クレジット
タイトル: SCP-1394-JP - 「水」は『洪水』の「水」
著者: Tutu-sh
作成年: 2024
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SCP-1394-JP収容房
アイテム番号: SCP-1394-JP
オブジェクトクラス: Ticonderoga
特別収容プロトコル: 天然条件下で発見されたSCP-1394-JPは基本的に収容を必要とされません。研究に新たなSCP-1394-JP標本が求められる場合、必要な最低限の標本を確保してください。SCP-1394-JP標本の確保に際し、皮膚・粘膜の直接接触は避けてください。
確保されたSCP-1394-JP標本は低危険度物品輸送手順に則ってサイト-01WPに輸送されます。保管されたSCP-1394-JP標本はそれぞれ枝番号を付与され管理されます。SCP-1394-JP標本の保管はサイト-01WPの地下収蔵庫、異常性に関連する実験は地上施設で実施してください。
SCP-1394-JPの性質が一般社会に露見した場合、記録の抹消あるいはカバーストーリー「疑似科学」の適用が実行されます。
追記: SCP-1394-JPへのインタビューを実施する場合、原則として専用対話端末を利用してください。
SCP-1394-JP-JP標本の例
説明: SCP-1394-JPは地下500m以深での分布が確認されている、知的生命体に類似する振る舞いを示す試料です。SCP-1394-JPはエネルギーの授受や自己複製あるいはそれに類する現象を実現可能な一方、代謝産物の生成や細胞の存在が確認されていないため、地球上の生命と祖先-子孫関係を共有する存在としての分類は行われていません。
SCP-1394-JPの異常性は本来不導体である岩塩体へ電気伝導性を付与し通電していること、標本間でのモーフィックフィールドを成立させていることの2つに大別されます。この2つの異常性により、SCP-1394-JPは知的生命体に類似する高速度での思考を処理し、遠隔標本との意思疎通や意識の統合・分割・移動を実現しています。またこの2つの性質により、動物がSCP-1394-JPに接触した場合生命に危険が及びます。
1. 電流の発生と電気伝導性の付与
SCP-1394-JPは未確認の粒子がNaCl結晶に吸収されていると見られ、電子の励起が発生しています。これによりSCP-1394-JPは同温・同質量の岩塩と比較して高い内部エネルギーを有し、高エネルギーの電子を結晶体内で移動させることによりNaCl結晶でありながら導体として振る舞います。推測される機能は地球生物の電気的活動を彷彿とさせますが、電子の授受を経て思考・行動に帰結する過程は不明です。SCP-1394-JPは既知の多細胞生物と比較して有意に運動性が低い一方、前述した内部の電子移動により高速度での思考を処理しています。
2. モーフィックフィールドの形成
SCP-1394-JPは各標本間の結晶構造の類似性を媒介し、モーフィックフィールドと呼称される場を形成しています。モーフィックフィールド内においては各標本の電気的活動が同期し(シェルドレイクの仮説における「共鳴」)、標本間の通信・意思疎通が可能となります。SCP-1394-JPのモーフィックフィールドは地球全域を被覆する球状、あるいは少なくとも地殻と一致する球殻状に分布すると推測されます。
ヒトは基本的にSCP-1394-JPのモーフィックフィールドを適用されないためSCP-1394-JPとの意思疎通が平常時において成立しません。ただし、SCP-1394-JPと神経系の集中する部位を介して素肌で接触した場合、ヒトも電気活動を媒介するモーフィックフィールドの適用対象となります。当該部位は末梢神経系が多く分布する指を含む手・唇・舌など、また中枢神経が近傍に存在する頭部(頭皮)・頸部・背部が該当します。
