SCP-1243-JP
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SCP-1243-JP

アイテム番号: SCP-1243-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: 自然界でSCP-1243-JPが確認された場合、箸・チリバサミ・スコップなどの道具を用いて確保されます。確保にあたる職員は非動物性繊維素材による防護服を着用し、皮膚接触の危険を最小限にしてください。確保されたSCP-1243-JPは十分な湿度と水資源を伴う生物収容セルに収容されます。環境管理は非異常のカタツムリのものを参考とし、食餌に際してはカルシウム成分を供与してください。

SCP-1243-JPの卵塊は自然界で確認された場合において特別な対応を必要としません。収容下の個体が産卵を行った場合、個体数維持に必要不可欠な個数のみを残し、その他の卵は破壊してください。

社会の混乱を防止するため、巻貝および古脊椎動物を扱う研究機関は検閲を受けます。民間人への曝露被害軽減策は現在協議中です。



説明: SCP-1243-JPはリンゴマイマイ(Helix pomatia)に分類される、一般にカタツムリと呼称される陸棲巻貝です。親世代が特定の温度条件を経験したSCP-1243-JPは活性化した世代となり、非活性状態の世代との差異を生じます。活性状態のSCP-1243-JPの受動的特徴としては約70℃までの高温耐性と高い保水性が挙げられ、能動的特徴としては活性状態での高い運動能力および吸血性が挙げられます。形態観察およびゲノム解読では異常性を示さない個体との区別は不可能であり、地球上に生息するリンゴマイマイの全個体が潜在的なSCP-1243-JPである可能性が指摘されています。

活性世代のSCP-1243-JPの筋繊維は一般の軟体動物と比較して有意に発達しており、陸上においてもマガキガイ(Strombus luhuanus)やキサゴ(Umbonium costatum)といった水棲巻貝類と同様の跳躍運動が可能です。当該の跳躍力を利用し、SCP-1243-JPは周辺の脊椎動物(対象)に対する活発な探索行動を開始します。動物実験の結果、SCP-1243-JPの吸血対象となる分類群には四肢動物のほぼ全てが含まれうることが判明しています。

対象に接近したSCP-1243-JPは吸血行動を取ります。以下は吸血プロセスの詳細です。

SCP-1243-JP吸血プロセス


対象に接触したSCP-1243-JPはケラチンやリン脂質に対して高い浸透性を示す体液を分泌します。浸透した体液は未解明の機序で対象の表皮細胞の生体膜に作用し、体液成分の取り込みを促進する正のフィードバックをもたらすと推測されます。体液にはコカイン様物質をはじめとする複数種類の麻酔成分も含有されており、それぞれが神経細胞の脱分極の阻害に働き、強力な局所麻酔作用が発生すると考えられます。このため、対象は触覚が著しく低下します。
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石灰質構造物の一例。スケールバーは500μm。

体液を対象に浸透させたSCP-1243-JPは体内で針状の炭酸カルシウム構造物を形成します。これは非異常のカタツムリの個体が有する恋矢と同様の機序で形成されていると推測されており、構造物の長さは平均3mmに達します。形成を完了したSCP-1243-JPは吻部へ移動させた構造物を射出し、対象の皮膚に微小な孔を穿ち、吸血を開始します。構造物の表面には血液凝固阻害物質を含有する粘液が塗布されており、効率的な吸血を可能とします。

吸血の目的は卵の形成や胚の成長に要する栄養分の摂取にあると推測されます。吸血を完了したSCP-1243-JPは対象から離れ、24時間以内に産卵を開始します。一度に産卵する卵の量は成体が経験した気温やその変化量に依存すると推測されます。

Dクラス職員を用いた吸血実験では、SCP-1243-JPによる吸血中、血液中へのカルシウム分泌を促進する副甲状腺ホルモン(パラトルモン)の血中濃度が基準値の██倍に達していることが確認されました。当該現象は血液凝固阻害物質の他にSCP-1243-JPの粘液に含有される未知の成分が副甲状腺ホルモンの分泌を促進したことに起因すると推測されます。これはSCP-1243-JPが将来孵化する幼体の殻を構成するカルシウムの摂取を目的とする作用と推測されます。


