<再開, 1945/10/██ ██:██>
エージェント・ヤン: 財団本部及び英国政府、イギリス国教会に問い合わせたがやはりそのような異常現象に関する記録は存在しないという返答だった。████研儀官、貴方の証言は真実なのか?
████研儀官: 当然です。この期に及んで嘘を交える意味がどこにありますか。
エージェント・ヤン: ではなぜ記録が存在しない?百歩譲って財団は観測できていなかっただけだとしても、当事者である英国が資料を持ち合わせていないというのはいささか不自然ではないか?
████研儀官: エージェント・ヤン、貴方は財団のあり方、異常な物を全てを収容し管理するというやり方に慣れすぎているようだ。世界はそれほど誠実ではありません。臭い物、訳がわからない物には蓋をし、それが自身に都合の悪い記録であれば例え後世に残すべき資料であっても隠蔽・抹消することはそれほど不思議なことではないのですよ。我々も英国との接触が容易になった19世紀後半、本件の経過について問い合わせを試みましたが公的な記録はすべて抹消されていたことが確認されています。こちらの活動記録をご確認下さい。
<エージェント・ヤンが████研儀官の示した活動記録文書の該当箇所を確認>
エージェント・ヤン: 確かに文書にはそう残されているか……ところでこの人物は?
████研儀官: セオドア・トーマス・ブラックウッド卿……我々が当時協力を仰いだ、異常事物を専門に扱う博物学者です。
<以降省略, 1945/10/██ ██:██>
補遺2: ████研儀官に行われたインタビューから、SCP-1603-JP対策に関して次のような時系列が判明しました。
時期 |
詳細 |
16世紀末期 |
英国内カトリック教徒による儀式を発端とした、SCP-1603-JPの発現。 |
1600年前後 |
ウィリアム・アダムス及び英国からの特使が蒐集院に接触。特使は蒐集院に伝わる術式数点(SCP-1603-JP-2の原型を含む)を英国に持ち帰ったと推定される。 |
1603年 |
イングランドとスコットランドの同君連合成立。初代ユニオンフラッグの完成。本件との関連性は不明。 |
1613年 |
日英の正式な国交が開始。先述の特使が東インド会社の商船と共に再来日、蒐集院にSCP-1603-JPの収束を伝える。 |
1872年4月 |
蒐集院によるSCP-1603-JPの再調査開始。"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"との最初の接触。 |
1872年6月 |
"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"による一次報告。英国政府及びイギリス国教会内において関連文書が存在しないことが判明。 |
1872年7月 |
"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"による二次報告。関連文書の破棄・隠蔽がなされた可能性を指摘。情報収集の手段をSCP-1603-JPに関与したと想定される人物の子孫への取材等に方針変更。 |
1872年9月 |
"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"が失踪。原因は不明。蒐集院による再調査は打ち切られる。 |
しかし蒐集院からの情報ではSCP-1603-JPに対し不明瞭な部分が多く、特に収束した異常現象がどのような物であったかという記録が一切存在しないため、この時点でのオブジェクトとしての収容は見送られています。このインタビュー後により詳細を知るだろうと想定された"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"の公的記録に関する調査が行われましたが、該当人物に関する記録は発見できず本件に関する調査も一時打ち切られました。しかし20██年、SCP-1867が定期インタビューにおいて自身を"セオドア・トーマス・ブラックウッド卿"と名乗ったことから本件との関連性が疑われ、更に自称ではあるものの博物学者という経歴が共通する点、またSCP-1867の口調が19世紀後半・英国人風の物であり████研儀官がブラックウッド卿と19世紀後半・英国で接触したという証言に年代・国が合致する点から、本件について新たな情報を得るためにSCP-1867に追加インタビューが行われました。
音声記録1603-002 - 日付20██/██/██
対象: SCP-1867
インタビュアー: ████博士
<録音開始, 20██/██/██ ██:██>
████博士: 初めまして、SCP-1867。
SCP-1867: むむ?君は初めて見かける顔だな。いつもの博士はどうしたんだ?
████博士: 今日はいつものインタビューとは少々趣が違うものでしてね。
SCP-1867: うーむ、そうか。ならば君には新たに別の話をしてやらんとな!そうだな……私がゴビ砂漠で空色のトビウオの群れを捕らえた話はどうかな?
████博士: それも気になる話ではありますが、実はこちらからリクエストしたいのですよ。あなたは19世紀後半、英国で"蒐集院の特使"なる人物と出会っているはずです。違いますか?
