アイテム番号: SCP-1537-JP
オブジェクトクラス: Safe
特別収容プロトコル: SCP-1537-JPは標準精神影響物品収容ロッカーに収容されます。収容状況の点検作業は抗精神影響剤を服用した専門の職員が実施します。この際SCP-1537-JPの周囲1kmへの不要不急の接近は避けてください。
SCP-1537-JP。被写体: D-819867(実験中)
説明: SCP-1537-JPは、外見上は異常が見られない気泡管水準器です。
SCP-1537-JPの異常性は、SCP-1537-JPを中心とした半径約1kmの空間に存在する人物(以下"対象")への精神影響という形で発現します。対象はSCP-1537-JPの水平面に対する傾斜角と同等の角度で、SCP-1537-JPの傾斜方向に対して自身の体が傾斜しているように錯覚します。
異常性の発現中、対象の三半規管に物理的・生理的な異常は確認されていません。前庭機能検査(電気眼振図検査、回転椅子検査など)においても、対象の平衡感覚を司る生理的機能には特段の異常は見られず、頭位変換眼振検査による前庭性めまいの兆候も陰性でした。これらの結果から、SCP-1537-JPの影響は三半規管そのものやその周辺の感覚器に直接作用するものではないと推測されます。
さらに、機能的MRIfMRIによる観察では、SCP-1537-JPの影響下にある対象者の脳の前頭前皮質および内側側頭葉における活動異常が一貫して確認されています。この異常は、自己感覚や身体空間の認識を統合するプロセスに関連する領域と一致しており、特に前庭系情報を統合する機能を担う後頭頂接合部の一部での活動低下が顕著でした。このことから、SCP-1537-JPの影響は、脳内の自己空間認識や平衡感覚を統合する高次機能に直接的な干渉を及ぼしている可能性が高いと考えられます。
高次機能への影響のため、対象の三半規管が検知する傾きと、脳が実際に認識している傾きとの間に一貫性のない情報が生じることになります。この状態は、いわゆる「感覚不一致」(sensory mismatch)の一種と見なされ、自己の空間位置を統合的に把握する脳のメカニズムを著しく混乱させます。特に、前庭系からの情報と視覚・体性感覚系からの情報が矛盾する状況において、脳はその矛盾を解決するための認識の補正を試みますが、前庭系からの誤った情報の送信は停止されないため、さらなる混乱を引き起こします。
この感覚的不一致によって、以下のような影響が対象に生じます。
- 認知機能の低下
- 空間認識を司る脳領域への過剰な負荷により、対象は短期的な注意力や問題解決能力が著しく低下します。この状態は、特に複雑な判断を必要とする場面で顕著となります。
- 精神の不安定化
- 認識と現実との間に持続的なギャップが生じることで、対象には強い不安感や恐怖感が伴います。この感覚は、特に閉所や広大な空間など特定の環境下で悪化する傾向があります。
SCP-1537-JPの異常性の影響下では、脳が三半規管からの正確な入力信号を抑制し、誤った補完的な空間情報を構築することで、この錯覚が生じていると推測されます。これは、通常の状況下で脳が適応的に機能する感覚統合のプロセスが、SCP-1537-JPの影響により極端に偏向していることが原因と考えられます。この偏向は、脳が感覚情報の整合性を回復できない状態を引き起こし、対象の知覚と行動を破綻させることに繋がります。
対象は、自身が認識する不自然な傾きの原因が周辺に存在する事象にあると考え、それを排除しようとする傾向がありますが、認知機能や感覚機能の低下、精神の不安定化が影響し、その手段がしばしば非合理的なものになることが確認されています。このような行動は、周囲の環境や状況とのさらなる不一致を引き起こし、対象の混乱を増大させる結果となります。