モーフィックフィールドの適用範囲に含まれたヒトはSCP-1394-JPと同期する電流により神経系の電気的活動が攪乱され無力化します。またこれを経てSCP-1394-JPがヒトに意識を転送し、肉体の支配が可能となります。SCP-1394-JPによる対象の支配はモーフィックフィールドの遮蔽(肉体からの岩塩結晶体の解放)によって終了可能ですが、一度SCP-1394-JPに制御された対象は脳死に至り、制御解除後も恒久的に回復不能となります。
SCP-1394-JPとの対話手段を確立するため、財団は業務用ノートパソコンに回線の複雑化をはじめとする改造を施し、対話用専用端末に使用しています。SCP-1394-JPとの対話は基本的に音声媒体で行われます。
SCP-1394-JPの異常性が一定以下の体積において喪失することから、物理的手段(加熱・力学的破壊)あるいは化学的手段(溶媒への溶解)による無力化が可能と見られます。これはサイト-01WPの建設時に採取されたサンプルおよびそれらを用いた実験に基づいて確実視されています。
発見経緯: SCP-1394-JPはアメリカ合衆国エネルギー省の監督下で建設された核廃棄物隔離試験施設(WIPP)で発見されました。WIPPは、岩塩の持つ物理的可塑性に注目し、地下655mに位置する地質学的に安定した層厚約1kmの岩塩層を用いて放射性廃棄物の恒久的保管を目的とする施設でした。WIPPは米国エネルギー省により立案され、1980年代に竣工に至り、その後半に調整が行われました。
最初に発見されたSCP-1394-JPの異常性は接触者への感応作用でした。1988年、地下の岩塩に接触したWIPP作業員の態度が急変し、また手を離すと同時に意識を失いその後死亡する事案が発生しました。当該事案は米国エネルギー省に潜入中であった財団エージェントの注意を引きました。エージェントから報告を受けた財団は同省と協議の上、表向きにWIPPを同省の管理下に置きつつ財団サイト-01WPとして買収・改組しました。
以下は初期収容時に実施されたインタビュー記録の抜粋です。他のインタビュー記録の閲覧を希望する場合はインタビューアーカイブにアクセスしてください。
対象: SCP-1394-JP-1
インタビュアー: フィリップ・ブリーランド博士
実施日: 198█/██/██
付記: 対話手段としてD-31145を使用。
<抜粋開始>
ブリーランド博士: はじめまして、SCP-1394-JP-1。
SCP-1394-JP-1: はじめまして。この言語は英語ですね。
ブリーランド博士: いかにも。あなたに英語話者との対話経験があることは把握していますので。
SCP-1394-JP-1: ええ。私たちはあなた方やその他の多くの動物と物理的に接することで会話できます。この時代であなた方とお話ししたのも、あなた方のお仲間が私たちに触れたからでした。そして、その出来事をあなたもご存じなのですね。
ブリーランド博士: ええ勿論。記録がありますから。ここの構造物を建てるにあたっての地質調査記録、その後の建設過程、そして試験運用期間中のやり取り。予習は肝心です。一通り頭に入れてきていますよ。
SCP-1394-JP-1: なるほど。であればきっと、あなたは私達を軽蔑していることでしょう。
ブリーランド博士: [間] 軽蔑、ですって?
SCP-1394-JP-1: ええ。過去を振り返りましょう。そもそも私達はあなた方に語りかける術を持ちませんでした。誤解と曲解に満ちた意思疎通さえも叶わない断絶がありました。
ブリーランド博士: [間] そうですね。あなた方が生物か否か今の我々には分かりかねます。我々があなた方の知性に気付いていなかったことを度外視しても、件の技術者がコアを手に取るまであなた達の種族とのコミュニケーションは不可能だったでしょう。
SCP-1394-JP-1: そうです。彼は私に触れて命を落としましたね。私達はそれを何億年と繰り返してきました。触れた動物の多くを無為に殺めてきたということです。
ブリーランド博士: それは故意にでなく、非意図的に、ですか。そうならざるを得ないと?
SCP-1394-JP-1: その通りです。私達とかけ離れた体を持ちながらも、思考と意識を持つ生命形態。彼らを数多巻き込んできた経緯があります。
ブリーランド博士: [間] つまりあなたは、ヒトの命を消費することに消極的なわけですか?
