙への進出による環境変化への対処法として、三人はスシブレードの力場を纏った。
           フィールド展開の合図とともに、ミオが腕を振りかぶった。

            イグニッション!」

           振り下ろす。
           瞬間、三人の肉体が爆発的な推進力で上昇し始める。

          「うおっ、速ぇ……! ミカ! いま何キロだ!?」
          「知るか  この数秒で『アース・ワン』の最高高度セクションから抜けたってことは秒速一・五キロくらいだろ。分速に直したらちょうど千キロ毎分だ」
          「ISSSは高度約四万キロメートル地点の静止軌道上……だいたい四十分後の到着になるかな」

           これまで体感したこともないような速度で、真っ暗な夜空に吸い込まれていく。下を向けば、さっきまで戦闘の舞台だったアース・ワン・メガフロートがジオラマサイズになっていた。
           三人とも体が分子レベルで冷却されていくような肌寒さを感じていた。風も強い。これが空を飛ぶということなのだろう。
             これで落ちたら?
           否。落ちない。この先に追いつくべき者がいるのだ。足元を見るのはやめて、ケーブルに導かれる先に視線を移す。

          「これだけの速度で上昇すると流石に気温が大きく下がるな。ラーメンのコンディションに影響しなきゃいいが」
          「っ、足元は見ないほうがいいな  ちょっと! 上見て」
          ……? おかしいな、雲ひとつ無いのに」

           そしてミオが何かに気づいて声を上げた。
           リチも釣られて上を見る。上空に雲はない。にもかかわらず、はらはらと何か白いものがリチの視界に迫ってきていた。

          「上空ではこういうこともあるだろ……とはいえ一応この速度だ、油断はしないほうがいい」
          「おい何してんだお前!? 中身こぼれんだろうが」

           そう言って、ミカイルがラーメンを掲げた  上下逆さまに。

          「『まくりモード』だ。重力より上へ射出する力の方が強いんだ。こぼれるわけないだろう、馬鹿が。これで防御も……なにッ!?」

           上昇速度千キロメートル毎分は伊達ではない。次の瞬間には、降ってくる雪が傘のように展開されたラーメンとスシ・フィールドに触れた。
             衝撃がミカイルを襲う。

          「この感触……雪じゃない寿司だ!」

           冷静に考えれば、遥か上空から降る雪を肉眼で視認できるわけがない。あれは、寿心眼ゆえに見えたもの  降っているのは雪ではない、スシブレードだ。『雪』はゆっくりと、だが絶え間なく降りしきる。
           折しも三人はかなりの高度に達していた。紫から濃紺、そして漆黒にグラデーションしていく空の中を、『雪』  否、真っ白なスシブレードを弾くようにかき分けて登っていく。

          「もうすぐ追いつくっていうのに……うざったい!」
          「宇宙  そうか! この寿司はマリンスノー!」
          「マリンスノー……深海に降る雪か! クソ、闇寿司だな  !」

           マリンスノーの握り。突然降り始めた雪の正体は、彼らに向けて放たれたスシブレードによる爆撃だ。
           眼前は暗黒。視界に映るのはお互いの姿とケーブル、そして迫り来る白い寿司のみ  

          「おい、威力が増してないか……!? 重力圏から離れてってるのに」
          「深海は『もう一つの宇宙』と呼ばれる……この2071年においても未解明のことが多い、文字通り暗黒の領域。さらに上空から降って来るという特性……この状況はマリンスノーの握りにとって最強のバフだ……! よく考えるな……!」

           本来の生息環境に近ければ近いほど、スシブレードは本領を発揮できる。その点においてこのマリンスノーは最適な環境下で運用されている  宇宙空間へ抜け出した三人を待ち受けるのは、水を得た魚がごとく落下し続けるメテオシャワー!

          「このままじゃマズい! なんか打開策はないのか、ミカ!?」
          「く……! 悪いが確かにこのまま受け流し続けるのにも限界がある……敵がISSSを占拠しているとすれば、最低でもあともう二十分はこれに耐えなきゃならない。それは……厳しいな」

           ミカイルの顔が苦悶に歪む。マリンスノーを受け続けて負荷がかかっているのか、堅牢な防御を誇ったラーメンも、雪を受け止めるたびにその衝撃に負けて浮き沈みをし始めた。

          「じゃあどうすんだよ!?」
          「澪憑は『割り箸』をコントロールしている  実質的に戦力はお前だけだ。最後は一人で凌いでくれ」
          「何を……
          「ここは俺に任せろってことだ。ラーメン!」

           上空をキッと睨んだミカイルが、掲げたラーメンを射出した。
           ラーメンは秒速一・五キロメートルの上昇速度よりなお速く、上空から降り募るマリンスノーをことごとく迎え討って飛んでいく。しかし、作用・反作用、そしてエネルギー保存の法則。ラーメンにそこまでの加速度を与えた反動で  ミカイルが落下していく。

          「そうか、あくまでマリンスノーはケーブルに沿って自由落下しているだけ。これで一掃された以上、追撃はすぐには来ない……ISSS直下に再展開されたマリンスノーさえ耐えきればたどり着ける!」

           ラーメンが、丼の中身を切り離してさらに加速する。ロケット同様の多段階ブーストによって、遥か先まで視界は晴れる  マリンスノーは一掃された。
           降るのは、捨てられた麺と、ミカイルだけ。

            後は頼んだぞ」
          「ミカ、おい待て  !」

           リチの腕はミカイルの四肢を掴むことはなかった。ミカイルが、そう言い残して登っていくリチとは反対方向、地球へ向けて落下していく。
             澄み切ったミオの視界に映るのは、ISSSの影。

          「ISSSが見える……? マリンスノーを再展開してきていないのか?」
          「あいつ計算外してんじゃねえか! ああもう、このまま突入だ!」

            • _

            「ISSSだ。着いたんだな……
            「結局、マリンスノーは降ってこなかったな……

             結局、ミカイルによって一掃された後、追加のマリンスノーは降ってこなかった。
             ISSS。静止軌道にて人々を待つ、軌道エレベーターの宇宙側発着地点。宇宙に浮かぶ居住施設が、リチとミオを出迎える。

            「クソ、あん野郎……いつも一人で勝手にわかったような顔しやがって……それで見当間違えてんだからとんだ馬鹿じゃねえか。見積もったより簡単に掃討できたんだからあそこまでする必要なかったろうが……
            「都合の良い方に計算が外れたということにしておこう……それより、彼は無事なのか?」
            「さあ、知らん。勝手に落ちてったあいつの自己責任ってやつだろ、心配してやる義理はないさ。ああもう改めて腹立ってきたな……
            「大丈夫か?」
            「いや、悪い。すぅ……よし。切り替えていこう!」

             説明もないまま落下していったミカイルの所業を思い返してつい苛立ったリチだが、目を閉じて深呼吸をすることで頭を冷やした。
             そう、何にせよ  良きにつけ悪しきにつけ計算違いがあったにせよ、マリンスノーによる爆撃をくぐり抜けて、ついにISSSに到達した。任務はまだ終わっていない。
               が。

            「どこから入るんだ、これ」

             昇降機が接続するはずの出入り口が、昇降機を使わずにここまで来たせいで使えない。着いても中に入れないとは……困った事態だ。

            「いや……任せて。ずっと追いかけてきたんだ、どこをどう通ったか程度のことはわかる。着いてきて」
            ……そうか」

             ミオがコントロールしていたおかげかケーブルから投げ出されることこそなかったものの、リチたちを上空へと引っ張り上げるように働いていた力はもう彼らを導いてくれない。無重力空間を漂うように、スシパワーの放出を調整して遊泳する。

            「こっち」

             ブロック状に連結されたユニットの一つに取り付き、壁面のハッチを開けながらミオは言う。

            「エアロック、開けるよ」
            「ああ、突入  !」

             中に入り込んで、内部に通じるエアロックの扉の前、射線を切るように待機する。
             システム音に続いて、エアロックが開いた。いの一番で突入体制を取ったリチの目に入ってきたのは、屋内の様子。
             誰かが戦っている

            「くうっ……!」
              ルーザーは君だ」

             無重力の中、未來的なダンスを踊っているかのように漂う男と、劣勢に顔をしかめる女。
             目撃したのは、決着の瞬間  相対した女に指を差し向け敗北を告げた男の放った一撃が、フィニッシュブローとなった。

            「あれは……ISSSの職員と……?」
            「ああ……間違いない。間違いない!」
            「ミオ?」

             気絶したのか動かなくなった女の方は白衣姿だ  ISSSの研究員か。もう一人の男の方は時代外れの旧日本帝国軍服のコスチューム。いかにも変だし闇寿司だろうと、リチは直感する。
             その光景を見た澪憑ミオが、声を漏らした。
             どうかしたのかとリチが問いかけるその前に  ミオは飛び出していった。

            米津元帥様!」
            「米津……『様』!?」
            「ッ  !? 新手か! ルベトゥスさんや闇寿司のみんなはもうやられたのか……困るな……だが犬のように鳴いても詮無し。バトルだ!」

             再会のハグじみた勢いで飛び出したミオに、リチだけでなく米津元帥  そう呼ばれた軍服姿の青年も驚嘆の色を見せる。そしてその驚嘆は即座に臨戦の眼差しへと変わった。

            「待って米津様……!」
            「連戦だが付き合ってくれ『ウルトラハンバーグ』! もう一丁漫画みたいな喧嘩しようではないか」
            「くっ……MI-ghty-THOR!」

             ミオの味噌汁と米津のハンバーグが無重力空間に踊った。

            「椀に蓋をしてる? そうか! 宇宙空間だから  

             ミオの味噌汁には  地上で見たときとは違い  蓋がしてあった。
             そう  ここは宇宙、つまり無重力空間。味噌汁は液体だ。マスダンパーとして運用したり、そもそも激しくぶつかったりしてはたちまちそこら中に撒き散らされてしまう。それを防ぐために、ミオは蓋を被せていた。

            「ちっ……あいつこれを見越してやがったな……

             思い至る。ミカイルのラーメンも大きな括りでは汁物だ。彼のこだわりのスープが飛散しては、もはやその力をまともに発揮できはしないだろう。地上では最強と目されるラーメンタイプは、宇宙ではまるで役立たずになってしまう。それを承知での『まくりモード』やあの行動だったか  