また、この状態が続くと、対象は傾きを解消しようとする試みを繰り返すうちに、自己の空間認識がより大きく歪められ、行動や判断がさらに不安定になる傾向を示します。この過程で、対象者の精神的な負荷が高まり、不安感や恐怖感が増幅することで、さらなる異常行動や深刻な混乱を引き起こす可能性があります。
補遺1: 2026/██/██(JST)、当時財団による確保前のSCP-1537-JPが要注意団体「アクアライン・トランスポート」1の潜水輸送艦「ヘルメース」に積載されていました。同艦は太平洋・日本列島近海を潜没航行中、世界オカルト連合の攻撃型潜水艦「ロール」による攻撃を受けました。アクアライン・トランスポートがSCP-1537-JPを輸送していた理由は不明です。
以下に、後の調査によって得られた攻撃の過程を記述します。
08:47:30: 「ロール」の1番、2番発射管から「ヘルメース」に対する音響追跡型魚雷2本が発射される。
08:48:02: 「ヘルメース」はデコイを放出するなどして回避を試みるも、艦尾外殻から130度方向、距離約2mで近接信管が作動し、TNT換算で約250kgの威力を持つ弾頭が炸裂。主機、推進軸を含む艦尾付近の構造物が破壊される。後部区画は約20気圧の外部水圧を受け、命中後10秒以内に浸水速度が毎秒約5m³に達した。以下、特記なければ「ヘルメース」の状況に関する記述。
08:48:15: 電力の喪失及び後部区画の甚大な損傷によって隔壁を閉鎖できず、後方への傾斜が15度に達する。
08:49:00: 艦長によって総員退艦が決心される。
08:49:30:艦体が深度250mに到達。「ヘルメース」の潜行可能深度は300mだが、艦体の損傷によってこの段階で圧壊が始まる。
08:50:00: 傾斜は45度に達し、被弾した艦後部の崩壊が艦中央部まで到達、ほぼ同時に着底。艦の急激な傾斜により、脱出に成功した乗組員は僅か3名のみであった。
この際、SCP-1537-JPは「ヘルメース」の貨物室にスイング機構2内蔵のケースに収められた状態で積載されていましたが、沈没の過程で当該ケースが破損したと推測されています。このとき、付近を海上自衛隊の練習艦「しまかぜ」が航行中でしたが、「ロール」「ヘルメース」両艦はともにターヴェト航行音響抑制装置3を搭載していたため、両艦の存在が露呈することはありませんでした。
TV-3521「しまかぜ」
しかしながら、「しまかぜ」の乗組員並びに乗艦していた実習幹部計███名がSCP-1537-JPの影響を受け、混乱によって「しまかぜ」が沈没する事案が発生しました。
以下は、上記事案後、生還した当時の「しまかぜ」艦長高田宏美こうだひろみ2等海佐に財団が実施したインタビューの記録です。
インタビュー記録1537-JP
対象: 高田宏美氏
インタビュアー: エージェント・渡辺香織わたなべかおり
付記: 高田氏は事案の際に左脚を骨折していたため、工作によって自衛隊横須賀病院に偽装した財団の医療施設に入院させ、インタビューを実施しました。Agt・渡辺は事故の原因究明のために派遣された海上自衛隊の隊員を名乗っています。
[記録開始]
Agt・渡辺: 高田2佐、脚の具合はいかがですか?
高田氏: ああ……大丈夫だ。それより君は……。
Agt・渡辺: [敬礼] 幕僚監部から参りました。渡辺1尉です。
高田氏: 中央から……それじゃあ、例の件の……。
Agt・渡辺: ええ。お話を聞きたくて。事故の状況を詳しく……。
高田氏: ……悪いのは俺だ。副長にも当直士官にも非はない。……俺が、誤った判断で右舷みぎげんに注水して沈めた。言い訳するつもりはない。
Agt・渡辺: 詳しくお話し頂きたいんです。あなたが右舷への注水を行ったのはどうしてですか?
