そりゃこの通りを17年も通ってたはずなんですがねぇ。
小学3年生の頃からずっと今日まで通って来たんですけどいつからこうだったかは忘れちゃってたんですけどもね。
近くの中学校のすぐそばに植えられてる木なんですけど、何かおかしくて。
なんて言えば伝わるのか、あぁもう見せた方が早いですね。
先輩、これ見てください。見比べて下さい。

ほら、一部分が枯れてるんですよ。
それと、この木の周りだけ妙に青臭くて敵わないんですね。
そうだな、除草剤を撒くと雑草が枯れるからすごく青臭くなるんで、それっぽいんですけど、木とかは青々としてて。
毎回見るたびに何故なんだろうかと思って、まあいいかなと素通りするだけだっんですけど。
でも、少し前のことですが。
学校の用事で泊まりがけで作業してたんです。
それで一晩明けて、朝になって家に戻りました。
確か、5時15分の電車だったから、5時半には最寄りの駅に着いたんです。
それで帰り道を歩いて、その木の前を通り過ぎようとしたんです。
そしたら、木がすごい勢いで揺れたんですよ。
それで猫か何か居るんじゃないかなと思って、まだ少しだけ暗かったからスマホのライトを向けたんすよ、丁度赤茶色に枯れてるところに。
なんて言えば伝わるんですかね、ええ、何ですかね。
黒いモヤから人の手、多分男の人だと思ったんですが、腕が突き出ているものが枝に乗っかってました。人の腕が付いた黒い物体、というのじゃなかったです。黒いモヤが出ている穴から普通の男の人の腕がにゅっと出てる、そんな感じです。あ、今思い出したんですけど青いワイシャツの袖がありました。
それと、もっとおかしいんですが、その腕はマグカップを持ってたんです。白い陶器の上に金縁のあるやつです。
それでですね、いきなり俺めがけて中身を投げつけたんですよ。
そしたら透明の液体が掛かってきたんです。
たまたま目に入ることは無かったんですけど、口に入ったら酸っぱくてお酢みたいな臭いが顔いっぱいに降りかかってきて。
もう急いですぐ近くの自分の家まで走って帰りながらそれが多分料理に使う、普通のお酢なのかな、ってのは頭の中に浮かんでて。
洗面所で顔を洗ってると、起きたばかりの母さんが「帰って真っ先に顔洗ってるけど何かあった?」と聞いてきたんですけど、そこはまぁ誤魔化しましたがね。
でも、朝ごはんの時に少し気になることを思い出して。
木が写ってる写真の道って、駅までそのまま真っ直ぐ行けるんです。でも、みんな線路の高架を跨いだ反対側の大きな四車線の道路の方を使うんですね。
昼間はまばらに通る人はいるんですけど、帰宅時間とかになるとみんな駅の改札出たらわざわざ回れ右して遠回りの道筋で帰るんです。
17年も通ってるのに気付かないのもどうかと思いますよね。でもまあ、いつの時期からかは忘れたんですけど、不思議に思ってて。
なんか、あーこういうことなのかもなって。
それで先輩にお会いした理由なんですけども。
一昨日、学校の帰りに駅前の通りを使ったんですね。まだ3時4時の明るい時間だから変なことは起きないだろって。
ふと気になって、しなければいいのにこの木に近寄ったんですね。いつのまにか枯れている部分は落ちちゃったのかなかったんですが。
そしたら、今度は茶色い液体がかかってきて、またびっくりして大急ぎで家に帰ったんです。
で顔洗って服を洗濯機に放り込んで、落ち着いた後に口に入ってきた液体の味だったりしゅわしゅわと音がなってたりとしていたことをふまえて、
「これコーラじゃん」って思いましたね。
だからまあ、あそこにいるのは変なのだけど害はないのかなって。
そう思いたかったんですけどね。
ついさっきですが。
いつもみたく研究で帰るのが少し遅くなって。
俺、また側に近寄って何が来るかを確かめたんですよ。
そしたら。
顔に掛かって来たのが。
多分目に入ったのが駄目だったんですがね。
それでね先輩、少し分かったことがあるんですよ。
自分が小学生だった時、おばあちゃんの庭の椿の木の葉っぱで夏休みの課題をやってて。
例えばマヨとか醤油とか油とかを塗って葉がどうなるか、枯れるのかぴんぴんしてるのかで書いたことがあるんですよね。
それで、葉っぱには気孔や葉緑素があってそれが遮られるとすぐに枯れちゃう、って結論で締めたやつなんです。
恐らくですが、多分それと似た様なことじゃないかなって───
私は動けないでいる。
彼が突然私に電話をしたことも。いきなり意味のわからない話を捲し立てているのも。草むらを潰したような臭いを漂わせているのも。
待ち合わせを知らない中学校の植木の下にしていたのもそうだが。
写真を見せ、私の声を無視して淡々と話を進める彼の顔が。
マスクを取った顔が。
写真の木のように。

どうすれば良いのか、分からないでいる。