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確保されたSCP-1243-JP群集

発見経緯: SCP-1243-JPは2009/09/03、日本国・三重県津市に所在する日本生類創研のサテライト施設で発見されました。同日サテライト施設から火災発生の通報を受け施設内部に突入した消防隊は、日本生類創研の職員に対し吸血行動を取っているリンゴマイマイの群集を発見しました。当時施設内では活性化したSCP-1243-JP群集がバイオハザードを誘発し、火気を取り扱っていた職員が襲撃を受け転倒、火災に発展したことが示唆されました。

施設内では飼育されていたSCP-1243-JP個体が解放されており、6名の日本生類創研職員が吸血被害を受けました。消火活動の完了後、通信を傍受した財団はサテライト施設を占拠してSCP-1243-JP個体群を収容下に置き、また日本生類創研職員を特定・拘束しました。職員へのインタビューによりSCP-1243-JPは日本生類創研による開発に起源を持たないことが判明しました。以下はインタビュー記録の内容です。

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日付: 2009/09/04

対象: 山崎 佳穂 氏

インタビュアー: 外原上席研究員


<記録開始>

外原研究員: どうも。山崎さんですね。不便な思いをさせて申し訳ありません。早速ですが、貴方がたの施設で回収されたあのカタツムリについてお尋ねしたく思います。

山崎氏: 私たち全員に同じ尋問をなさってるわけですか。

外原研究員: 情報の擦り合わせは不可欠ですので。貴女にどれだけ喋ってもらっても構いませんが、裏を取れないと真偽の確かめようがありませんから。貴女の後、全員に同じことを答えていただきます。

山崎氏: なるほど。貴方がたと同僚じゃなくて良かったです。

外原研究員: [溜息] 本題に入りましょうか。

山崎氏: 何を知りたいですか?

外原研究員: あの生物を作った目的は何ですか?

山崎氏: 目的?

外原研究員: 吸血性のカタツムリということですが、もし生体兵器として扱うなら、飛翔性のチスイコウモリを改良する方がよほど高効率のはずです。現に、彼らの運動能力は頭足類を除く軟体動物として目を見張るものがありますが、脊椎動物には遠く及びません。巻貝にも相当活発な種が居ることは確かですが、粘液を分泌しながら動くカタツムリをわざわざ利用する理由が検討もつきません。なぜアレを作ったんですか?

山崎氏: [間] 1つには、食用です。

外原研究員: 食用?

山崎氏: エスカルゴはご存じですか?

外原研究員: フランス料理ですね。それが?

山崎氏: エスカルゴに使うリンゴマイマイ、所謂ブルゴーニュ種は個体数を減らしている現状にあります。人間が安定した食糧供給と生活基盤の拡充を目指すほど、排水の流入や農地の拡大 ⸺ 一言で言えば環境破壊に直面するわけです。彼らは飼育も困難です。もし飼育を簡単にして一定数の個体を安定的に生産できれば、飲食業界では引く手数多。先を争って飛び付くことになります。我々はそうした依頼を受けて、ブルゴーニュ種やその代用となるカタツムリの飼育技術の開発を進めていた次第です。

外原研究員: ふむ。つまりは、民間に受注された食材の開発をしていたと?

山崎氏: 端的には、そうです。

外原研究員: [間] 納得できませんね。

山崎氏: 何がですか?

外原研究員: 貴女がたが他の団体や民間人と取引をすることは珍しくありません。[間] しかし不思議です。食品開発が目的ならば、何故吸血性を付与したのですか?それにあの類稀な運動能力は?飼育管理に一体何のメリットがあると言うのですか?

山崎氏: [間] 言いそびれましたが、彼らは我々が作り出した存在ではありません。

外原研究員: 何?

山崎氏: 彼らは我々の創造物ではない、ということです。例えば複数種のカタツムリを交配させて生み出したり、ヌクレオチドを切断して繋げたりといった、ゼロから生み出すことはしていないのです。突如として彼らのある世代が運動能力を向上させ、吸血性を獲得した。[間] 我々がしたことは、ただ自然界から卵塊を回収して適切な管理条件を探っていただけです。

外原研究員: 異常な操作は行っていないとでも?

