アイテム番号: SCP-1443-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: SCP-1443-JPは低脅威度かつ低伝播性であると推測される為、積極的な検閲の対象とはなっていません。財団解析部門および当該部門の保有するウェブクローラがSCP-1443-JP顕在事例を検知した場合、サイト-8101のデータベースに複製が残されます。
SCP-1443-JP-Sを含む建築物は財団フロント企業の所有下に移され、民間人の侵入を厳しく制限されます。財団による収容以前にSCP-1443-JP-Sに立ち入ったSCP-1443-JP曝露者は、発見され次第記憶処理を施されます。SCP-1443-JP-Sの異常性に関する情報は既に大部分が削除され、僅かに残存する情報は収容に差し障るものではないと判断されています。
説明: SCP-1443-JPは、散発的に発生し、一貫したモチーフで特徴付けられるミームです。参考例が以下に挙げられます:
〈実例1〉
ネット掲示板における書き込み。
サギ科と思われる赤い鳥に両目を啄まれる夢を見たという主張。問題の夢を見て以降、漠然とした記憶の欠落感を感じる。その後、家族との会話中に、小中学校時代に受けたいじめの記憶が失われていることを指摘される。指摘を受けた同氏が卒業アルバムを確認したところ、数十名分の写真が"焦げた有機物"のような模様で隠されているのを発見。同様の経験を持つ人物がいないか掲示板で呼びかけるが、続く3年間に求めるような返信は見られなかった。
〈実例2〉
インディーズレーベルで出版された楽曲『██████』。
音源の長さは6分45秒、実験的な要素が幾らか見られるロック調の歌曲。歌詞は、孤独に陥った男が過去に関係を持った女を一人ずつ回顧する内容。回顧を終えた後、終盤に"赤い嘴を鳴らす女"が登場する。以降、性的な快楽を示唆する歌詞と女による暴力の行使を示唆する歌詞が混在している。最終的に男は過去に関係を持った女全員について忘却し、一人で"赤い嘴の女"について夢想する様子が間接的に描写される。
〈実例3〉
千葉県の私立高校の文化祭で頒布された同人誌の読み切り漫画。
西欧の田舎と思われる舞台に住む少女が主人公。ある日主人公の友人であるピアノ弾きの少年が病に侵され、両手を切断するに至る。少年の弾くピアノが好きだった少女は嘆き悲しむ。遠い町からやってきたという仮面を被った医者が現れ、少年を癒すことを少女に提案。少女がそれを了承すると、数日後に少年の家からピアノの音が聞こえ始める。少女は喜び勇んで少年に会おうとするが、何度彼の家を訪れても扉の向こうから声が聞こえるだけで、少年と会うことができない。ピアノの旋律が耳を離れなくなった少女は、不眠症に悩まされるようになる。医者の提案を受け入れたことが間違いだったと確信する少女の前に再び医者が現れ、少女の苦しみを取り除くことを提案する。力なくベッドに横たわる少女は、茫然とそれに同意する。医者が仮面を外すと赤い鳥の頭が露わになる。医者が少女の両耳を啄み、場面が暗転。最後のページに頭に包帯を巻いた少女が外出する様子が描かれるが、少年の末路は不明。
〈実例4〉
東京都荒川区で窃盗の罪で補導された未成年の証言。家が赤い鳥の大群に襲われ、帰れなくなったと主張。証言を事実と認めなかった警察官が家に同行することを提案すると、対象は激しく抵抗した後に追加の証言を行った。
対象は、"お父さんとお母さんと仲直りする"という目的の為に、自室で"赤いカラスみたいな鳥"と取引を行ったと述べた。ここで、実体に見返りを求められなかったかという問いに対しては、対象は記憶していないと回答した。対象はその後、取引内容を実現する為に両親と直接会うことが必要であるという実体の言葉に従い、両親と対面した。しかし赤いカラスに言及した時点で虚言を疑われ、話し合いは打ち切られた。実体が取引を続けるかと尋ね、対象は頷くと、家中の窓から実体と同じ姿の鳥が侵入し、両親を襲い、頭部を啄み始める。鳥の数は増加して、部屋を埋め尽くすまでに至る。両親は全身を啄まれ、家に置いてある物品全般に被害が及び始める。対象はこの時点で家から脱出した。補導されるまでの間に何度か家を再び訪れたものの、カラスの大群がなお家の中にいるのが見えたと対象は述べた。
