アイテム番号: SCP-1349-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1349-JPはその性質上、固定的な収容は困難です。SCP-1349-JPの出現を確認次第、ゐ-833-1の対象となった人物を速やかに起床させる必要があります。SCP-1349-JPの出現に際し、ゐ-833に協力を求める場合、遠野妖怪保護区の管理課に許可を得る必要があります。詳細は遠野妖怪保護区指定マニュアルの54項を参照してください。
説明: SCP-1349-JPは、高齢男性の容姿を有するクラスⅣ霊的実体です。SCP-1349-JPの異常性は遠野相互指定対象1ゐ-833、"サッちゃん"(以下、ゐ-833)の異常性発現時に並行して確認されます。
ゐ-833の情報においてSCP-1349-JPの説明に際し、関係する部分を以下に参照します。全文は遠野相互指定収容保留対象記録を参照してください。
遠野相互指定対象ゐ-833(抄)
特性: ゐ-833は作詞阪田寛夫、作曲大中恩による童謡「サッちゃん」に由来する都市伝説である。
ゐ-833は本来存在しない4番目及びそれ以降に存在するとされる歌詞に起源を有しており、当日中に4番目を聞いた人間の元に出現し、鎌などの刃物でもって手腕部や脚部を切断する特性を有する。この特性の発生は伝播性を有しており、被害から逃れるには4番の歌詞が存在することを事実として複数名に伝達するほか、枕元にバナナの絵を置くなどの方法がある。
出現する実体はゐ-833の自律端末と推測されるため、現状ゐ-833-1として、子番号を付与されている。ゐ-833はこれらの存在を認識し、一部感覚及び情動の変化を共有している。出現場所の指定、時間の変更はある程度可能である一方で、どういった行動を選択するかなどの精密な制御、操作は困難であるとの証言を行っている。これら実体の行動はゐ-833に強い罪悪感を想起させており、ゐ-833の精神衛生に著しい影響を与えていることから、丙種巷説措置、対抗神話措置等、複数の抑制機構を使用することで発生の指向性を固定し、制限を行うことで発生確率の減少が試みられ、効果が確認されている。
現状: 遠野妖怪保護区新寒戸において他の都市伝説実体と同様に生活している。週に1回カウンセリングと状況報告が義務付けられている。
SCP-1349-JPはゐ-833が異常性を発生させると同時に、ゐ-833-1出現地点に出現します。ゐ-833-1はこの出現に対して恐怖、怯えといった感情を発露させる傾向にあります。SCP-1349-JPはゐ-833-1を観察すると、これまですべての事例において激昂する様子を見せ、出現時に有している物品2を用いてゐ-833-1に暴行を加えます。この暴行はゐ-833-1の霊的特性にかかわらず、ゐ-833-1に著しい損傷を与えます。これにより受けた損傷が一般的な人間において生命維持活動が不可能な段階に至ると、ゐ-833-1は消失します。ゐ-833-1の消失を確認した段階でSCP-1349-JPも消失し、血痕や破壊痕はこの段階で消滅もしくは回復します。一連のイベントは音声が確認されないため、ゐ-833-1被害者はイベントを関知しないことがほとんどです。
財団の調査により、SCP-1349-JPの外見は東京都に実在していた内田 ██氏であることが確認されています。内田氏は████年に死去しており、最初に確認されたSCP-1349-JPが同時期であることから何らかの関係があると推測され、周辺人物や、過去の経歴において調査が行われました。
以下は内田氏の調査と並行してゐ-833に対して行われた参考聴取記録です。聴取は遠野妖怪保護区との規定により保護区内で監督者立ち合いのもの行われています。また、ゐ-833はその起源により若年児童程度の表現を取る傾向があり、参考聴取はそれに考慮して行われたことに留意してください。
参考聴取記録1349-JP-01 - 日付 ████/██/██
担当者: 佐々木博士
対象: ゐ-833/へ-014(都市伝説、"紫ババア"に指定される実体。監督者として同室している)
«再生開始»
[事実確認のため省略]
佐々木博士: ゐ-833、あなたがSCP-1349-JPに覚えがない、つまりはこの画面の男の人を知らないということは事実、本当のことですか
ゐ-833: はい。知ってることはわたし、全部話したと思います
佐々木博士: 分かりました。ではこういった相手、人になぐられたりする理由は何か思い当たる、思いつきますか?
