インシデント1280-JP-1での実体の消滅後、実体の所持していた機器が奇跡的に消滅を免れました。機器は、財団フィールドエージェントの標準記録端末に類似しているようにみられます。この機器は損傷が激しいものの、複数種類のデータを一部復元することができました。以下は復元されたデータの転写です。
Day 0
通過世界: 0 個
穴の大きさ: 5.5 m
平均ヒューム値: 1.0Hm
概要: (6629/1/14追記) 俺のもといた世界だ。比較のため追加する。
Day 1
平均ヒューム値: 0.071μHm
概要: 穴を潜り抜けたところ、平行宇宙と見られる別世界に到達。ZK-クラス相当の災害により壊滅している。頭上では真っ赤な太陽が不規則に動いてるし、地面は絶えず揺らめいている。景色も、薄闇に廃墟が続くばかりだ。不安は拭えないが、調査は始まったばかりだ。気を引き締めて取り組むとする。
(6628/12/25追記) もう1つの穴を発見した。直径は6.22m。繰り返し出現しているのか?
Day 2
穴の大きさ: 7.06 m
平均ヒューム値: 0.069μHm
概要: 穴の中にもう1つ別の世界があった。こちらもZK-クラス相当の災害により壊滅。そして、この世界にも穴が空いている。穴は繰り返し出現している可能性が高い。記載項目を追加する。
Day 4
通過世界: 3 個目
穴の大きさ: 9.11 m
平均ヒューム値: 0.053μHm
概要: 更に別の世界がある。やはりZK済み。各世界に穴があることから、繰り返し出現していることは確実だろう。
(6628/12/28追記) 今日初めて、この世界の住人と思われるモノを見た。現実性を失って、ぐずぐずの赤いスライムみたいだ。それは、俺が布をかけて葬ってやろうとしたら喋った。「耳を踏まないでくれ」と。喋った口は俺の後ろに落ちてた。……ああはなりたくない。
Day 9
通過世界: 6 7 個目
穴の大きさ: 18.44 m
平均ヒューム値: 0.033μHm
概要: 進むたび、次第に穴は拡大しているようだ。そして進めば進むほど世界は酷い有様になっている。今日は、人だった液体が混じり合った川を見た。それは一人一人が囁き合っていて、自分と他人の区別がついていないようだった。俺が近づくと、そいつらは俺のSRAの現実性に希釈されて、ただの肉のヘドロになって死んだ。
俺は、こうなった元凶の世界があるんじゃないかと思う。現実性0の世界。その世界は何もかも曖昧で、きっと世界の境目も曖昧なんだろう。その境目が繋がって、他世界の現実性が吸い取られているんだ。
Day 11
通過世界: 12 個目
穴の大きさ: 40[データ破損]
Day 12
通過世界: 16 個目
穴の大きさ: 約 50 m
平均ヒューム値: 0.016μHm
概要: 長さを計測できなくなった。これ以降は目視[データ破損]追記) 肉の雲が空に昇るのを見た。赤く綺麗に発光している。
Day 13
通過世界: 16 個目
穴の大きさ: N/A
平均ヒューム値: 0.015μHm
概要: 太陽が笑っている。五月蠅くて眠れない。今日は休息を取る。
Day [データ破損]
通過世界: 23 個目
穴の大きさ: 約200 約180 約 180, 200 m
平均ヒューム値: 0.009μHm
概要: 失態だった。1つの小さな穴で世界は滅ばない。穴は1つの世界に無数に空いていた。目視できるほど穴が拡大して、今日初めて気がついた。
つまり、予想以上に、あの穴でZKした世界は多い。一体いくつ滅ぼしたのか、検討がつかない。
あの穴は一体何なんだ!
Day [データ破損]
通過世界: 24 個目
穴の大きさ: 約 8, 25, 40, 80, 240, 250 m
平均ヒューム値: 0.006μHm
概要: 探してみれば、穴は無数にあった。財団施設だったと思われる廃墟に特に密集している。とても探しきれない。元凶に近い、より大きく、現実性の低い方へ入ることにする。
Day [データ破損]
通過世界: [データ破損]
穴の大きさ: 約 2000 m 分からない
平均ヒューム値: 0.000μHm
概要: 結論から書くと、元凶の特定は失敗した。今日遂に、カント計数器が負に振り切って壊れた。ポータブルSRAはこれ以上の低現実に耐えられない。一旦元の世界に戻り、ZKの連鎖を断ち切る方法を考える。SRAで囲む以上の方法を見つけねば。
Day [データ破損]
通過世界: [データ破損]
穴の大きさ: N/A
平均ヒューム値: N/A
概要: あれは穴じゃない。現実の無い、ただの空白の領域だと思う。その領域はいくつもの世界を蝕んで、現実性を奪って、肥大化するんだ。絵の具で白く塗りつぶすみたいに。
俺らの収容は、空白をSRAで塗りつぶし直してるだけだ。
他の宇宙の現実を汲み上げて、継ぎ足してるんだ。
こんなの、いつまで続くのだろうか。
Day [データ破損]
通過世界: 0 個目
穴の大きさ: N/A
平均ヒューム値: N/A
概要: N/A
<映像開始>
6分27秒間、くぐもった風音が録音されている。映像はホワイトアウトしており判別できない。