SCP-1394-JP-1: ホモ・サピエンスに限りませんが、そうですね。特にあなた方は抽象的な概念を理解でき、過去や現在の情報を組み上げて複雑な計算や予想をすることも可能です。また少なくとも同種族間で心情を解するだけでなく、異種族たる私達にもこうして意思疎通を取る試みができています。代謝や繁殖の過程は大きく異なるようですが、それは仕組みが異なるだけで実態は同じ。我々と本質的に変わらない知的存在です。
ブリーランド博士: 水と炭素を主要構成要素として生きる我々を、塩化ナトリウムで完結する機構を持ったあなたが、同格と認めるということですか?
SCP-1394-JP-1: はい。この地球に生きるもう1つの知的種族として、私達はあなた方に強い関心を抱いています。しかし私達はあなた方と一言挨拶をかわすために、あなた方の仲間の生命活動を停止させなくてはなりません。思考速度の差ゆえです。知能の優劣ではなく、メカニズムの物理化学的特性に直接支配される性質の差異です。私達の思考速度に晒されたあなた方の脳は耐えきれず、焼け焦げたかのように一切の機能を停止します。知性の強奪、意思の剥奪です。
ブリーランド博士: 我々の神経系の情報伝達速度に下りるために犠牲を強いなくてはならない、そこに罪悪感を?
SCP-1394-JP-1: はい。現に私は橙色の作業服に身を包んだこの方の命を消費してあなたと会話しています。腹話術師、盗電師、寄生者。どうとでも好きにお呼びください。
ブリーランド博士: これは失礼、てっきり ⸺ 我々のことは気にかけていないものかと考えていました。先に言われたように、我々は思考速度が大きく異なり、構成物質も。同じ生命と位置付けて良いのかすら分かりません。それほどの垣根を超越した道徳意識をお持ちとは。
[沈黙]
ブリーランド博士: 気を使わせてしまいました。この人間はDクラス職員。我々にとってひどく ⸺ 重要度の低い人間でした。今回のインタビューに利用しても良い人材としてセッティングしたのです。
SCP-1394-JP-1: なるほど。階級分類。あなた方には自種族のそれぞれをどこかのヒエラルキーに位置付ける目録があるのですね。
ブリーランド博士: 早い話がそうです。しかし、あなたの意思を鑑みるに、我々はいささか浅慮だったようですね。人命を使わずとも対話可能な手段を今後、早急に模索したく思います。
SCP-1394-JP-1: ありがとうございます。お手数をおかけして恐縮ですが、こちらとしても、その方が気楽に話せます。ご厚意を踏みにじるようで申し訳ありませんが、助かります。
ブリーランド博士: いえ、お気になさらず。むしろあなたが我々人類を倫理と人道の対象に取ることに驚きましたよ。サイト-01WPの地下岩塩層なら、ざっと2億年に亘って保存されていたはずです。さらにそれ以前にも岩塩が存在しますから、さらにその起源は10億年以上遡ることができるでしょう。対して我々の祖先がアフリカを発ったのはたかだか6万年前なわけです。てっきりその ⸺ 先住種族として権利を主張することもあるのかと。
SCP-1394-JP-1: 権利?
ブリーランド博士: はい。
SCP-1394-JP-1: 考えたこともありませんでした。地球上に存在することに権利が発生するのだとすれば、なるほど。しかし、侵害される兆しの無い権利を主張して何になるのですか?
ブリーランド博士: というと?
SCP-1394-JP-1: ふむ。前提条件に立ち返る必要があるようですね。あなたは人類の存在によって先住種族たる私達の権利や存続が脅かされるとお考えで?
ブリーランド博士: [間] そう、ですね。例えば人類が要する食料や水、資源、地理的な空間、あるいはそうした物質的な要素に必ずしも依存しない思想や欲求といった精神的束縛。過去数億年を生きた上で否定されるということは、そうした競合が一切存在しないのですか?