ゐ-833: 分かりません。わたしはいっつも、どっちかというとそっちに行くほうだから。わたしはいやなんだけど
佐々木博士: はい、あなたが他者へ危害を与える、……だれかに悪いことをすることを好まない、好きではないのは知っています
ゐ-833: でも、あの子がいないと、わたしがサッちゃんじゃなくなるってのは知ってます。だから、お薬とか飲んだり、色々してきたけど
佐々木博士: あなたががんばっていることは私たちも知っています。だからこそ、知っておきたいのです。この男の人はなぜあなた、正確には人に悪さをするあなたを襲っているのか
ゐ-833: 分からないです
佐々木博士: では聞き方を変えてみましょう。人に悪いことをするあなたと、今のあなたは同じことを感じることができるはずですが、男の人に襲われているとき、どういった感じがしますか?
ゐ-833: えっと、なんって言ったらいいのかわかんない、分からないですけど。痛くはないです
佐々木博士: 痛覚、痛みは共有しない、と
ゐ-833: それで、あとは、うーん
[へ-014が手を挙げる]
へ-014: 財団の方、少々いいですか?
佐々木博士: どうぞ。何か気付かれましたか?
へ-014: ええ。彼女は童謡の「サッちゃん」に起因する都市伝説です。つまり、童謡からイメージされる幼いサッちゃんを、都市伝説として現れる寝室の怪物が固めている、もしくはその一部が表出している、と表現できるかと思います。そこから考えられるのは、この男性が見ているのは寝室の怪物である"サッちゃん"とは違う、何らかの"サッちゃん"なのではないでしょうか? そもそも「サッちゃん」はサッちゃんの歌ではなく、サッちゃんを見る誰かの歌ですからね
佐々木博士: ……つまり、SCP-1349-JPがゐ-833に対しなんらかのイメージを想起している、と?
ゐ-833: 想起ってなんですか?
佐々木博士: 思い出すとか、思い起こすとかいう意味ですね
ゐ-833: それは、そうかも。悪いことをするわたしは、あまりびっくりしたりしないから。だからそれがびっくりするってことは、わたしが、びっくりしてる?
«再生停止»
へ-014による提言を受け、内田氏の調査内容を整理したところ、内田氏の友人である堀内氏から証言が得られました。以下は堀内氏に対して行われたインタビュー記録です。
インタビュー記録1349-JP-01 - 日付 ████/██/██
担当者: エージェント・足利
対象: 堀内 ██氏
付記: エージェント・足利は興信所の職員としてインタビューを行っている。
«再生開始»
堀内氏: とりあえず話だけは聞くけどさ。内田は悪いことできるような奴じゃないよ?
エージェント・足利: いえいえ、内田さん自身に関する調査ではないんです。業務上の関係詳しいことは話せないんですが、サッちゃんと呼ばれる人物について調べておりましたところ、その過程で内田さんの名前が上がってきたんですよ。差し支えなければで構いませんが、何かサッちゃんという名前で思い出すエピソードなどありませんでしょうか?
堀内氏: 女の子の名前かい? アイツは真面目な奴だったからね、カミさん以外に色目を使うようなことはないと思うが、……うーん、サッちゃん、なあ
[しばらく考え込む様子を見せるが、何かに気付いたように頷く]
堀内氏: 確か小さいころ、下の学年にそう呼ばれてた子がいたな。そういや内田とは家が近かったんじゃないか?
エージェント・足利: その方はどうされたのですか?
堀内氏: 詳しくは覚えてないが、いつの間にかいなくなってたな
エージェント・足利: 内田氏と何か関係があったのでしょうか?
堀内氏: 覚えてないなあ。そりゃ家も近いし昔のことだから、近所づきあいもあったんだろうけど。もしかしたら俺が知ってるより仲が良かったのかもしれないし、子どものことだからなんか他愛無いことをいつまでも覚えてるって話じゃないか?
