探査記録1452-2
調査日: 2019/2/12
付記: 今回の探査は前回探査を行わなかった森の探査を目的としている。進入時の装備及び人員のロストを防ぐために、装備と人員はロープで結びつけられている。
<記録開始>
アルファ: 今回も同じか…… 川に流されていたようだ。装備はなくなってないな。
ガンマ: 大丈夫です。それより見てください、あれ。
[カメラはアルファの後ろでこちらを見つめる鳩型実体を映す。前回の探査で遭遇したものと同一個体であるかどうかは不明。アルファは実体と会話を試みる]
アルファ: 君は以前私たちと会ったことがあるかい?
鳩型実体: そうかも。でもよくおぼえてない。ハトだから、三歩歩けば忘れちゃうってさ。だから願いを託されるの。
アルファ: 今私たちを観察しているのは、何か目的があるのかい?
鳩型実体: 僕が羽ばたいて、君たちがあらわれた。きっと願いは叶いつつある。僕は君たちの願いを聞きに来たよ。
アルファ: そうだな…… とりあえず、あの国の人々に私たちがここに来たということが知られてしまうと困るんだ。君が羽ばたけばそれが伝わってしまうのだろう?
鳩型実体: 確かに彼らは僕に知ることを願った。でも今日は、僕は君のために羽ばたこう。
アルファ: ありがとう。あとは大丈夫だ。
[鳩型実体はその場を飛び去る]
ガンマ: 大丈夫ですかね。不安は残りますが。
ベータ: 敵意はなさそうですし、願ってみる価値はあったでしょう。
アルファ: とりあえず利用できるものは利用しよう。さあ、森へ行くぞ。
[隊員らは川を渡り、森へ向かって進行する]
[隊員らは森に進入する。森は広葉樹による極相林の様子を呈しており、暗い。鳩の鳴き声以外に植物以外の生物の痕跡は見当たらない]
ガンマ: なんか変な匂いしませんか? 森の匂いとは違うような……
ベータ: 確かに。甘い匂いがしますね。毒ガス検知器が反応していませんが、防ガス装備を着用しておきましょう。
[進行と共に、徐々に差し込む光量が増加する。樹木の隙間からすぐ先に開けた空間があることが窺える]
ガンマ: ……森が終わりますね。どうしますか?
ベータ: なにかが動いていますね…… あれは何でしょう。透明な竹? 畑のようにも見えますね。家のようなものも確認できます。
アルファ: なるべく敵意がないように振舞いながら対象と接触する。きっとあれが前回の調査で「王」が言っていた、危険な存在だろう。警戒を怠るな。
[隊員らは森から出て進行する。開けた空間には結晶様の構造を持つ白色半透明な棒状の構造物が規則的に生えている。その間を人型の実体が移動し、構造物から何かを採集している。人型の実体は形状こそ人間に類似しているものも、白色半透明でところどころに結晶様の構造が見られる(以降実体Aと呼称する)]
[接近に気が付いた実体Aの1体が隊員らの方に駆け寄る。隊員は臨戦態勢で応じるが、実体は隊員らの前で跪く]
実体A: ああ、お仕事は問題なく進んでおります。なにかお気に障ることでもございましたか?
アルファ: ……いや、君たちはここで何をしている?
実体A: なにを、と申されますと。ああ、こうして手を止めてしまい申し訳ございません。すぐに仕事に戻ります。ど、どうかお許しください!
[実体Aは立ち上がり、元居た場所へと駆け戻る]
ガンマ: おい、ちょっと!
ベータ: まともに会話が成り立ちませんね……
[ハトが飛来し、アルファの頭部にとまる]
鳩型実体: やっぱり困ってるね。さっき願い忘れた?
アルファ: ……あぁ、ずっとつけてたのか? 彼らは何をしているんだ?
鳩型実体: つけてないよ。たまたま。ハトは自由に飛ぶんだ。そして彼らは氷糖の民たち。今何をしているかは知らないよ。忘れちゃったから。ハトは三歩歩けば忘れてしまうんだって。
アルファ: でも私たちのことを覚えているだろう?
鳩型実体: まだ三歩歩いてないから。ずっと飛んでたよ。
[鳩型実体の出現に気づいた実体Aらがこちらを凝視する。鳩型実体は短い鳴き声を発して、アルファの頭から飛び去る]
[多くの実体Aが跪く。そのうち一体の実体Aが前に進み出て、隊員らに深く頭を下げる]
実体A: ああ、なんと。願いがあなたを認められた。あなたたちは永遠の民ではないのですね。
アルファ: そうです。驚かせてしまったようで申し訳ない。
実体A: いえいえ、あなたたちの来訪ほど喜ばしいことはありません。何か御用がおありでしょうか?
アルファ: ここのことを教えて頂きたい。できれば周辺を案内もしてくれると助かります。
実体A(以下長老): わたくし、長老でよろしければ、是非ご案内させていただきます。ただ、申し訳ございません。私たち以外の者を仕事に戻してもよろしいですか? 事情は追ってお話いたしますので……
アルファ: もちろんです。それではぜひお願いします。
[長老が目配せをすると、実体Aらは作業に戻る。長老は隊員らを先導する]
長老: まずは何からお話ししましょうか……
アルファ: まずあなたたちは何者なのか、そしてここで何をしているのかを教えて頂きたいです。できれば、魔女についても。
長老: 我々は魔女様に氷糖の民と名付けられた民です。ここには大きく分けて三つの存在があります。願い・祝福・呪い、この三つです。願いはハトです。でも他の二つはよくわかりません。我々と永遠の民、どちらが祝福で、どちらが呪いなのか。しかしながら多分、我々は呪いなのでしょう。この現状を見れば……
アルファ: では、あなたたちはここで何を?
