SCP-1412-JP
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SCP-1412-JP。細胞内に円形の吸着盤が認められる。
直径約42μm

アイテム番号: SCP-1412-JP

オブジェクトクラス: Euclid

特別収容プロトコル: SCP-1412-JP関連事象の情報は一般的に信憑性の乏しい怪談・噂話として解釈されるため、一般向けのカバーストーリーを必要としません。日本国香川県小豆島町には電波塔を設置し、逆位相の妨害電波を発信してください。任意の研究機関による調査が行われる場合、政府・自治体を介して研究活動を阻止してください。

回収の費用と技術的課題、SCP-1412-JPによる確実な影響が限定的であることから、財団施設への全個体の無条件かつ画一的収容は実施されません。抽出された海水より検出されたSCP-1412-JPは実験観察用に確保され、10m×10m×10mの水槽に収容されます。水槽中では魚類・甲殻類・頭足類・海藻類などを飼育し、瀬戸内海の生物相の再現を維持してください。

セキュリティクリアランスレベル3職員3名以上に承認を得た実験を除き、確保されたSCP-1412-JPの付近で電波を発する機器の利用は禁止されています。



説明: SCP-1412-JPはトリコディナ属(Trichodina)1に類似する繊毛虫門貧膜口綱Mobilida目の真核生物です。SCP-1412-JPは非異常のトリコディナと類似する形態形質を示す従属栄養生物であり、同様に脊椎動物・軟体動物・刺胞動物・扁形動物などの海棲動物への寄生を行います。トリコディナが属するMobilida目は繊毛を用いた遊泳による宿主間の移動が可能であり、SCP-1412-JPも同様の運動能力を有します。SCP-1412-JPの栄養要求量は非異常のトリコディナと比較して有意に多いことが確認されています。

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SCP-1412-JPの鋸歯状吸着盤のモデル

非異常のトリコディナと同様にSCP-1412-JPは宿主に対する鋸歯状硬組織の吸着盤を下面に有しますが、吸着盤を構成する20~27枚のブレードは強磁性を示すマグネタイト(四酸化三鉄)からなり、極異方性の環状磁石をなします。非異常の生物においてマグネタイトは通常ナノ結晶をなし生体磁石として寄与しますが、SCP-1412-JPにおいては既知の生物に見られないμmオーダーの結晶粒集合体として卓越します。

SCP-1412-JPの吸着盤は能動的な回転特性を示します。これはイオンの輸送を駆動力とする回転モーターが鋸歯の基部に位置することに起因しており、細菌類における鞭毛の回転機序との収斂進化の好例と見られます。当該の鋸歯の回転は強力な推進力をSCP-1412-JPにもたらし、繊毛のみに依存する従来式の運動よりも高効率の運動性能を付与します2

磁性体の回転に伴う磁界の変化は周囲の電界の変化を誘発し、その連鎖の結果として電磁波が生じます。発生する電磁波は波長約400mの中波長の電波であり、かつてはSCP-1412-JPの個体間コミュニケーションや外界の認識に利用される可能性が指摘されました。現在の仮説では、当該電波の用途は電気エネルギーの摂取と推測されます。


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沈没した紫雲丸。共同通信より。

発見経緯: 1955/05/11、日本国内の瀬戸内海東部で紫雲丸沈没事故が発生しました。紫雲丸の接触事故が過去に相次いでいた点、事故の経緯に不審点が存在した点、および想定される死者数が日本国有鉄道史上2番目の規模であった点を踏まえ、財団は同日に事後調査を実施しました。香川県高松市・女木島沖の海水サンプル調査に際して海水中に異様な個体数のトリコディナ様生物が発見され、上述の吸着盤の特性が認められたことから、当該生物はUAO-1412-JP3に指定されました(後にSCP-1412-JPに再指定)。

