アイテム番号: SCP-1086-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-1086-JPは低脅威度オブジェクト用ロッカーに収容されます。実験はその長期的な影響を加味し、可能な限りDクラス職員を用いて行ってください。現在実験は一旦凍結されています。実験記録-4の影響が判明し次第、実験は再開されます。

SCP-1086-JP
説明: SCP-1086-JPは、パン類の食品に対しての命名、及び自律行動能力の付与を可能にする付箋です。SCP-1086-JPは"名は体を表す。体は体を表す"と記述された紙製のパッケージと共に発見されました。パッケージには使用方法等についての説明は記述されていませんが、代わりにローブを着た痩身の男性が食パンに付箋を張り付ける様子が描かれていました。
SCP-1086-JPの1枚を捲り取った場合、捲り取られた付箋には人物名と思われる文字列が浮かび上がるように出現する場合があります。文字列は付箋1枚ごとに1つのみ記載され、新たな付箋を取った場合、その付箋には新しい文字列が出現します。文字列の出現可能性は各個人に依存していると考えられており、ある個人が一定数の付箋を取ると、その個人がそれ以降取る付箋には文字列が出現しなくなります。この限界点には大きな個人差があり、特にDクラス職員が行った試行のほとんどは1枚目から文字列が出現しないという結果に終わります。SCP-1086-JPから付箋を捲り取った際、不明な手段によって最下部に新たな付箋が補充されるため、SCP-1086-JPがその使用によって消滅することはないと考えられています。
SCP-1086-JPの主たる異常性は、文字列が浮かび上がった付箋を一般にパン類の食品として認知されている物体に添付した際に発生します。添付された付箋はパンに埋没するように消失し、パンは自律移動能力を獲得します。自律移動の様態は場合によって異なりますが、パンが低次の知能を有するかの様に振舞う事例も確認されています。また人間が当該物体を視認した場合、そのパンの個体識別的な名称が付箋に出現した文字列であることを直感します。例として、付箋に出現した文字列が「太郎」であり、添付対象が食パンであった場合、対象を視認した人物はそれが太郎という名前の食パンであることを直感します。
自律移動を開始したパンは、付箋に文字列を出現させた人物による摂食によってのみその異常性を失います。焼却によってパンを無力化する試みは、灰からのパンの再生という結果に終わりました。現在は出現する文字列の規則性や未発見の異常性についての研究が進められています。実験の成果は以下の補遺を参照してください。
補遺1086-1: 以下はSCP-1086-JP担当研究員であった中野研究員によって行われた第1次実験の記録の抜粋です。
実験記録-1
被験者: D-10861
実験内容: SCP-1086-JPから文字列が出現しなくなるまで付箋を1枚ずつ捲り取る。その後、文字列が出現した付箋をパンに添付し、様子を観察する。パンは実験後被験者によって摂食される。パンは購買で販売されている"北海道のミルクたっぷりクリームパン"を用いた。
結果: 文字列が出現した付箋は1枚。コジロウと記載されていた。添付されたパンはD-10861の周囲を素早く移動して回る、D-10861の肩に登る等の行動を見せた。
研究員備考: D-10861はDクラス職員20人を用いた実験のうち唯一文字列が出現した職員だった。D-10861は普段から模範的な生活態度を評価されており、安全な実験の補助等を行っていたが、どの因子が文字列出現に関与しているかは今後より実験を繰り返して確かめていく必要があるだろう。
実験記録-2
被験者: 呉研究員
実験内容: 実験記録-1と同様につき省略。
結果: 文字列が出現した付箋は2枚。それぞれジョン、ポールと記載されていた。添付されたパンはゆっくりと移動する、お互いにぶつかり合う等の行動を見せた。
研究員備考: カタカナではあるものの、英語名の出現も確認された。お互いのパンがぶつかり合いという攻撃的行為に及んだのは興味深い。ただしパン自体の重量と激突の速度をみるに、人間に害を及ぼすことは難しいだろう。
実験記録-3
被験者: 泉研究員