高田氏: [頭を抱え、ため息をつく]水中爆発音がしたんだ……左舷方向から。俺も直接聴いたし衝撃も感じた。水測員の責任じゃない。
Agt・渡辺: 続けてください。
高田氏: それで……何秒かして、急に艦ふねが傾いたんだよ……左舷方向に。それから……ああクソ、それで……俺は艦底に穴が空いたって思ったんだ。今考えてみたらおかしい……俺はなんでそんな風に思った?
Agt・渡辺: なるほど。正しい判断だったと思いますよ……その時点では。
高田氏: いや。俺はそのあとも……乗組員に左舷方向の状況確認をするように命じたんだ。応急指揮所を通すべきだった。それだけで分かる情報もあったはずなんだ。それに……俺は確認に向かわせる人間を間違えた。経験のある応急工作員が乗っていたのに……俺は……一番近くにいたという理由だけで実習幹部の1人を向かわせた!
Agt・渡辺: 2佐、落ち着いてください。
高田氏: [荒い呼吸] ああ……悪い。それで……結局、俺は報告を待たずに右舷に注水した。体感では復元限界傾斜より小さい角度での傾斜だったのに、一向に復元しなかったからな。
Agt・渡辺: 私は妥当であると思います。
高田氏: だが俺はその時に……畜生、また間違いを犯した! 注水しているはずなのに傾きが収まらなくて……左舷の浸水が止められないと判断して左舷側の隔壁を全部閉鎖させたんだ! 実習幹部1人が取り残されている空間を! 忘れてた……そんなはずがない! 向かうよう指示を出して1分弱だぞ! 俺はなんで隔壁を閉めさせた!?
Agt・渡辺: 2佐! 落ち着いて……お体に障ります、今日のところは……。
高田氏: [机を勢いよく叩く]
[沈黙]
高田氏: ……悪かった。処分は如何様にでも受けると上に伝えてくれ。
Agt・渡辺: ……分かりました。自分はここで失礼します。お大事に……。
高田氏: 待ってくれ! ……ひとつだけ教えてくれ。乗組員は……どうなった?
Agt・渡辺: ……まだ調査が進んでいませんので詳しくは申し上げられませんが……ほとんどの乗組員は脱出して救助されています。沈没寸前の艦内は混乱していたようですから、艦長の退艦指示の前に大多数の乗組員──特に実習幹部のほとんどは無断で海に飛び込んでいました。
高田氏: [首を振る]正しい判断だ。無能な艦長に命を預けるべきではない。それよりも、その……。
Agt・渡辺: ……まだ救助も完了していないんです。
高田氏: 完了していない?
Agt・渡辺: 先ほど申し上げたように、ほとんどの乗組員は救助されましたが、1人だけ……まだ見つかっていない方が。ダイバーも出ていますが、彼らが見つけられないとなると……いそうな場所は限られてきます。
[Agt・渡辺がインタビューモニターに記録終了をリクエストする]
[リクエストが承認される]
[記録終了]
この後、防衛省によって沈没した「しまかぜ」の引き揚げ調査が、財団によって周辺海域の海中調査が実施されました。
引き揚げ調査の結果、「しまかぜ」の艦内、左舷中央部の区画に1体の水死体が発見され、この遺体は後に実習幹部の鈴風すずかぜはるな3等海尉であったと判明しました。
また、海中調査では主に撃沈された「ヘルメース」の艦体の調査が行われました。同艦は魚雷の炸裂によって艦尾から艦中央部を著しく損傷し、貨物室を含む複数の区画が艦から脱落していました。艦のすぐ近くからは当時未確保のSCP-1537-JPが発見され、この時SCP-1537-JPは西に20度ほど傾斜していました。
財団は事案の隠蔽のため、関係者に記憶処理を施し、財団フロント企業の貨物船が「しまかぜ」の進路に割り込み衝突したことが沈没の原因であるかのように偽装し、海難審判、刑事裁判ともに貨物船側の過失が認められました。尚、高田氏は沈没と実習幹部死亡の責任を取るとして海上自衛隊を依願退職しました。