              無重力戦の心得があると見た。やはりISSSの手の者だな。生憎であるがやってしまえ、バーグ!」
            「違うんです……っ!」
            「あれだけ高速で動いてもネタとシャリが分離しない  こいつも宇宙戦仕様か!」

             リチの思案をよそに、戦局は動く。
             先んじてこの宇宙空間で一戦を交えていた米津のハンバーグも当然、無重力に適応した仕様だ。ハンバーグとシャリが、海苔の帯によって結束されていた。それ故に可能となる意のままの駆動  楕円形ゆえの偏重心を活かした急加速!
             味噌汁は、すんでのところで直撃を免れた。しかし一撃をもらい、ぐらつく。

            「星座のように結んでおいたのだ。これで宇宙でも自由自在だ」
            「なるほど。そうか、じゃあ  これでおれたちも戦える! ホオジロ・ザ・メイオー!」
            「馬鹿、やめなさい! キミのフカヒレは無重力で戦うのは不向き  

             呆気にとられて出遅れていたリチが、ここでメイオーを射出した。
             しかし彼の寿司は椀に入っているわけでも、海苔で留められているわけでもない。しかも軽量スピードタイプ  多少は酢飯恒常性ホメオスタシスメシが崩壊を防いでくれるだろうとはいえ、引力という重しがない以上ネタとシャリが分離して崩壊しやすいのには変わりなく、慣性による負荷の存在を考えれば素早く動き回るメイオーは宇宙戦には不向きだ。
             が。

            「麺で結んだ。掴んどいたんだよ、あん時な!」
            「そちらも寿司使いか……!」
            「あん野郎マジで許さねぇからな……人の頭上でラーメンぶちまけやがって……

             射出された勢いで、まさにTHORに追撃せんとしていたウルトラハンバーグを遮ったメイオー。その機体には、一本の麺が結いつけられていた。
             ラーメンが多段式加速のためにパージした麺。その一本を、ミカイルに向かって伸ばし空を切った手でリチは掴んでいた。これでメイオーも無重力環境で戦える。

            「合わせろミオ、お前のTHORもメイオーと同じスピードタイプだろ。速攻で鎮圧する! 行くぞメイオー!」
            「待ってリチ  !」
            「大和男子の魂は不退転と心得る! ここで負けるわけにはいかないのだ。でなければ……ルベトゥスさんや闇寿司のみなにも申し訳が立たない!」
            「ちいっ……!」
            「元帥様……

             攻勢に出ようとするが、ミオが静止した。その一瞬の隙を、米津は穿つ。
             米津の反駁を、ミオは憂うような顔で聞いていた。

            ……止めるしかないか  ! THOR!」
            「っし! 行くぞメイオー……うおっ!?」

             一度目を閉じ、憂慮するかのような素振りさえ見せたが、開かれたミオの目は覚悟の色をしていた。キッと米津を見据えたミオがTHORをけしかける。
             それに乗じて再びメイオーが攻撃を始めるが、その速度が制動力を上回っている  地上で見せた機敏な動きに制御が追いつかない!

            「どうしたメイオー……!」
            「制御に手間取っているのか。鍛錬が足りんと言わざるを得ない。君が強くはないのはわかった」
            「注意散漫とはらしくない! THOR!」
            「む……バーグ!」

             方向転換をしようとしたメイオーが、制動が追いつかず床と激突する。それを見て半ば嘲るように言い捨てた米津のウルトラハンバーグに、THORが突っ込んでいった。
             芯からずらすように、バーグはTHORの攻撃を受け流す。

            「一度いなして油断したな? 元帥ともあろう人が……連続電流チェーン『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
            「甘い。ウルトラハンバーグのソースは特製である。雷の属性を纏っていても絶縁してしまうだろう。そしてその突撃も衝撃を逃がせばいいだけである」

             だが、一度受け流されただけではTHORは止まらない。得意の連撃、ノータイムで折り返す突撃がバーグを襲った。
             THORの攻撃は通じていない  衝突によるダメージは攻撃に合わせて飛べばほぼ無効だ。
             しかし、それだけでは終わらない。

            「甘いのはどっちだ? メイオー冥王惑星の名前を持つ寿司プ ラ ネ ッ ト ・ シ リ ー ズだ。マリンスノーのバフと同じでこの宇宙で強化されてんだよ! 速くなっただけならおれが合わせりゃいいだけだ! 受けてみろ、『喰  い  上  手』ジョーズバイト・アタック!」
            「何……そうか、第九惑星ナンバーナイン……!」

             制御をミスして床に激突したメイオーは体勢を立て直している。冥王星の名を持ち宇宙空間への適性を見せるプラネットシリーズ、鮫のフカヒレ肉がその宇宙との相性故に強化された一撃で以て、死角からハンバーグ目がけて齧り付く  

            「くぅ……エィメンamen……!」
            「宇宙なら上下左右、全方向に動けるからな……下からの攻撃は地球じゃ受けたことないだろ。おいミオ! こいつ止めるんだろ  今だぞ
              ッ! 『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
            「それは食らっては洒落にならないくらいのやつではないか……!? 仕方ない、ならば  ッ!?」

             リチに急かされ、ミオが動いた。
             伝令を受けたTHORがバチバチとオーラを滾らせる。バーグはメイオーの一撃を食らって制動を失っている  今THORの一撃を受ければただでは済まない!
             それを察知した米津のスシオーラが膨れ上がり、ウルトラハンバーグが僅かに光を放ち始めた  その瞬間。

              マリンスノー! 標的を排除せよ!」
            「ッ!?」
            「こっちを打ってくる!?」

             気絶していたはずの女が、その袖口からマリンスノーの握りをリチたちに向けて放った。

            「マズ……ッ!」
            『全部くだらねえ』
            「なに  !?」

             マリンスノーが群れなしてリチたちに襲いかかる  が、その全てが、突如現れた人影によって一蹴された。

              スシの聖霊!? 元帥様が呼んだのか!」
            「なんだこの悪魔みてぇな聖霊は!?」
            ……今回はまた姿が違うな」
            『どうしちゃったのみんな。……そんな面で見んな』
            「グゥ  !」

             その人影は髪を原色のオレンジに染めた米津元帥とでも言うべき姿で、ウルトラハンバーグの上に立って  正確には浮いて  いた。
             スシの聖霊。寿司に宿る神格であり、高位のスシブレーダーが使役する一種の式神である。かつての第三次世界大戦では聖霊を従えた『周り巡るカルフォルニア・ロール教会』のエクスシスト軍団が南北米で猛威を振るったのだが、それはまた別の話。
             突如の現界とその奇抜すぎるカラーリングに呆気にとられた三人を不思議そうに見下ろし、悪霊じみた聖霊は白衣の女にマリンスノーを投げ返す。着弾を確認して、聖霊はなんとも形容しがたいポーズを取って消えていった。

            ……ISSSの人間が攻撃してきた? というか、庇ったか?」
            「うむ。ISSSの者が君たちを攻撃したということは、君たちは私の敵ではない。すまない、誤解があったようだ」
            「元帥様……

             米津が聖霊を消したのを戦意放棄の合図と見て、それぞれが寿司を回収する。むしろ大事なのは事態に対する認識のすり合わせである、というのがリチの意図するところだった。

            「あなたの名前は」
            「元帥様! 私、私は……私の名前は澪憑ミオ。お目にかかりとうございました……!」
            「そ、そうか……
            「おれは桟リチ。国連『大回転連合』G・O・Cのエージェントだ。お前何者だ?」
            「米津元帥。階級は中将である。所属は日本軍異常事例調査局にあたる」

             互いに名乗る。

            「中将……お偉いさんじゃねえか」
            「もっとも調査局が再建された今では、私の階級が生きているかはわからないが……
            「? どういうことだ」
            「私はタイムトラベラーなのだ」

             異常事例調査局。日本国政府の有する超常軍備組織だ。米津はそこの所属だと言うが……

            「調査局は二次大戦の敗戦処理で一度解体された後、三次大戦で再建されただろう。私はその旧・異常事例調査局時代の人間だ。20世紀から21世紀まで飛んできたということになる」
            「旧調査局の解体って1945年ぐらいだろ。120年以上経ってんじゃねえか……何しに来たんだこんな未来まで」

             異常事例調査局は一度、ヴェールが剥がれる前に滅んでいる。リチたちが知る調査局はその遺産を継いで再結成されたリバイバル版だ。米津が言うには、彼はそのオリジナルの方に所属た人間である。
             入時者タイムゲストもそう珍しい存在ではなくなって久しいが、時間渡航技術史的に20世紀代から来る時間旅行者は多くない  と言うかほぼいない。技術が未発達だったのもあるが、そもそも20世紀の超常社会は聖杯や宝剣といった過去の遺産の奪い合いに熱中していたわけで、未来に飛ぶ方向の超常技術パラテクはやはりそう見られるものではなかった。
             それでも未来に来たということは、なにか訳があるのだろう。

            「帝国の誇り、調査局の魂を未来まで残す任を受けていた……帝国が苦境に立たされていた中での苦肉の策である。それで当初は2019年の恋昏崎に飛ばされたのだが  
            「その話長くなるか? ……要点だけ聞き出す方法に変えていいか?」
            「むっ、ぐ……ちゃんと話してよ……

             思っていたより段階を踏みそうな来歴が語られそうになった気配を察知して、話を手短に済まそうとする  ゆっくり話し込んでいる暇はない。

            「私には未来の音楽を聴く力がある……紆余曲折あって恋昏崎に潜入していたルベトゥスさんにスシブレードの手ほどきを受けてからというもの、その力は強まっていき、聴こえる曲の年代まで特定できるようになっていったのであるが  2070年以降の音楽が聴こえないことに、ある日気づいた」
            「恋昏崎にいたのか、ルベトゥス  掃討戦でもかち合わなかったわけだ」
            寿司聴力スシンパシーの亜種だったのですか、貴方のその言動は」

             恋昏崎は独立異次元都市だ。そこに隠れていたなら見つからないのも当然だった。
             寿司の声を聴く能力  現代のスシブレーダーなら多かれ少なかれ備える力ではあるが、その力が広範に適用される例も、この時代となっては珍しくない。昔にそれだけの酢飯共感覚を有していたとなると驚きではあるが。

            「花火が如くパッと手短に説明すると、その元凶を討つためにここへ来た。スシブレードないし、人類の未来を消失させようとしている輩がここにいる」
            「なッ  
            「君たちとてそれを止めに来たのだろう? マリンスノーの使い手は、君たちも敵と見なしていた」
            「てことは、つまり……