長老: タケサトウを育てています。
アルファ: タケサトウ?
長老: 本来は私たちの子を作るための神聖な植物です。私たちは不滅ではなく、また御覧の通り年も取るので子を作る必要があります。そういうときはタケサトウを砕いたものを丁寧に、長い時間をかけて練って、そうするとそれが我々の子になるのです。
アルファ: 本来、ということは今は違うと?
長老: 私たちはもともと、各地に散って物作りや農業をしていました。こういう風に集められているのは、永遠の民に強制されているのです。数で勝る彼らには勝てませんから。そうして、タケサトウの栽培を命じられました。ですから、今は子のためにタケサトウを作っているわけではないのです。
アルファ: その理由は?
長老: 永遠の民の王は「捧げもの」であるといっていましたが、よくはわかりません。もちろん抵抗しました。我々の体とほぼ同じものでできている神聖な植物を、そんな農作物のように大量に作り続けろなどと……
アルファ: なるほど。こうなったのはいつからですか?
長老: ……先日、魔女様が亡くなりました。あまりに突然のことでした。民はみなそれを悲しみました。我々は永遠の民と協力して、どうこの世界を生きていくかを考えようとしました。しかし、あるとき永遠の民はこういいだしました。魔女様はお前たちが殺したのだと。
アルファ: あなたたちが殺したのではない、と?
長老: もちろんです! 確かに山の頂上にある魔女様のお館へ入れるのは我々氷糖の民のみです。魔女様のご遺体を発見したのも我々でした。しかし、我々は断固として魔女様を手にかけることなどしていません! そもそも魔女様は水を作り、この世界に恵みをもたらしてくださいました。そうして絶えず消えゆく水を、常に継ぎ足し継ぎ足し、恵みの絶えないようにしてくださいました。我々は水がないと子を作れません。永遠の民も、水がないと苦しみを得ます。そんな大切な方を殺す動機がないのです。
アルファ: 失礼なことを言ってしまいました。申し訳ないです。ではあなたたちは永遠の民に迫害されて、ここで働かされているということですね?
長老: はい。そういうことです。辛い仕打ちですが、不幸中の幸いで、誇り高い先祖の墓はここまで持ってくることができました。彼らに誓って、我々は耐えているのです。いつか何かが変わると…… ちょうど見えてきましたね。あれが先祖の墓です。
[長老が指さす先には、白色半透明の直方体の構造物が無数に整列している]
ガンマ: おお、すごいたくさんありますね……
長老: ありがとうございます。我々は仲間が死ぬと、その体とタケサトウを使って墓を作ります。それがこの墓です。まさに我々の誠実な歴史の結晶で、誇りです。こうすることで、我々は死したとしても仲間と共にあれるのです。
アルファ: なるほど…… その話を聞いたうえでこう申し出るのも申し訳ないのですが、もしお許しが取れるならあなたの体、タケサトウ、そしてあのお墓のほんの一部を削り取らせていただけませんでしょうか。私たちの仕事に必要なのです。
長老: ええ、どうぞ。ほんの少しなら、あなたたちに協力できることを先祖もよろこぶでしょう。私の体も、永遠の民ほどではありませんが傷もいつか癒えるでしょうし問題ありませんよ。
アルファ: ありがとうございます。
[隊員らはタケサトウ、墓、長老からサンプルを採集する]
長老: ほかになにかご協力できることはありますか?
アルファ: 採集されたタケサトウはどこへ運ばれるのでしょう?
長老: ああ、それならばすぐそこです。ついてきてください。
[長老の先導に従って前進すると、やがて巨大なため池と巨大な穴が映し出される。ため池にはそこに流れ込む川のような溝があるが、水は流れていない。穴の横には大量の白い粉末が積まれているように見える]
アルファ: このため池は?
長老: これは川から流れてきた水を溜めておく池です。川は魔女様が死んでから突如起こった洪水によってできました。それから不定期に水が流れてくるのです。今は水がないですが、先ほどまでは流れていました。川が詰まらないようにため池周辺を掃除するのも我々の仕事の1つです。
アルファ: では隣の穴が……
長老: はい。あれが門です。タケサトウは砕かれてあそこに運ばれます。あの白い山ですね。川に水が流れると、我々はその分だけタケサトウの粉末を穴に放り込むように永遠の民に命令されています。放り込まれたタケサトウは吸い込まれていきます。我々命あるものは残念ながらあの門を通ることはできませんが、魔女様は時折あの門の中に入っていかれていました。
アルファ: ありがとうございます。もう大丈夫です。
長老: そうですか。では私はこれで。また何かあればなんなりとお申し付けください。
[長老は道を引き返していく]
アルファ: あれが前回の帰還時に通った門の本来の姿とみて間違いないだろう。一旦帰還するためにあれに突入するが、異論はあるか?
ガンマ: いいえ。サンプルも手に入れましたし、一度帰還するのが得策と考えます。
ベータ: 同じく。異論はありません。
アルファ: では行こう。最後まで油断はしないように。
[隊員らは門に向かって前進。その後問題なく門へ突入した。カメラの映像が乱れ、隊員らは転送に使用されたペーパーフィルターの下部に出現し、帰還した]
<記録終了>
終了報告: 隊員らが持ち帰ったサンプルはいずれもショ糖と成分が一致した。実体Aやタケサトウと呼ばれる構造物はすべてショ糖結晶によって構成されていると考えられる。