上記を受けて別の警察官が述べられた住所を実際に訪問したものの異常は見られなかった。精神錯乱が疑われたものの、虚言を除いて異常は見られないと医師に判断された。後日の訪問の際に育児放棄が疑われた為、対象は児童養護施設に移送された。
上記実例に限らず、SCP-1443-JPの顕在事例の間には明確な伝達経路が存在しません。明瞭な顕在に至った事例の多くは独立に着想を得たものと推測されます。着想を得た人物からその他の人物への伝達能力は媒体・文脈・作品の巧拙に大きく左右され、非異常性ミームと同程度です。よってSCP-1443-JPの異常性は、着想が生じる過程の不自然さと後述するSCP-1443-JP-Sとの相互作用に限定されます。
SCP-1443-JP-SはSCP-1443-JPと限定的な相互作用を行うと考えられる領域です。現時点におけるSCP-1443-JP-Sの指定領域は、東京都台東区に存在する築15年の雑居ビルを中心とした5軒の建物の屋上全体です。特に中心となるビルの屋上は、SCP-1443-JP顕在実例の一つである小説『██████ █████ █████』に登場することが知られており、その内容から、一部読者の間では自殺スポットとして知られています1。当該小説はSCP-1443-JP顕在実例の中で最も商業的に成功した創作物であり、SCP-1443-JPのオブジェクト認定の契機となった発表物です。
当該小説の発表から財団によるSCP-1443-JP-Sの封鎖に至るまでの間に、SCP-1443-S指定領域内で10件の自殺事件が発生しましたが、異常性との因果関係は立証されていません。事後調査によれば、各自殺者は、非異常性の自殺者に見られる因子を複数備えた人物でした。またその多くは当該小説の熱烈なファンであったという証言が周辺人物から得られています。
SCP-1443-JPに暴露し、一定の理解を示した対象がSCP-1443-JP-Sに滞在した場合、進行性の幻覚を見ることが報告されています。実験の過程でSCP-1443-JPに暴露したDクラス職員に対して幻覚は必ずしも発生しませんでしたが、SCP-1443-JP-Sを訪れたSCP-1443-JP研究担当職員の全員が細部の異なるながらも同一モチーフと見做される幻覚を報告しました。特に詳細な描写を提示した███研究員による報告が以下に示されます:
00:00 太陽が消失。その不在にも関わらず、曇り空と同程度の自然光が認められる。
00:01 続く数十秒の間に空全体がくすんだオレンジ色に染まる。
00:25 けたたましい羽ばたき音が生じる。翼開長が20mを超えると思われる赤色の鳥が数km規模の群れを成し、東方向へ飛んでいる。
00:32 一羽が旋回しながら降下し、███研究員が立つ屋上の縁に着地する。鳥は降下と同時に縮小したように見え、全長1m以下となっている。姿形はアオサギと類似しているが、羽全体が鮮やかな赤色である点が大きく異なる。
00:34 実体が着地した屋上の縁から50cm程離れた位置に、一足の靴が置いてあるのが認められる。靴の中には腐敗しつつある人間の両足があり、足首の周辺で皮膚および筋組織が引き千切られ、脛骨が露出しているように観察される。
00:37 実体は靴の方向を見遣った後、███研究員と視線を合わせる。不動のまま数秒が経過。実体が警戒している様子が感じ取れる。
00:40 実体は研究員から視線を外し、足首周りの残存した筋肉を啄む。
01:30 実体は足首から離れ、数秒かけて摂食物を嚥下する。
01:55 実体は飛び降りるように屋上の縁から飛び立つ。実体が███研究員の視界から一旦完全に消失する。
02:00 空が通常の状態に回帰し、太陽の姿が認められる。群れは殆どが飛び去った後で、少数の個体が同じ経路を飛行している様子が見られる。
