SCP-1090-JP
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アイテム番号: SCP-1090-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-1090-JPの発生区域周辺は柵で囲み、財団フロント企業の研究施設に偽装してください。区域外でSCP-1090-JPが発生した場合はすぐに担当職員に報告してください。

財団職員がSCP-1090-JPを調査する場合、申請が必要です。また、SCP-1090-JP内を調査をする人員には終了が決定したDクラス職員が用いられます。

説明: SCP-1090-JPは徳島県板野郡の山間部に存在する泉と、そこに出現するキツネの実体です。便宜上、泉をSCP-1090-JP-1、キツネをSCP-1090-JP-2とします。SCP-1090-JP-1に辿り着いた人間は財団が管理を開始してから6例しかなく、この報告の書作成時点においては帰還例はありません。何らかの法則があると考えられてはいますが、現在も不明です。また、SCP-1090-JP-1に辿り着いた人間は必ず濃霧が発生していたと報告しています。

SCP-1090-JP-1は直径約20mの円型の泉です。周囲には季節ごとの花が見られますが、共通して桜が常に満開の状態であると報告されています。SCP-1090-JPに辿り着いた人間はSCP-1090-JP-1へと入水します。体全体が泉に沈んだ瞬間、その人間は消失します。SCP-1090-JP-2の主張では本人の自由意思によるものとされますが、財団の実験において拒絶を示した人間がいないことから何らかの強制力が存在していると考えられています。現在、この消失現象に対して例外的な振る舞いを見せるのはSCP-1090-JP-2のみです。辿り着いた人間はSCP-1090-JP-1に関する情報を認識しているように振る舞いますが、SCP-1090-JP外にこの情報を伝える試みは失敗しています。

SCP-1090-JP-2は体長1.5m程のホンドギツネ(学名Vulpes vulpes japonica)とよく似た特徴を有するキツネの実体です。二足歩行および四足歩行が可能であり、日本語を使用して意思疎通を行います。また、SCP-1090-JP-2の特徴として現代的な衣服を身に付けていることがあげられます。SCP-1090-JP-2は現在SCP-1090-JP-1を自由に出入りすることが出来る唯一の存在です。多くの場合、SCP-1090-JP-1から出てきたSCP-1090-JP-2の手には食物、本、ガーデニング用品等の物品が握られています。これらの物品はSCP-1090-JPから出た瞬間に消失するため、持ち出すことができません。

SCP-1090-JPは財団が蒐集院を吸収した際に移譲されました。しかし、上記の特異性により調査は進んでおらず、蒐集院が作成した資料をもとに調査が続けられています。SCP-1090-JP内部の様子は2000年代になり通信技術が発達するまで映像に納めることができませんでした。

補遺1: 以下はSCP-1090-JPへの探索記録です。
探索記録

対象: SCP-1090-JP

探索者: D-1090-JP

担当博士: 額田博士

<録音開始>

D-1090-JP: 博士、霧が出てきた。

額田博士: わかりました。そのまま進んでください。

D-1090-JP: 待て。何か聞こえる。人の声だ。たぶん、複数いる。それに音楽も。

額田博士: 目的地が近いと思われます。慎重に進んでください。

D-1090-JP: 了解。

(歩き始めてから5分後、カメラに運動をしているSCP-1090-JP-2が映し出される。映像ではテレビが確認できる)

D-1090-JP: ……エクササイズ、か?

SCP-1090-JP-2: おや。客人とは珍しい。少し待ってほしい。今は運動中なんだ。

D-1090-JP: あ、いや。構わない。だが、何故。

SCP-1090-JP-2: ただの日課だよ。ほら、こんな場所だと、すぐに脂肪がついてしまうから。

D-1090-JP: な、なるほど。

(SCP-1090-JP-2がテレビを片付け終わるまで待機する。その間、周辺の草花を調査したが、桜が咲いていること以外に不審な点はなかった)

SCP-1090-JP-2: それで、君はどうしてここに来た。やっぱり、泉に入りに来たのかい?

D-1090-JP: 泉?

SCP-1090-JP-2: ああ。そこの泉だ。綺麗だろ。私が毎日手入れをしているんだ。

D-1090-JP: 入ると何かあるのか?

SCP-1090-JP-2: 君が今思っていることが起こる。

D-1090-JP: 俺が今思っていること?

SCP-1090-JP-2: そうだ。私の口から説明したら誤解を招くかもしれない。だから、公平のためにそう言っておく。

D-1090-JP: 意味がわからねえよ。

SCP-1090-JP-2: でも、わかっているんだろ?