SCP-1867: 蒐集院!何と懐かしい響き!その名をまた聞くことになろうとは!
████博士: その反応を見る限り、当時出会ってはいるようですね?その時の出来事をお話いただけますか?
SCP-1867: 構わんとも!あれはそうだな……確か喜望峰からウンドラの三叉槍なるものを持ち帰った後の話だ。それをいつもの場所にいつも通り寄付して、私はロンドンで次の探検のプランを練っていたんだ。その前の探検が大分長いものになってしまったから、ちょっとした休憩も兼ねてね。すると東洋人風の男が私の目の前に来て「貴方が博物学者のブラックウッド卿か。1つ調査してほしいことがある」なんて言ってきたんだ。
████博士: そこで仕事の依頼を受けたと。依頼内容は?
SCP-1867: 16世紀末期に英国で起きた宗教的異常現象の調査、要約するとそういう内容だった。私も聞いたことが無い話であったし、次の探検先を探すついでに調べるには丁度いいだろうと思い引き受けたというわけだな。
████博士: なるほど。その後、ブラックウッド卿の名前で調査報告書が2回蒐集院に提出されています。これについては蒐集院の資料として保管されていました。これも貴方が?
SCP-1867: そうだ。とりあえず当事者である王室・政府と国教会で資料が残されているかどうかを調べたんだ。
████博士: その……本当に貴方が?確かに我々も調べた結果資料は残されていなかったことを確認していますけども、失礼ですが貴方が王室や政府機関の記録文書を調べられるとはあまり考えにくく……。
SCP-1867: 若人よ、それは私を少し見くびり過ぎではないかな?私はブラックウッド"卿(Lord)"だぞ?それに学者として、探検家としての地位もある人間だ。原典に当たれないような資料はないと思ってほしいな。……ま、そうは言っても私一人でどうにかしたというわけでもないんだがね。古い知り合いのつてを使って資料を確認したというわけだ。
████博士: そうですか……第二回の報告を行った2ヶ月後、貴方は連絡を絶ち失踪、蒐集院特使の前から姿を消したということになっていますが、これについて詳しく教えていただきたいです。
SCP-1867: 待った。待ってくれ。私が失踪しただと?それは違う。彼らが消えたんだ。あの報告の2ヶ月後に。私は調査方法を当事者達の子孫への聞き込み、それと彼らが残した手記の発見・解読に切り替えたんだ。そのせいで確かに私は一度ロンドンから離れたわけだが、その間も調査報告自体は手紙で送り続けると約束していたし実際送っていた。そうして調査を終えてロンドンに戻ってみると、彼らが拠点として使っていた部屋は既にもぬけの殻だった。ただ私からの手紙はポストに残っていなかったから、調査が終わって早々に帰国してしまったんだろうと思ったんだ。挨拶の一つでもしてくれたっていいんじゃないかとは思ったがね。
████博士: 食い違いですか。この点についてはもう一度蒐集院の資料を確認しましょう。それで、私達が真に確認したいのはその調査結果です。何が異常だったのか、何故異常が発生したのか、現在何を使って異常を抑えているのか、教えていただけますか。
SCP-1867: 是非とも!まだまだ長い話になるぞ!
