クレジット
タイトル: SCP-1370-JP – エデンは遠く
著者: ©ykamikura
作成年: 2018
ターゲットに接近した発症者の心臓の様子、心拍数の異常な上昇が見られる
アイテム番号: SCP-1370-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 医療機関に潜入中のフィールドエージェントはSCP-1370-JPの兆候を示す患者をリストアップし、そのターゲットと共にレベル3監視下に置きます。
SCP-1370-JPの発症が認められた場合、発症者にはカバーストーリー「エラータイプ認定」が適用されます。感染が認められた場合、ターゲットにも同様に適用します。
研究班の要請があれば、最長72時間まで観察実験が認められます。この際、発症者およびターゲットが暴力的になる可能性があるため、フロント医療機関の隔離病棟で行って下さい。
本プロトコルの改訂には、O5評議会の許可が必要です。
説明: SCP-1370-JPは原因不明の精神障害です。10~20代の若年層が多いこと以外には、発症者に遺伝的、環境的な共通点は見られません。当初は反社会的人格障害等の通常の精神障害と混同されていましたが、201█/█/██、人間心理研究所により後述の特徴が発見され、ナンバリングに至りました。完全な予防は困難ですが、発症者数は全世界でも年平均10名程度であり、脅威度は低いと考えられています。統計は医療部門のデータベースに保管されたファイルSCP-1370-JP-Reportを参照して下さい。
SCP-1370-JP発症者はある特定の個人(以下、ターゲット)に対して、異常行動を繰り返すようになります。ターゲットに指定されるのは、年齢が近い異性が多くを占めますが、稀に年齢が離れた異性や同性が指定された例も存在します。個人差はあるものの、異常行動は時間経過に比例してエスカレートする傾向があり、発症者およびターゲットは生活に支障をきたすことになります。
初期症状(発症直後)
1. 常にターゲットについて思考するようになる。
2. 必要がないにも関わらず、ターゲットに接近やコミュニケーションを試みる。
3. それに成功した場合、急激な心拍数の上昇、発汗、顔面が赤みを帯びる等の生理不調を起こす。
中期症状(発症から平均27.5日経過)
初期症状に加えて、
1. ターゲットの市民評価に対して、無根拠な高評価を行う。
2. 必要がないにも関わらず、ターゲットに学習や業務の援助、物品や配給ポイントの譲渡を行う。
3. ターゲットが自分以外の異性とコミュニケーションを行うと、不快感を覚える。
末期症状(発症から平均53.2日経過)
初・中期症状に加えて、
1. ターゲットへの接近とコミュニケーションの欲求がさらに高まり、エリア侵犯等の違法行為もためらわなくなる。
2. ターゲットへの異常行動を妨害されると強い怒りを覚え、多くの場合暴力を用いてでも抵抗する。
3. 自らの異常行動が正常と思い込み、一般常識の方が誤っていると主張するようになる。
SCP-1370-JPと通常の精神障害との最大の相違点は、ターゲットへの感染性です。感染のメカニズムは研究中ですが、発症者の異常行動に巻き込まれた回数に比例して、感染確率が上昇することが判明しています。感染したターゲットは発症者の異常行動を拒まなくなり、症状が進行すると発症者に対して同様の異常行動を試みます。
発症者および感染したターゲットの脳を検査した結果、前頭眼窩皮質周辺の異常な活性化が確認されました。これに伴い、HPAアクシスからオキシトシン、テストステロン、ドーパミンなどの脳内ホルモンが大量に分泌されており、異常行動の誘因になっていると考えられます。この状態は麻酔薬や精神刺激薬の中毒状態に近く、症状にも類似点が見られます。一例として、異常行動を妨害されると暴力的になる症状は、薬物中毒における離脱症状に相当すると考えられます。
研究主任の戸神博士より、発症者および感染したターゲットの心理分析を目的とした、長期観察実験が申請されています。申請されていましたが、研究優先度の低さ、および長期間の接触でSCP-1370-JPがターゲット以外にも感染するリスクが排除しきれないため、O5評議会判断により却下されました。
診療ログSCP-1370-JP-████: 問診部分からの抜粋
患者: 斎藤一貴氏(男性、22歳、市民区分・ブルー/Lv2、エリア-M██████配送センター職員、ターゲットの山下美奈さんと共に末期症状と診断されている)
担当医: 戸神博士
日付: 201█/██/█
〈前略〉
斎藤氏: 何だ、あんたらは。エリア警備じゃないのか? 美奈をどこにやった!〈15:07:53〉
戸神博士: 我々は医療センターの者です。ご心配なく、山下美奈さんも当センターで保護していますよ。〈15:07:59〉
斎藤氏: 医療センター? 俺たちに何の用があるんだ。〈15:08:08〉
