えっと、小さい頃は、とにかく絵本を読んだりするのが好きな子供だったと思います。外には出してもらえなかったので、本を読んでるか絵を描いてるか、楽しみはそれぐらいしかありませんでした。童話の世界を思い出してたら、目の前のことも忘れてしまえるような気がしたんです。母に爪を剥がされている時でも、義父に乗られている時でも、頭の中では綺麗な服を着たお姫様がいました。そう思うようにしてたんです。
中学の時に沢山会った男の人達も、だからそこまで苦しくはなかったんです。本当ですよ?だって嬉しいじゃないですか。こんな私でも、必要としてくれる人は居たんです。施設の人達はいっぱい心配してくれたけど、今考えると私があんまりけろっとしてるから、驚いただけなのかなって。[笑い声]
正太郎さんと会ったのもその施設でした。当然と言えば当然ですけど、私の事を言っても驚かなかったのは、あの人しかいませんでした。この人とずっと一緒にいるんだろうなって、その時から思ってましたよ。現に、どちらから言うでもなく、高校卒業して施設を出たらすぐに同じアパートを借りて住み始めました。二人とも、その時の為に頑張ってお金貯めてたんです。
そうやって、何とか私たちの子供が生まれました。なにぶん二人だけしかいなかったので本当に大変でしたけど、でも凄く嬉しかったです。ちょっと変わった顔立ちでしたけど、それも却って可愛く感じました。それで、私が二人だけで結婚式を挙げようって言いました。籍を入れるつもりは無かったし呼ぶ人もいませんけど、昔から憧れてたんです。絵本の中のお姫様が森の奥で二人だけの結婚式を挙げるみたいな、そういうの。そしたら正太郎さんが昔、駄目になる前の家族に連れてって貰った神社があるからそこに行こうって。こういう時に必ずするおまじないがあるんだって言ってました。
夜になってから、神社に忍び込みました。こういう事するのは初めてで、すっごくわくわくしてたのを覚えてます。正太郎さんは頑張ってその時のことを思い出しながら、準備をしてくれました。釜に水を貯めて、その辺の葉っぱとかを集めて、持ってきたライターで火を付けたんです。これで何かが叫んでるような音が聞こえたら成功なんだって言ってました。[笑い声]今考えると、よく騒ぎにならなかったなって思いますけど。
それで何十分か待ってみたんですけど、でも何も聞こえないんです。虫が集くような音も無くて、本当に静かでした。もしかしたら何か順番とかを間違えたんじゃないかって思ったんですけど、今更そんなことも言えないですし。どうしようかって二人で話してたんですけど、そこで私がはっと思いつきました。それで、あの子を釜の中に入れて、蓋を閉めたんです。
あの子の音を聞きながら、お姫様と王子様がするみたいに二人で何度も愛し合いました。今が人生で一番幸せだって、そう思えました。今でも、思い出すと凄く気持ちいいんです。あの子の身体はその後、
そうですね。確かに今思うと、結婚式を挙げてからの私たちは明らかに変わってました。正太郎さんは、それまではあんなに話すのを嫌がっていた自分の妹さんの話を、目を輝かせて私に話してくれるようになりました。ちょうど、彼が子供の頃に妹さんが一回りも二回りも上の知らない男の人と帰ってくるのを、いつしか待ち詫びるようになったのと同じですね。
彼が私に対してどういう反応をしてほしいのかは大体の見当がついてましたけど、どんな形であれ、あの人に必要とされているというのは、とても心地良かったです。
だから今考えると、母の気持ちも分からないではないですね。誰かが自分を必要としてくれてないと凄く不安になるっていうのは、私も最近良く分かるようになりました。うちの母、一番最初に義父が私にのしかかってるところを見て、お前が誑かしたからだって言って私の顔を蹴ったんですよ。