02:03 翼開長約8mの状態に拡大した実体が下方から飛び出し、群れに合流する。
研究チームより、SCP-1443-JPと相互作用を行う地点はSCP-1443-JP-S以外にも存在するという仮説が提示されました。仮想上ないし現実上における、幻覚内の鳥個体の行先の特定が試みられましたが、成果は得られませんでした。
追記/関連事象-M: 2020年、かつてサイト-8101ミーム部門の上席研究員として雇用されていた██氏の自殺死体が発見されました。現場には死の直前に録音したと思われる音声記録が残されていました。2記録には、SCP-1443-JPとの関連が示唆される内容が含まれていました。以下は音声の書き起こしです:
本当なら私みたいな老いぼれは黙って死んだ方が良いのかもしれない。ただ、不幸に囚われたまま死んだのではないと同僚らが思ってくれれば。いや、これは我儘でしかないのだが。
こいつに会ったのは、息子を亡くしてどうしようもなくなっていた時のことだ。まだ働き盛りの頃、とてもじゃないが立ち止まるわけにはいかなかった。愛しい息子ではあったが、彼の死に様が脳に焼き付いたままではこれから生きていけないと私は思った。
記憶処理剤の申請は受理された。しかし、許可の下りたクラスEだけではどうしても足りなかった。高クラスの記憶処理は金と体力を消耗する。周りの人間の記憶も合わせて調整しないといけない。当面の仕事に差し障る。財団はそこまで優しい組織じゃない。それを今更恨みもしないが。
何よりも、私は知り過ぎていた。記憶の綻びがあれば瞬時にそれを知れるように訓練を受けている。クラスEの作用機序など知らないことの方が少ない。その程度なら作用を迂回することだってできる。実際、私はそうしてしまった。職業病のようなものだ。ミーム学者の。
忘れ去って、前に進む方法が欲しかった。なのに、気付けば致死エージェントを持ち歩いている自分がいた。
そしてこいつに会った。いや、その時は片鱗が見えただけだと言うべきかもしれない。直ぐに気付いた。こいつなら私の願いを叶えてくれると。誤算だったのは、こいつが思ったよりも警戒心の強いやつだったことだ。最初の頃は、目の前をうろちょろするばかりで一言も話しやしない。おそらく、動物の本能があるのだろう。強い人間と弱い人間を嗅ぎ分けるための。
その後も、一人でいる時が多かったが、遠巻きにこいつが私を見つめてくることがあった。私はその度に心の中で呼びかけた。取引をしようと。
声を聞いたのは、一ヶ月後のことだった。いい加減に平気なふりをし始めないと、財団に見捨てられないかという頃。片言の覚束ない伝達だったが、その時の私には希望に感じられた。私はどうにか日々をこなしながら、呼びかけ続けた。
それ以上の話を聞くのにもう一ヶ月が必要だった。ちゃんと話を聞き出せば、取引は何てことはないと思える内容だった。こいつは御伽話に出てくるような悪魔ではなかった。ただのか弱い一羽の鳥だ。
あいにく、最初の願いは大きすぎるものだった。だから私はもう少し小さな願いを伝えた。そうするとこいつは私の為に待つと言ってくれた。
私はこいつを頼りにもう少し生きていくことにした。不信心だとは分かっていた。分かっていたが、こいつがいれば乗り切れる気がした。実際、私は丁寧に仕事をこなしたし、意識を持っていかれるようなヘマを一つもやらかさなかった。
間違っていると知りながら、自分の意志で最後を決められるなら、その時はこいつに頼ろうと思い続けていた。
財団の理念の為にどれだけ働いたか分からない。免罪符にはならないかもしれないが、私はよく頑張ったと思う。
もう良いだろう。
最後に幻を見せてくれ。
標準的な検死解剖が行われましたが、死体に物理的な異常は見られませんでした。SCP-1443-JP研究チームの現主任が死亡現場を訪れたところ、頭部と右腕の一部が損壊した██氏の死体の幻覚を報告しました。現場である██氏の自宅は、暫定的にSCP-1443-JP-Sに指定されています。