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SCP-1097-JP |
アイテム番号: SCP-1097-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-1097-JPはサイト-81██の低危険物収容ロッカー内に収容されます。SCP-1097-JPを用いた実験を行う場合、セキュリティクリアランス2以上の職員の承認が必要となります。6か月に1度、容器の破損を防ぐために、内圧測定器を用いた定期確認を行います。SCP-1097-JPの内圧が2.0MPaG以上である場合はSCP-1097-JP-1を適当量破棄し、SCP-1097-JPの内圧が2.0MPaG以下になるようにしてください。実験または定期確認などでSCP-1097-JP-1を噴霧する際は、必ず充分な気密性を持ったHAZMATスーツを着用し、サイト-81██内指定のドラフトチャンバーで操作を行ってください。
説明: SCP-1097-JPは、████社が販売するグリースと同一のデザインのスプレー缶です。赤と黒を基調とした円柱形で、サイズは高さ186mm、直径40mmです。SCP-1097-JPの内部には組成式[削除済]で表される合成ピレスロイドを主とする薬液(SCP-1097-JP-1)、およびジメチルエーテルが充填されています。SCP-1097-JP-1は哺乳類はもちろん、一般的なピレスロイド類とは異なり昆虫類などの神経細胞上の受容体にも作用しません。揮発性が高く、大気中では数十秒で既存の物質に分解されて失活することを考慮しても、SCP-1097-JP-1は後述のプロセスによるものを除けば生物学的にはほぼ毒性は無いといえます。また、SCP-1097-JPを振ることで、その回数に応じた量のSCP-1097-JP-1およびジメチルエーテルが不明なプロセスによりその内部に出現し、噴射ボタンを押すことでSCP-1097-JP-1を噴霧することができます。
SCP-1097-JP-1は人体内部に吸収された場合でも分解されず、循環系を用いて全身を移動します。そして脳の一部に選択的に沈着し、脳組織の構造変化を引き起こします。この変化は不可逆のものであり、最も顕著に行われるのは対象の側頭葉です。この一連のプロセスは、SCP-1097-JP-1が人体に吸収されてから約80秒以内に行われ、人間以外の生物に対しては発生しません。多くの場合、噴霧されたSCP-1097-JP-1が目や鼻の粘膜から吸収されることでこのプロセスが発生します。粘膜から吸収されたSCP-1097-JP-1が累計0.0██~0.0██mL/kgを超過すると、対象には本来人体には備わっていない特殊感覚が備わります。
この特殊感覚は昆虫綱ゴキブリ目(Blattodea)に属する生物(以下、ゴキブリ)を知覚することに特化したものです。具体的には、知覚範囲内に存在するゴキブリの体表の油脂成分、体内の脂肪体、唾液、排泄物などの存在の認識であったり、あるいは食物の咀嚼、繁殖、飛翔などの行動の理解といった形で現れます。周囲の気温、湿度などによっても若干の変化が見られますが、対象にSCP-1097-JP-1を累計0.10mL/kg吸収させた場合、知覚範囲は半径約9~10m程度となります。この知覚範囲はSCP-1097-JP-1の累計吸収量に対してほぼ対数関数的に増加していき、半径約3000~3400m程度まで増加することが分かっています。また、この特殊感覚は既存の特殊感覚とある程度の相互作用を持つことが判明しており、特に嗅覚と平衡感覚に対しては顕著に影響を受けていることが判明しました。
ゴキブリは心理的、衛生的、経済的など様々な面で害虫としての側面が強く知られています。そのため上述の感覚が備わった対象には、しばしばPTSD、適応障害、統合失調症などの症状が見られるようになります。また、これらの心因性ショックにより健康状態の悪化や、幻覚などの症状が発生する可能性があります。ただし、これらの症状はゴキブリに対する忌避感を持たない対象には見られず、SCP-1097-JPの異常性に因るものではないと考えられています。
SCP-1097-JPは、医学雑誌に掲載された「大脳葉に発生する悪性腫瘍と統合失調症の症例」という論文の内容に対して、財団職員である████博士が「内容に明らかな不審点が存在し、調査を行うべきである」という概要の提言を行ったことから存在が予測されました。この論文は2004/06/27から愛知県███市に位置する心療内科専門の医療機関、██クリニックに通院していた、坂東██氏とその息子の坂東███氏の2名の症例を基として執筆されたものでした。害虫駆除業者として坂東氏の自宅に潜入し、家宅捜索を行っていたエージェント██がSCP-1097-JPを偶然発見し、曝露したことからSCP-1097-JPは特定され、収容されました。医療関係者にはBクラス記憶処理を施したうえで、カバーストーリー「論文データ改竄」を適用しました。
補遺: 以下はDクラス職員へのインタビュー記録(抜粋)です。実験記録および全インタビュー記録はサイト-81██に保管されています。閲覧希望者はサイト管理人に対して申請を行ってください。
インタビュー記録1097-JP-1 2005/10/21:
対象: D-50932
インタビュアー: 御堂博士
付記: D-50932はこのインタビュー直前に6.72mLのSCP-1097-JP-1を静脈注射した。
<録音開始>
御堂博士: はい。ガーゼはもうとっていただいて結構です。この袋の中に入れていただいて……はい結構です。ではインタビューを開始します。今のお気分はどうですか。
D-50932: どうっていわれても別にそんな……ん?
(D-50932が実験室の壁の方を向き、5秒間ほど沈黙する)
D-50932: あ、うっ、うわっ!