いえ、正太郎さんに性依存の気があるのは、施設に居た頃から何となく気付いてはいましたよ。彼のそれがあの日から凄く悪化してきてるっていうのも、勿論。そうじゃなきゃ私は、彼に女の人を紹介したりしません。でも彼の一番のお気に入りは、やっぱり袖ちゃんでしたね。私の予想通りでした。[笑い声]近所の人たちもびっくりしたでしょうね。夫の浮気相手の身の回りのお世話までする妻なんて、聞いたことも無いでしょうから。
私もそうだったからよく分かるんですけど、性依存って本当に辛いんですよ。周りからは単なる色狂いの頭おかしい奴って思われるし、してる時に落ち着きはするけどなんにも気持ち良くないし、終わった後は本当に死にたくなります。でもそういう事を私が知ってるからこそ、正太郎さんが袖ちゃんに夢中になって、苦しんでいくのが凄く可哀想で気持ち良かったんです。
私は正太郎さんが袖ちゃんと一緒に駄目になっていくのを見て、凄く可哀想だなって思うんです。本当に本当に苦しくて、私も私であの二人がしてる事をいっぱい想像していっぱい嫉妬して苦しくなったりして、でもそれが凄く気持ち良いんですよ。二人に頼んで、二人がそういう事してるのを何回もすぐ近くで見せてもらいました。そのたんびに悲しくなって嫉妬して、可哀想な正太郎さんを見て愛おしくなって、それでもっと駄目にさせます。お互いがお互いに依存して苦しくなるのがこんなに気持ち良いんだって知って、嬉しくなりました。
まず、袖ちゃんを殺そうと思いました。そうするのが一番、それっぽいかなって思ったんです。彼女も元々、正太郎さんと一緒で色々と傷のある子だったので、思ったより楽でしたよ。やっぱり兄妹って色んな所が似てくるんですね。
先生は勿論知ってると思いますけど、心のお薬って飲み合わせによってはそれこそ毒リンゴみたいに危険なんですよ。リーマスとかハルシオンとか他にもおくすりは昔から色々持ってたので、それを彼女に沢山あげました。袖ちゃん、最後の方は記憶も無くなってて。だらだら涙と涎を流して笑いながら、ずっと喚いて吐いてを繰り返してましたよ。
繰り返しますけど、私は最後まで正太郎さんを愛してました。今でもそうです。二人を殺したのも、別に彼を嫌いになったからとかじゃないんです。さっき言ったように、ただ、そうするのが一番普通だろうなって思ったからです。恋人からそういう扱いを受けた女がやりそうなこととしては、多分そうなんじゃないですか?
皆、夫に尽くしたのに報われなかった女の復讐だと思ったでしょうね。違いますけど。ただ憧れのお姫様になりたくて、でもずっと彼の事を好きでいたかっただけです。だってこんなにお互い好きだった二人が、「浮気された女の嫉妬で別れた」なんて平凡な理由で終わるんですよ?しかも、女の方がそうなる様にけしかけたのに。
誰からも見捨てられてきた私たちが一生かけて愛し続けてきたのに、その愛が最後には下らない理由で私たちからも放り出されるんです。残ったのは惨めったらしく膿んだ嫉妬だけで、しかもその嫉妬も私が気持ち良くなるために吐いた嘘だったんですよ。それに気付いた私がどれだけ嬉しくて気持ち良かったか、分かりますか?やっと私の願いが叶ったんですよ。私は、悲劇のお姫様になれました。
私がこれだけ饒舌に喋るの、意外でしたか?[笑い声]そうでしょうね。こういうカウンセリングって普通は、中々話したがらない人にどうやって話させるかですもんね。私も昔は、こういう事は思い出すのが本当に辛くて滅多に喋ろうとしなかったんですけど。何か今は、そういう事を思い出すのも、汚い言葉を言われて殴られるのも、あなたからそういう目で見られるのも、あんなに嫌だった筈なのに凄く気持ち良いんです。
先生、もう少し話をしても良いですか?さっきの話の続きです。確かに水膨れの中が少し脂っぽくて残る感じはあったんですけど、あの子ったら本当に美味しかったんですよ。