紫雲丸沈没事故の生存者によれば、当時ラジオ受信機のAM放送において電波障害が発生していたことが指摘されています。これは当時の状況からUAO-1412-JPの吸着盤の回転による電波の干渉によるものと推測されました。中波長の電波は船舶通信にも用いられることから、紫雲丸の突然の航路変更と沈没はUAO-1412-JPの電波干渉に起因する可能性がありますが、因果関係は不明です。

インシデント: 1955/06/29、女木島沖の電波観測に際して、紫雲丸沈没事故との関連が推測される霊的現象と思われる事象の発生が確認されました。観測された中波長電波を音声データに変換した際、児童のものと推測される声が出力されました。これは紫雲丸沈没事故において当時修学旅行中であった多数の児童・生徒が水死したことに起因すると推察されます。当該の電波干渉は、UAO-1412-JPが水死体に侵入して有機物を摂食した際、定着した残留思念がUAO-1412-JP起源電波により拡散されたものとする仮説が立てられました。

1955/07/01、財団はUAO-1412-JPおよび霊的現象の性質の検証を目的とする実験を開始しました。

実験記録1412-JP-1

日付: 1955/07/01 00:30 (JST)

場所: 日本国香川県高松市・女木島沖

方法: 観測された電波から変換した音声をモーターボート上で住田研究員が聴取する。研究員はタイプライターを用いて応答し、リアルタイムの意思疎通を試みる。打鍵された内容は中波長の電波に変換され、無線電報として海中に送信される。

備考: 当初タイプライターは電動式のものが提案されていたが、海上であることを踏まえて機械式のものに変更された。


<記録開始>

[雑音と共に悲鳴、児童の「助けて」「お母さん」などの音声が聞こえる。]

住田研究員: こんにちは。初めまして。問題ないかな。そこがどこだか分かるかい?

音声: お母さん。

住田研究員: 周りには何がある?見えてるかい?

音声: 冷たいよ。寒いよ。

住田研究員: 冷たいか、そうだよね。君たちは海の中か上、あるいは両方、とにかく海に居る。分かる?

音声: お母さん。私の、お母さん。

住田研究員: お母さん、か。君の家族は?

音声: 冷たいよ。ここだよ。

住田研究員: 君は幾つかな。中学生、いや、小学生?

音声: 助けて。

住田研究員: きっと助ける。そのためには君の情報が必要だ。自分のこと、話してもらえないかな。

音声: 助けて。寒いよ。

住田研究員: 普通、現世に魂魄を残すには強い意志が必要だ。事故の未練があるんじゃないか。まだ生きていたいという君の意志が、君をこの世界に留めて、オブジェクトを介して私に意識を伝えているんだと思う。違うか?

音声: 助けて。助けて。

住田研究員: 君は先月の紫雲丸事故の犠牲者だろ。船が沈んだのは新聞でも読んだし、ラジオでも聞いた。まだ私には君を救えないが、望みはある。答えてくれ。沈んでから何があったのか、トリコディナとの関係や、沈没の様子、君自身の私生活でも良い。君が答えてくれたなら、私たちも君たちを深く理解できるかもしれない。

[30秒間雑音のみが流れる]

住田研究員: [無線に向かって口頭で] 報告。テキストベースの意思疎通は困難と思われます。直接の対話は危険を伴う可能性があるため、Dクラスを   

音声: 船、沈んだ。

住田研究員: [間を置き、口頭で]  

[雑音]

住田研究員: [口頭で] ありがとう。報告。先の報告を保留し、実験を継続します。

[以降、特筆性の無い記録を省略]

<記録終了>


終了報告書: 40分間の試行の後、タイプライターを介した間接的な意志疎通は文字入力の過程が障壁をなす可能性があると判断されました。続けて、霊的存在による干渉リスクを最小限に留めるため、Dクラス職員を用いた音声電信が提案されました。

実験記録1412-JP-2

日付: 1955/07/01 02:15 (JST)

場所: 日本国香川県高松市・女木島沖

方法: 観測された電波から変換した音声をモーターボート上でD-17162に聴取させ、リアルタイムの意思疎通を試みさせる。D-17162の音声はケーブルを介して同様の中波長の電波として水中アンテナから海中に送信される。