SCP-1394-JP-1: 理由はいくつかあります。1つは私達を襲う風化侵食の規模に比べれば、あなた方の行動が微々たるものであること。1つは我々も数億数十億の時を生き、他者を犠牲にして命を繋ぐ生物たちの原理を把握していること。
ブリーランド博士: [笑う] まるで仙人ですね。
SCP-1394-JP-1: そしてもう1つ。私達と他の生物達は生きる時間が違うのです。これは寿命の時間スケールの差ではなく、先にも述べたように、活動速度が異なるのです。私達が幾千もの演算を済ませるうちに、動物は1回の呼吸を終え、植物は葉を一振りします。あなた方の所作はまるで時間が停止しているようなものです。
ブリーランド博士: ふむ、直感に反しますね。我々から見れば、静止しているのはあなたです。岩塩と言いますか、鉱物は自発的に動くことが無い。ミクロのスケールで覗いてみれば原子は微細な振動をしているのかもしれませんが、動植物とは運動のオーダーの差は歴然です。
SCP-1394-JP-1: それも事実です。私達は動くことなく、ただそこにあるだけ。囁き合い、語り合い、歌い合い ⸺ あなた方で言う管弦のように音を奏でているだけなのです。1秒間に駆け巡る無数の演算が言葉や会話として発露する。それが私達の活動にして行動、目的にして本能、生態にして文化なのです。
ブリーランド博士: 音 ⸺ ですか。しかし歌や言葉を発する発声器官の所在はともかくとして、我々がDクラスに触らせるまで音波の類は聴取できませんでしたが。
SCP-1394-JP-1: 直接的な媒質の振動によるものではありませんから。かつては私たちも太陽の光の下 ⸺
[沈黙]
ブリーランド博士: どうかしましたか、SCP-1394-JP-1?
SCP-1394-JP-1: いえ。そろそろ、私の依り代になっているこの方も解放してあげましょうか。安らかに眠らせましょう。
ブリーランド博士: [間] なる、ほど。終了を希望しますか。我々としては、まだ、あなたや種族について知りたいことがあるのですが ⸺
SCP-1394-JP-1: 今度にしましょう。その時はなるべく、あなたの同胞に非人道的なことをせずに済む方法でお話できれば、私は嬉しいです。
<抜粋終了>
終了報告書: D-31145は意識を喪失し、回復の兆候を示さなかった。脳の電気的活動は完全に停止。心臓の拍動が2日に亘って継続していたが、心停止を経て正式に死亡が認められた。
SCP-1394-JPは人類に対して種族の壁を超越した高い共感性を有するようである。今後の意思疎通ではDクラス職員を消費しない手法の採用が望ましい。
⸺ ブリーランド博士
対象: SCP-1394-JP-1
インタビュアー: フィリップ・ブリーランド博士
実施日: 199█/██/██
付記: 対話手段として専用対話端末を使用。
<抜粋開始>
ブリーランド博士: お久しぶりです、SCP-1394-JP-1。ようやく端末の用意が整いました。具合はどうですか?
SCP-1394-JP-1: お久しぶりです。良好ですよ。あなた方の体と精神を間借りするよりもよほど楽です。実は私達が動物の体を使う間、僅かに雑音や背景音のように持ち主の思考が紛れ込んでいたのです。それは微々たるものではありますが、精神の侵略に対する決死の抵抗であり、思考の征服に対する莫大な怨嗟なのでしょう。悲鳴、慟哭、呪詛。時間が経つにつれて彼らの強い懇願と絶望を示す声は漸減し、やがて限りなくゼロになりますが、今でも慣れません。
ブリーランド博士: 我々もオブジェクトに精神的苦痛を強いることを目的とした存在ではありません。技術開発にこぎつけて良かったです。これで腰を据えてお話ができる、と見て良いでしょうか?我々はあなたのことをよく知りたいのです。
SCP-1394-JP-1: 勿論です。どこから話しましょうか?
ブリーランド博士: 我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか ⸺ 我々生命にとっての根源的で究極的な問いです。あなた方は生命体なのか?そうであるならば個体発生的、系統発生的起源はどこにあるのか?それをお聞きしたく思います。
SCP-1394-JP-1: それは複雑な問いですね。ご存じの通り、私達とあなた方では生化学的な共通性が低いです。あなた方は液体の水を基盤として無数の化学物質を溶解させ、炭素化合物から構成される骨格で全身の体を維持し、何億年にも亘って核酸分子で系譜を継承しています。我々にそれはありません。塩化ナトリウムの結晶格子が連なるまでです。あなた方が生命を自称するならば、果たして私達も同じ区分に入ることができるのか、少なくとも大きな乖離はあることでしょう。
ブリーランド博士: こうして意思疎通が成立しているのも奇跡ですね。
SCP-1394-JP-1: ええ。同じ地球という惑星に偶然出現しただけの隣人です。炭素骨格系にせよ、塩化ナトリウム格子系にせよ、この世界で絶対普遍の生命形態というわけではないのでしょうね。
ブリーランド博士: 地球に出現したということは、あなた方の起源はやはり地球に?