白い背景に男が映り込む。男は財団標準のフィールドエージェント装備に酷似した衣類を身に着けている。
男: [判別不能]…現実にいるうちに、どこかへ端末を届けられればいいんだが。
男: それはいい。手短に話す。
視界が揺れ、男の後方が映される。視界は完全な白色で埋め尽くされ、判別できるものは何もない。
男: 俺の世界だ。
再び男が映る。男は地面に腰を下ろし、映像の記録装置も地面に下ろされる。地面は赤褐色の汚泥のようであり、静かに波打ち、揺らめいている。置かれる瞬間、わずかに不特定多数の声が記録されている。
男: …こうなったことが分かってから、俺は必死にこの世界を調べた。ほとんど何も残っていない、空っぽの世界だ。だが、俺はなんとか真相にたどりついた。すべて遅すぎたが。
男は顔を伏せ、肩を震わせている。18秒間の沈黙。
男: ……無数のZK−クラスによる滅亡、無数のヒュームの穴を作り出した原因は、他でもない、財団だった。
男が顔を上げる。男の顔は苦悶に歪んでいる。
男: あの穴は、スクラントン現実錨だ。
男の手は震えている。男はゆっくりと、腰に下げた小型の機器を取り上げる。機器は赤く発光しており、財団標準の携帯型SRAに類似している。
男: こいつは別の世界から現実性を吸い取り、還元する。それは安全だと聞かされていた。現実性を失うのは俺らの宇宙じゃない、ちゃんと選定された、死んだ世界だ。だから安全だと。だが、そんなのちっとも当たっちゃいなかった。
男: 俺はいくつもの世界を巡って、残された現実性の研究資料を漁った。その中にはSRAの吸引先選定アルゴリズムの記載があった。曰く、いくらかの割合で、SRAは財団のあった滅亡世界を選定する。そこへワームホールを繋げるんだ。
男: 知ってるか?こいつの中には極小のワームホールが入っていて、別世界からの現実性の吸引に使われている。その生成法は特殊で、財団独自の技術が使われているらしい。この生成に痕跡はほとんど残らないが、ごく稀に、特徴的な痕跡が検出できる場合がある。
男: 俺はその痕跡を、あのヒュームの穴から検出した。
男は微かに笑い声を上げる。
男: 俺はいくつもの穴を調べて回った。確信が深まるだけだった。あの穴は、反対側から見たSRAだったんだ。吸われる側の気分が、ようやくわかったよ。
男: ……ことの始まりがどこかは分からない。何か、ひょっとすると滅亡後SRAによって現実性を失ったその世界は、あらゆる存在に牙をむいた。文明は滅び、人々は溶け…残された機器に、致命的なダメージを与えた。制御プログラムを破壊するようなダメージを。
男: そうして狂ったSRAは、無差別に現実性を貪った。ZKを連鎖させて、暴走したSRAを増やしたんだ。そうして穴は増えていった。12時間に1度の穴の拡大はその証拠だ。アレは周期12時間に設定された、SRAの標準自己メンテナンスによるものだ。ZKの連鎖は、SRAによるものだったんだ。すべて、おれらのせいだった。
11秒間の沈黙。
男: ……俺もみんなも、ただ生きたいだけだった。だが、ダメだった。俺らが啜っていたのは、どこかの宇宙の現実性だ。それは誰かの血肉だった。土だった。世界そのものだった。財団の有する█,███,███基のSRAは、全宇宙に存在する数千数万の財団は、そうやって間接的に、次々と現実性を奪っている。これからも、俺自身でさえも。
男が涙を流し、嗚咽する。
男: 俺も職員として、無数のSRAを使ってきた。ここまで来れたのも、携帯型SRAのおかげだった。だが…だが、俺にはもう、耐えられない。
男が機器に手をかけ、荒々しく機器を操作する。稼働音が急速に消え、機器の発光が消える。男の被服や表皮が揺らめき始める。
男: 俺は、これから穴を遡る。少しでも現実性のある方に進み、この記録を届ける。俺の現実性が保つまで。
男: 俺が見つけたSRAは、すべて停止させる。多元放送設備があれば、この記録を放送する。SRAの吸引先に選ばれた滅亡世界なら、SRAを通じて拾ってくれるはずだ。
この時点で男の左手第2指は脱落している。男の皮膚と衣服の融合が開始される。
男: …なぁ、頼む。SRAを今すぐ止めてくれ。それがこの悲劇の連鎖をくい止める、唯一の手段だ。これ以上、ZKの連鎖を続けないでくれ。頼む…。
男が嗚咽し、涙を流す。男の右目から瞼が脱落する。記録機器が拾い上げられ、男による操作音が録音される。この時点で男は全身の約4%を失っているようである。
男: 君らの世界では、こんなことを現実にしないでくれ。
<映像終了>
本記録を受けた調査の結果、現在財団で稼働しているSRAのうち、いずれかのK-クラスシナリオによって滅びた世界から現実性を吸引しているものは56%でした。また、そのうち言及のあった放送電波を大小問わず発しているSRAは、全体の22%に上ることが判明しました。
現在、この事実を受け、財団のSRAの活用を停止または縮小する提案が成されています。今日、もはや財団の収容体制はSRA無しでは成立しないことから、提案の無期限凍結が決定されました。
この決定を受けて、本オブジェクトの特別収容プロトコルは、SRAを多数用いたものに差し戻されました。担当職員は今後、SRAによる本オブジェクトの保護に注力してください。