             浮かび上がる第三勢力。本当の敵は闇寿司ではない  

            「うむ。敵は、ISSSにあり」

              • _

                「おい、起きろ」
                「私は、何を……操られていたのか……?」
                「どういうことだ?」
                「ある時急にISSSが異常な回転を始めて、激しく気分が悪くなって、お酢の匂いがして……そのあたりで記憶が途切れ、後はアイツのために働らかされていた……
                「『アイツ』?」
                「研究員の誰かだ、うちのユニフォームを着てたのは覚えている……確か、『墓場軌道に向かう』と言って……そうだ、私たちは奴にデータを送信させられていた  

              「ISSSじゃねえじゃんか」
              「間違い探しの間違いの方であったか……

               ISSSに格納されていた宇宙渡航用資材運搬ロケットに乗り込んだ三人は、とある座標を目指して宇宙を漂っていた。
               マリンスノーの使い手から聴取した情報、そして寿 心 眼スシンサイトで辿った酢飯接続通信の痕跡が、真の敵の座標を知らせる  墓場軌道。地上約四千キロメートルよりさらに数百キロ離れた人工衛星の投棄ポイントに、『敵』はいる。

              「私や  君たちに気づいて逃げたか。しかし流石にスシパワーを放出する移動法よりはロケットブーストのほうが速かろう。すぐに追いつくはずだ」
              「追手は気にしなくてよいのですか? またマリンスノーでもぶつけられたら……
              「全員倒してある。心配はない。ルベトゥスさんとさんざん鍛えたからな……聖霊の制圧能力はやはりピカイチであるな」

               寿司の聖霊は神格だ。存在の規格が違う。強力な寿司力場を発するそれの前では、生半な寿司は存在すら許されない。個人の使役する式神としては最上級の単騎戦力になるだろう。三次大戦でのデータによれば、聖霊を召喚できるブレーダーは一人で戦車一台あるいはそれ以上の戦力に相当する。
               ISSSは制圧済み。従って  狙うべき首は、ISSSスタッフを操っていた黒幕だけ。

              「けどよ、ISSSのスタッフをどうやって操ったんだ」
              「異常な回転……ISSSはブロック状にモジュールが連結された構造になっている……それぞれのパーツを寿司として回した?」
              「Gの負荷でフラフラフラミンゴにした後、弱ったところに酢飯でも食わせて精神を漬けたというあたりであろうな」

               尋問の成果とルベトゥス仕込みの闇寿司知識を照らして、手口に当たりをつける。

              「『アイツ』……何者なんだ?」
              「それに関しては見当がついている。サマンサの極秘情報だ」
              「サマンサ  広末か! 全知のジャーナリストは宇宙のことまでお見通しかよ」

               恋昏崎を独立都市として成立させているのは、恋昏崎新聞社の有する情報力と、住民の持つ自衛戦力だ。前者を担う恋昏崎新聞社の首領、広末・G・サマンサ。2070年に国連でも当代最高のジャーナリストとして顕彰された、凄腕記者だ。地球上で彼女に知れないことはないとさえ言われる女の調べを元に、この軍人はここまで来たということらしい。

              「日本でのノストラダムス暗殺計画、アメリカ・マンハッタン・クライシス、アフリカのミトコンドリア・イブ再臨事件、スペイン落陽事件、インドの乳海撹拌、欧州三十秒戦争、エリア51封印作戦、ロシアから始まったテリブル・レッドガイによる侵襲、幻 大 陸イマジナリーメガラニカ出現による災害、『象牙海岸の悪魔』事件、さらには第三次世界大戦においてまで、あらゆる歴史的事件の裏で寿司を回していた秘密組織、『スシーピー財団』  奴らがISSSの前身組織に派遣したスパイ。名を極家きわやタマネという、その彼こそがISSS占拠の黒幕だ」
              「スシーピー財団って……国連の認識じゃあ半年前の『アース・ワン』防衛戦で壊滅したことになってんだけど」

               スシーピー財団。回転寿司『勝』や闇寿司、回らない寿司協会、カリフォルニアロール教会、スシアカデミア、スシブレード・プロリーグ、そして大回転連合  多様な組織が犇めいていたスシブレード社会を裏から操っているとされていた秘密結社だ。もっともその支配は過去形  第三次大戦における大回転連合との全面衝突に加え、『アース・ワン』完成記念第一号シャトルからショパンゼミ・アースが孵化した事件にも噛んだことで各所からタコ殴りにされて壊滅した、というのが大回転連合の見解だった。

              「ああ、最後の残党ということになるだろう。私と同じく  未だ蔓延る遠い昔のおまじないだ」
              「何が……極家きわやは、何が目的なんでしょう。スシーピー財団は壊滅してるんですよね、米津様。だったらどうして……貴方が止めようとするほどの事なのですか」
              「スシーピー財団は『アース・ワン』の完成をどうにも快く思っちゃいなかったらしいからな。半年前んときに大規模戦闘になったのはショパンゼミ・アースのせいじゃねえ。ちょっかいかけやがったあいつらが寿司の意思を握って人類を裏切りやがったんだ」

               今や時代は2071年  1998年のショパンゼミの再臨版など最早かかずらう程のものではなかった。が、問題はその後。ショパンゼミ・アースを乗り越えついに宇宙進出と意気込んだ人類に、突如として今まで人類と共生してきた『寿司の意思』が牙を剥いた。そうして宇宙へ進出しようとする人類の総力軍と地球生命の代表意思・寿司の意思の戦闘は激化し、スシーピー財団の壊滅を以て幕が引かれる。
               それが、半年前の『アース・ワン』防衛戦の顛末だった。

              「てっきり私はあの戦いで未来の音楽が消失するのかとばかり思っていたのだが  2070年を超えた後でも、変わらず未来の音は聴こえてこない。代わりに、過去、あらゆる過去の音楽が聴こえ続けている」
              「元帥あんた……半年前にもいたのか。じゃあ、どっかで会ってたかもな」
              「うむ……本来2070年から先の未来、つまり2071年以降の何時かへ視察に飛ぼうと思ったのだが、何故か謎の力に引き寄せられて2070年ちょうどの時点に漂着したのだ。過去の音楽が聴こえることといい、何かが  

               米津が喋りながら考え込んだ、まさにその瞬間。

              「何だ!?」
              「ロケットが揺れ  墓場軌道は安定軌道じゃないのかよ!?」

               三人の乗っているロケットが揺れた。ロケットはオートパイロットのはず、ましてや墓場軌道は重力の干渉が少ない安全地帯ではなかったのか?

              「これは……酢飯感応現象……! スシエネルギーによる干渉を受けてる! ここはもう敵の射程圏内だ!」
              「ロケットが制御を失った、このままでは墜落衛星である  !」
              「しょうがない、脱出だ! そんでスシフィールドを強く張れ! 干渉を中和しろ、呑まれたら宇宙に生身でポイでおしまいだぞ!」
              「っ  !」

               ロケットを捨て、宇宙空間に躍り出た。
               暗い  ISSSや静止軌道上の人工物、そしてたった今乗り捨てたロケットが放つ光だけがかろうじて視界を成り立たせる。ケーブルの沿線でなければ、宇宙とはここまで深遠なのか。
               その暗い視界の先で、ロケットがどこかへ引き寄せられていくのを見た。

              「あれは  
              「そこにいるのだろう?」

               宇宙は暗い。光を反射する物体が存在しないからだ。しかしここは墓場軌道。ロケットはじめ、周囲に漂う大小様々のスペースデブリが、光を受けてその輪郭を顕にしていた。
               スペースデブリは幾筋かに渦巻いて、ある一点に収束する。その収束点には、かすかに照らし出される人の影。

                極家きわやタマネ!」
              「うるさいな……せっかくもう少しで完璧な静寂が訪れたというのに。直接話しかけてくるなよ……酢飯接続だったか?」

               敵の姿を認めて、寿司を構えた  三人を見下ろすようにそこにいたのは、白衣の男。
               宇宙に空気はないから、普通に喋っても言葉は通じない。しかしスシブレードは決闘術式  本質的には敵味方との対話の変形にすぎず、従って参加者間で意思疎通は担保されている。

              「極家  ここで君の全てを爆破する。ウルトラハンバーグ!」
              「行って、MI-ghty-THOR!」
              「へいらっしゃい! ホオジロ・ザ・メイオー!」
              「ちっ……うるさい……!」

               リチたちも襲撃されたが、引き換えに敵も追い詰めた。ここで勝負を決める。
               それぞれの寿司が射出された。

              「あの酢引力すしんりょく  やはり狙いはブラックホール!」

                「私たちは奴にデータを送信させられていた……
                「『データを送信させられていた』って、何のだよ」
                「太陽-地球系ラグランジュポイントの内地球公転軌道上の三点に、超巨大宇宙電波望遠鏡がある。ISSSここはそこから得たデータの中継地点だ……送信していたデータは望遠鏡からの観測記録。観測対象は  ブラックホールだ」

              「何するつもりか知らねぇが、早いうちに止めないとマズい……!」
              「ああ。だがデータの量は膨大だ。解析にも時間がかかるはず  速攻で片を付ける。稲妻のように!」

               ISSSから極家の元に送られていたデータ、その中身はブラックホールの観測記録だ。
               スシブレードにかかる微かな負荷  地球上で『重さ』として感じていたその力が、今は極家のいる方に向けて引っ張る形で働いている。酢飯接続通信によって集められたデータが、酢飯感応現象を起こしているのだ。
               データを使って何をするつもりかはわからないが、解析されきる前に止めなければ  

              「稲妻と言えば  
              「THOR!『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
              「だよな! 続け、メイオー!」

               THORがオーラを滾らせ、敵のもとへ駆ける。引き寄せられているなら、こちらから飛び込めばいい! スピードタイプの寿司にはこの状況は寧ろうってつけだ。メイオーも一撃を与えんと続く。
                 が。

              「硬い  !」
              「あの寿司は……金属?」

               攻撃は通じていない。この硬さはミカイルのラーメン、あれが入っている器よりも上  陶器よりも金属に近い。リチは、手応えを分析していく。

              「そうか、スペースデブリ! マリンスノーはプランクトンの死骸の凝集体だ。人工衛星の残骸をマリンスノーとして握ったな  !」
              「ああ……君らは見てるのか。さしずめ『真・マリンスノーの握り』だ」