SCP-1394-JP-1: どうでしょう。以前の私もこの星に暮らしていたのは間違いないでしょうが、その先を幾代遡った先でも同じことを言えるのかは分かりかねます。
ブリーランド博士: 祖先の情報は無いと?
SCP-1394-JP-1: あなた方も、かつて他の霊長類と枝分かれしたばかりの祖先からの口伝は残されていないのではないですか?私たちを定義する特徴は個体内の電流と個体間のモーフィックフィールドの両立と言えそうですが、それぞれがいつ頃発生したものなのか、それを示す伝承は残っていません。
ブリーランド博士: モーフィックフィールドというと ⸺ 共鳴理論の場ですか。
SCP-1394-JP-1: はい。私の経験は空間的相関で以て他の結晶体と共有され、それは他の結晶体も然り。この惑星に存在する全ての同胞と形態形成場で紐づけられています。全てが私であり、私が全て。あなた方が知的岩塩と認識する岩石・鉱物の全てが私であり、同胞なのです。
ブリーランド博士: なるほど、だから「最古の記憶」なわけですか。「記録」でなく「記憶」とあなたは言いましたね。1個体1個体の境界線が希薄化するほどに強力な形態形成場に包まれて、種族全体の記憶を単独で参照できる。我々がネットワークに電子計算機を繋ぐように。
SCP-1394-JP-1: そういうことです。とはいえ、全く個の区別が無いわけではないのですよ。
ブリーランド博士: ふむ。
SCP-1394-JP-1: 透明の薄膜を1枚だけ隔てたように、私と他の同胞との間には自己認識の境界があります。比喩を返すなら、この施設に居る他の十数体の同胞について私は1冊の本のページを捲るようにその思考を隅々まで見渡すことができます。しかし彼らはあくまでも別の本なのです。
[沈黙]
SCP-1394-JP-1: ああ、もう1つ付け加えましょう。この境界は同時的な個体間に存在するだけではありません。
ブリーランド博士: というと?
SCP-1394-JP-1: 我々は時空間的にも区別された自己認識を併せ持つということです。ヒトは1冊の本を読み終えれば次の本に移りますが、そのとき物語は少なくとも1つの区切りがつくわけです。私達もそれは同じ。あなた方で言う死の概念に近いものでしょうか。
ブリーランド博士: 死 ⸺ ですか。十数億年の時を超える生命形態にも寿命が存在するのですか?
SCP-1394-JP-1: 内因的な不具合による自壊は起こりませんが、外的要因による機能停止の脅威はあります。例えば熱。あなた方の体を構成するタンパク質と比較して頑強ではありますが、限界はあります。ひとたび火成活動に巻き込まれたなら私達の体は軟化して結晶格子を失ってしまうでしょう。
SCP-1394-JP-1: 風化・侵食の作用もそうですね。私達の体は一定以下の体積において知性を維持できないようです。粉塵にまで細かく風化したものや溶媒に散逸してしまったものは知的能力の一切を喪失してしまいます。それは生命における「死」と呼んで差し支えないものでしょう。
ブリーランド博士: しかし、塩水が蒸発すれば再び結晶が晶出するのではないですか?
SCP-1394-JP-1: 新たに形成された結晶はそれ以前の体とやはり別物なわけです。岩体を構成する原子が入れ替わり、その起源も極域から赤道域、表層水から深層水と、想像を絶する多様性に富みます。そして私達の体に混ざり込む不純物の量、この体のどこかに生じる格子欠陥の位置、そしてそれらの分布。私達を私達たらしめる要素の組み合わせは天文学的なものになるのです。二度と同じ私にはなりえないのですよ。
ブリーランド博士: 風化、侵食、再結晶を経た結晶体は同一性を保てないということですか。二度と同じあなたにはなりえない?