山崎氏: ええ。その代わり、いろいろと試しました。卵発生中の環境温度やその変化パターン ⸺ 変化1サイクルあたりの温度差や期間・頻度といったパラメータを何通りもテストしました。結果として分かったのは、高温環境・高湿度環境が長期的に持続するほど、発生後の個体は運動性能が上昇する傾向にあることです。

外原研究員: 高温環境にあるほど、彼らは言わば……活性化すると?

山崎氏: 我々は相変異のようなものを仮定しています。サバクトビバッタでは、個体群密度に規定されて孤独相と群生相が出現します。肢や翅の長さ、胸部の形態、体サイズといった差異が、個体群密度という外部環境の変数によって導かれるわけです。それと同様の効果が、彼らでは温度によってもたらされると我々は考えています。

外原研究員: 温度要因による群生相か。

山崎氏: 彼らの発現する温度耐性も、外部温度を環境要因に持つためと考えると合理的です。殻の螺旋の奥に身を隠し空気の層で熱を遮断しても限界がある。彼らはそもそも代謝に用いるタンパク質を変化させ、耐えられるように変異を遂げた。周到です。

外原研究員: なるほど。[間] 貴女がたは自然界から卵塊を回収して確保した。つまり自然界に生息するリンゴマイマイは潜在的にこのような世代間の変異を累積している、そういう可能性もありますか。

山崎氏: ええ、可能性は高いでしょう。[間] そして我々はもう1つの観点を懸念しています。

外原研究員: もう1つ?

山崎氏: カタツムリは乾燥に弱く、またその運動様式は這うことに依存しています。すなわち、長距離の移動が難しく、我々ではさして問題にならないような距離や地形が地理的な障壁となります。遺伝的交流が制限される中で、彼らは地域ごとに著しい種分化を遂げたわけです。我が国だけでも記載済みの種は800種。山と川に切り分けられた細長い島嶼は、彼らの多様化を育んだ坩堝です。

外原研究員: [間] つまり、他の種も同様の異常性を持つ可能性があると?

山崎氏: ブルゴーニュ種だけに思考を制限する根拠を我々は見出していません。種数を増大した彼らは遺伝的分化が進む中で特異性を喪失したかもしれませんし、あるいは遺伝子ドライブを介して突然変異の底に温存し続けているかもしれません。[間] しかし、驚きました。財団は私が思っていたよりも楽観主義に甘んじていたようですね。

<記録終了>




追記1: 複数の日本生類創研職員の証言を受け、財団内の各部門がSCP-1243-JPに関連した調査を開始しました。財団動物学門は財団内で実験材料として保管されていた複数種のカタツムリを対象に継代飼育を実施し、全ての種が外界の温度条件に起因する世代間変異を起こすことを確認しました。この時、ヒートショックタンパク質が温度受容と遺伝子発現の変化に寄与することが確認され、当該タンパクが生物の高次分類群を問わず広く存在することから、他種のカタツムリにも同様の機序が存在することが裏付けられました。

また財団遺伝学部門の研究により、吸血されたDクラス職員や実験動物のゲノムの塩基配列は後天的な編集を受けていることが判明しました。これはSCP-1243-JPが吸血時にDクラス職員の体内に注入した未知の成分によるものと推測されます。Dクラス職員のゲノムは副甲状腺ホルモンの分泌量が増大するように改変が加えられており、これにより骨の空洞化が形質状態として獲得されていることが示唆されます。

追記2: 財団地質学部門と古生物学部門は、SCP-1243-JPの系統学的起源の追求を目的とし、陸棲巻貝化石と脊椎動物化石が同一の層準から産出した事例の文献調査を行いました。こうした脊椎動物と陸棲巻貝の共産は、地球史上においてSCP-1243-JPが当時の脊椎動物をカルシウムの供給源としたことを示唆するものです。調査結果の要約を以下に示します。

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ブラキオサウルス(Brachiosaurus)。脊柱・胸郭の各所に空洞が存在し、軽量化・大型化を遂げている。