               真・マリンスノー。金属片を集めて握られた寿司が、浮かんでいた。

              「ブラックホールは天体の死骸だからな……相性がいい」
              「何を……
              「なんだ、それを知らずに私を倒しに来たのか。教えてあげよう。私はこれからブラックホールを握る
              「っ  THOR! この質量……ブラックホールの力か……!」
              「メイオー! っく……!」

               真・マリンスノーはびくともしない。突撃を受け止められ隙のできたTHORに殴り返すだけで、メイオーも巻き込んで吹き飛ばした。
               圧倒的質量の暴力  ブラックホールは、確実に握られつつある。

              「ブラックホールを!? 人の体で  無茶だ」
              「そのためのデータだ。私の頭には演算デバイスが埋め込まれている……その補助でブラックホールのデータを解析・把握し、概念の握りとして握る」

               情報を把することで握り寿司とする技術。闇寿司産のそれを、当然各組織にスパイを送り込んでいたスシーピー財団は接収している。

              「そして宇宙に静寂を取り戻すのだ!」
              「これは、マリンスノー  !」
              「弾幕か……!」
              「躱せメイオー……!」

               一際低く響いた声を合図に、極家の周りを漂っていた塵や金属片がリチたちの寿司を襲った。
               メイオーは避けるしかない。が、肉の弾性を持つバーグや椀により防御が硬いTHORはそのまま受けられる。かいくぐれさえすれば弾幕は怖くない  
               はずだった。

              「ISSSのときより速ぇぞ  !?」
              「重力を操る寿司も存在する。ならばなぜ重力のベクトル操作ができないと?」
              「斥力の付与か……!」

               衝突の威力は物体の速度の二乗と質量の積だ。体感、エレベーターで上昇中に食らったマリンスノーと同等かそれ以上の速度の攻撃に、流石にTHORもバーグもダメージを負っていた。
               不意打ちで並行方向に射出されたマリンスノーの速さでは比にはならない。メイオーでも回避は間一髪だった。ミカイルのラーメンでもなければ受け続けるのは厳しいだろう。

              「THOR、食らっちゃ駄目! 避けて!」
              「おい元帥、あんたのウルトラハンバーグは  !」

               マリンスノーがいかに速くとも、特性上減速無しで全力疾走を繰り返せるTHORなら躱すことはできるだろう。しかし急加速できるとは言え、バーグにTHORのような急制動の能力はない。弾幕を躱すには不向きだ。

              「元帥様、危ない!」
                素晴らしいほど馬鹿馬鹿しい』
              「そうか、聖霊か!」

               だが米津元帥にはこれがある。光を放ち現れた聖霊が、降り注いでいたマリンスノーを一蹴した。

              「寿司の聖霊か  だが今どき珍しくもない。三十年は遅い技術だ。見飽きたな」
              「なに  ?」
              「闇寿司の残党を駆り出してまで送り込んだ戦力がこれか……やはり耐え難いくらい退屈だよ」
              「っ……バーグ……!」
              『ビビデバビビデブー……

               弾幕の影に隠れて迫っていた真・マリンスノーが、ウルトラハンバーグを殴った。聖霊も心なしか痛そうにしている  ダメージは明白!

              「元帥様  !」
              「その聖霊の姿、貴様も聴こえているだろう? この宇宙に満ちる凄絶な虚無、退屈を訴える無音が」
              「そうか……聴こえなくなったのではなく無音が聴こえていたのか

               宇宙には、音がない。耳が痛くなるほどの静寂  しかしそれは決して、そこに何の信号も無いということを意味してはいない。

              「飽きた」
              ……は?」
                というのが、寿司の悪魔、つまり寿司の意思の暗黒面にして、永遠の闇と照応する陽中の陰の考えだ」
              「ッ! 永遠の闇  ! 半年前に寿司の意思が人類を攻撃したのも、そういうことか  !」

               全てのスシブレーダーとスシ  のみならず、全ての地球生命までも  を祝福する寿司の意思には、その包括性ゆえに暗黒面が存在する。その暗黒こそが『永遠の闇』。ブラックホールの中にある事象の地平線を司る終焉存在だ。
               大いなる闇、寿司の終焉、寿司の呪い、阿悪の寿司などの名で呼ばれ、代々の闇寿司首領を通じてスシブレードに対するハックを仕掛けていた文字通りの闇。それは寿司の意思と表裏一体の存在である。

              「寿司の意思は地球の存在だ。だからその裏面である永遠の闇は宇宙にいる。  ずっと、その声が聴こえていた。お前たちの歴史は退屈だとさ」
              「そうか、宇宙で呼び出した聖霊の姿が変わっていたのも  
              「歴史って……どういうことだ」

               宇宙に満ちるのは永遠の闇の声。米津元帥の聖霊が悪魔じみた姿だったのも、それに当てられていたからだ。
               悪魔みてぇとまで言われた聖霊は、マリンスノーの弾幕からバーグを守っている。

              「お前たちの歴史はもう煮詰まってるんだよ。『歴史は繰り返す』とは言うが、繰り返しすぎだ。未来をオールインで投資した先が宇宙の開拓だと? やってることは大航海時代の焼き直しじゃないか。ヴェールを剥いでまでやることだったのか? これが」
              「それが、スシーピー財団の見解か?」
              「ああ。だから『アース・ワン』を完成させたがらなかった。あの塔は絶望の象徴だ。エレベーターが完成した暁には、寿司の意思は人類を見捨てる  人類が地球に見切りをつけるのと同じように」

               宇宙進出も、マゼランの地球一周やコロンブスのアメリカ大陸発見と大差ない。結局は新天地を求め、そして入植するだけだ  同じことの繰り返し。
               それは、傍から見れば退屈に見えても仕方ないのだろう。それ故の闇か  祝福と裏腹の、飽きという澱が、この暗黒の正体だ。

                そして、私が最後の残党だ。やることは同じさ。今度は歴史のリセットだがな」
              「リセットだと……!?」

               弾幕を避けながら、メイオーとTHORは攻勢に出るチャンスを探っている。攻めあぐねるリチの声が、驚きで跳ねた。

              「そうとも。ブラックホールを握り、宇宙に満ちる闇と合一することで私は終焉の体現者となる。あとは永遠の闇に天聞し、寿司の意思をこの世から消し去るのだ」
              「寿司の闇と融合しようってのか……!」

               寿司を完全に理解した心は、もはや寿司と同じ  心技体は調和する。故にスシブレーダーは時として、寿司の方に染まることもある。それを利用することで、寿司と融合するのが目的だという。

              「寿司の意思が消えれば、スシブレードの存在は無かったことになる  寿司の意思は寿司の未来でもあり過去でもあるからな。そうすればスシブレードの技術を応用して作られたこのエレベーターは完成しなかったことになる。その時アース・ワンの持つ因果収束作用によって歴史は巻き戻され、人類は再び『2070年の軌道エレベーター完成』という定められた目標に向かって奔走することになるだろう」

               寿司の意思に、時間の概念はない。故に寿司の意思への干渉は時 間 軸タイムライン全体に連動して行われる。現在から過去へ向かっての干渉も  可能だ。
               そして、それは軌道エレベーターも同様。人類は軌道エレベーター着工に際して、『2070年に軌道エレベーターが完成する』という未来を確定させることで、それを可能にする技術を先借りする契約を『人類の総意』  サピエンス・コレクティブ、アーキタイプ・モジュール、あるいは阿頼耶議会などと呼ばれる、人類の代表意思だ  と交わしている。その結果、軌道エレベーターには因果の収束点としての機能が備わった。2070年時点でアース・ワン完成という収束点に到達しない歴史は、因果の逆転で存在しなかったことになる
               そう、米津元帥のタイムトリップが目標時点からズレたのも、彼に過去の音楽が聴こるのも、軌道エレベーターがあらゆる過去を束ねる因果の支柱として立っている影響によるものだ。

              『くだらねぇ』
              「全くだ。実にくだらん」

               マリンスノーを払い除け、聖霊がそう吐き捨てた。

              「なに  ?」
              「それがスシーピー財団の見解なら見当違いも甚だしい。やはり貴様らはルーザーだ」

               一瞬、弾幕が晴れた隙を突き、鋭くバーグが真・マリンスノーを捉えた。攻撃は響かない  だが、確かにムードが変わった。
               米津が、やる気だ。

              「二人とも。悪いが数秒二人で持ちこたえてもらえないだろうか」
              「あぁ? 何を……
              「ウルトラハンバーグはこの時のために用意されたネタだ。ルベトゥスさんはこれを見越していたのだろう  奴が闇そのものになろうというなら、バーグの力でそれを封じられる」

               米津が二人にこっそりと酢飯接続で伝えた。
               ハンバーグと言えば、スシブレーダーにとっては闇に立ち向かい輝いた寿司の代表格だ。闇を払う力が、その肉には込められている。宇宙に闇が満ちている以上、ウルトラハンバーグは宇宙で戦うのにこれ以上無いネタだ。
               そのネタで、敵を打ち砕く秘策がある。

              「隙を作ってくれ。全身全霊の一撃をお見舞いする」
                いいんだな?」
              「ああ。任せた」
              「わぁったよ、メイオー!」

               全身全霊  文字通り一撃必殺に賭ける気だろう。米津がそう言うと、聖霊が腰をかがめて何か力を溜めるような姿勢を取った。突撃タックルか? それを見てリチは米津に確認を取った。
                 米津は頷き返す。
               それを合図に、メイオーは、再び展開された弾幕の合間をすり抜けるように駆け出していく。

              「ッ、THOR! 弾いて!」
              「鬼さんこちら  !」

               弾幕をTHORが防ぎ、次いで展開される弾はメイオーが引き付ける。

              「ちょこまかと……!」
              「くそ、撒き切るのは無理か……!」

               数発掠った  メイオーが揺らぐ。
               その隙を、マリンスノーの大群が狙っていた。

              「させない! 『 雷  迅  愚  讃 』トールハンマー・アタック!」
              「ミオ!」
              の代わりは、私がする  ラーメンほどじゃないけど、一瞬なら耐えられる……っ!」

               隙を晒したメイオーを庇うように突き飛ばしながら、降ってきたマリンスノーに向かってTHORが突っ込んでいった。リチとミカイル、二人の連携を、ミオは実際にその身で受けて知っている。メイオーが速攻を仕掛け、ラーメンが壁になり反撃を防ぐのが二人のスタイル。
               マリンスノーを連続して受け、THORの機体はグラグラと揺れる-  —だがこれでメイオーは自由だ!