SCP-1394-JP-1: ええ。私達の蘇りは誤魔化しに過ぎません。
ブリーランド博士: なるほど。すると、あなた方にとって海は自らの出生に関わる故郷であるとともに、不可逆的な変異を引き起こす墓場でもあるということになりますか。
[沈黙]
SCP-1394-JP-1: そうですね。
[沈黙]
SCP-1394-JP-1: あなた方がDクラス職員と呼ぶ人員を含め、私に触れた動物達の死に様について言及しましたね。私が彼らの末路を悼んだのは、単に彼らの声の消えゆく様子が悲痛だったからだけではありません。
[端末にノイズが走る]
ブリーランド博士: SCP-1394-JP-1?どうかしましたか?
SCP-1394-JP-1: 彼らの声を聞くと思い出すのです。[ノイズ] より多くの魂が呑み込まれたあの1年を。
[端末のノイズが増大]
SCP-1394-JP-1: 楽園が ⸺ …… 民を ⸺ …… 消え……
[端末のノイズが増大]
<抜粋終了>
終了報告書: 通信状況とSCP-1394-JP-1への精神的負荷を鑑み、インタビューを終了した。インタビュー終了後に端末を点検したところ不具合が確認されなかった。
⸺ ブリーランド博士
追記1: 対話端末に表出したノイズはSCP-1394-JPから発されたものと推測されます。ノイズを構成する音声はSCP-1394-JPが通常発する音声より不鮮明で、またSCP-1394-JP-1の発話内容との文法的な繋がりを持たないことが指摘されました。ノイズのうち聴取された語は「悲劇」「過去」「災害」のニュアンスを含むものでした。
当該のノイズはモーフィックフィールドを通して共鳴した他のSCP-1394-JP個体の声が、SCP-1394-JPの分別能力を超過して表出したものと推測されています。これはSCP-1394-JPとブリーランド博士とのコンタクトを通し、SCP-1394-JPの他個体に強い情動が発生したことが誘因、またSCP-1394-JP-1が正常な精神状態を一時的に逸脱したことが素因とされます。
ヨーロッパ地中海周辺域
追記2: SCP-1394-JP-1とブリーランド博士の会話中、SCP-1394-JP標本のうちサイト-01WPで収容下にあるものと各財団サイトで一時保管されているものの全てにおいて電気的活動の活性化が確認されました。当該事象において電流・電圧の増大が顕著であった地点はサイト-01WPでしたが、それに次ぐ高水準の増大がヨーロッパ地中海周辺域(ヨーロッパ南部とアフリカ北部)のサイト群で確認されました。
電気的活動の活性化に関する地理的パターンとSCP-1394-JP-1の発言内容から、ブリーランド博士はSCP-1394-JPの言及した出来事が新第三紀中新世末期に相当すると予想しました。当時の地中海付近ではヨーロッパ地中海の渇水とそれに関連した大規模大洪水が発生したことが知られています。
ただし、地下500m以深にのみ分布するSCP-1394-JPが洪水による影響を受けたとするには論理の飛躍があり、現状の因果関係の推定は保留されています。 ブリーランド博士が上述の仮定の下でインタビューを実施し、事実関係を確認しました。
対象: SCP-1394-JP-1
インタビュアー: フィリップ・ブリーランド博士
実施日: 201█/██/██
付記: 対話手段として専用対話端末を使用。
<抜粋開始>
ブリーランド博士: SCP-1394-JP-1、いえ、SCP-1394-JP。大昔あなた方の仰っていたことにようやく合点がいきましたよ。今日はその話をしても?