<以降省略, 20██/██/██ ██:██>
SCP-1603-JPを独自に調査したと証言するSCP-1867のインタビューの内容は以下の点に要約されます。
- 発生起源: 英国内カトリック残党による宗教的指導者確立のための儀式が発生起源とされています。政治的な理由でカトリックからの離脱及びイギリス国教会の設立が始まった事、並びに宗教的指導者が国王になり国教会が国王の統治正当性を支持するだけの存在と化す事に英国内聖職者の多くが追従したため、この事態に対する不満を抱えたカトリック聖職者が、国王に代わる新たな宗教的指導者を生み出すために儀式を行ったということが、関与した聖職者のうちの1人が残した手記から判明しています。
- 発生地点: チャリング・クロス地区の██████████(現在の████████)周辺。
- 異常性: 儀式の目的は神性の付与にあったとされている点、また後述する通り国家機関による対処として現実改変能力者が投入されていることから、現実改変能力を特定人物に付与すること、あるいはそれを可能とするヒューム場を設けたことが異常性であると考えられます。
- 国家機関による対処(初期): 国王直属の呪術者(現実改変能力者と同様と思われる)集団による抑圧。ただし対症療法的封印措置を施すために呪術者集団による常時監視及び能力発現によるSCP-1603-JP-1の制圧を必要としたため、SCP-1603-JP-2による対処が可能となるまでに、本対処が原因で再起不能となった呪術者は少なくとも██人に上ると見られます。
- 国家機関による対処(中期): SCP-1603-JP-2の掲示。チャリング・クロスの該当地区を中心としてバッキンガム宮殿までの距離を半径とする領域にSCP-1603-JP-2を全面展開した結果、異常性の収束が確認されたと収束に関与した呪術者の1人が残した手記から判明しています。
- 国家機関による対処(後期): ダミーの展開によるSCP-1603-JP-2の隠蔽。ユニオンフラッグの制定を始めとするSCP-1603-JP-2掲示の環境整備を踏まえ、カトリック残党勢力による破壊措置及び回収工作を発端とした異常性の再発を防ぐ目的でSCP-1603-JP-2を隠蔽するダミーが展開されています。また同時期に口封じを目的としたカトリック残党勢力及び対処に関与した人員の抹殺が行われていたことが上述2名の手記のそれぞれから判明しており、宗教的統治正当性の破綻を恐れた国家機関による事態そのものの隠蔽が行われていたのではないかと推測されています。従って本事案に関する文書が国家機関から破棄されたのもこの時期ではないかと推測されます。
以上の内容を踏まえ財団は20██/██/██に異常性確認実験を実施しました。財団が実験前調査を行った時点でロンドン市内の公的機関に設置されたSCP-1603-JP-2は統一的マニュアルによって管理されており、このマニュアルが国家機関が保有するものとして現在発見されている唯一のSCP-1603-JP関連文書となります。マニュアルには晴天時・雨天時並びに国家的行事が生じた際に外すべきSCP-1603-JP-2及び代替として掲げるべきSCP-1603-JP-2の配置が記されており、財団による収容が開始するまでSCP-1603-JPは本マニュアルによる土着的収容が達成されていたものと見られています。ただしユニオンフラッグは1801年のグレートブリテン王国とアイルランド王国の合同により全て現行のデザインに修正されているため、何故デザイン修正とフラッグ交換を経てなおSCP-1603-JP-2及びダミーが共に存在しているのか、SCP-1603-JP-2の異常性を認知した上で継続的に管理している人物が存在したのかという点は現在も判明していません。
異常性確認実験においては現実改変能力者顕現の重大性を考慮し非認知下での即時終了が可能且つ常時昏睡状態にしたDクラス職員を投入し、掲示されるSCP-1603-JP-2の数を減らす実験を行いました。本実験を元にSCP-1603-JPは異常性が正式に確認され、SCiPとしてのナンバリング及び特別収容プロトコルの確立がなされました。
補遺3: 財団による英国政府・英国国教会並びにヴァチカン秘密文書館に対する別件調査の結果、1600年までにローマカトリック教会は既にSCP-1603-JPの発生を認知していたという事実が判明しました。本異常に関連すると見られる書簡が残存しており、ヴァチカン側は「英国のカトリック派が起こした異端的事件の根拠」として本書簡の大衆への公開は見送っていたものと返答しています。また本書簡は英国国教会側の聖職者██████ ████氏とヴァチカン側の聖職者██ ██████氏の間で交わされたものであり、前者は後者の指示を受ける形で英国国教会内に潜入していたものと推察されます。
該当書簡群-LE1603から判明したSCP-1603-JPに関する特筆すべき事実として、SCP-1603-JPの発生に関わった英国カトリック派の、カトリック教義に対する明らかな誤認が挙げられます。カトリック派代表として国教会に捕縛された████ █████████氏に対する尋問で判明した事実であり、同時に████氏が1597年に記したとされる押収済みの手記にはカトリック教義に対する比較的正常な認識を示す文言が残されていたことも確認されています。従って1597年以降、捕縛されるまでの間に████氏を中心としたカトリック派が洗脳に近い認識災害的攻撃を受け、誤認した教義に基づきSCP-1603-JPを発現させた可能性が書簡-LE160302において示唆されています。
彼らの誤認教義のうちSCP-1603-JPの発生に至るまでの行動規範の中心となったものとして、██████氏は押収済みの手記から"超常的神性の憑依(Possession)"という表現を引用しており、その表現から██████氏はSCP-1603-JPの発生に悪魔崇拝に近い儀式手順が踏まれたと推定、エクソシスムによる解決方法を書簡-LE160304で提案しています。現在行われているSCP-1603-JP-2の複製においても同様の手段が取られているものと推測されますが、20██年に発効された"財団・ローマカトリック教会間の宗教的異常物とその収容に関する基本協定"8条2項に基づき財団はSCP-1603-JP-2複製の場に立ち会うことが認められていないため、その詳細は教会によって秘匿されています。財団は現在教会に依存せず独自でSCP-1603-JP-2を複製する手段の確立を模索していますが現段階で成果は上がっておらず、特別収容プロトコルに記されたSCP-1603-JP-2の不足時対応については都度ローマカトリック教会に非異常性ユニオンジャックのSCP-1603-JP-2への変換を依頼しているのが現状です。
補遺4: 音声記録1603-003 - 日付20██/██/██
対象: SCP-1867
インタビュアー: ████博士
<録音開始, 20██/██/██ ██:██>
████博士: 久しぶりですね、SCP-1867。
SCP-1867: おお、君か!また会いに来てくれるとは嬉しいな。前回の話は気に入ってくれたかな?