エージェント・足利: なるほど、分かりました。お時間をいただきありがとうございました
堀内氏: いや、こっちもつっけんどんな言い方して悪かったね。暇な爺さんの話聞いてもらえてよかったよ
«再生終了»
調査報告: 内田氏の近隣集会所に設置されている共有パソコンを接収し調査したところ、webブラウザソフトにおいて"サッちゃん"に対する検索履歴が複数確認されました。この検索履歴以前に人探しに関連するサイト、戸籍調査に関係するサイトの閲覧が確認されるため、これらの閲覧履歴は内田氏がインタビュー内のサッちゃんを調査する目的で発生したものであると推測されました。また、"サッちゃん"に関係する検索履歴はその多くが都市伝説として流布された"サッちゃん"に関連するサイトへのリンクであるため、内田氏はこの段階で都市伝説としての"サッちゃん"に対する知見を得たと推測されます。
実験記録1349-JP
████/██/██、Dクラス職員を利用し、ゐ-833-1を出現させる実験が行われました。この実験は同時にゐ-833へその状況を視認させたうえで聴取を行い、SCP-1349-JPの行動理由を調査する目的で行われました。以下は実験の際確認された映像と音声の書き起こし記録です。なお、この実験はゐ-833により提案され、倫理部門及び上位管理部門の審査を受けたうえで実行されたことに留意してください。
実験ログ1349-JP-01(書き起こし) - 日付 20██/██/██
担当者: 佐々木博士
対象: ゐ-833/へ-014
«閲覧開始»
[実験に際し、Dクラス職員に「サッちゃん」の4番目を確認させたうえで実験室に就寝させる。担当者及びゐ-833、へ-014は別室にてモニタより映像を確認している]
佐々木博士: ではこれより対抗神話措置を一部解除します。ゐ-833、指向性の限定、ゐ-833-1を出す場所は大丈夫ですか?
ゐ-833: はい。だいじょうぶだと思います、ちゃんと見えてます
佐々木博士: 無理のないように、何かあればすぐに実験を止めますので我慢しないで言ってください。へ-014もよろしくお願いします
へ-014: 分かっています。こちらで無理と判断したら私が合図を出しますので
ゐ-833: できるだけ、がんばります。わたしがかかわってるなら、ちゃんとしておきたいです
[約30分省略]
[就寝したDクラスの周囲にゐ-833-1が出現。同時にSCP-1349-JPの出現も確認される]
佐々木博士: ゐ-833-1の出現が確認されました。同時にSCP-1349-JPの出現も確認されました。当事例における凶器はネイルハンマーです
[ゐ-833が激しく痙攣する。後の確認で巫覡による神憑りとの同一性が指摘される]
佐々木博士: ゐ-833、大丈夫ですか?
ゐ-833: さびしい、かな?
佐々木博士: さびしい? それはあなたがそう感じているのですか?
ゐ-833: わかんないです。でも、わたしはサッちゃんだから、サッちゃんは、そう思うのかな
へ-014: さびしい、で連想されるなら「サッちゃん」の3番のこと? サッちゃんが遠くに行っちゃうって歌詞
[へ-014にゐ-833反応せず、画面を見つめる]
ゐ-833: だ、だいじょうぶです。男の人が、わたしに何を見てるのか、悪いわたしから、来る、これ、何?
へ-014: サッちゃん、何が見えるの?
ゐ-833: ……サッちゃんは、ちっさいから、そう、そうなんですね、内田のお兄さん
[ゐ-833、ゐ-833-1の口唇が同期しているのが確認される。SCP-1349-JPが驚く様子を見せる]
ゐ-833: 内田のお兄さん、わたしを助けようとしてるんですね。あなたの"サッちゃん"とは関係ないのに。噂話がサッちゃんをわたしにしちゃったから、それにあなたのサッちゃんを重ねてしまったんですね。きっと、わたしの中にそのサッちゃんはいます。そしてそのサッちゃんは、内田のお兄さんを忘れませんでした。きっと、忘れませんでした。だから、もう止めた方がいいんです、内田のお兄さん
[SCP-1349-JPが深くかぶりを振り、ネイルハンマーを持ち直す。ゐ-833が消失、実験室内のゐ-833-1に置換されたものと推測される。この段階で佐々木博士の判断において実験中止が宣言され、Dクラス職員の起床措置が行われるものの、Dクラスは起床せず、実験室内への侵入も不可能になっている]
ゐ-833: ダメです、お兄さん、わたしは今あなたを見てしまった。あなたを見たことで、あなたは「サッちゃん」の中の「ぼく」になってしまいます。わたしとあなたはこれまであなたのサッちゃんを通してしか見えていなかった。でも、今わたしはあなたを知ってしまった。虚像のサッちゃんを通じて透かし見ていたものが相互に認識してしまった。もう、止められないんです、だから、その前に逃げてください
[SCP-1349-JPが頭を抱える仕草を見せる。映像に不明なノイズが混入し、音声に都市伝説として流布する「サッちゃん」の4番目が流れ始める]