戸神博士: あなたと山下さんは、ある病気に罹患している可能性があります。速やかに保護する必要がありました。〈15:08:13〉
斎藤氏: 病気? 俺と美奈が?〈15:08:21〉
戸神博士: 現時点では断定できません。診断のために、いくつか質問させて頂いてよろしいでしょうか?〈15:08:24〉
斎藤氏: それで美奈に会わせてくれるなら。〈15:08:32〉
戸神博士: はい、お約束します。では、お二人が初めてお会いしたのはいつですか?〈15:08:35〉
斎藤氏: ええと、2ヶ月ぐらい前だったかな。女性エリアの食料配給センターへ配達に行ったんだ。何でも人手が足りないらしくて。そうしたら、美奈が受付に配属されていて……いや、違うか。本当に初めて会ったのは、初期教育センターにいた頃だ。女子のセンターとの合同授業で一緒になったんだ。一目で思い出したよ。〈15:08:42〉
戸神博士: と言うことは、10年以上も前ですね。失礼ですが、人違いという可能性は?〈15:09:05〉
斎藤氏: いやいや、間違いないって。美奈も俺のこと覚えてたし。嬉しかったな。〈15:09:12〉
戸神博士: 嬉しかったのですか?〈15:09:18〉
斎藤氏: ああ、それが何か?〈15:09:22〉
戸神博士: いえ、分かりました。あなたはそれから山下さんに対して、どう接したのですか?〈15:09:25〉
斎藤氏: あれ以来、仕事で会う度に色々話すようになった。でも、しばらくしたら人手不足が解消して、俺は元のルートに戻されちまった。だから、仕事がない時にこっそり会えないかと、美奈に相談したんだ。〈15:09:33〉
戸神博士: 山下さんはどう返答しましたか?〈15:09:44〉
斎藤氏: 喜んでたぜ。あいつも同じことを考えてたらしい。〈15:09:48〉
戸神博士: その頃にはもう感染していたか。〈15:09:56〉
斎藤氏: 何だって?〈15:10:01〉
戸神博士: いえ、お気になさらず。それで、プライベートでも会うように?〈15:10:03〉
斎藤氏: ああ。〈15:10:09〉
戸神博士: それが違法行為であることは、自覚していましたか?〈15:10:11〉
斎藤氏: それは……まあな。だから、センサーの薄い所をくぐり抜けて会いに行った。美奈に迷惑が掛からないよう、俺が女性エリアへ行く形でな。あいつは、すまなそうにしていたが。〈15:10:15〉
戸神博士: なるほど。そうまでして会って、具体的に何をなさったのですか?〈15:10:25〉
斎藤氏: いや、特にこれと言ったことは。人に見られないように、美奈のヴィークルを俺が運転して、あちこち回りながら、色々な話をしたり。〈15:10:30〉
戸神博士: 保護される直前に、お二人がしていた行為は何を意味するのですか?〈15:10:38〉
斎藤氏: 何のことだ?〈15:10:43〉
戸神博士: お互いの口唇を接触させていたでしょう?〈15:10:46〉
斎藤氏: 何だ、見てたのかよ。うん、まあ、自分でもよく分からない。美奈と二人で海を見ていて、気が付いたらそうしていたんだ。どうして、あんなことしたんだろう。〈15:10:50〉
戸神博士: 山下さんはどう反応しましたか?〈15:11:03〉
斎藤氏: 少し驚いていた。でも、嫌がってはいなかったと思う。俺がもう一度やろうとしても、逃げなかったし。そこへ、いきなり妙な奴らが現れて、ごついヴィークルに押し込まれて……さあ、後はもういいだろ。美奈に合わせてくれ!〈15:11:07〉
戸神博士: 斎藤さん、落ち着いてお聞き下さい。〈15:11:25〉
[戸神博士、SCP-1370-JPについて説明]
斎藤氏: ち、違う! 俺も美奈も、病気なんかじゃない!〈15:12:10〉
戸神博士: では、根本的なことをお聞きします。あなたはどうして、山下さんに会いたいと思うのですか?〈15:12:14〉
斎藤氏: それは……う、上手くは言えないが、美奈が一緒じゃないと、居ても経ってもいられないんだ!〈15:12:19〉
戸神博士: 説明不能な衝動に駆られている状態、それは即ち精神障害では?〈15:12:24〉
斎藤氏: くそっ! 人をエラータイプみたいに言いやがって。ああ、そうだ。以前から薄々感じていたが、やっぱりそうだ。間違っているのは、この世界の方だ!〈15:12:31〉
戸神博士: ほう、具体的にどのような点が?〈15:12:42〉
斎藤氏: そもそも、どうして男と女が分かれて暮らさなくちゃいけないんだ!〈15:12:46〉
戸神博士: それはもちろん、効率のためですよ。男性と女性では得意分野が違いますから。〈15:12:51〉
斎藤氏: それだけじゃない! 遺伝子で生殖相手を決めたり、子育てを機械にやらせたり、おかしいと思わないのか? 挙句の果てに、年齢上限が来たから死ねなんて。〈15:12:57〉
