インタビュー記録-1471-JP
インタビュー実施日: 2017/08/12
インタビュアー: エージェント・風(当記録内では質問者と表記)
付記: 当記録内では"対象"とは██氏を指すものとする。また、対象は両手足を欠損した状態で発見されたため、医療スタッフの同伴の元ストレッチャーに乗せた状態でインタビューを行った。
<記録開始>
質問者: それではインタビューを開始します。突然のことで気が動転されておられるかも知れませんが、どうかご協力をお願い致します。
対象: ええ、こちらこそお願いします。まだ頭の中で整理がついていない部分もありますが、1日経ってようやく状況が飲み込めて来た所です。
質問者: もしご気分が優れないようでしたら何時でもお伝えください。こちらも無理にインタビューを続けることは致しません。
対象: ご配慮ありがとうございます。今の所はまだ大丈夫そうです。
質問者: はい、わかりました。それではまず始めに、貴方があの虫取り網を手に入れた経緯について教えてください。
対象: はい。私には小さな息子が居るのですが、最近少しずつ言葉も喋れるようになってきまして。最近、私や妻に向かって「だっこして」やら、「ぶーぶほしい」だのと話しかけてくれるようにもなりました。可愛いものですよ。その息子に昆虫の図鑑を買ってやったら、そこに載っていたキラキラした蝶を 何ていったかな。確かモルモットチョウみたいな名前の とにかくその蝶をいたく気に入りましてね。このチョウチョが欲しい、欲しいとせがまれたものですから、2つ返事でよし買ってやろうと答えてしまったんです。それで近くの昆虫屋に行ってみたんですが、あの蝶、どうやら日本には生息していないらしくて。よく考えたら当たり前な話なんですけど。それでお店の人から標本なら日本でも手に入ると教えて貰ったんですが、これまた標本も高くて。流石にこれは買えないなと思ったんですが、息子が悲しむ顔も見たくありませんでした。それでどうしようかと悩んでいたんです。
質問者: それで、結局どうされたのですか?
対象: しばらく悩んでいた所で、ヘンテコな格好をした男の人が話しかけて来て。それで、「これを使えばどんな蝶でも捕まえられる」とあの虫取り網を紹介されました。そんな話がある訳ないと私も半信半疑だったんですが、なんとタダであげると言われまして。なので、藁にもすがる思いであの虫取り網を頂きました。
質問者: その男性はどのような姿をしていましたか?
対象: はい、あの姿は印象的だったのでよく覚えてます。この暑い時期なのに長袖の白衣を上下に着込んでいて、頭にはなぜか麦わら帽子を乗せていました。まるで虫取り少年みたいに。それで、背中には大きなバッグを背負っていて、そこから虫取り網を取り出していましたね。
質問者: 成る程。
対象: その人は丁寧に虫取り網の包装までして下さりまして。ラッピングされた虫取り網を私に渡すと何処かへと去って行きました。それで私も満足して、一旦家に帰ることにしたんです。そして、自分の部屋で網の包装を破いていたら、突然 。
質問者: 虫取り網に異常が起きたと。
対象: はい。いきなり虫取り網の網の部分がクネクネと動き出して、そのまま持ち手を伝って私の手首に絡みついて来て…。何とかしようともう片方の手でそれを掴もうとすると、そちらの方にも絡んでしまって、そのままなすすべもなくぐるぐる巻きにされてしまいました。多分周りから見たらミイラみたいな状態になっていたと思います。
そうしたら今度は、サラサラした感触だった糸が、硬くてザラザラしたものに変わって来て、色も暗めの緑色になっていました。それまでは糸の隙間から外の景色も見えたんですが、それも全部塞がってしまって。それで、息をすることも出来なくなって…。少しずつ呼吸が苦しくなって来たので、ほとんどパニックに近いような状態でした。
質問者: その後の事も教えてください。
対象: 周りが何も見えなくなってから5分位経った頃でしょうかね。手足の先のほうから鋭い痛みを感じるようになりました。あれはもう今まで感じたことのないような痛みで…。痺れるような、刺されているような、そんな痛みでした。しかも、その痛みがどんどん体の中の方にも広がって来て、それと一緒に痛みも増してきて…。あの時はずっと、俺はこれからどうなってしまうんだろうとか、これならもういっその事死んだ方がマシだとか考えながら、この痛みが終わるのをひたすらに待っていました。
質問者: 網が体を覆い、衣が出来る。そして激痛…、と。記録しておきます。続きをお願いします。
対象: それから暫くすると、パリッ、という音がして、中に光が差し込んで来たんです。よく見ると、さっきの衣にヒビが入っていて、そこから自分の部屋が見えました。もしかしたら、そう思って体をよじらせてみると、ベリベリという音と共にどんどん衣が破れていくのを感じました。それで、これで助かると思いながら前に1歩踏み出そうとしたんですが、手ごたえがありませんでした。おかしいなと思って下を向いてみようとしたら、今度も何故か首を振ることが出来ませんでした。それでも何とか体を動かそうと躍起になっていると、気づいたら衣も穴だらけになっていて、そして、そして 。信じられないかもしれませんが、私は、蝶になっていたんです。
質問者: 衣を破って蝶になる…。まるで蛹みたいだ。詳しく聞かせて頂けませんか?