ゐ-833: ああ、わたし。あなたの脚は欲しくないのに
[SCP-1349-JPの容貌が拡散し、ゐ-833と同様のものに変化する。直後、映像が断絶する]
不明な人物3: さびしい
«閲覧停止»
映像の断絶後、実験室内への侵入が可能となりました。実験室内には意識不明のゐ-833とDクラス職員のみが存在していました。ゐ-833はその後、財団医療部にて意識を取り戻したものの、実験及びSCP-1349-JPに関連する記憶を一切喪失していることが確認されました。また、SCP-1349-JPはこの実験以降発生が確認されておらず、一定期間を経てNeutralized申請が行われる予定です。
井上博士の提言(抄)
今回発生したSCP-1349-JPの消失については非常に興味深い事例であるかつ、今後の遠野相互指定対象を初めとする"都市伝説"といった分類に属する存在に対する収容方針を再度確認する機会になったと考えられます。
まず、今回の事例について整理していきたいと考えます。今回の事例を端的に説明すればゐ-833、"サッちゃん"を襲撃する霊的実体、SCP-1349-JPが消失したと言えるでしょう。しかし、その中で考慮すべきはSCP-1349-JP(ここでは便宜的に生前の内田氏も同様に呼称します)が幼少時の経験から童謡の「サッちゃん」に登場する「ぼく」へ自らを投影していた、実体験としてサッちゃんを内在化していたという点です。老境に入ったSCP-1349-JPは偶然からサッちゃんの都市伝説に触れ、噂話の部分ではなく、実際に存在する歌詞の部分に自らの実体験を重ねてしまったものと推測されます。幼いころに去って行ってしまった少女を「サッちゃん」の歌詞に重ね、それでいて凶暴な噂話によって変質した"サッちゃん"に怒りを覚え、死後その行動を妨害していた。これがおそらくはSCP-1349-JPの倫理経路であったと推測されます。
ここで話を全体としての事例へ変更します。"都市伝説"と通例の"妖怪"が異なる点として挙げられるのはその話題性ならびに実在性でしょう。"妖怪"は昔話の性質を持つことが多いものであり、もちろんそれに類さないモノも多く存在し、他の枠組みと混在するモノも多くありますが、基本的には"作り話"でありキャラクター、"事実でない話"と捉えられるでしょう。一方で"都市伝説"は伝説と名が表すように、基本的には"事実"として扱われます。しかし、その性格を以ってなお、特に強調されるのが"事実から派生/発生した事実でない話"であるという点です。当事例を含める"都市伝説"への研究、実験に対してはこの矛盾認識を強く持つことが必要であることは後述します。
今回関連したゐ-833、"サッちゃん"は阪田寛夫の歌詞が存在し、その歌詞に続きがある、歌詞のモデルになった少女は死んでいる/病気である、ふざけて歌った子が列車事故に遭い下半身を喪失した、などという噂話に存在を担保されています。無論、これらの噂話は根拠のない流言飛語であり、「サッちゃん」に4番目以降の歌詞は存在しません。ですが、SCP-1349-JPとゐ-833は"サッちゃんが存在したという事実から派生した事実でない噂話"を通じ関係性を手に入れました。ここで上述の"都市伝説"が持つ特性を確認しましょう。今回の場合、SCP-1349-JPは"実体験を持って"ゐ-833に接触しました。ここまでであればおそらく問題は無かったのだと推測されます。それは一方的な"事実"の発生なのですから。しかし、この実験を経てゐ-833、"事実でない話"の側が実体験を有したSCP-1349-JP、"事実"を認識してしまったのです。
そこで発生したことはおそらく矛盾の正当化でしょう。事実でないはずの存在に干渉する事実が相互に確認してしまった。"矛盾であることで存在を保つ都市伝説"にその正当性が求められてしまったのです。そして、都市伝説の側は自らの側を希釈するのではなく、相手を取り込むことを選択した。つまり、"SCP-1349-JPは事実でないゐ-833に必要な事実として吸収されてしまった"。矛盾を解消するためでなく矛盾の構造の一部として取り込まれたのであると推測されます。
これはどういった問題を想起させるでしょうか。我々は往々にして事実でないものに対して、それが事実として向かっていく必要があります。つまりはSCP-1349-JPが吸収された構図と同様に、事実であるが故に、事実でないものに対して脅威を与えられる構図が生まれてしまうのです。もちろん、今回の事例が非常に特殊なものであることは明白です。しかし、もし姦姦蛇螺に対し、同様の呪的技術を経験した人物が対応すれば、もしコトリバコに対し旧家の因縁を持つ人物が対応すれば、同様の事態が発生する可能性はあります。
我々はフォークロアに過ぎない"都市伝説"を軽視する風潮があります。無論、適切な装備、知識で当たれば人類の脅威としては低いでしょう。しかし、再度その危険性を評価する必要があるのではないかと考えます。我々が相対しているものはキャラクターではなく、構造かもしれないのですから。