              「本体いただき  『喰  い  上  手』ジョーズバイト・アタック!」
              「なに!? だが……ッ!?」

               一瞬のチャンスを、桟リチは見逃さない。晴れた雪の向こうに構える真・マリンスノーを、メイオー最速の突撃技で襲う。
               人間の眼球は急速な上下の動きを追うには出来ていない  突き飛ばされたメイオーが、極家の視野をくぐり抜けるように下から真・マリンスノーを打ち上げた。
               だが不意を突けども、その威力は金属の塊を砕くには程遠い。そう気を取り直した極家タマネの視野に飛び込んできたのは、真・マリンスノーを見据える米津の聖霊。

              「ありがとう二人とも  これで終わりだ、スシーピー財団」
              「くっ……本命はそっちか……!」

               瞬間、聖霊の構えた腕が光を発し、それは光線となって真・マリンスノーを直撃した。

              「『マヨニウム光線』だ。スシオーラによる攻撃では金属の硬さも無意味だろう! ここでこのきらめきを食らってくたばってもらうぞ、私と二人でな」
              「スシオーラって……この放出量じゃ、元帥様まで!」
              「案ずるな。私はそもそも過去の遺物、幽霊のようなものだ。君らの目にどう見えるかわからないが、本当のことさ」

               見れば、ウルトラハンバーグに乗せられているマヨネーズ、ソースと絡み合って独特の風味を発揮する調味料が、ビームのように真・マリンスノーへ向けて照射されている。これこそ全身全霊の一撃  まさにバーグをスシブレードとして成立させているスシ・エネルギー全てをぶつけるような勢いで、ビームは敵を焼いている。
               だが  聖霊を呼んでいる状態でそんな攻撃をしては、米津自身のスシオーラも食われていく。オーラが尽きてしまえば宇宙に無装備で放り出されて、一瞬のうちに極低温と呼吸困難で死んでしまう。

              「このパワー……! 正気か貴様、このままではお前死ぬぞ……!」
              「ただこの一瞬息ができるなら、そんなことはどうでも良い  死んで元々、この命とうに御国に捧げた身! お前はここで私と運命を共にするのだ!」
              「元帥様……!」

               その一撃は決死の覚悟。もとよりここで死ぬつもりでやってきたのだ。そうとも、軍人として死ぬまで戦う誓いをとうの昔に立てた身なのだから  

              「お前らも調査局も同じ穴のムジナだ。スシーピー財団はGHQによる寿司規制へのレジスタンスとして始まった。調査局も、敗戦を受け入れず現代まで蔓延った。私がここにいるのも、その悪あがきの結果の一つに過ぎない」
              「貴様……!」
                しかし旧調査局の存在意義はもう終わり、新生した局に引き継がれている。彼らが未来を創るだろう。だから  スシーピーの残党、貴様もここで終わりだ! 貴様らの野望の火は消える、夜明けを待たず。日の目を見ることは決して無い!」

               ビームが勢いを増す。真・マリンスノーも抗おうとするが、最早遅い。米津の全身全霊を威力に変換して放たれる光線が、敵の動きを押し込める。

              「消し飛べ」
              「く……そぉ……!」

               それを最後の宣告として  極家タマネの最後の悪態と共に、真・マリンスノーが爆散した。

                • _

                 光の柱が敵を貫き、そして細く消えていく。ただ爆発によるエネルギーの波だけが音もなく一帯を伝った。
                 役目を果たした聖霊は姿を消し、ウルトラハンバーグはもはや回転することなく宇宙に佇んでいる。

                「これでお終い……
                  米津様!」
                ……かろうじて、無事である」

                 精根尽き果てたと言った風だが、米津は存命だ。ただ、ビームによって起こされた爆炎の中を見据えて応答を返す。

                ……危なかった」
                「なに!?」

                 晴れた爆炎の向こう、極家タマネの姿が見えた。
                 滔々と呟いたタマネには  何事もない。無傷とは言わないが、衣服が軽く煤けただけで、大した負傷も、ましてや行動不能の素振りもない。

                「あのままだったら本当に敗北し、スシフィールドも解かれてお陀仏だった。本当に危なかった……だがこれで、真・マリンスノーも用済み」
                「野郎……真・マリンスノーが爆裂バーストしたのはオーラを解いたからか……!」
                「まさか、もう  

                 米津がまだ生きているのも、エネルギーを照射しきるより前に真・マリンスノーの方が自発的に崩壊したからだ。
                 わざわざ己の寿司を放棄するなど、理由は一つしか考えられない  解析は、終わっていた。

                「口車に乗ってくれて助かった、といったところかな」
                「真・マリンスノーの残骸が……集まっていく!?」
                「マズい……! ブラックホールを握られる……!」
                「真・マリンスノーを触媒に、永遠の闇を形而下世界に降ろす。宇宙に地球由来の物質はこれくらいしか無い  強いて言えばこれが最後の役目だ。概念の握りでも受け皿となるシャリは要るからな」

                 事の真相をペラペラと喋ったのは、ただの余裕ぶって精神的優位を握る策ではなかった。時間稼ぎを兼ねた盤外戦術である。
                 ブラックホールは重力の特異点  飛び散った真・マリンスノーの残骸が、ある一点に向けて引き寄せられていく。
                 宇宙空間では、酢飯濃度は限りなくゼロに近い。酢飯投影は不可能。故に真・マリンスノーを素材として、ブラックホールを握る。
                 猶予は、ある。

                「させるか  !」
                「ちっ……! 無駄だ!」
                「やはりか……バーグ、すまない……!」

                 ウルトラハンバーグの最後の回転力を振り絞り、凝集していく特異点に向けて突撃させる。が、不発。放出された暗黒のオーラによって、バーグはあえなく無重力の海に投げ出された  もう限界だろう。寿司の形を保っているのが精一杯だ。

                「永遠の闇に抗うなど不可能! ましてやハンバーグは元来闇から生まれた寿司だろう」
                  リチ」
                「何だ、元帥」
                「まだチャンスはある。諦めるには少し早い。どのみち後がない、なら砂漠に林檎の木を植えようではないか  やれるか?」
                「当然」

                 髪を揺らす風など無いはずなのに、三人の髪が揺れる。ブラックホールが、すぐそこに現れようとしていた。
                 しかし、まだ戦意は衰えていない。

                君はまだ全ての力を使い切ってはいないだろう? その奥の手に賭ける。スシオリの天空竜  神話に語られる三源聖霊の一つだ。その力を君のメイオーに付与する。ラーメンとフカヒレが絡み合った今のメイオーなら、寿司折と言い張れなくもないだろう」
                「なんでそれを……
                「これでも将校だ。人の力量を見る目くらいはある  THORも合わせてくれ、チャンスは一瞬しかないぞ。ブラックホールが寿司としての実体を成した瞬間、奴の意識が『永遠の闇』と同調する前に破壊する」

                 ルベトゥスがつける特訓は軍隊式の肉体改造と寿司職人式の握り修行が主だ。軍人上がりの米津には筋トレは何の苦でもない。彼はただ我武者羅にありとあらゆる種類の寿司を握り続けた。その結果身につけた寿司折製造能力に聖霊を操る才能が噛み合い、擬似的にスシオリの天空竜の力を借りる術を彼は得た。
                 出自が『闇』であるハンバーグとは相性が悪いゆえ使わずにおいたその力が、リチの肩に置かれた手から、ブレーダーであるリチを通じてメイオーに流れ込んだ  ラーメンによって縛られたメイオーの姿は、紐で吊るされた寿司折に似る。ハンバーグと違い相性は悪くない! 流し込まれた闇を払う力が、メイオーの中で大きく脈動する。それを感じながら、リチは生唾を飲んだ。

                「ブラックホールの完成だ。おめでとう  きみたちの歴史はハッピーエンドだ。これより暗幕が降りる。これまでご苦労、人類諸君!」
                「ッ  今だ! メイオー!」
                「THOR! メイオーの一撃を何としてでも通せ!」

                 タマネの合図と同時に、大きく空間が歪んだ。それを合図にメイオーとTHORが走り出す。
                 さぁ、これが最終局面。歪みの中心を目掛けて二人の寿司が飛び込んでいく。方や電流を纏い、方や発光しながら、闇を裂くように  最後の希望が弧を描く!

                「メイオー、行け  !」
                「無駄だ! 手始めにお前たちを無に帰してやろう」
                「ッ……それはどうだろうなぁ  !?」

                 空間の歪みは収束し、小さくひしゃげた金属の塊が現れる。あれこそがブラックホールの握り  暗黒のオーラを放出しだしたその金属片に向かって、二機の希望は飛んでいく。
                 そのTHOR、そしてメイオーを飲み込もうと、闇色のオーラが膨れ上がった。
                 リチの号令に従い、一際の光を放ちメイオーが加速する。だが、闇のオーラがそれを押さえつけた。間に合うか  !?
                 メイオーがオーラに押し負けそうになった、その瞬間  突如、何かが飛来した。

                「なにッ  !?」
                「あれは……
                  ラーメン!」

                 飛翔体はそのまま金属片を直撃し、大きく打ち上げた。真・マリンスノーの残骸の凝集体、ブラックホールの概念を詰め込んだ寿司が、打ち砕かれる。
                 反動により減速したことで、それの姿が視認できる。
                 その正体は半球状の丼。そう、この戦場にその陶器を使うネタはただ一つ  

                「あん野郎、いいとこ持ってきやがって  !」
                「これは、太陽の光……そうか! ラーメンの翼神龍!」

                 見下ろせば遠く地球の向こう。太陽の光が、地球の影からリチたちの視界に届く。
                 ラーメンの翼神龍  スシオリの天空竜と同じ三源聖霊、その司るところは小麦を育む太陽の光! その力を帯びた丼が、ブラックホールの握りを破壊した。

                「一体何がどうなってる  !?」
                「ケーブルを使ったんだろ。無駄に器用な奴め」
                「あの丼……そうか、球 体 形スフィア・モード!」

                 ラーメンが飛んできた方向には、太陽に照らし出された人類史の支柱。地球と宇宙を繋ぐヤコブズ・ケーブルが、スシ・オーラの残滓を発していた。リチたちを送り届けたのと同じように、人類の希望を証す塔はラーメンを連れてきた。
                 それだけではない。ここまで酷使された丼が、登ってくる途中で受けただろう空気抵抗により擦り減り、ほぼ完全な半球形になっていた  地平線から昇る太陽の形、ラーメンの翼神龍の力を最も効率よく授かる事のできる形状だ。考えうる限り最高の威力で以て、地球からの狙撃は敢行された。