<記録開始>

住田研究員: 始めてください、D-17162。

D-17162: 大丈夫だ。

音声: 溺れる。水。水。

D-17162: あー、聞こえてるか?元々幽霊なんか信じてなかったけどよ、本当なんだなって今更ブルってきた。返事しろよ。

音声: 水。水。助けて。

D-17162: [間] お前ら、ちょっと前に乗ってた船が海に沈んだんだってな。あれか、まだお前らにとっちゃ、船沈みかけてんのかな。今も波に呑まれる真っ最中か?

音声: [雑音]

D-17162: [間] 聞いたぜ。ガキは逃げられなかったんだろ。逃げ出す大人に追いやられて、救命胴衣の付け方も分からず放り出されて、最終的には魚の餌か。沈みかけてる船の横に浮き輪が散らばってるのは見せてもらったぜ。

音声: 助けて。溺れる。溺れる。

D-17162: 俺には何も出来ねえし、そこの学士様もそんなつもりはなさそうだ。残念だな。

住田研究員: D-17162、煽るような発言は慎んでください。

D-17162: [舌打ち] わーったよ。

音声: 助けて。お母さん。助けて。

D-17162: [間] なあ、こいつ本当に話す気あるのか?キャッチボールができてねえぞ。

音声: 寒いよ。助けて。

住田研究員: それを確かめるのが今回の目的です。そうですね、もう5分ほど試して応答が無ければD-31163でも同様の実験を行います。それまでは会話を継続していただきます。

D-17162: 会話っつってもな、「助けて」しか言わねえぞこいつ。いくらガキでも語彙が   

音声: 助けて。

D-17162: ほらな。[真似をする様子で] 助けて。助けて。

住田研究員: 一方向的に発信がされているのであれば、UAO-1412-JPが発生した電波をコミュニケーションに用いないことの証左になりますし、また想定される霊体とUAO-1412-JPの関係性にも視座が得られます。彼らの生態に迫る手掛かりになりえるわけです。電報と比較した感受性など、ネガティブデータでも決して無価値な結果ではありません、くれぐれも   

D-17162: [真似をする様子で] 助けて。助けて。

音声: 助けて。助けて。

住田研究員: [溜息] D-17162   

D-17162: 助けて。助けて。

音声: 助けて。助けて。

[5秒間の雑音。D-17162が小刻みに顎を振動させる。]

住田研究員: D-17162?どうしました?

[D-17162は無限遠を見つめている。]

住田研究員: D-17162。

D-17162: 大丈夫。大丈夫。

音声: [D-17162の声で] 大丈夫。大丈夫。

住田研究員: D-17162、応答しなさい。何が起きているか、説明できますか?

D-17162: 大丈夫。問題ない。問題ない。

音声: [D-17162の声で] 大丈夫。問題ない。問題ない。

D-17162: 俺。D-17162。

音声: [D-17162の声で] 俺。D-17162。

D-17162: 話す。語彙。会話。

音声: [D-17162の声で] 話す。語彙。会話。

D-17162: 話す。語彙。会話。

音声: [D-17162の声で] 話す。語彙。会話。

音声: [D-17162の声で] 餌、を。

住田研究員: 事態急変。実験を中断します。

<記録終了>


終了報告書: 実験後、D-17162は実験前には確認されなかった失語症を発症したことが判明しました。D-17162の脳波を測定した結果、大脳新皮質のうち知覚性言語中枢であるウェルニッケ野において、脳細胞の電気的活動の停止が確認されました。UAO-1412-JP関連音声が示唆した模倣・学習の傾向と膜電位消失との因果関係は特定されていません。

実験の前後にハルトマン霊体撮影機とグレイリング霊素検出紙を用いた調査が実施されましたが、当該海域で霊体・霊素は検知されませんでした。これ以降、UAO-1412-JPはSCPオブジェクトに再指定され、関連事象における意思疎通の試みは凍結されています。

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