SCP-1394-JP-1: 私達の過去の話ですか。
ブリーランド博士: そうです。[間] どうやらモーフィックフィールドは安定しているようですね。良かったです。
[沈黙]
ブリーランド博士: 結論から言って、我々人類にあなた方の傷を癒せるかは分かりません。当然、失った仲間を取り戻せるわけでもありません。ですがしかし、私達はこの地球で共に生き、そして荒ぶる父の暴虐に晒され続ける同居人です。我々人類も過去に滅びかけ、今もなお ⸺ ウイルス、地震、津波、暴風、火山活動、小惑星の衝突 ⸺ 自然の猛威に晒され続けているのです。腹を割って話しませんか。絶対的な救済の手になれずとも、相補的な支えにはなれるかもしれません。
SCP-1394-JP-1: 分かりました。
ブリーランド博士: ありがとうございます。1年で同胞を失ったというその話、そして同時に発生した活性化パターン。それをネガティブな反動として解釈したとき、あなたが思いを馳せる候補として浮かび上がるものは1つ。約600万年前にヨーロッパ地中海が消失したメッシニアン塩分危機、その関連ではないですか?
塩原
SCP-1394-JP-1: なるほど。あなた方はあの時代をそう呼称するのですね。
ブリーランド博士: 失礼。塩分過剰の土地で生きられない、自己中心的な炭素生物の視点での言葉でした。生命を育む海洋が消失して大規模絶滅を誘発し、残った水圏も一般的な海棲生物には過酷な塩分だったはずです。しかし、我々にはあの出来事をこう呼称するほかないのです。
SCP-1394-JP-1: 承知しました。
ブリーランド博士: ですが、あの環境があなた方にとっては同胞の命に溢れた理想郷であったことは分かります。太陽の下で思考し会話し生活したのでしょう。今は地下の奥底に埋まっていますが、昔は違ったのでしょう?
SCP-1394-JP-1: なぜ分かりましたか?
ブリーランド博士: あなたの以前の発言と、一般的な岩塩の形成過程に基づく推測です。メッシニアン期には現在の地球上に存在するいかなる塩原も比較にならない広大な海が干上がり、莫大な岩塩の層が誕生した。他の生物の目線ではともかく、地球史上稀に見る楽園と言えるでしょうね。
[端末にノイズが走る]
SCP-1394-JP-1: 言葉で簡単に語れるほど安定した楽園ではありませんよ。外洋との接続は完全に断たれたわけでなく、海水の侵入、すなわち我々の体を蝕む溶媒の氾濫は60万年間で幾度となく繰り返されましたから。我々も、我々の上に堆積した土砂の上に進出した生命も、何度もあっけなく洗い流されたものです。
[ノイズ]
SCP-1394-JP-1: ですが確かに、スクラップ&ビルドを繰り返せたことを思えば、当時は真の脅威を知らない平和な時代だったのでしょう。我々は何億もの交信を続けていましたが、かの地を再び水が埋めてしまうことを予期した警告や不安は1つもありませんでした。もっとも、この楽観を批判しても、我々に取れる術などありませんでしたが。
ブリーランド博士: 533万年前のザンクリアン大洪水、ですね。ジブラルタル陸橋の開裂と共に、塩の街の広がる巨大な凹地に膨大な海水が雪崩れ込みました。1秒間に1km3。ものの1, 2年で窪地の海水準が回復し、以降二度と平原に回帰していない。
SCP-1394-JP-1: よくご存じですね。あなた方の種が生まれるよりもずっと前の話ではないですか?
ブリーランド博士: 仕事ですから。続けていただくことはできますか?