戸神博士: なぜですか? どのシステムも社会実験で有用性が証明されています。〈15:13:08〉
斎藤氏: 違う、違う、こんなの間違ってる。美奈に会わせてくれ。俺は美奈を、美奈を。〈15:13:14〉
戸神博士: 斎藤さん?〈15:13:22〉
斎藤氏: 俺は美奈をどうしたいんだ。何でこんなに胸が苦しいんだ。〈15:13:25〉
〈後略〉
付記: 両名のカバーストーリー適用と終了処理は問題なく完了しています。
以下の認証ダイアログは、O5評議会から専用パスコードを発行された職員の端末にのみ表示されています。適切な対抗ミームの摂取を行わずに不正アクセスを試みた場合、ミーム抹殺エージェント″Gott ist tot″により致命的な人格破壊を招きます。
» 閲覧者の生命活動継続を確認中…
» 職員コード確認中…
» 旧プロジェクト・ニーチェ本部サーバーの応答を待機中…
» 照合が完了しました。SCP-370Y-Reportを展開します。
» 添付されたメッセージ:O5-12就任おめでとう。まずはこれを読んでくれ。
5/370Y LEVEL 5/370Y
CLASSIFIED
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Item #: SCP-370Y
Object Class: Keter Yesod
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特別収容プロトコル: SCP-370Yの収容方法は確立されていません。SCP-370Yを肉眼で視認してはいけません。曝露者は実験の検体を除き、即座に終了して下さい。全ての財団職員および保護した未曝露者の外出は、サイト管理官の許可が必要です。やむを得ず外出する場合は、カメラを通して外界を視認できる環境を整えるか、宇宙探査サイト-U2からの情報を元にSCP-370Yを視認する恐れがない時間帯に行って下さい。
説明: SCP-370Yはサイズ約4800km×3600km×40kmの非実体存在です。2018/12/24、衛星軌道付近に突如出現し、以降同軌道を周回し続けています。常に光度約3.6×10^20lmで発光していますが、その光は「非常に柔らかい」と形容され、長時間直視しても生物の視覚に損傷を与えません。宇宙探査サイト-U2の空間分析システムによると、周囲にワームホールに似た強力な空間歪曲が常時構成されています。分析詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
SCP-370Yを肉眼で視認した人間(以下、曝露者)は、SCP-370Yを唯一神であると思い込み、盲目的な信仰心を抱きます。また、他者にもSCP-370Yへの曝露を強要するようになります。初期は勧誘等の穏やかな手段を用いますが、拒否され続けると次第に脅迫的になり、最終的には″異端者″と見做して殺害しようとします。この効果はいかなるレベルの記憶処理でも解除できないことから、一時的な精神操作ではなく、人格を根底から再編していると考えられています。曝露者の診断ログは[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
ごく稀に、SCP-370Yを視認しても異常性に曝露しない人間が存在します。現在までの実例では、反社会的人格障害等の精神障害の患者に多く見られ、より詳細な条件を特定中です。
諜報局統計部のシミュレーションによれば、本リビジョン編集時点で全人類の約48%が異常性に曝露していると考えられており、O5評議会はAK-クラス″狂気″シナリオ、またはSK-クラス支配シフトシナリオが進行中と判断しました。これを受け、財団はヴェール・プロトコルを全面放棄、未曝露者の保護、人類の独立性の維持を最優先に活動を開始しました。
SCP-370Yの本質については研究者間でも見解が分かれていますが、以下の3説が主流です。
1. 精神生命体であり、曝露効果は一種の寄生、または繁殖行為である。
2. 異世界、または高次元のポータルであり、曝露効果はポータル先の知的存在による侵略行為である。
3. 未知の法則に従っているものの単なる自然現象であり、いかなる意図もない。
タイムラインレポート抜粋:
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国際超常組織協力条約(UNCEOCT)に基づき、参加GoIとの協力体制が確立しました。
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対策本部より大規模実験計画が提唱されました。計画詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
1. 人間心理研究サイト-044を中心に実験エリアを構築。
2. 多数のDクラス職員に記憶処理を行い、反社会的人格障害を中心に様々な精神障害を再現。
