アイテム番号: SCP-1553-JP
オブジェクトクラス: Euclid
特別収容プロトコル: 複数の歴史資料から収集されたSCP-1553-JPには一部失伝が見られたため、現在財団の収容下にあるSCP-1553-JPは形式部門により復元されたものです。財団外に完全な手順が現存することは考えにくい上、現代社会においてSCP-1553-JPの標的となりうる組織がほぼ存在しないこと等から、SCP-1553-JPに特別の警戒を払う必要性は薄いと考えられています。
SCP-1553-JPの完全な実行を含む実験には、クリアランス4/1553-JPを持つ職員の許可が必要です。
説明: SCP-1553-JPは一定規模の官僚構成を持つ血縁集団に対して異常な規律・規範を発生させる一連の儀式的手順です。SCP-1553-JPによる影響はしばしば情報災害や異常ミームに見える現象を伴いますが、本質は一定の集団・組織における支配的な規律・規範の有機的な改変事象であると結論付けられています。なお、対象となる集団についてその構成員同士が必ずしも近縁である必要は無く、その集団規模は構成員自身あるいは儀式の実行者による認識に依存すると思われます。
SCP-1553-JPの影響に伴い発生する官僚災害は、原則として標的となった組織に非生産的な議論を行わせ続けることを指向します。構成員の意識と独立に行われる改変がもたらす認知的不協和は直接に混乱を招く上、錯綜した組織構成はそれ自体がその復旧に対する障害となることで二次的な被害を与え続けます。
補遺: SCP-1553-JPは蒐集院よりその管理を委譲されたオブジェクトの1つです。以下に蒐集院におけるSCP-1553-JP記録の現代語訳を添付します。本記録においてSCP-1553-JPの標的となったとされる"神枷氏"あるいは"神枷派"は当時丹後国1を中心として影響力を持っていた一派であり、その秀でた渉外・仲裁に関する能力によって都においても重用された他、一部祭祀の権限も持ちました。
画餅結界蒐集物覚書帳目録第〇八八六番
九六七年捕捉。血縁呪災丙種2に属する。結界の様式から陰陽道の流れを汲むものと思われるが、詳細な手順は不明。標的の氏族を結界内におびき寄せた上で起動すれば、標的はあらゆる合議による意思決定、伝達を妨げられ混乱に陥る。以下は、当院の捕捉した唯一の儀式の実行事例でその標的となった「神枷カミカセ氏」がひとり、「神枷カミカセ薄ハク」による手記の一部である。
当事例において、結界は神枷派が拠点とする寺社を取り込む形で組み立てられた。当時、寺社では神枷派に属する者の殆どが一同に会し集会を行っていた。
添付文書・壱
我々は、二週間をかけてようやく現況の奇妙さに思い至った。状況の理解には程遠かったが、ともかく我々がどうやら非常な危機に瀕しているらしいことを知ったのだ。
我々の最たる危機は飢えであった。我々は二週間の間外へ出ておらず、備蓄の食料は尽きかけていた。皆は昼夜種々の重要な議論にかかずらっていて、食料の調達などに手を回すことのできる者はただの一人も居なかった。その場の全員が飢えに対して危機感を抱いていたにも拘わらず、「誰が食料を調達するか」という議論は紛糾し終わることがなかった。
そのまま二日が過ぎた後、私は一つの致命的な違和感を覚えた。閉じこもっていた間我々が起こした幾多の発議の内、ただの一つも十全な結論を得たものがないことに気が付いたのだ。論議を旨とする神枷にとって、これは尋常ならざる事態である。
あらゆる議題が混乱のさなかにあった。ある氏族同士の仲裁策は発議者の出自に由来した派閥争いにこじつけられ紛糾し有耶無耶となり、馴染みの筈の祭祀手順は奇想天外な解釈でちゃぶ台を返され無に帰していた。今や、どんな些細な決め事もいつの間にやら世界を揺るがす大論争へと変貌し、我々はただ画餅の巧拙を競うのみに己の論を尽くしていた。
どうやら、我々の行う「議論」そのものが、祟りか呪いによって不全に陥っているらしかった。