  • 腹足綱に属する陸棲巻貝は石炭系1から産出したAnthracopupaDendropupaが既知の範囲内で最古級の属とされる。絶対年代では約3億2,000万年前と推定され、陸棲巻貝はその後の有羊膜類の多様化に伴って異常性を獲得したと見られる。
  • 下部ジュラ系から上部白亜系にかけては、大型恐竜および大型翼竜との共産が確認されている。ブラキオサウルス(Brachiosaurus)など特に体サイズの大きい恐竜では複数個体の付着が見られる。SCP-1243-JPの特性を加味すると、飛翔や大型化を可能とする骨格の軽量化や、気嚢システムの発達など、こうした動物相は生存上の利益を陸棲巻貝から享受していたことが強く示唆される。
  • 古第三系以降の地層では、ガストルニス(Gastornis)に代表される地上棲鳥類を含め、海鳥を除いて鳥類種との共産が見られる。非鳥類型恐竜と入れ替わるように繁栄した哺乳類では、翼手目をはじめとする飛翔性・滑空性の種や、長鼻目をはじめとする大型の種との共産が見られる。

上記の事実より、SCP-1243-JPは吸血行動に際して血液中へのカルシウム放出を促進し、脊椎動物の骨格に対して軽量化・空洞化を促したと推測されます。これは脊椎動物による空という3次元空間の開拓、また高い環境改変能力を持つメガファウナの登場といった、地球表層の生物史に対する強力なドライビングフォースになったと推定されます。

なお上記分類群はSCP-1243-JPとの共産化石を残すほどに繁栄していたと考えられます。SCP-1243-JPが脊椎動物相に対して広く影響を及ぼした場合、吸血行為が生存に不利に作用して絶滅に至った、未発見の潜在的化石分類群との相互作用があった可能性も高いことに留意する必要があります。

<記録開始>

外原研究員: 時に寺澤くん。進化と絶滅について考えたことはあるかね?

寺澤研究員: それは勿論。専門ですので。

外原研究員: では、どう思う?

寺澤研究員: [間] 進化と絶滅は紙一重、といったところでしょうか。ある個体群から遺伝的変異を帯びた個体が生まれ、その変異が継承されていく。しかし、太陽の光を求める1本1本の枝が高みへ伸びていくように種が分かれていく下で、その幹となった種は絶えていく。決して保存はされず、新たな種との競争や変わりゆく環境の中で、やがてはその系譜を繋ぐことなく絶滅を迎えます。

外原研究員: うん。

寺澤研究員: そして紙一重というのは ⸺ 大量絶滅において著明ですが、生物が滅び去った後には空白が生じます。生態的地位の空白を埋めるように、次の種が現れる。特に生態系が一新された場合には、次なる動物相が一斉に産声を上げます。絶滅は一個の体系の終焉であるとともに、他の者に進化への道を与える祝福でもあると、私は思います。

外原研究員: そうだね。そして特に ⸺ 生物の大型化と有翼化において、その進化と絶滅の駆動力としてSCP-1243-JPは3億年に及ぶ機能を果たしてきたわけだ。温暖期と寒冷期の変化に晒されながら、彼らの堆積記録は推移している。気候変化に合わせて相変異や個体数変動があったのだろう。

外原研究員: 中生代に入り、恐竜が栄華を極めた時代に彼らの化石記録は数を増した。彼らは恐竜と鳥類の進化を支配した。彼らの動きは遅い。恐竜が歩を進めるよりも、鳥が空を飛ぶよりも遥かに遅い。しかしゆっくりと這い、時には飛び跳ねて、確実にやってくる。そして彼らは動物たちの認識の外から迫り、静かに穴を穿ち、彼らを作り変えていったことだろう。それが益か害かはともかくね。両極に氷床の存在しなかったこの温暖期に繫栄するというのは、彼らの相変異を見ればもっともだ。

外原研究員: [間] ただ、彼らが現代にも通じる真の繁栄を手に入れたのは、新生代に入ってからだ。恐竜が滅び去った後においても、彼らが猛威を振るった時期がある。

寺澤研究員: 中新世の寒冷化が始まるまで古第三紀は長きに亘って温暖でしたからね。特に不自然ではないかと。

外原研究員: ああ。だが1つ、彼らの個体数に関して無視できないスパイクがある。

寺澤研究員: スパイク?