対象: 蝶と言っても1匹だけでは無くて、自分の体全体が色んな見た目の何百という蝶の群れになっていて、私はそれらを通して感覚を感じることが出来ましたし、それらを全て自分の思った通りに動かすことも出来たんです。その、説明し辛いんですが、大きい建物によくあるモニタールームを想像して頂くと分かりやすいかもしれません。監視カメラの画面が壁いっぱいに広がっている。全ての蝶たちが見ている視界が、私の頭の中にぎゅうぎゅう詰めになって広がっているんです。それで、頭の中で何となく行きたい方向を思い浮かべると、蝶たちが一斉にそこに飛び立っていく。そんな感じです。
質問者: 自分が蝶になったと気付いた後は、どうされたのですか?
対象: 最初はとにかく焦りましたね。しかも、あんなに沢山の蝶たちの感覚が一斉に自分の頭に入ってくるもんですから、初めの内はまともに頭も回りませんでしたし。でも、自分が蝶になったという事実自体は意外と冷静に受け止めることが出来ましたね。暫く考えて、まず初めにリビングに行って妻と息子に会おうと決めました。自分の身に何が起こったにしろ、妻に警察なり病院なりにかけて貰えば何とかなるだろうと楽観的に考えていましたし、蝶の中には綺麗なやつも居たので、息子に見せれば喜ぶかな、とも思っていました。今考えると中々に可笑しい考えですよね。先ほども言った通り、あの時は上手く思考がまとまらなかったもので。
ですがそこで、1つの問題に気付きました。私が部屋に入った時に部屋のドアを閉めてしまっていたので、部屋の外に出られなくなっていたんです。いくら数が多いと言っても1匹1匹は非力な蝶なので、ドアを何とかこじ開けることも出来ませんでした。ドアの下にちょっとだけ隙間が有ったのでそこから出れないかと頑張っても見たんですが、意外と蝶の体って脆いんですね。蝶の内の何匹かが、ドアと床に羽を擦って羽がもげてしまったんです。結局その蝶たちは自分の力で動かすことも出来なくなってしまって、その内に死んでしまいました。蝶が死んだ時には苦痛は感じませんでしたが、何とも言えない脱力感に襲われましたね。蝶が1匹死ぬ毎に、少しずつ気力が吸われていくような感じがしました。結局、蝶が死んでは意味がないという事でドアの下から外に出ることは諦めて、それでひとまずは、部屋の中でじっとしていましたね。自分から外に出ていかなくても、私が部屋からずっと出てこないとなれば誰かが心配して見に来るだろう、そう考えていました。
質問者: 警察の事情聴取では、その後夕食の時間になっても部屋から出てこない貴方を案じた奥様が貴方の部屋を訪れたと貴方は回答されていますね。
対象: ええ。暫くの間暇を持て余していると、その頃にはもう日も沈んでいて、妻が私を夕飯に呼ぶ声が聞こえて来ました。ですが私は蝶なので声が出せず、それで妻も不安に思ったのか何かあったの、と心配そうな様子で私の部屋に入ってきたんです。ですがその、結局、あの、とても信じられないことなんですが、そして 。
[対象の呼吸数及び心拍数は急激な増加を見せ、対象は言葉に詰まる様子を見せる。]
質問者: 落ち着いてください。先程も申し上げました通り、もし話したくないような事がありましたら無理に話さなくても結構です。
対象: すみません、取り乱してしまって。大丈夫です。妻は部屋に入って私 私達と言った方が良いのでしょうかね? を見るなり、その場で立ち尽くして私をじっと見つめて来ました。きっと私の姿を見て驚いているんだろうと最初は思っていたんですが、どうも様子が違うようで。驚いたように目を見開いてはいるんですが、その口元には笑みが浮かんでいました。まるで宝くじが当たったような、そんな表情でした。そしたら妻は急にクルっと後ろを向いて、息子を呼びに駆け出して行きました。蝶の中にはキラキラしたやつもありましたし、初めに言った息子が欲しがっていたものに似た蝶もいたような気がしたので、息子にも見せてやりたいのかなとボーっとした頭で考えたりしていると、そのうちに息子もやって来て、妻と同じように目をぱちくりとさせながら、口をあんぐりと開いていました。
そこまではまだ良かったんです。その後…。その後息子がニヤリと笑って、「こいつは金になる」と。まだ言葉を覚えたばかりの、幼稚園にも入っていないような年の子供がですよ?まるでギャング映画の悪役みたいな顔をして、そう言ったんです。妻もその横で、「これでガッポリ稼がせてもらうわ」と、妙に粘つくような視線を私に浴びせて来ました。妻はお金にがめついような人では無かったし、ましてや子供の横で金の話をする姿なんて見たことも無かった!私は、そんな彼女が好きだから、結婚までしたのに…。すみません。話が逸れましたね。