実験内容: 実験記録-1と同様につき省略。
結果: 文字列が出現した付箋は16枚。それぞれ美香、麻里、知恵、花乃子、明美、凛、朋美、幸、美波、唯香、美月、茉莉、美玖、桜、心美、葵と記載されていた。添付されたパンはゆっくりと不規則に運動し、泉研究員に対しての干渉は行わなかった。
研究員備考: 当初本人はそれぞれの名前の関連性についてなにも思いつかないと主張していたが、周囲への聞き込みから、それぞれの名前は泉研究員が過去恋愛感情を抱いていた女性の名前であることが判明した。SCP-1086-JPはその本人の記憶から文字列を生成しているのだろうか。また今回の実験はパンが多く摂食が大変だったので、次回以降量が多くなりそうならば数度に分けて実験したほうがよいだろう。
実験記録-4
被験者: 中野研究員
実験内容: 実験記録-1と同様につき省略。
結果: 文字列が出現した付箋は1枚。ニーマルサンサンヨンニと記載されていた。添付されたパンは異常な伸縮、分裂と再統合、中野研究員周囲の徘徊、複数の触手状の突起の生成を行った。
研究員備考: もはや名前でもない数列があらわれてしまった。この数列は電話番号等ではなく、私の記憶にもない番号だ。挙動も訳が分からない。
補遺-1086-2: 以下は中野研究員による第1次実験後の経過に関する追記及び考察です。
追記-1
事件: 実験後、D-10861が世話を行っていた実験用マウスの一匹を"北海道のミルクたっぷりクリームパン"と呼称していることが判明した。D-10861は対象のマウスと共に観察下に置かれた。
研究員備考: 指摘されるまでD-10861は異常に気づいていなかった。SCP-1086-JPの影響とみて間違いないだろう。
追記-2
事件: 呉研究員が飼育しているカブトムシの雄2匹を"北海道のミルクたっぷりクリームパン"と呼称していることが判明した。
研究員備考: SCP-1086-JPは将来的に名付けられる名前を先取りしてパンに命名し、逆に名付けられる予定だったものにパンの名前を押し付けるという効果を持っているのかもしれない。呉研究員の付箋に出現したポール、ジョンはビートルズから取った名前だろう。またカブトムシの名前を付けられたパンが互いに攻撃的な態度を取ったのは"名は体を表す"という記述に一致するかもしれない。
追記-3
事件: 観察下のD-10861が実験用マウスを摂食。本人に自覚はなかった。
研究員備考: これが異常性によるものだとすると、場合によっては実験を行った研究員の健康に直結する問題だ。実験対象となった研究員に事態を説明し、観察下におく必要がある。
追記-4
事件: 呉研究員が飼育していた2体のカブトムシを摂食。
研究員備考: 状況説明のために彼の研究室を訪れたとき、まさに彼がカブトムシを摂食している最中だった。摂食中は呼びかけに対しては反応がなかった。"体は体を表す"というのは、パンの"食べられる"という結末が、名付けられるはずだった対象にも影響を及ぼすという意味だろうか?
追記-5
事件: 泉研究員が自身の研究室で水槽の水を大量に飲み倒れているところが発見される。命に別状はなし。水槽の中には16匹のマルミジンコが飼育されていたと考えられる。観察記録にはすべての個体が"北海道のミルクたっぷりクリームパン"として記述されていた。
研究員備考: 彼には状況説明をしていたが、どうやらマルミジンコのことは隠していたらしい。治療後にはカウンセリングと精神検査を受けてもらったほうがよいだろう。
追記-6
考察: SCP-1086-JPの異常性は、将来的にその人物が名付ける名前を先取りしパンに名付けさせる異常性でほぼ間違いないだろう。また、名付けられたパンは名付けられる対象の動作を模倣することも推測できる。Dクラス職員のほとんどにSCP-1086-JPが反応しないのは、彼らのほとんどはもはや何かを名付ける経験をする可能性がないからだろう。
摂食行動については、パッケージの記載を信じるならば付箋添付後のパンを摂食しなければ防げるかもしれない。実験参加者に既婚者がいなかったのは不幸中の幸いだ。
ただ一つ残る不安は私の実験記録だ。パンの行動からはその対象が全く予想できない。以降の研究は後任に引き継いで、私は保護観察対象となることとしよう。
さて、私はこれから何を名付けることになるのだろうか。