3. 被検体にSCP-370Yを視認させ、曝露耐性の正確な条件を特定する。
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O5評議会により計画が承認されました。以降、本計画はプロジェクト・ニーチェと呼称されます。
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機能不全に陥っているサイトが予想以上に多く、実験に用いるDクラス職員が不足しています。倫理委員会は本人の志願を前提として、他クラス職員、提携GoI構成員、民間人の実験参加を容認しました。
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アメリカ・ヨーロッパの曝露者たちが新国家「ニュー・エルサレム」の建国を宣言しました。フィールドエージェントによる潜入調査は困難なため、ドローン偵察や通信傍受を中心にした諜報活動が行われます。作戦詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
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研究班より第1次報告。曝露耐性の条件として、他者への共感性の欠如、無神論的な思想等が有力視されています。今後は耐性を備えることに成功した被験者を分析することで、より詳細に耐性条件を特定します。
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〈緊急〉ニュー・エルサレムが全ての他国家に対して宣戦布告、核弾頭搭載ミサイルによる攻撃を開始しました。
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〈緊急〉サイト-09、サイト-11、サイト-15、サイト-23、サイト-38、サイト-62、サイト-76、 サイト-8181、サイト-8125、サイト-8140、サイト-145K、サイト-724K、サイト-CN-07、サイト-CN-14、サイト-Aleph、サイト-Lamedh、サイト-アスクレピオ、サイト-ミネルヴァ、サイト-DE12、太平洋サイト-P1からの連絡が途絶しています。サイト-04、サイト-14、サイト-17、サイト-19、サイト-26、サイト-39、サイト-67、サイト-70、 サイト-8109、サイト-8170、サイト-81KA、全ての南極サイトが機能不全に陥っています。被害状況詳細は[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
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〈緊急〉O5評議会より、全職員へ通達。[⊘ファイルにアクセスできません]を参照して下さい。
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〈未検閲〉SCP-370Yの曝露耐性が判明した。愛を持たないことだ。
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〈未検閲〉愛こそが、あの偽神の感染媒体だ。奴が人類の歴史に干渉していた証拠はない。しかし私には、全てが奴の布石であったような気がしてならない。″愛は寛容であり、愛は親切。また人を妬まない″、か。まったくだ、クソッタレ。人類が奴の一部に成り果てた世界には、拒絶も打算も格差もないだろうよ。まさに完璧な楽園だ。
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〈未検閲〉どうせこんなもの、もう誰も見ていないし、戯れにオブジェクトクラスを変更してみた。Yesod、セフィロトの樹で「基礎」を意味する。そう、奴は人類の敵じゃなかった。奴こそ、我々の基礎だ。
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〈未検閲〉O5評議会がニュー・エルサレムへのペイルライダーの散布を決定した。人間にしか感染しない、1ヶ月で宿主もろとも不活性化、恐怖のT-ウイルスも随分扱いやすくなったもんだ。アルトやケインがこの場にいたら反対しただろうか、賛成しただろうか。
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〈未検閲〉O5-12に就任した。面倒だが、他に適任者がいないので仕方ない。明日、初会合に臨む。今更、何を話し合おうというのか。
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〈未検閲〉そうまでして、我々は生き続けなければならないのか。何のために?