(D-50932が突然椅子を引き立ち上がる)
御堂博士: 落ち着いてください。どうしたのですか。
D-50932: おいあっちにゴキブリがいるぞ。俺ああいうの嫌いなんだよ。
御堂博士: 壁にはゴキブリはいないようですが。
D-50932: その壁の向こうにいるんだよ。今なら動きが止まってるからインタビューの前に早く潰してくれ。
御堂博士: なぜゴキブリがいることが分かったのですか?
D-50932: なんでってそりゃあ……えーと、なんでだ? あれ?
御堂博士: 外に待機している職員にゴキブリの始末を伝えておきます。ですのでとりあえず椅子に座っていただいて、なぜゴキブリがいることがわかったのかを、落ち着いて、あなたの言葉で説明してください。
D-50932: なんていうか、えーっと、わかるから? わかるからわかったんだ。
<録音終了>
備考: 対象が指定した方向、廊下を挟んだ反対側の実験室内の壁にチャバネゴキブリ(Blattella germanica)の成虫がいたことが確認されました。また、対象には軽度の混乱症状が見られましたが、これは自身がゴキブリを知覚したプロセスを理解できていないためだと思われます。実験を重ね、このプロセスを明らかにすべきだと考えられます。
インタビュー記録1097-JP-2 2005/10/22:
対象: D-50932
インタビュアー: 御堂博士
<録音開始>
御堂博士: ではインタビューを開始します。先日注射をしてから、しばらく元通りの生活を送っていただきましたが、いかがですか。
D-50932: どうもこうもねえよ畜生。ゴキブリがどこにいるかわかっちまうようになったんだぞ。寝てもあんま疲れがとれねえ気がする。
御堂博士: 辛いかもしれませんが治療にも手順が必要です。まずは具体的に詳しく教えてください。
D-50932: クソ、俺はモルモットかよ……そうだな。俺の周りに見えない体の延長部分ができるようになってて、あの虫が近くに来るとそこを這い回られるからわかる感じかな。いや、肌の上で直接蠢かれるのとはちょっと違うな。とにかく前も言ったけど直接見てなくてもなんとなくわかる。それと寝てる最中にあいつらが通気口のあたりとかを大量にザザッと動いたり、ハエかなんかを食ってるのを感じるとつい目が覚めちまうな。おとといはそれのせいで3~4時間しか眠れなかった。確かあいつらは夜行性なんだっけ。勘弁してほしいな。あとはそうだな……こう両手で顔を覆うと若干だけどあの虫がどこにいるかとかが分かりにくくなる。いやどうだろうな。やっぱりそれは気のせいかもしれねえ。
御堂博士: 他に何か気づいたことは?なんでもよろしいですよ。
D-50932: そうだな……(8秒間沈黙)
御堂博士: 食事が終わったら、午後からは昨日途中で中断した実験の続きをします。それについてでもよろしいですよ。
D-50932: あ、そうだ、食事で思い出した。昨日の晩飯に煮物があったんだ。薄味の、大根と人参とコンニャクのやつ。あれにゴキブリの糞がわずかだけど混じってた。ひょっとしたら食器の方にもともとついてたのかもしれないがな。流石にゴキブリそのものはいなかったし、何が原因かは分からないけど、とにかくあれはしんどいからなんとかしてくれ。特に実験についての質問は無いよ。
御堂博士: ありがとうございます。担当の者に伝えておきます。
D-50932: こんな環境じゃあ飯だけが楽しみなんだ。本当に何とかしてくれよ。実験だって昨日みたいなこと言わずに頑張るからさ。
<録音終了>
インタビュー記録1097-JP-5 2005/10/25:
対象: D-50932
インタビュアー: 御堂博士
付記: 対象はSCP-1097-JPの注射を行った後、日常生活における経過の観察がされていました。しかし、ゴキブリを実際に用いた実験やMRIによる脳組織の確認から充分なデータが得られたため、対象は翌日からDクラスの通常業務に復帰することが決定されました。
<録音開始>
御堂博士: ではインタビューを開始します。本日を以て今実験はひとまず終了となります。明日からは今までの業務に戻っていただきますが、このインタビュー自体の内容はいつもと同じです。ゴキブリを感知できるようになって、感じたこと、気づいたことを具体的に教えてください。
D-50932: ゴキブリがどこにいるか分かっちまうのはもういい加減慣れたよ。どこにいるか分かるまでの距離ってのは最後まで結局変わらなかったけどな。はっきり分かるようになったわけでもないし、逆にぼやけてきたわけでもない。あとは……大体今までのインタビューで言っちまったな。ああそういえば、昨日の夜娯楽室で大富豪やってた時に、ゴキブリが棚の裏に入ってきたのが分かったんだ。棚ゆすって追い出して、逃げる方向とかもなんとなく分かるから叩き潰したら、周りの連中驚いてたな。それがちょっと面白かったかな。
御堂博士: 他には何か言っておきたいことはありますか?
D-50932: それで?いつになったらこの症状を直してくれるんだ?
御堂博士: ……残念ながら、現時点ではその方法はみつかっていません。お気の毒ですが。
D-50932: まあそんな気はしてたがな。ところで先生、その白衣はいつから洗ってないんだ?
御堂博士: インタビューに関係のない質問ですね。何もないならインタビューを終了します。
D-50932: 俺は別にいいけどさ、左ポッケの中にゴキブリの死骸があるぜ。
(椅子が大きく軋む音)
D-50932: 冗談だよ。ああ、でもその顔が見れたからちょっとは溜飲が下がったかな。俺はそういうのが四六時中ずっと分かる体になっちまったんだぞ。ざまあみろだ。
御堂博士: ……インタビューを終了します。
<録音終了>
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