                「ちぃ  ! まだだ、データの解析は済んでる! 応えろ、永遠の闇よ  !」
                「っ……しぶといなぁ!」

                 器となる触媒を失ったことで、永遠の闇、ブラックホールの一端が宇宙に溢れ出す。
                 極家はまだ折れていない。その暗黒を再び凝集させ、周囲を漂うスペースデブリとともに握ろうとする  

                「マズい  ふん!」
                「元帥、その姿は……!?」
                「聖霊アームドである。変身というわけだな。実体を破壊しても立ち上がる以上、これで奴を直接殴るしかない」

                 米津が力を込めると同時、彼の前腕部が異常に肥大化した  寿司の聖霊、その力を直接身に纏う最終形態だ。ハンバーグがもはや動けない以上、直に肉弾戦を仕掛けるのが米津に残された最後の手段となる。
                 しかし、絶望の闇はそれを許さない。

                「終わりだ……スシブレーダーども……!」
                「くっ  !」
                「ッ……これが闇か……!」
                「THOR! みんなを守って  ッ!?」

                 暗黒そのもののオーラが米津の前途を阻む。昇った太陽により齎された視界が、一瞬で闇に閉ざされた。永遠の闇が、まさに顕現しようとしている。
                 そのオーラから皆を守れと、ミオがTHORに号令を飛ばす  が。

                「なにィ  !?」
                「THORが光った  これは!?」
                オミソシルの巨神兵  !」
                「メイオーも……! これは……丼のもとに光が集まっていく!」

                 THORが光を放った  心当たりはただ一つ。三源聖霊最後の一柱、味噌汁に宿るとされる、オミソシルの巨神兵の力だ!
                 その発現を呼び水とするかのように、メイオーの中のスシオリの天空竜の力がラーメンの丼のもとへ光を送った。THORからも同じように伸びる光は、ラーメンの丼のもとに集結する。

                「眩し  !」
                「これは……掘 握 亭ホルアクテイ……!? いや、まさか、そんなはずは !」
                「この光……寿司の意思……!」

                 ラーメンの丼が一際眩く発光する。その場にいた全員の視界を焼いた光は、視界を覆っていた闇を瞬く間に払ってみせた。
                 光の主が姿をあらわにする。そこに浮かび上がるのは、ボロボロになった丼ではない。

                 かつて、究極の寿司を作り上げ寿司の意思と合一したラーメン屋がいる。伝説曰く、その名は掘握亭  人類にはまだ早すぎる答えに辿り着いてしまったがゆえに世界から姿を消した掘握亭のラーメンは今、三源聖霊を同時に発現させるという定められた条件をクリアしたことでリチたちの前に姿を現し、寿司の意思の威光を以て人類史に味方した!

                「畜生……!」
                「おれたちの勝ちだ! 行け  !」

                 永遠の闇は払われた。もう残滓すら残るるものはない。顔をしかめる極家にも、できることはもう無い!
                 リチが吠える。これでゲームセット  

                「ウェッ  
                「元帥様!?」

                   ではなかった。リチの声に背を押され殴りかかった米津が、カエルの潰れたような声を出した。
                 見れば  米津の腹に寿司がめり込んでいる

                「元帥  !」
                「まだ負けてない。永遠の闇は最後に私の願いを聞いてくれた……寿司は、まだある。まずは一人だ!」
                「待って、そんな、元帥様!」

                 米津が、吹き飛ばされていく。勢いのまま、下方下方へ、飛んでいく。意識がない  
                 負けずと吠えたタマネの台詞と同期して米津のスシ・フィールドが剥がれていくのが、はっきりと寿心眼に映る。

                「私は貴方を助けたくて……! 助けてもらった恩を、まだ返していない! 貴方がくれたものを何一つ……! 待って!」

                 ミオが、涙目でそう叫ぶ。THORに手を伸ばし、その蓋を取り上げ  そして、米津に向かって投げた。

                「お願い、間に合って……!」

                 祈るように、目を瞑る。下方へ飛んでいく米津を守るように蓋が取り付く。そしてそのまま、雷が落ちるかのように地球へ向けて急下降をし始めた。

                「さぁ  次はどっちだ!」
                「ッ! メイオー!」


                ■ ■ ■


                  起きろ」

                 声が、聴こえた。背中が痛い。いや、腹も痛かった。鈍痛がする。

                「起きろ、米津中将」
                ……菅田将軍」

                 米津はハッと目を見開く。見えた姿は、軍服の  今となっては懐かしい戦友、菅田将軍こと、菅田大佐だ。

                「将軍はやめてくれ給えよ、米津君。僕はまだ大佐だ」
                「失礼。寝ぼけていた。笑ってくれマイハニー」
                「それも冗談かい、友よ……敵性語が出ているぞ」
                ……すまない。助かる」

                 体が勝手に喋るような感覚に襲われる。すっかり草臥れた軍服を着て喋る友人の声を聴くと、何だかはじめからそうだったかのように口が動く。
                 これは夢心地というより、むしろ  

                「して……ここは?」
                「大陸の前線と港を繋ぐ線路の上だ。もうじき駅に着く。僕らによる護衛はここまでだ。ここから先は海軍に引き渡される  彼らが、君を本国まで送り届けてくれるはずだ」

                 窓の外に、海が見える  そうだ。これは夢ではない。未だ胸に残り離れない、過去のこと。
                 思い出した。ここは大陸鉄道の……。節々の痛みは、軍用列車の質の良くない席で眠っていたせいか。思えば当時は栄養状態も良くなかった。
                 そうだった。この会話は、時間渡航タイムトラベルの前  彼と最後に交わしたものだ。

                「すまない。前線を離れることになってしまって。常田君も君も……置いていくことになる」
                「なに、構わんさ。二階級特進なのだろう? 誇り給えよ。御国が、局が、君を必要としているのだ」
                「しかし  

                 叶うことならば、ここで最後まで一緒に戦いたかった。
                 米津のその思いはしかし、言葉になることはなかった。菅田大佐が、口を開く前に制止したからだ。

                「滅多なことを言うものではないよ、米津君。お役目にケチを付けるのか?」
                「そういうわけでは……

                 言い淀む。口を開けば余計なことを言いかねない米津を見かねて、菅田が続けた。

                「この戦線は泥舟だ。正直なところ、ここに未来はないと思っている。それは局や……軍全体にも言える。だから、君には希望を感じているのだ」
                「菅田君  
                「君が未来へ往くことで、僕たちは報われる。……それは軍の人間としてだけではない。常田君も星野君も、きっと同じことを言うだろう」

                 車両が大きく揺れた。
                 到着だ。朋友を分かつ岐路にやってきてしまった。別れを意味する扉が開く。

                「さぁ、うかうかしていると扉が閉まるぞ。荷物を持って行くがいい  できれば思い出も持っていけ」

                 菅田大佐の手で、車両の外へと押し出される。よろよろと這い出た途端に、閉扉を予兆する空気音が鳴った。

                「ああ……約束しよう。さようなら、もう永遠に……
                「そうだ。ずっと一緒だ。それでは友よ、末永い希望を  

                   扉が、閉まる。

                  起きろっつってんだろ」
                ……かつて見た地獄もいいところ、か」

                 今度こそ、目が覚めた。米津が今いるのはアースワン・メガフロート。視界に入ったのは、瑠璃色の空と、青い服。
                 また生き残ってしまった。希望をなどと言われても、どうすれば……気だるさは、気を失っていたからだけではない。

                「は?」
                「失礼。夢を見ていた  始まりはいつも青い色であるな」
                …………

                 空から降ってきたかと思えば開口一番珍妙な発言を繰り出した男を、ミカイル・ローリングは訝しげに見つめた。
                 ムクリと起き上がりそう言った男の覚束ない袖丈が、空の上での激闘を物語っている。

                  大体のことは聞いている。あんたが米津元帥だな?」
                「君は……ラーメンの」

                 ミカイルが米津に手を貸し、視線が並んだ。
                 互いに身元を確認する。それぞれ、間接的に知った仲だ。

                「丼には助けられた。しかしどうやってあんな精密な狙撃を」
                「ああ……スポッターがいたからな」
                「ISSSハ観測拠点ダロ。電波望遠鏡ノデータハ、ISSSヲ中継シテ『アース・ワン』ニ送ラレル。超高性能ノスコープミタイナモノダ」
                  ルベトゥスさん」

                 問われて、ミカイルは親指で少し離れたところを指し示す。それを追った視線の先には  ルベトゥス睦美が、煙草をくゆらせて座っていた。

                「ルベトゥスと組んで、恋昏崎にいた落ちブレーダーとこいつの抱えてる私兵で『アース・ワン』を占拠したな?」
                「その認識で合っている……私からも確認したい。リチの話では君は上空ウン千キロメートルから真っ逆さまだったのはないか? よく無事で  
                「愚問だな。あんたと同じだ  ラーメンの丼で身を守った。あんただってお椀の蓋と一緒に降ってきただろう」

                 今回の騒動に噛んだ闇寿司は、純正の闇寿司とは違う  それはそうだ。正統な闇寿司の流儀を継ぐものはもう掃討されている。今回駆り出されたのは、ルベトゥスが恋昏崎の自衛戦力として鍛え上げたグレーゾーンのブレーダー達である。
                 答え合わせのように、米津からも確認が入る。回答は単純だが。容器が空気抵抗や衝撃から守ってくれた  それだけのこと。

                  上はどうなっている? ラーメンの中身を放棄してしまったから精神酢飯接続もできない……概況は把握しているが、やはり……
                「敵はブラックホールを握ろうとした。それは阻止したが……リチが今も戦っている」
                「そうか……