████博士: ええ、それはもう。今日もその話をしに来たんですよ。と言っても今回は我々が調べたことを聞いてもらいたいんですが。
SCP-1867: ふむ、何か面白いことに気付いたのかな?
████博士: あの件について良いニュースと悪いニュースががありまして、まず良いニュースから話しますと我々も貴方と同様その異常について調査を行いました。結果としては、やはり異常は存在していました。それを確認した上で収容方法も確立したのでもう大丈夫でしょう。
SCP-1867: 本当か!私も調査した時に全容が判明したら本当に異常があるのか試してみようと思っていたんだがね、「神性の付与」なんて言葉を聞いて流石の私も試すに試せなかったんだ。いやはや、私もその場に立ち会いたかった!で、悪いニュースは?
████博士: 悪いニュースは、日本支部にある蒐集院の記録を全て確認しましたがやはり貴方の調査資料は第一回、第二回の2つのみが残されておりそれ以降の資料は保存されていませんでした。
SCP-1867: ……そうか。となると、私が送っていた調査記録はどこに行ったという話になるな。この前君からその話を聞いて考えたのは、何者かが我々の連絡を妨害したのではないかということだ。つまり私が送っていた手紙をその何者かが処分し、連絡が一向に届かない彼らは私が調査を諦めて姿をくらましたと思ってしまった、という話だ。
████博士: 何者か……例えば英国政府や国教会ですか?
SCP-1867: 可能性はあるが、彼らという感じはあまりしないな。というよりも、彼らの場合本気で隠蔽や妨害をするのであればそんな遠回りな手は使わずに調査中の私や蒐集院の特使を直接消しに来るだろう。
かつてこの件を調べていて引っかかったのは、儀式の手順に関する手がかりが一切掴めなかったことだ。誰がやったのかは分かっている、何故やったのかも、その結果何が起きたのかも分かっている。しかしどの子孫に聞いても、どの手記や走り書きを見ても、彼らが一体何をやったかという肝心な部分が欠落していたのだ。
私は確かにカトリック派の残党であった男の手記で、彼らがローマ教皇との繋がりを国によって断たれたことへの怒りが記されていたのを見ている。そして英国内で宗教的指導者を作るために儀式を行ったという記述も見ている。これは確かだ。しかしカトリックでは宗教的指導者を確立するために神性を宿らせるなんて教義があるのか?いや、ないはずだ。カトリック由来の教義や儀式に基づいていない何かがそこに挟まっている可能性は考えられる。
████博士: つまり、その何かを伝えた何者かがカトリック派を扇動してこの異常を起こしたと?それが200年以上後の貴方と蒐集院の調査に介入したと?
SCP-1867: 前者と後者が同一であるかはわからない。が、少なくとも本件に関与している団体は我々と英国政府、国教会だけではないはずだ。何者かが儀式の場にいた。何者かが私達の調査に関与していた。彼らを見つけない限り、この調査は終わりを迎えないぞ。
████博士: ……なるほど。その意見、参考にさせてもらいますよ。
SCP-1867: 若人よ、これは私がやり残してしまった最初で最後の探検だ。諸君らにこの探検を託そう。何としてでも真相に辿り着き、願わくば私にその話を聞かせてくれたまえ。
<録音終了, 20██/██/██ ██:██>