外原研究員: 個体数が急増した時期があるということだ。陸棲巻貝群集のボーンベッドが、ガストルニスやオキシエナをはじめとする動物相と共に確認されている。夥しい数のカタツムリが巨鳥を囲むようにして堆積しているんだよ。約5,500万年前に彼らの個体数が爆発的に増加したとすれば、同時期に起きた大量絶滅とも決して無縁ではないだろう。

寺澤研究員: 5,500万年前 ⸺ PETM、暁新世-始新世温暖化極大ですか。

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外原研究員: そう。暁新世から始新世への過渡期。僅か数千年という、ヒトの文明でもどうにか間に合おうという時間スケールの中で、地球の平均気温は10℃から20℃も上昇した。人類を滅ぼしかねない猛烈な温暖化だ。地球全域の植生が変貌し、熱帯や亜熱帯の森林が日射量の乏しい高緯度地域にも出現するような、著しい大変動が起きた。

寺澤研究員: SCP-1243-JPは強烈な温暖化の中で数を増したと?

外原研究員: 彼らの振る舞いは高い温度環境だけに決定されるものではない、ということだろう。気温の変化速度にも感受性を示すのだとすれば、5,500万年前の異様なボーンベッドにも説明がつく。[間] そして、PETMで爆発的な増加を示したのであれば……。

寺澤研究員: 人類活動でも、ですか。

外原研究員: 私はそう思う。PETMは現代のアナログでもあるからね。今日の地球温暖化はその10倍の速度で進んでいる。新生代で最大の変動でもあった、かのPETMの10倍だ。彼らがこれに食いつかないはずがない。自然界で発生する以前に、日本生類創研が気付けたのは幸運だった。

寺澤研究員: 昨今の温暖化速度とヒートアイランドも踏まえると、人類社会に対する彼らの侵略がいつ起きても不思議ではありませんね。

外原研究員: [間] 侵略。侵略か。私が思うに、これは侵略ではないよ。人類が出現する遥か以前の理、単純な競争原理の下で営みを続ける者たちだ。頂点捕食者になったつもりでいた我々は、幾億年の昔から生態ピラミッドの下位に組み込まれていたんだよ。3億年も繰り返された生命の螺旋、生物圏の輪廻の中でね。

寺澤研究員: 我々は彼らの軛の下にあるとお考えですか。

外原研究員: 過去幾億年の生命がそうしてきたのだ。そして我々は自らの首を絞め続けてきた。原動力となる幼年人口は減少の一途を辿り、私のような老年人口はとめどなく増え続けている。代替案のない化石燃料は今この瞬間も莫大な二酸化炭素を立ち昇らせ、この星の表層環境は自浄作用を超えた領域に突き進んでいる。人類は地雷原の上に自らを晒し、地面を踏み鳴らして踊っている。破滅を運命づけられているようなものだ。

寺澤研究員: [間] 確かに人類は、この地球の表層を作り変えてきました。物質循環を変えて、資源を取り払って、温室効果ガスを排出して自然界に圧倒的な改変力を振るってきました。世界に灰を撒いたトバ火山も、凍て付くようなウルム氷期も、ネアンデルタールも、雄大な海流も、地球上のいかなる力も人類を止めることはできませんでした。

寺澤研究員: しかしだからこそ、人類の叡智を以ってすれば世界を変えられるのです。さらと撫でただけに過ぎないこの星の表層の範疇で、温室効果ガスの手綱はまだ取ることのできる領域にあると言えるでしょう。かつてのPETMとは違います。空の彼方の太陽放射の変動や、地の底に潜むテクトニックな異常でなく、我々の身から出た錆であるならば ⸺ その咎にケリをつけることは可能です。

外原研究員: 随分、楽観的じゃあないか?

寺澤研究員: 悲観することでもありません。選択圧の中で進化を遂げてきたのは、彼らだけではありません。我々は焔を手に取って自然界の猛威に抗い、地球史上類を見ない生存競争の申し子として、何者にも屈さずに生き抜いてきました。幾億年に亘って引き継がれた軛でも、我々は乗り越えられます。我々は霊長の精神を持ち、ヒトとして大地に立とうではありませんか。

<記録終了>

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