                 相方の無事を確認しても、ミカイルの表情は晴れない。
                 目ざとく、米津は問いを立てた。

                「何か気がかりか?」
                「別に……あいつは戻ってこれるだろうか」

                 ぼそりと、そう付け足した。そして、重々しく口を開く。

                「あいつは……あっさりし過ぎなんだ、いつも……俺はこってりが好きなのに……

                 深刻そうな顔で、ほとほと嫌気が差したとばかりに、ミカイルは吐露した。

                「上に行くときだって、ろくに状況も確かめず行くとか言いやがった……いつもそうなんだ、あいつは……
                「ほう」

                 米津は頷く。うつむいたミカイルを他所に、ルベトゥスとアイコンタクトを交わして。

                「割り切るのが早すぎるんだ、奴は……だから、無理だと悟ったらすぐ諦めちまうんじゃないかと……リチじゃなく、俺が戦うべきだったんじゃないかって」
                「フン。コノ坊主、サッキカラズットコノ調子ダ。オ陰デアレコレ煩ク尋問サレタゾ」
                「俺は、真剣に……!」
                  心配ないとも」

                 煙を吐きながら呑気なことを言ったルベトゥスに、ミカイルは噛みつく。
                 だが、米津がそれを宥めるように台詞を被せた。

                「君が望むなら、あれは強く応えてくれるだろう。好き同士なのだろう?」
                「は? ……違ぇよ」
                「嘘を言うものではない。君らのこれが愛でなければ何と呼ぶのか」
                「ちゃらけたこと言ってんじゃねぇ。俺たちはただの……バディだ」

                 毒気を抜かれたとでも言いたげに、ミカイルは一拍間を置いて  答えを口にした。

                  最強のな」


                ■ ■ ■


                 その頃  上空では。

                「THORは蓋がないなら戦えない  メイオー!」
                  ならまずはお前からだ!」

                 THORを庇うようにメイオーが躍り出た。それを、極家の寿司が迎え撃つ。

                「お前らはここで殲滅する。次は邪魔させない。まだチャンスはいくらでもあるんだ、ここを生き延びて、次こそ必ず  !」
                「はっ! それで握ったネタがシラス軍艦かよ! ここが宇宙だって忘れたか!」

                 極家タマネが握った寿司はシラスの軍艦  言うに及ばず無重力空間での戦いには不向きなネタだ。一合二合打ち合うたびに、シラスが飛び散って見るからに弱体化していく。
                 こんなもの、メイオーの敵ではない。リチは勝ち誇ったように笑った。
                 だが。

                「その程度承知していないとでも? シラス軍艦はISSSの前身、ISS2が宇宙に初めて送り込んだ寿司ネタの一つだ。ただの寿司じゃない   付 与 エンチャント『マリンスノー』!」
                「ッ!?」
                「危ない  !」
                「ミオ!?」

                 飛び散ったシラスがメイオーを目掛けて一斉に襲いかかった  それを、THORが防ぐ。
                 椀にぶつかっていく雑魚達の攻勢に押されて、THORの中身が零れてゆく。

                「ちっ、庇ったか……だがこれで味噌汁は死に体!『トラック』!」
                「ッ、THOR  ! この衝撃……元帥様を撃ち落としたのはこの攻撃か……!」

                 シラスの飛び道具を凌いだかと思えば、本体による突撃が待っていた。THORに、シラス軍艦が激突する  タマネの宣告通り、MI-ghty-THORはもはや死に体だ! 
                 一撃は鈍く響いた。もはやろくに動く力も残されていない  こんな攻撃を受けて、米津は無事で済んだだろうか。ミオの脳裏を、懸念がよぎる。

                「後はお前だけだ  銃弾』・『マリンスノー』!」
                「『銃弾』!? ありかよそんなん  !」
                「集合的スシのモナド  寿司の定義を規定する人類の総意。永遠の闇の残したこの軍艦には、そこからあぶれたネタの全てが内包されている。なんでもありだ。この世には回らない物のほうが多いんだよ」
                「斥力を付与されたマリンスノーより速い……!? マズい、メイオーでもそれは  

                 間髪入れず、メイオーが狙われる。
                 飛んできたシラスは、先程メイオーでも捌ききれなかった斥力駆動のマリンスノーよりも速い  

                  躱した!?」
                「それくらい避けれんだよ  !」

                 だがしかし、高速で射出されたシラスは、メイオーを直撃することなく彼方へ飛んでいった。天空竜の力か  動きのキレが違う。

                「そうか! キミの全力って……

                 だが、ミオの心中にはもう一つの心当たり。

                  「君はまだ全ての力を使い切っていないだろう?」

                  「麺で結んだ。掴んどいたんだよ、あん時な!」
                  「っし! 行くぞメイオー……うおっ!?」

                  「くそ、撒き切るのは無理か……!」
                  「彼の代わりは、私がする」
                  「本体いただき  !」

                 米津をずっと気にかけていたミオの中に芽生えたシンパシー。そうか、そういうことか……

                「負けたらあいつにどうどやされるか分かんねぇからな……そんなへぼい攻撃食らってるわけにゃ行かねぇ!」

                 無意識下で気を取られていた相方の無事を、先刻の狙撃は告げた。これでもうリチの意識にかかる枷は存在しない!

                「くそ……ならこれでどうだ!『爆弾』!」
                「なッ  !?」

                 メイオーが躱そうとした雑魚のうちの一欠片が、爆ぜた。

                「リチ!」
                「ざけんな、本当になんでもありじゃねぇか  !」
                「私からすればふざけているのはお前らだ。なんだ、寿司が回るって」

                 爆風に呑まれ、メイオーが大きく吹き飛ぶ。
                 そして放たれた台詞は、リチの虚を突いた。

                「は  ?」
                お前たちの世界っておかしくないか? 一度自分たちの置かれている状況を冷静に、客観的に、俯瞰して、見てみろよ。寿司が回る、寿司の声が聞こえる、精神を酢飯に漬ける、概念を握る、寿司の神もいれば寿司時空もある。なんだそれ。今までの人生の中で一度でもおかしいと思わなかったのか?」

                 爆発の余韻は消え、静けさが戻る  何を言い返そうにも、困惑が勝つ。

                「私はずっと疑問だった。だから研究者になったんだ」

                 シラス軍艦は、ただくるくると回っている。

                「宇宙では本来寿司は回らないんだよ。寿司の意思は地球の生き物だ。長期間地球から離れて寿司の意思とのリンクが切れた寿司は回転する能力を失う」

                 それを、ISS2時代から宇宙での寿司研究に従事してきたタマネは知っている。軌道エレベーターで地球と繋がれたISSSではその限りではないが、ISS2時代の研究では地球から持ち出された寿司は宇宙犬・ライカが如く全てその活動を停止した。そうとも、そもそもの話、わざわざ宇宙に寿司の研究拠点を作ったのも、アース・ワンの建材に寿司の技術が使われているのも、宇宙で活動できないスシブレードを何とか地球外へ連れていこうとしたからだ。

                「地球という環境が特殊なんだ。正しいのは寿司の意思じゃない。永遠の闇だ  !」
                「何か仕掛ける気だ……!」
                「ッ、メイオー!」

                 そう告げた途端、シラス軍艦のオーラが膨れ上がっていく。トドメを刺しに来るつもりか  
                 ならば迎え撃つだけ! 制動を取り戻したメイオーが、シラス軍艦に向かって走り出した。

                「『ブラックホール・イマジナリー』だ。お前らが見過ごしてきた現実を、間違いと切って捨てたモナドを、お前にぶつける。寿司は全て虚無に帰る! 揺るぎない現実の力を思い知れ!」
                「そうかよ  だったらこちとらも考えがある!」

                 シラス軍艦が暗黒のオーラを纏った。シラスの白い体が闇に閉ざされていく。スシエネルギーが、凝集する。

                「待たせたな、『メガロドン・ザ・メイオー』!」
                「メガロドン!? そんな奥の手まであったのか……!」
                「ああ。制御ができないから封印してたけどな  

                 名を、叫ぶ。リチの隠し持っていた奥の手が、出番を告げる声に従って猛った。

                「切り捨てられた寿司を使うのは  極家、お前だけじゃない」
                「メガロドン……絶滅種か……!」
                「行け、メガロドン・ザ・メイオー! ここにある寿司は全部食ってもいい!」

                 メガロドン・ザ・メイオー。メイオーの真の姿であり、第三次大戦のきっかけとなった世界同時埋蔵化石燃料消失問題により復活した古代種を握った寿司だ。その性質は獰猛にして貪欲、見境なく暴れたがる故に近縁種のホオジロザメにあやかり名を縛って封じていたネタを、ここに来て解放した。
                 けしかける声に応えるように、メイオーはシラス軍艦に牙を剥く。

                「絶滅種が何だ  それが寿司である以上、永遠の闇の力には逆らえまい!」
                「メガロドンはシャークネード戦線の遺物だ……純製の寿司じゃないんでな。寿司の意思も、永遠の闇も、こいつには関係ねぇ  !」
                「そうか、だから冥王星か……!」
                「なに  !?」

                 シラス軍艦が、闇色のオーラをメイオーに向けて放射する。が、メガロドン・ザ・メイオーはびくともしない。
                 そう、冥王星は幻の第九惑星。定義の上では太陽系惑星には属さない天体である。本来存在しないプラネットシリーズの冥王星の座に押し込められた捕食者、第三次大戦終盤の地球を荒らした非友好的異常生物群シ ャ ー ク ネ ー ドの代表格にして、古代より現れた亡霊  本来『寿司の意思』の構成要因に含まれない地球から脱落した絶滅種には、永遠の闇由来のオーラは通じない!