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ここからは、現在の私が説明しよう。
表向きは人間心理研究所が発見したことになっているSCP-1370-JP だが、我々は当然最初から知っていた。実際は情報解禁と言った方が近いだろう。
親子愛を初期教育センターで、友愛を市民評価で、夫婦愛を遺伝子提供でという具合に、ありとあらゆる愛の芽を摘み取っている我々だが、唯一摘み取りきれていない愛、それがSCP-1370-JPだ。前時代なら″恋愛″と呼ぶだろう。性別エリア制でも全ての男女を完璧に隔離はできないし、稀とは言え同性間で発生するケースもある。
つまりSCP-1370-JPはある意味、異常でも何でもない。愛を思い出しかけた人間が起こす、極めて自然な行動だ。そう言われても、君には何が何やらだろう。愛とは何なのか? 何らかの心理状態を示すらしいが、どうしてそれがターゲットに″感染″するのか?
それでいい。それこそプロジェクト・ニーチェが成功した証だ。ただ前時代には、そういう概念があったとだけ理解しておけば十分だ。それどころか、愛こそ人類の基礎であり、何よりも尊いと信じていた。ま、私は少しだけ疑っていたがね。
ペイルライダーの猛威が収まった頃合を見て、恐る恐るサイトから出た我々が目にしたのは、静まり返った世界だった。だが、SCP-370Yはどこにもいなかった。宇宙探査サイト-U2からの連絡が途絶えていたため、経緯は未だに不明だ。
曝露者という餌を失い地球を去った、あるいは滅びたと考える者もいた。だが大多数の者は、そこまで楽観はできなかった。高次元カタツムリが、一時的に角を引っ込めているだけかもしれない。もしそうならば、このまま世界を再建しても、また奴の餌食になるだけだ。宇宙への脱出、地下都市の建造、様々な案が出たが、どれもコストや将来性から現実的ではなかった。
最後に残った手段は、愛という概念を永遠に捨てることだった。
まず世界中に文明解体微生物の改良型をばらまき、前時代の痕跡を消し去った。次にヒト科複製機の催眠教育プログラムから、愛に関するものを削除した。愛無しでも文明を維持・発展させる社会モデルの構築には苦労したが、これもエウダイモニアの研究を参考に達成した。
新人類の文明再建が一段落したのを見届けて、我々自身もΩクラス記憶処理を受けた。愛、神が築き上げた基礎を捨て去ることで、ようやく人類は人類のためだけの世界を手に入れたのだ。
愛を捨てたことには、予期せぬ副次効果もあった。人類は無駄な執着や争いを止め、より効率化した。人類の文明レベルはすでに前時代を追い越している。核融合発電、軌道エレベーター、群体ナノマシン、全て前時代にはなかったものだ。火星のテラフォーミングも、間もなく完成するらしいじゃないか。素晴らしいことだ。
結局、人類にとっては、愛など最初から不要なノイズでしかなかったということか。そうかもしれない。父が苦しんだのも、娘を愛していたせいなのだから。だが、それでも、私には辛い。愛が失われた世界を、これ以上見続けることは。親の顔も知らずに育つ初期教育センターの子供たちを見ていると、どうしようもなく前時代が懐かしくなってくる。
唯一摘み取りきれなかった愛、恋愛ことSCP-1370-JPの特別収容プロトコルも上手く回っている(まあ、個人的には記憶処理でいいような気もするが、時代遅れの老人は口を挟むまい)。問題ないだろう。この体質のおかげで、前時代を、愛を記憶し続けるという役目を続けてきたが、そろそろ家族や友人たちの所へ、
ああ、この言葉も理解できないのだろうね。それでいいのだ。後をよろしく頼む。くれぐれも、人類が愛を思い出すことがないように。
確保・収容・保護。
PS. やれやれ、真面目なことばかり書いたから疲れたよ。君もあまり根を詰めすぎないように!