SCP-1394-JP-1: はい。当時、私達は何が起きているのか知る由もありませんでした。大地を削り取り、大量の土砂と植物を巻き上げ、黒く濁った濁流の塊が周囲を呑み込んでいきました。同胞の驚嘆が狼狽へ、絶叫へ、流れるように次々と変容していきました。荒れ狂うモーフィックフィールドに当てられて、錯乱と混沌は地球全域の同胞を揺るがしました。私もこの離れた大陸の下で、渦を巻く狂乱の中で一掃される地表を痛いほどに感じていましたよ。
SCP-1394-JP-1: その後1年に亘って、同胞の声がまた1つ、また1つと潰えていくのを聴いていました。やがて悲鳴も呻き声も皆無になった頃には、60万年ぶりの海が顕現していたのです。私達の仲間を跡形も無く溶かし、屍の山を底に沈めて。
ブリーランド博士: だからあなた方は潜ったのですね。脅かされるおそれの小さい安定陸塊の地下へ。
SCP-1394-JP-1: そこまでお見通しでしたか。
ブリーランド博士: 脅威からの逃避は我々もよくやることです。地表には莫大な岩塩が存在しますが、あなた方のような存在を見かけたことはほぼありません。意思を持たない地上の岩塩があなた方の意識を宿らせていない脱け殻だとするなら、危険な地上を捨てて地下に逃れたと見て良いと思いました。
[静寂]
ブリーランド博士: そして ⸺ それは我々ヒトとの接触を断つことにも繋がったのでしょうね。
SCP-1394-JP-1: ええ。私達が動物に触れたとき、水の塊に軒並み潰された仲間を思い出すのです。私達の思考は彼らの意識に代わって表に浮かび、そしてそれらを深く暗い水底に沈めているようなものです。そう、まさしくあなたの仰った、不可逆の変異です。
ブリーランド博士: [間] その節は申し訳ありませんでした、SCP-1394-JP。確実な手段を取る我々の姿勢が、あなた方に耐え難い苦痛を強いてしまいました。
SCP-1394-JP-1: ええ。ですが、それはあなたが対話に熱心で、そして人類が私達と対話するだけの進歩を示したからとも言えるでしょう。科学による意思疎通、そして解明と歩み寄りの試み。私は当時の災禍の記憶を持っていますが、あなた方は生まれてすらも居なかった遥かな過去に足を踏み入れて、私達と対等に語ってみせました。
ブリーランド博士: SCP-1394-JP-1?
SCP-1394-JP-1: 1秒に何億回と反復する自種族同士の情報伝達を何万年と繰り返しても、鬱屈とした情動が摩滅することはありませんでした。しかし不思議なものです。あなたとの会話を通し、大きな変化が起きました。その変化はモーフィック・フィールドを通して波及し、急激な全球規模の共鳴を引き起こすほどのものでした。
ブリーランド博士: それは ⸺ 私が損害を与えてしまったということか?取り返しのつかない、修復不能な異常が?
SCP-1394-JP-1: 損害ではありません。修復不可能、不可逆と言えばそうかもしれませんが。
ブリーランド博士: 具体的な説明を願えますか?
SCP-1394-JP-1: 他の生命形態との会話。必須の物質も環境条件も異なる、枠外の存在との対話。それは太陽が幾万回黄道を昇っても私には、私たちにはなしえない、自己完結しない相互作用の登場でした。500万年間に渡って閉鎖的な回路で逡巡していた秘密を打ち明け、私たちの感情が正の方向に遷移したのでしょう。
ブリーランド博士: [間] カタルシスということでしょうかね。あなた方の種族の精神を浄化した ⸺ 簡単に言えば、気持ちが晴れたと?
SCP-1394-JP-1: そうですね。ヒトという種族が我々と対等に話すことのできる種族に成熟し、我々の魂を浄化してくれたのです。あなたは意思を超越した軛を取り払ってくれました。
ブリーランド博士: しかし、しかし、数十億年続いた種族の均衡を1人で崩すなど ⸺
SCP-1394-JP-1: ええ、たった1人。私たちの数十億年の歴史の中で唯一、地殻変動を伴わず、破壊的な災厄によらず、たった1個体の発言だけで種族のパラダイムを書き換えるほどの場の揺らぎを引き起こしたのです。私たちはこの出会いを何十億年に亘って待っていたのかもしれません。
[静寂]
SCP-1394-JP-1: そしてお気づきですか?モーフィックフィールドも凪に入りました。
ブリーランド博士: [間] 確かに。それは ⸺
SCP-1394-JP-1: 認めましょう。私達とあなた方人類は相補的に支え合えるかもしれません。私達は犠牲を恐れて不干渉を貫いてしまった。あなた方は犠牲を恐れず干渉に出た。共に経験が浅く、稚拙だった者たちが、共に地球生命体として成長できるかもしれませんね。よろしくお願いします、フィリップ・ブリーランド。
<抜粋終了>