質問者: 気にする事はありませんよ。続けてください。
対象: そうすると2人とも部屋に置いてあったカッターナイフやハサミを手に取って、私に向かって突き立てて来たんです。1匹の蝶が息子の振ったカッターの刃に貫かれて、そのままカッターごと壁に打ち付けられました。その蝶は体はぐちゃぐちゃに、羽もボロボロにされて、そのままピクリとも動かなくなってしまいましたが、息子はそれを嬉しそうな顔で 決して無邪気な子供がするような笑顔ではなく、欲にまみれた大人がするような歪な顔でしたが それを少しの間見つめると、また近くの刃物を持って蝶たちを刺し始めました。
自分は完全に打ちひしがれていましたが、それでも何とか逃げようと必死でした。でも、蝶たちもあっという間に半分ぐらいは殺されてしまって、自分も段々意識が遠のいて行って…。その時初めて、恐怖という感情が心の底から湧き上がって来ました。蝶が1匹死ぬ毎に、自分が少しづつ生から引きはがされていくような感覚がして、このまま蝶が全て殺されてしまったら、きっとその時自分は死ぬんだと。今までは何となく、今起こっている出来事を半ば他人事のように、おかしな夢でも見ているような気分でいたんですが、やはりここは現実だったんだと、やっと気付いたんです。
どこかに逃げられそうな場所はないかと、本能的に光の差し込んでくる窓の方へと全ての蝶で群がって、なんとかガラスを割ろうと全力で体を叩きつけ始めました。でも、所詮はただの蝶ですから、何十匹と集まった所で窓はびくともしなかったです。ですが、そこに妻が駆け寄って来ると、手に持ったハサミで蝶たちを、窓ガラスごと突き刺して来たんです。ガシャン、という音がしてガラスが割れて、それでやっと外に出ることが出来ました。結局最後は妻に助けられた…んですかね?はは…。
その後はとにかく家から離れたい一心で飛び続けて、どこかの山奥まで辿り着いて。家の方からパトカーのサイレンが聞こえてきたので、騒ぎを聞きつけた近所の誰かが通報でもしたのかなと思っていると、またピリッとした痛みを感じて、気付いた時には私は元の姿に戻っていたんです。ただ、手足は完全に、まるで元々存在しなかったかのように無くなっていました。驚きはしましたが、その前に起こった出来事に比べればそこまでショックは受けませんでした。その後、思ったよりもすぐに警察の方々が見つけてくれたのが幸いでしたね。それからは、皆さんもご存知の通りだと思います。でも…でも、これから私はどうすれば良いのでしょうか?
質問者: それはどういった意味でしょう?貴方の体についての事でしたら、私たちも出来る限りのサポートは行わさせて頂きますよ。
対象: いえ、妻と息子に会うのが怖くて仕方がないんです。あの時の2人は、操られているとかそういった感じは全くしなくて、ただ、自分の欲望に忠実に従っているような様子でした。家ではしっかり者の妻も、あどけない息子も、私の前ではそう見せているだけで本当はあんなに濁った本性を隠しているのかと思うと、もう一緒に暮らす気にはなれなくて。
ああ、もしあんな物を貰わなければ、いや、少し高くついたとしても標本だけでも買ってやるべきだった!それが、それが一番息子のためになる事だとは分かっていたのに、なんで…。結局自分も、金に汚いだけの父親失格の人間なのかもしれません。人の事なんて言えたものじゃ無いですよね…。
質問者: そこまで自分を責める必要はありませんよ。奥様も、お子さまも、病院で治療を受けて今ではすっかり落ち着いています。貴方の事を心配していらっしゃいますよ。
対象: それでも私は会いたいとは思えないんですよ。実は昨日、私は妻と息子に会う夢を見ました。夢の中で、2人はあの激怒した顔でこう言って来たんです。「なんであの時大人しく死んでくれなかったんだ」と。「パパはぼくきらいなの」と。2人に会ったら、本当にそう言われるんじゃないかって。それが、それが怖くて…。[嗚咽]
<記録終了>
インタビュー後、平石邸の修繕作業を行った上で██氏とその家族を含む現場周辺の住民にはクラスA記憶処理を施し、カバーストーリー"トラックによる事故とそれに伴う家屋倒壊"が流布されました。