付記: D-10533は殺人罪で死刑判決を受けた32歳の男性。精神状態は良好で、身体能力は同年齢の平均値を上回っている。今回は前回生存が示唆されたD-10532の捜索も任務に含まれるため、Dクラス宿舎の部屋の関係でD-10532と面識があるD-10533が選出された。今回は襲撃に備えるため、以前までの装備に加え、閃光弾と煙幕弾を発射可能な銃器を装備している。
<記録開始>
[いくつもの音楽が不規則につなぎ合わされた音声が響いている]
D-10533: 進入完了。周囲の風景も事前情報通りです。
███博士: 了解。今日は地下を探索してもらうことになっている。事前の指示の通りに進んでくれ。
D-10533: わかりました。進みます。
[中略]
D-10533: 地下に向かう階段に到着しました。
███博士: 何か変わったことはあるか?
D-10533: そうですね、若干臭いです。腐臭に近いかもしれません。
███博士: わかった。それでは地下へ進んでくれ。
D-10533: はい。進みます。博士、少しいいですか。
███博士: 何だ?
D-10533: このラジオ、どこかで聞き覚えがあるのですが。
███博士: この音声は実際のラジオの放送を編集したものであるということが分かっている。君が聞いたことのある曲があっても不思議ではない。
D-10533: でもなんというか、そういう感じではないんですよね。誰かが歌っているのを聞いたことがあるような。
███博士: その話は後にしよう。どうだ? 何も見えてこないか?
D-10533: いえ、ちょうど階段を降り切ったところです。これは…… すごいな。
███博士: 何があった?
D-10533: [シャッター音] 今写真を撮りました。
███博士: これは、牢獄か?
D-10533: 扉はないですが、そのようです。すべての部屋に電気がついていますね。しかも、とても明るくて、暖かいです。
███博士: 他に変化は?
D-10533: 先ほどより臭いが強くなったような気がします。まだ進みますか?
███博士: もちろん。先に進んでくれ。
D-10533: わかりました。
[中略]
███博士: 先ほどのラジオの件だが。
D-10533: ああ、はい。どうかしましたか?
███博士: 私も聞いたことがあるような気がしてきた。もちろん、色々な音楽が混じっているからよく分からないが、そのうちの一つに聞き覚えがあるのかもしれない。
D-10533: [沈黙] もしかしてですが。
███博士: なんだ?
D-10533: D-10532の鼻歌ではありませんか? 彼の鼻歌は結構独特でしたし。
███博士: ……確かに、そうかもしれない。いかんせん音がまじりあってよく分からないが、その可能性はあるな。さて、今の状況は?
D-10533: ちょうどさっきの牢獄の道の突き当りですね。ここから右に曲がれるみたいです。
███博士: では曲がってくれ。
D-10533: はい。ああ、えっと、構造は先ほどの牢獄の道とほとんど同じで、牢が並んでいます。ただ、電気がついていないので暗いですね。
███博士: そうか。何か変化はあるか?
D-10533: 相変わらず酷い臭いです。それと、何かが滴るような音がしています。
███博士: 先に進めるか?
D-10533: はい。ん?
███博士: どうした?
D-10533: ちょうど暗闇に目が慣れてきたところなんですが、この道の突き当りのほうに何かいます。
███博士: もっと詳しく説明できるか?
D-10533: えっと、よくわかりません。多分、大きな塊みたいなものだと思います。
███博士: 了解。では細心の注意を払って進んでくれ。危険だと思ったら逃げるように。
D-10533: わかりました。
[D-10533は未知の実体に接近する。徐々にラジオの音が大きくなる]
███博士: ラジオの音が大きくなってきた。危険だと思ったら、すぐに撤退するように。実体の様子はどうだ?
D-10533: うっすら見えてきました。なんだろう、肉っぽいです。
███博士: 肉?
D-10533: ええ。もう少し近づかないとよく分かりませんが、なんというか、まとまりのない肉のツギハギのように見えます。
███博士: なるほど。実体の他には何もないか?
D-10533: えーっと。何かあります。あれは…… ラジオですかね。
███博士: ラジオ? この空間に流れている音源か?
D-10533: わかりません。ですが、そろそろ危険そうなので帰還します。いいですよね?
███博士: 了解。許可する。
D-10533: では帰還します。
[金属製の物体が転がる音がする]
D-10533: しまった。何か蹴飛ばしてしまいました。これはなんでしょう。金属製の棒ですが、先端が細長いリング状になっています。耳かき、ではなさそうですが。よく見るとそこら中に落ちていますね。壁にも突き刺さっています。一応一本もって[判別不能]。
[ラジオの音声が再び大きくなり始め、D-10533の声が一部掻き消される]
███博士: D-10533なにか異常だ。すぐその場を離れるように。
D-10533: 大丈夫ですよ。もうす[判別不能]ますから。
███博士: 会話が困難になってきている。撤退しろ。
D-10533: すいま[判別不能]とれません。うわっ!
[依然大きいままのラジオの音声と、無線機が衣類と擦れる音]
D-10533: 来るな! あっちに[判別不能]
[強い衝突音と、D-10533の呻き声]
D-10533: [判別不能]、やめろ、掴む[判別不能]
[何かを引きずるような音]
D-10533: イヤだ、俺をどこに[判別不能]
███博士: D-10533! しっかりしろ! D-10533!
[二度の小さな爆発音。閃光弾と煙幕弾を使用したとみられる]
███博士: おい、大丈夫か!
[激しい衝突音と何かが崩れる音]
[D-10533の激しい呼吸音と階段を駆けあがる音]
[ラジオの音声が停止するが、SCP-1053-JP-1とSCP-1053-JPの接続は失われていない]
D-10533: は、博士。聞こえますか?
███博士: ああ、聞こえる。大丈夫か?
D-10533: ええ。なんとか。ラジオの音も聞こえないので、もしかしたら倒したかもしれませんね。照明がついているところまで追ってこなかったので、光が苦手なのかもしれません。
███博士: 油断するな。今どこにいる?
D-10533: 地下へ行く階段のところです。
███博士: わかった。それじゃあ一旦帰還しよう。
D-10533: はい。ところで、少し気になったことがありまして。
███博士: なんだ?
D-10533: 今考えれば、あの塊はラジオを聞いていたんじゃないでしょうか。
███博士: どういうことだ?
D-10533: あの時の塊はラジオに向かって体を寄せていたように見えました。あと、これはアレに掴まれたときにわかったのですが、ここの空間のどこにいても聞こえていたラジオの音は、アレが出していたんですよ。掴まれた部分が音に合わせて振動していましたし、きっとアレはラジオを真似ていたんです。
███博士: なるほど。君の考えはわかった。他に、姿や形のようなものはどうだ? ヒトに似ていたか?
D-10533: 動き出したアレは、確かに言われてみればヒトに似ていたかもしれません。でもそれにしては歪だった気がします。そもそも暗闇と煙幕で前はほとんど見えませんでしたし、必死だったので、姿はよく分かりませんでした。ただ、足をつかまれたときに、無数の何かが動いているような感覚がありました―― うっ。
███博士: どうした?
D-10533: ちょっと寒気が。地下を出てから、誰かに見られているような気がしていて。でももう出口ですからね。我慢します。
███博士: 待て、臭いはどうだ?
D-10533: 相変わらず酷い臭いですよ。あれ、でもさっきここを通ったときはこんな臭いは……
[液体が滴る音]
D-10533: あっ。
███博士: どうしたD-10533! 出口はすぐそこだ。帰還しろ!
[D-10532の鼻歌と類似した音声]
[強い衝突音]
[通信は途絶]
<記録終了>