                「ならば  ここで安らかに眠ってもらおう。ビッグ・リップ理論の力を食らえ!」
                「退場してった奴らに託されたものが、おれにはある。ここでは終われない  ! さぁ決めようか、おれたちの未来を!」

                 メガロドンが、己を飲み込まんとするオーラを振り払ってシラス軍艦に肉薄する。だが、その一撃は標的へ届く前に阻まれた。
                 エネルギーが照射され、メイオーを時空ごと断裂せんとする  寿司時空を通して酢飯感応現象による干渉を引き起こす一撃により、メイオーの突撃は相殺された。

                「『ブラックホール・イマジナリー』!」
                『大 喰 い 上 手』メガバイト・ジョーズ・アタック!」

                 攻防は拮抗状態。押し合いの中、それぞれが意地をぶつけるように技の名を叫ぶ。

                「消え去れ、スシブレード  !」
                「頼む、メイオー……!」

                 だが形勢は徐々に傾いていく。太古の亡霊、幻の冥王星のプラネットシリーズと言えど、所詮いち寿司に過ぎない  メイオーの機体が軋んだ。
                 そして時空にヒビが入る。欠けた空間は寿司の虚空へと続いている  ! 本来吹かないはずの風が、穴の中に向けて吹き込んでいく。

                「終わりだ! 虚無に呑まれて消えろ!」
                「メイオーが負け  いや!」

                 何かが弾ける音がして、黄色いものが、視界を飛んだ。

                「なッ……断層が!?」
                  っ! おれたちの勝ちだ、極家!」

                 時空の裂け目が収縮した  千切れ飛んだラーメンの麺が緒を閉めるように裂け目にまとわりついている
                 その隙を、大喰いの鮫、メガロドン・ザ・メイオーは見逃さない。食い破るように、空間に走ったヒビの向こう、シラス軍艦を殴り、そして崩壊せしめた。
                 決着。死闘はここで幕引きだ。

                「これで  ッ!?」
                「シラス軍艦が虚空に消える……! リチ、離れて! 巻き込まれる!」

                 シラス軍艦の崩壊と同時、ヒビ割れた空間が砕けた。寿司の力場を纏うもの全てを、その向こうに覗く虚空は引き込もうとしている  決闘術式・スシブレードの参加者本人であるブレーダーも当然その範疇。突風に、拐われそうになる。

                「くそ、こんなところで……!」
                「極家  

                 飛び散ったシラス、マリンスノーとして使われたスペースデブリ、そしてラーメンの丼に  極家タマネ。空間に開いた穴へ吹き込む風に乗せられ、それらは全て虚空へ呑まれていく。

                「マズった……スシパワーが切れかけだ! ミオ!」
                「私は大丈夫! それより……THOR!」

                 ここまでの激闘で、リチのスシパワーはもはや残量ギリギリ  虚空への引力を振り切るほどの力は発揮できそうにない。
                 それを察知したミオが、MI-ghty-THORに残された力を振り絞ってリチを突き飛ばした。

                「大丈夫ってお前……体が透けてんぞ!?」
                「これでいいんだ、私の役目はここまでらしい」

                 心配して見やったミオの体が、かすかに照らす光を透過していた。

                「役目って……
                存在確度が低いんだ。私は、私を必要とする時間軸にしか存在できない  元帥様と同じで、エレベーターに引き寄せられたのかと思ってたけど。そうか、寿司の導きだったんだね」

                 存在確度  個々の存在に割り当てられた、世界からの存在許容度だ。
                 それが低いミオは、彼女に明確な果たすべき役割の存在する時代から時代へ漂流し続ける宿命を負っている。米津が時間旅行者タイムトラベラーなら、ミオは時間滑落者タイムスリッパー  役目を果たせば、不随意の時間移動が訪れる。

                「元帥様に伝えて。ここからちょっと先の未来で、時空漂流者を助けることになるって。その女は、貴方のお陰で長い旅を続けられるって! 寿司での戦い方も、漂着した時間での生き方も。全部、あの人に教わった」
                「ちょ……待て、そんなん急に言われて憶えきれるか……!」

                 ミオの本来いた時間は2071年よりもう少し先。そこで起きた事件によって存在確度を削り取られたミオが、初めての漂流先で出会ったのが米津だ。  以来、ずっと、彼を探していた。

                「MI-ghty-THORは雷神トールにあやかっている影響で、雷の属性を帯びている。雷は、空から地上に落ちるものでしょう? スシオリの天空竜の力は空の領域を司る。相性は抜群  キミは、地球に帰れるよ」
                「お前はいいのかよ  !?」

                 THORを動かして、リチを虚空への風から庇いながら、ミオは言う。米津から託されたスシオリの力が、リチを地上まで連れて行ってくれる。

                「私は大丈夫。生き方ならあの人に教わった……次また何処かで会ったらよろしく。さぁ行って、THOR!」

                 質問への回答は簡潔に  彼女はまもなく現時点の世界から離脱する。心配はない。
                 瞬間。THORに守られたリチの体が、地球の方へ向けて急降下し始めた。

                  • _

                  「落ちる……!?」

                   大気圏を突き抜けあっという間に『アース・ワン』の上空へ。身体に不調はない  THORが、味噌汁の椀が守ってくれていた。
                   だが今しがたその気配が消えた。ミオがこの時間軸から消えた影響で、THORもまた何処かへ転移したのだ。
                   落下する。眼下は海、推定標高・海抜四キロメートル。

                  「え、嘘だろ……? おれここで死ぬの……!?」
                  『お前は死なん』
                  「な……

                   落下すれば水面に叩きつけられて終了ジ・エンドだ。死を悟った  が、その瞬間、落下の速度がスローダウンした。

                    メイオー」
                  『寿司の意思からの伝言だ  

                   聞こえた声の主を探る。見れば、鮫型の聖霊が彼を受け止めるようにして咥えていた。シャークネード戦線でよく見られた光景、飛行人喰い鮫の再来じみた形で、緩やかに降下していく。

                  『「やっぱり君らは面白い」とさ。概ね同意だ。今回は珍しいものが食えた。良かったぞ』
                  「そうかよ……グルメな奴だな、お前も」
                  『ただし気をつけろ。もしもオレを飢えさせればその時は  また人類に牙を剥く』
                  「……肝に銘じとく」

                   ペッ  と、吐き出すように、アースワン・メガフロートの目前、波止場の洋上にリチを投げ出して、メガロドン・ザ・メイオーの聖霊は姿を消した。

                  「わっ……ぷ! 冷た!」
                  「リチ!」
                  「大丈夫か  ミオは?」

                   空から降りてきたリチの姿を認め、ミカイルと米津が駆け寄ってくる。
                   空はまだ薄明  海の水は冷たかった。米津に引き上げられて、陸へ上がる。

                  「ミカ、元帥……やっぱ無事だったか」
                  「当たり前だろ。俺を誰だと?」
                  「心配してやったのにご挨拶な野郎だ、まったく」

                   上着を脱ぎ、水分を絞りながら悪態をついた。心配しがいのない奴だ  これだから嫌になるぜ。それが声に出ていたかどうかは、リチ自身にも判別はつかない。

                  「元凶は倒した。多分寿司時空なりどこかを漂ってるはず。そのうち本部がちゃんと調べるだろ」
                  「そうか。じゃあ任務はこれで終わりだな」
                  「ああ  で、ミオなんだけど」

                   ミカイルヘの報告を済ませて、米津からの問いに答える。米津の離脱後にあったことを含め、上空での出来事を  ミオから聞かされたことを、伝えた。

                    うむ。……そうか」
                  「それで、あんたこれからどうすんだ。下手するとおれたち立場上あんたらと戦わなきゃいけなくなるんだけど」

                   今すぐ事を構える気はない  というかできないが、このあと回収に来るだろう大回転連合の人間にとっては、状況次第で米津は拘束対象となりうる。ISSSは別として、アース・ワン占拠の実行犯は彼とルベトゥスである。

                  「そうだな……迷走エスオーエス……どうしたものか。また死に損なった……この現世をまたどこへ行こう?」
                  「元帥……

                   調査局の魂を未来まで伝えるという任めが失われた以上、現代で生きていく理由もない彼は、だから今回の戦いで人類の未来を救って死ぬつもりだったのだ  が、図らずも生き延びてしまった以上、次の手は考えなければならない。

                    とりあえず、ここは立ち退くとしよう。時間渡航に関する条約を知らずに来てしまったからな。国連に見つかるわけにはいかない」

                   米津が元いた2019年時点で恋昏崎は日本の法律による統治下にない。が、国際法となれば話は別。米津が2070年へ飛ぶために使った、自動四輪車との衝突をトリガーとする時空転移法は国際条約違反だ。知らなかったで済む話でもない。

                  「先に離脱したルベトゥスさんたちと合流して、あとは……しばらくは彷徨うように生きてみるさ。菅田君のこともあるし  それに、待っている者がいるのだろう?」
                  ……らしいな」
                  「そうと決まれば、稲妻のように去るとするか  さらばだ。恋昏崎に来ることでもあれば、風薫る砂浜でまた会おう」

                   カツン、と軍靴の踵を鳴らして、米津は去っていった。

                  「変な奴だったな」
                  ……珍しく見解が一致したな」

                   その背を見送り、二人してこぼす。
                   昔の人間は皆ああだったのだろうか? 世紀を超えてのジェネレーションギャップとあらば一方的に変人と断ずるのは失礼かとも思ったが、何となくそうではなさそうな気がした。

                  ……ああ、そうだ」

                   思い出したように、リチが口を開く。
                   ミカイルへ向かって、言った。

                    ただいま。相棒」
                  「はん。……遅かったな」

                   口の端を吊り上げて、ミカイルが言い返す。
                   海風が、二人の間を吹き抜けていった。

                  「もう日が昇る  天体観測はお預けのようだぞ」 
                  「お前……労いの言葉とかねぇのかよ」
                  「ねぇよ。それぞれの役割を果たしただけだろ」
                  「こんの……てめぇ人の頭上でラーメンぶちまけやがったの許してねえからな……くせぇんだよニンニクの臭いがよ」
                  「俺のこだわりのスープが何だって?」

                     夜明けが、見えてきた。赤道直下、地球上で最もまっすぐ昇る太陽が、空の色を変えていく。
                   それを映す海の色が藍色から赤紫に変わりつつある中で、朝日が水平線から顔を出す。海が青くなるまで、二人は迎えを待っていた。



                  終劇

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Renerdの著者ページ
真北研究員の人事ファイル
スシブレード ハブ
1998年 ハブ
東弊重工、国際軌道エレベーター「アース・ワン」建造プロジェクト参入を発表 国内企業で中核事業者としての参入は初
闇寿司 ハブ
SCP-1134-JP
闇寿司ファイルNo.086 "生ハムスシ"
闇寿司ファイルNo.052 "レールガン"
闇寿司開発記No.878 "制空権の握り"
米津元帥物語
大日本帝国異常事例調査局ハブ
SCP-1710-JP
SCP-1710-JP-J
国内特別関心領域: 恋昏崎
米津元帥廻転寿司秘譚
タカオ
精神酢飯漬けのオリエンテーション
闇寿司ファイルNo.縺ゅ′繧� "ブラックホール"
闇寿司ファイルNo.403 "弱みの握り"
爆天ニギリ スシブレード:異聞伝
闇寿司ファイルNo.333 "ステータスの握り"
フードファイト スシブレード:未聞伝
第三の寿司
闇寿司ファイルNo.033-D "トラック"
闇寿司ファイルNo.110 "銃"
闇寿司ファイルNo.111 "融合の握り"
SCP-3057
SCP-2087-JP

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