皆が各々異変に気付いた後も、解決策は容易に浮かばなかった。否、仮に妙案が浮かんでもそれを皆に伝え行うことこそが困難なのである。とはいえ、神枷には私などより遥かに理に通じ弁の立つ者が多くいる。きっと素晴らしい知恵で巧手を編み出してくれよう。
薄は単身屋敷を抜け出し、当院に自らの被った災禍について提言した。この時、結界の起動からは二十日が経過していた。当院は屋敷を見分し、衰弱した者共を運び出した。総勢二十四名、内四名は既に死んでおり、五名は加持祈祷も空しく目を覚ますことなく亡くなった。薄のみが屋敷を脱出し得たその方法については、彼自身が固く口を閉ざしているが故不明である。
この儀式により神枷が辿った経緯は非常に興味深いものの、当事例のような大きな被害を齎すに至ったのは神枷の特異な組織体質──徹底した合議による意思決定を旨とし、精密に発達した組織系を持つにもかかわらず長と呼べる者を持たない──を巧妙に突いたためであり、儀式の結界呪術としての応用性は低い。この儀式は恐らく、神枷に恨みを持つ者が、神枷を害する為だけに編み出したものなのだろう。
九六七年十一月八日、洛外の寺にて神枷薄、日奉檜両名の死体が発見された。現場には二者が揉みあった形跡があり、第三者による犯行の可能性は薄い。
檜はかつて当院の研儀官であったが、四年前に離反し現在は「五行結社」の一員、あるいは少なくとも深い関係にある人間として当院が注意を払っていた人物である。薄が所持していた遺書と思われる文書からは、薄が檜を「画餅結界」の下手人であると考え、復讐を図ったことが窺える。薄が恐らくは面識すら無い檜を如何に寺まで誘い出し、凶行に及ぶに至ったかは不明である。
添付文書・弐
神枷はもはや死に体である。
先の禍から生き残ったのは皆、論に殉ずることの出来なかった者だ。私は神枷を、論を心から信ずることが出来なかったからこそ生き延びた。そんな者どものみを残した神枷に一体何ができようか。もはや私に論ずることなどない。ただ仇を討ち、もって同胞の後を追おう。
「画餅結界」の災禍を経て、都に要職を持つ神枷は殆ど居なくなった。神枷は他の組織で疎まれる者や身を追われた者を取り込むのが常であったが、このように狙い撃ちされてはそれも難しかろう。しかしそれでも、諦めることなどできよう筈もない。此度の災禍を経て、神枷と蒐集院は親交を深めた。これを幸いとし、幾百年かかろうと復興の時を待とう。人が言葉を操る限り、神枷もまた在り続けるのだ。
(記・神枷明親)
一八六九年、東京奠都に際し大規模な文書整理を行う。これにより、五行結社及び研儀官神枷明親に関するいくつかの文書について新たに「画餅結界」との関連が指摘された。以下に当該文書を付す。
添付文書・参
檜様
約束の儀典は明日にも届けさせます。
神枷は日奉の者をも幾人も誑かし取り込む悪名高き輩であり、近ごろは神事にすら足を伸ばし都を表裏から蝕んでおります。本家はどうも静観を決め込むつもりらしく、頼りになりません。鈍重な本家を厭い袂を分かった兄様ならば、きっとこの儀典を用い神枷を討ち滅ぼしてくれましょう。
我ら寝床は変われど、都を思う心は未だ違わぬと信じます。
日奉薄
添付文書・肆
薄様
先の禍で神枷は貴重な同胞を幾人も失いました。貴方に言わせれば、神枷が活を見出す為の必要な犠牲として、都での権益に縋りいずれ神枷の害となり得る者をまとめて排しただけのことかもしれません。しかし、禍に言葉を奪われ死んだ同胞と、言葉すら介さず同胞を殺す貴方と、いったいどれ程の違いがありましょうか。
今晩、寺にて待ちます。神枷らしく論を交わし、決着をつけましょう。
神枷明親
九百年前、当時都でにわかに勢力を伸ばしていた神枷は、しかし信用に足る後ろ盾を持たなかった。その栄華は常に風前の灯であったし、実際に神枷を狙い行動を起こそうとしていた組織はひとつではなかったようだ。生き延びるため神枷は、当院と五行結社に加え一族自身をも巻き込み芝居を打った。いくらか手違いもあったようだが、当院を通じ都に裏から根を張るという目的は達された。当時の蒐集院は弱った神枷が土産と共に転がり込んだと思い込んだのだろうが、その実、それは食うこと能わぬ画餅であったのだ。
(記・深見佐利)