(D-1090-JPは沈黙する)

SCP-1090-JP-2: そうだ。自己紹介をしておこう。私はジョニーだ。

D-1090-JP: ジョニー?

SCP-1090-JP-2: いや。名前なんて忘れたからね。だから、最近見た映画に出ていた役者から拝借したんだ。だから、ウィルと名乗ったこともあるし、デカプリオと名乗ったこともある。

D-1090-JP: どうやって映画を見るんだ?

SCP-1090-JP-2: この泉からテレビを引っ張り出すのさ。毎週金曜日の夜とかやっているだろ。

額田博士: D-1090-JP、彼からもっと情報を引き出せませんか。

D-1090-JP: わかった。

SCP-1090-JP-2: 話すつもりはないよ。それがルールだ。

D-1090-JP: ……油揚げ1年分。

SCP-1090-JP-2: 舐めてるのか。

(1分程沈黙が続く。SCP-1090-JP-2が咳払いをする)

SCP-1090-JP-2: まあいい。とにかく、君は帰りたいなら帰ることができる。ここはそういう場所だ。

SCP-1090-JP-2: 帰った方が良いと私は思う。例えるなら、ここは私の口の中だ。好き好んで胃袋に飛び込む必要もない。

D-1090-JP: 口の中、か。

SCP-1090-JP-2: ああ。胃の中に落ちれば死ぬだろう。帰る手段はあるにはあるが、少なくとも、今まで帰ってきた人間はいない。

D-1090-JP: ……なあ、今俺が考えていることは本当なんだな。

SCP-1090-JP-2: そうだ。それがこの場所だ。

額田博士: D-1090-JP、どうかしましたか。

(D-1090-JPからの応答がなくなる。音声からはD-1090-JPのものと思われる呼吸音が聞こえてくる。映像は泉の中に入っていく様子が映し出されていた。約1分後、カメラからの通信が途絶える)

<録音終了>

補遺2: 以下は春川博士が残したSCP-1090-JPに関する記録です。
探索記録2

対象: SCP-1090-JP

探索者: 春川博士

<録音開始>

春川博士: よし。記録できているな。私は春川愛。研究員をしている。今回、SCP-1090-JP収容施設の建築時にSCP-1090-JPのものと思われる濃霧に遭遇した。まず、濃霧の発生範囲を再調査することを進言する。

(カメラが春川博士を映す。腹部にはロープが巻き付けられている)

春川博士: 現在、私のお腹にはこのロープが巻かれている。時間になればかってに巻き取られる仕組みだ。……大丈夫だよな? 嫁入り前なのに、上半身と下半身が別れて死ぬなんてごめんだぞ。

(約20分間装置の調整を行う)

春川博士: では、探索を開始する。

(霧の中を進みはじめて3分後、SCP-1090-JP-2と遭遇する。SCP-1090-JP-2はVR用のヘッドマウントディスプレイを装着している)

SCP-1090-JP-2: やあ、お嬢さん。

春川博士: 何をしている。

(SCP-1090-JP-2が指差した先にはドローンが浮かんでいる。下部に取り付けられたカメラがこちらを向いている)

SCP-1090-JP-2: ドローンを飛ばしているのさ。なかなか良い光景だよ。私がここの手入れをしているからね。

春川博士: 待て。それを使って外の様子を見たりはできるのか。

SCP-1090-JP-2: できない。この泉のものは霧の外には出れないのがルールだ。このドローンや、草花、そして私もね。

春川博士: ルール、か。

SCP-1090-JP-2: そうだ。

春川博士: あなたは何故ここに?

SCP-1090-JP-2: よく覚えてない。ただ、タヌキと戦争して負けたのは覚えているんだ。逃げて、どうしてこうなったのか。

春川博士: ……もしかして覚えています?

SCP-1090-JP-2: ばれてしまったか。表情に出てたかな? よく覚えているよ。あれが、家族や友人を最後に見た時だからね。私が言えるのはここまで。

春川博士: それもルールですか。

SCP-1090-JP-2: 違う。個人的な理由さ。君に感情があるように、私にも感情がある。言いたくないことだって当然あるさ。

SCP-1090-JP-2: お嬢さん、君はまだ若い。それに待ってくれる人もいるだろう。だから帰りなさい。

春川博士: はい。だから、ロープを……。

(春川博士はロープを手繰り寄せる。しかし、ロープは切断されていた)

春川博士: 切れてる。

SCP-1090-JP-2: 違うんだ、お嬢さん。ここで重要なのは今の気持ちだ。ロープを結んだ時のものじゃない。

(春川博士が叫ぶ様子を見せる。しかし、声は聞こえない)

SCP-1090-JP-2: 外には伝えられない。それがルールだ。

春川博士: ……でも、方法はありますよね。

SCP-1090-JP-2: もちろんだとも。ここは私だ。私自身の思想が反映されている。

SCP-1090-JP-2: 試練を乗り越えた者には相応の褒美が与えられるべきだ。そんな思想がね。

SCP-1090-JP-2: だが、やめるんだ、お嬢さん。ここに来たということは、試練を乗り越えられないということだ。だから、帰りなさい。

春川博士: 何故、私にそこまで?

SCP-1090-JP-2: 泉に入るべき存在とそうでない存在の区別くらいつく。君は明らかに後者だ。

春川博士: ですが、私は行きます。これも調査のためです。

SCP-1090-JP-2: 違うな。君は調査を盾にしているだけなのだ。だから、きっと帰ってこれない。

春川博士: わかりませんよ。

SCP-1090-JP-2: わかるさ。君の目を見たらね。

(春川博士は20分間沈黙した後、SCP-1090-JP-1に向けて歩き始める)

SCP-1090-JP-2: 行くのか。

春川博士: はい。

SCP-2: 私は君のことをよく知らない。だから止めることはしない。だが、これだけは言わせてくれ。また、会おう。

(春川博士は返事をすることなく、SCP-1090-JP-1に入っていった)
<録音終了>

追記: 春川博士は消失してから半年後に帰還しました。

補遺3: 以下は帰還した春川博士に対して行われたインタビュー記録です。
インタビュー記録

対象: 春川博士

インタビュアー: 額田博士

付記: インタビュアーは額田博士自身が希望した。

<録音開始>
額田博士: では、インタビューをはじめます。

春川博士: わかった。しかし、何と言うか、緊張するな。

額田博士: 相変わらずですね。ですが、今回は私情を抜きにして行いますよ。

春川博士: 当然だ。

額田博士: では、SCP-1090-JP-1の中で何がありましたか?

春川博士: 世界だ。現実と全く同じの。

額田博士: 現実と同じ?

春川博士: そうだ。全部同じだった。

春川博士: 私は泉に入ってすぐに意識を失った。次に目覚めたのは、10歳の誕生日だった。それから27歳、つまり今と同じ歳になるまで、あちらで過ごしたよ。実家の近くを流れていた川や近所の人間、財団が収容しているオブジェクトも同じだった。特異性や危険性も。SCP-1090-JPもそうだったな。でも、例外があった。

額田博士: それは何ですか?

春川博士: SCP-1090-JP-2だ。あいつだけは好きにやってた。

額田博士: つまり、現実改変者みたいにですか?

春川博士: いや。あれの干渉は常識的だった。映画館で映画を観たり、ファーストフードで食事をしたり、英会話教室で勉強していたり。そうだ。財団職員として報告書も書いていたな。

額田博士: 周囲は本当に反応しなかったんですか?

春川博士: ああ。全員、普通の反応だった。オブジェクトというより、職員に対する反応ばかりだ。

額田博士: わかりました。では次にいきましょう。春川博士はSCP-1090-JP-1内で生活をされていたんですよね? でしたら他の人間が帰ってこない理由はわかりますか?

春川博士: ……やり直せるからだな。

春川博士: さっき、私は同じと言ったな。だが、それは私が干渉しなかった場合だ。干渉すれば何かが変わる。朝食に1品追加されるだけのこともあれば、両親が離婚せずにすむこともある。何より……。

額田博士: 何より?

春川博士: 死ぬはずだった人間を救うこともできた。

額田博士: 何がありましたか?

春川博士: ただの交通事故だよ。ただ、こちらでは恋人が死んだ。私は、自分の我儘で事故を起こさせないようにした。

春川博士: 現実ではないからな。これはただの自己満足だ。でも、私が前に進むには必要な自己満足だったんだ。

額田博士: 春川博士……。

春川博士: これでようやく決着はついた。これからを考えないとな。君と私の。

額田博士: 春川博士、インタビューに私情を持ち込まないでください。1

春川博士: すまん。すまん。

額田博士: 全く。これでインタビューを終了します。2

<録音終了>

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